第6話 悪ノリ
おかしい。
書き始めた当初はこんなに長くなるつもりじゃなかったんだ。
5話と合わせて1万字くらいでまとめるつもりだったのに。
☆
放課後になった。
というより、ようやく放課後になってくれた。
新聞部からのインタビューを無難に終え、気を利かせてくれた美月のおかげで昼飯のパンにありつけた俺だったが、片桐が昼飯をどうしたのかについては分からない。
あいつはちゃんと昼休みが終わったら教室に戻ってきた。羞恥で顔を真っ赤にさせたまま無言で席に着き、以降一言も発していない。ただただ、射殺すような視線がひたすらに俺の背に突き刺さっていた。
いったい俺が何をしたというのか。
全部お前のせいじゃねーか。
俺はちょっと悪ノリしただけだ。
本日最後の授業を行っていた教師が教室から出て行く。
扉が閉まるのと同時に、俺の後ろから席を立つ音が聞こえた。
「……先に行きます」
もはや久しぶりにこいつの声を聞いた気がする。
「何だよ。一緒に試験に向けた練習するんだろ? 一緒に行こうぜ」
「さ・き・に! ……行きます」
「お、おう。俺もすぐ行くよ」
ドスの効いた声に思わずそう頷く。
片桐は顔を真っ赤にしたまま教室を出て行った。
「貴方、これだけの騒ぎを起こしておきながら本当に行くの?」
「行くしかないだろう?」
他にどうしろと言うのか。
舞の質問に答えた俺は、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
これだけ情報が出回っているんだ。やっぱりやめました、なんてことにはできないだろう。昼休みには新聞部からのインタビューにも応じてしまっているし、この学園で俺と片桐の模擬戦の話を知らない奴など存在しないに違いない。昼休みの時間を半分くらい残して撤収したのだ。下校途中の奴らに号外を配る程度のことは平気でやりそうである。
どうしてこうなった。
あぁ、半分は俺が悪ノリしたせいか。
そんなことを考えながら、負のオーラを背に纏ったまま座っているエマのもとへ行く。
「……分を弁えぬ有象無象共が。ペースト状にしてから金魚の餌にしてやろうかしら」
「馬鹿な冗談言うのはやめろ」
俯いたままぶつぶつと呟いているエマの頭を叩いた。小声でほとんど聞こえてなかったからいいが、他の奴らに聞かれたらどん引きされるだけじゃ済まないぞ。
「聖夜君、もう行くの?」
「あぁ、どれだけの見物人が来るかは知らないが、公開練習しますって告知したわけじゃないんだ。ギャラリーを待ってやる必要も無い。適当にやって適当に切り上げるとするさ」
ここまで大々的に知れ渡ってしまっている以上、鍵をかけてコソコソやるのはよろしくない。ならば、さっさと始めてさっさと終わるに限る。
「うーん、既に遅いような気もするけどねぇ」
「どういう意味だ?」
紫会長は指で窓の外を指した。
言われるがまま窓の外を覗いてみる。
「げ」
学園生たちが次々に校舎から駆け出していく。行き先なんて論じるまでもない。旧館だ。
「場所取り、というやつですね……」
俺の隣に並んだ可憐が、この光景に対する最適な回答を口にしてくれた。
「まあ、私たちも見に行くから。精々舐められないように頑張りなさいよ」
軽い調子で俺の肩を叩きながら舞が言う。
……マジかよ。完全に見世物パンダじゃねーか。
☆
旧館へ向かう道中、新館の正面玄関で配られていた号外に目を通す。
見出しにでかでかと踊る『「1番手」、挑戦者からの決闘申請を承諾』という文字。中身は今朝の片桐空回り事件から始まり先ほどの昼休みインタビューまで、これまた面白可笑しく記事にしてくれていた。『生徒会内部分裂説』とかは流石にやめてくれよ。事実20パーセント妄想80パーセントくらいの割合である。
あぁ……、でも、「お前はこのエンブレムの重みに耐えられるのか」は確かに言ったな。うん。片桐は空回り発言にノッてやればノッてやるほど空回りをするので、相当からかった自覚がある。あれ、ただの手合わせが決闘騒ぎになったのって半分くらいは俺のせいじゃない?
