第0話 返上
『番号持ち』。
それは、日本が世界に誇る三大教育機関である青藍、紅赤、そして黄黄、それぞれに認定した上位5名が番号を与えられることから生まれた言葉である。“1番手”から順に“5番手”まで強さの順に割り振られ、選ばれた生徒は学園から校章と各自の番号が刻印された『エンブレム』が授与される。
エリートと呼ばれる3つの学園において、『番号持ち』に選ばれるということは、この上ない誉れであることは言うまでも無い。
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年が明けて冬休みを終えた青藍魔法学園は、2月に控えた魔法選抜試験を巡り、再び『グループ登録期間』へと突入していた。魔法選抜試験には個別試験の他、3人1組となって取り組むグループ試験というものも存在する。そのグループ決めの期間と言うことだ。
当然、魔法が得意な学生と組んだ方がスムーズに試験をパスできるだろう。あまりに実力が離れすぎてしまうと自分が目立てないため点数にならないが、やはり優秀な人間とグループを組みたいと思う学生は多く、競争率は高い。年3回行われるこの『グループ登録期間』は、いわゆる選抜試験の前哨戦とも言うべき位置づけにあり、生徒会が仲裁の為に実力介入してくるほどのお祭り騒ぎとなるのだ。
そんな慌ただしい学園生たちの戦いを余所に、ここは理事長室。
青藍魔法学園の最高権力者のもとへ、そうそうたる面々が訪れていた。
元生徒会長にして元“青藍の1番手”である御堂縁。
元生徒会会計にして現“青藍の3番手”である蔵屋敷鈴音。
現“青藍の4番手”である豪徳寺大和。
そして、現“青藍の5番手”である安楽淘汰。
彼らを前にして唸るのは、理事長席に腰かけた姫百合泰三である。傍に控えるようにして立つ選抜試験の責任者、白石はるかも辛うじて笑みは浮かべているものの頬は引き攣っていた。
「考えを改める気は……、無いのだろうな」
自分で口にしておきながら、自分で「無い」と判断したのだろう。泰三は相手側が拒絶の意思を示す前に、自らの言葉を自らの言葉で否定した。ゆっくりと革張りの椅子の背もたれへと身体を預ける。
御堂縁は言う。
「私の考えは、中条聖夜に“青藍の1番手”を継承した時から変わっておりません。学園に承認を得た上で決闘を行い、彼は私に勝利しました。私はもはや“青藍の1番手”の地位にいるべき人間ではありませんし、同時に卒業を控えた身でもあります。『番号持ち』へと再び身を置くつもりもありません」
「ですが、我が校の『番号持ち』は1つのステータスとなりますよ。御堂君の進路にも良い影響を与えると思いますけど」
白石はるかの言葉に、縁は相手が不快に思わない程度の苦笑を漏らした。
「お言葉ですが、白石先生。私が青藍魔法大学へ進学するにあたり、そういった後ろ盾を必要としているとお考えですか」
今度は、はるかが苦笑する番だった。
「……思えませんねぇ」
「そして、それはここに揃っている面々、全てに言えることだと考えます。この学園において『番号持ち』に選ばれるだけの実力を持った面々です。今更内申点に1つ丸が増えたところで劇的に進路が変わる者などおりません」
縁の断言に、泰三が殊更重いため息を吐く。その視線は縁では無く、彼のデスクの上で煌びやかに光を反射する『エンブレム』に向けられていた。そこには、1番を除く残り全ての『エンブレム』が並べられている。
「1番を除く全てが欠番になるなんて、前代未聞なんですけど」
はるかの呟きが、理事長である泰三の心境を全て物語っている。『番号持ち』とは、つまりその学園の顔だ。どれだけの実力者がその学園に在籍しているのか、1つの指標となる。しのぎを削り合う3校にとって、お互いをけん制し合う抑止力とも言える。
それが1番を除く全て欠番となる。選抜試験を控え、大規模な順位変動が見込まれるとはいえ前例がない。と言うより、今ここに立っている選ばれた学園生を確実に上回っている者が後輩にいると断言できる状況でもない。こういった世代交代の仕方は、正直に言って学園側からすると好ましくは無かった。
しかし。
