第7話 見栄
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生徒会の朝は早い。
「おはよう、中条君。ちゃんと起きてこれたのね。偉いわ」
睨めっこしていたノートパソコンから顔を上げた紫会長はそんなことを言ってくる。俺は子どもか。
生徒会館の会議室には、既に俺以外のメンバー全員が集合していた。一応15分前には到着するよう計算して出てきたのだが、皆の気合いの入り方はそれ以上だったようだ。
次々に挨拶してくれるメンバーに応えながら席に着く。
「すまない。待たせてしまったみたいだな」
「時刻通りですので、何ら問題はありません」
壁掛け時計に視線を向けながら片桐が言った。
現在5時15分。
「それじゃあ、ちょっと早いけど全員揃ったから今日の動きについておさらいしておきましょうか。それが終わったら魔法実習ドームで先生たちと合流よ!」
紫会長の音頭の下、ミーティングが始まる。
生徒会は試験が免除される代わりに試験補佐の役割がある。そのためにわざわざこんな早朝から集まっているというわけだ。ただ、今日の試験の最後には異例の特別試験が控えている。ここにいるメンバーの中でその試験に参加するのは、俺と片桐、そしてエマ。
長い1日になりそうだ。
☆
生徒会特権によって本来は試験をスルーできる俺だ。特別試験というイベントはあるものの、他の受験生に比べれば精神的に楽なものである。朝から学園に通って授業を受け、放課後は生徒会の話し合いに参加し、夜はシスター・メリッサの監視を受けつつも教会下の訓練場で汗を流す。
未だにRankSとされる属性共調を1人で発現することはできない。ウリウムの協力があっても発現時間は短く、思った以上に保持時間は延びない。特別試験とはまったく関係の無い領域で、どうしたものかと頭を捻っている間にも日付は流れる。途中、予想外の来訪者が1人俺を訪ねてきたくらいで、あっという間にその日は来た。
選抜試験、その当日である。
綿密な打ち合わせのおかげで目立った問題も見られることなく、準備も順調に進み選抜試験は無事に始まった。
今回は俺もちゃんと生徒会として仕事を任されている。
前回は"出来損ないの魔法使い"やら大和さんとの喧嘩やら問題を起こしてしまったせいで、本館にある生徒会出張所に軟禁されていたからな。
俺が任されたのは『シューティング』と呼ばれる試験の補佐係だ。
10mほど離れた場所から、魔法球で的を倒していく。的は衝撃が加わると後ろに倒れる仕組みになっていて、倒れると1ポイント。倒されると勝手に起き上がるようになっているので、制限時間3分の間にとにかく倒しまくる試験だ。的には対抗魔法回路が施されているので、余程のことが無い限り砕けはしない。
また、的を倒した際の威力も算出されるようになっていて、詳しい基準は知らないが、そこでもポイントが加算される。一応簡単にポイント分けをすると、ただ倒しただけであまり威力が無い場合は0ポイントで加算無し、ぼちぼち威力が高ければ1ポイントの加算、かなり威力が高ければ2ポイントの加算となるらしい。2ポイントを獲得できる魔法球というものは中々無いようで、教師の話によると「少なくとも属性付加させていないと無理」らしい。
威力の高い魔法を発現するには時間がかかる。詠唱する時間も必要だろうし、魔力を溜める時間もあるだろう。発現量が増えればコントロールも難しくなる。せっかくの高威力の魔法球だって、的に当たらなければ意味が無い。
制限時間内に、いかに多くの的を倒すのかと、どれだけの威力で的を狙うのかという駆け引きが重要だ。
この試験は魔法実習ドームの一区画で行われており、的5つが1セットで3セット用意されている。ボウリング場のように1セットずつ横並びで配置されていて、3人同時に試験をすることが可能だ。それぞれAレーン、Bレーン、Cレーンとされていて、俺はCレーンの記録係である。
やることは多くない。
体育館やいくつもある魔法実習室、別館など、各自異なるタイムテーブルに従ってあちこちを回りやってくる受験生から受験票を受け取り、こちらのスタートの合図で試験開始。3分間、受験生がひたすらに魔法球をぶっ放しているのをただ眺めているだけ。