それに、新聞部の「これからできるであろうファンクラブの方々に一言!」という質問も引っかかる。どうやら“1番手”が代わるたびに、アイドル同好会が企画する一種の恒例行事らしい。男が“1番手”になれば女子率が上がり、女がなれば男子率が上がるようだ。だからどうしたという話だが。
当然、学園側が認めるはずもなく非公式として活動していくらしいが、勝手に持ち上げられる側としてはたまったものではない。きゃーきゃー言われるのは“1番手”だから。本格的にただのパンダである。認められないとは言ったものの、それが少しでも切磋琢磨させるための意欲向上に繋がればとも考えているようで、学園は半ば黙認しているという状態のようだ。
縁先輩くらいの人気があれば別だろうが、俺を持ち上げてもどうにもならんぞ。生徒会入りを果たしていなければ、成績表でがっつりバツが付くような魔法使いなのだ。あの時の選択1つでここまで環境が変わるとは。人生とは本当に分からない。
「おうおうそこの兄ちゃんどこ行くん?」
ふと読みふけっていた号外から顔を上げる。声のした方へと目を向ければ、話したこともないシスターが、教会からこちらに向かって手を振っていた。人違いだろうと思い、再び号外に視線を落とす。
「おいこら私を無視とか良い根性してるじゃない。校内放送使ってある事ない事好き勝手に喋っちゃおうかなぁ~」
「ふざけんな!!」
こちらの反応に満足したのか、シスター・メリッサが腕を組みながら満足そうに頷いた。下品な笑みを浮かべながらこちらへと寄ってくる。
「ねえねえ、『1番手』所有に納得がいかないという反逆者を中条聖夜自らが公開処刑するって話はマジ?」
「マジなわけがないでしょう」
ウキウキしながら物騒な質問を投げかけてくるんじゃねーよ。
詳細を知らない学園生なら、この状況をそう捉えてもおかしくないかもしれないけど。
「なぁんだ、つまんないのー」
「期待に添えず申し訳ないっす。じゃ」
「あ、ちょっと待ちなさい!」
厄介事に巻き込まれる前にシスターから逃げることにした。後ろから聞こえてくる制止の声を振り切り、『約束の泉』に繋がる山道を駆ける。遥か後方から「もうちょっとくらい付き合ってくれてもいいじゃん!」という捨て台詞が放たれたのを聞いて、やっぱり俺の決断は間違ってはいなかったのだと確信した。
☆
山道を登り、『約束の泉』を迂回し、ようやく旧館へと辿り着く。
授業では既に使用されていない場所のため、普段はまったく人気の無いスポットなのだが、今日はなぜか大量に人がいた。……もはや誤魔化す必要はあるまい。完全に俺と片桐の手合わせを見学に来た面々である。
俺の姿を捉えるなり、ざわついていた場所が静まり返る。
それら全てを無視し、旧館の隣にある実習ドームへと足を向けた。
青藍魔法学園の新館と同時に、実習ドームもその隣に新設された。そのため、旧館の実習ドームは試験前の自主練習などにしか使われていないのが現状だ。旧館にある実習ドームは『魔法実習ドームB』と呼ばれ、授業などで指定する集合場所に間違いが無いようにしている。基本的に実習ドームと言えば新館の隣にあるドームを指す。
今回、片桐が押さえたのは旧館にある古い実習ドーム、つまりは『魔法実習ドームB』だ。まあ、古いとはいえ魔法対策はきちんとしてあるので、並大抵の攻撃魔法ではびくともしない。
入り口を潜り、明かりのついた味気ない廊下を抜け、メインとなるドームへと足を踏み入れた。
「悪いな、待たせ――」
「遅いっ!!」
待たせたな、という言葉すら遮られた。
片桐の鋭い喝がドーム内に反響する。仁王立ちである。鼻息荒く、片桐はドームの中心部に立っていた。