「元“青藍の1番手”である御堂君がこう言うのです。彼が返上した以上、僕としてもそれを横目で見つつこの地位に留まることは美しくない。今日限りで、“青藍の5番手”の地位は辞退させて頂きますよ」
安楽淘汰は、車椅子に身体を預け、朗らかな笑みを浮かべながら言う。
「異論有りませんわ。私も同じ考えです」
蔵屋敷鈴音がそれに続く。
そして。
「つーか、俺の役目は聖夜に負けた時点で終わってんですよ。4番なんて元々いらなかったし……、なんでこの場に呼ばれたのかも分からん」
豪徳寺大和はあくびを噛み殺しこんな調子である。
縁はにこやかな笑みを浮かべたまま、こう総括した。
「以上が、我々4人の見解となります。申し訳ないとは思いますが、我々には『番号持ち』を継続して務める意思は一切ないとご理解頂きたい」
泰三はもう一度重いため息を吐いた上で首肯した。
「理解した」
頭を下げる縁たちに退席を許可し、残ったはるかへと泰三が視線を向ける。扉の閉まった先から「大和、この後お茶でもどうだい」「うるせぇ黙れ話しかけんな消えろ」「あらあらあらまあまあまあ」「本当に2人は仲が良いですよね」なんてほのぼのしているのか殺伐としているのかよく分からない会話が聞こえてくるものの、それを極力無視するようにして泰三は質問を口にした。
「彼らの他に候補はいるのか?」
「そうですねぇ。彼らが辞退した以上、中条君が“青藍の1番手”であるのは実力から見ても間違いないかと。2番以降は……、うーん。もちろん、現3年生に勝っている実力者は多くいます。姫百合さん……あぁ、可憐さんや花園さん、それから鑑華さんや片桐さん、ホワイトさんと、クラス=Aに有望な人材は多いですが、順位を付けるとなると手持ちの資料だけでは……」
「そうか」
はるかの言葉に泰三は頷く。自らの愛娘が候補に選ばれていることに驚きや喜びと言った感情は無い。単純に、当たり前だと考えられる程度には娘の実力を信頼していた。
前回の選抜試験に転入生であるエマ・ホワイトは参加していない。片桐沙耶は生徒会として選抜試験のほとんどが免除されており、唯一参加したグループ試験においても受験者としての参加ではないため試験結果としての数字はつけられていなかった。
はるかが挙げた候補の中で、選抜試験における全ての項目で評価されているのは、姫百合可憐と花園舞、そして鑑華美月の3名。しかし、それだけで采配を済ませてしまうのは他の者に不公平だろう。
「前回のグループ試験の結果を見るに、可憐さんと花園さん、鑑華さん、そして片桐さんの実力は同学年の中でも別格です。通常の方式では彼女たちがずば抜けているという結果が出るだけで、彼女たちの中での優劣はつけられないかと」
総当たり戦でもすれば別だろうが、青藍魔法学園におけるグループ試験とは3対3だ。グループ同士の優劣はついても、個人での差がはっきりするわけではない。グループ試験以外の項目は、それぞれが根こそぎトップクラスで、そちらも一長一短がそれぞれにあるというくらいにしか分かっていなかった。
泰三は今日何度目か分からないため息を吐きながら口にする。
「あまり好ましくは無いが、今挙げた面々には、特例で試験内容を見直す必要があるかもしれんな」
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『番号持ちに関する五箇条』
第一条
学園が認める上位5名の生徒に対して、より上位の者から順に1から5の数字を与える。総称して『番号持ち』と呼ぶ。
第二条
番号持ちに対して、学園はエンブレムを授ける。
第三条
番号持ちは、如何なる場合においてもエンブレムを所持し続けなければならない。故に、無断での貸与・譲渡を固く禁ずる。
第四条
番号持ちが卒業や転校等を理由に地位を維持できなくなった場合、次点の者をその地位に据える。
第五条
学園が定める選定基準の他、生徒間でエンブレムをめぐり決闘することを許可する。但し、決闘を成立させるための条件を設ける。いずれかの条件によらない決闘を学園は許可しない。
1.番号持ちのうち1番を含む3名以上の推薦、及び教員2分の1以上の賛成、生徒会役員2分の1以上の賛成、そして全校生徒3分の1以上の立ち会いを得た場合。
2.生徒会会長と1番が連名での推薦の下、教員3分の2以上の賛成を得た場合。