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テレポーター  作者: SoLa
第9章 修学旅行編〈上〉
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第14話 T・メイカー捕縛クエスト ⑤

(*^^)o∀




 捕らえた少女が腕の中でもごもご言っていたので、拘束を解いてやる。


「ぷはぁ!! い、いきなり抱擁してくるとは何事か!」


「おー、まだ小さいのに抱擁とかよく難しい単語を知ってるなぁ」


「小さい言うな! この不審者が!」


 えー、だって日本で言うならまだ小学生くらいじゃない? いや、ぎりぎり中学生になったくらいかも。


 月光を反射する美しい金髪に、紫の双眸。服も庶民が着れる物では無いことくらい、俺にも分かる。けど敢えて言おう。子どもは子どもである、と。


 それに、不審者は無いと思うんだ。


「こんなお兄さんを捕まえて不審者とは結構な言い草だな」


「ふん、貴様が若いかどうかなど分かるはずがなかろう。まずはその仮面を外せ」


 あぁ、そうか。

 そう言えば仮面を付けていたな。ローブも深くまで被っているし、確かに不審者と言われても仕方が無いかもしれない。街灯はあるものの、クレイドルで移動していた大通りほどの明るさは無いしな。


 でも残念。


「仮面を外す気はない」


「ほう? まさか拒否するとはな」


 少女は本気で驚いた表情をして見せた。

 自分の命令に従わない人間など珍しい、といったところだろうか。クレイドルに乗ってそれなりに上ってきているはずだ。魔法世界の貴族は身分が上がれば上がるほど標高の高いところへ住居を持つ。この少女はそれなりの身分を持つ貴族の生まれということだ。


「まったく……、他人のことより自分のことだ。こんな時間にこんなところで何をしているんだ」


 俺を観察するようにして見ていた少女がなぜか首を捻っているが、無視して質問する。


 こんなところと言っても貴族都市である。下に比べれば治安など比べようもなく良いのだろうが、そういう問題ではない。子どもが出歩くような時間じゃないからな。こちらの質問には答えず、「その姿、どこかで」とか呟いている少女に告げる。


「まあ、いい。送ってやるよ。家はどこだ。まさか迷子じゃないよな? クランもそれでいいな」


 後半はようやくやってきたクランに向けて言った。こいつ、のんびり歩いて来やがったな。まあ、貴族都市で面倒事を起こしたくなければ魔法は使うなって言われていた身としては、文句も言えないわけだが。


 いつの間にか挟み撃ちにされていることに気付いて驚いたのか、少女がクランの方へ勢いよく振り返った。


 本当ならさっさと王城に向かって用を済ませたかったのだが、仕方が無い。このまま少女を放っておくのも目覚めが悪いし。それに、ギルドで盛大にやらかした上で、リスティルの道中でも結構暴れている。寄り道の1つや2つ、もはや今更だろう。