旧館の実習ドームBは、体育館のように作られた新館の実習ドームとは違い、見世物としての試合もできるよう、観客席が設けられている。ただ、その席数は少ない。この学園に通う学園生全員が詰めかければ、埋まってしまうどころか立ち見が出てしまう程度の席数だ。
なぜか当然のように満員御礼だった。
立ち見もいた。
嘘でしょ。
そして。
その視線全てを一身に浴び、ただひたすらにドーム中央で仁王立ちしていた片桐。
馬鹿なのか。
こいつ。
「今の私は……、前会長すらも一刀のもとに斬り捨てられる自信があります」
「……完全に私怨だよな、それ」
相当フラストレーション溜まってたもんね。
俺もだけど。
「準備はよろしいのですか」
「おう。まったく問題無いぜ」
ここに来るだけで十分身体は温まるからな。
「MCはよろしいのですか」
魔法使いの魔法発現を補助する機械、魔法伝導体『Magic Conductor』。
この有無は魔法発現に劇的な変化を及ぼす。片桐は腰に差した木刀が武器一体型のMCだ。
対して俺はブレスレットタイプで、腕に装着する奴だ。つまりはウリウムである。
「ん、問題無い」
学ランの上から、腕の部分をそっと撫でる。注視すれば、そこが僅かに盛り上がっていることに気付けるだろう。
ウリウムの素材は、魔法世界の中でも特別警戒地域に指定されている場所でしか採取できない妖精樹。不特定多数の目にはふれない方がいいだろう、ということで学ランの下に装着するようにしていた。エマとか目ざとく気付いていたしな。
「なるほど。では、早速始めましょうか」
緩衝魔法を発現させるためのブレスレットを投げてよこしながら片桐は言う。俺がそれを装着するのを見据えて、片桐はゆっくりと木刀を抜いた。
「構わんが、ルールは?」
「……ルール?」
首を傾げる片桐に頷く。
色々と情報が錯綜して大事になったが、本来の目的は特別試験に向けた練習というか模擬試合というか、とにかく軽い手合わせだったはずだ。
しかし。
「私が貴方を斬り捨てる。その過程で、そんなものが必要ですか」
「おい」
「降参したら負け! 死んだら負け! それ以外に何が必要だ!!」
「平穏な学園生活でデスマッチ反対!!」
身体強化魔法を発現した片桐が、一瞬で距離をゼロにしてきた。俺の抗議を一閃で斬り飛ばし、更には追撃まで繰り出してくる始末である。
こいつ、ちょっとはクールダウンしたかと思えば全然してねぇ!!
絶賛空回り中じゃねーか!!
「見事私を倒したその時は!! その時は躊躇わず首を斬れ!!」
「決死の覚悟で挑んでくるなよ!!」
意気込みとしては買ってやるが生き死に賭けた決闘はごめんだ。
こちらも身体強化魔法を発現し、2回、3回と振るわれる木刀を最小限の動きで回避する。振り抜いた瞬間にできる僅かな隙を突き、片桐の腹に蹴りを入れて後退させた。
「ぐっ!? やりますね! 流石は学園最強! 称賛に値します!」
「やかましいわ!」
お前そのテンション絶対に後で後悔するぞ!!
離した距離は、片桐自らが詰めてきた。木刀が突き込まれる。身体を反転させることでそれを回避、遠心力を得た肘で片桐の肩を狙うも、それは腕で防がれた。互いが背中合わせになり、ぐるりとお互いの立ち位置が変わる。
振り向きざまに放たれた木刀を、身体を逸らすことで躱す。足を振り上げて顎を狙ったが、足裏で叩き落とされた。そのまま床に踏みつけられ移動を封じられる。だが、その場から動けないのは片桐も同じだ。
ほぼゼロ距離の立ち位置。リーチのある木刀もこの距離では意味を成さない。木刀を握る右手での殴打、左手から繰り出される掌底、肘うち。随所に身体強化魔法を織り交ぜ、攻撃と防御を繰り返す。
残像すら見える高速戦闘に観客席が沸いた。
「ふっ! この速度についてくるとは! 私が認めたライバルに相応しい身体捌きです!!」
「やかましいっつってんだろ!!」
舌噛むぞお前!!
