第15話 王城エルトクリア 別塔 “ベニアカの塔”
∀o(^^*)
☆
「失礼致します! クランベリー・ハート様とT・メイカー様でよろしいでしょうか! クィーン・ガルルガ様の命により、お迎えにあがりました!」
ハキハキとした声がクレイドルの外から聞こえてくる。いつまでもこの中で引きこもっていたい気分だったが、そういうわけにもいかないようだ。
「いこっか」
「ああ」
クランの言葉に後押しされ、ようやく出る決心がついた。
そもそも何のためにここまで来たのかって話だもんな。
クランに促され、クレイドルから降りる。
「確認致します。『黄金色の旋律』所属、T・メイカー様でよろしいでしょうか」
「ああ、間違いない」
クリアカードを取り出し、券面を提示する。
「ご提示感謝します」
聖騎士団の団員が頭を下げている間に、クランもクレイドルから降りてきた。
「クランベリー・ハート様」
「失礼の無いように」
「はっ」
ここに集まっている10名ほどの聖騎士が、一糸乱れぬ敬礼をしてみせた。
おー、流石に威圧感があるなぁ。
クレイドルで来た道を見れば、1本の細長い石製の白い橋が伸びているのが分かる。橋の下は崖のようになっており、なぜ山頂がこのような地形になっているのか見当がつかない。辺りが暗いせいで底は見えなかった。ただ、相当深いであろうことが窺える。防衛戦を想定して抉り取ったのか? それとも火口を埋め立てて城を建てた? 全然分からん。
白い橋の先は星空が広がっている。貴族たちの屋敷が見えないのは、まさしくここが山頂だからだろう。白い橋を歩いていけば徐々に見えてくるのだろうが、生憎と来た道を折り返すのはまだ後だ。
「では、ご案内致します」
「頼む」
声を掛けられ、振り返る。
現実逃避はいい加減やめておくべきだろう。
視界の先に見えるのは、アオバの大門ほどではないが、それなりに大きな門。第1級貴族の屋敷がある場所から白い橋を渡り、最初に行き着くであろう場所だ。
ここは広場になっており、俺たちのように城外から訪れた者は、ここでクレイドルを降りて身分証明をする形になるのだろう。等間隔で設置された魔法の明かりによって、この付近はかなり明るい。
白の城壁に赤い門。
聖騎士の1人がこちらへ優雅に一礼し、手のひらを門へと向けた。
腹に響くような重低音と共に、門が開き始める。もともと人が1人分通れる程度の隙間は空いていたのだから、そこから入らせてもらえればそれで良かったのだが、そこはきちんと開けてくれるようだ。
……まあ、多分あの隙間から通り抜けたのは。
うん、情緒不安定になりそうだからこれ以上考えるのはやめよう。
門の先は庭園になっていた。
青空の下で眺めればさぞかし気持ちいいことだろう。手入れのされた草木に美しい噴水。ただ、夜は夜で趣があると言えるだろう。随所に魔法の照明器具が灯されており、その奥に見える城も幻想的な雰囲気に包まれている。全体的に白色だから余計にぼんやりと浮かび上がって見えるんだよなぁ。
標高が高いせいで若干呼吸に違和感を感じるが、住めば都というやつなのだろうか。
「それでは、こちらへどうぞ」
聖騎士に従い、門をくぐる。前3人、真ん中に俺とクランを入れて、後ろ3人だ。もちろん案内役という建前なんだろうけど、実際は警戒だろう。まあ、白い仮面に白いローブを身に纏った素性不明の魔法使いだからな。
実際のところ、聖騎士の面々は俺の正体を知っているのだろうか。玄関口アオバでクィーンからの招待状を中条聖夜名義のクリアカードへインストールしたのは聖騎士の1人だ。それに、アギルメスタ杯で美月のお世話係になっていたアルなんとかも、俺のことを『黄金色の旋律』の構成員と断定していたし。
