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テレポーター  作者: SoLa
第7章 異能力者たちの饗宴編

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第12話 隠蔽




「こんなところにいたんですか! 探したんですよ!」


「ん? あぁ、エマか。悪いな」


 開いていたメールを閉じてエマに答える。


「お身体はよろしいので?」


「大事を取って、ってだけだ。もう退院したいくらいだよ」


 ここは青藍にある病院の1つ。花園家の息が掛かっている所だ。

 俺たちが実験棟に侵入してから、もう5日が経っている。年末だ。まさか年越しを病院内で迎えることになるとは思わなかった。「3日も目を覚まさなかったんだから当然だよっ!!」とは美月の弁である。あんなにブチ切れている美月は初めて見た。アギルメスタ杯の時だって、あそこまで怒ってはいなかっただろう。


「美月が見舞いに来たいと言っていましたが」


「……怒鳴り散らさないならOKと伝えてくれるか」


「ふふ、畏まりました」


 俺の心情を悟ってか、エマが生暖かい笑みを向けてくれた。


『魔法協議会会長・古宮小次郎氏の辞任を受けて、魔法省は協議会側に対し、速やかに後任の人事を行うとともに、内部制度の抜本的改革を指示し――』


 設置されているテレビから流れてくるのは、相変わらずあの時の事件に関するものばかり。どうやら魔法協議会の会長が、今回の責任を取って辞任するらしい。下手な言い訳はせずに淡々と事実確認をした後に辞任表明したことで、世間はわりと好印象を持ったようだった。ただ、古宮小次郎が優れていたのはその魔法力だけではなく、国内に留まらず国外にまで及ぶそのパイプの強さだと聞く。古宮小次郎が会長職から退いたことが良かったのかどうか。専門家たちの意見は割れており、今のワイドショーではもっぱらその議論が主に取り上げられている。それに関連して話題に上がるのが、古豪・花菱家の謎の暗殺事件らしい。


 一連の事件における主犯者は『ユグドラシル』であると報道された。「卑劣な行為であり、赦されるものではない」と総理大臣が熱弁を振るっているシーンもダイジェストで見た。結局、あいつらがあの実験棟で何をしたかったのかは正確に分かっていない。実験棟は『ユグドラシル』によって内部から腐敗していたようだし、いらなくなった活動拠点の1つを処分したかっただけなのかもしれない。


 ただ、そんな内容は決してニュースでは流れない。報道されるのはあくまで『日本の魔法社会の中枢機関が標的にされた』ことであり『大切な研究施設が全壊したが、日本は卑劣な行為には屈せずに撃退した』ということである。


「結局、真相は闇の中ということですか」


 ぼーっとテレビを眺めている俺の横で、エマは嘲るようにそう呟いた。


 そう。

 真実は決して世間に漏れることはない。


 実験棟の解体作業は全て協議会主導で行われ、作業者も協議会の息が掛かっている者のみ。実験棟内で行われてきた所業もその全てが跡形もなく解体されることになる。


 悪は全て『ユグドラシル』が被る。

 打ち捨てられた『ユグドラシル』の死体は全て鑑識に回されており、身元特定に魔法警察は全力を注いでいる。やがて一連の事件の犯人という形で世間に吊るし上げられるのだろう。そうなれば、世間の目はそちらへ向く。実験棟で行われていたことに興味を示す者もやがていなくなるだろう。『日本の魔法社会を更に発展させるために、魔法に関する実験を行っていました』という言い分だけが残るのだ。


「さて、そろそろ病室に戻らないとナースさんにまた怒られそうだ」


 携帯電話使用可能エリアに設置された椅子から立ち上がりながら言う。


「誰からのメールだったのですか? また花園や姫百合のようでしたら、私の方から苦言を呈しておきますが」


 俺がメールの画面を閉じるところをちゃっかり見ていたのだろう。エマがそんな質問をしてくる。


「いや、師匠から。(しおり)が今日寄るからよろしくって」


 会ったことは一度しかないはずだが、エマはきちんと誰だか認識しているようだ。


「聖夜様の見舞いの為に来日ですか。流石は聖夜様の妹君ですね」


「別に俺と栞は兄妹というわけではないんだが……。それに、見舞いがメインじゃないみたいなんだよな」


「と、申されますと?」


 首を傾げるエマに、俺も首を傾げながら答える。


「師匠の言い分じゃあ、3日前にはもう日本入りしていたらしい。使者として送ったとか言ってたけど、どんな無茶振りをされていたのやら」


 同情を禁じ得ない。師匠が使者を送るなんて珍しいこともあったものだ。それに、使者として選ばれたのが栞というのも気になる。まあ、俺が使い物にならなかったからの選択なのだろうが。そういった時は、大抵師匠自らが動いていたのでかなり違和感を感じていた。


