第8話 武闘都市ホルン ③
あけおめ(゜∀゜)
★
「もうっ、追ってきて、ないっ、だろうなっ……」
「……気配は、……しないな」
肩で息をするベルリアンに、ドゾンが答える。ベルリアンに比べると幾分か余裕があるように見えるドゾンであったが、実際のところ彼自身も結構限界に近かった。まさに全身全霊での逃走だったのである。2人は路地裏でへたり込むようにして腰を下ろした。
「まったく……、2人揃って何をやっているのかネ」
そんな2人を冷めた目で見つめるのは、同じく『無音白色の暗殺者』に所属するサメハ・ゲルンハーゲンだ。手にした大振りの鎌をぐるんと回し、肩に担ぐ。
「いったい、奴らは何者ダ? メイドに黒服と統一性の無い集団だったガ、驚くほどの手練れだっタ」
正直なところ、サメハの持つ幻血属性が無ければ確実な逃走は不可能だっただろう。3人が無傷で逃げ切れたのは奇跡に近い。サメハにそう感じさせるほどの手練れだったのだ。サメハとしては「そんな手練れ相手になに揉め事起こしてくれやがったんだこの野郎」といった具合である。
「T・メイカーの関係者である可能性が高い」
「……何だト?」
ドゾンのその言葉に、サメハは眉を吊り上げた。
「でハ、奴らは『黄金色の旋律』の関係者なのカ?」
「確証は無い。ドゾンがそう言っているだけだ」
サメハの疑問にベルリアンが口を挟んだ。
「ドゾン、そもそもお前が見つけたと言った奴も、自らをT・メイカーだと名乗ったわけでは無いのだろう?」
ベルリアンの質問にドゾンが首肯する。サメハがため息を吐いた。
「ならバ、何を以ってお前は断定したのダ」
「声」
ドゾンの簡潔する答えに、思わずベルリアンとサメハが顔を見合わせる。
「ベルリアン、お前はドゾンと一緒にいなかったのカ。お前はアギルメスタ杯でT・メイカーと会話したはずだナ」
「残念ながら一緒にはいなかったし、そもそも声で判別する自信は俺には無い。昨日の今日で再会したってわけじゃないんだぞ」
ベルリアンからの苦言にサメハが唸る。毎日毎日、T・メイカーが出場した試合を繰り返し音声のみで聞いていたドゾンと違い、ベルリアンはそのようなことはしていない。ただ、それでベルリアンを責めるわけにもいかないだろう。まさか声色のみでT・メイカーを探し出せなどと彼らのボスから指示されていたわけではないのだ。
サメハの視線がドゾンに戻る。
「奴と会話したのカ」
「ああ、異様に魔力循環の良い奴がいてな。声をかけたんだ」
「それほどカ」
ドゾンの首肯にサメハが頭を掻き毟る。
「ほぼ確定と見ていいだろウ」
サメハの反応にベルリアンが目を見開いた。
「マジか」
「マジダ。とりあえずはボスの到着を待つとしよウ。キツネ狩りの真似事はしたくはないガ、可能性はあると考えておいた方がいいナ」
☆
……。
舞たちと合流し、半ば強引に整理券を握らされてから数分。俺たちは精巧に作られたT・メイカーの蝋人形の前まで来ていた。白い仮面に白いローブ。ローブを深く被っており、更には左手でローブの口元を塞いでいるため、覗き込んでも辛うじて中の仮面が見える程度の造りとなっている。そのおかげで、俺だと分かる要素が全くないのは救いだった。体格と身長が同じくらいに見える程度なら問題無いだろう。右手人差し指をこちらへ突き付けるようにして直立する蝋人形である。
こんな格好つけたポーズなんてしたっけ。
どうせ相当美化されているんだろう、なんて思っていたら後ろの若い女性が「これあれだよね。スペード様に勝利宣言した時の奴だよね!」「そうそうめちゃくちゃ格好よかった!」とか話していた。……そうかよ。してたのかよ。そういえば、それが引き金になってスペードの猛攻が始まったんだよな。懐かしいなぁ!!
