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テレポーター  作者: SoLa
第2章 魔法選抜試験編〈上〉
26/432

第4話 教会と謎のシスター

明けましておめでとうございます。

今年もテレポーターをよろしくお願い致します。

 既に秋へと足を掛けている季節。少し冷えてきた空気を肌に感じながら、教会へと続く階段を上る。


「……教会か」


 そういえば、舞のやつから呼び出されるのも決まって教会だったな。ここの教会はそういった意図で使われる場所なんだろうか。何度か来たことがある場所である為、迷うことも無い。厳格な雰囲気の漂う教会に辿り着くまでは、さほど時間は掛からなかった。

 木製の扉を前にして、深呼吸。


「……いくか」


 ただ目の前の扉を開けるだけという作業であるにも拘らず、やたらと弱腰になっている自分に気付く。それは、別に今から会おうとしている人物が初対面だから緊張している、という理由ではない。


 自分の選択に、迷いが生じていることを自覚したからだ。

 呪文詠唱が出来ないという体質を持つ俺は、間違いなく魔法選抜試験にて“出来損ないの魔法使い”の烙印が押されるだろう。差別用語として禁止されている今でも、その蔑称はなお魔法社会の根底に根付いている。そしてそれが及ぼす被害は、自分だけには留まらない。

 魔法選抜試験には、グループ試験があるという。加えて青蘭魔法学園で採点された試験結果は、大学や企業も興味を示している。学園で使われた書類は、様々な人間が目を通すということだ。

 欠陥を持った魔法使いと親しいということを証明する書類が、だ。


「……間違ってなんか、ない」


 そう。間違ってなんか、いない。

 俺と組めば、舞や可憐は他の人間から蔑みの目で見られるようになるだろう。名家のお嬢様、それも長女である彼女たちにそういったスキャンダルがあるのはまずい。

 だから、グループは組まない。それは、正しい選択のはずだ。


『自分の気持ちの言い訳を、人に押し付けてんじゃないわよ!!』


 先ほどの舞の言葉が頭を過ぎる。

 自分が“出来損ないの魔法使い”と蔑まれるから、組まない。

 “出来損ないの魔法使い”と一緒にいると舞や可憐に被害が及ぶから、組まない。

 それは、自分の弱さを人に押し付けて逃げているだけじゃないのか。

 そこまで思考が辿り着いた時、扉に伸ばしかけていた手の動きが止まった。


「……この期に及んで」


 舞や可憐にあれほど言っておいて。

 舞の激情から背を向けて逃げ出しておいて。

 まだ、未練があるというのか。

 そう考えている自分に気付き、苦笑した。


「ばーか」


 その言葉は、自然と漏れ出た。

 自分に対する蔑みの言葉が口から発せられた瞬間、手に力が戻った。


「もう、遅いだろうが」


 力を込めて、扉を押す。

 重苦しい音と共に、ゆっくりとその扉は開いた。







 夕日が差し込む教会は、少し違った場所に見えた。内部の全てに赤みが掛かり、少し寂しさを感じる風景でもある。足を踏み入れる。心なしか、外よりも風がひんやりしている気がした。

