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テレポーター  作者: SoLa
第8章 エンブレム争奪戦編
247/432

第5話 拡散

夜だとアクセス出来ないと思ったので、ちょっと早めに公開。




「おい、聞いたか!」


 2年クラス=B(クラスビー)

 教室の扉を開けて飛び込んできた本城(ほんじょう)将人(まさと)は、「今日の昼飯はどうするか」という平和な議論を交わしていた杉村(すぎむら)修平(しゅうへい)楠木(くすのき)とおるへ叫んだ。


「小便に行ったお前が何を聞いたかなんて分かるわけがないだろう」


「興味も無いしね」


 つれない答えを返す修平ととおるにクラスからも失笑が漏れる。情けない声で「お前らちょっとは興味を持てよ……」と将人は口にしながら2人のもとまでやって来た。


「で、どうしたんだい?」


 とおるが促すなり将人に元気が戻った。


「ビッグニュースなんだ!」


「もうちょっとボリュームを落とせ」


「あ、悪い」


 本気で嫌そうな顔をしながら耳を塞ぐジェスチャーをする修平に、将人が謝る。そして、気を取り直した将人はようやく本題を口にした。


「放課後、旧館の実習ドームBで聖夜と生徒会の片桐さんが一騎打ちするんだとよ!!」


 そのニュースに喧騒に包まれていた教室が静まり返る。


「……あれ?」


 もっと盛り上がるものかと思っていた将人は、痛いほどの静寂に首を傾げた。誰もリアクションを起こさないことにため息を吐いた修平が、頭を掻きながら口を開く。


「一騎打ちというのは随分と穏やかじゃないが……。何だ? 片桐さんは聖夜から『1番手(ファースト)』を奪おうとして決闘を申し込んだって認識で良いのか?」


「え? あぁ、違う違う。ほら、選抜試験で聖夜と片桐さんは特別試験を受けるだろ? それに備えた練習試合というか手合わせみたいな感じらしいけど」


 将人の答えに、教室の空気が一気に弛緩した。「何だよ。思わせぶりなこと言いやがって」だとか「生徒会の内乱とかマジ勘弁」だとか「将人ふざけんな」だとか「中条は十分強いだろ。流石に前会長に勝てたとは思えないけど」だとか「将人くたばれ」だとか「生徒会の副会長に選ばれた以上、それなりの実力はあるってこと」だとか「将人失せろ」だとか「特別試験のあのラインナップ見て参戦表明している時点で中条は別格」だとか「将人消えろ」だとか「将人うぜぇ」だとかクラスメイトは言いたい放題である。


「おい! お前ら容赦無さすぎだろ!? 半分くらいはただの悪口じゃねーか!!」


 喚く将人に教室が沸く。苦笑いを浮かべたままとおるが将人の肩を叩いた。


「特別試験と言う名の争奪戦を前に、片桐さんが番号はく奪に乗り出したわけじゃないってことは理解した。ただ、純粋にあの2人の練習試合なら興味あるな」


「だろ!?」


 修平の呟きに、将人はここぞとばかりに喰い付いた。


「話によると、片桐さんは実習ドームBの一区画の使用権を予約していたらしいんだが、聖夜との練習試合をするって聞いた他の予約者が根こそぎ実習ドームBの使用権を譲り渡したらしい」


「え? つまり今日の放課後、旧館にある実習ドームBの使用者は片桐さんと聖夜だけってこと?」


 将人の言葉に、とおるが目を丸くして質問する。修平は腕を組んで背もたれに身体を預けながら言った。


「……それだけその対戦カードに皆が興味津々ってことだな。しかし、エンブレムを賭けた決闘でないのなら、あくまで個人的な約束のはずだろう? なぜ他の予約者が権利を譲り渡すような事態に発展するほどその約束が知れ渡っているんだ?」


 当然の疑問である。

 しかし、将人の答えは簡潔だった。


「あー、何か片桐さん、新館の正面玄関で仁王立ちして登校してくる聖夜を待ち構えていたらしくてさ。そこでがっつり宣戦布告まがいのことをしたせいで、登校途中だった他の奴らに……」


