第4話 消し炭
アンケートにご協力頂きましてありがとうございました。
結果は活動報告にて。
記念ssは9月10日に公開予定です。
☆
「死ぬかと思ったわよ!!」
だんっ、とメロンソーダ―の入っていたグラスを一気飲みしてから机に叩きつける舞お嬢様である。
「いやぁ、すまん」
こちらとしては謝ることしかできない。舞と可憐が展開した障壁の群れを軽々と貫通した俺の"魔力の散弾"は、無情にも舞を吹き飛ばしたのだ。舞が咄嗟に身体強化魔法を発現させていなければ、それなりに酷い目に合っていただろう。緩衝魔法があるとはいえ、痛いものは痛いからな。
結局、そのまま試合は流れて俺とエマの勝ちとなった。
今は放課後、寮棟にある食堂にてお詫びの意味を込めた飲み物を奢っているところだ。ここにいるのは俺とエマ、舞、そして可憐の4人である。
「ほほほ。聖夜様、この温室育ちのお嬢様にしっかりと現実を教えて差し上げたらいかがです?『お前たちのぺらっぺらの障壁が想像以上に薄っぺらかったせいで出力を誤った』と!『お祭りでよく見る金魚すくいの道具の方がまだ耐久力があった』と!!」
「あぁん? 何ですってぇ!?」
「今言ったの俺じゃないよね!? 俺じゃないよね!!」
エマこの野郎無責任に舞を煽るんじゃねーよ。
金魚すくう奴よりは耐久力あったわ。
「しかし、驚きました。てっきり中条さんは防御に徹すると思っておりましたので」
「というより、貴方大丈夫なわけ? あんな魔法……、と呼んでいいのか分からないけど、あんなものを使っちゃって」
可憐の言葉に続くようにして舞が質問してくる。
「問題無いだろう。発現プロセスはまったく別物だ。あれでT・メイカーに辿り着かれることはないよ。わざわざそのためにあんな力技を用意したんだからな」
流石に強化魔法だけで争奪戦に挑む気にはなれなかった。いや、自重せずに全身強化魔法や属性共調を使えば余裕で1人無双できるだろうが、どう考えても平穏な学園生活が終わる未来しか視えない。
……わりと今までも平穏じゃなかった気がしないでもないけど。後はウリウムをどうするか、だな。
「ふぅん。まあ、貴方がそれでいいならいいんでしょうけど」
空のグラスを手で弄びながら舞が口を尖らせる。
「何だよ、引っかかるな」
「舞さんは中条さんにストレートで敗北したことでもやもやしているんですよ」
「大当たりよ!!」
可憐の指摘を全力肯定した舞が、もう一度空のグラスをテーブルに叩きつけた。
「試験当日まで後2週間!! 特訓よ!! 聖夜、何としても貴方をぎゃふんと言わせてやるわ!!」
「おー、精々頑張れ」
「こ、この余裕綽々の感じがムカつくー!!」
だって、さっきの調子ならマジで余裕だし。
もっとも争奪戦の舞台は旧館だ。先ほどの試合のようにコートで仕切られているわけではないから近接戦闘も解禁。舞が得意なのは中・長距離戦よりも近距離戦。一筋縄ではいかないだろう。
「ふっ、聖夜様に挑むことを考えるよりも、私を倒す算段を付けておいた方がいいのでは? 私の目が黒いうちは聖夜様に指一本触れさせないわよ」
「いや、お前は俺を守ってないで俺を攻撃して来い」
何言ってんだよお前。
「ええええ!? そ、そんな!! この私が聖夜様に反旗を翻すなどっ!?」
「反旗とか関係無いから。エンブレム争奪戦だから」
それにエマに守ってもらったおかげで1番の座を死守したとか思われたくない。
「わ、私は聖夜様に攻撃魔法を放つなど」
「ダメ」
「わ、わた」
「ダメ。絶対にダメ」
エマはもごもごと口を動かした後、白々しく俺から視線を外した。
そして。
「ま、まあ、試験会場は旧館? とか言うそれなりに入り組んだ場所? のようですし? わ、私と聖夜様が会うことなく試験が終了する可能性もある? みたいな」
「まあ、あるかもしれんな」
可能性はゼロでは無い。
ゼロでは。
「ですよね!!」
急にエマに元気が戻った。
「あぁ!! 残念です!! 試験中に聖夜様に会えないなんて!! なんて神様の悪戯!!」
ふっふっふ。
エマには俺の方から出向いてやるのも面白いかもな。
こいつのことだから俺に背を向けて全力疾走で逃げそうだ。
「……これでよろしいのでしょうか」
「いいんじゃない? 好きにさせておきなさいよ。私たちの目標はあくまで聖夜ただ1人なんだからね!!」
笑みを引きつらせる可憐の肩を叩き、鼻息荒く舞がそう吠えた。
☆
自主練で使う場所の予約時間が来たとのことで、舞と可憐が慌ただしく食堂を後にする。その後ろ姿を目で追いながら、俺は溜め息を吐いた。……前回は色々とあったせいで予約が一度も取れなかったんだよな。学園こっそり抜け出して舞の屋敷に転がり込んだっけ。
