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テレポーター  作者: SoLa
第7章 異能力者たちの饗宴編
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第6話 悪夢




「……失敗したな。この可能性も考慮しておくべきだった」


 縁は思わず舌打ちしながらそう言った。

 ここは、これまで登ってきたエレベーターシャフトの行き止まり。つまりは最上階に位置する扉の前だった。縁のすぐ下では、側壁の僅かなとっかかりを足場にエマも顔をしかめている。


 魔法開発特別実験棟。

 その最上階に位置する扉を前にして、縁は一時撤退を余儀なくされていた。


 縁は犬歯を剝き出しにして言う。


「ここを強引に突破するとなると、中条君の無系統が必要だ」


 そういうことだった。

 本来、エレベーターの扉はシャフト内からでも手動で開閉できるようにレバーなどが設置されている。無論、今回のケースのようにシャフト内を自力で駆け上がるような人間ためにではなく、点検作業用のものだが。

 しかし、最上階の扉の内側にはそれが無かった。


「こっちも駄目のようね」


 1つ下の階の扉まで移動したエマが、結論を口にする。それを聞いた縁は再度舌打ちした。

 縁の目論見では、間違いなくここから突破できるはずだったのだ。聖夜たちを追う為にエレベーターシャフト内へ身を投じた際、細切れになった扉の内側に開閉用のレバーがあることを縁は確認している。シャフト内が同じ構造である限り、それは最上階も同じということ。聖夜は時間短縮のためか無系統魔法を使用したようだが、他の人間でもシャフト内から扉の開閉はできる。


 縁は、そう結論付けていたのだ。

 しかし、実際は。


「……引き返すしかないようだね」


 同じエレベーターシャフト内であっても、構造は違う。

 最上階やそれに近い階は、シャフト内から移動できないように設計されていた。

 そしてそれは。


「この国がどれだけ世間に見せられないようなものをこの塔の上階に設置しているのか、それが明確に提示されているかのような状況ね」


 エマが暗い笑みを浮かべながら鼻で嗤う。まさにエマの言う通り。縁はシャフト内からの突破を諦めて下へと舵を切った。


「シャフト内から開けられる一番上の階から突入しようか」


「それが最善でしょうね」


 重力に身を任せ落下を始めた縁に倣い、下へと落ちるエマも同意する。そこで言った。


「聖夜様との合流を真っ先に図ろうとした私は間違っていなかったんじゃない?」


「この状況を利用して、彼の邪魔をしようとした君の行動理念を正当化するんじゃない」


 シャフト内の構造の造り分け。

 こんな簡単な可能性すらも見逃してしまっていた自分に苛立ちを覚えながらも、縁は不機嫌そうにエマへそう答えた。


 開かずの扉となった最上階。その僅かな隙間から覗いていたオレンジ色の煌きだけが、縁の瞼の裏にやたらとこべりついていたのだった。







 実験棟への突入前、聖夜に対して縁は「内部構造についてはきちんと頭の中に入れてきているよ」と言った。しかし、それは正確に言えば間違っている。縁や鈴音が入手できたのは、実験棟の地下5階から地上20階までのみ。そして、上も下もそれ以上の階が本当に存在しないかどうか、確認する術を2人は持っていなかった。

 しかし、入手できた階層の内部構造であれば、縁も鈴音も嘘偽りなく全てを頭に叩き込んできている。


 そして、鈴音のお目当ての設備がある場所は、幸いにして入手できたデータの中にあった。


 照明が落ち、非常電源のみの明かりとなっている地下区域に忍び込んだ鈴音は、地下3階にある女子トイレの個室の1つに一攫千金と合縁奇縁を押し込んだ。


「ここにいなさい。必要な処理をしたら、また戻って来ますわ」


 一攫千金の意識はまだ戻っていない。なぜか嗚咽を漏らしている合縁奇縁へ一方的にそう告げた鈴音は、すぐに女子トイレから飛び出した。

 この地下3階に用は無い。非常電源のみの点灯となっている薄暗い廊下を疾走し、階段へと再び戻ってきた。


 目指す場所は、地下5階。

 鈴音は一瞬だけ上階へ繋がる階段へ視線を向けたものの、すぐに階下に向かって駆け出した。







 縁の手振りの意図を理解したエマは、自由落下をやめて再びシャフト内の側壁へと音も無くへばりついた。自らのすぐ下で同じように側壁の僅かなとっかかりに掴まっている縁へ、小声で話し掛ける。


