第12話 T・メイカー捕縛クエスト ③
☆
「全然駄目だったな」
「あはは、そうだねー。まあ、いい薬にはなったんじゃないかな。ギルドへの、だけどね」
受付嬢は早々にリリースし、上機嫌のクランを伴って屋根から屋根へと飛び移る。
「ギルドはクエストを取り下げると思うか?」
「どうだろう。でも、多分クエストが消えたところで魔法使い達……、少なくともあの場にいたギルドメンバーは止まらないと思うよ?」
だよね。
それではクエストが無くなってもあまり意味が無い。
「まあ、これで俺の人気が少しでも薄れてくれるなら、やった価値はあったと思うことにしよう」
T・メイカーの人気が下がっていけば、自ずとその存在は風化していくだろう。
ナイス、俺の行動力。
「ん? どゆこと?」
「かなり高圧的に出ていただろう? これで嫌われて見向きもされなくなればいいな、って」
首を傾げるクランにそう説明したところ、更にはてなマークを浮かべられてしまった。
「え、嫌われたかったの? だったら全然成功してなかったと思うよ?」
は?
「むしろ人気に拍車をかけたいのかと思ってた。牙王とのやり取りで、うまく向こうを悪役に追い込んでたから。受付嬢たち、目がハートマークだったよ?」
んん?
「嘘だぁー」
「それ、こっちの台詞なんだけど。助けた受付ちゃんなんて、最後の方自分から抱き着いてたし」
受付ちゃんて。
「リリースする時も、仲間になりたそうな目で君を見てたよ」
どこぞの青いスライムかよ。
「仲間にしてあげなくてよかったの?」
「受付嬢をグループに加えてどうするんだよ……」
仲間にするなら、まだあのアイリーン・ライネスの方がマシだ。
……いや、マシか? 俺の実力を知るや否や手のひらくるっとで尻に敷かれそうだ。向こうは実力でギルドランクS、こっちは師匠の御威光のおかげでギルドランクSだからな。
一番の障害になりそうだった『白銀色の戦乙女』が、こちらの味方として動いてくれそうなのは嬉しいのだが……。実際のところ、どうなんだろうな。
★
「追え!! 但し、見つけてもお前らは手を出すな! 直ぐに連絡を寄越せ! あの仮面野郎と小娘は俺様がぶちのめす!!」
牙王が吠える。『猛き山吹色の軍勢』の面々は、瞬く間にギルド本部から散って行った。他のグループの面々も各々行動を始めている。制止を呼びかけるギルドに応える者などほとんどいない。
「ク、クエストは撤回です!! クエストは撤回!! 皆さま冷静に行動してください!! クエストは撤回です!!」
ギルド本部一階の修復作業など後回し。瓦礫の上を行ったり来たりとギルド職員は追われている。しかし、大規模クエストを取り下げたところで、もはや後戻りが出来ないところまでT・メイカー捕縛に向けた動きは進んでしまっていた。
牙王は嗤う。
めぼしい情報は最早ギルドには無し。
そう判断し、自らも出陣しようとしたところで。
「止まれ」
ギルドの入り口を塞ぐ者。
アイリーン・ライネスだった。
「そこをどけ、アイリーン・ライネス。俺様の標的はお前じゃねーんだ」
「残念だな。私の標的はお前なんだ」
その言葉に、牙王が鼻を鳴らす。
「他の奴らもT・メイカーを狙ってるだろうが。なぜ俺様なんだ? あれか、俺様ならあの仮面野郎を仕留められると思っているからか」
今度はアイリーンが鼻を鳴らした。
「思い上がるな。あのお方の前では皆が等しく無力。だが……、そうだな」
首を僅かに傾け、アイリーンは言う。
「お前程度の実力があれば、T・メイカー様が煩わしい思いを抱いてしまうかもしれない。だから私はここでお前を潰す」
「ははっ、ははは!! ふっざけんなァァァァ!!!!」
牙王の跳躍に耐え切れず、床が砕けた。凄まじい音と共に跳躍した牙王が、アイリーンとの距離を瞬く間に詰める。
「まったく難儀なものだ」
拳圧を受け流し、砲弾と化した牙王をいなす。壁に激突した牙王は、そのまま壁を突き破りギルドの外へと転がった。それを目で追いつつ、アイリーンは正規の出入り口からゆっくりと外へと出る。騒ぎ立てるギルド職員たちは当然無視だ。
「あれだけT・メイカー様の御威光に触れておきながら、その心に何も感じないとは。いや、猿程度の知性しか持たぬ獣にそういった類を理解せよと言う方が無茶な話か」
