第7話 武闘都市ホルン ②
★
「取り逃がしちゃいましたね」
「うーん、取り逃がしてしまったね」
理緒の言葉に、祥吾は苦笑しながら答えた。
「俺たち無しでサメハ・ゲルンハーゲンを足止めさせるのは無謀だったか」
「霧属性は評判通り、中々に厄介ですね。逃げの手段で使用されると面倒極まりないかと」
ボヤ騒ぎだ何だと大慌ての周囲をそれとなく目で追いながら、理緒はズレたカチューシャを元の位置に戻した。
「どうします?」
「ひとまずギルドに顔を出そうか」
既に決めていたのか、質問に対する祥吾の答えは早かった。
「他国の介入は好ましくないと思われているはずですが」
「うん、でも今回は例外だろう? なにせ、ギルドに所属するグループが、他国の修学旅行生を狙っているという話だ。まあ、報告の仕方には気をつけなければいけないけれど」
スーツの内ポケットからクリアカードを取り出しつつ、祥吾は告げる。
「最悪、国に出てもらえばいい。今回の件に関して言えば、こちらはかの『トランプ』ですら協力者なわけだからね」
☆
「壮観ね」
「大きい、ですね」
エルトクリア大闘技場に辿り着いた舞や可憐の第一声は、なんとも普通のものだった。まあ、そんなものか。日本ではお目にかかれないクラスの大きさだ。ただ、七属性の守護者杯の開催期間外ということもあり、あの時のような熱気は感じられない。閑散としている、と表現できるほど人がいないわけではないが、やはり少し寂しいものがある。
大闘技場の周囲は広場になっており、円を描く外壁に沿うようにして展開されていたはずの出店も、そのほとんどが閉店している状態だ。外壁から垂れ下がっていたはずの守護者杯の垂れ幕もなく、大型モニターは沈黙を保っている。20ヶ所あるという入り口も全て封鎖されているのだろう。ここから見える入り口はシャッターが下りていた。
懐かしいなぁ。
そう感じてしまう。
まだそれほどの月日は経っていないというのに。
「満足したわ」
そう言って舞がやって来た。
「もういいのか?」
「うん、入場できるわけじゃないし、ぐるっと回ったって同じ景色だし」
まあ、そう言われるとその通りなわけだが。
「それじゃあ……」
「殿堂館に行きましょう!!」
俺の台詞に被せるようにして声高に叫んだのはエマである。鼻息が荒い。その姿に苦笑しつつも、他のメンバーも同じ気持ちのようだった。
「オーケー。じゃあ、殿堂館に行くか」
……行きたくねーなぁ。
☆
殿堂館は、本当に大闘技場からすぐの場所にあった。歩いて2~3分程度だろう。
「混んでるんだね」
「だな」
美月の言葉に頷く。チケットを買う列が出来ていた。その最後尾に並ぶ。殿堂館の外観は、特別何かが凄い、というわけでもなく、日本の美術館などをイメージしてもらえれば大体それで合っていると言えるだろう。大きなガラス張りになっている部分からは中の様子が窺えるが、そこは展示スペースではないようだ。大きめのソファーに座って寛ぐ人や、販売ブースで品定めをしている人などが見えた。
チケットを販売する場所は、殿堂館の本館の外にあった。チケットを販売するためだけの小さな小屋だ。殿堂館の外はちょっとした庭園のようになっており、木も綺麗に切り揃えられている。小鳥のさえずりや水の流れる音を聞くことで癒されること約5分。ようやく俺たちの番となる。
チケットの値段は、大人1人10E。
学割が効いて8Eだった。
名前 :中条聖夜
職業 :学生(日本)
職業位:B
所属名:―
所属位:―
所持金:79E
備考 :【エルトクリア高速鉄道】一日フリーパス
伝達 :【既読】メールが一件あります。
……関係の無いことではあるが。
伝達の既読メールの表示はもういらないだろう。これはあれか。『トランプ』からのメールということで特別仕様になっているのか。くそ、呪いのメールかよ。
正面口となる自動ドアを抜け、係員にチケットを見せる。
ゲートの先は大きなホールとなっており、中央には見上げるくらいでかい七属性の守護者たちの像が立っていた。その回り込んだ先に通路があるらしい。
