第6話 武闘都市ホルン ①
☆
武闘都市ホルンにある駅の1つ、ホルン大通りという名の駅にて下車した。この駅から一直線に伸びるのがホルン大通りであり、その大通りの先にあるのがまさにエルトクリア大闘技場というわけだ。「妙に懐かしい感じがするな~」と呟く美月に続き、俺もホームに降りる。
フェルリア(ホテル・エルトクリア正面)駅ほどではないものの、このホルン大通り駅も十分な大きさだ。ホームの壁には今月末に開催される『七属性の守護者杯』を宣伝するポスターが張り出されている。
今月はウェスペルピナー杯のようだ。残念ながらこの修学旅行の期間からは外れてしまっている。まあ、どうせ期間が被っていたとしても、当日のチケットなんてアホみたいな金額になっているのだろうが。以前自分が参加したアギルメスタ杯のことを思い出しながら、そんなことを考える。
張り出されているポスターの種類はいくつかあるが、そのうちのいくつかは今大会の優勝候補だと思われる魔法使いの写真が使われていた。着流し姿の、無精ひげを生やした筋肉隆々の男だ。見たことがあるようなないような。もしかしたら、俺が参加した時の大会にも出ていたのかもしれない。
「聖夜君、聖夜君! 見て見て!!」
どこからかカラー刷りされたパンフレットを持ってきた美月が突き出してきたそれを見る。それはこれから向かう目的地の1つである殿堂館のパンフレットだった。とてつもなく嫌な予感がした。そして、その嫌な予感は当たっていた。
……どこかで見た事のある仮面の人物が大々的にピックアップされていたのである。
マジで何なの。
お前ら本当にT・メイカーのこと好き過ぎるだろう。
もっと他のことに意識回せよ。
「やっぱり一番の目玉みたいね」
「そうに決まっているでしょう。過去未来共にT・メイカー様を越える傑物なんて現われやしないわ」
「確かに、未だに衰えぬ人気はそれを証明しているとも言えますね……」
美月の持ってきたパンフレットに群がった舞、エマ、可憐が好き勝手なことを言う。ふざけるなと言いたい。もっとこの話題を塗り替えるような凄い奴出て来いよ。さっきのポスターに写ってたムキムキの奴はどうしたんだよ。使えねーな。
完全に八つ当たりである。
七属性の守護者杯の開催期間中ではないとはいえ、それなりに人はいる。この時間帯になれば観光目的の者が大多数なのだろうが、それでも多い。昼食をとっていないので、いい加減腹も減った。既におやつの時間になりつつある時間をクリアカードで確認しつつ、改札機を通る。
そこで紙とペンを手渡された。
「署名活動にご協力ください」
そんなことを英語で言われる。
「は?」
見知らぬ人から渡された書面に目を通してみれば、まずタイトルに『T・メイカー復活を強く望む』と英語で書かれていた。
……おい。
これがあれか。舞が日本で言ってたやつか。うんざりしていると、視界の端でサラサラとサインする舞や可憐の姿があった。その近くではエマに翻訳してもらった美月がうんうんと頷いている。
「お、おい!」
「別に問題ないでしょう?」
舞の含みを持たせた視線につられて、舞が書いたサインを見る。本名ではなく偽名だった。住所を書く欄も無く、氏名のみで良いようだ。なるほど。偽名でも書いた方が角が立たないというわけか。
舞に倣い、手渡されていた書面にサインする。礼を言ってくる男に軽く答え、その場から離れた。可憐や、美月、エマもすぐにやってくる。
「まさか本当に署名活動をしている現場を目撃できるとはな」
「あはは、本当に有名人だね~」
明るく笑う美月に何と返していいか分からず、思わず苦笑いになった。
☆
ホルン大通りは予想以上の人混みだった。守護者杯が開催されていた頃とは比べ物にならないが、それでも多い。大会と修学旅行の時期が外れていたのは幸運だったのかもしれないな。見に行けもしない大会のせいで大混雑に巻き込まれるのは正直御免だ。
大会の開催時期とずれていてもある程度の収益は見込めるのか、出店もある。軽食から仮装グッズに大闘技場グッズなど、売り捌いている品物も様々だ。
「T・メイカーのタペストリーがある!!」
「それは正規品のものではないわよ、美月。……でも、正規品では見ないポーズのタペストリーね」
おい。
ふらふらとその出店のもとへと足を向けるエマ。その首根っこを摑まえた。
「せ、聖夜様!! ご、後生ですから!!」
「意味分からないから。買うのは好きにすればいいが、勝手にいなくなるのはやめてくれ」
迷子になったら色々と面倒だ。
まあ、クリアカードがあるので連絡は取れるのだが。一応、こいつも護衛対象として花園と姫百合から認識されている以上、分散するのは良くない。
「いいんじゃない? 時間に追われているわけでもないんだし、色々と冷やかしながら行きましょう」
「賛成です」
