第1話 特別試験の意味とは
☆
「うるせえええええええええええええっっっっ!!!!」
新年早々。
冬休み明けの早朝に、俺の咆哮が木霊した。
追っ手を撒き、2年クラス=Aの教室へと駆け込むことに成功した俺が扉を閉める。多少荒々しい閉め方をしてしまったせいで結構な音がした。既に着席していた生徒会のおかっぱ書記・花宮愛がびくりと肩を震わせたのが見えた。なんかすまん。
「朝っぱらからご苦労な事ね」
一族遺伝の真っ赤な髪を掻き揚げながら花園舞が言う。それに手で応えた俺は鞄を机に放りながら席に着いた。姫百合可憐は苦笑いだ。
「何なんだよ朝っぱらから。元気過ぎるだろう、あいつら」
この『あいつら』という言葉の対象者は、名前すら知らない不特定多数の学園生である。
最初はにこやかに大人の対応をしていた俺だが、数の暴力の前に誠実な対応では捌き切れなくなった。これを今まで縁先輩は無難にやり過ごしてきたのか。尊敬するわ。
「生徒会副会長にして学園最強の称号である“青藍の1番手”持ち。そりゃ人気者にもなりますわ。ねぇ、沙耶さんや」
「まったくもってその通りですね、紫会長。よっ、ふぁーすと。ぷぷっ」
「お前ら俺の前に並べ。引っ叩いてやるから」
亡者共から命からがら逃げ惑うゾンビ映画のヒロインの如く、逃走に成功した俺に対する言葉とは思えない。生徒会長である御堂紫と会計である片桐沙耶に向けて、怨念の籠った視線を投げつけてみるが大した効力は得られなかった。
「本当に大丈夫? 聖夜君」
「ご希望でしたら、塵すら残さずに処理致しますが」
「絶対にやめろ。いいな、絶対だぞ」
どちらも同じように心配してくれていると信じたいところだが、鑑華美月とエマ・ホワイト(偽名)の心配は少々ベクトルの向きが違うように思えてならない。
そんなことを話しているうちに地鳴りのような音が近くまで迫っていた。
「これ、入ってくるんじゃない?」
「よっこいしょ」とか言いながら、紫会長は自らの机と椅子を廊下側から窓側へと避難させる。
直後に来た。
ずっぱぁぁぁぁぁん、とかいう馬鹿みたいな音を立てて教室の扉が開く。
そして。
「中条!! 俺たちとグループ組んでくれ!!」
「ダメよ!! 私たちと組みましょう!!」
「副会長様!! どうかその強権を俺たちに!!」
「いっちっばん!! いっちっばん!!」
「聖夜様ぁ!! 俺の内申点どうにかしてくれー!!」
「私と組みましょう!! 私と!!」
「お前、押すなよ!! 俺と組もうぜ中条!!」
「いっちっばん!! いっちっばん!!」
「副会長!! 副会長!!」
「メイドスキーな副会長頼む!! メイドの写真集あげるから!!」
「いっちっばん!! いっちっばん!!」
「いっちっばん!! いっちっばん!!」
「いっちっばん!! いっちっばん!!」
「いっちっばん!! いっちっばん!!」
「いっちっばん!! いっちっばん!!」
「いっちっばん!! いっちっばん!!」
「うるせええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」
冬休み明けの早朝に、俺の本日2度目となる咆哮が木霊した。
☆
「登録期限まであと3日なのです~」
教壇をぺちぺちと叩きながら、相変わらずぽわぽわとしたオーラを振りまき2年クラス=A担任である白石女史は言う。
冬休み明けからいきなり突入した『グループ登録期間』。というのも、魔法選抜試験があるのは2月の第1週。1月の2週目から3学期が始まる青藍魔法学園は、冬休みが明けた段階で既に試験3週間前となる。通常、『グループ登録期間』は4週間前から3週間前に渡って行われているのだが、この年始に限り3週間前から2週間前までの間に行われる。
