第3話 劣化版
☆
「精が出るねぇ」
滴り落ちる汗を拭っていると、遠くから声が掛かった。タオルを脇に放り投げる。目を向ければ、この教会で働くシスター・メリッサが、学園側に無許可で用意した地下訓練場に姿を見せたところだった。
「今日、グループ登録期間の最終日じゃなかったっけ?」
「俺には関係ありませんから」
「あはは、前回とは随分と立場が変わっちゃったもんねー」
そう言って笑うシスターに、こちらも苦笑で応える。
本当に変わった。
前回は“出来損ないの魔法使い”やら暴力事件やら『余り枠』狙いやらで切羽詰まっていた。あれ、この時期はもう妹大好き変態会長(元)に生徒会に入るための条件を突き付けられてひーひー言ってたっけ?
とにかく、まったく余裕が無かったことだけは良く憶えている。
今はどうだ。
生徒会入りを果たしたことで試験は免除。おまけに生徒会での地位は副会長ときた。
加えて、青藍の顔とも言える『番号持ち』入りすら果たし、その番号は何と『1』。
実力的に1番、権力的に2番である。
何してんだろうね、俺。
護衛任務はとうに終了しているとはいえ、極力目立たないようにとか考えていた過去の俺はどこへ消えてしまったのだろうか。
そして今は試験対策では無い、まったく別の理由でこの場所に居座っている。
「で、目途は立ちそう?」
「まったくです」
シスターからの問いに、素直に答えた。
俺がここで習得しようとしている魔法。
それは実験棟の最上階で俺自身が放った魔法。
あの天上天下の右腕を消失させた、空間ごと抉り取る魔法である。
これまでの俺は、対象物の座標を書き換えることで転移という結果を得ていた。これが“神の書き換え作業術”の発現プロセス。そしてもう1つの“神の上書き作業術”も、魔法具がある座標へ自分の座標を上書きすることで転移する魔法。魔法具を必要とするものの、こちらも1つの個体の座標を指定するというプロセスは変わらない。
そして、俺が実験棟の最上階で発現した魔法も、座標を指定するという点は変わらないだろう。
問題なのは、それが対象物1つの座標では無く、空間そのものだったということだ。
正直に言って、何をどうしたらあのような結果が得られたのかがまったく分からない。発現した記憶はあるのだが、同じ魔法をもう一度発現できる気がしない。火事場の馬鹿力のようなものだったのだろう。スポーツとかで奇跡的にできたスーパープレイをもう一度やろうとしてやっぱりできないあの感じだ。
すげーもやもやする!!
「うーん、本当に行き詰ってるって感じね」
シスターは他人事のように手にした煎餅をかじっている。いや、本当に他人事なんだろうけど。けど、わざわざ地下の訓練場まで来てバリバリやるのはやめて欲しい。
「個人的意見を言わせてもらえるなら、単なる見間違いか夢オチだと思うんだよね」
おい。
「実際に天上天下の腕は切断されていたんですが」
「“神の書き換え作業術”の通常の使用方法でもできるでしょ?」
「その場合、切り落とした腕は残るんですよ」
「切り落とした後、勢い余ってどこかに転移させた可能性は?」
……それは、まあ、無くはないだろうけど。
ただ、それだと周囲の設備ごと抉りとるかのように消失したあの現象が説明できないんだよな。
「エニーから話はある程度聞いてる。チミ、魔力暴走を引き起こしたらしいじゃない」
「そのようですね」
我を忘れるほどの怒りに呑まれ、俺の中に眠る魔力が暴走したらしい。恥ずかしい話だ。暴走しなければ、十中八九俺は天上天下を撃退できなかっただろう。しかし、その後はまったくお話にならない。戦闘不能になって縁先輩に介護されるわ、脱出はエマに任せきりだわ、挙句3日間目を覚まさなかったと来た。今回は幸運が重なって助かったが、仮にあそこが撤退不可能の敵の要塞とかだったら詰んでいたわけだ。
「ようは限界以上の力が引き出せたからこその超常現象。火事場の馬鹿力って奴がいつでも引き出せたら人間は苦労しないのよ。というより、そんな力を常用していたら身体がぶっ壊れるからこそリミッターって奴がついてるわけ。お分かり?」
「……はい」
「分かったらさっさと出ていきな。そろそろ朝礼でしょ」
俺はシスターに押し出されるようにして教会を後にした。
☆
「……どうするかなぁ」
あの調子じゃ、シスターは新魔法習得を理由としていては地下訓練場は貸し出してくれないだろう。
朝日を浴びながら、のんびりと新館を目指す。火照った身体に朝のひんやりとした空気が気持ちいい。吐く息は白い。おそらく運動していなければ凍えるような寒さだろう。
