第16話 王城エルトクリア 居館 女王私室(前編)
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☆
扉が開いて訪問者が姿を見せたのとほぼ同時。
『トランプ』の面々が一斉に立ち上がり、片膝をついた。
その一糸乱れぬ動きに目を奪われてしまったせいで、機を逃してしまう。なんと俺だけがソファに座っている構図となった。
あ、やばい。
慌てて倣おうとしたが、時すでに遅し。訪問者とばっちり目が合ってしまった。にんまりと笑顔を浮かべられる。
これはやばい。
絶対にやばいパターンだ。
訪問者は先ほど見た少女だった。
つまりは、アイリス・エルトクリア様。
魔法世界エルトクリアにおける最高権力者。
女王様である。
その女王様が口を開く前に、跪くクィーン・ガルルガからお咎めの声が発せられた。
「女王様、困ります。来訪は嬉しく思いますが、現在は客人を招いておりまして」
「うむ、知っておる。その客人とやらに用があってな」
うへぇ、まじか。
隣を見れば、クランは跪きながらも器用に頭を抱えている。凄いな、これも1つの特技じゃないか?
そんなある種の現実逃避に思考を投じていた俺だったが、アルティア・エースの焦りと苛立ちの混じった声色に現実へと引き戻された。
「いつまで呆けているつもりだ愚か者がっ」
あ、やべ。
未だに座ったままだった。
「いや、良い。クィーン・ガルルガが申した通り、その者は客人だ」
急いで立ち上がったところで、女王様からそんなことを言われてしまう。
思わず立ったまま固まってしまったが、よく考えたらそれもおかしいよね? 客人だって女王様に謁見する時は跪くよね? 宮廷の詳しいルールなんて知らないし、ロイヤルな方々と接する機会なんて未来永劫無いと思っていたから何も知らないんだけど。
いやでもやっぱり跪くのが正解だろう。
跪いて怒られるようなことは無いはずだ!!
と、いうことで周回遅れの俺も跪いた。
「む、なんだなんだ。先ほどとは随分と態度が違うではないか」
頭を下げているため表情は分からないが、声色からして若干拗ねているような感じがする。だからといって態度を改められるわけないだろう。今はもうその身分を知ってしまったからな!
足音と共に、こちらへと女王様が近付いてくる気配がする。
「アイリス様、先ほどの態度とは?」
「お前には関係無い」
アルティア・エースからの問いを女王様が一蹴した。しかし、これは答えないわけにはいくまい。
「クレイドルにて王城へと向かう途中、ゴシャスでおひとりの女王様を……、お、お見受け致しまして」
こういう言い方であってるんだっけ?
「……アイリス様、まさかまた無断で外出されたのですか」
「知らぬな」
シャル=ロック・クローバーからの呆れ混じりの問いかけに、知らぬ存ぜぬで返す女王様である。……家出娘であってたんじゃねーか。くっそ。脱走するタイミングが悪過ぎだ。
「それで?」
「答えずともよいぞ。私が許可する」
アルティア・エースの先を促す言葉に対して、女王様はそう言ってくれる。しかし、ここで変な遺恨を残すのも不味い。事実を余計に歪曲されて認識されても面倒だ。素直に答えることにする。
「迷子か家出でもした貴族の娘と勘違いして、その、……礼を失しました」
……。
想像通り。
いや、想像を遥かに上回る沈黙が訪れた。
そして、思わず震えてしまうほどの重圧が俺へと圧し掛かる。
しかし。
「よせ」
女王様の一言で、それは一瞬にして霧散した。
「許可無く勝手に城を抜け出した私にも非はあろうが、私の護衛を謳う貴様らがそれを見逃したことにも責はあろう。こやつはその尻ぬぐいをしただけだ。違うか、ガルルガ」
「仰る通りでございます」
クィーン・ガルルガが平伏する。
いや、違う。
ここにいるこの人たちを見れば分かる。
この人たちは、わざと女王様の行動を見逃している。
