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テレポーター  作者: SoLa
第8章 エンブレム争奪戦編
251/432

第8話 証明



 どうやら、たった今最後のグループ試験が終了したらしい。


 特別試験のステージとなる旧館は、受験生たちの撤収作業が始まっていた。『これで試験を終了します。受験者の皆さんは、速やかに旧館から出て下さい』という教師による事務的なアナウンスが、マイクを通して旧館に伝えられている。


 仮設の採点本部に設置されているモニターからは、出口を目指す受験生たちが映っていた。


 モニターは全部で15か。前回よりも数が多い気がするな。5枚1組が3セット。それぞれが違う景色を映し出しており、それなりの大きさを有している。旧館には至る所に監視カメラが設置されていて、教師の手元にあるボタンで様々な場所、アングルを映し出すことが可能になっているのだ。


 前回同様、選抜試験とは無関係のはずの1年生が大量に詰めかけていた。ちらほらと見受けられる2年と3年は試験が早めに終わったグループだろう。


 これから始まるのが特別試験という名を借りたエンブレム争奪戦である以上、教師側も見物人を止める意思はさらさら無いようだ。見せることを目的としているのだから、1年などは全員招集しているのかもしれない。


 さて。

 そんな喧騒に包まれた場所へ俺と大和さんが姿を見せた途端、一瞬で静寂に包まれた理由は当然ながら1つしかないだろう。


「やっぱり大和さんは怖がられてますねー」


「馬鹿言ってんじゃねーよ。『1番手(ファースト)』様の登場で驚いたんだろ?」


 お互いに原因を押し付け合ってみる。

 本当の原因は多分両方だろう。


 徐々に戻りつつあるざわめきを無視し、見知った人間のもとへと足を向ける。大和さんもついてきた。向こうもすぐに気付く。


「……来ましたか。思っていたよりも早かったですね」


 予定されている試験の開始時間まで、30分を切ったというところか。

 片桐は既にいた。


「中条さんと、……豪徳寺先輩」


「おう」


 様々な感情を押し殺しつつ名前を呼ぶ片桐とは正反対に、大和さんは気楽な調子で片手を上げた。


「正直、お前が参加するって聞いた時はびびったわ。まさかこんな試験に首を突っ込んでくる奴だとは思ってなかったからよ。なんだ、縁の野郎から試験中の現場監督役でも任されたか?」


「馬鹿言わないでください」


 片桐は鼻で嗤った。凍てついた視線を俺へと向ける。


「私も当然、挑戦者として参加する所存です。この男の天下は今日で終わる」


「言うじゃねーか、片桐。引き摺り下ろしてみろよ」


 俺の反応に片桐は好戦的な笑みを浮かべた。


「おやおや、舌戦は既に始まっているということでしょうかね」


 安楽先輩がやってきた。

 浮遊魔法によって制御された車椅子が、緩やかな動きで俺たちの近くに着地する。


「よう、淘汰。試験はどうだった」


「問題ありませんよ。むしろ、僕にとっての本題はこちらですから」


 安楽先輩の返答に、大和さんは眉を吊り上げた。


「あ? お前、乗り気じゃねーって言ってなかったか?」


「ええ、言っていましたよ。ただ、折角参戦するわけですから、気持ちを切り替えようと思いましてね」


 とんとん、と指で車椅子のひじ掛けを叩きながら、安楽先輩が続ける。


「ぜひ、私に頂きの高さを教えて頂きたい。現『1番手(ファースト)』の胸でも借りようかと」


 爽やかな笑顔を浮かべながらも、その口から放たれるのは立派な挑戦状だ。「だってよ」と面白そうに投げてくる大和さんに頷く。


「受けて立ちますよ、安楽先輩。試験で鉢合わせたら遠慮なくかかってきてください」


「良いですね。それでこそ、僕たちの頂点だ」


 俺の反応に満足したのか、安楽先輩が微笑みながらその上半身を背もたれに預ける。


「こんな身ではありますが、魔法に関しては一定の自信を持っているつもりです。中条君、君の方こそ遠慮は不要ですよ」


「当然です。そんな失礼なことはしませんよ」


 俺の返答に、安楽先輩の動きが一瞬止まる。だが、すぐに笑みを浮かべた。


「そうですか、そうですか」


 何度も頷きながら、噛み締めるようにそう呟く。


「あら、皆さん早いんですね」


「本日はよろしくお願いします」


 少し複雑そうな表情を浮かべている片桐の後ろから、そんな声が掛かる。皆の視線の先にいるのはたった今やってきた舞と可憐だ。更にその後ろには咲夜もいたが、揃っている面子を見て遠慮したのか、その場をそっと離れていってしまった。


