第0話 深紅
はっじまっるよーぅ!
☆
女王専属近衛兵に連れられ、居館を出て庭園を通り城門へ。
そこでは既にアルティア・エースが待機していた。
「来たか」
何やら会話をしていた魔法聖騎士団から視線を外し、こちらを見る。アルティア・エースの隣にいた聖騎士は頭を下げて去って行った。ここまで俺の両サイドにいた女王専属近衛兵の2人も、俺に頭を下げて来た道を帰っていく。
「……何だ。俺だと不服か?」
アイリス様から頂いた情報が情報だっただけにどう接していいか分からず、黙ってしまったのがまずかった。アルティア・エースの表情が皮肉で歪んだ。
「いえ……」
言葉に詰まった俺を見て、アルティア・エースは鼻で嗤う。
「随分と態度が畏まったものだ」
「その件については本当に申し訳ございませんでした」
素直に頭を下げたのが意外だったのか、アルティア・エースが僅かに硬直した。
「ふん、本当にどうしたというのだ。まあ、いい。行くぞ」
踵を返すアルティア・エースに続き、城門を潜る。既にクレイドルは扉が開かれた状態で待機していた。城門付近の警護を担当している聖騎士の面々に頭を下げ、クレイドルに乗り込む。
少し遅れてアルティア・エースも乗り込んできた。その手にはクリアカードが握られている。
「中央都市リスティル」
クリアカードをクレイドルの音声案内に従って挿入したアルティア・エースが目的地を告げた。クレイドルがゆっくりと起動する。
来た道と同じ、白い橋の上をクレイドルが走る。
無言だ。静寂がクレイドルの車内を満たしている。
当たり前か。目の前の男とは何の接点も無い。なぜクランやスペードを護衛にしなかったのかと聞きたいくらいだ。アイリス様の懸念が当たらないことを祈るばかりである。
対面に座るアルティア・エースは目を閉じ、足を組んだまま微動だにしない。こちらから話しかける必要も無し。これならのんびり車窓から覗く星空でも眺めていれば、少なくとも貴族都市ゴシャスは抜けられるな、なんて。
そう思えたら、どんなに楽だろうか。
「ふ……」
含み笑いを漏らすアルティア・エースに視線を向ける。片目を開けたアルティア・エースと目が合った。その目は鮮やかな深紅に染まっている。
……深紅?
「――っ、これは」
「ようやく気付いたか」
身体が動かない。
嘘だろう。いつだ……!?
「T・メイカー、いや……、中条聖夜」
右目を怪しく輝かせたアルティア・エースは、こめかみに指をあて口を開く。
「クィーン・ガルルガは、貴様の存在に憂慮している」
動かない。
指先一本に至るまで、完全に硬直してしまっている。
魔法……? だが、拘束魔法とは違うぞ!?
「強大な力を持ちながらも、その立場は非常に不安定。よりにもよってリナリー・エヴァンスの配下なのだ。危険視されている自覚くらいはあるだろう?」
「その自覚すら無いのだとすれば、逆に危険視する価値すらも無くなるのだがな」と、あざ笑うかのようにアルティア・エースは言う。
「さて、いくつか質問する。正直に答えろ」
抗おうと魔力を込めてみるが、そもそも魔力が練りにくい。
拘束というより精神支配系の魔法か!?
ギシギシ、と空気が震える音がした。
その音を敏感に拾ったアルティア・エースが言う。
「無駄だ。俺の魔法からは逃れられん」
くそ。
まさかこういった手段に出てくるとは。
いや、あらゆる事態を想定しておくべきだった。相手はあの魔法世界の最高戦力達だったんだぞ。油断にも程がある……! だが、まさかここまで堂々と仕掛けてくるとは思わないだろう!!
「今回、クィーン・ガルルガからの登城命令に従った意図は何だ?『旋律』から何を命じられている」
……。
師匠から命令など受けていないし、そもそも登城命令などではなく招待だったはずだ。勝手に開きそうになる口を無理矢理閉じる。
普通に聞いてくれば良いものを。
こうも強硬手段に出られると、こちらとしても腹が立つ。
必死に抗っている姿が滑稽に映ったのか、アルティア・エースが鼻で嗤った。
「どこまで我慢できるか、見物だな。せっかくだ。質問も本命のものを先に聞いてしまうか」
自分の意思に反して開こうとする口を必死に止める。
そして。
呻き声に混ぜてあいつの名前を。
「――――ウリウム」
《おっけー》