「どうかした?」
「いや」
隣に並ぶクランから不審に思われてしまった。
気持ちを切り替えて周囲をそれとなく見渡してみる。庭園の面積もそれなりに広い。が、やはり山頂に建っているというだけあって、俺がイメージしていたよりは小さかった。
聖騎士の歩く道筋が正面から右にずれる。城の周囲には3本の塔が建っている。そのうち、今向かっているのがクィーンのいるベニアカの塔なのだろう。
ベニアカ、ねぇ。
なぜそこだけ日本語が使われているのかも謎だ。
遠目からではただ細長く、何に使われているのか見当もつかなかったが、実際に塔の麓まできてみるとなかなかに太い。部屋は塔の形状から円状にせざるを得ないわけだし、住みやすいかどうかは別問題となるのだが。
ベニアカの塔の入り口は木製の扉だった。
その扉が開かれて1人の男が出てきた。神官が着ていそうな服だが、色はライトグリーンである。片手には分厚い本が握られていた。
「お待ちしておりました」
褐色の男がにこやかに笑い、優雅に頭を下げる。左目に装着されたモノクルがキラリと光った。
「シャル=ロック・クローバーと申します。ここから先は、私が案内させて頂きます」
……。
クローバー。この男も『トランプ』。
そして、俺はこの称号に聞き覚えがあった。あのアギルメスタ杯への参加を余儀なくされた1本の電話。その電話の主がこの男だったということだ。
俺の思考を悟ったのか、シャル=ロック・クローバーは少しだけ口角を吊り上げて見せた。
なるほど。
ただの優男じゃないってか。
上等だ。
☆
シャル=ロック・クローバーに続き、ベニアカの塔へと足を踏み入れる。
ベニアカの塔へと入ったのは俺と、シャル=ロック・クローバー、そしてクランだけだ。聖騎士の面々はこちらへ一礼してから城門へと戻っていった。ここから先は、完全にこのシャル=ロック・クローバーと名乗った男に任せるらしい。
まあ、問題は無いのか。というか、魔法世界における最高戦力が2人だ。俺に対して警戒をしているにしても過剰戦力過ぎるだろう。
……そうなんだよなー。
この城にはその最高戦力が勢揃いしてるんだよなー。
捕縛クエストの関係でクランを借りるためにやむを得なかったとはいえ、招待に応じたのは早まってしまったのかもしれない。
なんとなく想像はしていたが、非常に赤色の装飾が多い。エレベーターでもあるのかと思っていたが、見事にそちらの想像は裏切られた。
円状となっている塔の側壁に沿った螺旋階段である。
まじかー。これ上るのかー。
等間隔で燃え盛るたいまつがこの塔の灯りらしい。クィーンの趣味なのか? 城門のや広場の灯りは魔法の照明器具だったからな。
上る。
ひたすらに上る。
途中、いくつか扉があったが、何の用途に使われる部屋に繋がっているのかは分からない。
3人が階段を上る音だけが反響している。塔の側壁はところどころ小窓のようにくり抜かれており、澄んだ星空が覗ける。標高が魔法世界一高いだけあって、星が凄くよく見えた。
「こんな綺麗な夜空なら、レイリーの魔法は脅威かもねー。死人が出てないようでなによりなにより」
後ろでクリアカードを弄りながら、クランがうんうんと1人で頷いている。独り言のようで、実はこちらへ話しかけているようにも聞こえたので、相槌を打ってやりたいところだったが……。残念ながら言っている意味が分からない。
夜空が関係する魔法なんてあるのか?
