表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
テレポーター  作者: SoLa
第8章 エンブレム争奪戦編
258/432

第15話 予想外の来訪者




 それは、あの片桐空回り事件から数日が経過し、選抜試験まで1週間を切ったとある日のことだった。


 授業終了のチャイムが鳴り、昼休みに突入した瞬間。

 ポケットにしまっていた携帯電話が震えた。


 ……。


 教師が荷物を纏め、ゆっくりとした動作で教室を後にする。

 その間も携帯電話はずっと震え続けていた。


 メールではない。

 着信か。


「聖夜君、どうかしたの?」


 美月が寄ってくる。


「いや、何でもない。ちょっと電話だ。先に飯行っててくれ」


 美月からやや遅れてやってきたエマにも断りを入れて席を立つ。自然な仕草で携帯の画面を確認しつつ、ベランダに繋がる扉を開けた。


 発信者は、シスター・メリッサ。


 珍しいこともあったものだ。あの人から連絡を寄越すなんて。昼休みを迎えたとはいえ、まだ学園は終わっていない。向こうも当然それは分かっているはずだ。にも拘らず、このタイミングで連絡をしてくるということは……。


『聖夜、ごめん。私の広げていた情報網に引っかからなかった』


 通話ボタンを押した第一声はそれだった。


「……何の話ですか」


 いつもの気の抜けるような声ではない。至って神妙な声色。それが余計にこちらの不安を煽る。しかし、シスターは俺の問いには答えずに用件を告げた。


『今すぐ、生徒会館へ来れるかな』


「生徒会館へ? 今からですか」


 ここから生徒会館までどれだけの距離があると思っている。単純な距離だけではない。舗装されていないほぼ山道を登るんだぞ。往復だけでも昼休みの大半は潰れるだろう。


 しかし。


『そう今から。できる限り早く』


 シスターはそう言った。


 ……。

 できる限り早く。


 つまり、それは。


「……分かりました」


 通話を切る。


 流石に無系統魔法を使用する気はないが、身体強化魔法で加速くらいはしろということだろう。一応はこの学園に在籍するシスターだ。許可のない魔法発現は禁止であることも知っているはず。


 にも拘らず、この物言い。

 そして冒頭の謝罪。


 ……厄介事か。







 生徒会館の前に、シスターは1人で立っていた。


「ごめん」


 俺の姿を見つけるなり、シスターが頭を下げる。ふざけた様子など欠片も無い。普段の、俺が知っているいつものシスターではない。


「どうしたんですか、いったい」


 呼び出した場所が生徒会館であるというのもおかしい。なぜ教会を指定しなかったのか。人目のつかない場所に呼びたいのなら、教会にあるシスターのプライベートルームの方が良かったはずだ。


 シスターの表情に笑みは無い。余裕の一切も感じられない。

 シスターは言う。


「聖夜、貴方にお客さんが来てる」


「客?」


 シスターの視線につられるようにして、生徒会館の扉へと目を向ける。つまりは中にいるらしい。


 シスターは生徒会館へ自由に出入りできるような人間だったのか。まずはそこに驚くべきなのだろうが、これまでの付き合いからあまり驚きはなかった。というより、それで過去の記憶が引き上げられる。


 そういえば以前、縁先輩とシスターで口論していたことがあったな。あの時の縁先輩の声色を思い出し、一瞬ではあるが背筋がぞわりとした。


 そんな俺の様子を知ってか知らずか、シスターは何事も無かったかのように話を続ける。


「そう、お客さん。それもとびきり不味いタイプだ。正直なところ、同席できるのなら私もしたかった」


「どういうことです? いったい誰が?」


「隣国、中国最強の魔法使いと言ったら誰を思い浮かべる。公式に認められている奴じゃない。『裏』も含めて、だ」


 は?

 いきなり何を言い出すんだ、このシスターは。

 その条件に当てはまる魔法使いと言えば……。


 ……え?