倒された的は自分でポイント加算の計算をした上で勝手に起き上がるし、着弾した威力から勝手にポイント換算するし、それらは俺の手元にあるモニターで表示される。倒された回数、威力による加算ポイント、そしてその合計ポイントまで。
後はそれを受験票に記載し、受験生に返す。それでその受験生は終了。回って来た次の受験生から同じように受験票を受け取り次の試験を開始。ひたすらにその繰り返しだ。
たまに高威力の魔法球によって的が破損することがあり、その際はスペアと交換する作業があるが、本当に稀だ。その時も、破損と同時に機械が自動でタイマーを止めてくれるし、止まった瞬間からポイントの加算も一時停止する。その間に魔法球を何発受けようとポイントの変動は無し。こちらも落ち着いて受験生に「待った」を掛けられる。機械が本当に優秀すぎる。
テニスラケットでボールを打った時のような、パカパカいう音がただひたすらに鳴り響いている。
また1人、試験が終わった。
「お疲れ様でした。次は発現量と発現濃度の測定ですね。魔法実習室Gになります。場所を間違えないように気を付けてください」
合計ポイントとその内訳を記入し、シューティング試験官名の枠に生徒会のハンコと自分のサインを入れてシューティング試験を終えた受験生に手渡す。そして次の受験生から受験票を受け取る。そんな作業がひたすら続く。
選抜試験は2年生の2学期から。1年生の参加は無く、通常の期末試験のみが行われる。つまり、この選抜試験の受験生は2年生と3年生だけだ。異なるタイムテーブルに従って数々の試験を受けているので、ここに来るのも順番はバラバラ。
ただ、やはりというべきか。
結果を見れば2年生と3年生のポイント差は一目瞭然だ。
2年生になってようやく属性付加の練習をすることになるため、2年生で属性球を発現する人間はほぼゼロ。威力によるポイントを狙い始めるのはやはり3年生からだ。もちろん、3年生にもスピード重視で多くの的を倒す受験生はいる。ただ、そういった3年生は詠唱破棄による恩恵を受けている者だけだ。当然、完全詠唱で臨む2年生よりも倒す的の数は比べ物にならない。
1セット5つの的が用意されているのは、スピード重視の学園生のため。倒れた的は反動ですぐに起き上がってはくるものの、数が少ないと詠唱破棄して次々に魔法球を放つ受験生にはどうしても後れを取ってしまうからだ。
1回の詠唱で発現される魔法球が1発とは限らない。複数発を同時に発現できる受験生だって当然いる。そしてそれは3年生の方が格段に多い。
合計ポイントは3倍から4倍、5倍近くの差がつく時だってある。同じ作業の繰り返しではあるものの、各自様々な対策を立てた上で挑んでくるので、見ている分には面白い。
また1人、試験が終わる。
「お疲れ様でした。次は……、防御魔法の測定ですね。魔法実習室Bになります。場所を間違えないように」
気を付けてください、と。
そう続けて受験票を渡そうとしたらその声を遮られた。
「中条君もお疲れ様です!!」
「え? あぁ、ありがとう」
話したことも見たこともない女子だった。
「特別試験、見に行きますから! 頑張ってくださいね!!」
「あ、ありがとう。頑張るよ。吉田さんも頑張ってね」
逆に応援されてしまった。
なので、ちらりと受験票の氏名欄を確認してから手渡す。
俺の対応に満足してくれたのか、吉田さんは照れたようにはにかんでから「ありがとう。えっと、……あの、……何でもないです」と言いその場を去った。
「……、えーと、次の方、こちらへどうぞ」
何とも言えないむず痒い気分を味わいながら、順番待ちしていた次の受験生を呼ぶ。隣に座るBレーン担当の教師は何も言わずこちらも見ない。粛々と自らの担当している受験生を見ている。大人である。
受験票を受け取り、受験生に位置についてもらう。
「準備は良いですか? それでは……、スタートです」
手元のボタンを押し、試験開始。
お、うまい。今度は3年か。1回の詠唱で3発ずつ発現しており、狙いも的確。たまに属性魔法も織り交ぜている。これはかなりいい成績を取りそうだ。
あっという間に試験が終わる。
「お疲れ様でした。次は攻撃魔法の試験ですね。場所は魔法実習室Fになりますので、場所を」
間違えないように、と言うより早く受験票を持つその手を握られた。