「幻血属性『星』。ギルドランクS『白銀色の戦乙女』のリーダー、シルベスター・レイリーの話です。彼女の星属性は星の輝きが火力に影響しますから」
前を歩く神官からそんなフォローが飛んできた。
なるほど。
そんな幻血属性もあるのか。
「あれ、聖夜クン、レイリーに会った事ないの?」
「クラン、ここではT・メイカーと呼んで差し上げなさい」
「あ、ごめん」
シャル=ロック・クローバーに注意され、クランが思わずといった仕草で口元に手をあてていた。
まあ、壁に耳ありってやつだからな。
「会ったことは無い。そもそも『白銀色の戦乙女』の中で面識があるのは、アイリーン・ライネスだけだ」
「えっ、じゃあ、さっきのギルドが初めてだったの?」
「そうだ」
「うわー、それで既にあの反応なんだー」
クランが心なしかげんなりした様子で呟いた。
「……そのギルドでは随分と派手にやったようですね」
シャル=ロック・クローバーからちくりとそう言われる。
うん、ごめんなさい。結構やらかした自覚はあります。
「クラン、貴方には抑止の意味合いも込めて送りだしたのですがね」
「あははー、けどしょうがないじゃん。向こうが喧嘩売ってきたんだしぃ」
皮肉をさらっと流しつつ、クランは随分と好戦的なことを言う。「ねー?」と相槌を求められるが「そうだねー」と頷けるような内容でもない。賢明に沈黙を守る。前を行くシャル=ロック・クローバーからため息が聞こえてきた。どうやら苦労人という立ち位置のようだ。
「さて、そろそろです」
そんな苦労人様から告げられる。
「当たり前のことではありますが、クィーンの称号を授かっているとはいえ、クィーン・ガルルガは王族の血を継ぐ者ではありません。そう畏まらずとも結構ですよ」
……だいじょうぶです。
おうぞくのかたとはすでにめんしきがあります。
首肯する俺に、シャル=ロック・クローバーは笑みを浮かべた。
「まあ、貴方にそういった助言は不要かもしれませんが」
おい。
それはどういう意味だ。
螺旋階段はまだ上まで続いているため、ここが最上階というわけではないのだろうが、とある扉の前で立ち止まったシャル=ロック・クローバーがノックする。
「クローバーです。T・メイカーをお連れしました」
中から「入れ」という言葉が聞こえてきた。シャル=ロック・クローバーがゆっくりと扉を開き、中へと促される。扉を潜り、部屋の中へ。
ここがクィーン・ガルルガのプライベートルームなのだろう。流石に部屋の中はたいまつではなく、ちゃんと照明器具があった。
ふかふかする絨毯なので土足でいいのか不安になったが、後ろからずかずかとクランも土足のままで入ってきているし問題は無いらしい。
クィーン・ガルルガは、部屋の最奥にある真っ赤なソファに座っていた。この塔は本当に赤の使用頻度が高い。目がちかちかしそうだ。
「よう来た。歓迎しようぞ、『黄金色の旋律』のT・メイカーよ」
演技がかった仕草で扇子を開いたクィーン・ガルルガが言う。艶やかに笑みを浮かべる表情がとても色っぽかった。この人何歳?
そのまま視線がとある箇所へ吸い込まれそうだったのを何とか自重し、クィーン・ガルルガから視線を外す。その先にいたのは……。
「よう、久しぶりだな。セイヤナカジョー」
「ふん、まさか本当に来るとはな。大胆不敵と見るべきか、己が実力を見誤った馬鹿と見るべきか」
クィーン・ガルルガの座るソファ、その両サイドに縦に配置されたソファにそれぞれ座る2人の男。クランや、シャル=ロック・クローバー、そしてクィーンガルルガと同じく『トランプ』に名を連ねる者。
ウィリアム・スペードとアルティア・エースだった。
「ちょっとエース、そういう言い方無くない? 別に敵対しているわけじゃないんだし、呼ばれたんだから来ただけじゃん」
辛辣な言葉を投げかけてきたアルティア・エースに対して、俺の後ろからひょっこりと顔を出したクランが言う。アルティア・エースは鼻を鳴らした。
「俺たちが敵対していないという証拠がどこにあるんだ?」
「敵対するつもりがあるのか?」
クランへの質問を、俺が質問で返した。口を挟まれるとは思っていなかったのか、少し驚いた表情でアルティア・エースの視線が俺へと向く。
「ある、といったらどうする」
「どうすると思う」
「そこまでじゃ」
見えない火花が散り始めたところで、傍観していたクィーン・ガルルガから待ったがかかった。
「わらわは喧嘩させるために主を呼んだわけでは無い。気に入らんようなら退席せよ」
クィーン・ガルルガの言葉に肩を竦めたアルティア・エースは、そのまま腕を組んで目を閉じた。
「まあ、まずは座るが良い」
「おー、そうだそうだ。座れ座れ。セイヤナカジョー、こっち来い」
