第2話 班
感想や活動報告へのコメント、個人宛てのメッセージなど、沢山の御言葉ありがとうございます。返事が遅れてすみません。特に活動報告で頂いたコメントには個別で返せなくて申し訳ないです。でも、ちゃんと目は通してますからね! 誤字報告も助かっています。ありがとうございます。
☆
俺が勝手にリスクを上げてしまった、ってことなんだよな。
それは、もう何度目になるか分からないため息。
朝。
自分の寮室で青藍魔法学園指定の学ランに袖を通しながらも、頭を巡るのはそんなことだ。
もともと舞や可憐を護衛するだけでも大変な仕事だというのに、そこに俺が加わり、更には美月が加えられた。難易度は格段に上がるだろう。例え優先順位が付いたとしても、そこへ意識を割かなければならないというプレッシャーは大きい。
《……なによ。まだ引き摺ってるの?》
雰囲気で察したのだろう。
MCのウリウムからそんなことを言われてしまった。
「あぁ、ちょっとな」
向こうのリスクを上げておきながら、俺は俺で護衛契約を結んでいるのだ。しかも金額がオカシイ。契約したという形が必要だったとはいえ、実際には守ってもらうにも拘わらず、対価を渡すどころか受け取る立場にいるということに納得がいかない。
《そういう真面目なところがマスターの良いところでもあるんだけどね》
だけど、とウリウムは続ける。
《マスターはあちらの思惑に乗っかる形で自分の要望を通したってだけ。あちらはあちらでマスターを利用しようとしてるんだし、気にしちゃだめよ。実際、リスクがゼロってわけでもないのよ? 場合によってはマスターが脅威を排除しなきゃいけない。死ぬ可能性だってある。なら、当然の対価だとあたしは思うけどなー》
分かってる。
けど、そう簡単に割り切れないんだよ。
《うーん。重症ねぇ》
やれやれ、と言った感じでウリウムは呟く。
《あたしとしては、守ってもらえる上に、お金まで貰えるなんて超ラッキーくらいでちょうどいいんだけど》
おい。
《まあ、マスターの性格上、そうは思えないのも分かってる。でもね、あちらが用意するのは護衛のプロなんでしょ? そうやってマスターに心配されるほど、向こうは弱い魔法使いなわけ?》
そんなわけがない。
祥吾さんは花園家の第一護衛だし、大橋理緒と名乗ったあのメイドだって、姫百合家の使用人では一番の腕利きらしい。「お嬢様の敵にはこの私が冥土の土産をくれてやります」と息巻いている姿にどう反応していいか困ったが、本気を出せば祥吾さんに匹敵するほどの技量を持つ、と祥吾さん本人から言われてしまっては認めざるを得ない。
つまりは、戦力的に見れば十分すぎるほどの2人なのだ。その2人が現地責任者となり、それぞれの部隊を率いるのだから、文句なしの環境が出来上がるだろう。
美麗さんはああ言っていたものの、俺の出番などほとんどないに違いない。万が一、警戒網をすり抜けてきた異分子がいたとしても、時間さえ稼げばすぐにバトンタッチということになりそうだ。そうなると、剛さんの言っていた『時間稼ぎ』という役割はまさに的を得た表現ということになる。
「……行くか」
時計を見ながらそう言う。
考えたって仕方が無い。
依頼を受けた以上、やるべきことはこなさなければならないのだ。
☆
「ええええ!? 魔法世界ぃぃぃぃ!?」
朝のホームルーム。
2年クラス=Aの担任である白石はるかがもたらした情報に、御堂紫はお約束のようなリアクションを示してみせた。流石はこの学園における生徒会長様である。ただ、書記の花宮愛も呆けたように口を開けているし、会計の片桐沙耶に至っては絶句している。
驚いていないのは前以ってその情報を知らされていた面々のみだ。
日本五大名家『五光』における正当な後継者である花園舞と姫百合可憐は当然のこと、昨日のうちに俺から情報を流していた鑑華美月とエマ・ホワイト(偽名)も「ふーん」くらいのリアクションである。
思っていたよりも淡白な反応だったのか、白石先生は一瞬だけ「あれ?」という表情を浮かべたものの、紫会長の素晴らしいリアクションとテンションに気を取り直したのか再び話し始めた。