通路側の壁には、英字でこう記されていた。
かつて。
アギルメスタはこう言った。
『どのような劣悪な条件下であったとしても、その全てを力で屈服させてみせよ』
かつて。
ウェスペルピナーはこう言った。
『どのような劣悪な条件下であったとしても、その全てを翻弄し、置き去りにしてこい』
かつて。
グランダールはこう言った。
『どのような劣悪な条件下であったとしても、その全てを穿ち、己を貫き通せ』
かつて。
ガングラーダはこう言った。
『どのような劣悪な条件下であったとしても、その全てを堅牢な我が身で打ち砕け』
かつて。
ウリウムはこう言った。
『どのような劣悪な条件下であったとしても、その全てを慈愛の心で包み込め』
かつて。
ライオネルタはこう言った。
『どのような劣悪な条件下であったとしても、その全てを覆し、勝利の雄たけびを上げろ』
かつて。
ガルガンテッラはこう言った。
『どのような劣悪な条件下であったとしても、その全てを吸収し、己が血肉とせよ』
勇猛なる諸君。
己が力と叡智を結集し、価値を示してみせよ。
優勝者には、富と名誉を。
諸君の健闘を期待する。
『第一回 七属性の守護者杯 開会式 初代キング・クラウンより』
守護者たちの像の前では、両手を合わせ祈りを捧げる者や、深く頭を下げる者など様々だ、そういった人たちの邪魔にならないよう注意しながら、ゆっくりと迂回していく。最後にもう一度振り返って像を一瞥した後、俺たちは通路の先へと一歩を踏み出した。
通路の先には、歴代の守護者杯のブースになっており、第1回から順に奥へと続いている。ただ、全ての回に専用のブースを設けているわけではなく、やはり殿堂館と呼ばれるだけあって、余程の戦いぶりを見せない限りここには展示されないようだ。現に、第1回の先に見える次のブースには、第12回と記されている。
第1回のブースでは、キャルロン・スペルライダーという人物がピックアップされていた。その人物の精巧な蝋人形がブースの入り口にあり、奥にはその人物の経歴や大会での活躍模様、使用した魔法一覧などが、文字であったり無音の映像であったりと事細かに編集されている。
ここを見るに、どうやら当時の守護者杯は年一の大会で、今のように守護者ごとに分けての大会では無かったようだ。
映像ではキャルロン・スペルライダーが、次々と魔法球を発現し周囲の魔法使いを打ち抜きまくっている様子が流れている。うわ、すげぇ。こいつ今見向きもしないで奇襲を仕掛けてきた奴を打ち抜いたぞ。強化魔法とうまく併用しているらしく、キャルロン・スペルライダー自身も飛んで跳ねてと縦横無尽に駆け回っている。
うーん。殿堂館に名を連ねるだけあって、当たり前のように強い。機動力も魔法球の砲台としても申し分ない。あ、今の何だ。何なの今の動き。あんな体術を仕掛けられたら、気がついた頃には地面に転がってそうだ。
「聖夜君、聖夜君」
思わず画面に見入っていると、後ろからちょんちょんと肩を叩かれた。振り向けば美月がいる。
「どうした?」
知っている。皆、足早にT・メイカーの展示ブースへ向かったことを。もはや黒歴史に近いそれから目を逸らすべく、俺は関係の無いブースで時間を過ごそうと思っていたのに。護衛の方々がこっそりと後を追っていたのも確認済みだったので、安心して別行動できると思っていたのに。……せっかく祥吾さんからも「好きに見て回っていいよ」と言ってもらえていたのに。
「お、お師匠サマが……、えっと、お師匠サマも展示されてるんだけど」
「……は?」
美月に連れられて歩く。
いくつかのブースを通り過ぎた先に、それはあった。
……。
思わず待ち構えていたその蝋人形と見つめ合ってしまう。ただ、視線は向こうが今と違って下だ。つまりは、子供の頃の師匠である。どこかで見たことがあると思えば、エルトクリア魔法学習院の制服を身に纏っていた。
え、ちょっと待って。
師匠、まさか学生時代に参戦したのか!?