「おーぅ……」


 修平が手のひらで目元を隠しながら天を仰いだ。とおるは苦笑いである。


「まあ、気が逸っていたんだろうね。せめてクラス=A(クラスエー)の教室で約束していれば話は変わっていたんだろうけど」


 とおるの思いやり溢れるフォローを聞いたら、片桐沙耶は羞恥のあまり早退するに違いなかった。


「ま、まあ、そんなわけであの2人の練習試合ってわけだ!」


 将人が強引に話題を元に戻す。


「で……、見に行きたい、と」


「あったりまえよ!!」


 修平の言葉に、将人は激しく頷いた。


「あの2人の戦闘スタイルは近接だからね」


「そういうこと! やっぱ近接戦はロマンだ!! これは燃える展開になるぜー!! 前回の選抜試験でも結構面白い事になってたみたいだしよ!!」


 前回の選抜試験でも、聖夜と沙耶は戦っている。将人たちは試験のタイムテーブルの都合で見ることはできなかったが、かなり白熱した試合展開だったということを聞いていた。


「それじゃ、行ってみるか?」


 修平がとおるへと視線を向ける。


「いいんじゃないかな。幸い、今日の放課後は施設の予約は取れなかったし」


 それを幸いと表現していいのかについては疑問が残るが。


「うっしゃあ! 今から楽しみだぜー!!」


 まだ昼休みすらも迎えていない午前中の休憩時間で、将人は拳を天に掲げた。







 1年A組である。

 こちらも似たような話題となっていた。


「ほへー、中条せんぱいが……」


 最近、ちょっとずつ増えてきた友達の1人からもたらされた情報に、姫百合(ひめゆり)咲夜(さくや)は思わず呆けた声を上げてしまった。それに気付いた咲夜は開きっぱなしになっていた口を慌てて閉じる。


「旧館は約束の泉のところにあるからちょっと遠いけどさ、気になるでしょ?」


「気になります!」


 咲夜たち以外のクラスメイトたちも、概ね同じような話題を共有していた。時折上がる黄色い声に面白くなさそうな顔をする男子生徒もいたが、そいつもそいつで聖夜と沙耶の練習試合には興味津々のようで、根掘り葉掘り情報を握っている生徒へ質問を繰り返している。


「でも、咲夜ちゃんも特別試験への参加が許可されてたんでしょ? なんで断っちゃったのさ。せっかく愛しの中条先輩と揃って出場できたのに」


「い、いいいい愛しのっ!?」


「バトルロイヤル形式だし、もしかしたら中条先輩に守ってもらえたかもよー?」


「ええぇっ!?」


「あぁーっ! それありそう!!」


「お姫様を守る王子様みたいな?」


「中条先輩なら本当にしてくれそう!!」


「文化祭でも優しかったもんねー!! 頼りになる先輩って感じ!!」


「今じゃあ『1番手(ファースト)』様だよ!!」


「加えて副会長様!!」


「姫百合さんここは攻勢に出るべきでは!?」


「姫百合さんが何もしないなら私が」


 ぐるぐると目を回す咲夜をからかうようにして、近くにいた女子が持て囃す。


「そ、そそそそれにしても、か、片桐せんぱいは随分と思い切ったんですね。朝とはいえ、その、登校時間に正面玄関で宣戦布告なんて……!」


 何とか話題を変えようと、咲夜は必死に方向転換を図った。そしてそれは正解だった。近くにいた女子生徒の1人が若干頬を染めながらこう口にする。


「そうなのよ!! そしてそれに受けて立った時の中条先輩もチョーカッコよかったんだから!!」


 その言葉に、ざわついていた教室が一気に静まり返った。

 発言した女子生徒の机の周りにわらわらとクラスメイトの女子たちが集まってくる。


「え、何その話聞いてない!」「明美(あけみ)貴方その現場にいたの!?」「情報詳しく!」「吐きなさい! 早く!!」「『1番手(ファースト)』様の武勇伝と聞いて」「何があったの!? 何があったの!?」「め、めも。めものじゅんびを」「携帯のボイスレコーダーを!!」などなど。


