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テレポーター  作者: SoLa
第8章 エンブレム争奪戦編
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第11話 エンブレム争奪戦 ③




 旧館3階にある、旧3年B組の教室内。

 そこでもひっそりと争奪戦の幕は上がっていた。


 相対するは、かつては『不動の三席』と称された男にして、つい先日に『4番手(フォース)』の座から降りた男、豪徳寺大和。そして、海外からの転校生にしていきなり2年における最上位『クラス=A(クラスエー)』に籍を置いた番外のエマ・ホワイト。


「……最初の相手は誰かと思えば、お前か」


 大和の呟きに、教室の扉から顔を覗かせたエマは答えない。


 スタート地点を旧3年B組の教室内に指定されていた大和が、3階の廊下が指定場所となっていたエマを迎え入れる構図だった。


「一応、言っておくか。俺自身の選抜試験は既に終わってんだ。出会った奴ら全員敵に回して点数を稼ぐ必要もねぇ。お前も生徒会に身を置いてんなら無駄な戦闘は必要ねぇんだろ? 回れ右して出て行くなら見逃してやる」


 大和はそう言いながら顎で退出を促したが、その扉をエマは後ろ手に閉める。その光景に、大和の顔へ笑みが浮かんだ。


「なるほど。やる気満々ってか? 大人しそうな顔して――」


「貴方」


 窓枠に浅く腰かけた大和の言葉を遮り、エマが初めて口を開く。


「試験開始前に言ってたわよね。『俺の目的は聖夜ただ1人』って」


「あ?」


 予想外の質問に呆気に取られた大和だったが、思考の海を辿り、そして頷いた。


「あぁ、確かに言っ――」


 言ったな、と。

 言い切る前にエマの正拳突きが大和の髪を掠めた。


 大和の背にしていた窓が、派手な音を立てて砕け散る。


「……当てる気が無いって気付いていたの? それとも、私の拳程度では貴方の防御壁は崩れないって思っていた?」


 黒のおさげを揺らしながら、エマは問う。


 大和が起こした行動は、僅かに顔を逸らしただけだった。窓枠に浅く腰かけた体勢はそのままで、両手は未だズボンのポケットの中。破損した窓ガラスの破片が、パラパラと外へ落ちていく。大和は突き込まれたままとなっているエマの腕を一瞥し、その視線を至近距離で自らを見上げているエマへと戻した。


 その顔に、獰猛な笑みを浮かべて。


「どっちだと思う?」


 それが開戦の合図だった。


 拳を戻したエマの回し蹴りを、大和の腕が受け止める。鈍い音が鳴った。共に無詠唱で身体強化魔法を発現している。エマは脚に、大和は腕に。


 もう片方の腕で、受け止めたエマの左脚を大和が掴んだ。放り投げてやろうと力を込めるが、それよりも早くエマの右脚が大和の顎を打ち抜いた。


 エマが着用しているのは生徒会御用達、魔法回路仕込みの制服である。

 つまり。


「えっち」


「てめぇが勝手に股開いたんだろうが!!」


 振り上げた脚のせいでスカートの内部が全開。


 そんな相手が発する棒読みの台詞に嚙みつきながら、大和が腕を振るった。それを空中で両腕を使ってガードしたエマが弾け飛ぶ。だが、器用に身体を捻ることで威力を殺し、黒板へと片足で着地した。重力に従って床に足を着く。


「魔力伝達、発現速度、発現量、濃度、おまけに身のこなしも悪くねぇ。お前、以前はどこに通ってた?」


「ごめんなさいね。興味の無い男に与える情報は無いの」


「言ってくれんじゃねーかよ」


 次に距離を詰めたのは大和だった。大振りで放たれた拳をエマが躱す。


「女相手に拳を放ってくるなんて」


「性別で加減して欲しそうな顔してねーだろお前」


「分かる?」


 ペロッと舌を出したエマに、大和が更に殴り掛かった。エマも蹴りを入れようとしたが、それは大和の手のひらで受け止められる。その足を軸に、捻ったエマの身体から回し蹴りが繰り出された。大和は舌打ちと共に掴んでいた足から手を放し、身体を後ろへ逸らすことでそれを回避する。