フリーだった左足で蹴りを見舞う。腕を交差させて防御を図った片桐が後退った。しかし、それで戦闘に間が空くことは無い。
「『風車』!!」
浅草の奥義の1つ。
風の斬撃が迫るが、魔力を纏った俺の右拳が打ち落とす。直後、上段に木刀を構えた片桐が襲ってきた。右に逸れることでそれを躱し、振り下ろされた木刀を蹴り上げた。片桐の手から木刀が離れ宙を舞う。
片桐は躊躇わなかった。素手のまま突っ込んでくるので右、左と拳を躱し、回し蹴りを放つ。最低限の跳躍で躱した片桐が、空中から蹴りを放ってきた。それを腕で受け止め、拳を打ち込む。空中で身体を逸らし、器用にそれを回避した片桐が崩れた体勢のまま回し蹴りを放ってきたので、後退することでそれを躱す。
着地と同時に落ちてきた木刀をキャッチした片桐が、再び距離を詰めてきた。二手、三手と片桐が先行し木刀を振り回す。それら全てを最小限の動きで回避していく。
「っ、『陽炎』!!」
段々と俺の体術に対処が追いつかなくなってきたようだ。木刀を振り抜いた僅かな硬直を狙って蹴りを放ったが、浅草の奥義で強引に防がれてしまった。対象となる魔力を感知し自動で迎撃する火の型『陽炎』。
そうか。対象となる魔力を感知するのが条件なら、一時的に身体強化を解いてしまえば迎撃対象にはならないんだよな。今のは解除して攻撃するべきだったか。いや、そうすると大した威力にはならない。向こうが防御に魔力を回していたら、逆にカウンターを喰らう恐れもある。
頬スレスレに突き込まれた木刀を弾き、掌底を肩口に喰らわせた。片桐が呻き声を上げて僅かに後退する。
歓声が上がった。
見物人は気楽なものだ。
様子見をすることなく、片桐が再び距離を詰めてきた。突きを躱して足を払う。バランスを崩した片桐が、その勢いを利用して横薙ぎに木刀を振った。それを後退することで回避する。
片桐が一瞬で肉薄してきた。
「前回の選抜試験で受けた恥辱!! 今ここで返します!!」
「何でそんな勘違いされるような発言するんだよ!!」
膝蹴り、肘打ち、掌底、回し蹴り。剣術に体術を交え、怒涛の攻撃ラッシュが続く。それら全てを躱し、いなし、弾き返し、そして反撃していく。
「まだまだです! 更にギアを上げていきますよ!!」
「自重って言葉をどこへ置き忘れたお前!!」
これ以上ギア上げてどうするんだよ!
下手なことしたらお前蔵屋敷先輩に殺されるぞ!!
咄嗟に周囲を見渡す。
……。
一度頭を冷やさせた方がいいな。
「……ウリウム、いけるな」
腕に装着された相棒に声を掛ける。
《おっけーおっけー、ばっちこーい》
気の抜けるような返事だった。
だが、頼りになるのは確かだ。
これで一度クールダウンさせてやるか。
まずは軽い牽制を1発お見舞いして……。
とか思っていたら、俺の背後に5発の水属性の魔法球『水の球』が発現されていた。
「お、おい!?」
観客席がざわつくのが分かった。
制止をかける前にウリウムの意思で射出。
その全てが寸分の狂い無く片桐へと殺到する。
「っ!?『大地』!!」
剣術に魔法を取り入れた浅草の奥義、その1つ。
防御特化の土の型だ。
これまでの俊敏な動きとは打って変わり、石像のように片桐の動きが止まる。そこへ俺の『水の球』が着弾した。全てをその身に受けきってなお、片桐は無傷。
「や、やるな」
良かった良かった。
もちろん心配してなかったよ、俺は。
「まさか貴方が魔法球を、それも5発も同時発現してくるとは思いませんでした。ですが、この程度で――」
再び動き出した片桐がそこまで口にしたところで。
今度は俺の背に、おそらく20を余裕で超えているであろう数の『水の球』が発現されていた。
「ちょ」
その光景に片桐が絶句している。
《へいへーい、びびってるよー。片桐ちゃんびびってるよー》
びびってんのは俺だよ!!