「貴方が今、頭に思い浮かべたであろう人物。それが中で待ってる」


 ……。


 普段の調子で言われていたら、「今日は4月1日じゃないんですけど」と答えていただろう。しかし、馬鹿げた言葉を口にしたシスターは、至って真面目な表情だ。


 中国最強の魔法使い。

 それも『裏』の。

 ならば、思い当たる節は1つしかない。


 中国魔法協議会において、唯一ClassMを与えられている男。

 その試験内容を国外に公開しなかったことで、一時期世界を賑わせた男。


「くっそ。なんで私の広げた網に引っ掛からなかったのか。入国したという情報すら入ってきていない。恐らくはこの国の政府も知らないでしょうね。あー、もう!」


 シスターが頭を掻き毟る。


「……向こうの言い分を信じるなら、あくまで話し合いの場ということらしい。1対1を強く希望されたので、私は同席できない」


 そこまで言うと、シスターは顔を寄せて小声で続ける。


「1つだけ忠告。中でどんな展開になろうが、絶対に無系統魔法だけは使っちゃだめ」


 ……それは話し合いに関する忠告なんだよな?







 重苦しい音を立てながら、生徒会館の扉を開く。

 シスターは入ってこない。扉を潜り、後ろ手に閉めた。


 文化祭の一件で半壊していた広間は、姫百合家の尽力によってすっかりと修繕されていた。様々な絵画や甲冑で飾り立てる広間には、玄関口から正面の位置に、2つの階段が曲線を描き伸びている。曲線を描く2つの階段の行きつく先は一緒。左右から伸びる階段は、緩やかな弧を描きながら同じ場所に到達する。


 待ち人は真正面、1階の広間の奥で座禅を組んでいた。


 反響していた扉の音が消える。

 そのタイミングで、男は俯き気味だった顔を上げた。


 黒の短髪。

 丸ぶちのサングラス。

 歳は30くらいだろうか。


 公式のプロフィールは憶えていないし、あてにもできないだろう。国外に試験内容を公開していない以上、本当にClassMに足る魔法使いかどうかも怪しまれているような存在だ。


 そもそもClassMとは、属性同調や属性共調などが該当されるRankSよりもさらに上に位置するRankMの魔法を、1種類でも発現可能であることを証明する必要がある。RankMと言えば、属性奥義とも呼ばれる各属性における最強魔法だ。


 世界でも発現できる人間は5人に満たない。日本では五大名家『五光(ごこう)』の一角である花園(はなぞの)(ごう)だけだ。もちろん、国の戦力を秘匿するという意味合いでもう少し数はいるかもしれないが、RankMとはそれだけ敷居が高い魔法なのである。


 僅かな音すら立てることなく、男はゆっくりと立ち上がった。


 一切の無駄の無い動き。

 ただ立ち上がっただけなのに、思わず見とれてしまうほどの身のこなしだった。


 汚れひとつ無い、純白の民族衣装。カンフー映画とかで見かけるあれだ。なんか(リュウ)を思い出すな……。


 ゆったりとした袖口に手を通し、こちらに向けて優雅に一礼する。


「你好。中条聖夜で間違いないか?」


 最初の挨拶は中国語だったが、後半は日本語だった。


「そうですが……」


 何と返せばいいか迷う。

 シスターの言う通りの大物なら、まず間違いなく学園生としての中条聖夜に用があって来たわけではないだろう。しかし、こちらから素性を明かせるはずもない。


 しかし、そんな悩みは直ぐに不要なものだと知った。


「ならば、最初に謝罪しておこう」


「……どういうことです?」


 突然の謝罪に思わず聞き返す。

 男は両手を握りしめ、わざとらしく胸の前で触れ合わせてからこう言った。


つまりは(、、、、)こういうことだ(、、、、、、、)


「――――っ!?」


 咄嗟に顔を逸らす。

 すぐ傍を男の拳が突き抜けていた。


 こちらが制止を掛ける暇もなく、男の足払いが決まる。

 体勢が崩れた俺の腹へと肘うちが迫った。 


「このっ!!」


 左手を床に着き、右足の裏で肘を受け止める。振り抜かれた男の蹴りを右手で掴んだ。無詠唱で身体強化魔法を発現し、無理な姿勢のまま男を引き寄せる。


 距離を取らずにこのタイミングでの反撃を予想していなかったのか、男の反応がほんの僅かに鈍った。男の脇腹へ左脚を叩き込もうとしたが、強引に俺の右手を振り払った男が逆に回し蹴りを放ってくる。それを転がることで辛うじて回避した。背にしていた扉から距離を空ける。