ははっ、吐きそう。
「で、率直なご感想は?」
隣に立った舞から小声でそんなことを聞かれた。答えられるわけないだろう。それを分かって聞いてきたのだろう。舞は人の悪い笑みを浮かべていた。それにため息で返した俺は、にこやかに手を差し出してくる従業員に整理券を渡してからブースに足を踏み入れる。
嬉しくないと言ったら嘘になる。俺だってそれなりに自信をつけることができた大会だったし、俺の事でここまで騒いでくれるのは嬉しい。ヒーローやスターにでもなった気分である。ただ、それ以上に自分の黒歴史を赤裸々に暴かれているようで羞恥心の方が大きいのだ。以前、師匠に言われた『不可視シリーズ』の魔改造だってそう。思い返せば思い返すほど、「あれはこうすればよかった」だの「なんであんなこと言ったんだ」だの反省点が怒涛のように押し寄せてくるのだ。
そして、ここではその黒歴史が余すところなく展示されているという。
転げまわりたい。
案の定と言うべきか、T・メイカーの使用した魔法一覧には仮称のかっこ書きと共に大量の『不可視シリーズ』の名前があった。結局、転移魔法についても断定はされなかったようだ。魔法一覧にその文字は無かった。
食い入るように資料を読み漁り始める班員たちを視界に収めつつ、俺はどうしようかなどと考えていると後ろから肩を叩かれた。
「もしかして、聖夜クン?」
振り向いた先にいたのは。
「っ」
思わず言葉に詰まる。
想定外の人物がいたからだ。
猫耳のような突起が付いた帽子を深く被り、赤ぶちのオシャレ眼鏡をかけたその人物。
魔法世界最高戦力と謳われる『トランプ』の一角、クランベリー・ハートは、人差し指を唇に立てつつ悪戯が成功した時のような笑みを浮かべていた。
「……なんで、ここに」
「それよりさ、場所移動しない? そっちもあまり話を聞かれたくないでしょ?」
もっともである。
半ば呆然としている護衛の方々に舞たちを任せ、T・メイカーのブースを後にする。クランベリー・ハートはニコニコ笑顔で俺についてきた。途中からは俺より内部構造に詳しいクランベリー・ハートに先導されて、談話スペースのような場所に辿り着く。
ここは……、そうか。見たことがあると思ったら、チケットを買うために並んでいる時に見たガラス張りの場所だ。その中でも空いており、かつ移動する人間から一番目に付きにくい場所にあるソファに座る。対面に座ればいいものを、クランベリー・ハートはなぜか俺の隣に腰を下ろした。
エマがいなくて良かった。というより、俺がブースから抜け出したことに気付かないくらいT・メイカーブースに集中していたということだろう。何とも言えない気持ちになりながら、見ていて気持ち良くなるくらいの笑顔を浮かべている隣の少女へと目を向ける。
「で……、クランベリー・ハート」
「聖夜クンは特別にクランって呼んでいいよ?」
……。
いったい何が特別なのかが分からない。
「そう言われても、ClassB程度の魔法使いがこの国の最高戦力と名高い魔法使いを相手に――」
「あはは、その言葉をスペードが聞いたらなんて言うんだろうね。アギルメスタ杯での聖夜クンの活躍は見てるし、その実力の高さも理解しているつもり。ここに貴方専用のブースが出来ていて、そしてそれがあれだけ評価されている。あまり自分を過小評価をするものじゃないよ。言ってる意味分かるよね」
クランベリー・ハートの笑みに好戦的な色が宿る。
「私たちは同等だよ、聖夜クン」
「……そうか。ではクラン、どうしてここへ?」
「今日は私オフなの。だから暇つぶし」
一転して天真爛漫といった言葉がよく似合う笑みを浮かべるクランが言う。
なるほど。『トランプ』側が気を回して護衛役に寄越した、とかではないようだ。まあ、そうだよな。俺と同年代、むしろ年下に見える目の前の少女が護衛すべきなのは俺たちではない。王族だ。