 後ろ手に、扉を閉める。見渡してみるが、人影は見当たらなかった。


「……教会って、言ってたよな?」


 白石先生は、生徒会の人間は教会で待っていると言ったはずだ。

 まだ来ていないとも、すれ違いになったとも思えない。

 日付を間違えたんじゃなかろうか。あの人、ぽわぽわしてるからな。

 出直すべきかと考えていると、教会の奥まったところから物音がした。


「ん?」


 そちらに目を向けてみる。教壇の横。壁沿いにある扉が、ゆっくりと開かれたところだった。誰かが出てくる。


「ご用ですか?」


 影で暗くなっている場所から夕日の差し込む場所へ、すっと歩み出てくる1人の女性がいた。

 シスターだった。いきなり人が出てくるという不意打ちで驚いてしまったが、不思議なことではないと思い直す。ここは教会だ。別に不自然な光景ではない。


「あ、えーと」


 ここで人と待ち合わせをしているんです、と言いかけて踏み留まる。神聖な教会を待ち合わせ場所にしているなんて、ここの人に話すわけにはいかないと思ったからだ。

 ただ、特に言い訳も思いつかない。どう説明しようか考えていると、向こうから道を示してくれた。


「ああ、もしかして……中条聖夜さん?」


「え、ええ。そうですけど」


 何で俺の名を知っているのか。その疑問が表情に出ていたのだろう。シスターは微笑みながら理由を教えてくれた。


「貴方がここへ来ることを教えて貰っていましたから。ここで片桐(かたぎり)さんと待ち合わせをされていたのでしょう?」


「……片桐?」


「あら? ご存じ無い? おかしいわね。確かにここへ呼び出したと聞いていたのだけれど」


 シスターが首を捻る。そこで、ふと気付いた。


「もしかして、片桐さんとは生徒会の方ですか?」


「ええ、そうですよ」


「だとしたら間違いないです。すみません。私が相手の名前を知らなかったものですから」


「あら、そうでしたか」


 シスターが1つ頷く。そうか、生徒会の人間は片桐というのか。


「それで、その片桐さんはどちらに?」


「ごめんなさいねぇ。それで伝言を頼まれていたのよ」


「伝言?」


 オウム返しのように尋ねる俺に、シスターはまた頷く。


「『申し訳ございませんが、また明日。同じ時間に』とのことです。どうやら3年生の間でちょっといざこざがあったらしく、収拾を付けるために呼び出されたようで」


「そうですか……」


 その言葉を聞いて、ほっとした自分がいた。

 それが無性にむしゃくしゃした。


「貴方……」


「はい?」


「何か悩んでいらっしゃる?」


「……なぜ、そのようなことを?」


「あらあら。この場所、そして私のこの恰好を見てその質問はおかしいんじゃないかしら?」


 そりゃそうだ。


「特に悩んではいませんが」


「嘘」


 即答!?


「うふふふ。私には人の心が読める力があるのよ」


「聖職者が嘘を付くのはアリなんですか?」


「ふむ。中条聖夜君は冗談が通じない人間とみました」


 ……俺は貴方が中々に愉快な思考の持ち主だとみましたけど。


「まあ、自分の悩みなんてそうそう誰かに打ち明けられるものでもないですしね。さあ、そこをうまく掘り返すのが私の役目です」


「何シスター服で腕まくりしてるんですか!? あと、言い回しが悪すぎる!!」


 何やらヤバそうな雰囲気を感じる。これは早々に退散した方がよさそうだ。

 手をワキワキさせて歩み寄ってくる謎のシスターに背を向けて、全力で走り出した。


「じゃあ、また明日出直してくるんで!!」


「ちょっと、君!?」


 何か言い掛けていたようだが、気にしない。そのままの勢いで教会の扉を開けて外へと飛び出した。







「あーらら、行っちゃった。ここからが面白いところだったんだけどなぁ」


 聖夜に謎のシスター認定された女性が呟く。口調ががらりと変わったが、特に違和感は感じない。おそらく、こちらが女性の素なのだろう。1人きりになった教会で腰に手を当てため息を吐いていると、先ほど女性が出て来た扉が、再び音を立てて開いた。


「……引き留める気があったようには見えなかったのだけれどね」


 中から出て来た女性がそう口にする。赤い日差しに当たって尚その黒さを顕示する髪を持つその女性は――――。


美麗(みれい)。貴方が言ってた通り逸材ね、あのコ。見ただけでときめいちゃうところだったわ」


 姫百合美麗(ひめゆりみれい)。姫百合可憐の実母にして、“氷の女王”と称される大魔法使い。日本で五指に入る名家・姫百合家の現当主だ。


「ときめくって……。貴方、自分の歳を考えた上で発言なさい」


「あー!? それ言う!? ここで言っちゃう!? 神に生涯を捧げると誓ったこの私に!!」


「自分が結婚できない理由を神に押し付けることは、不敬罪に当たらないのかしら」


「……美麗さーん? 頬に手を当てながら恐ろしいこと言うの止めにしません?」


 うふふと笑う美麗を見やり、がっくりと肩を落とす謎のシスター。


「それにしても……。やっぱりこうなってしまいましたか」


「気持ちは分からなくもないけどね。友達想いのいいコじゃない。若干の自虐感情は褒められたものじゃないけどさ」


 聖夜が出て行った扉を見ながら、謎のシスターが口を開く。


「どうするわけ?」


「どうにかしましょう。聖夜さんには可憐と咲夜(さくや)を救って頂いた恩がありますし。それにあの身勝手な女からやっと得られた束の間の休息というではないですか。折角の学園生活、楽しんで頂きたいものです。ひと肌脱いで差し上げるには、十分すぎる理由だと思いますけど」


