第10話 T・メイカー捕縛クエスト ①
☆
殿堂館にてクランと別れ、ホルンの下町に繰り出した。
ホルン大通りを中心に、たまに横道に逸れたりとうろうろしてみる。ホルン大通りから離れ過ぎると、広がるのは住宅だけとなり散策には向いていない。とはいえ、ホルンにある店と言えば、基本的にはグッズショップだ。飲食店もちらほらと見受けられるが、軽食系のものが多い。毎月開催される七属性の守護者杯を中心に回っている都市という評判は間違いないようだ。
それに。
「……一度ホテルに戻って荷物を置いてくるか?」
思わずそう聞いてしまう。
舞とエマの荷物が凄いことになっていた。両手一杯に抱えるそれら全てがT・メイカーグッズオンリーだというのだから恐れ入る。なんとなくエマは想像していたが、舞までこうなるとは予想外だった。反対に美月と可憐は常識の範囲内というか、片手で持てるサイズだ。
どうやらエマと舞は『後悔したくないから悩むなら買っちゃえ派』で、美月と可憐は『本当に欲しい物だけをじっくりと厳選したい派』のようだ。
「いいえ、こ、こんなことで聖夜様の御手を煩わせるわけには……」
「も、問題無いわ……。ノープロブレムよ」
ぷるぷるしながらそう答える2人である。
ただ、こちらから見ると問題があるようにしか見えない。
何度か護衛の方々がこっそり寄ってきて「お持ちしましょうか」と言っていたが、すべて断られていた。まあ、気持ちは分かる。気まずいよな。護衛に身の回りの世話を任せっきりにしない舞を称賛すべきか、結局後のことを考えず爆買いしているのだから自業自得だと思うべきかは分からないが。
俺は殿堂館では何も買わなかった。
ちょっとだけ考えたのは、当時の師匠の8分の1スケールの人形だ。それにプレゼント用の包装をしてもらい、師匠の誕生日に着払いで郵送してやることを考えたのだが、後から来る壮絶な仕返しのことを考えるとリスクとリターンが成り立たないことに気が付いて断念することとなった。というか、そもそも師匠の今の住所分からないや。ははっ。
ふらふらと彷徨うようにして露店を冷やかすたびに、エマと舞の荷物が増えていく。エマに至っては袋から覗くタペストリーの束が尋常じゃなく、生け花で使う剣山のようになっていた。
にも拘らず、次のタペストリーの品定めを舞としている始末である。「さっきと同じポーズかしら」「いえ、舞、見てごらんなさい。右手に意識が向きがちなポーズだけれど、左腕が若干上がっているわ」「本当ね、流石はエマ」など忌憚のない意見を言い合っている。
わりと本気でどうでもいい。
美月と可憐も苦笑いである。
なんだかんだで時間が過ぎ、あっという間に日が傾いてしまった。
天気予報通り、日中の春の陽気から一転して冬初めのような肌寒さを感じながら厚手のコートを羽織る。
「それじゃあ、そろそろホテルに戻るか」
時間が余れば中央都市リスティルを覗いてみよう、という話だったが、案の定と言うべきか余るはずもなかった。エマと舞が平謝りしていたが、気にする必要は無いと伝えておく。実際に気にしていない。旅行の行程を決めるときも、本当に余るようなら時間つぶしに程度の考えだったし。
ホルン大通り前駅へと足を向ける。
日が傾き始めると、流石に露店なども店を畳み始めるようだ。七属性の守護者杯開催中は遅くまでやっているのかもしれないが、今はそれほどの集客があるわけでもないだろうし、こんなものだろう。
注意を払っていたとはいえ、『無音白色の暗殺者』なるグループの面々と鉢合わせることがなかったのは良かったな。当然、この町にいないことは確認済みだったわけだが。
☆
夕食はホテル・エルトクリアで用意されていた。
修学旅行なのだから門限がある。海外で日本よりも治安は良くない国ということもあり、夜の外出は禁止だ。するけど。
場所はホテルの1階にあるレストラン。
バイキング形式だ。
レパートリーとしては、時に目新しい物はない。日本でも良く見るものばかりだ。ただ、たまーに聞いたことのない食材もある。ガルンタイガーの燻製とか、ホルンオウルの塩焼きとか、キャストマウスの丸焼きとか、ルーンガウのスープとか、ゲッコウルンチョウとハスルレタスのサラダとか。
……あれ、意外と多い。なんとかサラマンダーとかいう文字も見えた気がする。まあ、サラマンダーなんてものはただのトカゲだ。 ……だよね? 精霊の方じゃないよね?