 しかし、男の追撃からは逃れられなかった。跳躍した男の蹴りが俺へと迫る。

 右、左、右、左、右。

 一回の跳躍で計5回にも及ぶ蹴りを、後退しながらも男の蹴りと逆の腕で弾いていく。


 男の着地に合わせるようにして足払いを掛けようとしたが、見事にタイミングをずらされた。というより、男は両足で着地はせずに片足で、それもつま先のみの軽いタッチで再び宙へと舞い上がる。


 今度は拳だ。

 それも長い長い前転宙返りの最中で。

 右、右、左、右、左、右、左、左、右。

 それを左右逆の手のひらで、丁寧に捌いていく。男が俺の頭上を過ぎたタイミングで俺も身体を反転させ、相手に背後を取られないようにする。


 しかし、その余計な動作のせいで今度は足払いを仕掛けるタイミングを失った。綺麗に着地を決めた男が追撃の拳を放ってくる。それをいなす。2発、3発、4発。


 早い。

 この男、凄い。


 時折混ぜてくる足技を、時に腕で、時に膝で、そして時には足裏で受け止める。拳のラッシュは止まらない。受け流すことで精一杯だ。こちらから攻勢に出ることができない。


 洗練された動き。

 随所に用いられる身体強化魔法の運用は見事の一言に尽きる。

 これまでの荒事をほぼ近接戦闘のみで潜り抜けてきた俺の思考が、1つの結論を導き出す。


 この土俵では、この男に、どうあがいても勝てない。

 そう思わされた。


 後退は続く。

 それは俺とこの男の力量差を明確に表していた。


 緩やかな弧を描く階段を、男の追撃を受け止めながら後ろ向きに上っていく。当然、男の追撃は段差程度の障害で緩むことは無い。上がる、上がる。階段を上がっていく。


「ぐっ」


 肩口に一発貰った。

 鈍い痛みが走り抜けるが、まだやれる。


 掌底を跳ね上げる。身体を僅かに右に逸らすことで肘うちを躱す。身体を反転させて膝蹴りを回避する。脇腹を擦った。段差を上る。反転させていた身体を再び正面に戻す。その間にも放たれる拳を腕と足を使って捌いていく。膝に1発貰った。


 まだ、やれる。

 段差を上る。


 拳を避ける、受け流す、跳ね上げる、受け止める。放たれる蹴りから距離を空けるために、受け止めていた拳を押しやった。蹴りは目と鼻の先を突き抜ける。段差を上る。


 次いで放たれる回し蹴りを払う。男の掌底を両手で受け止めた。身体強化に割いている魔力を腕に集中させて、男の身体をその腕1本で強引に持ち上げようとする。男は逆らわなかった。


 が、身体を捻り、回転の力を加えてその脚が俺の頬を打つ。ふらつく足が段差に引っかかる。段差を上る。


「ぐっ!?」


 今度は着地する前に男を狙った。膝蹴りを放つが、回転する男は俺の膝を抱き込むようにして引き寄せる。男の身体で死角となっていた位置から腕が振り上がった。肩口に1発。段差を上る。2発目を横に払う。


 男が手だけで着地した。そこを狙おうとする俺をけん制するように、脚が振り上がった。紙一重のタイミングで俺が後方に跳躍する。男の履く靴の先端が顎を擦った。バック転で体勢を整える。その動作で3段分の間が空く。一瞬で1段に戻される。胸と腹に1発ずつ貰う。