舞や可憐がそう言いながら出店の方へと歩き出した。
……左様か。個人的にはT・メイカーグッズなんて見たくもないのだが。
エマをリリースしてやると、先に歩き出していた舞や可憐を追い抜き、速攻で出店に齧り付いた。店番が軽く引くレベルの喰いつきようである。そこに美月も加わり、4人でわいわいやり出した。
楽しんでくれているのなら何よりだ。
凄い複雑だけど。
思わずため息を吐きながら、皆のもとへと足を向けて。
「――――良い魔力の循環だ」
喧騒の中、俺の耳に届いた声。
名前を呼ばれたわけではない。
肩を叩かれたわけでも、目が合ったわけでもない。
その声は、俺の背後から聞こえた。
しかし――。
思わず、勢いよく振り返る。
人通りの多い大通りで、俺の様子に怪訝な表情を浮かべながら幾人もが通り過ぎていく。
人混みで途切れ途切れになる視界の先。
舞たちが群がる出店と大通りを挟んだ反対側。
そこに、1人の男が店の壁にもたれ掛かるようにして座っていた。
黒髪を短く刈り上げた40~50くらいの男性。
その男の手には、長物の刀が鞘に収められた状態で握られている。
「反射神経、咄嗟の身のこなし、魔力の練り込みもいい。只者ではないな。素晴らしい」
それほど大きな声ではないはずだ。
にも拘らず、不思議と俺の耳に良く届く。
ただ、違和感があった。
男は俺を見ているようで見ていない。まだ距離があるせいで、はっきりとは見えないが、男の視線はあちらこちらへと彷徨っているようだ。時折顔全体が揺れるように動く。
だからこそ、本当に俺に声を掛けてきたのかどうか、確信が持てない。まあ、厄介事に巻き込まれたくはないので、俺の勘違いで済むのならそれが一番なのだが。
どうしようか悩んだのは、ほんの数秒。
わざわざ自分から厄介事に飛び込んでいく必要は無いと判断。
踵を返して舞たちのもとへと向かおうとして。
「おいおい、君だ君。君に声を掛けているんだよ。気付いているんだろう?」
……既に遅かったらしい。そうだよな。思わず反射的に振り返ってしまったが、本来ならば無視するのが一番だったはずだ。
どう反応するべきか考えているうちに、男が立ち上がった。手にしていた刀で自らの前方の地面をリズミカルに叩きながら、ゆっくりとこちらへやって来る。
まるで杖代わり。
つまり、盲目か。
違和感の正体はこれだ。
ということは、この男は視覚という情報源に頼らずに俺を見出し、声を掛けてきたことになる。以前の選抜試験で安楽先輩と手合わせした時にも感じたことだが、こういった人たちは視覚以外の感受性が鋭敏で、こちらが想像もできない攻撃手段を持っている可能性もある。
さり気なく背後の舞たちが視界に入るように、身体の向きを変えながら待ち構える。大通りのほぼど真ん中で立ち止まったままの俺を、通行人たちは迷惑そうに避けて行き交っていた。
そして、男が俺の目の前で止まる。
前を突く刀が俺に当たったわけではない。適切な距離……、いや、俺が思っていたよりも遥かに距離を空けた場所で、男は立ち止まった。
男が頭を不自然な所作で揺らしながら、軽く鼻を鳴らす。
「……何か?」
とりあえず、そう聞いてみる。
こちらとしては、何も悪いことはしていない。というより、この男からいきなり声を掛けられたというだけなのだ。
「滅多に遭えないやり手の気配を感じた。思わず声を掛けてしまっただけだ。連れがいたのかな、だとしたら申し訳ない」
……。
「ウェスペルピナー杯の参戦希望者かな?」
「……いえ。守護者杯が開催される頃には、もう俺はいないですよ。ここには旅行で来ただけなので」
「……旅行? ……、……なるほど、それは残念だ。ところで」
男は無造作に一歩後ろへと身を退いた。
「上に気を付けた方が良いな」
正確には左斜め上だ。
男からの忠告よりも早く、俺も身を退く。
大柄の男が吹き飛んできた。俺と盲目の男の間で、吹き飛んできた男が蹲っている。男が飛んできた方角、遠くから「代理決闘決着か!?」と言った声が聞こえてくることから、無粋な見物人有りの私闘か何かだろう。本当に日本じゃ考えられない程度には治安悪いよね、ここ。
蹲った男と戦っていたであろう男が、こちらに向かってくるのが分かる。下手なフラグを立てるのはごめんだ。俺はさり気なく背景と同化すべく、顔を合わせないよう注意しながらゆっくりと後退し、野次馬の群れに紛れ込む。こちらの騒ぎに気付いた舞たちが近寄って来たのが分かったので、人差し指を口元に当てるジェスチャーで黙らせ、この場から離れることにした。
★
トン、トン、トン、と。
規則正しく鳴るその音に、男は手元に落としていた視線を上げた。
「なんだ、今日は早いじゃないか。もういいのか?」
いつもなら、自分から声を掛けなければ1日中人間観察を続けるような仲間である。
「ああ。見つけたからな」