それがどのような理由から来るものなのかは分からない。しかし、魔法世界最高戦力と謳われる『トランプ』が、少女1人の脱走を見逃すはずがない。あの時の女王様の動きを見た限りでは、魔法使いとしての素質はあくまで平均的なものだ。敵うわけがない。
それなのに。
俺が無礼な行いをしたばっかりに。
それを正当化させるためだけに。
言いたいことを全て飲み込んで平伏しているのだ。
何も知らない。
ただの魔法大会でちょっと活躍した程度の、世間知らずの餓鬼のために。
「気にするな。あの時は私もあの状況が楽しくてな。つい身分を隠して接してしまったのだ。最初から名乗っていれば、お前もあのような態度は取らなかったであろう」
違う。
魔法世界エルトクリアへ足を踏み入れる以上、その国の女王様の顔ぐらいは知っておくべきだった。女王様が名乗らなかったから気付きませんでした、では言い訳にすらならないだろう。
「だが、そう慰めの言葉をかけた程度では納得もしないだろう。頭の固い団員もいるようだからな」
視界の端で、僅かにアルティア・エースとシャル=ロック・クローバーが身じろいだのが分かった。
「というわけで、こやつは私が連れていく。文句はあるまいな、ガルルガよ」
「文句などあろうはずがございません。しかし、疑問がございます」
「今、お前に質問する権利を与えたか? 来い、T・メイカーよ」
足音と共に、女王様が遠ざかっていくのを感じる。どうすべきか逡巡しているうちに、その足音が止まった。
「早くせぬか、T・メイカー。来いと言っているだろう」
立ち上がる。
「……せ、聖夜クン」
隣で跪いたままのクランが、俺の名を小さく呟いた。
「すまない。俺の浅はかな行動で迷惑をかけた。後日、必ず詫びる」
俺も小さくそれだけ返してから女王様に続く。跪いたままの『トランプ』は微動だにしない。扉が閉まり、室内の光景が見えなくなる最後まで、『トランプ』は跪いたままだった。
部屋の外には女王様の他に2人いた。
魔法聖騎士団ではない。銀では無く、金の甲冑を身に纏っている。
「こやつらか? こやつらは私の女王直属近衛兵だ。魔法聖騎士団とは違うぞ。まあ、仲良くやってくれ」
簡易的な紹介だけして、女王様は螺旋階段を下り始めた。
仲良くやれと言われても、どうすればいいのか。とりあえず頭を下げると、向こうも軽く下げてくれた。俺へ手で促しつつ、2人の近衛兵が螺旋階段を下り始めたので、俺もそれに倣う。
女王様、近衛兵2人、そして俺の順で階段を下っているのだが、俺へ背を向けているこの2人はまったく以って隙が無い。
無言のままベニアカの塔を後にする。
嫌な予感はしていたが、やはりというべきか女王様が向かう先には居館がある。思わず頭を抱えたくなったが、自分の蒔いた種である以上仕方が無い。果たしてどんな罰が待ち受けているのか。鞭打ちとか? あれって皮膚が千切れるくらい痛いんだろう? 俺、今日で死ぬのかも。
ウリウムと相談したいところだが、ここで話しかけたら電波を受信しているやばい人扱いだ。ウリウムの声は周囲には聞こえないので、俺が独り言をひたすら話している形となる。
そもそもここまでウリウムが賢明にも沈黙を保ってくれているのは、ホテル・エルトクリアからここまで、『トランプ』という魔法世界の誇る最高の魔法使い達が俺の周囲にいたからに他ならない。ウリウムと俺が交信することで、向こうへこちらのカードを1枚晒してしまうことを避けるためだ。
王族護衛と言いながら、『トランプ』は誰1人として女王様の傍にいない。いるのはこの近衛兵だけだ。そもそも女王様の城外への脱走を意図的に見逃してあげるような人たちなのだ。『トランプ』の守護がどのような形で女王様にもたらされているのか不明な以上、下手な行動は慎むべきだろう。
そんなことを考えていたら、前を歩く女王様の速度が段々と遅くなってきた。後ろを歩いていた近衛兵がさり気なく速度を合わせ、左右へと開いていく。
いや、ちょっと待って。
そんな気遣いはいらないから。
