第17話 王城エルトクリア 居館 女王私室(後編)
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☆
そこは、贅で尽くされた部屋だった。
芸術に詳しくない俺でも分かる。これ1つで家が建つのではないかと思わせるような壺や絵画などの調度品。一般家庭ではお目にかかることも無いであろう天蓋付きのベッド。年のわりにと言えば失礼かもしれないが、女王様は黒い大人びた色のデスクに腰を掛け、こちらを見ていた。
「調度品の値段など聞いてくれるなよ? 私にも何がどう良いのかなど分からんからな」
こちらを値踏みするような視線。しかし、口元には悪戯好きの子どもがしそうな笑みを浮かべている。
俺の入室と同時に、メイドの1人が音も無く扉を閉めた。
「さて、ようやく落ち着いて話が出来るというものだ。近こう寄れ、T・メイカー。……あー、いや。違うな」
部屋の奥からティーセットをサービスワゴンで運んでくるメイドを一瞥し、女王様が立ち上がる。「そうではない、そうではない」と呟きながら俺を手招きしてくる。
「こっちだ」
女王様が向かった先には白い丸テーブルがあった。椅子は二脚。
……え、嫌ですけど。
俺の背後にいたメイドが流れるような所作で移動し、女王様のもとへ。音も無く椅子を引く。女王様は当然のように頷き、その椅子へ腰かけた。そのメイドがもう1つの椅子へと回り、それを引く。そして俺へ無言の笑みを浮かべてきた。
……。
「座れ、T・メイカー。出来れば、私に命令させないでくれると有難い」
……まじかよ。俺、この国の女王様と相席するの?
逃げ場は無いと判断し、大人しく席に座る。俺が腰を下ろす絶妙なタイミングで席をずらしてくれるあたり、このメイドの技量は流石の一言である。正直、そんなことでも考えていないと平静を保てそうにない。今、上手く笑えている自信も無い。あぁ、そういえば今は仮面を付けているから平気か。
サービスワゴンを丸テーブルの横につけたメイドが給仕を始める。……あれ、飲み物が出されたら仮面取らなきゃ駄目じゃない?
「あの時は断られてしまったが……」
メイドの無駄の無い洗練された動きを視線で追っていると、俺の心を読んだのか正面の女王様は頬杖を突きながら笑った。
「その仮面、外して貰えると嬉しいのだが」
……。
まさかそれが目的でこの茶会もどきを演出したんじゃないだろうな。
可能性は十分にある。
だが、ここまで来て断るのも難しい。あの時は目の前に座る少女の身分を知らなかったから出来たことだ。知ってしまった以上、ここで断ることは別の意味を持ってくる。相手が女王であることを知った上で拒絶するということなのだから。
……。
仕方が無い。
どちらにせよ、あの『トランプ』は目の前にいる少女の配下。『トランプ』が握っている情報を目の前の少女が知らないという可能性は低い。それは、塔で見たあの絶対的な忠誠を思い出せば一目瞭然だ。聞かれなかったからお話していませんでした、という可能性も無いわけでは無いが、ここで隠したところで『トランプ』に情報を求められれば結局は同じ事。
ならば。
「……ほう?」
ローブを下ろし、仮面を取る。
広くなった視界の中、目の前に座る少女は浮かべていた笑みを不敵なものへと変える。
「聞いてはいたが……、やはり若いな。それで良くあのアギルメスタ杯を制したものだ。ウィリアムも参戦していた、かのアギルメスタ杯を」
「……お褒めに預かり、恐悦し極? に存じますれば、えっと?」
「ぷっ、ふふふ。申したであろう? 難しい言葉など不要だ。そしてこうも申したはずだ。敬語も不要、とな」
……そうは言われましてもね。
「人目を気にするタイプか? ならば、ほれ。お前たち、下がって良いぞ」
女王様と俺、2人の前にティーカップを並べたメイドに対して女王様は言う。その言葉に、これまで表情ひとつ変えずに柔らかな笑みを浮かべ続けていたメイドの眉がぴくりと動いた。
「アイリス様、しかし」
「くどい。それに分からんか? この者が私を害する者だったとして、お前たちにそれが防げぬことが」
「盾となり、死ぬことは出来ます」
「なるほど。つまりお前はこう言いたいわけだな。この私自らが客として招いた男が、この私を危ぶめる思考の持ち主であると」
「そのようなことは――」
「女王様」
メイドが反論する前に、思わず口を挟んでしまった。メイドへ向いていた女王様の視線が、俺の方へと向く。しばらく黙っていた女王様だったが、芝居がかったため息を吐いた。