「……私の記憶では、先ほどまであの扉は開いていなかったはずよ」


「なるほど。つまりはおびき寄せと言うことだ」


 聖夜を残してきた階とは違う。先ほどまで閉まっていたはずの階の扉が開いていた。


「どうするの?」


「どちらにせよ、中条君の階はシャッターが下りて通行止め。それより下の階からの移動ではタイムロス。なら、向こうの誘いに乗ってやろうかな。どうだろう」


「いいんじゃないかしら」


 軽い口調で同意するエマに苦笑しながらも、縁は誘いに乗りその階へ乗り込むことにした。







 固く閉ざされていたはずの防犯シャッターに、縦に、横に、斜めに亀裂が入り、瞬く間に細切れとなった。中に閉じ込められていた白い仮面に同色のローブの少年が、細切れになった残骸を踏みしめるようにして姿を現す。


「エマは……、先に向かったようだな」


 フロア内に人気が無い事を確認した少年は、その足をエレベーターシャフトへと向けた。







 実験棟地下5階。

 ここより下に階段が続いていないことに安堵しつつも、鈴音の足は止まらない。この階に鈴音の目的とする施設はあった。


 しかし。


「……これは」


 セキュリティコードを入力しなければ入室できない一角。その扉が開けっ放しになっているのを見た時から、嫌な予感はしていたのだ。そして、その一角に足を踏み入れた瞬間、自らの嫌な予感は的中したのだと鈴音は確信する。


 ここは実験棟の設備全てを管理するコントロールルーム。当然、塔内に設置されている全ての防犯カメラの映像も、ここで確認・保存ができるようになっている。鈴音の目的は、自分たちが侵入した痕跡を残さないようにするために、この映像記録を抹消することだった。『五光』が塔へ直々に足を運んだ以上、記録関係が洗われることになるのは必然。だからこそ、最優先でこれを破壊しに来たのである。


 ただ、結論から言えば、鈴音がここへ来なくとも『五光』から映像記録を洗われることはなかった。


 コントロールルームは完全に破壊されていた。

 当然、ここで働く者たちも皆殺しにされている。

 根源的な恐怖を煽るような、耳障りな警報音だけが無意味に鳴り響いている。


 鈴音はもはや不要となったその施設内へ、無意識に足を踏み入れていた。機材含め人も床も天井も、全てが滅多切りにされている。側壁へいくつも張り付けられた大型の映像装置から、時折火花が噴き上がった。非常電源のみとなった空間は、薄暗くて不快にさせる臭いで充満している。惨殺された死体から溢れ出た鮮血が、非常電源の薄暗い明かりに照らされて、てらてらと輝いていた。


「ここを襲った輩は、相当な剣の腕だったのですわね」


 死んでいる人間は、誰1人として抵抗らしい抵抗を見せた痕跡は見当たらなかった。武器を携帯している死体もいくつか見受けられたが、そのどれもが携帯している武器に触れることすらできずに殺されている。ここで息絶えた人間は8人。その全てをここまで早く華麗に無力化できる自信は鈴音に無い。実力の振るい方に問題はあれど、この技量に鈴音は素直に感服した。


 そのうちの1つの死体へと、鈴音が触れる。


「……鋭利な刃物で斬られた跡、ですが、……この魔力の残滓。魔法具ではないですわね。魔力を具現化している?」


 屈みこみ、その傷口を調べていた鈴音。


 そこでふと気付いた。

 ぞわりとした悪寒が身体中を駆け巡る。


(刀光剣影とやらは、実物の長剣を使っていた。シャフト最下層に転がっていた男の死体にも、剣があった。刀光剣影の言っていた「両断が得意」と言っていた男があの者? その可能性は高い。剣の腕は中の下だったと言っていたはず。ここを襲った人間は、大人数をほぼ瞬殺している。傷跡1つ見ても、この技量は賞賛せざるを得ない。だとすると……。ここを襲った者はどこへ……?)


 呼吸が荒くなる。

 耳障りな警報音すらも遠く聞こえる。

 鈴音は、音も無くゆっくりと立ち上がった。

 もう一度、コントロールルーム内を見渡して。




 そして、気付く。

 魔法での破壊は不可能と言われた『絶縁体』仕様の設備が、切り刻まれているという事実に。




 ぶわっと。

 全身から玉のような汗が噴き出した。

 跳躍。

 瞬く間にコントロールルームから通路へと躍り出た鈴音は、真っ先に地上へと繋がる階段を目指す。


(あり得ない!! あり得てはならない!! 中条聖夜はここに来ていない!! 彼ならコントロールルームを無力化するにしても、もっと別な手法を用いる!! 神の名を持つ魔法の持ち主が他にもいる!? 縁の『契約解除(キャンセル)』ですら『絶縁体』の破壊は不可能だと言うのに!!)


 身体強化魔法が施された鈴音の身体は、周囲の風景を置き去りにして前へ前へと進む。


(魔力の残滓から判断するに、物理的な攻撃ではなく魔法的な攻撃による破損!! ならば『書き換え』!? 違う!! 縁の予想では中条聖夜が保有していたはず!! 神の名を持つ同じ魔法は同時期に2つの存在は許されない!! その前提が間違っている!? それは無い!! 縁は確かに『脚本家(ブックメイカー)』からそれを聞いたと言った!!)