できるだけ全部の料理が食べれるよう、広く浅くの要領でちょいちょいっと皿に載せる。「流石はホテル・エルトクリアね。ガルダーで獲れる食材を多く使っているわ」とは舞の弁だ。全員が席に揃ったことを確認し、いただきますの唱和で食べ始める。
すると、すぐに将人たちがやってきた。
「おーっす、聖夜。隣のテーブルいいか?」
「おう」
将人、修平、とおるに加え、元2年A組だったクラスメイト2人を加えたグループになっている。社交性のある美月も交え、しばらくは他愛の無い情報交換をしていたわけだが……。
「そういえば、聖夜。聞いたか。T・メイカーが魔法世界にいるかもしれないって話」
修平の切り出しに、思わずパイナップルジュースを吹きかけた。
「は?」
可憐からそっと差し出されたナプキンで口を拭いながら真意を問う。
「どういうことだ」
「今日、俺たちはリスティルを見て回っていたんだ。ギルド本部があるだろ? その前を通った時にやたらと騒がしかったからさ。聞いてみたんだ」
「ギルドにT・メイカー捕縛クエストが出されたってよ!」
修平の言葉を継いで将人が叫んだ。
……その話かぁ。結構ホットな話題になってしまっているようだ。
「T・メイカー様の捕縛クエストなんてありふれているでしょう? 面白半分で発注する輩からお抱えとして取り込みたい貴族まで。分別なく発注されていると聞いているわ」
「おっと、エマちゃん情報通。いや、わざわざ『様』呼ばわりするってことは生粋のファンってことか」
平然と、あくまでお淑やかに話題に入り込んできたエマに、将人はわざとらしくおどけてみせた。
「けど、今回のはいつもとちょっと違うみたいなんだよね。クエストの依頼主は魔法世界でも有名なグループ『無音白色の暗殺者』の1人で、アギルメスタ杯への出場経験もあるベルリアン・クローズ。その彼の仲間が実際にT・メイカーを目撃したそうなんだ。だから、魔法世界内にいることは間違いないだろうって」
とおるが人差し指を立て、説明口調で言う。
「T・メイカーがあのアギルメスタ杯で脚光を浴びてから早数ヶ月。これまで一切入ってこなかった目撃情報に、今の魔法世界は色めき立っているわけだ。これで魔法世界から出国されたら、またゼロに戻ってしまう。そういうわけで、アオバ駅では交代で有志が集まって見張りを立てるって有様のようだ」
修平の言葉に思わず頭を抱えそうになった。
「いやー、テンション上がって来たぜ俺は! そこらへんぶらついているだけでバッタリT・メイカーに会える可能性だってゼロじゃねーんだ!」
将人はノリノリである。
いるんだけどね、ここに。
お前の隣で苦笑いしながらパイナップルジュース飲んでるよ。
なんでこんなことになっちゃってるんですかねぇ。
あぁ……、俺のせいだったな。くっそ、あの男今度会ったら覚えてろよ。
☆
食事を終えて解散する。
明日は朝7時にまたこのレストランで集合となった。朝食をホテル・エルトクリアで済ませ、準備を終えた班から再び自由行動だ。つまり、それまではフリーということである。
折角なのでゆっくりと温泉に浸かりたい気持ちもあったが、残念ながらここからが本番である。中条聖夜のクリアカードはホテルの部屋に置いておき、T・メイカーのクリアカードを取り出す。少し前にメールを受信していたようだ。
『屋上で待つ』
ホテル内の監視カメラで屋上に向かう姿を撮られて、いらぬ誤解を受けるのもまずい。そんなわけで部屋のベランダから目視で確認できる庭の人気の無い場所へと転移し、そこからあらためて屋上に座標を固定して転移した。
「うわっ、びっくりした!」
背後に急に気配がしたからか、素で驚いているクランに手を挙げて応える。
「え、今どうやって来たの? 全然気づかなかったんだけど」
「そんな気を抜いていて大丈夫か? 普通に強化魔法で壁を上ってきただけだぞ」
礼を述べ、差し出されたナップサックを受け取る。中身は『黄金色の旋律』御用達のローブと、あのアギルメスタ杯で大活躍したT・メイカーの仮面である。
風が結構あるな。ホテルの屋上だからか? 一応気を付けておくとしよう。
「ギルド本部まではどうやって行くつもりなの?」