 代わりにエマと美月が現れる。

 これで特別試験の受験者は勢揃いだ。

 俺とエマに激励の言葉を掛けた美月も、すぐにこの場を後にする。


 意図せずして沈黙が訪れた。

 見物目的の人間も、この一か所だけの異様な雰囲気に気付いて距離を空ける。


「くくっ、本当に面白れぇ面子が揃ったモンだぜ」


 集まった面子を一通り見渡し、大和さんは長髪を揺らしながら笑う。


「だが、悪いな。俺の目的は聖夜ただ1人だ。モタモタしてっと俺が全部搔っ攫っちまうぜ」


「あら、申し訳ないけれど、それは無理な話だわ」


 舞がその真っ赤な髪を払いながら言う。


「この戦いを制するのは私よ。当然、『1番手(ファースト)』の座も私が頂くわ」


「はっ、自分の力量を踏まえた上での発言なのかしら、それは」


 黒髪のおさげを指で弄りながら、端正な顔に嘲りの色を加えたエマが口にする。


「聖夜様を倒したくば、まずは私を倒すことね。まあ、そんなことは無理でしょうけど」


「相手が誰であろうと関係ありません」


 それまで傍観を決め込んでいた片桐が、閉じていた目をゆっくりと開く。


「私の前に立ちはだかるのなら、それは全て敵です。相応の覚悟はして頂きましょう」


「良い闘争心だと思います」


 車椅子に坐す安楽先輩がその機体に指を這わせる。


「ただ、僕も僕自身の目的の為にここにいる。遠慮はしませんよ」


「この場に立てていることに深く感謝します」


 可憐はその艶やかな黒髪を揺らしながら一礼する。


「ここでの経験は、今後の私にとって大切な糧となる。胸を借りるつもりで挑ませて頂きます」


 そして。

 一同の視線が俺へと集まった。


「まあ、各々言いたいことは色々あるだろうが……」


 頭を掻きながら、俺は仕舞われたエンブレムを胸ポケットの上から指で叩く。


「頂点は俺だ。誰が何と言おうと、それが事実だ」


 俺の発言に、向けられる視線に込められた力が一層強くなる。

 それを一身に受けつつ、それに負けない強い口調で言い放つ。


「全力でかかってこいよ。その全てを叩き潰して、俺は俺が『1番手(ファースト)』であることを証明するとしよう」







 試験開始まで、皆でまとまっている必要は無い。

 各々ストレッチなど準備運動を始めたところで、縁先輩と蔵屋敷先輩がやってきた。


「やあやあ、調子はどうかな」


「おや? 試験補佐という名目でさらりと特別試験を躱した縁先輩じゃないですか。どうしたんです?」


「うん。だからその試験補佐に来た、というわけさ」


 俺の嫌味すら爽やかな笑みで受け流す先輩である。むしろ、一緒に来ていた蔵屋敷先輩がちょっぴり気まずそうに視線を逸らしていた。やべ、流れ弾が。


「まあ、そんな軽口が叩けるくらいだ。緊張は……、していないみたいだね」


 じろじろと俺の全身を舐め回すように見つめた縁先輩が言う。


「緊張していないわけではありませんよ。ただ、試験に支障が出ない程度というだけです」


「いいじゃないか。いわゆるベストコンディションという奴だ」


 大袈裟に両手を広げながら縁先輩は笑った。

 まあ、そうだな。


「ここ最近の話は聞いているよ。色々とね」


 ……。

 あまり掘り返されたくない話ばかりのため、曖昧に笑って返す。


 そんな俺を見る縁先輩の目が細められたので、思わず笑みを消して姿勢を正してしまう。


「うん。悪くないね」


「何がです?」


「君は、俺が認めた『1番手(ファースト)』に足る男だってことさ」


 ぽんぽんと肩を叩かれる。

 そして、縁先輩はこう続けた。


「中条君。俺はね、『1番手(ファースト)』になって、生徒会長になってから……、学園に対して様々な貢献をしてきたつもりだ。そして、傲慢にも学園生皆の期待に応え続けてきたという自信がある」


 ……。


「そして、そんな俺にとっての一番の大仕事は何だったと思うかい?」


 笑みを消し、真面目な表情となった縁先輩が答えを口にする。


「『1番手(ファースト)』の継承だ。紫に会長職を譲ったことじゃない。あれは俺の推薦ではなく、あいつが自らの手で掴み取ったものだからね。言っている意味が分かるかい?」