「……確かに、今のやり取りは私が誘導した節があったな。許せ、ターニャ」
「とんでもないことでございます。非は全てわたくしめに御座います」
ターニャと呼ばれたメイドが一礼する。
「アイリス様、この場にてお約束させて頂きたいことが」
「何だ」
「この場にて、どのようなことがあろうとも、わたくしはそれを決して口外致しません。そして、それはここにいる皆も同じ思いで御座います」
給仕をしていたメイド、そして俺の椅子を引いていたメイド。
そして、奥からもう1人メイドが出てきた。
皆、同じ所作、同じタイミングで頭を下げる。
「……だそうだが? どうする、T・メイカー」
それらを一瞥し、改めて俺を見る女王様。その顔には笑みが浮かんでいた。どう解釈しようとしても、その笑みは小悪魔のそれだった。
「私にどうせよと仰るので?」
「敬語は不要。あと何度申せば理解する? それとも、命令した方がお前は気が楽なタイプか? あぁ、私にした非礼に対する罰、とした方が良いかな?」
……、くそ。
「……俺にどうしろと?」
俺の返答に、女王様はより深い笑みを浮かべる。
「なに、別に取って食おうと言うわけでは無い。話し相手が欲しいだけだ」
「話し相手ならば、城内にいくらでも……」
「対等の、な」
俺の言葉を制して女王様は言った。
「念のために確認しておきますが、私は別の国で王の血を引いているというわけでは」
「言葉遣い」
……。
「俺は王家に名を連ねるような人間ではない。ただの平民だぞ」
やけくそである。
小さく一礼し、音も無く俺達から距離を空けていくメイドを視界の端に留めつつもそう告げる。あのメイドたちもかなりの使い手だな。まあ、プライベートルームだからと言って警護が無くなるわけでは無いだろう。戦闘服が甲冑からメイド服に変わったというだけの話で、このメイドたちは魔法の腕も一級品と言うわけだ。
「知っているさ、T・メイカー。しかし、『ただの』という点には引っ掛かりを覚えるぞ? かのリナリー・エヴァンスの弟子を唯一名乗れるお前が、ただの平民と言う枠に収まれるはずがないだろう?」
「……女王様」
「私の名はアイリスだ。ジョオウサマではない」
「アイリス様」
「様もいらないが?」
「ここが限度です」
「なら敬語をやめろ」
ちくしょうが。
「話し相手とは?」
「何でもいい。城の外のことを聞かせてくれ。私の耳には基本的に小難しい話しか入って来なくてな」
「退屈なのだ」とアイリス様は言う。
「そもそもわた……、俺はこの国の民でもないぞ」
「だからこそいいのではないか。他国のことを知れる良い機会だ。にわかには信じられんが、他国はこの国ほど魔法が日常に浸透してはおらんようだからな」
……まあ、それが世間一般の常識なわけだが。
この国は魔法世界の国。ここで生まれ育ち、しかもこの城で籠の中の鳥のようにして生きているアイリス様は、このような考え方になるか。そういった人間からすれば、外の知識は確かに刺激的だろう。
「それに、アギルメスタ杯の話も聞きたい。あれは良いものだったぞ。褒めてつかわ……、あー、とても面白かった。最高だったぞ」
「ありがとうございます」
そう言ってもらえると、頑張ったかいもあったというものだ。……当時の頑張った理由はまったく違うものだったがな。
「ウィリアムも随分と興奮していてな。正座させられながらガルルガとクラウンのお説教を受けている間も終始ニコニコとしていた。あれはとてもシュールな光景だった」
スペードの奴、満面の笑みを浮かべながら説教受けてたのかよ。
気持ち悪い。
「アルティアもお前に興味を抱いたようでな。だからこそ、ガルルガはお前を登城させたがっていたようだが」
「……なんですって?」
アルティア・エースが俺に興味?
それが理由で俺に登城を?
「どういうことです?」
「言葉遣い」
言わせて?
面倒くせぇ!!
「どういうことだ?」
「聞いておらんかったのか?」
聞いておらんかったも何も、いきなり乱入してきたのはあんただよ。
「今回、ガルルガがお前を登城させたのは、アルティア・エースと模擬戦をさせるためだったのだ。そうギルマンから聞いていたのだが」
……一気にきな臭くなってきやがったな。
俺の魔法を確かめるのが狙いだったか? クランの話では、T・メイカーへの詮索無用で通っていたらしいが。それもフェイクだったのか?