「そうかもねー。それにしても、リナリーのお弟子さんかー。には見えないわねー」


「でしょう? 私も目を疑いましたからね」


「どれほどの心労を経てそのようなコに育ったのか。これは今後のカウンセリングで、徐々に聞き出していくことにしましょうかね」


「……手をワキワキさせながら不穏な発言をするのはお止しなさい、メリッサ」







「……何だったんだ、あのシスターは」


 呻くようにそう呟く。

 階段を全速力で駆け下りた為、肩で息をしながら一度だけ振り返った。当然のように階段に阻まれ、教会の姿はもう見えない。いくら言いようの無い不安に駆られたとはいえ、流石に退きすぎたか。


 けど、何だろう。あのシスターには、あの師匠と通じる何かがあるような気がする。何というか……唯我独尊・傍若無人を具現化したような……。

 ……やめるか。初対面の人間に対してこの評価は失礼過ぎるだろう。

 まあ、あれだ。結論から言わせてもらえれば。


 二度と会いたくない。


 以上。終わり。

 明日の待ち合わせ場所は変えてもらおう。わざわざ進んであのシスターの生息地へ踏み込む必要は無いはずだ。

 片桐、だったか。同じ2年ならば、順番に教室覗いていけばいつかは見つかるはずだ。何ならそこで話を付けてもいい。

 とにかく、あの教会には二度と立ち寄らない。そうだ。それでいい。


 ……さて、帰るか。

 なんだか、色々とやる気が失せてしまった。







 青藍魔法学園名物『勧誘期間』。

 ――――魔法選抜試験、グループ登録期限まで。後、6日。







「んぅ……」


 盛んに自己主張を繰り返す携帯電話を掴み、アラーム機能を止める。

 頭を掻きながら起き上がる。とてつもないダルさを感じた。一瞬風邪かと思ったが、そういうダルさとは違うと直ぐに気付く。同時に原因もぼやけた思考の中で一気に浮上した。


「『勧誘期間』ね……」


 言葉にして出すと、余計にうんざりした。

 魔法選抜試験。その試験よりも、そこに辿り着くまでに迎えるであろう障害の方が怖い。

 修平の話によると、俺が舞や可憐の申し出を断ったことが周りからはかなり反感を買っているようだ。クラスメイトはそこまで過敏な反応は見せなかったんだが……。それもこれからどうなっていくかは分からない。


 ……これから、どうなるんだろうな。

 そこまで考えて、更に憂鬱になった。







「おっす」


「おはよう」


「よう」

 寮を出たところで、いつもの3人組に出くわした。本城将人(ほんじょうまさと)楠木(くすのき)とおる、そして杉村修平。不意に声を掛けられ思わず身構えたところをばっちり目撃され、修平が笑う。