「空港は成田からサンフランシスコを経由してアオバへと向かいます。サンフランシスコからアオバまでは臨時便を手配していますので、乗り換え時間はそれほど長くありません。成田空港からアオバまでの移動時間はおおよそ11時間くらいでしょうか。魔法世界では2泊する予定です。向こうでは全て班行動となりますので、これから班決めを行いたいと思います。一応、どのクラスも3~5人くらいで一班としているのですが……」
白石先生の言葉を遮るようにしてエマが手を挙げる。
「はい、なんでしょうか。ホワイトさん」
「聖夜様と同じ班を希望します」
一瞬にして静まり返る教室。
そして――――。
☆
班が決定した。
紫会長がうまく立ち回ってくれたおかげで割とスムーズに決まった、……はずだ。
正直、戦争でも始まるかと思ったけど。
もともとの数が少ないクラス=Aは、二班に分かれることになった。
A班。
御堂紫、片桐沙耶、そして花宮愛。
B班。
俺、花園舞、姫百合可憐、鑑華美月、そしてエマ・ホワイト。
人数に偏りがあるのは気にしてはいけないことだ。これ以上場をひっかき回したくはない。
結果としては、今回の依頼によって護衛対象となっている舞と可憐、そして事情を知っている美月とエマが一緒になったわけだから、まさに予想通りであると言えるだろう。
まあ、昨日のうちに美月やエマ、舞に可憐と4人には事情を説明していたわけだから、こうなるのは当たり前だったわけだが。出来レースも良いところである。
色々とごちゃごちゃやっていたのは、「人数の偏りがあっても仕方が無い」と白石先生を始めとして他の生徒会メンバーにも納得させるためだ。事情を知っている俺からすれば三文芝居もいいところだが、よくもまあ、あんな真剣そうに喧嘩できるものだと感心してしまう。正直、中盤からヒートアップした寸劇には、「こいつら役者かよ」と思わせるほど感情が籠っていた気がする。
とりあえず「もてもてですね。ひゅーひゅー」と棒読みで囃し立ててくれた片桐さんには、どこかで相応のお返しをしてやりたいと思う。
修学旅行先がようやく決まったということもあってか、今日の1時間目はホームルームとなっており、今は班ごとに分かれて向こうでの計画を練っている。どうやらアオバ空港に到着し入国した後、最初は宿泊先であるホテル・エルトクリアに向かうものの、その後は本当に班ごとの自由行動となるらしい。
白石先生のお手製と思われる脱力感満載のしおりを眺めつつ、集まった面々に聞いてみる。
「で、行きたいところは?」
魔法世界には玄関口であるアオバと危険区域ガルダーを除き、10の都市によって構成されている。
歓迎都市フェルリア、中央都市リスティル、創造都市メルティ、武闘都市ホルン、交易都市クルリア、近未来都市アズサ、歓楽都市フィーナ、宗教都市アメン、貴族都市ゴシャス、そして古代都市モルティナ。そのうち、歓楽都市フィーナ、貴族都市ゴシャス、そして古代都市モルティナは立ち入り禁止だ。もちろん禁止区域ガルダーも立ち入り禁止である。その他注意事項についても思わず脱力してしまうようなイラストと共に書かれていた。
俺の質問に、控えめながらも真っ先に手を挙げたのは意外にも可憐だった。
「是非、アメンを見学してみたいです」
宗教都市か。
しおりには、『始まりの魔法使い』メイジと『七属性の守護者』の7人の弟子が祀られた神殿がある都市だと書いてある。……『七属性の守護者』か。アギルメスタ杯を思い出すなぁ。
「私は武闘都市ね。武闘都市ホルン。エルトクリア大闘技場を見たいわ」
舞が可憐に続いて言う。
エルトクリア大闘技場。
収容人数約15万人、中央の決戦フィールドの直径は約400m。魔法世界が誇る世界最大規模の大闘技場だ。俺がT・メイカーとして参加したアギルメスタ杯が開催された場所である。
「そういえば……」
舞の言葉で何かを思い出したのか、エマが人差し指を頬にあてつつ呟く。
「大闘技場に隣接する場所に殿堂館という場所があるのですが、ご存知ですか?」
「殿堂館?」
知らないな。前回魔法世界に行った時には立ち寄っていない。
「あ、行ったことないけど知ってる。『七属性の守護者杯』で活躍した歴代の偉人を紹介しているところでしょ?」
俺の代わりに美月が答えた。
エマが頷く。
「そうそう。先日、そこへ満を持してT・メイカー様が加えられたらしいです」
……は?