そもそも魔法選抜試験とは、青藍魔法学園の生徒が魔法の授業を受ける上で、“自らの身の丈に合った”カリキュラムを組むために行われる実力試験のことを指す。
選抜により、1年を除く各学年の生徒は6クラスへと振り分けられる。優秀な順に「A」「B」「C」「D」「E」そして「F」。これは単なるクラス分けに伴う記号ではない。自らの魔法使いとしての実力を示す資格となるわけだ。
各クラスには、均等に人数が割り振られるわけではない。2年2学期後半より徹底した実力主義を敷く青藍魔法学園では、クラスによる人数の差異は当たり前となる。過去にはクラス=Aに1人も在籍者がいなかったこともあるし、学年平均が高かった時にはクラス=Fが欠番だったこともある。あるいはクラス=Cに学年の70パーセントが集中したことも無かったわけではない。
ちなみに、今の2年クラス=Aの人数はわずか8人である。
選抜には、青藍魔法学園独自の試験内容・採点基準が設けられている。その為本来ならば学園外ではまったく役に立たない資料となるのだが、実際には魔法大学の推薦や一般企業がアプローチを掛ける上でも重要視されている。そこはやはり、名門校としての信頼度の高さが窺えるところであろう。
採点は10項目を6段階の採点で行い、満点が「5」、良が「4」、平均が「3」、やや不満が「2」不満が「1」、能力無し若しくは判断不能が「0」として採点される。「5」と「0」は滅多にない。前者の成績が付けば、大学や企業がこぞってアプローチをかけてくるような近年稀にみる優秀者の証明となるし、逆に後者が付こうものなら“出来損ないの魔法使い”なる烙印が押される(もっとも“出来損ないの魔法使い”という単語は既に禁止ワードとして周知されており、差別用語となる)。
採点の際に用いられる10項目とは、「魔力容量」「発現量」「発現濃度」「攻撃魔法」「防御魔法」「補佐魔法」「詠唱効率」「判断能力」「独創性」「属性保持」となっているが、一言で10項目と表現してもそれぞれの項目の内部で事細かに吟味される。
試験内容も多岐に渡り、魔法実習ドームや体育館、魔法実習室、そして別館、全ての施設を総動員して執り行われるその動きは、よくある学校の身体検査のようなものに近い。学園生は成績表を持って各自異なるタイムテーブルに沿い、様々な試験をこなしていく。全学園生が一度に同じ試験を受けるのはキャパシティと照らし合わせるまでもなく不可能だし、順番待ちにさせるといつ最後尾に回ってくるか分かったものではない。各自別々の試験からスタートさせ、効率よく回させた方が良いのは言うまでもないだろう。
よって、運の悪い学園生はいきなり魔力の消耗が激しいグループ試験であったり、最大発現量を測定する試験であったりに当たってしまうことになる。昼食・休憩の時間も細かく指定されているタイムテーブルは、学園生の泣き言を許さない。指定された時間内に試験会場へ足を運ばなければ、問答無用の失格の烙印が押されてしまう。運も実力のうち、とはよく言ったものである。
そして、白石先生が言った『登録期限』とは、まさに魔法選抜試験におけるグループ試験で組むメンバーのことである。前回の流れで言うなら、ここから「自分のレベルに沿った友達と組むこと」と忠告が続くはずなのだが、ここから先が違った。
「もっとも今回、クラス=Aの皆さんはグループ試験は行いません。その時間を使って特別試験に臨んでもらうことになりましたので、グループ登録は不要です~」
……お?