……マジで懐かしいなおい。
飲みかけだったコーラを一気に飲み干してから立ち上がる。
「本当によろしかったのですか? あのような技法を持ち出されて」
質問してくるのは俺と一緒に残っていたエマだ。
「問題無い。さっきも言ったように、あれで“不可視の弾丸”に結び付けられるようなことはないよ」
そんな簡単に繋がるようなら、魔法世界の解析班はあんなに苦労していないだろう。
「……それはそうかもしれませんが。私が言いたいのは、この学園の試験程度に、聖夜様があれらの技法を使う必要があるのかということで――」
「エマ」
言いたいことは分かっている。
だから止める。
「お前も師匠から制約を受けている身だ。だからこそ、あいつらを甘く見るなよ」
「……と、言いますと?」
「曲がりなりにも、あいつらは現『五光』の血縁者だってことさ。片桐沙耶は浅草の剣術に通じている。大和さんや安楽先輩は言うまでも無く元『番号持ち』。気を抜いていい相手なんて1人もいない」
きょとんとするエマに言い放つ。
「足元掬われるぞ?」
その一言に。
エマの笑みに影が宿る。
「まあ、それは楽しみです。けど万が一、本当に私が手に入れるべき“青藍の2番手”の座を脅かす輩が現れるようなら……、今後二度と盾突くような気概を持たぬよう、念入りにすり潰す必要がありますね。勢い余って再起不能とかにしちゃったらどうしましょう。きゃっ!」
「それは止めろいいな約束だぞ絶対だ」
きゃっ、じゃねーよ。
☆
「んー」
《なに悩んでるの、マスター》
「いや、どこまで見せていいものかなぁ、と」
夜。
飯も食い風呂も入り、後は寝るだけになった時間。
俺は勉強机に向かい、1枚の用紙を前にして唸っていた。
今日の実習で“不可視”の劣化版“魔力の弾丸”を披露したわけだが。
流石にT・メイカーの使っていたバリエーション全てを模倣しまっくていては怪しまれてしまうだろう。
可憐や舞、エマにはああ言ったものの、絶対にバレないと楽観視するわけにもいかない。T・メイカーのような技、と言われないようなものもいくつか織り交ぜておくべきだ。
しかし、これが結構難しい。
うーむ。
《そんなに深く考える必要なんて無いと思うけどね、あたしは。身体強化と今日使ったアレだけあれば十分でしょ。あたしもいるし。とりあえず、ご飯もらうねー》
「おう」
俺の魔力がMCにちゅーちゅー吸われ出す。最近になってようやく慣れてきた。魔法を発現する時にはあまり感じないんだが、食事とやらの時の吸引はやたらとくすぐったさを感じるんだよな。
「さて。どうしたものかね」
目の前の紙に意識を戻しつつ、俺は1人ため息を吐いた。
問題は山積みだ。
試験に向けた見世物用の魔法開発もそうだが、新魔法や属性共調の練習もしておきたい。
新魔法は完全に頓挫しているから、やるなら属性共調の方。シスターも属性共調の練習と言えば訓練場を貸してくれるだろう。ただ、属性共調の方も順調とは言い難い。
ウリウムの力を借りることで実現した属性共調ではあるが、だからといって俺1人で発現できることも確約されたわけではない。アギルメスタ杯に向けて練習を重ねていたこの魔法であるが、難易度は天蓋魔法や全身強化魔法のRankAを遥かに超えるRankS。RankAの時点で既に一流企業から引っ張りだこになる難易度で、RankSなんて人間兵器の領域だ。国家間の戦争の流れを単独で変えられるとまで言われている。
魔法に生涯をささげたところで、RankAにすら届かない人間が大勢いる。RankBとRankAの境界はそれだけ大きい。RankAとRankSなんていうのはそれ以上だ。発現できるのはもはや英雄の領域。呪文詠唱が出来ない欠陥品である俺がここまで来れただけでも僥倖と言えるだろう。
「……そうだよなぁ。俺って出来損ないなんだよなぁ」
最近、やたらと強い攻撃手段を手にしたせいで感覚がマヒしがちだが、俺の本質は変わっていない。呪文詠唱が出来ない、この国では欠陥品と称されるような存在だ。俺が魔法使いのライセンスでClassAの受験資格が無い理由だって、呪文詠唱が出来ないが故に天蓋魔法に挑戦できないから。保持しているClassBですら、この国の受験資格を満たせずにアメリカで取得したくらいだ。
《詠唱が全てじゃないわ。現にマスターは強いじゃない》
同じ世代相手にはな。
ただ、それだけじゃ駄目なんだよ。