観客席もざわついてるよ!!
ウリウムは情け容赦なくその全てを射出した。
「ば、馬鹿っ」
もう遅い。
数えるのも億劫になる数の『水の球』が、次々に片桐へと迫る。
「――っ」
片桐は浅草の奥義を使わなかった。『大地』の防御力では、数の力に負けて貫通するだろう。あれは防御力を上げる代わりに一切の身動きが取れなくなる。突破されたら終了の諸刃の剣だ。火の型二式に『結結陽炎』という自動迎撃魔法があるはずだが、火は水に弱い。そもそも片桐にそれが使えるのかも不明だ。
身体強化魔法によって底上げされた機動力のみで、弾丸の雨を回避していく。
「……やるな」
残像すら見える速度で華麗に回避していく片桐に称賛を送る。
「……ウリウム、どういうつもりだ」
《どうもなにも、マスターが最強ってところ見せつけるんでしょ?》
「限度って奴があるだろうがっ」
轟音と共に次々と着弾していく『水の球』の軌跡を眺めながら、ウリウムへ小声で怒鳴る。大丈夫か、これ。いや、何だかんだで片桐なら全て捌き切るだろう。そのくらいには俺は片桐の実力を信頼している。問題なのは後始末の方だ。
なにせ呪文詠唱のできない俺は、無詠唱で20発以上の属性魔法球を瞬時に発現できるという設定になったのだ。本当にどうするのこれ。
「――考え事ですかっ」
背後から、声。
「背中ががら空きです!!」
「馬鹿が。本当にがら空きに見えたのか?」
迫る太刀筋を視界の端に捉えながら、吐き捨てるように言う。
「近接は俺の最適距離だぞ。前回の選抜試験で何も学んでいなかったのか?」
振り返るなんて余計な手間はかけない。『不可視の弾丸』の劣化版、『魔力の弾丸』を片桐の脇腹に叩き込む。
「がっ!?」
咄嗟に反応しようとしたのは良いが、まるで追いついていない。生成・圧縮・放出・解放という4つの手順のうち2つを省略し、生成と放出のみで成り立つ俺の最速の技法。威力は『不可視の弾丸』に劣るが牽制には十分だし、俺の発現量ならばそれなりの威力は出せる。
現に、片桐の身体がくの字に折れ曲がった。
しかし。
「ああああああああああああ!!」
歯を喰いしばり、足を地につけ、吹き飛ばされることなくその場で堪え切る片桐。振りかぶっていた木刀を袈裟に振り下ろした。
が。
「人の忠告は素直に聞くべきだぞ」
木刀を素手で掴み取る。
片桐の表情が露骨に歪んだ。
引き抜こうとするがそうはさせない。そのままこちらへと引き寄せる。
「かかりましたね、『雷花』!!」
「ん、読んでた」
身体強化魔法に割いていた魔力全てを、木刀を握る右手へと収束させた。
直後に、青白い花が咲く。
観客席から悲鳴が上がった。
見た目が派手だからな、この浅草の奥義は。
しかもゼロ距離だ。属性付加を覚えたての学園生では速攻で退場だろう。
まあ、普通の学園生基準での話なら、だが。
超優秀なMCであるウリウムのおかげで、発現量も発現濃度も以前とは比べ物にならないほど大きくなっている俺だ。雷属性の麻痺効果を微塵も受けることなく、俺はそのまま木刀を引き寄せる。
「な――」
「ほい、捕まえた」
「ぎっ!?」
未だ『雷花』の効力が残っている右手で片桐を抱き寄せてやった。ついでに無詠唱で雷属性の身体強化魔法を発現し、威力を倍増させてみる。
「あああああああああああああ!?」
自分の魔法でがっつりやられた片桐が木刀から手を放す。