「ははは。いい感じに敏感になってるじゃないか」


「ほっとけ」


 手で払う。それを見ていたとおるがクスクスと笑いながら口を開いた。


「昨日は相当凄かったからね。そうなるのも無理はないよ」


「流石にあそこまで盛り上がるとは思わなかったからなぁ」


 将人が能天気な声で同調した。


「『勧誘期間』が慌ただしくなるのは知ってたが、初日からアレとは。いやいや、その騒乱の中心にいる聖夜クン、お疲れ様デス。……ご愁傷様デスの方がいいか?」


「どっちを取っても構わないぞ。お前を殴らせてくれるならな」


「真顔で拳握るなよ!? こえーから!!」


 将人の軽口を凄んで黙らせる。


「どちらを取るにせよ、一番最初にヒートアップした将人には言う権利ないと思うけどね」


「とおるの言うとおりだな。お前、あの時1人で盛り上がってたからな」


「とおるも修平も酷い!?」


 2人の容赦無い言葉責めに、将人が呻き声を上げた。そのいつも通りの平和な光景を見て、幾分か落ち着いた。


「はぁ……。で? 結局お前らは3人で組むのか?」


「朝からやたらと重いため息だな。ま、そうだよ」


「ごめんね、聖夜。何か仲間外れのような感じになってしまって」


「つーか、お前はお嬢様2人と組むもんだと思ってたんだよこの野郎!!」


「うるせぇ、近ぇよ馬鹿野郎!!」


 とおるの申し訳なさそうな声色とは正反対の怒声で掴み掛ってくる将人を押しのける。


「結局、あの2人とは組まないのかい?」


「あん? まーな、無理だろ」


 とおるからの質問に即答する。

 しかし、俺の返答を聞いて、修平が目を細めた。


「聖夜、それじゃ答えになってないぜ」


「あ?」


「とおるが聞いたのは、『組まないのか』だ。『組めないのか』じゃない。知りたいのはお前の気持ちってことさ」


 その問いには、即答できなかった。







 魔法選抜試験4週間まえから3週間前までにわたって行われる、グループ登録期間。


 本来、試験を行う上でグループを組む必要があるならば、教師陣が各々の特性を把握したうえで勝手にグループを結成させてしまう方が好ましい。なぜなら、その方が生徒間の私情を挟むことなく割り振れる為、各グループの力加減にも優劣がつきにくいからだ。バランスを考慮する必要が無いと考えるのなら、適当に割り振ってしまえばいい。

 生徒に任せる必要などない。それもわざわざ1週間の登録期間を設けて、だ。


 ただ、それにはちゃんとした理由がある。


 魔法選抜試験は2年の2学期より、各学期ごとに毎度行われる。そして、当然ながらグループ登録期間も毎度組み込まれる。が、その度にグループを解散し、新しい人間と組み直さなければならないわけではない。

 相性が良いメンバーに巡り合った生徒は、その時点で学園でのグループを確定する。グループ登録期間は毎学期迎えるわけだが、その度に同じメンバーと組むのだ。そして、これは学園卒業後にこそ、最も効力を発揮することになる。

 と、言うのは、身分差・実力差の激しい魔法世界では、人との繋がりというカテゴリーも重要視される。それはいわゆるコネとも言えるもの。強い魔法使いと仲の良い人間も、またそのパイプから貴重な人材と認識される可能性も多々あると言うわけだ。

 ……その逆の効力が、“出来損ないの魔法使い”たる俺の問題となっているわけだが。


 とにかく。

 だからこそ、舞や可憐と組む人間は特に周りから注目を集めている。単に容姿端麗で注目の的というわけではない(もちろん、男子生徒の大半はそれが含まれているのも事実)。そこで注目を集めていた舞と可憐が、まさかの“出来損ないの魔法使い”に『アピール』を掛けたものだからもう大変。学園中がお騒ぎになるのも分からないわけではない。


 かといって、それが俺を黙らせる理由にはならない。


「はっきり言うと、君よりも相応しい人間は沢山いるんだよ」


 登校中。

 将人やとおる、修平まで一緒にいるにも拘わらず、目の前に立ちはだかった5人の男子生徒の1人がそう切り出してきた。


「はぁ」


 思わず気の抜けた返事が漏れる。だって、第一声があれだぞ。他に何て返せばいいんだ。

 将人に至っては、あまりにも唐突な発言に口は半開き、目は点にしている。


「なんだよ、その返事は。こっちはお前の為にも言ってるんだぞ」


 声に少し苛立った色が混ざる。


「そうだ、お前じゃ姫百合さんは釣り合わない」


「姫百合さんはもっと別の人と組むべきだ」


「姫百合さんの為にも、君の為にも。直ぐに辞退して欲しい」


 こちらが黙っているのを良い事に、後ろに控えていた3人からも好き放題言われた。残る1人は、腕を組んで遠目からこちらの様子を窺っているだけだ。それはそれで気持ち悪いものがあるが。