アギルメスタ杯の一件が無ければ、そしてウリウムというMCに出会えなければ、俺はきっとRankSの魔法を習得する努力すらしようとはしなかっただろう。全身強化魔法まで習得していれば、並みの戦闘なら十分に活躍できる。それはあのアギルメスタ杯でも証明できただろう。
というより、そもそも「天蓋魔法すら発現できないお前が何言ってんの」と言う話だ。周囲に相談しようものなら病院を勧められるに違いない。初めてテニスラケットを握った少年が「僕、次の五輪マークの大会で金メダルとるんだ」宣言をしたレベルの微笑ましさである。医者から言われる内容が「お薬出しときますね」で済めば良い方だ。
属性共調。
強化系魔法における1つの頂点。
「よっし!」
机の用紙を片付けてから、部屋の電気を消す。
《なになに、気合い入れてどうするのかと思えば、寝るの?》
「おう。明日は早いからな」
明日は朝から教会にお邪魔させてもらおう。
訓練場では属性共調一本に絞って練習、新魔法は取っ掛かりが閃くまではしばらくお休みだ。
1人で発現可能か否か。
これは自分の限界を知るいい機会になるかもしれない。
☆
グループ登録期間が終了し、選抜試験まで2週間を切った。
その早朝である。
「で。なんでチミはここに入り浸っているのかね」
腕を組み仁王立ちしたシスター・メリッサが聞いてくる。寝ているようならこっそり使わせてもらおうと思っていたが、予想外のことにシスターはきちんと早起きだった。
「属性共調を習得したいので」
俺の言葉にシスターの表情がしかめっ面になる。
「属性共調とか何を寝ぼけた事を……、と言いたいところなんだけど。色々と話は聞いてるのよねぇ。そのMCが『自我持ち』で『独自詠唱』できるって本当?」
「はい。本当です」
頷いておく。
「で、今度は1人で発現できるようになりたいと」
「はい」
もう一度頷く。シスターが露骨に顔をしかめた。
「え、なに。選抜試験で誰か消し炭に変えたい子でもいるわけ?」
いるわけねーだろ。
「選抜試験で使うわけないですよ。火属性付加の全身強化魔法だってオーバーキル気味なんですから。これは単純に強くなりたいから習得を目指しているだけです」
本来なら魔法に属性を付加する訓練をしているような学年だぞ。
特別試験にエントリーしている奴らが異端なだけで。
「ふぅん。で、進捗状況は?」
……これ、あんまり見せたくないんだよなぁ。
シスターに促されるまま、身体強化魔法を発現する。
対象は両手。
但し、右手に火属性、左手に風属性を付加させた上で。
案の定、シスターが目を丸くした。
「器用な事するね。同調率もなかなか……。いや、この程度を実現できるからこそ、RankSの魔法に挑んでるんだろうけど。ただ、同調率が最低ラインを上回ったから絶対に発現できる魔法じゃないってのは理解しているよね」
「はい」
ようは挑めるスタートラインに立てたというだけだ。血の滲むような努力を前提とした上で、そこから先は才能の有無という残酷な現実で決まるのだろう。果たして俺はどうなのだろうか。一昔前の俺なら「出来損ないの自分に何を期待してんの?」と一瞬で切り捨てているだろう。
「まあ、同調率といいその器用さといい、可能性が無いわけではないのね。じゃあ、止める理由は無いかな」
「ありがとうございます」
頭を下げておく。
「で、見せてよ。属性共調」
……。
好奇心旺盛なシスターさんである。ただ、ここまで話した以上、隠す意味も無い。
「ウリウム、頼めるか?」
《ういうい》
軽い返答に脱力しながらも、無詠唱で風属性の全身強化魔法『疾風の型』を発現する。次いで、ウリウムが省略詠唱で水属性の全身強化魔法『激流の型』を発現した。
2つのRankA全身強化魔法が、俺の身体で共調する。
《風と水の共調を確認。属性共調『疾風激流の型』の発現に成功。推定持続可能時間は……、約30秒》
持続可能時間も変わらず、か。
「お、おぉー。すっげ」
風に煽られてたたらを踏んでいたシスターだったが、余波の届かない場所まで移動して遠巻きに俺のことを観察している。
「それ完全に使いこなせてるわけ!?」
「完全とは言えないです!!」
迸る風と水の音に負けないよう叫び返す。
移動する時とかもたついたりするんだよな。
「じゃあそれを使いこなすところからじゃない!? せっかく発現できるならそれで身体を慣らすべきだ!!」
シスターからの助言に頷いた。
この状態での持続時間を延ばす。
そして、自在に動けるように身体を慣らす。
まずはそこからだ。
次回の更新予定日は、9月9日(金)です。