……ん?
あぁ、そういえば俺もそうか。
よく考えてみればアギルメスタ杯で会った天道まりかや浅草唯も学生だった。うん……? 普通……、なのか? なんとなく判断基準がおかしい気もするが。
うまく考えがまとまらないまま、ブースの中へと足を踏み入れる。なんとなく、先ほど見ていたブースよりも大きいような気がした。そして、それが気のせいでないことが直ぐに分かる。ブースの中は先ほどと同じような造りになっているものの、ここにはさらに奥へと続く扉があった。
「……シアター付きかよ」
とんだVIP待遇である。どうやら師匠の戦いぶりは、小規模とはいえシアターで常に垂れ流しにされているらしい。そわそわしている美月に、別に付き合わなくていいよとだけ告げて、シアターの扉を押し開く。本当について来ないところから、美月はこのブースの存在を知らせるためにわざわざ戻ってきてくれていたことがよく分かった。……美月がどこに向かったかは分からないことにしておこう。
シアターは扉に定員20人と表記されていた通り、本当にこじんまりとしたものだった。満席と言うわけではないが、空いていると言えるほどでもなく、空いている席に腰かける。わざわざシアターを用意するだけあって、ちゃんと音声もあった。
『それでは見事予選を突破した可愛らしいお嬢さんへのインタビューです!!』
丁度、予選が終わったところのようだ。あの蝋人形と同じな師匠が、マイクを向けられている。
『エルトクリア魔法学習院からの参戦です! リナリー・エヴァンスさん、予選突破おめでとうございます!』
『……どうも』
会釈のひとつでもすればいいものを、完全にやる気の無さそうな表情である。早く解放されて帰りたい、といった心情が見え見えだ。
『院生がアギルメスタ杯に参戦するのは危険過ぎる、と各方面から批判的な意見が出ていたようですが、それら全てを跳ね返すような見事な戦いぶりでした! まさか予選各グループから2名が本戦出場できるという試合形式で、1人しか勝ち上がれないという結果になるとは思いもしませんでしたが!』
……おい。師匠何やったんだよ。
『未だ発表されていない本戦の試合形式ではありますが、今回の結果を考慮し、リナリー・エヴァンス嬢にはシード権のような優遇措置を取ると通達が出ています』
歓声が凄い。あ、小さく『旋律』って聞こえたな。この頃から既にそう呼ばれていたのか。
『そもそも、このアギルメスタ杯に参戦しようと思った動機は何だったのですか?』
『……学習院に、私がどのくらいやれるのかを知ってもらいたかったから』
『ほう? 聞いた話では、リナリーさんは学習院には途中入学でまだ1ヶ月も経っていませんよね? それと何か関係が?』
途中入学?
1ヶ月?
『あると言えばあるかも。新入りが「番号持ち」を倒すのは良く思われないみたいだし』
『倒すのは良くないって……、だって君、もう「3番手」なんでしょ? 聞いたよ? 入学初日に「5番手」倒したって』
……ん?
『海外から視察に来たお偉いさんと魔法戦やらかしたり、「4番手」との決闘見て自信喪失した「3番手」が自発的に番号渡してきたとか』
……んん?
『これ、全部事実なの?』
『大筋は』
おい。
おい!!