あー。これは奥義に魔力をつぎ込み過ぎて防御面に回してなかったな。いくら自分に返ってくると思っていなかったとはいえ、これはちょっと頂けない。
そのまま足を払って転がしてやった。
どさり、と音を立てて片桐が沈む。
立っているのはもちろん俺。片桐の得物である木刀もこの手にある。
つまり。
「ふっ、これが『1番手』の実力って奴だな。俺に本気を出させたいのなら、今後も精進するがいい」
木刀を天に掲げて宣言する。
「俺の勝ちだ!!」
一瞬の静寂。
徐々にざわつき出す観客席。
「あれ、終わり?」「嘘でしょ」「え、普通に凄くね?」「片桐マジで負けたの?」「これやらせ?」「次の文化祭で生徒会が披露する劇とかじゃねーよな?」「違うだろ、さっきのゼロ距離の雷はガチだったぞ」「というか魔法球の数……」「圧勝じゃん」「これは予想外」「中条すげぇ」「幻術使った? あの魔法球の数なに」「無詠唱で魔法球ってあんなに発現できんの?」「それを避け切った片桐も凄いが、そもそも発現できる中条ってなんなの」「あいつ呪文詠唱できないんだよな?」「中条君ってまだ2年よね?」「無詠唱であの数とか何なの可能なの?」「強すぎ。片桐相手に無傷とか」「本当に終わったの?」「誰だよ出来損ないとか言ってた奴。どう考えても俺らより強いだろ……」「中条君、カッコいい」「喧嘩売らなくてよかった」「俺、次からあいつに敬語使うんだ」「中条さんステキ」「生徒会の絶対王政時代が来るか」「圧政が敷かれるぞ」「前会長亡き今、全ての権限はあいつの手にある」「中条様」「生徒会を裏から支配する魔王の誕生か……」
そして呟かれる、名も知らぬ誰かの一言。
「……『1番手』だ」
呟きは連鎖する。
「『1番手』」
「『1番手』だ」
「『1番手』だな」
「学園最強か。確かに、あれは最高学年の俺らでも普通に無理だわ」
「御堂が認めるのも分かる。あいつが『1番手』だ」
「御堂に勝てたって証明にはならなくね」
「じゃあお前あいつに勝てるのかよ。御堂が降りた今、最強はもうあいつだよ」
「『1番手』!」
「メイド好きの『1番手』の爆誕だ!!」
それが総意になる。
「ファーッスト!! ファーッスト!! ファーッスト!!」
「ファーッスト!! ファーッスト!! ファーッスト!!」
「ファーッスト!! ファーッスト!! ファーッスト!!」
「ファーッスト!! ファーッスト!! ファーッスト!!」
「ファーッスト!! ファーッスト!! ファーッスト!!」
はっはっは。
ありがとう、ありがとう!!
どうもどうも。『1番手』の中条聖夜です。
声には出さないが、笑顔だけは振りまいておく。
とりあえずメイドって口にした奴は後で潰す。どこだ。
スタンディングオベーションである。
拍手喝采の中、足元でプスプスと煙を出している片桐に、俺はそっと木刀を返した。ごめん。ちょっとばかり出力を誤ったかもしれないね。
いやいや、しかし、しかしだ。
これで俺が『1番手』って大多数の学園生が認めてくれたようだし、これは大成功だったんじゃないか? こういった機会を用意してくれた片桐に感謝だな。まさか特別試験を受けるまでもなく、こうして俺が認められる日が来ようとは。
まあ、総意とは言ったが本当に全員が俺の事を認めてくれたとは思っていない。ただ、数は力だ。大多数の学園生が俺に味方してくれるのなら、今後もうまくやっていけるだろう。
《ほらね! あたしの言った通りじゃない!! 完璧よ、今の貴方は輝いているわ! マスター!!》
そうだな!