貴重な休みでわざわざT・メイカーブースに足を運ばなくてもいいだろうに、とは思うものの、休日の過ごし方など人それぞれだと思い直す。
そんなタイミングでポケットに入れていたクリアカードが震えた。その僅かな振動音を拾ったのだろう。クランが周囲に目を走らせながら言う。
「ここ、通話OKの場所だよ。ただ、目立ちたくないならホログラムは切るべきかな。聞かれたくない内容なら一度私も席を外すから言って」
「分かった。ありがとう」
クリアカードを取り出すと、案の定と言うべきか相手は祥吾さんだった。忠告通りホログラムシステムをオフにしてから通話状態にする。
『やあ、聖夜君。殿堂館を見学している最中なのにすまないね』
「いえ、お気になさらず」
こちらの現状を知っていて掛けてきているのだ。相応の理由があるのだろう。向こうも察しているからか、ホログラムシステムがオフになっている理由は聞かれなかった。
『少々問題が発生してね。ギルドに君の捕縛クエストが出され、これが受理された』
「は?」
冒頭の会話から席を外そうと腰を浮かしかけていたクランの動きも止まる。
『正確に言うと、T・メイカーの捕縛クエストになるのだけれどね』
……。
舞たちを護衛する立場で言えば、中条聖夜に目が付けられていないのだから問題はない。
ただ、俺個人の立場から言えば、そちらの方が問題だ。
「なぜこのタイミングで? まさか正体がバレたのですか」
いつ、どこでだ。
入国審査からか? いや、流石に国絡みで俺の正体をバラすようなことをするとは考えにくい。ホテル、インフォメーションセンター、高速鉄道、街中の雑踏、署名活動、盲目の……、まさか。どうやって。
『確証は無い。だが、君が言う通り、このタイミングで出されている。ゼロではないと見るべきだ。いったい、どのような手法を取られたのかは分からない。大闘技場に向かう大通りで君が接触した男を覚えているかい?』
「……はい」
やはり、あの男か。
『あの男は盲目のようだったから、「T・メイカー=君」だと看破されていたとしても、すぐに「T・メイカー=中条聖夜」に結びつくことは無いだろう。さて、話は戻るけど、君の方から臭わせる言葉は発していないよね?』
「もちろんです」
『念の為、どんな会話をしていたのか教えてもらえるかな』
「はい」
憶えている限りの情報を口にする。
『……なるほど。旅行か』
全てを語り終えた後、しばらくの沈黙を挟んでから祥吾さんは言った。
『それでT・メイカーの捕縛クエストに繋がったわけだ。全てが偶然という可能性もある……、が。まさかこう来るとは……。相手は中々頭が回るようだ』
祥吾さんは、悔しさの滲み出るような声で言った。
『では、君があの場から離れた後の話をしよう』
聞いた話によるとこうだ。
俺が今日会った盲目の男は、どういった手段を用いたのかは不明だが、俺の事をT・メイカーであると見破ったらしい。連れと再びT・メイカーである俺と接触を図ろうと話し合っていたところに、理緒さんが割り込み戦闘に。祥吾さんと協力して追い詰めるところまではいったが、相手方の増援が厄介な幻血属性持ちで逃走を許した。
相手は魔法世界にあるギルドの中でも名の知れたグループの1つだったようで、祥吾さんはギルドに先回りしてギルドから相手を抑止するよう呼びかけた。内容は『修学旅行生に手を出さないよう注意して欲しい』だ。この修学旅行には『五光』の後継者候補である舞と可憐がいる。それを『五光』の名前を用いてギルドに呼びかけたのだ。ギルド側は国外に訪れた令嬢の警護を目的としていると受け取るだろう。
良い手だ。
相手は盲目だったし、相手の連れは近くの喫茶店にいたようで俺の姿は見ていない。まったく無関係の事として考えてくれるだろう。
それに対する相手からの回答がこれだ。
街中をうろつくのはT・メイカーを捕縛するためであり、修学旅行生は無関係。そう言われてしまえば、ギルドも不必要に街中を徘徊するなとは指示を出せない。
そして何より。
