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テレポーター  作者: SoLa
第7章 異能力者たちの饗宴編

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第7話 手記

 2017/8/14 戦闘描写を修正しました。




 実験棟地下5階。

 非常電源のみとなった薄暗い廊下を、鈴音は注意深く進んでいた。地上に向かう廊下は『絶縁体』仕様のシャッターで通行止め。そのシャッターの操作パネルは破損して使用不可。ならば、他の通路を探す必要がある。

 鈴音はエレベーターがあるフロアには向かっていない。先ほどエレベーターシャフト内で刀光剣影を斃した際、エレベーターの機体が落下し破損していたのを確認していたからだ。あの状態では、仮に点検用の操作パネルがあったとしても、扉を開けることはできないだろう。


(……、最悪、中条聖夜の救出待ちとなってしまうのが問題ですわね。それまで私が生きていられれば、ですが)


 自嘲的な笑みを浮かべ、鈴音は思う。


(一攫千金や合縁奇縁の安否も不明。本当に最悪ですわ。私の判断ミス。ここに来て、足を引っ張る形になってしまうとは……)


 携帯電話は圏外だった。こちらから場所を知らせて救援を要請することはできない。用事さえ済めば、縁も証拠隠滅を図るためにコントロールルームに立ち寄ろうとするだろう。縁が異常に気付くまで、果たして警戒すべき相手と遭遇せずに潜んでいられるのか。


 それは誰よりも、鈴音自身が分からないことだった。







《……、マスター、マスター! マスター!!》


 ふと我に返った。


《マスター!! 聞いてる!? マスター!!》


「……あぁ、聞こえてるよ」


 そう答える。

 あまり叫ばないでくれ。耳がキンキンするよ。


《良かった。マスター、全然反応してくれないからどうしようかと思ったわよ!!》


 何だよそれ。ちゃんと反応ならしているじゃないか。


《そろそろ限界よ。出ましょう》


「……え?」


 何が限界なんだ? それに出るってどこにだよ。


《全然戻ってきてないじゃない!! マスターここがどこだか分かってる!? 火の手も迫ってきてる!! 直ぐに脱出するわよ!!》


 その言葉でようやく、本当に我に返った。


 瞬間、頬を熱風が撫でる感触が蘇る。

 視界がオレンジ色に染まる。

 息が苦しい。


「ごほっ!? ごほっごほっ!!」


 思わず咳き込んだ。

 あれ、俺何やってんだ?


《ほら見なさい!!『忠誠(ちゅうせい)五月雨(さみだれ)生命(せいめい)(うた)』『激流の輪(ヒーラ)』》


 ウリウムの治癒魔法によって症状が一気に改善した。俺の経過を確認する暇も無く、ウリウムは俺の魔力を使って次々に水属性の魔法球を発現し、周囲にばら撒いている。周囲はそれにも負けずに火の海だ。


《意識は戻ったかしら!? 現状の説明が必要!? 焼死したいわけじゃないわよねぇ!!》


「……いや、必要無い」


 そうか。実験棟の最上階だったな。手にしたひしゃげたプレートは、何となく捨てる気にはならなかった。ローブのポケットに押し込もうとして。

 近くのデスクから、紙の束が音を立てて崩れ落ちた。


 落ちどころが悪かったものは、瞬く間に火の海に飲まれて灰になっていく。だが一部は、床を滑るようにして俺の足元までやってきた。ウリウムの魔法球の余波でも喰らっていたのか、半分以上が水を吸ってふやけている。


《……マスター、出ましょう? ここから早く。ね?》


 固い声でウリウムが言う。

 それには答えず、足元に落ちた紙を破れないよう慎重に拾い上げる。


《駄目よ、マスター。見ちゃ駄目。もう十分ここは調べたでしょう? 早くエマちゃんたちと合流しなくちゃ――》


 ウリウムの言葉を聞き流しながらも、目は目の前の活字へと向く。

 手記のようだった。水で滲んでいたり、元の字が汚いこともあり判別できない文字も多いが、読めるところもある。


『7※※0日。今※※被検※※3人潰※た。※※※※有※義な※果が得※※※※※※い難い。1人は無系※※※の※※手だっ※よう※※、他2人と脳※※造に違い※※られなかった。※※統※法の※※※に特殊な※※が宿※※い※という※け※※※い。もっとも、※んなこ※は今回の実験で確かめなくても分かって※※※※※。いったい無系統※法と※※※※※※まれると※うの※。※か※ない。※※※※法の女は惜しいことをした。次の手配を早急に』