 右と左。

 片足で交互に着地と跳躍を繰り返し、くるくると独楽のように回りながら蹴りを放ってくるエマに、大和は徐々に後退させられながらも、的確にその手で蹴りを払っていく。


 頃合いを見計らって、大和が着地した瞬間を狙い足払いを仕掛けた。見事に決められたエマの身体が傾く。そこへ放たれた拳を両手で受け止めたエマが、蹴りを大和の頬へと叩き込んだ。


「ぐおっ!? マジで良い動きすんのな、お前」


 身体強化魔法を用いた蹴りだったにも拘わらず、大和にダメージを負った気配は無い。振るわれた腕を躱し、エマが一度距離を空けた。


「貴方もね。この学園のレベルを見誤っていたかもしれないわ」


 そう言いながら妖艶な笑みを浮かべる。

 そして、こう続けた。


「もっとも、誤差の範囲だけどね」


「ははっ、そりゃいいや」


 次に距離を詰めたのはエマ。


 お互いに笑みを浮かべながら、次々に拳を、肘を、膝を、蹴りを打ち込んでいく。身体強化魔法を用いた高速戦闘は、明らかに一般の高校生クラスの戦いではない。それを軽々と実現させている2人は、無言で一進一退の攻防を続けていく。


 その最中だった。

 教壇の上で拳を交わしていた2人だったが、その視線が轟音を放った音源へと向けられる。


 旧3年B組の教室。

 その後方の扉をぶち破って乱入してきたのは、赤毛の少女。

 花園舞。


 RankBに該当する火属性の身体強化魔法『火の身体強化(ファイン)』を身に纏った少女が、肩で息をしながら跳ね起きる。教壇でなおも近接戦闘を続ける2人へ向けられた視線は僅か一瞬。その視線はすぐに、自らがぶち破った扉の先へと戻る。


 自らを吹き飛ばした元凶へと。


「あー、まずいところに飛ばしちゃったなぁ」


 教室の外から聞こえてくるその声は、大和とエマにとっても馴染みのあるものだった。


「聖夜か!!」


「この声はまさに王子様!!」


 姿は見えないものの、正確に当たりをつけた2人が叫ぶ。そこへ、無詠唱で発現された『火の球(ファイン)』が飛来した。それを片手で払う大和へ舞が叫ぶ。


「横取りはさせないわよ!!」


「ほざけよ!! なら止めてみやがれ!!」


 エマとのやり取りもそこそこに、大和が跳躍した。

 一歩で教壇から教室後方の出口へ辿り着こうとして――。


「行かせるものか!!『土の盾(サンディ)』!!」


 大和から数瞬遅れて教壇を蹴り、そのすぐ背後に迫っていたエマが、大和の向かう正面へとRankCの防御魔法『土の盾(サンディ)』を発現する。その数は5枚。


「こんな薄っぺらい盾が何の役に立つってんだ!!」


 足裏でその1枚を砕いた大和が、着地した直後。


「『堅牢の壁(グリルゴリグル)』!!」


「おっ!?」


 その足元にRankB『堅牢の壁(グリルゴリグル)』が発現され、足場が盛り上がった。不意を突かれた大和の脇腹に、エマの回し蹴りが叩き込まれる。


 しかし。


「硬い!? ――けどっ!!」


 ダメージは通らない。

 ただ、意味はあった。


 急激に盛り上がる足場に更なるエマの奇襲も加わり、退避できなかった大和の身体が天井へと叩きつけられる。態勢を崩した空中でその光景を見ていたエマの身体に、RankCの魔法球『火の球(ファイン)』が突き刺さった。


「ぐっ!?」


 咄嗟に魔力を纏ったものの、攻撃特化の威力全てを殺すことは出来ずに吹き飛ばされる。エマの身体が教室の側壁に叩きつけられるのと、大和の身体が『堅牢の壁(グリルゴリグル)』によって天井板を突き破るのはほぼ同時だった。


 両者ともに凄まじい音が鳴り響く。

 舞はその結末を見届けなかった。


「あああああああああああっ!!」


 跳躍。

 僅か一歩で教室の後方から教壇へと辿り着いた舞は、火属性の身体強化魔法『火の身体強化(ファイン)』につぎ込んだ魔力全てを右脚に集中。その足を黒板のすぐ傍、何の装飾もされていない壁へと叩きつけた。