《あのシスターが言う通り、あたしも反対だからね。あの魔法を習得するの》
俺の左腕に装着しているMCからそんな声がかかった。
「やっぱり、あの魔法は存在しているわけか」
《とぼけないで。あれは人間が発現できる限界を超えたところにある魔法よ》
「すげぇな。そんな魔法を俺は発現できたのかよ」
《とぼけないでって言ってるでしょ!!》
俺にしか聞こえない、ウリウムの叫び声が響く。
《あれは暴走したマスターの魔力と発現量が、たまたま作用して実現したに過ぎない奇跡よ!! 空間そのものを消し飛ばす魔法なんて聞いたことも無いわ!!》
「本当に消し飛ばしたのか? 転移させただけじゃなく?」
《そんなの知らないわよ!! マスターたちの言う無系統魔法とやらの発現原理をあたしは知らないんだから!!》
そういえばそんなこと言ってたな。
《魔法世界からこっち!! あたしの知る限りでは、マスターは無系統魔法を使うたびに意識を失ってる!! 本当に死んじゃうかもしれないのよ!?》
……え。あー。
魔法世界での諸行無常戦。そしてこっちに戻ってから実験棟での天上天下戦。確かに、ウリウムを手にしてから気絶してばっかりだな。
一応、縁先輩と“青藍の1番手”を賭けて決闘した時も使ってはいるのだが、それをここで指摘しても火に油を注ぐだけだろう。
《禁止よ禁止!! 得体の知れない魔法は全面禁止ー!!》
喚くウリウムを宥めながら、俺は2年クラス=Aの教室へと向かった。
☆
3,4時間目の授業は、魔法実習だった。
魔法服に着替えてから、魔法実習ドームに移動する。前回の選抜試験を受ける前はクラスメイトに男子もいたので良かったが、今のクラスは俺以外全員女子という謎の現象が発生している。よって、着替えるのも1人だし、タイミングが合わなかったので実習ドームに向かうのも1人だった。寂しい。もっと気張れよ男ども。
「このクラスは実力的にも申し分無いですからね。実戦形式のスポーツでもしてみましょうか」
実習を担当する教師の言葉である。
クロスゲーム(ダブルス)。
縦10m横5mの長方形の中心部に、センターラインを引いたコートがドームの床に広がっていた。一辺5mの正方形の中が1チームの陣地。2人1組となり、魔法球を打ち合うスポーツだ。緩衝魔法を展開するブレスレットを各自装着。これは一定以上の攻撃を受けると赤色に点灯する。点灯したら脱落だ。当然、自陣のコートから出ても脱落である。
教師が用意したくじを引く。
初戦のチームは俺とエマ、対戦者は舞と可憐になった。
マジかよ。
「あははははは!! やはり!! 王子様と結ばれるのはこの私!! 神様もきちんと理解しているようだわ!! あはははははははは!!」
超上から目線のセリフを吐き、高らかに笑うのは当然エマ。
「くっ……、でもちょうどいいわ。選抜試験での仮想敵、相手に取って不足はない!!」
「……負けられません」
舞と可憐は親の敵でも見るような目つきで、エマの握りしめるくじを睨みつけている。なんなのお前ら。
選ばれなかった片桐たちがコートから離れていく。「頑張って!」と激励をくれる美月に手で応えながら、ブレスレットを装着した。エマと同じコートに入る。対面のコートでは、舞と可憐が準備を終えたところだった。
「君たちに説明は不要かもしれませんが、緩衝魔法が働いていても痛いものは痛いですからね。無理だと思ったらすぐに棄権すること。よろしいですね」
教師からの言葉に、各々返事をする。
身体を軽くほぐして準備完了だ。
この学園に来て直ぐの頃にやった模擬戦では、今の注意喚起は俺だけに向けてされていたんだよな。それが今では平等にされている。感慨深いものがあるよなぁ。
「聖夜様」
「クラスメイトなんだ。頼むから中条君とかにしてくれ」
「フォーメーションはいかがしますか」
完全無視のエマ様である。
「ウリウムは使わない。攻撃は任せた。防御はこっちでやる」
「かしこまりました」
簡単な打ち合わせを終える。舞や可憐の方も準備完了のようだ。
「準備はよろしいですね? それでは、始めっ!!」
教師がコールと共に手を振り下ろす。
「『火の球』!!」
ほぼ同時に舞から魔法球が発現された。直接詠唱によって発現された火属性の魔法球。その数は10。
「行くわよ!! 聖夜!! ホワイト!!」
10発全てが勢いよく射出された。
それらが別々の軌道を描いて俺とエマへと殺到する。