 ざわり、と。

 背筋に悪寒が奔った。


『7※28日。無系統魔法の使い手はそ※※※※※※※るものではない。※かって※いるが、こちらだって※※※※るのだ。ま※たく※※※※隊の※々は※を※※ているというの※。今日は※※※いとそうでない※※人の脳み※を並※て切り※※てみた。結果は分か※※いる。単※る遊び※※一番面白※※たのは※※※の意識が※る状態で頭の解体※業を始めた瞬※だけ。※応が無く※※てから※※械的に身※※※いただけだった。掃※が※倒く※※』


《マスター、もういいでしょう? 火の手が回ってきてる。それに煙も吸い過ぎだわ。自分の魔法を過信し過ぎては駄目よ》


『※※2日。無系※※※※※※※※被※体は※※※られてこない。以前、聴覚を奪※※魔※の※※実験をしてい※被検体を※※てしまった。両眼を※※ただ※で舌を噛※とは。猿ぐつわを※※※※※った私にも責任※※※※※※れないが、実に※※快だ。進※※況の※告に※※が来た。どうや※かなり大物である家の娘を※※ているようだ。足がつか※※ように※部組※の※※を※用すると※※※か。※系※魔※※持者なら誰でも※※ないのだが。被検※※※2で遊ぶこ※※※る』


 ……なんだ、これは?


『8月4※。苦情※※ったが、この※※明※た通りだ※※っ気なくあしらわれた。被検体を2人※い潰す。もちろん、有意※※実験だった』


《マスター、これ以上はやめましょう。そんな紙に重要なことなんて書かれているはずがないわ。優先順位をはき違えないで。貴方が今すべきなのはこんなことじゃないでしょう?》


『※※7※。どうやら※※※隊のター※※トは、この国の※育機※である※※※法学※の※※※※しい。しかも、よりにもよってあ※※※※ご令※と来た。馬鹿なのか。やれるもの※らやってみろ。さ※かし※※義な実※※※※るだろうよ。※駄に時※※使いや※って。だが、確かに幻※※※※※主の※体についても興味はある。これが素体の※※※※立てるのなら※々歳だ』


 ……こいつは、何をやってるんだ?


『※※※※。決行は今夜との※報を※※※※。まさか本※で決※まで漕※※※※とは思って※※か※※。おそらく、※※※待はしていないだろう。そんな※単※※光の※※※※※拐でき※※は※※※い。※※※の※※※関のセ※※※※※※度※※認でもしたいのだろう。なら他の人員※割り当てろ!!』


《マスター、お願い。言うことを聞いて。それ以上読んだって良い事は絶対にない》


『8※※※。声帯を奪※※※法の※現実験を行っていた被検体が死んだ。新しい被検体も手に入ったことだし、※※※※題無いのだが、次はどいつを使うか。悩みどころだ。麻酔を使わずに施術できれば一番楽しいんだが、※※※※※※術では刺激に耐え※れずショック死してしまう可能性が高い。つまらない。が、やるしかないだろう』


 早鐘のように鼓動が鳴っている。


『※※※※※※敗との一報が入っ※。予※※り過ぎて笑えてくる。聞※ば白※※※※※に※ら※※だとか。馬鹿か。言い訳なんて聞きたくない。ようは※血※※※※に入らなかったということ※※※属性とやらのメカ※※※の※明に挑※※※かとわくわくしてしまった俺の期待を返せ。※帯を潰す作業で3人も殺してしまった。多少は反省せねば※※まい。やはり麻酔無しでは駄目※のか』


 震える手で読み続ける。

 そして。


『9月20日。素※は静かに眠り続けている。何が足りないのかが分からない。人間の身体の構造は、忠実に再現したはずなのに。これでは溶※の※※なければ鮮度を維持することはできない。なぜ心※※※だけが機能しないのか。蘇生の魔法に※まったく目途が立っていない。死んだ人間を生き返※※ることは、やはり不可能なのか』


 次からの文章に、思わず目を疑った。


『まあ、どちら※も構わないか。永久に謎で※った方が、合※的に人で遊べるから俺としては嬉しいのだが。さて、次はどうやって遊ぼうか』


「……なんだよ、これ」


 遊ぶ?