 そう思い、あくまで形式的な問いかけだったのだが、なぜか街灯に浮かび上がるクランの表情は強張ったものだった。


「どうした、クラン」


「あ、あの、えっと、その」


 歯切れが悪い。

 いつの間にか、少女は完全に俺に背を向けてクランと向き合っていた。その少女が振り返り、俺に言う。


「乗せてくれ」


 尊大な態度である。

 思わずその綺麗な金髪に手が伸び、くしゃくしゃと撫でまわした。


「あ、こら、何をする」


「人にものを頼むときは『お願いします』だ。どれほどの身分かは知らないけどな、一人前のレディとして扱われたいのなら、礼儀くらい覚えるんだな」


 最後にポンポンと叩き、手を放す。少女は両手を自分の頭に添え、なぜかもにょもにょしていたが、やがて小さく笑った。


「はは、一人前のレディ……、か。なるほど。では、言い直すとしよう。私の家まで送って欲しい。頼めるだろうか」


「おー、ちゃんと言えるじゃないか。偉いな」


 もう一度くしゃくしゃと頭を撫でてやる。


「お、おい、やめぬか」


 随分と子どもらしくない言い回しをするものだ。

 でもなぁ……。

 口はそう言っていても、ちょっと表情が嬉しそうだ。


 俺が歩き出すと少女もついてくる。


「こんな時間に何をしていたんだ? 迷子になったわけじゃないだろう? 家出か?」


「はは、私を迷子扱いに家出娘扱いか。ははは」


 何が面白いんだか。

 こちらとしては、お偉いさんの親と子の仲介なんてしたくないんだからな。


「どうした、クラン。行くぞ」


 なぜかついて来ないクランへ声を掛ける。


「ア、ウン」


 油の切れたロボットのような動きで、クランはそう答えた。

 おかしな奴だ。







 魔法世界におけるギルド、その副ギルド長の地位にいるラズビー・ボレリアは、今日ほど自分にとって唯一の上司となるギルド長不在という事実を恨んだ日は無かった。受付嬢の1人がお茶請けを用意し、そそくさと退室していく後ろ姿を見送る。


 どうせならもっと長くいてくれてもいい。

 なんなら同席して欲しい。

 更に言えば代わりに自分が出て行きたかった。


「ホリメシアの茶葉か。随分と気を遣わせたようだ」


「い、いえ、とんでもございません。わざわざご足労頂いたわけですから、このくらいのことは」


 そう口にしながら手にしたハンカチで額を拭う。余程汗をかいていたのだろう。一拭きでハンカチの色が変わってしまった。


 ふと視線を感じ、ラズビーは顔を上げる。


「っ」


 ラズビーは思わず息を呑んだ。対面に座るジャック・ブロウは茶を啜りつつも、その視線をラズビーに向けていた。ジャック・ブロウの雰囲気はギルドを訪れた時から変わっていない。その表情もあくまで涼やかなままだ。


 しかし、湯呑の奥から窺えるその眼光は、決して笑ってはいなかった。


「さて」


 湯呑を置いたジャック・ブロウが口を開く。


「聞かせてもらおう」


 笑みを浮かべているはずなのに、放たれている圧迫感は尋常ではない。それを真正面から受けざるを得ないラズビーは、今にも卒倒しそうだった。いや、むしろ卒倒できた方が楽だっただろう。卒倒できないせいでこの地獄のような状況を最後まで味わう必要があるのだ。いっそのことぽっくりと逝ってしまいたい、とラズビーは本気で思った。


「そ、その……、ですね。何と申しますか。こ、今回の大規模クエストをギルドが正式に受理するにあたってですね、……あー、そもそもこのクエストの基となった情報源が」


「ギルドランクA『無音白色の暗殺者』の目撃情報だな。ドゾン・ガルヴィーンが武闘都市ホルンの大通りで『黄金色の旋律』T・メイカーを目撃、その情報をドゾンと同じグループに属するベルリアン・クローズがギルドへと持ち寄った。その程度のことは初めから理解している」


「さ、左様でございましたか」


 淡々と告げられる内容に、ラズビーが肩を震わせる。本当ならそこまでの過程も時間をかけて説明し、その間に落としどころを探ろうと思っていたのだ。ラズビーの脳内でモノクルを光らせる男が不敵に笑った気がした。


 思わず頭を掻き毟りたくなる衝動に駆られたラズビーだったが、両腕が頭に伸びるより早く、視界の端に1本の髪の毛がはらりと舞うところを見たことで、その衝動は急激に萎んでいった。


 あぁ、また貴重な資源が散ってしまった。


 ラズビーは天を仰ぎたくなる気持ちでいっぱいだった。「最近、額が成長期を迎えている」なんて言い訳で自分や家族を懸命に誤魔化してきたラズビーだったが、ついに現実を見据える時が来てしまったようだ。


 それもこれも、全部がギルドの仕事のせいである。もはや因果関係は確定している。これを根拠に訴え出れば労災も下りるかもしれない。いや、下りるはずだ。下りないはずがない。これはギルド長が戻ってきたら直談判しなければ。