 少しずつ男の拳速が上がってきた。くそ、完全に弄ばれてるな。


 身体強化魔法を交えた近接戦闘。

 にも拘わらず、現段階で生徒会館の広間への損傷はゼロ。

 余計な破壊は生まない。効率的な近接戦闘術。


 払う、払う、払う、受け止める。

 流す、捌く、防ぐ、取り逃がす。


「ぐ、くそっ!!」


 肩、腕、膝と、順に衝撃が走る。

 捌き切れなくなってきた。

 元から後退させられている時点で押されているのは分かっていたが……、ここまで技量に差があるのか。


 このままじゃジリ貧だぞ。


 拳を受け止め、脚を払う。連撃の合間にできた一瞬の隙を突いて、階段の手すりから自らを宙へと放り出した。


「げっ」


 少しでも距離を空けようという苦肉の策だったが、躊躇いなく男もそれに続く。


 時間だけで見れば、ほんの数瞬の出来事だろう。

 回し蹴りを受け止め、拳を受け流し、肘うちを受け、膝蹴りを払う。


 舌打ち1つ。

 繰り出される拳のラッシュを足も交えて捌きつつ、俺は胸ポケットからアレを引き抜いた。


「む」


 取り出された物に男が僅かに眉を上げる。回し蹴りを顔に向かって放ったが、案の定腕を使って防御された。しかし、それで視界は遮られる。


 その一瞬が勝負。


 手にしていたエンブレムを上に向かって放る。それはシャンデリアにぐるぐると巻き付き、鎖を握る俺の身体は落下を止めた。


 落下する男と、振り子のような運動で横に流れる俺。


 膝で顎を打ち抜いてやろうとしたが、それは腕を交差させることで防がれた。男は広間の1階に両足で着地する。俺は反動を利用して、そのまま先ほどとは反対側の階段の手すりへと着地した。


 吊るされたシャンデリアが左右に揺れることで、シャンデリア自身が軋む音と絡まった俺のエンブレムが擦れ合うことで金属音が広間に反響する。


 お互い、相手から視線は外さない。


 地の利で言うならば、上にいる俺の方が有利なのだろうが、だからどうしたというレベルで実力が開いている。この男はまだ本気ではないだろう。無論、俺にだって隠し玉はいくつもあるが、それは相手も同じこと。


 かといって、“神の書き換え作業術(リライト)”を披露するのもリスクがでかい。この男は立場上、ほぼ間違いなく国と繋がっている。披露するならここで殺さなければならない。殺せるかどうかは別として、そもそもこの男の立場すら不明確なのだ。シスター・メリッサの忠告は、つまりそういうことなのだろう。


 どうする。

 次の一手は――――。


 そこまで考えを巡らせた時だった。


「……なんの真似でしょうか」


 広間に立つ男は、俺を見上げながら右手を向けてきた。それが意味するところは、制止。


「突然の非礼を、改めて謝罪したい」


 男はそう言って構えを解き、こちらに向かって一礼してきた。口にした内容は本心なのだろう。男から発せられていた刺すような空気は霧散している。


 こちらも構えを解いて、手すりから階段へと下りた。


「……質問の答えを頂けていませんが」


 男へそう声を掛けながら階段を下りる。


「貴方が中条聖夜であることを確認したかった。敵が多い身でね。紹介されたところで、それが本人かは俺が見定める」


 左様ですか。

 勘弁してくれ。

 汗を拭いながらそんなことを思った。


 くっそ、この男は汗ひとつかいてねぇのかよ。


「で、俺が中条聖夜だと信じて頂けたので?」


「確認した。体捌きからT・メイカーのものであると一致。その歳でよく動けている。今後も精進すると良いだろう」


 ……。


「権力者の近くにいる以上、情報漏えいは避けられないと自覚しておくことだ。この国の秋口に発生した誘拐騒動と、実行犯を収容する魔法警察のもとへ訪れた『五光』の使者。祭りのタイミングを狙った蟒蛇雀の密入国と学園襲撃、アギルメスタ杯とその間欠席していたこれまでの事件で常に中軸にいたとある男子生徒、そして……、日本魔法開発特別実験棟での大量虐殺事件で渦中にいた存在」


 男は軽い口調でつらつらと口にする。


「最初に断っておく。現時点で、俺は、そして中国は『黄金色の旋律』と敵対する意思は無い。むしろ協力関係を願い出たい立場であると知って欲しい」


 ここは青藍魔法学園。日本において魔法教育の中軸を担う一校だ。当然、国が総力を挙げて援助している場所。シスターは言った。この国の政府ですら、この男が入国したことは知らないだろう、と。戦争の引き金と捉えられても仕方が無い状況だ。


 この男をこの場に寄越した時点で、ほぼ100%と言い切れるだけの確証があるのだろう。そうでなければ、こんな危ない橋を渡るような真似はしないはずだ。しかし、いったいどうやって。あのアメリカ合衆国の誇る魔法戦闘部隊『断罪者(エクスキューショナー)』ですら、俺とT・メイカーを結びつけてはいないはずだ。いや、アメリカだからこそか? 師匠が活動拠点にしているのはアメリカだ。何らかの根回しをしているのか、それとも逆鱗に触れぬよう自発的に詮索を控えているのか。