俺も速度を落とせば女王様は更に速度を落とす。
「ふふふ、このままでは止まってしまうぞ?」
面白そうに笑いながら女王様が言う。観念して女王様の隣に並んだ。
「何が目的なのですか」
「まずはその敬語をやめよ」
勘弁してくれ。
「無理です」
「なぜだ。先ほどは出来ていたであろう」
「女王様が仰られた通り、浅学な身である私は、愚かにも、女王陛下と見抜けませ、んでした、が、ゆえ」
あれ、様だっけ陛下だっけ。
どっち使うのが正しいのかも分からないんだけど。
「ふはは、慣れぬ言葉遣いでは苦しかろう。私も出来れば堅苦しい言葉遣いはやめたいのだがな。もはや習慣というものだ」
やれやれ、と女王様が肩を竦める。この話題を引き摺っていても良い事は無さそうだ。
「どちらへ向かわれるので?」
「私の私室だ」
マジで勘弁してくれ。
「……女王様、このような時間に女性が男を部屋へ連れ込むものではありませんよ」
「むふー、私をきちんとレディ扱いしてくれるのはお前だけだ」
そんなことは無いと思う。
「それと、私はジョオウサマという名前ではない。アイリスだ」
……存じておりますが、それが?
「皆まで言わねば伝わらんか? 呼べ」
「……、……アイリス様」
「様はいらぬが」
いるに決まってんだろうが。
貴方のためじゃない俺のためなんだよ。
「まあ、よい。そこは追々打ち解けてゆくことにしようではないか」
追々ってどういうことなんでしょうねぇ。俺からすれば、この関係も今日で終わりにして頂きたいところなんですが。国外の平民をほいほい王城に招くんじゃねーよ。
居館の正面口に辿り着く。
ご立派な扉の前には銀の甲冑を着た騎士が2名おり、両者とも女王様へ敬礼した。
「その者は」
「客だ。あぁ、ギルマンへの連絡は不要だ。近衛がいる」
「承知致しました」
開けてもらった扉の中へと入る。
「ギルマンと言うのは宰相の地位にいる者の名でな。国政に携わってもらっている。奴がいなければ魔法世界は回らんのだよ」
「なるほど」
ぶっちゃけ宰相という地位がどれほどの物かもよく分からん。ホールを抜け、細長い通路を歩く。甲冑や絵画が飾ってあったり、庭園が覗けるような装飾が施されていたりと、流石は王族が住まう城だと素人の目でも思う。豪華絢爛とは、まさにこのことを言うのだろう。廊下にも深紅の絨毯がひたすら敷いてあるし。特注かな?
「興味があるのなら、面会を組んでやっても良いが」
「結構で……、謹んで遠慮させて頂きたく」
「ふはは」
俺の言葉遣いが面白いのか、女王様は声を出して笑った。
階段を上り、通路を抜け、ようやくお目当ての場所であろう部屋へと辿り着く。その扉の前では、1人のメイドが頭を下げて待っていた。
「お帰りなさいませ、アイリス様」
「うむ。こやつは客だ。もてなしを」
「あー、いや、俺、ううん、わたしは」
「承りました。それではどうぞ」
俺が言い淀んでいるうちに、メイドはパーフェクトスマイルを浮かべつつ、部屋の扉を開けて入室を促してきた。ですよね。女王様がもてなせって言ってるんだもんね。貴方が拒否できるわけないもんね。
敬礼する近衛兵へ女王様は軽く手を振った。
「ご苦労、戻って良いぞ」
「はっ」
「さあ、T・メイカー。入れ」
「……はい」
なんでこんなことになってるんだろうね。『トランプ』とのやり取りや、女王様の態度を見る限り、罰を与えられるために呼ばれたという線は薄そうだ。まあ、罰を与えるのが目的ならプライベートルームになんて呼ばないよな。
しかし、だ。
……そうなると。
気に入られる要素どこだったんだよ。
女王様に続き、室内へと足を踏み入れる。俺の後ろからメイドも入室し、扉を閉めた。……鍵まで閉めた。なぜ鍵まで閉めたし。鍵を閉めたメイドは、すすす、と洗練された動きで俺を追い越し、女王様のもとへと近付く。
「アイリス様、まずはお召替えを」
「うむ。おい、T・メイカーに何か」
「畏まりました」
室内にいた別のメイドが頭を下げる。
ん?