やっぱりあれくらい派手にやった方が良かったんだな。
インパクトって大事だ。
「ウリウム、お前というパートナーに出会えて俺は幸せだぞっ」
《えへへ~、もっと褒めてくれてもいいのよ? あたしは褒めて伸びる子なの!》
おうおう。
褒めてやる褒めてやる。
今日の夜ご飯は魔力をお代わりさせてやろう。
☆
「やりすぎです!!」
ですよね。
ここは生徒指導室。
怒髪天の白石先生と何とも言えない表情をしている教頭を前に、俺は床の上に正座させられていた。
「何なんですかあの魔法球の雨は!! 相手が片桐さんじゃなければどうなっていたか分かりませんよ!! いくら緩衝魔法があるからといって、あれは完全に高校生が……、いえ学生が発現できるレベルを超えています!! 魔法聖騎士団にでも入団するつもりですか!!」
うん。
知ってた。
流石に派手にやり過ぎた。
インパクトが必要とはいえ、限度というものもあるだろう。
《ごめん》
気にすんな。
正直、今回は俺も相当悪ノリしてたから。
完全に『入った』状態となった白石先生のお小言を聞き続けていると、教頭がそれに待ったを掛ける。
「そろそろ落ち着きましょうか。白石先生」
「で、ですがっ!!」
「白石先生」
「……、は、はい。すみませんでした」
教頭の言葉に、白石先生が押し黙った。それを見て、教頭の視線が正座する俺へと移る。
「私個人の感想を正直に述べるとだね、今回の模擬戦に関して私は君を責める気持ちは一切無い」
……え?
「ちょ、教頭先生!!」
「白石先生、私は今、中条聖夜と話しているんです。口を挟まずにはいられないようでしたら、一度退席してもらえますか」
「……すみません」
今度こそ白石先生は押し黙った。教頭が改めて俺に向き直る。
「片桐沙耶だってあの浅草の奥義を学生の模擬戦に持ち込んでいるのです。いくら出力を抑えているとはいえ、名門の奥義ですからね。それは言い訳にならない。そして、そもそもそういったことを抜きにしたって、君は素手、彼女は木刀と武器に関するハンデもある。前『1番手』の御堂縁然り、『不動の三席』と謳われた残り2名然り、突出した魔法使いが在籍しているということは、この学園の誇りです。全く気にしなくてよろしい」
「あ、はい。ありがとうございます」
まさかの高評価に思わず頭を下げた。
「しかし、その実力に見合った節度を君は保たなくてはならない。魔法は奇跡の力、使うベクトルを誤れば、魔法は人を平気で殺す。あの魔法球の弾幕を退けていたことから、片桐沙耶はあれだけの魔法を使うに値する、と君は判断したということだ。その判断を見誤ってはいけない、と言う話です。分かりますね」
「はい」
「ならば何も問題は無い。高レベルの魔法使い同士が模擬戦をして、片方が破れた。そして片方が圧勝した。今回はただそれだけのことです。よろしいですね、白石先生」
「……分かりました」
頷く白石先生に苦笑しながら、教頭は再び俺を見た。
「しかし、中条聖夜。君には本当に驚かされる。前回の選抜試験ですら手を抜いていたとはね。これだけの実力を有していたのなら、豪徳寺大和と私闘などせずとも、正規に『番号持ち』入りすることもできただろうに」
「あー……」
視線を泳がせる。
「少々意地の悪い発言でしたか。まあ、確かに正規の手順では、君は『1番手』にはなれなかったでしょうね。頭の固い輩とはどこにでもいる。おっと、今のは失言だったかな」
言うまでも無く、俺の体質についてだろう。