「特別試験、ですか?」
8人しかいないクラス=Aを代表して、紫会長が怪訝そうに繰り返した。
紫会長を代表とする生徒会のメンバーは、生徒会にいるというだけで魔法選抜試験を免除される。色々と魔法の絡む厄介事の多い青藍魔法学園では、その仲介役をこなす生徒会に所属していることで実力が認められるのだ。よって、試験を受けるわけではない紫会長にとってみれば、試験内容に変更が出ようが自らの成績に影響は無いことになる。
ただ、生徒会のメンバーは試験が免除となる代わりに、試験を補佐する任務につく。紫会長が怪訝な表情で白石先生に質問したのは、補佐する立場であるはずの自分たちに何の情報も入っていないのはどういうことだ、という意味合いが強かった。現に、副会長である俺や残りの生徒会の面々も寝耳に水といった表情である。
「すみません。色々と先生たちの間でも揉めましてですね。正式決定したのが昨日の深夜だったのです」
両手を合わせて謝罪してくる白石先生。その目にはくっきりとクマができていた。
「特例など、それこそ前例が無かったはずです。わざわざ特例にする必要も無かったはずですし。いったい何があったのですか」
俺の後ろに座る片桐がそう質問した。
「えっとですね、それを説明する前にまず皆さんにお聞きしたいのですが~。現在、青藍魔法学園における『番号持ち』が、“青藍の1番手”である中条君を除いて全て欠番になっていることはご存知ですか?」
……はぁ?
ご存知も何も、白石先生の質問の意味が分からない。
おい、お前ら。俺を見るのはやめろ。俺は何も聞かされてないぞ。
特に片桐。「この男、今度は何をやらかした」的な視線を向けてくるんじゃない。
「中条君」
にっこり笑顔で紫会長から名指しされた。
「……何だ」
「今なら怒らないから、ポケットの中身をひっくり返して御覧なさい?」
「なぜ」
「だって、エンブレムをコンプリートしたんでしょ?」
「するか!!」
1番を持ってる俺が、今更番号狩りしてどうするんだよ!!
「はいはい~、私語は慎んでください~」
ぺちぺちと教壇を白石先生が叩く。
「御堂君を始め、中条君を除く全ての『番号持ち』の皆さんが、先日エンブレムを返納しました。ですので、中条君には関係無く2番以降全てのエンブレムは現在所持者がいない状態なのです」
「……返納を学園側が認めたという事例自体が、そもそも納得いかないのですけど」
しかめっ面をした舞が口を挟んだ。白石先生はにっこり笑顔を崩さずに返答する。
「やる気の無い人間に番号を預けるほど青藍は腑抜けていない、ということですね」
「あ、はい」
にっこり笑顔にぽわぽわオーラをばら撒きつつ、がっつり懐を抉ってくる発言に、舞が意表を突かれたかのように頷いた。
「と、いうことで特例の試験に臨んで頂くということです。理由は説明するまでもありませんね? この試験は、青藍魔法学園内の序列を付け直すための試験です」
「クラス=A内だけで決めてしまってもよろしいのでしょうか?」
「このクラスこそが青藍魔法学園における最上位です。文句がある学園生がいるのなら、このクラスに入ってから受け付けます」
寝不足だからだろうか。今日の白石先生の発言は、ところどころに鋭利な棘がある。
「3年生はどうするのですか」
片桐が続けて口を開いた。
「元会長を始めとした『番号持ち』に留まり続ける意欲が無いということは理解しました。しかし、卒業を間近に控えているとはいえ、3年生は他にもいるはずです」
「片桐さん、先生は説明しましたよね? 文句があるのなら、クラス=Aに入ってから聞きますと」
「あ、はい」
ずいっと顔を近づけてからそう言う白石先生に、圧されるようにして片桐が頷いた。
3年のクラス=Aは、俺たち2年よりも更に数が少ない。縁先輩、大和さん、そして蔵屋敷先輩の3人だけだ。その全てが2~4の『番号持ち』であり、5番の安楽先輩についてはクラス=B。それは3年のBから下に安楽先輩より強い魔法使いがいないことを意味する。
つまり、白石先生風に言うなら残る3年の学園生に発言権は無いということだ。
むちゃくちゃである。
「納得していないようですね~。ですが、これは理事長も認めた決定事項なのです。安楽君を除き、3年クラス=Bに、2年クラス=Aに勝てる学園生はいないのですから、これは正当な判断なのですが」
そうなのか。