「強化魔法で走っていく。問題あるか?」
それなりに距離はあるが、強化魔法を使って屋根越しにサクサク進めば大丈夫だろう。
「いや、無いよ」
クランも普通に承諾しているし。というか、この格好で高速鉄道に乗ったらえらい騒ぎになりそうだ。クランもいつぞやのピンクのネコミミ魔法服だし。これがクランベリー・ハートとしての正装なのか。
「それじゃあ、さっさと済ませて王城に向かうか」
「オーケー」
クランが地を蹴る。俺もそれに続いた。
★
リスティルにあるギルド本部は、陽が落ちたこの時間になっても未だに活気づいていた。
カウンターに控えているはずの受付嬢たちは右に左にと走り回り、自分の背丈より高い紙の束をふらふらと運搬する者もいる。クエストが貼り出される掲示板にはギルドに登録された魔法使い達が群がり、談話スペースでは叫び声や怒声が行き交っている。
ただ、これは特段珍しいことではない。
ギルドは24時間営業。夜行性の生物の狩猟依頼や、急を要する依頼だってある。夜を中心に活動するグループだってあるくらいだ。
特に、難易度の高い緊急クエストが発注された時などは良く見る光景である。中には1つのグループだけでは解決できないような依頼もある。グループ間で互いに声を掛け合い、情報を共有し、クエストに挑む。もちろん、ギルドだって全面的にバックアップする。
だから、この光景は特段珍しいことではない。いつもよりちょっと騒がしいかな、くらいなものだ。そして、それもある意味では当然のことと言えた。
なぜなら。
「未だにT・メイカーの消息がつかめないとはどういうことだ!!」
こういうことである。
1人の男が拳をテーブルに叩き付けながら吠えた。テーブルに載っていた飲み物が盛大に零れるが、誰もそれを気にしている様子は無い。それどころではないからだ。
グループ名『無音白色の暗殺者』。
ギルドランクAに位置し、ギルドに登録されたグループの中でも五指に入ると言われている実力を持つグループからの依頼は、もはや魔法世界全体を巻き込んだ大規模クエストへと発展を遂げていた。
ボスからクエストを発注したらすぐに合流するように、と言われていたベルリアン・クローズは、未だに解放してくれないギルド職員に怨念を込めた視線を向ける。
話すべきことは全て話した。
そもそもベル本人はT・メイカーに会っていないのだ。仲間が遭遇したという発言をそのままギルドへと伝えたに過ぎない。しかし、その遭遇したという仲間本人は別件に追われており、ここへ来ることが出来ない。
そうなると、一番鮮度の高い情報を持っているのはベルということになる。当然、ギルド職員が逃がすことなどせず、ほぼ軟禁状態という現状を強いられていた。
ベルは自分の目の前に座り、必死に自分の言い分をメモしている受付嬢の1人に目を向ける。少なくとも10回は同じ内容をメモしているはずだ。というより、10回から先は馬鹿らしくなって数えるのをやめたので、実際にはもっと多いはずである。
ベルはため息を堪えるのに必死だった。
自分のグループと合流は出来なくても、自分はせめて外で動かした方が有益だろうに、と。
『無音白色の暗殺者』は、ギルドに登録されたグループの中でも五指に入ると言われるほどの実力を持ったグループなのだ。少なくとも、明確にギルドランクが上位のグループは2つしかない。
1つは、世界最強の魔法使いリナリー・エヴァンス率いる『黄金色の旋律』。
もう1つは、シルベスター・レイリー率いる『白銀色の戦乙女』である。
共に魔法世界のギルドにおいてギルドランクSを誇るツートップであるが、今回の捕縛作戦への参戦は絶望的だ。『黄金色の旋律』は言うまでも無く件の人物を抱えるグループで、むしろ今回のクエストの敵ポジションにいると言える。というより、そもそもこのグループが周りと協力して大規模クエストを攻略したことなど一度として無い。
ならば『白銀色の戦乙女』はどうかというと、こちらはこちらで今回のクエストでは足枷にしかならないだろう。なぜなら、この『白銀色の戦乙女』のリーダーであるシルベスターは、リナリーの絶対信者なのだ。