「まあ、この程度じゃどうにもならんけどな」
俺が立っている場所へ着弾する魔法球は無視。エマを標的とした魔法球にのみ狙いを定め、無詠唱で発現した無属性の身体強化魔法の力を借り、その全てを蹴り落とした。外野から「おおっ」という声が聞こえる。
「『土の球』」
エマの反撃だ。
舞と同じく直接詠唱で発現された土属性の魔法球。その数は、舞と同じく10。
「『氷の球』」
エマに続くようにして、可憐も10発の魔法球を発現した。姫百合家固有の幻血属性、氷の魔法球だ。ほぼ同じタイミングで射出される。それらはセンターライン付近でぶつかり合い、全てが相殺された。
「……やるもんだな」
まだまだ、それぞれが様子見と言うことだ。
同じ数、そしてほぼ同じ威力。
同学年の学園生が、属性付加をようやく習得し始める頃。ここにいる面々は属性付加の魔法を直接詠唱で発現できる。やろうと思えば無詠唱だって可能だろう。流石はクラス=Aだということだ。それ以外の肩書きがおかしい面々だから、比較対象がおかしいのかもしれないけど。
「ふん、やるじゃない。ホワイト。これなら多少本気を出しても問題ないわね」
舞が髪を掻き揚げながら、不敵な笑みを見せた。その周囲には、火属性の魔法球が次々と発現されている。舞は詠唱をしていない。無詠唱による発現だ。
「誰の心配をしているの、貴方」
張り合うようにして、エマも無詠唱で土属性の魔法球を発現する。数は同じく5発。その光景を見て、舞が眉を細めた。
「まだ様子見のつもりかしら」
「さあ? 私に本気を出して欲しければ、相応の魔法でも発現してみることね」
俺にちらりと視線を向けた後、「ふっ」と勝ち誇ったかのような笑みを浮かべるエマに対して、舞が頬を引きつらせた。
そして。
「その挑発乗ったァ!!」
射出。
再びセンターラインでぶつかり合い、魔法球が相殺される。攻撃特化である火属性の魔法球が相殺されたことで、完全に舞の心に火がついたらしい。次に直接詠唱で生み出された火属性の魔法球の数は、20を超えていた。
「ははは!! 受けて立つわよ!!」
エマもいちいち舞と同じ数の魔法球を同じ詠唱方式で展開する。完全に舞を煽っていた。但し、今度は全てが相殺とはいかなかった。エマの魔法球を粉砕してなお威力の衰えない数発を、身体強化魔法で機動力を得た俺が次々と打ち落としていく。
「『火の球』!!」
「『土の球』!!」
射出と同時に次の魔法球を発現、そして射出。
その射出と同時に、次の魔法球を発現。
「『氷の球』」
そこに可憐の魔法球の群れも加わり、完全に乱打戦へともつれ込んだ。お互いのコートから次から次へと魔法球が相手コートへと打ち込まれる。ただ、射出する魔法球の総数が多いのは舞・可憐チームだ。なにせこちらは俺が魔法球を発現できない。代わりにエマの打ち漏らしの中で、エマに当たりそうなものだけを選んでその全てを打ち落としていく。
「くっ!! このぉ!!」
「やりますね!! ですが負けません!!」
舞と可憐が躍起になってバカバカ打ち込んでくる。エマも自重無しの数になってきているようだが、それでも舞や可憐には及ばない。コートから出たら失格である以上、俺の身体強化魔法では攻撃に転じることはできない。このままではじり貧だ。
使うか。
どちらにせよ、試験前に派手に見せつけておく必要はあったんだ。
なら、ここは良いお披露目の場となるだろう。
次々と襲い来る魔法球を打ち落としながら、相手方のコートへと手をかかげる。
魔力を生成、そして放出。
「“魔力の弾丸”」
エマ目がけて一直線上に飛んでくる魔法球の群れが、俺が放った魔力によって吹き飛んだ。
「え!?」
「っ、『薄氷の障壁』!!」
咄嗟に展開された氷属性の障壁が、俺の魔力の塊を受け止める。甲高い音を立てて砕け散ったものの、俺の魔力の塊も霧散してしまった。
「おー、よく今のに反応したな。可憐」
そのまま硬直した舞を吹き飛ばして終わりかと思った。
「ちょ、今の何よ!! 聖夜!!」
「何って、魔力練って打ち出しただけなんだけど」
舞からの疑問に、素直に答える。
アギルメスタ杯でウィリアム・スペードが使ってた奴だ。言うなれば、“不可視の弾丸”の劣化版。圧縮と解放という2つのプロセスを省略することで隠密性を除外したただの力技だ。その代わり、プロセスが省略されているだけ効力が発揮されるまでが早い。
後にVTRを見てから知ったのだが、予選敗退した牙王とか言う奴も使っていた。魔力を生成して放出するだけだし、俺ができても不思議ではないだろう。T・メイカーが使っていた不可思議魔法より、よっぽど現実的なはずだ。