何言っちゃってんのこいつと思っていたら、舞が怪訝そうな顔をした。
「……貴方、T・メイカーが今なんて呼ばれているか知らないの?」
知らないです。
そして聞かない方が良いような気がします。そもそもT・メイカーという存在そのものを頭から抹消したかった俺は、意図的にその話題から避けていたのだ。
「『属性魔法の覇者』、『リナリー・エヴァンスの右腕』、『詠唱知らずの大英雄』、一番メジャーな呼び名は『伝説の拳闘士』のようですが……、他にも『スペード様の天敵』、『アギルメスタ様の末裔』、『ガルガンテッラ家の秘密兵器』、『始祖様の生まれ変わり』など、両手では数えきれないほどの呼び名が存在しているようです。最近では『そもそも始祖様ご本人だったのでは』という呟きが拡散し、『始祖様復活論』も囁かれているとか。これはあくまで少数派らしいのですが」
……。
可憐が教えてくれた情報を聞いて絶句した。
え、なにそんなに大事になってたの。嘘でしょ。
なんだよ『始祖様復活論』って。詠唱が出来ない俺を、完全無欠の『始まりの魔法使い』と比べてるんじゃねーよ。
そんな俺の反応を見て、舞がわざとらしいため息を吐く。
「……呆れた。本当に何も知らないのね。日本の暦で約4か月経った今でもT・メイカーの人気は衰え知らずなのよ。毎月の末に行われる『七属性の守護者杯』では、毎度の如くT・メイカーの再出場を望む馬鹿みたいな量の署名が七属性の守護者杯委員会に届けられ、エルトクリア大闘技場周辺では連日の如く復活を望む集会が開かれる始末。今では次期『トランプ』候補になったせいで国が出場を禁止しているのではないかって噂も出てるんだから。あ、これは少数派の意見じゃないわよ。結構信じている人がいるみたい」
おい。
おい!!
「……T・メイカーはリナリー・エヴァンスってことで決着したんじゃなかったのか」
そうでなければ何のために天道まりもが無系統魔法を使ったのか、という話だ。生徒会トリオと白石先生で話が盛り上がっていることを確認しつつ、舞も声を潜めながら言う。
「考えて御覧なさい。あの場所に集まっていたのは、魔法に精通している人間ばかりだったのよ。それは大会に参加していたメンバーだけじゃないわ。開催地はかの魔法世界。人口のほぼ全てが魔法使いなの。当然、観客だって魔法使いが多いわけ。……あとは分かるでしょ?」
……何らかの魔法で入れ替わった、というところまでバレているわけか。
「もっとも、皆に確信があるというわけではございません。リナリー・エヴァンスは自らの姿を晒す前に、解析カメラを破壊しています。ですので、実際に魔法が使われたのかどうかについての証拠はどこにも残されていません。王族護衛集団の1人、ウィリアム・スペードもこの件についてはだんまりのようですから」
可憐の言葉に少しだけ安心した。あの馬鹿野郎も最後の一線は守ってくれていたか。まあ、完全に騙し通せるはずはないよな。いくら証拠となる解析カメラを前以って破壊していたとはいえ、衆人環視の中での入れ替わりだったのだ。
中条聖夜=T・メイカーということさえバレなければいいわけだ。つまり、T・メイカーはリナリー・エヴァンスとは別人というところまでなら、バレても構わないということになる。一応は。
「凄いよね。T・メイカーグッズって通販でも売ってるんでしょ?」
「甘いわね、美月。それは模造品でしょう? オリジナルブランドの物は魔法世界内でしか販売していないのよ。あ、聖夜様。私、魔法世界に行ったらT・メイカー様のタペストリーと絵葉書、プロマイドが欲しいです」
「欲しいです、じゃねーよ。誰の許可を得てそんなものを発売してるんだよ」
俺には何の話も来てないぞ。
ふざけんな。肖像権の侵害で訴えるぞこら。
「誰の許可って、リナリーの許可でしょう? 表向き、T・メイカーはリナリー・エヴァンスってことになっているわけだし」
「印税やらなにやらでがっぽりなんじゃない?」と続ける舞。
……。
あ、あの女。まさかここまで見越して……。
問い詰めたいところだが、どうせ指摘したところで煙に巻かれるのは目に見えている。むしろ「良い活動資金源になったわ。ありがとう」くらいケロリと言ってくるかもしれない。