「はい」


「そうだ。俺にとっての1番の大仕事は、君に『1番手(ファースト)』の座を譲ったことだ。そして、それは間違ったことでは無かったと俺は思っている」


 両手を俺の両肩に乗せ、縁先輩は言う。


「分からせてやれ。君が『1番手(ファースト)』であるということを。君だからこそ『1番手(ファースト)』の座に就けたのだということを。ここにいる全員に。そして……」


 縁先輩が一度言葉を切る。


 そして。

 少しの沈黙の後。

 一度たりとも視線を外すことなく。


「俺が間違っていなかったということを、俺に証明してくれ」


 縁先輩はそう言った。


 だから。

 それに応えるためにも。


「勿論です。貴方が築き上げてきた功績に、傷なんてつけさせはしませんよ」


 力強くそう口にした。

 縁先輩は、真面目な表情を崩して柔らかな笑みを浮かべる。


「期待しているよ。行こうか、鈴音」


 最後にもう一度俺の肩を叩いてから。

 縁先輩は蔵屋敷先輩を連れて仮設本部へと向かっていった。







「さて、それでは試験の説明を始めたいと思いますので集まってくださ~い」


 緩い口調で号令をかけるのは我らが白石はるか女史である。


「通常のグループ試験同様、旧館をフィールドとしたこの試験には緩衝魔法が使用されていますので~」


 喋りながらエコバッグをがさごそと漁り、白石先生が魔法具を取り出してみせた。


「このブレスレットを装着して頂きます。これは皆さんが展開する魔力と、攻撃を受けた際に、その受けた魔法の発現量とを比較しその優劣を瞬時に測定する機械です。一定以上の計数が弾き出されると、瞬時に緩衝魔法が発動し、皆さんを守る仕組みになってます。ここまでは大丈夫ですね?」


 その問いかけに皆が頷く。


「はい。ですので、緩衝魔法が発動してしまった人から順に退場、という形になります。グループ試験と同様に、最後まで残っていた人が優勝というわけではありません。あくまで試合中の内容で判断させて頂きます。最後まで残っていた方が『アピールタイムが増える』くらいに思っていてください。いいですね~?」


 またも皆が頷いたのを見て、白石先生が笑みを浮かべた。ブレスレットを順番に配っていく。


「よろしいです。では~、これから皆さんにはくじを引いてもらいます。このくじには旧館の施設の名称がランダムに書かれていますので、書かれた場所が自分のスタート地点だと考えてください」


 エコバッグから新たに取り出した細長いケースを振りながら、白石先生が皆を見渡した。


「試験前、スタート地点を責任者である私以外の他の誰かに教えることは許されません。その時点で失格となりますので注意してくださいね。参加メンバーは当然、見学者や教師であっても私以外なら駄目です。誰から引きますか?」


「俺から行くぜ」


 白石先生から差し出されたケースを振り、出てきた木の棒を引き抜く。


「おらよ、聖夜」


 そのままそれをこちらに向かって放ってきた。慌ててそれをキャッチする。「ちょっと豪徳寺君! 駄目ですよ! そんな投げたりしちゃあ!!」「あん? どんな順番で引こうがランダムなんだからどうでもいいだろ」とかやり取りしている間に俺も引く。


 それを隣にいた舞へ。本来なら仕切っている人間に返すべきなのだろうが、当の白石先生は両手を上にあげてお怒り状態である。漫画みたいな怒り方をする人だな。まあ、実際に『入った』時はこんなものじゃなくなるわけだが。


 舞も引き終わったそれを隣にいた可憐へ。

 順々に隣の人間に回していき……。


「白石先生、どうやら僕が最後のようですが」


 最後に引いた安楽先輩が、未だに大和さんと言い争いをしていた白石先生に声を掛ける。


「え? あ、はい。ご苦労様です」


 そう言って安楽先輩からケースを受け取った白石先生が、順番に俺たちの引き当てたスタート地点をメモしていく。お互いのスタート地点が分からないようにするために、参加者は時間を空けて順番に旧館へ入っていくことになる。この試験の責任者だという白石先生が各々に場所を聞いているのは、旧館に入場する順番を決めるためだ。