 ……あれ? そういえば、舞の名前出てないな。あいつもお嬢様なのに。


「はぁ」


 ひとまず、そう返す。


「『はぁ』じゃなくて、お前は――」


「じゃあ、あんたなら可憐に釣り合ってるってことか?」


「――っ」


 おざなりな対応ではいつまで経っても終わらないと判断し、向こうの話をぶった切ってそう聞いてみる。が、向こうは急に言葉に詰まり押し黙ってしまった。


「……え? あんたが可憐と組みたいから言ってきてるんじゃないのか?」


「い、いや……。だから、そういうことは言ってない。ようはお前が辞退するかしないかの話だ」


 イラッとした。特に今俺が悩んでいた内容が絡んでいるだけに、余計に。


「違うだろ。お前に組むつもりが無いのなら言われる筋合いはないな」


「なっ!? 何を言ってるんだ!! 君は自分がどんな存在なのか分かってるのか!!」


「どんな存在なんだ? 転校生か?」


 俺の茶化したセリフが、目の前の男子生徒を激昂させた。


「ふざけるなよ、“出来そ――”」


「やめるんだ!! 将人っ!!」


 とおるの普段では考えられないような叫び声に、思わず横を向く。そこには修平に羽交い絞めにされた将人が血走った目で唸っていた。


「てめぇ、今何言おうとしやがった!!」


「落ち着け、将人!!」


「そ、そうだよ、ここはまずい。皆から注目集めちゃうよ!!」


 今にも殴りかかりそうな将人を、修平ととおるが宥める。数秒遅れて、俺の為に怒ってくれているのだと理解した。


「じ、事実だろ。だって、そいつは――」


「それだけで、人の価値が決まるとでも思ってんのかよ!!!!」 


 相手の言葉を遮るようにして将人は叫んだ。 

 将人にとっては、何気の無い一言だったのかもしれない。いや、実際はそうだったのだろう。けれど、俺にとってはそうではなかった。


 将人を宥めに掛かろうとした手が、思わず止まる。

 心臓が止まりそうになる程の衝撃を受けた。


 多分、俺が何を感じたのか悟られた。

 それを見ていた修平がにやりと笑ったからだ。


「いい加減に落ち着け、将人。お前はこれ以上口を開かない方が良い。後で思い返すと、恥ずかし過ぎて地球の裏側まで穴掘り返して猛省したくなるだろうからな」


「……なら、手ぇ離せよ。後は拳で語る」


 修平の言葉に、将人は唸るようにして答えた。


「ああいう奴らの発言に、いちいち反応するな。格好いいこと抜かしてあのバカ4人殴ってどうするんだよ……」


「バ、バカとは何だ!?」


 抑えに掛かっていた修平から予想外の暴言を吐かれ、固まっていた男子生徒が再び激昂する。


「ははっ」


 将人を校舎の方へと押しながら、修平はらしくもない嘲りの混じった笑いを漏らしながら言った。


「自分の気持ちすら伝えられない臆病者に、どう対応しろって言うんだ?」


 修平の冷徹な一言に、4人は固まったかのように押し黙る。その光景を見て、将人から鼻で嗤う音が聞こえた。


「行こうぜ。もう始業時間だ」


 俺やとおる、将人へ目を向けながら修平が言う。


「うん」


「ちっ、しゃーねぇなぁ。聖夜、ほら行こうぜ」


「……あ、ああ」


 話は済んだとばかりに歩き出す3人。立ちふさがっていた4人の男子生徒は、無言で道を譲った。


「修平」


 その4人に一瞥もくれず立ち去ろうとしていたところ、これまで一度も口を開かなかった最後の1人、5人目の男子生徒が初めて口を開いた。


「……何だ?」


 修平が振り返る。それに倣い、将人ととおるも足を止めて振り返った。


「お前は、“そっち側”につくのか?」


 修平が、一瞬悲しそうな顔をした。

 そっち側。

 説明は受けていないが、話の流れで分かる。おそらく、“出来損ないの魔法使い”たる俺の方へ味方するのか、という意味だろう。


「お前とは、昔のままでいたかったよ」


 修平は、少しだけ悲しそうな色合いを混ぜてそう答えた。


「そのセリフは聞き飽きたな」


 男子生徒はそんな感情など知ったことかと言わんばかりに切り捨てる。


「……そうか」


 修平は、それ以上を語らずに踵を返す。振り返らずに歩き出した。将人ととおるもそれに続く。


「……これで、終わったとは思わない方が良い」


 その3人を追うように歩き出した俺へ。俺だけに聞こえるように、その男子生徒がポツリと呟いた。


「ご忠告どうも」


 振り返りはせず、それだけ告げてその場を去った。







「なあ」


 下駄箱で靴を履き替え、教室へと向かう道すがら3人へと声を掛ける。皆が振り返ったところで再度口を開いた。


「庇ってもらっておいて言うのもあれなんだが……。あまり、大っぴらに俺を擁護するようなことは止めておいた方が良いんじゃないか?」


 あれから一切の会話が無くなってしまったために聞くに聞けなかったが、少なくとも最後に言葉を交わした男子生徒と修平は、知り合いであったように感じられた。俺を擁護してくれるのは嬉しいが、だからと言って自らの友人との軋轢(あつれき)は生んで欲しくはない。