 馬鹿みたいな破壊音を撒き散らし、壁に風穴が空く。噴き上がる煙の中、舞はその姿を旧3年B組の教室から晦ませた。







 いつの間にやら歓声は無くなり、辺りは沈黙を保っていた。


 仮設本部の特等席で表情を失くし、ただただ口を開いたままぽかーんとしている白石はるか。その周囲に集まっていた教師たちも、モニター観戦をしていた学園生達も皆同じような表情だった。


 その中で。

 御堂縁だけが、肩を震わせながら必死に笑いを堪えていた。


 その隣で。

 蔵屋敷鈴音は、額に手をあてて頭を振っていた。







「……逃げたか。賢い選択ね」


 倒れた身体を起こしながら、エマはそう呟いた。


 舞があのままこの教室内に留まっていたのなら、エマの標的は舞へと移っていただろう。「横取りはさせない」と言いつつも、教室の壁をぶち破り強引に撤退するという2つの行動に見られる矛盾。そこから、エマは舞の心情をほぼ正確に看破していた。


「ふふっ、ふふふふふっ」


 ゆらりと立ち上がりながら、エマは暗い笑みを浮かべる。彼女が軽く指を鳴らすと、展開されていた4枚の『土の盾(サンディ)』が音を立てて砕け散った。


 緩衝魔法の発動を知らせるアナウンスは無い。それは天井板を突き破って姿を消した大和も、まだ脱落していないということだ。


 そして、この教室の外には―――。


 前方の扉が教室内へと吹き飛んだ。それは回転しながらエマが最初に破壊した窓へと飛んで行き、既に砕けていた窓ガラスを更に破壊して、校舎外へと消えていった。


「ははっ、前回とはえらい違いだ。随分と派手にやっているな」


 扉を蹴り飛ばした張本人、中条聖夜が朗らかな声色と共に入室する。その視線は、教室の中央付近に立っているエマへ向き、そのやや後方の天井を突き破った土の壁である『堅牢の壁(グリルゴリグル)』へ向き、黒板横にある隣の教室へ貫通しているであろう穴へ向き、最終的にエマへと戻った。


 先ほどまでとは打って変わり、エマは光り輝くような満面の笑みで応える。


「豪徳寺大和は上へ、花園舞は隣の教室へ。どちらから始末なさいますか?」


「なぜその選択肢の中にお前がいない?」


 聖夜の右手がエマへと向けられた。その動作が何を意味するのか、当然エマは知っている。しかし、エマは笑みを浮かべたまま微動だにしない。僅かな焦りも見せずにこう答える。


「なぜ、とは? その質問が私には理解できません」


「そう言えば俺が打たないとでも?」


 聖夜の質問に、エマは首を横に振った。


「そんなことは思っていません」


「じゃあ、なぜ」


「打つ必要が無いからですよ」


 エマは言う。


「私の排除がお望みならば、聖夜様ご自身の手を煩わせることなどせず、私がこの場で棄権するからです」


 その回答に、聖夜の顔が顰められた瞬間だった。

 黒板横の貫通穴から、紅蓮の炎が噴き出した。


 跳躍。


 自らが吹き飛ばした前方の出口から、聖夜は転がるようにして廊下へ出た。

 瞬時に発現した身体強化魔法を用い、エマは教室と廊下を隔てる側壁をぶち破ってから廊下へ出た。


 業火は瞬く間に旧3年B組の教室を蹂躙していく。対抗魔法回路が仕込まれていようが関係無い。有無を言わさぬ炎の蹂躙だった。


 ぶち破られた側壁と、扉の無い教室前後の出口から、廊下へと炎が溢れ出す。火の手から逃れるため、更に後退したことにより、聖夜とエマは吹き荒れる炎の波によって分断された。


 ひりつくようなプレッシャーを感じ、聖夜は再び後方へと跳躍する。直後、今の今まで立っていたその場所へ、旧3年C組教室の扉が吹き飛んできた。凄まじい音を立てて廊下に嵌め込まれた窓ガラスへと着弾し、それを粉砕する。そして、それら全てを呑み込む炎の濁流が突き抜けた。