「この女ァ!!」
牙王の身体から圧倒的なまでの魔力が吹き荒れる。着流しがはじけ飛び、筋骨隆々の上半身が露わとなった。鍛え抜かれた肉体に刻み込まれた傷跡の数々。歴戦の覇者の怒りを一身に浴びても、アイリーンの表情は穏やかなものだ。
既に通りには誰もいない。ギルド本部から発せられていた戦闘音から、通行人などはとうに避難していた。だから、牙王の発した衝撃波によって吹き飛ばされた人はいなかった。代わりにいくつかの建造物にはヒビが入ったが。
アイリーンは短くため息を吐くと、手にしていた魔法剣を小さく振り下ろした。
「さて、警告しよう」
魔法剣に青白い稲妻が走る。それは魔法剣を手にするアイリーンへと広がり、瞬く間にその全身を包み込んだ。そして、その稲妻に黒が混じる。
「この場で今後一切『黄金色の旋律』に手は出さないと誓え。誓えないなら……、そうだな」
黒い稲妻を身に纏いながら、アイリーンは薄く笑った。
「その自慢の両腕でも斬り落とすとしようか」
「やってみやがれ!!」
★
「では、どうあってもお力添えは頂けないと言うことだろうか」
「くどい」
訪問者に対して、その小さな老人は視線すら向けることはしなかった。その身を預けたロッキングチェアをゆらゆらと揺らしながら、老人は訪問者からの問いかけに間違えようもない明確なる拒絶を返す。
遠路遥々訪ねて来てこの対応か、という思いが訪問者に無いわけではない。しかし、アポイントも取らずに勝手にやって来たのは自分たちであることを、訪問者は重々承知している。文句など言えるはずもない。もっとも、アポイントを取ろうにもそれにかかる費用を考えれば、結局今回のような訪問の仕方になってしまうのだが。
それでも、呼びかけずにはいられなかった。
「……エル」
「何度言おうが同じじゃ。ぬしも知っておるはずじゃぞ。わしは依頼など受けん。とうに引退したみじゃからな」
しかし、それに対する答えは否。
老人はロッキングチェアに身を埋めたまま見向きもしない。
沈黙が訪れる。訪問者に同伴してきた2人は身動き1つしない。いや、出来ないと言った方が正しいのか。戦意などまるでない。むしろ、この突然訪問してきた3人に興味すら抱いていないだろう。にも拘らず、老人のその小さな身体には隙1つ見当たらない。そうでなければ、このような劣悪な環境下での生活など、到底不可能だということなのだろう。
もともと無理だと分かった上で、それでも周囲の反対を押し切りここまで来た。しかし、やはりと言うべきか、結果は当然のところに落ち着きそうだ。
そう判断した訪問者は、小さく頭を下げた。
「失礼する」
ロッキングチェアの背もたれから、小さな手がひらひらと振られた。相も変わらずのその仕草に少しだけ懐かしさを憶えながら、訪問者は同伴2人を連れてその小屋を出た。
きぃ、きぃと。
規則的なリズムを奏でながら、老人は部屋の隅に立てかけられ、埃まみれになっている2本の愛剣へと視線を向ける。
「お前も知っておったはずじゃろう」
とうに姿を消した訪問者に向かって、老人は言う。
「わしは依頼など受けん。わしがあの剣を握るのは、残りの短い人生で、いっかいこっきりじゃということをな」
かつて、魔法世界で『剣聖』とまで呼ばれた男。
エルダ・ブロウリー・ジェーンは、小さくそう呟いた。
☆
「せい、……T・メイカー」
「ん、分かっている」
聖夜では無くT・メイカーと呼んだクランにそう答える。
屋根から屋根へと移動する俺たちの進路を塞ぐようにして、1人の男が立っていた。黒一色のタキシードにシルクハット、手にはステッキが握られている。どこぞのマジシャンのようだ。魔法使いではなく、手品師の方の。
容赦なく『不可視の雨』を射出する。
が。
「お……?」
思わず声が漏れた。
何と目の前の男は、紙一重ではあるもののステッキ1本でそれらを防ぎ切ってみせたのだ。生成と同時に圧縮し、極限まで感知しにくくなっているはずの礫。開放と共に一気に膨れ上がる魔力の爆弾ともいえるそれらを、ほぼ条件反射のみで弾き飛ばしてしまったのだ。
「やるな」