 そんな心情が顔に出ていたのだろうか。

 エマの俺を見る目が優しかった。


「どうかしたか?」


「いえ、その……、何と申しますか。やっぱり聖夜様にはそういう笑顔が似合っていると思います」


「……急に変なこと言うなよ。恥ずかしいだろう」


 擦り寄ってくるエマを押し返しながら、照れ隠しに笑う。


 ただ、エマがどうしてそんなことを言い出したのかは分かっていた。

 ちゃんと吹っ切れたのは、昨日だったから。


 行かなければ良かったと思った。

 知らなければ良かったと思った。


 何度も吐いた。

 何度も泣いた。


 それでも、救いがあったとすれば。


 自分に割り当てられた病室へと戻る途中で、とある一室の名札に目が行く。


 そこには、秋山(あきやま)千沙(ちさ)と記載されていた。

 隣の病室には、山田(やまだ)太郎(たろう)と記載された名札もある。


 俺が行くことで、確かに救われた命はあった。

 それが無性に嬉しかった。


 沢山死んだ。理不尽に殺された人間が大勢いる。

 聞いた話では、蔵屋敷先輩も深手を負ったようだった。縁先輩曰く、君ほどじゃないよとのことだが。近いうちに顔を出してくれるそうなので、そこで話をしてくれるだろう。「天上天下をどうやって追い込んだんだ」とかいう謎の質問の意図もきちんと聞いてみたい。なぜ『ユグドラシル』の側近のコードネームがここで出てくるのか。まさか実験棟の最上階で戦ったあの男……、俺はここで考えるのをやめた。

 

 俺の知人に死者はいない。

 そんな自己中心的な考えであっても、それが1つの精神の支えとなっていた。


 そして、何よりも救われたのは――――。


「なにふらふら立ち歩いてるの!! 病室で寝てないと駄目じゃない!!」


「中条さん、勝手に出歩かれては困りますよ!!」


 俺の病室から、舞と可憐が走ってくる。

 後ろでエマが舌打ちした気がしたが気にしない。


 最上階に赴いた価値は確かにあった。

 あの悍ましい手記を見ることができたのだから。


 わざとらしく俺の隣に立ったエマが、俺を見てにっこりと笑う。

 こいつには、本当に感謝してもしきれない。

 俺を実験棟から運び出してくれたのはこいつだし、俺の携帯電話を通じて花園と連絡を取り病院へ連れていってくれたのもこいつだと聞く。……なんで俺の携帯電話のパスワードをこいつが知っていたのかが謎だが。ちなみに意識を回復してからその事実を聞いた後、最初にしたことはパスワードの変更である。


 そして。

 エマが俺に向かって言ってくれた言葉。


『実験棟で行われていた所業に携わっていたかどうか……、ですか。それを花園と姫百合に質問して、仮に肯定された場合、聖夜様はどうされるのですか?』


 質問にその質問で返された時、俺は言葉に詰まってしまった。

 確かに、それで肯定された時、俺はどうすればいいのだろう。


『「そうか」と納得されるのですか? 「ふざけるな」と抗議なさるので? 「関わりたくない」と繋がりを断ちますか? それとも「許さない」と戦いますか? 聖夜様が望むのであれば、どの選択であれ私は喜んで従いますが……。聖夜様がご覧になったという手記の内容が事実であるならば、もっとも深い場所には携わっていなかったでしょう。私としては、それ以上の詮索は不要であるかと』


 多分、エマの選択が俺をもっとも苦しめないものだ。


 手記の内容が真実だったとしても、実験の全てに花園や姫百合が関わっていないとは言い切れない。だが、それを知ったところで俺はどうすればいいというのか。

 分からないのなら、聞かなければいい。


 散々後悔したんだ。

 行かなければ良かったって。

 知らなければ良かったって。


 以前もどこかで思ったことがあったかな。

 結局、俺は物語の主人公や、ヒーローになんてなれやしないのだ。


 こうして、自分の中の感情に蓋をして、綺麗な側面だけを見て笑ってしまうのだから。

 こうして、自分の友人が無事でいてくれるだけでこんなにも安心してしまうのだから。


「そういうところも、魅力的なんですけどね」


 小悪魔のような笑みを浮かべてそう言うエマに答える術を、今の俺は持っていなかった。

 第7章 異能力者たちの饗宴編・完


 あとがき的な何かは活動報告にて。

 次章『エンブレム争奪戦編(仮)』は8月中旬頃から公開予定です。

 詳細が決まれば改めて活動報告でお伝えします。

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