「この話はここまでにしておきましょうか」
白石先生の視線がそれとなくこちらへ向けられたところで、舞がそう言った。
☆
班全員の意見を集約したところ、行きたい場所は次のようになった。
舞:武闘都市ホルンと交易都市クルリア。お目当ては、エルトクリア大闘技場見学と掘り出し物散策。
可憐:宗教都市アメン。お目当ては、各神殿参拝。
美月:創造都市メルティと歓迎都市フェルリアと中央都市リスティルと交易都市クルリア。お目当ては、王立エルトクリア魔法学習院見学、それからウィンドウショッピング。
エマ:聖夜様のいるところ。強いて言うならT・メイカーグッズを扱っている店。絶対に行きたくない場所は貴族都市ゴシャス。
魔法世界では2泊するようだし、時間は十分にある。時差ボケでダウンしない限り、のんびりと回ることが出来るだろう。面倒くさい顔見知りに会いたくないので、ひたすらホテルに引きこもっていたい気持ちもあるが、せっかくの修学旅行なのだし表向きは観光気分でいさせてもらおうと思う。
……護衛の話さえなければ凄い気楽な気持ちでいられたんだろうなぁ。
いや、無理か。舞や可憐と一緒に行動する時点で、仕事であろうとなかろうとリスクがあるに決まっている。
それに……、祥吾さんから忠告されたこともある。
俺は、昨日、花園邸で祥吾さんから聞かされたことを思い出していた。
☆
『政治的判断、ですか』
『うん。君たちのような学生を巻き込むなんて、正直心苦しいところではあるんだけどね』
「上層部は一体何を考えているのやら」と祥吾さんは肩を竦める。
魔法世界エルトクリアにて、正体不明のナニカが暴れたことは記憶に新しい。特に大闘技場で起こった出来事であるが故に、情報統制などできるはずもない。師匠リナリー・エヴァンスによってカメラ関係の機器が軒並み破壊されていたため、公式の映像は残っていない。しかし、あの場には大勢の観客がいた。エルトクリア国民だけではない。他国からも沢山の見物人がやってきていたのだ。中には自前の機器で映像を録画した人間だっている。
当然、荒れた。
魔法世界の安全性について様々な議論や憶測が飛び交った。危険区域ガルダーの駆逐計画も持ち上がったと聞く。ただ、詳細は知らないが、魔法世界王家や王族護衛『トランプ』の尽力もあり、現状維持で落ち着いたと聞いている。
他国からの修学旅行生を招き入れることで、安全性を世界にアピールしていきたいということだ。
魔法世界は本来、こういった修学旅行のような場所には向かない。入国にはパスポートの他に専用のクリアカードを作成する必要があるし、アメリカ国内とはいえ携帯電話は使用不可、通貨もドルではなくエール、防護結界によって周囲とは隔絶された空間、その中には危険区域ガルダーが存在するなど……。個人の責任で勝手に旅行に行くならともかく、学園主催のイベントとしてはハードルが高い。それは学園側はもちろん、受け入れ側の魔法世界も同様だ。魔法世界だって下手に大勢の学生を受け入れてトラブルでも起こされたらいい迷惑だろう。比較的治安の良い日本では滅多にお目にかかれないような荒くれ者など、魔法世界のギルドには腐るほどいる。
剛さんの話を聞いて、「よく魔法世界側も許可したものだなぁ」なんて考えたが、むしろ今の状況下では魔法世界側から頭を下げてきたのかもしれない。
聞いた話が事実ならば、この一件において問題を起こしたくないのは、日本側よりも魔法世界側だ。花園だけではなく姫百合側からも防衛戦力を投入してくれるようだし、むしろ今回の修学旅行は安全なものになるかもしれないな。
もっとも、不安も残る。
結局、あのナニカの詳細についてはうまく丸め込まれてしまっているらしい。ガルダーで生まれた突然変異説が有力らしいが、つまりは何も分かっていないということだ。もう一度襲撃を受ける可能性だってゼロではない。他にも様々な懸念事項はある。
つまるところ、どんな理由があろうと気は抜けないということだ。
次回の更新予定日は、10月16日(月)です。