「……、……は?」
たっぷり10秒ほど間を空けた後、手入れをしていた二丁の魔法拳銃のうち、片方をテーブルの上においた男はまじまじと仲間の顔を見つめた。
「何だって?」
「T・メイカーを見つけたと言ったんだ、ベル」
椅子を手繰り寄せた盲目の男は、杖代わりにしていた刀をテーブルに立てかけつつ腰を下ろす。
「間違いないのか」
「ああ。もっとも……、外見的特徴を教えてやることはできないがね」
「いや、あの男が魔法世界内にいると分かっただけでも十分だろう」
ベルと呼ばれた男がクリアカードを取り出した。登録されている電話帳からお目当ての人物を探し出す。コールは数秒。すぐに応答があった。
クリアカードにホログラムが浮かび上がる。
そこに映し出されたのは、黒髪をオールバックにした日本人だった。
『どうした、ベル。今日はオークションだって言ってただろう?』
「ドゾンが見つけた」
『……あ?』
呆けた顔は、僅か数瞬。
ホログラムに映るその顔が、獰猛な笑みを浮かべた。
『ははっ、あまり期待はしていなかったが、マジかよ。今どこだ』
「ホルン大通りだ」
『オーケー、すぐ向かう』
即答に、ベルが目を丸くする。
「オークションはいいのか。支援魔法持ちの奴隷が出品されるとか言ってなかったか?」
『こっちはヒカリに任せる。今はそっちの方が重要だ。跳弾用の魔法陣撒いとけよ』
「……分かった」
ベルの答えに頷くと、ホログラムの男は一方的に通話を切った。ベルは自らのクリアカードをしばらく眺めた後、盲目の男、ドゾンへと目を向ける。
「行こうか」
「いや、それよりもお客さんのようだ」
「何?」
ドゾンの言葉に視線を上げた。
ドゾンのすぐ後ろに立っていたのは、メイドだった。
「失礼致します」
メイドが優雅に一礼する。
突然の事態に、ベルの表情筋が強張った。
「グループ名『無音白色の暗殺者』。ベルリアン・クローズ様とドゾン・ガルヴィーン様であるとお見受け致します」
ドゾンの背後に立つメイドの言葉に、ベルが答えようとする。しかし、それよりも早くドゾンが口を挟んだ。
「俺の前に座る男は、まだグループに入って日が浅いのでね。だから、用件があるなら俺が聞こう」
「左様でございますか。では、単刀直入に。手をお引きください」
言葉通り、メイドの単刀直入な物言いに、ドゾンが鼻を鳴らす。
「……何の話かな?」
「皆まで口にせねば伝わりませんか?」
ひりつくような緊張がこの一角に降りた。周囲で食事や歓談を楽しんでいた者たちが、異変を察知して距離を取り始める。
「それは、俺が接触していた人物はT・メイカーであると確定した、と考えていいのかな?」
「……何のお話をされているので? 貴方がたの話に出ていた者が私の知り合いであり、貴方の哀れな勘違いのせいで知人が不幸に巻き込まれぬよう、先手を打たせて頂いているという次第でございます」
輝かんばかりの笑顔で毒舌を吐くメイドに、ベルの頬が引きつった。
瞬間。
バチリ、と。
小さく響く、謎の音。
メイド、大橋理緒が無造作に仰け反る。その鼻先を、ドゾンの放った切っ先が通り過ぎた。
「ちょっ、ドゾン!?」
「逃げるぞ!!」
軽やかな身のこなしで椅子から立ち上がり、脚で蹴り上げた椅子を理緒へと放ったドゾンが、テーブルの上に着地する。その反動で浮き上がったコップや皿には目もくれず、愛銃のみを的確にキャッチしたベルは、自分の脚で立ち上がるより早く、ドゾンに首根っこを掴まれて可笑しな声を上げた。
「ぐえ、おまっ!?」
「御免!!」
悲鳴を上げる他の客に謝罪をしつつも、ドゾンの行動は迅速だった。一瞬で身体強化魔法を身に纏い、長物の刀を振り抜く。喫茶店の側壁に亀裂が走り、ドゾンの蹴りで風穴が空いた。
「ちっ、逃がすものですか!」
店外へと逃走する2人の後ろ姿に舌打ちを決めた理緒が、飛んできた椅子を叩き壊し、一歩を踏み出そうとして。
「訳あって、名乗ることを許されない身であることを謝罪します」
逃走を開始し、店外へと身を躍らせた2人の前には黒いスーツを着た鷹津祥吾が待ち構えていた。
「祥吾さん! ステキ!!」
「……君って人は」
結局名前を呼ばれてしまった祥吾は、苦笑しながらネクタイを緩める。迫る銃口と切っ先に視線を向けた。
「誠に申し訳ないが……、我々の個人的理由により、一度貴方がたを取り押さえます」
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「なんか向こうのお店騒がしくない?」
ちらちらと後ろを振り返りながら美月が言う。
「……気にすんな。ほら、そろそろ大闘技場だぞ」
まったく気にしていないのはエマだけのようだが、皆を急かしてさっさと進むことにする。
祥吾さん、大橋さん、ごめんなさい。
次回の更新予定日は、12月18日(月)です。