 どちらにせよ、ここで言質を取られるような行為は避けたい。


「……で、どのような用件でしょうか。私には、貴方が言っている内容が良く理解できないのですが」


 男は俺の反応に軽く笑ってから、1枚の紙を取り出してこちらへ見せてきた。

 それは写真だった。

 そして。




 そこに映っている男を、俺は知っていた。




「龍、と名乗っているそうだ。表向きは」


 鮮やかな青の中華系民族衣装に身を包み、流れるような黒の長髪を後ろで編んで垂らした青年。あのアギルメスタ杯で契約詠唱を巧みに操り、俺とエマを苦しめたあの男の姿が映っていた。


「……アギルメスタ杯の出場者ですね。表向きというのは?」


「裏の呼び名がある。とある組織内でしか使われていないそうだが……、『祇園精舎(ギオンショウジャ)』と言うそうだ」


 心臓が跳ねた。


 知っている。

 俺はその呼び名を知っていた。

 犯罪結社『ユグドラシル』における4人しかいない最高幹部の一角。

 苦い記憶が次々とフラッシュバックする。


 俺の反応を窺っていたのか、少しだけ間を空けてから男は続ける。


「この男を探している。我が国における最大の汚点。早急に始末したいのだ」


 始末。

 その意味することは、俺もよく理解できる。


 しかし、本当に龍が?

 俺といるときは微塵もそんな素振りを見せなかったんだが。


「どんな情報でもいい。何か知っていることはないだろうか」


「……この質問のためだけに、わざわざこんな危ない真似を?」


「もちろん、貴方に顔を売っておきたいという打算もあった。“旋律(メロディア)”と懇意にしておきたいという者は多いと思うが」


 ……。

 

 俺としても『ユグドラシル』と敵対している魔法使いとは繋がりを持っておきたいところだ。それが強い魔法使いであるのならば、なおさら。


 どこまで話すべきか。


「俺は貴方の期待するような立場の人間ではありませんが……、確かにこの男とは会ったことがあります」


 続けて、と男が促す。


 おそらく、男は分かっている。この男がここに来て、そして実力を認められてしまった時点でこんな嘘に意味は無い。ただ、お互いの立場からそれを黙認しているだけだ。


 記憶を辿る。

 龍とのファーストコンタクトを。


「この男から質問された記憶があります。……クルリアの場所を尋ねられました」


「クルリアか……、魔法世界にある10の都市のうちの1つ。交易都市クルリア」


 俺に見せた思案顔は一瞬だった。


「情報提供に感謝する」


 一礼の後、男は写真を懐にしまった。別の紙を取り出し、手渡してくる。


「5回電話を掛けろ。1回目と3回目は1コール、2回目は3コール、4回目は2コールで切れ。5回目で出る」


 受け取った紙に書かれていたのは電話番号だった。


「国益に反しない範囲において、一度だけ貴方の力になろう」


 再度一礼し、男は背を向けた。

 その背中に向かって声を掛ける。


「ひとつだけ聞かせてくれ」


 扉へと向かっていた男の足が止まる。


「なぜ、力を貸す。俺は自分の立場を明言したわけじゃないぞ。さっきの話だって、嘘を吐いている可能性だってあるだろう。なぜ信じる」


「なぜ、か。その質問が出るということは、まだ会ったわけではないのだな」


「魔法世界に行っていたのだから、てっきり接触したのかと」と呟く男に続けて問う。


「誰にだ」


脚本家(ブックメイカー)


 男は背を向けたまま、そう言った。


「……誰だ、それは。なぜそれが分かる」


 脚本家(ブックメイカー)

 聞いたことのない名だ。名称からして本名ではないな、能力を表しているのか?

 俺の反応とそれがどう結びつくのかも不明だ。


「この世界の理を知らないからだ。俺の口からそれ以上を説明することは出来ない。実際に会ってみるのがいいだろう。もっとも……、奴らはそれを最も嫌うだろうが」


「……奴ら?」


「『ユグドラシル』だ」


 ……。


泰然(タイラン)と言う」


 男は扉を開けながら言った。


「また会おう」


 扉が閉まる。

 残されたのは、俺と反響音。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