 ラズビーは時間稼ぎは無駄と悟りつつも現実逃避的な思考に陥っていたが、ジャック・ブロウのこの言葉は流石に我慢できなかった。


「では、聞かせてもらおう。ギルドがT・メイカーを対象とした捕縛クエストを正式に受理した理由について。条文によって本来保護されるべきギルドメンバーを対象とした捕縛クエストを、なぜギルドは受理したのか」


「保護されるべきギルドメンバーだと!?」


 ラズビーが立ち上がる。


「何が保護されるべきギルドメンバーだ!! 本来ならば、ギルドメンバーの選定も全てはギルドの采配だ!! にも拘らず貴方がたが勝手にあの男をギルドメンバーにしたんだ!! 我々は何度も情報開示を要求したぞ!! それをすべて無視しておきながら保護だけしろというのか!!」


「その通りだが、そう聞こえなかったか?」


 ジャック・ブロウのあまりの淡白な返答に、ラズビーは思わず言葉に詰まってしまった。


「あ奴が属する『黄金色の旋律』自体が特例だらけの扱いだ。それが1つや2つ増えたところで今更だと思っていたのだが」


「勘違いしないで頂きたいっ。特例扱いを受けているのはあくまでリナリー・エヴァンスだけだ」


 鼻息荒く、ラズビーが乱暴に腰を下ろす。その反応を興味深そうに眺めていたジャック・ブロウは首を傾げた。


「なぜリナリー・エヴァンスだけなんだ? T・メイカーは等価値ではないと?」


「当たり前でしょう!!」


 ラズビーが吠える。


「あの神の如き魔法を操るリナリー・エヴァンスと、闘技場の成り上がりを一緒にしてもらっては困ります!!」


「これまでの実績を踏まえてくれ。そう言われていたら、一定の理解はした」


「……なんですと?」


 怒りで歪められていたラズビーの表情が、すとんと抜け落ちた。


「私の聞き間違いですかな? まるで実績以外の点では同等のように聞こえましたが」


「その通りだが、そう聞こえなかったのか?」


 先ほどと全く同じ返しをするジャック・ブロウはあくまで淡々としたものだ。


「ま、まさかいくら規格外とはいえ、リ、リナリー・エヴァンスとT・メイカーが同等などと……」


「ならば聞くが、ラズよ。お前はT・メイカーの底を見たのか?」


 T・メイカーの実力の底など、知っているのは同じ『黄金色の旋律』のメンバーだけだろう。首を横へ振るラズビーへ、ジャック・ブロウは続ける。


「そもそも神の如きと称したリナリー・エヴァンスの魔法でさえ、その無系統魔法が何に基づいているものなのか、誰も知らないのだ。比べる事など出来ないだろう。知っているのは脚本家(ブックメイカー)だけだ」


 皮肉のようにそう吐き捨てるジャック・ブロウに、ラズビーは声をひそめた。


「……T・メイカーの魔法は転移魔法だと確定したのではないのですか」


「表向きはな」


 誰に対しての、とラズビーは聞かなかった。


「では、違う可能性もある……、と?」


「話は変わるが、ここへ来たT・メイカーがどこへ向かったか知っているか?」


 急な話題変換を訝しく思いながらも、ラズビーは首を横に振る。そもそもそれが分かっていたら、今頃躍起になってT・メイカーを探しているギルドメンバーたちが黙ってはいないだろう。


「王城だ」


「は?」


 ジャック・ブロウからもたらされた回答に、ラズビーは思わず気の抜けた声を出した。


「あ奴は王城に招かれている。正確にはクィーンからの招待状でベニアカの塔に、だがな。しかし、塔に呼ばれているということは、貴族都市ゴシャスへ立ち入る許可を得たということだ。それが誰から得ているのか……、話すまでもないな?」


 ラズビーの顔が見る見る青褪めていく。


「ギルドが置かれている現状を理解したか? 話の途中ではあるが、望むなら退席を許可しよう」


 ジャック・ブロウは片手を扉へと向け「どうぞ」とジェスチャーをした。

 一瞬の間、そして。


「し、失礼します!!」


 慌てて立ちあがった拍子にテーブルへ膝をぶつけて悶絶。起き上がり際にカーペットが滑り転倒。ようやく立ち上がり扉まで向かったが開ける勢いが強すぎて顔面を強打。それでもめげずに退出したラズビーへ憐みの視線を向けていたジャック・ブロウは、視線を冷めた湯呑へと落とした。