「とにかく、だ」
深い思考に陥りそうになったところに、アイリス様の声が届く。
「私はお前と対等な付き合いをしていきたいと思っている。よろしく頼むぞ」
差し出される小さな手を見据えながら思う。
人生とは本当に何が起こるか分からない。ウィリアム・スペードとの出会いもそう。アギルメスタ杯での健闘もそう。ギルドからの大規模クエストもそう。そして。
この小さな女王様との出会いもそう。
打ち首にでもされるかと思いきや、なぜか俺は気に入られてしまったらしい。いったい何が目の前の女王様の琴線に触れたのかは分からないが、俺の言動は女王様に身分の壁すら取り払うだけの何かを抱かせたようだ。
この関係が長く続くとは思えない。対等な関係を願っているのはこの女王様ただ1人だけ。他のエルトクリア王家に仕える人間がそれを良しとするわけがない。何を馬鹿なと思うはずだ。なにより、俺はこの国の民ではない。あくまで修学旅行に来ただけの日本の学生だ。当然、日本には帰国するし、この国にいる間も班で行動するから城に来れるわけはない。
しかし。
俺に向けられた笑みを見て思う。
どうやら、俺に拒否権は無いようだ。
☆
「ふむふむ……、なるほどな。実に興味深い」
日本の生活様式について簡単に説明してみたところ、思いの外喰い付かれた。魔法世界でも電気は使われているが、その使用頻度は低い。なにせ、魔力が大量に有り余っている国だ。まるでソーラーシステムのように、空気中から魔力を集めて魔法具を動かしている。
実にエコであると言えるだろう。
そもそも魔法世界エルトクリアは他国と比べると、空気中に漂う魔力の濃度が比較することができないほどに濃い。知識としては持っていても実感の無いアイリス様に説明するのは少しばかり苦労した。
「魔力を移送できるようになれば、外界ももっと魔法に近しくなれるだろうが」
「それが出来ればな」
そうしたら魔法世界は宝の山になる。石油を掘り当てたようなものだ。もっとも、そこまで魔法世界の価値が上がってしまうと、アメリカは黙っていないだろうがな。
「では、次の話だが――」
「アイリス様」
これまで沈黙を保ってきたメイドの1人が声を掛ける。
「何だ」
「お話し中申し訳ありません。ですが、そろそろ日付が変わる時間で御座います。メイカー様にはお泊り頂くのでしょうか」
「ああ、もうそんな時間になるのか」
「楽しい時間はあっという間だ」とぼやきながらアイリス様が笑う。まあ、俺がこの城に来た時間が既に遅かったのだから仕方が無いだろう。
「まだ色々と聞きたいことがあったのだが、仕方あるまい。こちらの都合でメイカーの時間を縛り続けるわけにもいかぬ」
良かった。「泊まってけ。命令だ」みたいなことを言われたらどう断ればいいのか分からないところだった。
「メイカーがお帰りだ。ガルルガに連絡しろ。『トランプ』から1人、護衛を出せとな」
「承りました」
頭を下げたメイドが、洗練された動きで部屋の奥へと消える。
「さて、私としては折角出来た繋がりだ。また来て欲しいところではあるが」
「俺の正体……、というか、身分は知っているんだろう?」
「日本の学生であるという程度なら知っている」
やはり知っていたか。
なら、言うべきことは簡単だ。
「それなら理解できると思うが、俺はこの魔法世界には修学旅行として来ている」
実際のところ、個人行動が出来る時間など皆無に等しい。今回、こうしてここにいられるのは、ギルドの捕縛クエストやクィーン・ガルルガからの招待など、様々な要因が重なり合った結果だ。
「無論、知っておる。ただ、魔法世界に来るのが人生で最後というわけではないだろう? 次に来た時でも、ちらりと寄ってくれれば良い。『トランプ』にもそう伝えておこう」
次回、魔法世界に来る時はお忍びで来ますので平気です。
俺の考えていることを悟ったのか、アイリス様はその小さな口角を歪めた。しかし、開いた口から発せられたのは別の言葉だった。
「世話になった礼だ、メイカー。最後に1つ忠告しよう」
立ち上がろうとしたところをその言葉で止められる。
「仮に『トランプ』から寄越された護衛がクランベリー以外であった場合、用心することだ」
クラン以外だった場合?