『この件に関して、こちらからこれ以上口を出すことは難しい。下手に介入し過ぎると、T・メイカーが学生であることまで晒さなければいけなくなるからね』
そういうことだ。
折角、無関係な依頼として受理してもらっていたのだ。これ以上の情報開示は得策ではない。
『他にも手段の取りようはあったんだろうけど、すまないね。時間との勝負だと思い、もっとも短絡的な手段を選んでしまったようだ』
「いえ、もともとの火種を運び込んでしまったのはこちらです。申し訳ないです。祥吾さんが謝罪される必要は無いですよ」
護衛する人間が護衛対象者を巻き込んでしまうような火種を持ち込むなど、本末転倒である。これは何としてでも舞や可憐がいないところで決着をつける必要がありそうだ。無意識のうちに懐に忍ばせていた手紙を握りしめていることに気付く。
……そうか。
「祥吾さん、相手の狙いは何か分かっているんですか? T・メイカーの殺害が狙いではないですよね?」
確か、ギルドに所属する者同士の殺傷沙汰は禁止されていたはずだ。というより、ギルドがそういう類のクエストを正式に受理するとも思えない。
『正確なところは分からないけど、それは無いんじゃないかな。ギルドが認めるとは思えない。それに受理されたクエストの捕縛理由は、あくまで「話がしたいから」だったようだ。T・メイカーに関して言えば、こういった類のクエストは良くあるらしいよ。良い意味でも悪い意味でも名前が売れているからね』
なるほど。
「もう1つ質問なのですが、剛さんに尋ねてみると言っていた例の件、どうなりました?」
『剛様は君の判断に委ねると仰った』
「承知しました。それでは、俺の考えを聞いてください。クラン、念の為、防音の魔法を頼めるか」
「いいよ」
クランが瞬く間に魔法を発現してくれる。
『……聖夜君、今君の近くにいるのは誰なのかな。ああ、いや、いい。今こちらにも情報が入った。君、「トランプ」との接触は無かったと言っていなかったかい? いつの間に愛称で呼べるほどの仲になっていたのかについては、非常に気になるところなのだけど』
今さっきだよ、と声を大にして言いたい。
「今夜、クィーンの招待に応じます。当然、今日の行程をすべて終え、ホテル・エルトクリアに到着した後です。もともとホテル内の護衛はそちらにお任せしていますから、問題は無いですね?」
そもそも男と女で階を別にされているからな。
『うん、問題は無いけれど……』
祥吾さんの反応が悪いのは、祥吾さんたちにとってみれば俺も護衛対象だからだろう。
「クィーンからの招待にはT・メイカーとして応じます」
『……ちょっと待ってくれ、聖夜君』
察しがついたのか、祥吾さんが待ったを掛けるがそのまま続ける。
「王城エルトクリアへの道中は護衛を用意して頂きましょう。なにせ、私の捕縛クエストが出されてしまっていますからね。できれば『トランプ』の方が望ましいのですが。手が空いている方がいるか確認しないといけませんね」
「あ、私やるよ? 暇だし」
俺の考えを理解した上で、クランが手を挙げてくれた。
「ついでに、道中で寄り道をしたいと思います」
『聖夜君、待ってくれ。相手の狙いが何なのか読めていないんだ。それに、クランベリー・ハートを同伴させる意味が君には分かっているのかい?』
「師匠、リナリー・エヴァンスは『トランプ』とそれなりの親交があるそうです。その部下である俺が『トランプ』と面識を持っていたとしても不思議ではないと思いますが」
『いや、そうだとしても、だ。T・メイカーはただでさえこの国では異端視されている存在だ。全身強化魔法による神業に近い「属性変更」を用いた近接戦闘術、解析不能の魔法の数々に、スペードと互角に打ち合えるその実力、そしてそれら全てが無詠唱による結果ときた。かの世界最強の大魔法使いリナリー・エヴァンスの側近、右腕、神秘のベールに包まれた英雄の集団「黄金色の旋律」の一角。「始まりの魔法使い」のサーガと絡め、一部では神格化されているとも聞いている。これ以上、噂に尾ひれを付けるべきではない。個人的な意見を言わせてもらうならば、T・メイカーはこのまま自然消滅させるべき存在だよ』