なんとなく比較対象がおかしい気もするが、そこは深く考えてはいけないところだ。
「……そんな力技を」
可憐に至ってはどん引きしていた。うん、そうだよね。俺が使ってるのは魔法ですらない。これを発現とは言わないだろう。
「まあ、何とでも評価してくれ。呪文詠唱ができない身として、それなりに攻撃手段のバリエーションを増やしたくてね。選抜試験の評価基準に則って見れば、あまり良い評価にはならないんだろうけど……、幸いにして俺は生徒会だからな」
それも副会長様である。
「受験するのは特別試験だけ。それも試験という大義名分を被った、エンブレム争奪戦だ」
俺の言葉に、何かを言いかけた舞と可憐が止まる。
「せっかくの争奪戦なんだ。欠番になった2から5までの数字だけじゃなくて、頂点を奪いに来いよ。俺が使うのは強化魔法と、今見せた魔力そのものでの力技がメイン。評価を気にする必要が無いからな。挑戦者を潰せれば問題無い。至ってシンプルだろう?」
眉を潜める教師を無視し、俺はエンブレムを引っ張り出してこう続けた。
「遠慮はいらねーから、本気でかかってこい。“青藍の1番手”の実力って奴をきっちり教えてやるからよ」
油断はしない。
ただ、1番であるという自信だけを胸に、向かってくる奴全てを叩き潰す。
それがこの地位にいる者のあるべき姿だろう。
「ルー・ルーブラ・ライカ・ラインマック!!」
「スィー・サイレン・ウィー・クライアーク」
舞と可憐が始動キーを口にする。
だが。
「そんな簡単に完全詠唱なんてさせるわけないだろう。なあ、エマ」
そう声を掛けた時には、既にエマは魔法の発現を終えていた。無詠唱で発現された『土の球』が、舞と可憐に5発ずつ放たれる。
「――っ、『薄氷の障壁』!!」
「――グランツ」
可憐が詠唱を中断、直接詠唱にて氷属性の障壁を発現した。舞と自分、それぞれに5枚ずつ。舞は詠唱を続行、エマの『土の球』が『薄氷の障壁』へと次々に着弾する。
「小癪な真似を!!」
エマは吠えながらも新たな『土の球』を発現しているが……。
「んー、これは発現されるな」
「『業火の弾丸』!!」
RankBに位置する魔法球だ。
灼熱の火炎が舞の頭上に発現される。当然、RankCの『火の球』よりも高火力。
完全詠唱だったからだろう。10発も発現されている。
「いくわよ!!」
直接詠唱によって発現された『土の球』が可憐の障壁を突き破り、舞へと殺到するが『業火の弾丸』がその全てを呑み込んで射出される。
「“魔力の弾幕”」
これは劣化版“不可視の雨”である。無論、圧縮と解放の手順を省略している分、発現は早いが隠密性は皆無だ。もっとも圧縮しないので小粒にすることができず、爆撃するようなイメージになってしまったので弾幕とした。
魔力の礫を前方にばら撒き、舞の魔法球の進路を妨害する。それなりに魔力を込めていたので、舞が放った10発の『業火の弾丸』は、俺の“魔力の弾幕”をそれぞれ数十発ずつ喰らった辺りで消失した。
結果として、1発も俺やエマのもとには届いていない。
「……うそぉ」
舞が呆然としている。
「な、中条さん。そ、その魔法って……、アギルメスタ杯の……」
「ん? 多分、可憐が思ってるのとは違うぞ?」
可憐が何やら言おうとしたので、先手を打って止めることにした。
「T・メイカーの技に似ているって思ったのなら間違いだ。俺は魔力を練って放出しているだけだからな。T・メイカーの使っていた謎の魔法は、発現の兆候が読み取れないって言うんで大騒ぎしていたはずだ。発現の兆候はしっかり感じ取れただろう?」
「え、あ、まあ、そう……、ですね?」
首を傾げながらハテナマークを浮かべる可憐お嬢様である。
「あの魔法世界の解析班ですら難儀する魔法が使えるようなら、俺だってあの大会に参加しているさ。さーて、無駄話は終わりだ。続けるぞー」
そう言いながら、再び“魔力の弾幕”を展開する。兆候を読み取ることが容易なだけに、舞と可憐が頬を引きつらせながら身構えるのが分かった。
「争奪戦を控えたお前たちに、“青藍の1番手”からのプレゼントだ。しっかり俺の魔法を勉強してから当日を迎えてくれ。健闘を祈る」
舞と可憐が展開した障壁の数々を、俺の魔力の礫は軽々と突き抜ける。「ぎゃー」とかいうお嬢様らしからぬ断末魔の叫び声が魔法実習ドームにこだました。
あれ。
ちょっと発現量を誤ったかな?
次回の更新予定日は、9月2日(金)です。