「……どういうことだ?」
「ガルルガがお前を城へと招くにあたり、あ奴は私にとある許可を求めてきた」
「貴族都市ゴシャスへの立ち入りについて、だな」
貴族都市ゴシャスへ立ち入るためには何が必要なのかについては、白石先生のお手製のしおりで読んだから知っている。
「そうだ」
アイリス様も頷いた。
「これは恥ずかしい話なのだがな? ゴシャスへの立ち入り許可の申請について、普段の私はほぼ空チェックなのだ。記載されている名前など私が知らぬ者ばかりだし、私の配下が必要だと考えて挙げた者の名だからな。OK以外の選択肢はない」
……それはそれでどうかと思うが。
「ただ、お前に関しては印象に残っている。なぜなら、あ奴が一度許可した申請に修正を加えて再度提出して来たからだ」
修正?
「修正された内容は、お前につける護衛について。元はアルティアだったが、修正後はなぜかクランベリーに変わっていた」
修正されたのは、俺がギルド本部に寄り道するという内容をクランが伝えたからだろう。その際、クランは俺の護衛役に立候補したに違いない。そこだけ見れば、なんら不思議な点は無いように思える。
が。
「私が先ほど言った内容は憶えているな?」
頷く。
クィーン・ガルルガが俺を城へ招待したかった理由。それを踏まえると真意が見えてくる。
アルティア・エースは、俺に興味を持っていた。
クィーン・ガルルガは、俺とアルティア・エースで模擬戦をさせたがっていた。
現時点で、俺と一番仲が良い『トランプ』のメンバーと聞かれればクランと答えるだろう。次点でウィリアム・スぺードか。その2人にどうしても手が離せない別件が舞い込んだ、という話でもない限り、わざわざ関係の薄い人間を護衛につける意味はない。
もし、俺の護衛がアルティア・エースだったとしたら。
「お待たせ致しました」
部屋の奥へと引っ込んでいたメイドの1人が戻ってきた。
「『トランプ』より、護衛役を1人派遣するとの事です。そのことで、アイリス様に1つご報告が」
「聞こう」
「護衛役にはクランベリー・ハートではなく、アルティア・エースを派遣したいとの事ですが」
思わず、アイリス様と顔を見合わせる。
「……これはどういうことだろうな?」
質問という形をとっているが、アイリス様はほぼ答えを確信した表情でそう言った。
アルティア・エースか。
まさか道中でやろうって言うんじゃないだろうな。
「私の方から申してやっても良いぞ」
「いや、有難いが結構だ」
ローブを深くかぶり、立ち上がる。拒否されるとは思っていなかったのか、アイリス様は目を丸くした。
「本当に良いのか?」
「ええ。ご馳走様でした」
寄ってきたメイドに礼を言う。紅茶もクッキーも絶品だった。今後二度と口にすることは出来ないであろう味がした。流石は王族の方々は嗜むモノが違う。
「しかし、何やら仕掛けてくるやも知れんぞ」
「仕掛けて来ないかもしれないよな」
「う、む……。それは……、そうだが」
考えすぎ、という可能性だってゼロではない。
そして、これは『トランプ』側の立ち位置を知る良い機会だ。信用していい相手なのか、それともそうではないのか。道中で手を出してくるとしても、貴族都市ゴシャスを抜けてからになるだろう。
なら、さっさと『神の書き換え作業術』や『神の上書き作業術』で逃げてやればいい。念の為、ホテルの自室に転移用の魔法具を置いておいて正解だったな。
俺の無系統魔法は、逃げの一手に使うのなら最強だ。
「……メイカー。私は、お前との間にわだかまりを持ちたくないのだが……」
何とか考え直させようとしているのか、アイリス様が渋い顔をしている。安心させてやりたいところだが、残念ながら無系統魔法については話せない。あまり話を長引かせてボロを出すのもまずい。そろそろ切り上げるべきか。
テーブルに置いていた仮面を身に着ける。
「その気持ちは嬉しく思う。何か『トランプ』側が仕掛けてくるようなら、後日にでもたっぷりとお灸をすえてやってくれ」
扉に向かって歩き出すと、さり気なくメイドが俺を追い抜いて扉を開けてくれた。扉の外には、いつの間にやら金色の甲冑を身に纏った騎士が2人控えている。
「おい、メイカー。本当に良いのか!?」
「またお会いできる日を楽しみにしております、アイリス様」
あの時の会話を聞いていない第三者がいる以上、仕方が無いと思ってもらおう。口調を戻した別れの挨拶を告げて、俺はアイリス様の私室を後にした。
本日正午に第18話(幕間1)を更新します。