正直な話、俺もそう思う。
想像以上の爆上げっぷりだった。それだけ噂が大きくなっているのなら、殿堂館が大混雑しているのも頷ける。
けれど、だ。
「相手が『T・メイカー=中条聖夜』に辿り着いている可能性はゼロではない。そして、仮に現段階で辿り着いていなかったとしても、このまま後手に回っていればいずれ辿り着いてしまう恐れはある。そうですね?」
『それは……』
祥吾さんが言葉に詰まる。
そうだ。
確証は無い。最悪を考えて動くべきだ。
ならば。
「舞たちに飛び火する前に俺が鎮火します。まずは相手の意図を知らなければ始まらない。そうですね、祥吾さん」
この展開で相手の出方を窺うには、もはやT・メイカーが出るしかない。第三者を装ったとしても、相手方には確実に関係者だと見抜かれるだろう。『トランプ』に助力を仰げる今が一番リスクが少ない。力で訴えてきたとしても返り討ちにできるし、そもそもの抑止力にもなる。
「王城へ向かう道中、リスティルにあるギルド本部へ寄り、捕縛クエストを受理したギルドへ真意を問います。それがギルドへの圧力となりT・メイカーへの干渉が無くなればそれで良し。件のグループが出てくるようなら話はより早い」
場合によっては戦闘になるかもしれないが、こちらは正当防衛で通るだろう。クランもいる。それに、いざとなれば逃げればいいわけだし。
祥吾さんは『剛様に指示を仰ぐ』と告げて通話を切った。こちらも師匠に連絡しておこう。「私グッドなタイミングで来たかも! ワクワクしてきたよね、聖夜クン!」とはしゃぐクランに苦笑で返しつつ、俺はクリアカードに表示されている次の通話相手をタッチした。
★
「……それで逃がしたってわけか」
「ああ、すまない」
頭を下げるベルリアンとドゾンから視線を外した男は、注文していたビールが届くや否や、瓶のまま豪快にそれを呷った。完全に飲み干した後、叩きつけるようにしてテーブルに瓶を置いた男は、オールバックにガチガチに固めている自らの頭を掻き毟る。不穏なオーラを出し始める自らのボスに、現状を見かねたサメハが口を挟んだ。
「どうするんダ、ボス。キツネ狩りでもするのカ」
視線がサメハに向いたのはわずか一瞬。男は酒臭い息を盛大に吐き出した。
「ショーゴと言ったんだな。メイドの女はスーツの野郎のことを」
「ああ」
「間違いない」
頷くドゾンとベルリアンに舌打ちをかました男は、苦々しい表情で口を開く。
「その男は十中八九、日本五大名家『五光』の関係者だ」
「はあっ!?」
声を上げたのはベルリアン。しかし残り2人も同じような反応だった。いや、サメハだけは驚愕よりもどちらかというと怨念に近い感情を滲ませていたが。
ベルリアンは眉間に皺を寄せながら問う。
「分からないな。なぜそう断言できる。日本人の名前だとは思うが、『五光』の関係者と言える理由は何だ」
「それは……、いや、待てよ?」
ベルリアンへの回答を中断した男は、顎に手をあて目を細めた。
沈黙が訪れる。
高速で思考を回転させていた男は、やがて「くくっ」と含み笑いを漏らした。
「……なるほど、そういう可能性もあるわけだ。いや、これは確定か? だとしたら……、くく、くくくっ」
堪え切れない笑いに肩を震わせていた男だったが、自らへ集まる視線を思い出し、口を開いた。
「ギルドから、各グループのリーダー宛てに通達があったんだよ。日本の学生がここへ修学旅行で来ている。余計な事はするな、ってな」
「それが『五光』にどう繋がるんだ?」
「そうギルドに通達を出させたのが、『五光』の姫百合と花園。そして、花園の配下に鷹津祥吾というやつがいる。第一護衛……、あー、花園の部下の中でナンバーワンの実力を持ってるやつだな。お前らから聞いた名前と一緒だ。偶然か?」