「……何を言い出すかと思えば」


 修平がため息交じりにそう呟く。しかし、修平が言葉を紡ぐよりも先に、将人が割り込んだ。


「周りからの視線を気にするようなタマに見えるのかよ、この俺が」


「いや、お前は見えない」


「だろ? って、お前“は”って何!?」


 つい漏れ出た軽口に、将人が全力で抗議の声を上げる。とおるは笑いながら将人の言葉を引き継いだ。


「まあ、実際のところそんなに気にすることないよ。少なくとも僕たちに対してはね。多分になるけど、クラスメイトの皆も同じこと言うんじゃないかなぁ。僕たちは他のクラスよりも君の事情は知っているつもりだし、君の人となりも多少は理解できているつもりだしね。君が改善を試みている特異体質に対して、何か言ってくることは無いと思うよ」


 確かにそうかもしれない。なにせ転入初日は同情や協力するといった意思表示ばかりで驚いたくらいだ。そう考えていたことを察したのか、修平は口の端を吊り上げてこう言った。


「俺らのことは気にするな。まあ、お前さんが心配することは別にあるってことだよ」


「……何の話だ?」


 その言葉に首を捻る。


「おいおい。お前、グループはどうするつもりだ? お嬢さん方とは組まないんだろ?」


「ああ、そのことか」


 話してもいいものか一瞬悩んだが、別にいいやと直ぐに結論付けた。


「実は生徒会に頼もうかと思ってる」


「生徒会に?」


 将人が訝しげな声を上げる。


「ああ、なるほど。『余り狙い』ってわけね」


「何だ、そういう言い方をするのか?」


 とおるから出た知らない単語に、思わず口出しする。


「うん。生徒会の面々は試験結果は関係ないからね。だから彼らがグループ試験に参加するのは人数合わせ以外にない。けど、だからこそそれが人気となる。なにせ彼らは余った生徒をサポートする為だけに試験を受けるからね。そして、生徒会の面々は凄腕の魔法使いときた。意外と人気あるんだよ、『余り』っていうのはね」


「げ。そうなのか?」


 新情報に思わず愕然とする。自動的に『余り』に入れるわけじゃないのかよ。


「もし、本気で『余り狙い』でいくつもりなら、早いところ話をつけといた方が良いんじゃないか? ただでさえ悪目立ちしかかってるのに、更なる混乱を招くぞ」


 修平からの助言に、思わず苦笑する。


「そうなんだけどな……。実は昨日、白石先生経由で生徒会にアポとって貰って、放課後会う予定だったんだ」


「手が早ぇな!! で、結果は?」


「落ち着きなよ、将人。聖夜の話聞いたでしょ。会う『予定だった』んだよ」


「まあ、そういうことだ」


 俺より先に将人を止めたとおるに視線を合わせながら続ける。


「昨日、3年の方で何やらハプニングがあったらしくてな。まだ話せてないんだ。今日の放課後、もう一度会いに行って来る」


「……3年?」


 将人が首を捻る。反対にとおるは納得したいう顔で、


「ああ、そういえば凄かったらしいよ、昨日の別棟は。聞いた話じゃ青藍の1番手(ファースト)2ば――(セカ)


 そこまで口にして、固まった。同時に将人から「ひっ」という声が上がる。修平はいつものイケメン顔に若干の同情の色が混ざっていた。


「どうし――」


 どうした、という言葉を口にするよりも先に、背後からの禍々しいオーラを感じ取った。

 正直、嫌な予感しかしない。


「『まだ話せてない』んだぁ~。イイコト聞いたわ」


 声が聞こえた。振り向かずとも、背後にいる人物とこれから俺が迎えるであろう未来を容易に想像できる声色だった。


「なら、今日の放課後を迎える前に私とじっくりお話しましょうかねぇ」


 赤毛の悪魔は、そう言った。

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[気になる点] なんていうか一章で友達なるならないの話があっての 二章目で結局主人公は舞と可憐を友人としてではなくただのお嬢様としかみてないのが残念でならない。 二人の家柄は相当に高い筈なんだけど、主…
[一言] 唯我独尊……傍若無人…… いや、ないか
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