 これだけ非人道的なことを、遊ぶと言っているのか。


《マスター、お願い。お願いよ……》


 紙を捲る。

 次も。

 その次も。

 滲んで読めない部分もあるものの、ほぼ同じような内容が書かれている。


 もう一度。

 一番最初の紙の。

 一番最後の文に目が行く。


『次はどうやって遊ぼうか』


 瞬間。

 檻の中で死に絶えていた、あの光景を思い出した。




 焼け爛れ。

 縮こまった体勢で転がっている。

 名も知らぬ人物の遺体。




「……なんだよ、それ」


 震えが、止まらない。


《……マスター?》


 馬鹿みたいに手が震える。


「なんだよ……、これは」


《ちょっと……、マスター大丈夫?》


 震えているのは手だけでは無かった。立っているだけでも辛いくらい、足も震えていた。


「こんな……、こんな馬鹿みたいな理由で……っ」


《マスター!? 体内の魔力の循環が狂い始めてるわ!! 気持ちを落ち着けて!!》


 ここで閉じ込められていた人たちは、死んでいったのか。

 そんなの。




「馬鹿みたいじゃないか」




 その自らの一言が、トリガーとなった。

 頭だけじゃない。

 全身が、カッと熱くなった。







「難攻不落か。久しぶりだね」


 不機嫌さを隠そうともしない難攻不落とは対照的に、縁は不敵な笑みすら浮かべてそう言った。


「知り合いなの?」


「うん。元部下だ」


 エマからの質問へ端的に答えた縁は、続けて難攻不落に言う。


「そういえば、さっき下で因果応報と破鏡重円、それから玉石同砕だっけ? ともかく『ユグドラシル』の3人に会ったよ」


「……知っている」


「まぁ、そうだろうね。そこからコソコソ覗き見していたんだろうし」


 難攻不落の背後にあるモニターへ視線を向けながら、縁が嘲る。


「なら、君がこれからどういった末路を辿るかも理解しているね」


「あぁ、している」


 縁の言葉に、難攻不落は躊躇いなく頷いた。


「殺していいなら私がやるけど」


「いや、奴の無系統魔法“防御(プロテクト)”の硬度は、並大抵の魔法では破れないんだ」


 エマが顔をしかめる。


「私の魔法が並大抵だって言ってる?」


「無駄な時間を掛けたくないなら、俺に任せてもらおうか」


 視線すら合わせずそう断言する縁に、エマは鼻を鳴らした。







 その場所に到達した時、鈴音が最初にしたことは落胆のため息を吐くことだった。


 鈴音の目の前にあるのは、業務用のエレベーター。

 電気も通じており運用に問題は無いのだが、残念ながら鈴音にはこれを動かす権限が無い。暗証番号、指紋認証、網膜認証に魔力認証。そのどれもが鈴音の手元には無かった。コントロールルームに転がっている死体を持って来れば指紋認証くらいはパスできるだろうが、それだけ。暗証番号など、死んだ人間からどうやって聞き出せと言う話である。


 もう一度ため息を吐いた鈴音は、仕方なく踵を返そうとして。

 全身を駆け巡る悪寒に、完全に硬直した。


 直後に、異音。

 咄嗟に、跳躍。


「――――っっっっ!?」


 受け身のことなど考えずに、身体を仰け反らせるようにして跳んだ。そこで見える、スローモーションのようにゆっくりと自らの動作に従うようにしてなびく黒髪。その先端から数センチがスッパリと斬れる。


 直後。

 凄まじい轟音と共に。

 鈴音が背にした業務用エレベーターの扉ごと。


 フロアの(、、、、)側壁が(、、、)横一直線に(、、、、、)斬れた(、、、)


「なっ――――!?」


 床に身体を強く打ち付けながらも、鈴音は転がるようにしてすぐに体勢を整える。そして、自らの視界に収まる光景を見て絶句した。


 そう。

 魔法での破壊は不可能とまで言わしめた『絶縁体』仕様の扉や側壁が斬れている。

 しかし、その事実に驚愕していられる時間はそう長くは無かった。鈴音にとって、絶対に無視できないほどの存在が、遂に鈴音の前に姿を現す。


「俺の一撃目を躱した者は久方振りだ。良い」


 そう言って。

 非常電源のみとなったフロアに、1人の男が姿を見せた。


 全身を漆黒のローブで覆い隠している。深く被ったローブのせいで男の人相は分からなかった。ローブの背には葉の無い樹木。胸の部分に3枚の葉が重なり合ったシンボルマークが刻印されていた。