 学園内において、プライバシーが存在する場所などトイレの個室か自らの寮室以外に無い。




 ――――情報は、拡散する。







 昼休みの到来を告げるチャイムが鳴った。

 しかし、2年クラス=A(クラスエー)の1人である片桐沙耶は、自らの机に突っ伏したままピクリとも動かない。


 彼女はこう思っていた。

 死にたい、と。







「それでは『1番手(ファースト)』を賭けた決闘申請というわけではないのですね?」


「はい、その通りです」


 きっぱりと言い切った白石はるかの返答を聞き、教頭は安堵のため息と共に背もたれへと身体を預けた。


「安心しましたよ。まさかこの不安定な時期に新たな火種が投じられたのかと……」


「担当する生徒がご迷惑をお掛けし、申し訳ありません」


 頭を下げる白石へ軽く手を振った教頭は、眼鏡拭きで眼鏡を拭いながら笑う。


「いやいや、白石先生を責める気はありませんよ。ただ、生徒の模範たるべき生徒会の人間が、率先して混乱を招くような行動を取ることは頂けませんがね」


「彼女も悪気があってしたわけでは無いようですので……。朝礼で確認した時は羞恥のあまり目を回していましたし」


「そうですか」


 ふっ、と最後に息を吹きかけて、教頭は眼鏡をかけ直した。


「まあ、選抜試験に向けて努力する姿というのは、この学園において当然あるべき姿勢です。それが多少空回りしただけということでしょう。今回は不問にします。ただ……」


「ありがとうございます」と再び頭を下げていた白石は、歯切れの悪い言い方をした教頭に視線を向ける。


「中条聖夜には、念の為にひと声掛けておいてください。今回の一件で、浮足立つ生徒が多くてですね」


 教頭が自らのデスクから1枚の紙をつまみ上げる。それは白石も見たことがあった。新しい部活を立ち上げる時に提出する申請書だ。ただ、問題なのはそこに書かれている内容。


 そこには『中条聖夜ファンクラブ(仮称)』と書かれていた。


「またですかぁ~」


 うんざり、といった表情で白石が肩を落とす。教頭も似たような雰囲気だ。


 実のところ、聖夜の隠れファンは前回の選抜試験から既に存在していた。呪文詠唱が出来ない“出来損ないの魔法使い”という前評判を覆したグループ試験での活躍。その活躍から繋がる生徒会への電撃加入。そして文化祭での気配りの良い立ち回り、更にそこから前生徒会長・縁が引退時に言い放った『1番手(ファースト)』の継承。


 呪文詠唱が出来ないという致命的な欠点はあるものの、その実力は御堂縁のお墨付き。なにせこの学園最強の座である現『1番手(ファースト)』様である。加えて生徒会副会長という権力者。そして人付き合いが良くノリも良い、おまけに外見だって悪くない。


 甘いマスクを振りまく縁ほどではないにせよ、人気が出るのは致し方の無いことではあった。


「当然、こんな部活申請が通るはずありませんが……」


 教頭は草臥れたため息を吐きながら、申請書をデスクに戻す。


「おそらく、結局は御堂縁の時と同じく『非公式ファンクラブ』として勝手に始めるでしょう。無論、彼女たちにも釘は刺しますが、白石先生、貴方も中条聖夜にはきつく言っておいてください。青藍魔法学園の学園生たるもの……、この学園の顔である『1番手(ファースト)』として……、更に言うならば生徒会の副会長として! 良識のある行動、つまりは品行方正……! 学園生の本業は勉学、そして健全なお付き合いをすること、と!」


「わ、分かりました」


 デスクから身を乗り出すようにして訴えかけてくる教頭に、白石は若干引き気味になりながらも頷いた。







「おい、お前いい加減にしておけよ」


 机に突っ伏したまま微動だにしない片桐の頭を小突く。

 しかし返答は無い。


 午前中の授業ずっとである。

 教師から何を言われようが、この女はピクリとも動かなかった。最初は色々と手を尽くしていた教師だったが、結局は諦めて授業を始めてしまった。本来ならば雷が落ちて然るべき態度なのだが、普段の勤勉さと早朝に起こった事件は既に周知の事実であるため、教師側も同情したのだろう。自分に向けられたら死にたくなるような笑みを浮かべながら片桐から離れていったのだ。