「君のような魔法使いには、この国の考え方は息苦しいのでしょう。多少ルールから逸脱してでも頂点を狙う。その意欲は称賛に値します。どうです。君がその気なら魔法世界にある王立エルトクリア魔法学習院に推薦しても構いませんが」
「教頭先生!!」
ついに白石先生が割り込んだ。俺を庇うように教頭の前に躍り出た白石先生に、教頭はもう一度苦笑を漏らした。
「まあ、話が急すぎましたかね。確かに人生を変えてしまうほどの決断だ。そう簡単には結論も出せないでしょうしね。ただ、そういった進路もあるということは知っておくといいでしょう。では、私からの話はこれで終わりです」
白石先生の肩を軽く叩いた教頭は、そのまま指導室を後にした。
「白石先生?」
それを無言で見送った白石先生に声をかける。
「中条君は、エルトクリア魔法学習院に行きたいと思いますか?」
「え? どうでしょう……」
正直、あまり行きたくはない。
だって、天道まりかとかウィリアム・スペードとかが在籍してるよな。
厄介事しか思い浮かばねーわ。
「あまりにも急過ぎるお話だったので、思わず待ったをかけましたが……、中条君が行きたいと思うのなら、先生は応援しますよ。教頭先生が仰った通り、向こうは日本のような差別はほとんどないですからね」
差別。
何か1つでもできないことがあると、優秀な魔法使いとしては認められない。
欠陥品。
いわゆる、出来損ないの魔法使い。
「模擬戦が終わった直後ですし、まだ興奮状態にあると思います。一度冷静になって、ゆっくりと考えてみてください」
「はい」
「進路としては、かなり魅力的な話だと思いますよ? 先ほど見せてくれた中条君の実力なら、向こう側もほぼ間違いなく受け入れてくれるでしょう。何度も言いますが、中条君が望むのなら、先生は全力で応援しますから」
「ありがとうございます」
これで話は終わった。
白石先生に頭を下げてから、俺も指導室を後にする。
……とんでもない方向に話が転がっちゃったなぁ。
☆
『中条聖夜、「1番手」の貫禄見せつけ圧勝』
そんな見出しがでかでかと踊る号外が朝っぱらから配られていた。写真付きである。木刀を天に掲げる俺と、俺の足元で煙を上げて倒れている片桐。
……これはやばい。
そんなことを考えながらクラス=Aの教室へ入ると、案の定と言うべきか、片桐が仁王立ちで待ち構えていた。
「……おはようございます」
「お、おはよう」
ただならぬ雰囲気で朝の挨拶を交わす俺たち2人に、クラスメイトたちも固唾を飲んで見守っている。
見てないで助けろよ。目の前で仁王立ちしてるくせに俯き加減でぷるぷるしている片桐が本当に怖いんだよ。
「……昨日は大変失礼致しました」
ぺこりと頭を下げてきた。
どうやら正気に戻っているらしい。
「お、おう。いや、まあ、俺も結構悪ノリしている自覚があるから、そこまで気にしなくていいんだが」
デスマッチ吹っ掛けられた時は流石にどうしようかと思ったがな。
空回りし過ぎだ。
「……そうですか」
「あ、ああ」
沈黙する片桐。
……。
なんか言えよ!!
怖いから!!
「この……」
ん?
「この借りは、……選抜試験でお返ししますので」
「お、おう」
……え?
それだけ言うと、片桐は自らの席に着いて大人しくなった。
ごめんちょっと待って。
今の表現おかしいよね。
借りを返すって表現、絶対に俺が思っているものと違うよね。
完全に雪辱を果たすって意味で使ってるよね。
確認しようと思ったが、チャイムが鳴ったので諦めた。
……どっちでもいいか。
向かってくるなら叩き潰す。それだけだ。
次回の更新予定日は、9月23日(金)です。