「中条君、私、特別試験見に行くわ。カッコ良いところ期待してるからね?」
今度は大人の色香を振りまく先輩女子である。シューティング終了直後のため、呼吸も乱れ、しっとりと汗ばんでいるところもまた……。
「あ、ありがとうございます。頑張りたいと思います」
「……私のことは名前で呼んでくれないのかしら」
「えーと、北条先輩も試験頑張ってください」
受験票の氏名欄をチラ見してそう答えた。先輩はにっこりと笑みを浮かべからその場を去る。あの寂しそうな表情が嘘のような笑顔だった。何という演技派。
「……、え、えーと、次の方、どうぞ」
身悶えしたくなるようなむず痒い気分を抑えつけ、順番待ちをしている次の受験生を呼ぶ。隣に座るBレーン担当の教師は何も言わずこちらも見ない。粛々と自らの担当している受験生を見ている。大人である。
その後も、そんな感じの女子がちらほらと見受けられた。
……これが『1番手』効果ってやつか。凄いな。あらかじめ新聞部から情報を貰っていなければモテ期到来かと勘違いしてしまうレベルだ。
☆
遅めの昼休憩をもらい、昼飯は生徒会出張所で済ませた。午後からも特別試験ぎりぎりまでシューティング試験の試験補佐を務める。知り合いと呼べるほどの奴らは現れなかった。おそらく、俺が昼休憩をもらっている間に受験したのだろう。残念。
キリが良いところで一緒にシューティングの試験官を務めていた教師から声が掛かる。
「お疲れ様。助かったよ。そろそろ試験会場に向かってくれ」
「分かりました」
「こちらも終わったら応援に向かわせてもらうよ。頑張ってくれ」
「ありがとうございます」
残りの受験生の対応やこの場の片付けを任せ、実習ドームを後にした。
特別試験の会場は旧館。
時間にはまだ余裕があるし、焦る必要も無い。
のんびりと歩いていくことにしよう。
受験票を片手にうろつく受験生と挨拶を交わしながら外に出た。時折激励の言葉を投げかけてくれる奴もいて嬉しくなる。
が、当然そんな奴らばかりではない。
新館の正面口から少々歩いたところで呼び止められた。
「……待てよ」
その声に振り返る。
見知らぬ男子生徒が立っていた。
「えーと、どちらさん?」
「ふざけてんのか」
そう言われても、知らないものは知らないんだから仕方が無い。
「豪徳寺大和、生徒会、文化祭、そして今回の1番手継承に副会長就任。出来損ないの分際で、いい加減ムカつくんだよ」
「はあ」
相槌は曖昧なものとなった。
急に何言い出したんだこいつ。
疑問符を浮かべる俺の態度が癪に障ったらしい。青筋を立てながら男子生徒が唸る。
「どんなトリックを使ったのかは知らないが、お前本来の立場って奴をはっきりと分からせてやる。ちょっと付き合えよ」
剣呑な雰囲気に気付いたのか、通りを歩く学園生達が足を止め始める。
面倒だな。思わずため息が出る。
「どうした? 臆して声も出ないのか?」
嘲るようにして男子生徒は言った。
遠巻きに見守る周囲の人間もざわつき始める。
片桐との模擬戦から始まり、新聞部の無責任な扇動やアイドル同好会とやらの活動。そういった様々な事情から浮つき始めた俺の立場上、これ以上厄介事を増やしたく無かったのだが……。
ここははっきりと告げておくべきだろう。
「お前の方こそ、立場って奴が分かってないんじゃないか?」
俺の言葉に、男子生徒から嘲るような笑みが消える。
「何だと?」
「さっき、お前がはっきりと口にしただろう? 俺は『1番手』だ。お前は何番だ?」
俺の分かり切った質問に男子生徒は答えない。何かを言おうとしたのだろうが、開いた口はすぐにまた閉じた。俺は続けて言う。
「立場を理解したか? 挑戦したければ正規の手続き踏んでから来い。その負けん気を勝って、特別に1回だけ受諾してやるよ。番外君」
「て、てめぇ」
「あぁ、そうそう。受諾する上で1つだけ条件がある」
今にも掴みかかって来そうな男子生徒に人差し指を立てる。
「特別試験を見に来い。それで本当に勝てそうだと判断した場合のみ決闘申請をしろ。俺が何を言いたいか分かるな?」
男子生徒は答えない。
答えさせる必要も無い。
俺が自ら回答を口にする。
「些事に付き合ってやるほど『1番手』も副会長も暇じゃないんだ。残念ながらね」