 片桐はまだ動かない。


「おい、片桐。お前から言い出したんだろうが」


 返答は無い。

 思わずため息が出る。


「放っておきなさいよ、聖夜。自分が蒔いた種じゃない。可憐、お昼に行きましょ」


 隣に座っていた舞が、不機嫌さ丸出しで立ち上がった。片桐を一瞥した後、可憐へと声を掛けた舞が教室を後にする。可憐も苦笑しながら一礼し、その後を追った。


「うーん、これは重症ねー」


 完全に他人事のようなセリフを吐きながら紫会長も立ち上がる。


「おい、会長様。どこへ行くんだ?」


「どこって、学食だけど?」


「お前の部下が再起不能なまでに落ち込んでるんだ。助けてやれよ」


 へこへこしている花宮を連れて逃げ出そうとしている紫会長に、片桐を指さしてアピールする。

 しかし。


「え? 中条君の部下でもあるでしょう?」


「俺、お前の部下だよな。俺も困ってるんだけど」


「あーうん。まあ、そこは当事者同士ごゆっくりってことで。それじゃあね~」


「お、おい!!」


 ひらひらと手を振って紫会長は本当に教室から出て行ってしまった。花宮も同様である。くっそ、あいつら今度絶対に泣かす。


 残ったのは俺と片桐、そして美月とエマである。ハンカチを噛みながら怨念を垂れ流しているエマは努めて無視しよう。そうしよう。


「あはは、第三者として見てるとすっごく面白いんだけどね~」


 ただ、美月もこんな感じである。

 目じりに涙すら浮かんでいた。


 まあ、実際にあの現場にいたのだから当たり前か。

 俺だって美月の立場なら腹を抱えて笑い転げていただろう。

 白手袋でも投げつけられるかと思ったわ。


 片桐がやる気を空回りさせていることを理解した上で「ふっ、頂きの高さって奴を教えてやるよ」的なノリノリな返答をした俺も俺だが。


「片桐ぃー、昼休み終わっちまうぞー」


 つむじをつんつんしてみる。

 反応は無い。

 普段なら絶対に怒るだろうに。


 うーむ。

 本当に駄目だな、こりゃ。


 そう思った時だった。

 何やら廊下が慌ただしくなってくる。

 そして。


「新聞部です!! 中条聖夜君と片桐沙耶さんはいますかね!?」


 勢いよく扉を開けた男子生徒がやってきた。どのくらい勢いが良かったかと言うと、開けた扉が反射して教室に入ろうとした男子生徒が扉で挟まれてカエルが潰れた時に発するような声を上げたくらい。聞いたことはないけど。


「中条ですけど」


 とりあえず手を挙げて存在をアピールする。

 どうせ逃げたって無駄だ。何せ今のこのクラスには4人しかいないし、そもそも男子は俺だけだ。


「良かった良かった!! 何でも片桐沙耶さんと決闘するとか!? 学園中は大騒ぎなんですよ!! これを記事にしない手はありません!! ぜひインタビューを!! 片桐沙耶さんが第一声でいきなり『中条聖夜! この私と』」


「きゃ――――――――っ!!!!」


 興奮した新聞部の男子生徒の口上を止める大絶叫だった。


 これまで微動だにしなかった片桐が突如顔を上げる。俺に代わって片桐の様子を窺っていた美月は、いきなり振り上げられたその頭が自らの顎に直撃して悶絶している。片桐も同等の痛みを負っているはずだが、謎の分泌液でも脳内に循環しているのか、痛みを感じさせぬ機敏さで奇声を上げたまま教室から飛び出していった。


「え、えーと?」


 新聞部の男子生徒が、何とも言えない表情で俺を見る。

 残されたのは俺とこいつと、それから負のオーラを撒き散らしているエマと床を転げまわっている美月のみである。


「……とりあえず、話聞くよ」


 生徒会副会長の立場としても、あまり悪い印象は持たれたくない。お昼抜きかもなぁ、なんて思いながら、俺は新聞部の取材に応じることにした。

9月10日にちょろ子ssを公開します。

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