 男は、手ぶらだった。


「……今の一撃は、貴方のものですの?」


「他に誰がいる」


 鈴音の震えが隠せていない問いに、男は素っ気なく答える。男の手に得物は無い。

 つまり。


「魔法で斬った、と。そう仰るんですのね」


「他の手段で斬ったように見えたのか?」


 鈴音は『楊貴妃』を抜き放った。


「……何の真似だ?」


 男の問いには答えず、鈴音は短く息を吐く。そして、震えを必死に押し殺しながら構えを取った。


「何の真似だ、と聞いている」


「戦うのですわ。抵抗せずに首を差し出せる立場ではございませんので」


「一撃を躱すので精一杯だった輩が何を抜かす」


 男は鈴音の決死の覚悟を鼻で嗤った。


「馬鹿らしいな」


 そう言って手を軽く振る。


「『毘沙門(びしゃもん)()”』」


 振るった手には、いつの間にか錫杖が握られていた。男の動きに合わせて振るわれたそれは、頭部の輪形に通された計12個の遊環がぶつかり合い澄んだ音を鳴らす。


 相対する男が剣士であると半ば確信していた鈴音の反応が、一瞬鈍った。しかし、魔法は刻一刻と変化する。その美しき音色とは裏腹に、発現された魔法の効果は残虐なものだ。


 振るわれた軌跡と音色に合わせて、キラキラと光る無数の花びらのような何かが舞う。

 その鱗片が絶縁体仕様の柱に触れた瞬間、その柱を輪切りにした。


 戦慄。

 それに対する鈴音の行動は、奇跡としか言いようがない。


 先手必勝。

 浅草の奥義である『風車(カザグルマ)斬斬(きりきり)』を発現し、遠距離からの攻撃で戦いの流れを握ろうとした鈴音だったが、その案はすぐに捨てた。


 発現された錫杖は、遠距離攻撃も可能。

 それを瞬時に理解した鈴音の行動は、攻撃では無く防御のみに特化した『大地(ダイチ)散焼(さんしょう)』を発現することだった。それも、跳躍した上で刀を握らぬ左手で背にしたエレベーターの扉に触れながらである。


 浅草の奥義の1つ『大地(ダイチ)散焼(さんしょう)』。これは全身を硬質化させることで敵の攻撃を防ぐ『大地(ダイチ)』の上位互換とも言うべき奥義であり、硬質化によって防御力を極限まで上げるだけでなく自らの触れた物質へ防ぎ切れないエネルギーを逃がす、つまり真正面から受け止めるのではなく受け流すことに主眼を置いたものだった。


 本来であれば、地についた両足から防ぎ切れなかったエネルギーが流れ出ていくのだが、今回の鈴音の行動は跳躍。つまり、それは放出先が無くなることを意味する。だから、鈴音は背にしたエレベーターの扉へと手を伸ばした。

 だが、ここで1つ問題が生じる。言うまでも無く、鈴音の触れようとしている扉は『絶縁体』仕様であるということだ。触れれば即座に魔法を構成する魔力が吸い取られ、魔法は消失する。


 だから、これは奇跡としか言いようが無かった。


 吹き荒れる花びらにも似た刃の群れ。鈴音の跳躍と鈴音のもとに凶刃が到達したのは、ほぼ同じタイミングだった。自らの跳躍とは段違いのスピードに、鈴音が『楊貴妃』を振るう。そして、その『楊貴妃』は男の発現した刃に触れた瞬間に、バターのように割けてしまった。


 鈴音の両眼が、これ以上ないほどに見開かれる。


 その刹那の時間で。

 男が発現した凶刃の群れが。


 自壊し、更に細かな破片となった。


 このタイミングで、ようやく鈴音の身体に『大地(ダイチ)散焼(さんしょう)』の効力が生じた。『絶縁体』仕様であることを承知した上で、鈴音は咄嗟に左手をエレベーターの扉へと伸ばす。

 鈴音の手のひらが扉を撫でるのと、男の発現したキラキラと輝く破片の群れが鈴音の身体に到達するのは完璧に同じタイミングだった。


 直後。

 鈴音の全身が斬り刻まれた。

次回の更新予定日は、6月17日(金)です。

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