わざとらしく肩を竦めながらそう告げて、怒りに肩を震わせる男子生徒の横をすり抜ける。
「出来損ないが……」
「知ってるか? そういうのを負け犬の遠吠えっていうんだよ」
小声で呟かれた一言に、そう返した。「おぉー」とか感銘を受けた様子の遠巻きに道を譲ってもらい、その場を後にした。
☆
「随分と見栄をきったじゃねーかよ、聖夜」
「大和さん」
学園の正面口や寮棟に繋がる十字路の辺りで、大和さんに声を掛けられた。「旧館に行くんだろ? 一緒に行こうぜ」という大和さんと肩を並べて歩く。
「見ていたんですか」
「おう。たまたまな。俺もついさっきまで試験受けてたし」
大和さんは自らの受験票をひらひらさせながら続ける。
「んで、旧館に向かおうとしたらお前が絡まれてたからよ。面倒くさくなるようなら助太刀してやろうと思ってたんだが……、中々魅せてくれるじゃねーか。頂点に相応しい貫禄だったぜ」
そりゃどうも。
「それにしても、あの野郎はまだ懲りてなかったのか。まだちょっかい出してくるようなら潰しちまうかな」
いきなり物騒なこと言い出したぞ、この先輩。
「……『まだ』って、あの男と何かありましたっけ?」
まったく記憶にないんだが。
そんな俺の心情を悟ったであろう大和さんが、信じられないものでも見るかのような目つきになって俺を見た。そして、わざとらしく肩を落とす。
「……お前って奴は本当に大物だよな」
それ、授業サボるわ授業中に『1番手』に喧嘩吹っかけるわの貴方には言われたくないです。今は大人しいみたいだけど。
「あれだよ。俺とお前が喧嘩した時の原因作ったやつ」
……。
「え、これでもパッとこねーのか?」
「あぁ、いえ、きました。はい」
あの何人組かのうちの1人か。前回の選抜試験で、可憐や舞とグループ登録するのをやめろ、とか言ってきた奴ら。でも、顔も名前も思い出せないんだよなぁ。
そもそも名前とか聞いたっけ?
「籠原の時といい今回のといい、お前やっぱすげーわ」
……反論できなくなった。
「まあ、憶える価値もない下らねぇ連中だったのは確かだけどよ」
教会を横目に捉えつつ、旧館へと続く山道と化した階段を上っていく。
「ありゃ、多分だが外でお前に魔法使わせて問題にするつもりだったな」
「なんとなくそんな気はしていました」
選抜試験中に私的な理由で施設が借りられるはずがない。
この調子じゃ、決闘申請はしてこないな。特別試験も見に来ないだろう。
大和さんの言葉を借りるようだが、つまらない奴である。
「なあ、聖夜」
緑に囲まれた山道を登りながら、大和さんから呼ばれる。
「なんでしょう」
「お前、言ったよな。試験中は向こうがチームを組もうが何をして来ようが、こっちはこっちで好き勝手にやるって」
「言いましたね」
向こうとは、舞や可憐、そして片桐のことを指すのだろう。そこまで過激な発言をした記憶はないが、似たようなことは言ったはずだ。
「なら、俺がお前を狙っても文句はねぇってことだよな」
「は?」
隣を歩く大和さんが、獰猛な笑みを浮かべてこちらを見る。
「あの時、お前に負けたことに悔いはねぇ。『2番手』をくれてやったことも間違ってなかったと思ってる。だがな、負けっぱなしで笑って卒業できるほど、俺も人間出来てねぇんだよな」
指を鳴らしながら、大和さんはそう言った。
放たれる圧に、こちらも思わず笑みが浮かぶ。
「いいっすね。その感じ」
さっきの下らない奴とは大違いだ。
いや、比べるのも失礼だろう。
思わず立ち止まる。
それに合わせて大和さんも足を止めた。
正面から向かい合う。
「俺も、貴方とはつまらないわだかまりなく殴り合ってみたいと思ってたんですよ」
「血気盛んじゃねーか。前『1番手』とは大違いだな」
「あの人も、あれはあれで熱いところはあるんですけどね」
「あー、そりゃ知ってる」
俺から視線を逸らしつつ、大和さんはそう言う。だが、すぐに視線を戻してきた。
「外野がとやかく言おうが関係ねぇ。それじゃ、出会ったら即バトルで文句ねぇな?」
「勿論、受けて立ちますよ。俺に勝てたら、遠慮なく1番背負って卒業してください。……勝てたら、ですけどね」
俺のあからさまな挑発に、大和さんはこれ以上ない笑みを浮かべる。
「最高だ。やっぱお前、最高だわ」
次回の更新予定日は、9月30日(金)です。