「……もう無茶苦茶だな」


 その光景を見た聖夜は、思わずぽつりとそう呟いた。教室の外へと姿を現した、炎を纏いし赤毛の少女へ不敵な笑みを向ける。


「全身強化魔法へ到達したのか。とりあえず、おめでとうと言っておこう」


 返答は無し。

 炎の弾丸の如く、舞は聖夜へと飛びかかる。


 両者の距離がゼロになるまでの、ほんの僅かな間で。


「ただ、使いこなせなければ意味は無い」


 そう言って聖夜は右手を向けた。







 エマが炎の海へと身を投じようとしたところで、天井が軋んだ音を上げた。

 瞬間。


「っ!? 『土の盾(サンディ)』」


 砕けた天井板と共に降って来たのは、豪徳寺大和。


 エマが咄嗟に展開した5枚の『土の盾(サンディ)』のうち、2枚を叩き割った大和は、エマの目と鼻の先に着地した。その頬を狙ったエマの回し蹴りをバック転で躱した大和が、その振り上げた脚でエマの顎を打つ。


「かっ!?」


 不意を突かれたその一撃で、エマの身体が僅かにふらついた。左手で鼻血を拭い、エマへと向けていた右手を振り下ろし、大和は言う。


「……潰れろ」


 直後。

 エマの身体が廊下へと叩きつけられた。







 沙耶がそこへ到達した瞬間。

 彼女の視界に映ったその光景とは。


 安楽淘汰の身体を媒介として咲き誇る、美しき氷の大輪。


「っ!?」


 咄嗟に跳躍する。

 今の今まで立っていた場所へ、氷柱が次々と着弾した。


 誰が放った魔法かなど聞くまでも無い。

 咲き誇る大輪を挟んだ向かい側に佇む、長い黒髪の魔法使い。


 姫百合可憐。


 着地した足元が滑ると思い、沙耶はちらりと視線を投げかけてみる。そこはうっすらと氷の膜が張っていた。壁や窓、天井も同じ。白みがかっている場所もある。吐く息も白い。


 先ほどまでいた2階とは打って変わり、別世界のような光景だった。


「……ようこそ、片桐沙耶さん。私の支配する空間へ」


 可憐は、その端正な顔に笑みを浮かべてそう言った。


 氷の女王。

 それは可憐の母が持つ異名だ。

 そして、その血を確実に受け継いだと断言できるほどの、貫禄と魔力の奔流がそこにはあった。


 大輪が軋んだ音を上げる。


 その音に気を取られたのがいけなかった。沙耶の足元近くから、沙耶を目がけて突如として氷柱が突き出してきたのだ。それを『風車(カザグルマ)』で切断しながら、沙耶は更に後退する。


 その光景を、可憐は笑みを浮かべながら見据えていた。


 沙耶は歯噛みしながら木刀を握る手に力を込める。心情としては、花園舞といい姫百合可憐といい、前回はどれだけ手を抜いていたんだこのやろう、といったものである。


 私の支配する空間とはよく言ったものだ、と沙耶は思った。今の一撃は術者である可憐本人からそれなりに離れた場所で形成されていた。普段の可憐の発現範囲がこれほどに広いと沙耶は考えていない。たった今自らが放った『風車(カザグルマ)』の威力が、想定より弱かったこともその予想を後押しする。


 1階廊下は、完全に可憐に掌握されていた。

 何らかの魔法。

 幻血属性である以上、正確なランク付けはできない。しかし、それがRankAに相当するものだろう、と沙耶は考える。


「貴方が至ったであろう結論、それでおそらく正解でしょう」


 遠くから無言で睨みつけてくる沙耶に向かって、可憐は言う。


「それでも続けると言うのならば――」


「お相手しましょう」と。

 可憐がそう続ける前に、変化が起こった。


 相対する2人の真ん中で形成されていた大輪が、内側から放たれた無数のかまいたちによって、炸裂したのだ。


 飛散する氷の礫は、窓を割り、側壁へ突き刺さり、廊下を砕き、下駄箱を貫通し、天井を突き破り、そして2人を襲う。可憐は無詠唱で発現した『薄氷の壁(クーリリンア)』でそれらを防いだ。沙耶は『大地(ダイチ)』でそれらを弾き飛ばした。


 けたたましい音を立てながら落下する氷塊の中。

 宙に浮く車椅子に乗った青年は、朗らかな声色でとんでもない内容を口にする。


「……ジャミングが酷い。無差別攻撃になりますから、うまく対処してくださいね」

縁「さーて、いい感じで入り乱れて来たぞぅ(わくわく)」

鈴音「ところで旧館の修繕費は何処持ちですの?」

その他「(/ω\)」


次回の更新予定日は、10月28日(金)です。

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