「はい、オッケーです。それではくじも回収しますね~」


 そう言いながら、俺たちの手からひょいひょい木の棒を回収していく。


「では、時間も無いですし、順番に行きましょうか。最初は中条聖夜君です」


 くじをエコバッグに仕舞った白石先生は、メモをチラ見しながら言う。


「指定された場所に向かってください。制限時間は2分30秒です」


「分かりました」


 既にこの場には特別試験参加者だけでなく、多くの学園生が集まっている。試験開始時間が選抜試験のほぼ終了時刻に合わせられているのだから当然だろう。選抜試験の受験者で未だに試験が終わっていないのは、この特別試験参加者である舞と可憐だけ(大和さんと安楽先輩は、3年の試験を終わらせた状態でここにいる)に違いない。


 旧館に向けて歩き出す。

 この学園に所属するほぼ全員の視線が集中しているのが分かる。


 刺すような沈黙の中、俺は旧館へと足を踏み入れた。

 制限時間はそう長くはない。


 指定された場所は、旧館の屋上だ。


 当然だが旧館内に人はいない。

 前回のように遠く『約束の泉』で3年の対人試験が行われているわけでもない。爆音や悲鳴が聞こえてくるようなこともなく、ただひたすらに静かだ。俺の足音が反響しているのみ。


 ゆっくりと階段を上っていく。旧館は3階建てだ。顔を上げれば至る所に監視カメラが設置されている。このカメラたちから送られてくる映像を、見物人が集まる仮設本部のモニターで放映するわけだ。今回はグループ試験ではなくサドンデスで、参加者が7人なのだから、さぞかし見応えのある試合展開となるだろう。15枚も用意されているのだから、各戦況がリアルタイムで伝わるはずだ。


 3階よりさらに上、階段の先には1枚の扉。

 そこには張り紙があった。


『屋上を指定された生徒さんへ。

 音は立てないようにゆっくりと。下の人に見える場所まで移動しないこと。

 はるか』


 ……。

 最後になぜ名前。

 手紙かよ。書くなら役職名とかじゃない?


 思わず脱力してしまいそうになりながらも、ゆっくりと音を立てないように開く。軋んだ音でも鳴るかと思っていたら、見た目に反してスムーズに開いた。音でバレないようちゃんと手入れはしているようだ。


 午後の3時を回ったところ。

 もう少し時間が経てば日も傾いてくるのだろうが、まだまだ青空だ。

 今日が晴れで良かったなぁ、とか思いながら開始の合図を待つ。


 下では順番に参加者の名前が呼ばれている。移動のために与えられる制限時間は、スタート地点によってバラバラだ。与えられた制限時間が長ければ長いほど、旧館の奥まった場所を指定されていることを意味する。


 そういったところから誰がどの付近に配置されたのかを考えるのも面白いが、それは止めることにした。どちらにせよ、獲物を求めてあちらこちらを走り回るのは“1番手(ファースト)”らしくない。縁先輩なら、そんなことはしないだろう。どっかりと構えて挑戦者を鷹揚に迎え入れるべきか? いや、でもあの人の場合、意表を突いてあっちこっちに現れて戦況をひっかき回したりしそうだよなぁ。


 うーん。

 あの人ならどっちもあり得そうだ。全く読めない。まあ、こんな風に悩まされている時点で、敵対している人間はあの人の思う壺なんだろうけど。縁先輩と同じ学年で試験を受けなくて本当に良かった。


 頭上を流れる白い雲を眺めながら、ぼんやりとそんなことを考える。


 今では試験会場くらいにしか使われていないこの旧館であるが、その内部は明日からでも授業が再開できそうなほどの環境が維持されている。教室に入れば机や椅子が配置されているし、正面口の下駄箱や更衣室のロッカーもそのままだ。


 そして、その全てに対抗魔法回路が仕込まれている。室内で魔法戦を行ったところで並みの魔法じゃ壊れやしない。実戦訓練にはもってこいの場所である。


 ……まあ、今回のこのメンバーが好き放題に暴れまわった後、どのような損壊が生じているかは不明だが。そういえば、前回の選抜試験でもこんな心配をしたな。確かあの時は、窓ガラスと教室の扉が数枚、そして椅子や机が数組ダメになったらしいが、見事に交換されて新しくなっていた。


 つまり、遠慮は不要ということだ。


「慢心はせず、楽しんでいこうぜ。なあ、ウリウム」


《ええ、もちろんよ。まかせてちょうだい、マスター》


 期待しているさ。

 むしろ、お前はやり過ぎないように気を付けてくれ。


『受験生、全員が持ち場に着きました。10秒後、試験を開始します』


 しばらくして、アナウンスが流れた。

 目を閉じ、ゆっくりと深呼吸する。


 さあ、試験開始だ。

 次回の更新予定日は、10月7日(金)です。

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