シルベスターはもともと王家に仕えるエルトクリア魔法聖騎士団の団員だったが、自由奔放なリナリーに憧れ脱退。『黄金色の旋律』への加入を望むも断られ、ならばと自分でグループを立ち上げギルドランクSまで上り詰めてしまった女傑なのである。
今回のクエストにおいては、ベルがクエストを発注しギルドが正式に受理した時点で既に不参加を表明している。クエストを受ける受けないは当然自由だが、王家や『トランプ』、ギルド本部が発令する参加不参加を問うクエストでもない限り、わざわざ不参加を表明する必要は無い。受注しなければいいのだから。にも拘らず、わざわざ不参加を表明している時点でその立場は明白だ。
そんなわけでギルドランクSのトップツーが参戦しないクエストと相成ったわけだが、ギルド本部の片隅のテーブルには、『白銀色の戦乙女』のメンバーであるアイリーン・ライネスが堂々と居座っていた。
雷の力が付与された魔法剣をテーブルに立てかけ、足を組んで微動だにしない。身に纏った白銀の甲冑は魔法聖騎士団の物とは似て非なるものだ。黒髪から覗く双眼は固く閉じられたまま。しかし、眠りこけているわけではないことは一目瞭然だった。
近付くだけで切り裂かれてしまいそうなオーラを携えたアイリーンだったが、誰もその存在に文句は言えない。ギルドランクSとは、つまり魔法世界が認定する最高位の魔法使いが所属するグループ。ここにいる全ての者たちの憧れの的であり目指すべき場所だ。発令される強制クエストでさえ、ある程度の範囲とはなるものの己の裁量で取捨選択ができてしまう。そんな存在なのである。
そう。
だから誰もアイリーンに声を掛けられない。
アイリーンが、T・メイカーを逃がすための情報収集を目的として居座っていたとしても。
分かっていてもあしらうわけにはいかないのだ。それはギルドランクAのグループに所属するベルとて例外ではない。ギルドランクAとSには、それだけの差がある。
そもそもベルがギルド側にしている情報提供を別室で行わないのも、アイリーンが「自分も聞こえるところでしろ」と言ったからだ。ギルド長が出てくればここまで一方通行の命令も通らなかっただろうが、生憎とギルド長は腕利きの魔法使い数名を連れて危険区域ガルダーに出ている。帰還要請は出しているが今日中には戻れないだろう。
もっとも、情報収集を目的としているとはいえ、『白銀色の戦乙女』はギルドに集まる情報にそれほど期待しているわけではないのだろう。『白銀色の戦乙女』側に漏れて欲しくない情報は気付かれぬようやり取りしているのだが、アイリーンはそれに気付けた時に情報開示を要求するだけであり、積極的に聞いて回るようなことはしていない。様々な情報が錯綜するこの空間にいるのはこのアイリーン1人のみ。リーダーであるシルベスター含む残り6人が、今どこで何をやっているのかなどベルには見当もつかない。
これほど大規模なクエストに発展したものの、正直なところベルからすればこのクエストが成功するとは到底思えなかった。捕縛対象のT・メイカーと言えば、ただでさえ神出鬼没というよりその存在自体が疑問視されてきた『黄金色の旋律』のリナリー以外のメンバーその人である。
これまでの目撃情報と言えば、初めはアギルメスタ杯。次に、不確かな情報となるが日本の国家機関付近。そして最後がベルのチームメイトであるドゾンである。確定している目撃情報は、あのアギルメスタ杯だけなのだ。つまり、自らが姿を現す気にならない限り、T・メイカーの足取りは捕捉できていないのである。
おまけに、ここにいる魔法使い達全員が束になっても敵わないと言われているツートップ、『黄金色の旋律』と『白銀色の戦乙女』が敵ポジションにいるのだ。数と力で競り勝てるくらいならギルドランクSはここまで崇められていないだろう。
それが分かっていながらも、クエストは絶賛継続中である。危ない橋に足を掛けていると自覚しているにも拘わらず、ギルドはクエストを引っ込めようとはしない。いかにT・メイカーへ注目が集まっているのかが分かろうものだ。
ベルが何度目になるか分からないため息を堪えようとした時だった。
ギルド本部の扉がゆっくりと開かれた。
次回の更新予定日は、2月12日(月)です。