見ている面々の半数近くが笑い声を上げていた。笑える要素なんかねーよ。あの人本当にむちゃくちゃだな。師匠の戦いぶりをまだ見ていないのに、もう疲れた。げんなりである。師匠と繋がりの無い第三者ならコメディとして楽しめるのかもしれないが、過去の話とはいえ身内が周囲をひっかき回しているのを見るのは精神衛生上よろしくないな……。
そんなことを考えているうちに、懐のクリアカードが震えた。こっそりと取り出してみればメールが一件。舞からのもので内容は端的に『どこ。早く』のみである。
……行きたくねぇ。
何なんだよ、もう。
席を立ち、扉へと足を進める。
『それじゃあ、今回のアギルメスタ杯への参戦理由っていうのは……』
『「2番手」への挑戦権を認めさせるために、ひとまずこの大会で優勝することにした』
『この大会で優勝できるような子は、学習院だってトップとれるに決まってるから!!』
まったくもってインタビューアーの言う通りである。
大喝采となっているモニターへ視線を送り、俺はシアターを後にすることにした。
後ろ手に扉を閉める。短時間とはいえ、暗い中にいたので少し眩しい。急かされてはいるものの、どうしても気になったので師匠のブースを流し見したところ、どうやらあの後師匠は本当に優勝してしまったらしい。しかも、使用した魔法一覧に書かれているのは、契約詠唱による基本魔法のみである。
マジか。
え、マジか。
師匠って契約魔法使えたのかよ。知らないんだけど、そんなこと。
リナリー・エヴァンス。
エルトクリア魔法学習院在籍中に参加。
参戦理由については、本人曰く「学習院の教師の方々に、私の実力を知ってもらうため」。
以降、学習院に在籍中の院生は参加不可に。
これが、師匠のブースで一番最初に目に入るところにある文面だ。あの人は本当に自分が周囲に与える影響について考え直した方が良い。在籍中の院生が参加不可に、と書かれているが、天道まりかや浅草唯はどういった理由をつけて乗り込んできたのやら。
ため息を吐きつつ、足を黒歴史の方へと向けた。
行きたくはないが、行っておくべきだろう。
☆
そもそも、T・メイカーのブースに近付けなかった。
というのも、人だかりが出来ていたのである。
全然先が見えない。どうしようかと悩んでいるうちに、殿堂館の係員と思われる女性がやってきた。
「T・メイカーのブース観覧の整理券をご希望ですか?」
「は?」
ぶぅすかんらんのせいりけん?
「はい。申し訳ございませんが、現在T・メイカーブースは大変な混雑となっておりまして、整理券にて対応させて頂いております。こちらが整理券配布の最後尾となっておりまして、整理券が無いとブース内には御立ち入り頂けません」
マジか。
「只今からお並び頂きますと、おおよそ10分ほどで整理券は御受け取り頂けるかと。整理券を入手されましたら、あちらに見える列にお並び頂きます。あちらが整理券を既にお持ちの方がお並び頂ける列でして」
まさか。
「ブース入場への列でございます。ブース滞在時間を1人5分とさせて頂いております。一度の入場で50名までとしていますので、おおよそ1時間ほどでご入場頂けるかと」
おいおい。
「T・メイカーのブースにはシアターもございます。ブースの滞在時間終了後、希望者はシアターもご観覧頂けます。但し、シアターは1公演のみの観覧と限定させて頂いております。続けての観覧を希望される場合は、改めて整理券の列に並び直して頂くようお願いしております」
頭が痛くなってきた。
シアターってあれだよな。さっき師匠のブースについていたやつだよな。確かに、見ようと思えば師匠のシアターは何公演でも座ってられそうだったけど。途中入場出来たし。何なのこの差。師匠のブースでVIP対応とか思っていたのに、これマジでなんなの。
思わずフリーズしていると、俺の後ろからひょっこりとダンディーなおっさんが顔を出した。
「君、君。T・メイカーブースの整理券はこの列かね?」
「左様でございます。今なら10分ほどで御受け取り頂けます」
「そうかそうか。今日は空いているようだな」
「はい、本日はかなり空いておりまして、ブース入場もおおよそ1時間ほどで――」
「なに、こうしちゃおられん! ありがとう!」
係員の説明を途中で遮ったおっさんがそそくさと列へ並んだ。
……これで今日空いてるのかよ。
係員が会釈して俺のもとを去っていく。
どうしたものかと悩んでいるうちに、クリアカードが震えた。開いてみれば再び舞からのメールで、要約すると「貴方の分の整理券も確保しているからさっさと列へ来なさい」である。
……。
「えー……」
次回の更新予定日は、1月1日(月)です。
皆さま、良いお年を。