自分の隣をバシバシ叩くスペードの言葉に甘え、そちらに座ることにした。流石にこの険悪な空気を作り上げたアルティア・エースの隣に座りたくはない。
まあ、アギルメスタ杯にちょろっと参加して名を上げただけの俺だ。そんな俺に対して思うこともあるのだろう。ただ、俺に対する『トランプ』の方針は先ほどクランから聞けていたからな。今の売り言葉に買い言葉も結論が分かり切っているからこそ出来たことだ。
そうでなければ、本当にただの命知らずの馬鹿ということになってしまう。なにせ、この部屋だけでも魔法世界の誇る最高戦力が5人もいるのだから。
「しっつれーい。ちょっとスペード、もっとそっちに詰めてよ」
スペードの隣に腰を下ろすと、すぐにクランもこちらへやってきた。ぽすんという音が似合いそうなほど軽い感じで俺の隣へ座ってきたが狭い。クランとはほぼ密着状態である。
「お、おい。何でお前までこっち来るんだよ。向こう行けよ」
「えー、あっちはエースがいるからヤダ」
スペードからの苦言を軽くあしらうクラン。しかし、それに続いたのはアルティア・エースだった。
「こちらも小便臭い餓鬼など御免だ」
「は、はあ!? 私もうお漏らしなんてしないし!!」
「まあ……、サイズ的には貴方がこちらへ来ることが一番理に適っているでしょうね」
アルティア・エースとクランをそれぞれ一瞥しつつシャル=ロック・クローバーがそんなことを言った。それがまずかった。
「……ほう、クローバーよ。どうやら貴様は喧嘩を売っているようだな」
「いいんだよー、別に。私はいつでも、ね」
ドスの効いた声を放つアルティア・エースとクランに、シャル=ロック・クローバーは両手を挙げて降参の意を示す。
「それで……、クィーン殿。そろそろ本題に入って頂きたいのだが」
内輪揉めが一段落したところで、そう切り出すことにした。
「うむ、そうすることにしよう。何か飲み物は」
「結構だ」
俺の回答に、視界の端でアルティア・エースが頷いているが見なかったことにする。
「そうか。では本題に入るとしようか。実は――」
そこまで言いかけたところで、クィーン・ガルルガはふと顔を上げた。
「どうした」
「誰か来たな」
質問者はスペード、回答者はクィーン・ガルルガではなくアルティア・エースだった。
「こんな時間に他にも面会の予定を入れていたのですか?」
「いや、知らんぞ」
シャル=ロック・クローバーからの問いに、クィーン・ガルルガは首を振る。
「すまぬがT・メイカーよ。少し待ってもらえるか」
「分かり……、分かった」
不意に話しかけられたため敬語が出そうになった。正直、敬語で話した方がやりやすいのだが、もはやT・メイカーのキャラ付けで後に引けないところまで来てしまっている。
あれ、でもこの人たちは俺のことを中条聖夜だと知っているのだから、気にする必要は無いのか? ……ちょっと待て。なら、まずいんじゃない? 俺、ただの礼儀知らずの学生じゃん!! アルティア・エースが機嫌悪いのもまさかこのせい!?
あの長い螺旋階段を上ってくるのだ。訪問者がこちらまで辿り着くにも時間がかかる。そして、時間が経つにつれて、ここにいる王族護衛の方々の表情が険しくなっていく。
「あのさぁ、この気配ってよお」
「言うな」
沈黙の中、ようやく口を開いたスペードを制したクィーン・ガルルガは、眉間を揉み解すようにして指を動かした。
アルティア・エースが唸るように言う。
「……この男がここへ来ることを、あの御方は存じていたのか」
「貴族都市ゴシャス立ち入りの許可申請で、書類をご覧に為ったのでは?」
「クローバー、お前なら理解しているだろう。あの御方はただ判を押すだけだ。ご覧になってはいないだろう」
シャル=ロック・クローバーに対してそう言い放ったアルティア・エースは、その視線をクィーン・ガルルガへと向ける。
「お伝えしたのか」
「まさか」
クィーン・ガルルガは鼻を鳴らす。
「絶対に面倒なことになるからの。伝えるはずがなかろう」
アルティア・エースの視線が俺とクランへと向いた。クランが露骨に顔を反らす。
「……何か知っていそうだな、ハート」
「ナ、ナンノコトカナ。はぁと、ワカンナーイ」
全然誤魔化せてなかった。
つまりあれか。
あの御方が来たのか。
クランはともかく、俺は面識が無いことになっているはずだ。あの御方が城外に出ていた情報は入っていなかったのか? 王族護衛なのに? いや、それとこれで話が繋がらないだけ? もうよく分からん。
シャル=ロック・クローバーの俺を見る目つきが、若干険しくなった気がする。
そんな時だった。
ノックも何も無く。
部屋の扉が開かれたのは。
次回の更新予定日は、4月2日(月)です。
0時に第16話、正午に第17話を公開する予定です。
その更新で修学旅行編〈上〉はおしまいです。