再び沈黙が訪れた。
今度の沈黙は男のせいではない。聞き手である3人の思考が追いつかなかったからだ。そして、それを破ったのは、ベルリアンに代わりサメハだった。
「つまり……、『黄金色の旋律』に所属するT・メイカーは『五光』に指図できる立場ということカ」
「いやいや、驚くのはそこじゃねーだろう?」
男は笑いながら煙草の箱を取り出す。怪訝そうな顔を向けてくるサメハをしり目に、煙草へ火をつけた。その間に思い至ったのか、ドゾンが1つ頷いた。
「なるほど。ギルドからの通達は『日本の修学旅行生に手を出すな』と言っていたんだな」
「そういうことだ」
男は煙を吐きながら続ける。
「ここから先は、ドゾンの見つけた野郎が本当にT・メイカーで、かつショーゴという黒服の野郎が本当に鷹津祥吾だったら、という話だ。いいな?」
ベルリアンとサメハが頷くのを確認して、改めて男が続ける。
「姫百合と花園、この両家が関わっている日本の学校と言えば青藍魔法学園しかねぇ。まあ、修学旅行で今来ている日本の学園については、後で洗えば直ぐに分かるからいいとして、だ。花園の配下があの場にいたってことは、花園の血縁者の誰かしらが近くにいたということ。確か次期後継者は学生だったはずだ」
「確かに。花園舞。一人娘が青藍魔法学園に通っているようだ」
クリアカードで検索していたベルリアンに、男が頷く。
「んで、ドゾンが接触した野郎についてベルと話していた時に、メイドの女が来てこう言ったわけだ。『話に出ていた者が私の知り合い』だってな。花園の次期後継者は女。ドゾンが接触したのは男。つまり、この男は次期後継者本人ではなく、後継者と近しい立場にいる男ってことになる。ドゾン、この野郎はお前の質問にこう答えたんだよなぁ? 『旅行で来ている』って」
「あぁ」
頷くドゾンに男はニヤリと笑った。
「職業柄建前を、って線もあるから本当に旅行かはたまた仕事かの判別はできねーが、少なくとも魔法世界の住人じゃねぇ。だが、問題なのはそこじゃねぇ。花園は今回の一件を、日本の修学旅行生への接触禁止でどうにかできる、って思ってるってとこだ」
思い至ったのか絶句するベルリアンとサメハに男は笑みを深める。
「これまでの仮定の話が全て真実なら、T・メイカーの正体は日本の学生か。それであの実力だとしたら……。くくっ、欲しいなぁ。是非ともウチへ! ははははっ!!」
高笑いする男の懐から電子音。
通話ボタンと同時に展開されたホログラムは、開口一番こう叫んだ。
『目当ての奴隷が脱走したって! 競りが中断してる!!』
「はぁ!?」
大笑いしていた男は一転して目玉が飛び出さんばかりの驚きを見せる。
『今、競売関係者が血眼になって探してるみたいで! どうする!?』
「どうするも何も……、追跡機能付きの首輪が付いてるんだろう?」
『そのはずなんだけど……、でも、競売参加者で、ギルド所属の人がいたら手伝ってくれって放送が……。それに、捕獲してくれたグループには優遇してくれるって』
「よし、聞いたなお前ら。キツネ狩りだ」
ドゾン、ベルリアン、サメハは、苦笑しながらそれぞれの得物に手を掛けた。席から立ち上がった男は「おっと、忘れるところだった」という言葉と共に、ベルリアンに目を向ける。
「ベル、お前は先にギルドへ行って俺が今から言う通りのクエストを発注して来い」
「何だ?」
「『T・メイカー捕縛依頼』で、理由は『話がしたいから』だ。達成条件は『捕縛のみ』で報酬金は1万Eでいいだろう。どうせ無理だろうからな」
「なぜそのようなクエストを貼る必要があるのダ?」
ベルではなく、サメハが先に疑問を口にした。
「牽制と正当化。まあ、詳しい話は後でしてやるよ。行くぞ、お前らっ!」
次回の更新予定日は、1月15日0時です。
今年もSoLaと『テレポーター』をよろしくお願い致します。