ちょっと待って。
それよりも。
俺を室内へと招き入れたメイドが、女王様へ近づくとおもむろにその洋服を脱がし始めた。
「ちょっ」
綺麗なうなじが見えたところで何とかUターンに成功。そのまま全力で扉に飛びつく。
あれあかないそうだかぎだ!!
「お、おい、どうしたT・メイカー」
「失礼致します!!」
少々手間取ったが、何とか開錠に成功した俺は、そのまま部屋の外へと飛び出した。やや乱暴に扉を閉める。静寂に包まれた廊下へ、閉まった音が反響した。
「え、なんなのどういうこと?」
俺を招き入れておいてなんで服を脱ぎだしたの?
痴女? 痴女なのか?
「何者だ」
「え」
扉に寄り掛かり、混乱した思考を正そうとしていたところで声が掛かった。視線を向けてみれば、そこには銀の甲冑を身に纏った男がいる。兜は着用していなかったので、素顔が見えた。
男、50代、くらいか?
短く刈り上げた髪に無精ひげを生やしている。
俺の扱いを測りかねているのか、右手が腰にぶら下げた得物へと伸びかけていた。
「怪しい者ではない、いや、ありません」
「怪しい奴は皆そう言うものだ」
でしょうね。
両手を挙げて戦意が無いことを示しつつ、ローブのクリアカードが入っている部分を指代わりに顎で指す。
騎士の人が無言で近付き、その部分へ手を伸ばした。
「……貴殿がT・メイカーか」
「操作させて貰えるなら、クィーン・ガルルガの招待状も出せますが」
「いや、結構。お返しする。手も下ろして構わない」
返してもらったクリアカードを仕舞う。
「どうしてここへ? クィーン殿から招待する旨の話は受けているが、場所はベニアカの塔だったはずだ」
ちらりと女王様の私室へと繋がる扉へ視線を向けつつ質問してきた。どうしてここへ来なければならなかったのか。むしろそれは俺が聞きたい。
「お答えしかねます。私も女王様の御指示で連れられてきただけでして」
「……連れられてきて、なぜ1人で廊下にいる」
「部屋に招かれたのに、いきなり着替え始めたのですよ」
「……、……なるほど。理解した」
騎士の人は眉間を押さえながらそう言った。理解して頂けたようでなにより。この人も苦労人の匂いがするな。
そんなことを考えていたら、内側から扉が開かれた。
「T・メイカー様、お待たせ致しました」
「あー、えっと」
騎士の人へと視線を向ける。
「私は何も見なかった。失礼する」
俺と隙間から顔を覗かせたメイドに小さく一礼した騎士の人は、そのまま立ち去ってしまった。……今、俺が貴方から欲しかったフォローはそれじゃないんだよなぁ。
改めて視線を向け直したメイドは、柔らかな笑みを浮かべながら俺に言う。
「アイリス様がお待ちです。どうぞ中へ」
ツイッターでは報告しましたが、予告していた更新予定を変更します。
第17話を4月2日朝6時に、第18話(幕間1)を正午にそれぞれ公開します。
それで修学旅行編〈上〉はおしまいです。