まあ、このクラスは半数以上が試験免除の生徒会だし、残る舞と可憐は名家のお嬢様。……確かに『番号持ち』以外で争える学園生はいないかもしれない。
「従来の試験内容だけでは、皆さんの成績がずば抜けているということが分かるだけで、序列付けの参考にはなりませんから、特別試験を用意したという次第です」
試験と一緒に格付けもしてしまえということか。
随分と思い切ったな。おい。
「従来のグループ試験同様、特別試験も旧館を使用します。開始は他の学園生のグループ試験が終わった後ですね」
手元の資料をペラペラと捲りながら白石先生は言う。
グループ試験が終わった後か。見物人も多いだろう。事実上公認のエンブレム争奪戦となるのだから、大々的にやりたいのかもしれない。
「グループではなく個人戦で、バトルロイヤル形式とします。緩衝魔法を用意してますから心配はしなくていいですよ。参加者として、まず花園さんと姫百合さんは絶対参加です」
「まあ、そうでしょうね」と舞が頷く。可憐も同様だ。
「加えて学園側から参加する権利が与えられているのが、中条君を除くこのクラスの残り全員ですね。御堂さん、片桐さん、花宮さん、鑑華さん、そしてホワイトさんです。本来、皆さんは生徒会役員のために試験は免除されますが、今回の試験は事情が異なりますから」
白石先生からの問いは、「エンブレム争奪戦に参加するか」ということである。俺の後ろに座る片桐が、僅かに身じろぎしたのが分かった。
「もちろん、この場で直ぐには決められないことでしょうし、『グループ登録期間』の期限までに回答をお願いします。あと3日ですね。あぁ……。一応、この特別試験中の試験補佐に関しては心配する必要が無いですよ、と言っておきます」
そこまで言ったところで、白石先生は俺の方へ視線を向けた。
「ちなみに、中条君は強制参加です」
「なんで!?」
思わず立ち上がって抗議する。
「“青藍の1番手”襲名にあたり、未だに不満を述べる学園生が多数見受けられますので~。せっかくですので、ここできちんと実力を示してほしい、と上層部より通達が来たのです」
……特別試験に色々と要素を盛り込み過ぎだろう。
「他にも、豪徳寺君と安楽君にもお手伝いとして参加してもらう予定です」
「はぁ?」
大和さんがお手伝い?
「どういうことでしょう」
可憐が手を挙げて質問した。
「先ほど言った通り、今回の特別試験はバトルロイヤル形式。中条君、豪徳寺君、そして安楽君には特別ゲストとして参加してもらうことになっているということです。ゆるーい言い方をするならお邪魔キャラって奴ですね」
おい。
「ちなみに、お邪魔キャラとはいえ倒すと特典があります。安楽君を倒せば『番号持ち』入りが確定、豪徳寺君を倒せば『4』以上が確定、中条君を倒せば『1』が確定です。本来なら2番の御堂君と3番の蔵屋敷ちゃんにも参加してもらいたかったのですが、彼ら2人は試験補佐に回ってもらいますので」
逃げやがったなあの2人!!
「参加しますっ!!!!」
がばっと手を挙げたのはエマだ。
「どうした、エマ」
こんな勝負には興味が無いと思っていたのだが。
「どうしたも何もありませんよ聖夜様!! 序列付けということはつまり、“青藍の2番手”を決めるということですよ!? これが参加せずにいられますか!!」
「ごめんお前が何言ってるか全然理解できないから分かりやすくもう一度頼む」
「2番は1番の次に強い!! 1番の次に強いということは1番の右腕!! 右腕ということは一番信頼できる人!! 一番信頼できる人ということは生涯を共にするということ!! 生涯を共にする存在、それすなわち伴侶!! つまり!! この試験の実態とは――」
理解に周回遅れの様相を呈している面々を置き去りにして、握り拳を掲げたエマは叫ぶ。
「聖夜様争奪戦よ!! “青藍の2番手”の座はこの私が貰うわ!!!!」
……絶対に違うと思う。
そう思ったのは、俺だけではないだろう。
次回の更新予定日は、8月19日(金)です。
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今月31日までを期限とし、来月の10日に1位となったキャラのssを公開する予定です。
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