初見でこの技を破れる奴は初めてかもしれない。あのスペードだって自らの身体で受け止めながら順応していったのだ。……まあ、あの男の場合はスロースターターだからだったのかもしれないが。
「どうするの?」
「潰す。王城に逃げ込める行きは問題無いが、帰りに待ち伏せされていたら面倒だ」
「なるほど」
俺の言葉にクランが頷いた。
「俺がやる。手は出さなくていい」
「オーケー」
身体強化を纏った右脚に力を込める。跳躍と同時に並走していたクランを置き去りにし、男との距離を一気に詰めた。突き出されるステッキを躱し、回し蹴りを見舞うが肘で防がれた。繰り出される掌底を腕で弾き、少し距離を空ける。
「名を聞こう」
「Mr.Mと申します。以後、お見知りおきを。『黄金色の旋律』のT・メイカー」
ステッキとブーツで小粋なビートを刻んだ男はそう言った。
本当に手品師のようだ。
「覚えておこう」
再び距離を詰める。
この男、体術も中々のレベルだ。スペードほどではないが、こちらの動きにはしっかりついてきている。おまけに、近接戦の最中で不意打ちのように放った『不可視の弾丸』もしっかりと回避されてしまった。
今度はMr.Mの方から距離を空けた。
「ふふ。中々面白い技をお持ちのようですが、私は魔力を感知する感覚が非常に敏感でしてね。僅かな魔力の流れでも手に取るように分かるのです」
なるほど。それでか。
だとするならば、今日出会った盲目の男にも効きそうにないな。勘でしかないが、あの男もそういった手段で空間把握をしていそうだ。確か安楽先輩もそうだったはずだ。
「貴方のトリッキーな攻撃手段は、私には通用しませんよ」
「ほう? ならばこれならどうだ」
俺の言葉に身構えるMr.M。
だが、残念。既に布石は打たれている。
Mr.Mの身体に付着していた俺の魔力の残滓。
それら全てが一斉に起爆した。
「『不可視の連鎖爆撃』。いくら魔力感知に優れていても、前情報が無ければ付着した魔力まで意識は配らない。残念だったな、Mr.M」
そういえば、安楽先輩を片桐が下した時もそんな理由が勝因だったっけ。戦闘中、ありとあらゆる場所に付着した相手の魔力に気を配れ、という方が無理な話だ。
Mr.Mが崩れ落ちるのを見据えながら、俺はそんなことを考えていた。
「なんか私、居る意味無くない?」
「そんなことないさ」
今のところ、俺1人でどうにかなっているというだけだ。それに、クランは俺に同行してくれるだけで意味がある。なにせ俺の言動全てを正当化してくれるからな。
「では、先を急ごう。あまり待たせてクィーン殿の機嫌を損ねたくはない」
「あはは、それには同感」
笑いながら地を蹴るクランに続く。
倒れ伏したMr.Mは……、まあ、誰かがそのうち回収するだろう。
風を切り、建物から建物へと乗り移り先へと急ぐ。なんとなく、先を行くクランの魔法服に装着された猫グッズに目をやっていると、ローブに仕舞っていたクリアカードが振動した。取り出して確認してみると……。
「……大規模クエスト撤回か」
クリアカードに書かれていたは、ベルなんとかが持ち込んだクエストを、見事に大規模クエストへと昇華させたギルドからの撤回宣言だった。
「今更って感じだけどね」
「そうだな」
まさにクランの言う通りである。しかし、ギルドが撤回したというのは大きいだろう。なにせ、今後向かってくる奴らは公式な依頼に基づいた行動ではないからだ。問答無用で押し潰せる。まあ、今までも問答無用にやってきたわけだが。
「む」
そんなことを考えていたら、魔法球が撃ち込まれた。10発近いそれらを『不可侵の弾丸』で迎撃する。
「ひゃあ! 考え無しもいるもんだねぇ」
飛んできた流れ弾を弾き飛ばしながらクランが笑う。その笑みをそのまま俺へ向けてきた。
「これ、私も正当防衛を主張していいかな?」
「いや、お前はやめておけ」
尋常じゃない被害を受けそうだ。
無論、向こう側が。
「えー、君がやっても私がやっても戦果は変わらないと思うんだけどなぁ」
「絶対に変わると思う」
もうちょっと自分が魔法世界最高戦力であるという自覚を持った方が良い。
そう告げると、クランは少しだけ草臥れた笑みを見せた。
そして。
「君もね」
俺に対して、クランはそう言った。
次回の更新予定日は、3月12日(月)です。