「師匠について聞くのを失念していたな……。まあ、ある程度落ち着くまでは待つとするか」


 この刻を以って、T・メイカー捕縛クエストは急速に終息へ向かうことになる。具体的には、ギルドが命令に従わない場合は除名も辞さないという力技に訴え出たことによって。







「まだ先なのか」


「うむ」


 クレイドルに揺られてしばらくして。

 俺の質問に対して、少女はそう答えた。


 少女の家の場所を教えてくれ、と言ったのだがなぜか断られたのだ。俺たちの行き先が王城だと聞いた少女は、なぜか含み笑いを浮かべながら「なら問題ない。私の家もそちら側にある」と言った。道中にあるから近付いたらクレイドルを止めろということだろう。やっぱり、貴族の中でもそれなりに身分の高いところのご令嬢様だったということだな。


「まだか」


「うむ」


 貴族都市の中でも比べ物にならないほど周囲の建物が豪華になっている。


「まだなのか」


「うむ」


 標高が高くなれば敷地は狭まると思ったのだが、そんなことはなかった。屋敷が傾斜を上手く利用した造りになっていたり、1つひとつで階段のようになっていたりと建築方法も様々である。本来なら見ていて面白いものなのだろうが、俺としては段々嫌な予感がしてきた。


「まだ?」


「うむ」


 俺の隣に座る少女はそう答える。

 窓の外の(、、、、)景色など(、、、、)一瞥も(、、、)くれずに(、、、、)


 空間掌握型魔法を使用している気配もない。この少女は、本当に外の景色など確認せずに答えている。


「……本当にまだか?」


「うむ」


 いよいよ屋敷1つの敷地の広さが馬鹿みたいになっていた。言われなくても分かる。ここ、第1級貴族が住んでいるところだ。


 そして。

 ここでも無いとするならば。


「……まだか」


「うむ」


 えっと、これ以上先となると。

 本当に……。


 もはや目を瞑って坐す少女も、その小さな肩が震えていた。

 絶対に笑いを堪えている。


 え、うそ。

 本当に?


 窓から覗く景色から、屋敷の群れが消えた。見れば、どうやら真っ白な橋を渡っているらしい。視線を進行方向の先へ向ければ、純白の王城がそびえ立っている。


「えーと」


 思わず視線が泳ぎ、対面で縮こまるようにして座っているクランへと向けた。クランは普段被っているネコミミフードを下ろしており、俯いてはいるものの、その涙で溢れそうになっている双眸が良く見える。


 あ、これ詰んだパターンじゃない?

 チェックメイトなんじゃない?


 迷子扱いしたり家出娘扱いしたり、捕獲目的とはいえ抱きしめたし、乱暴に頭撫でまわしたよね。なにが一人前のレディだよ下した命令が遂行されるのなんて当然の身分の御方じゃねーか!!


 クレイドルが緩やかに停車する。

 外からは硬い金属音が聞こえてきた。


「世話になった。感謝しよう。おお、そうだ。せっかくだ。連絡先を交換しようではないか」


 言われるがままにクリアカードを取り出す。嬉しそうな表情を見せつつ、少女はそれを手にして何やら操作を終えて返してきた。無言のまま受け取る。


「礼を言うぞ。ではな」


 ドアノブを捻り、少女が颯爽と降車する。迎えに出てきたであろう者たちがどよめいているのが分かった。視線を落とし、手にしたクリアカードの券面を見る。そこには、たった今登録された少女の名前が表示されていた。


 えっと。

 アイリス・エルトクリアとあるのですが。


 クランから目をそらされた。


パララパッパパー!

アイリス の プライベートナンバー を て に いれた !

この くに の じょおう さま と メルとも に なった !


次回の更新予定日は、3月26日(月)です。

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