 激しい動悸が正常な思考を著しく妨げる。


(ならばやはり中条聖夜が!? それも違う!! 魔力の残滓は彼のものでは無かった!! それに!! 荷物にしかならない一攫千金や合縁奇縁を助け!! それを信頼していないはずの私に託した!! そんな善人があの惨状を作り上げるはずが――)


 そこまで思考を巡らせたところで、鈴音の身体を更なる悪寒が奔り抜ける。


 地下に、自らの思考が警報を鳴らす要注意人物が潜んでいたとして。

 その要注意人物が仮に自分の接近に気付いたとして。

 その要注意人物が仮に自分の行動を監視できていたとして。


 そうすると。

 地下3階トイレに置き去りにした一攫千金と合縁奇縁はどうなる?


「――――っ」


 荒い息を吐きながらも、瞬く間に地上へと繋がる階段のある場所へと到達して。

 鈴音は、階段がシャッターによって封鎖されている光景を目撃した。


 シャッターのすぐ傍、側壁に設置されているのは、そのシャッターの開閉を操作できるコントロールパネル。それは、先ほど鈴音が手放しで賞賛したあの太刀筋と同じ切り口で破壊されている。


 ――――自分はおそらくここで死ぬ。


 鈴音は、敵と対峙する前からそれを直感した。腰に下げている『楊貴妃』の鞘を、血が滲む震える手で握りしめる。その動作は意図したものではなく、鈴音の中にある恐怖心から来る怯えの表れだった。







「ようこそ、と言っておこう」


 燃え盛る炎の中で。

 深い藍色のローブですっぽりと身を隠した男はそう言った。


 エマは問う。


「貴方は?」


「『ユグドラシル』所属、難攻不落(ナンコウフラク)と言う。歓迎するよ、お嬢さん。それと……」


 男の視線はエマの隣へと向き。


「御堂縁」


 吐き捨てるように、そう言った。







 中条聖夜は、何の妨害も受けることなくエレベーターシャフトの一番上へと到達していた。眼前にあるのは、実験棟最上階に繋がるエレベーターの扉、その内側である。その付近に、作業員用の内側から開けるためのレバーなどは無い。


 ただ、そんなことはこの少年に何の意味もなさなかった。

 僅かな隙間から漏れ出るオレンジ色の瞬きに嘆息しながらも、聖夜はその腕を軽く数度振るった。


 扉は、何の抵抗も無く細切れとなる。


 扉を細切れにした瞬間、中から凄まじい熱気が噴き出した。それを水の障壁で防ぎ切る。


《魔力貰うからね》


 腕に装着されたMCからの言葉に頷いた聖夜が、フロア内へ足を踏み入れた。ウリウムの発現した水の魔法球が、火の海へと次々に射出される。聖夜はローブの裾で口元を覆いながらゆっくりと内部を見て回ることにした。


 エレベーターがあるフロアから先には、更に厳重な扉によって固く閉ざされている。暗証番号、指紋認証、網膜認証に魔力認証。それら全てをクリアしなければ開くことの無い扉だ。

 そして、聖夜はそれすらも“神の書き換え作業術(リライト)”によって細切れにし、奥へと進んでいく。


 聖夜に言わせれば、「酷い」の一言だった。


 実験棟の最上階。

 外部には決して公開できないであろう、この国最上級の機密施設。


 眼前に広がるのは。

 人をただの実験動物としか捉えていない人間によって造り上げられた、悪魔のような空間だった。


 ずらりと並べられた数多の檻。

 床に散らばった実験に使われるフラスコやビーカー。

 パーテーションなど遮る物が何も無い、血だらけになった手術台。

 用途不明の拷問器具。

 天井から吊り下がった謎の鎖。

 

 燃え盛る炎が、それらを不気味に照らしている。

 ここまで見せられてしまえば、檻の中に何が閉じ込められているのか、見るまでも無く分かり切っていた。ウリウムが次々に発現する水の魔法球によって消火していくが、火の手は衰えない。檻の中にまで浸透した炎は、この空間にあったはずの生命を根こそぎ奪っていったことだろう。


 それが、ここで捕らえられていた者たちにとって救いとなったのか、聖夜には判断できなかった。


「……こんなの、アリかよ」


 無意識のうちに口を突いて出た独り言だった。

 人を人と思わぬ残虐な所業。この施設がいったい何を目指して造られ、そして稼働していたのか、聖夜は知らない。そして知ろうとも思わなかった。実験動物と称して人を素材として弄繰り回し、挙句用済みになったらこうして証拠隠滅を図る。もしかしたら、用済みになったわけではないが、聖夜たちが侵入してきたことで見つかる前に証拠を隠滅しなければと思ったのかもしれない。


 どちらにせよ。


「……こんなことが、赦されていいのかよ」


 聖夜にとって、これは許容できる光景では無かった。

 震える足で、夢遊病の患者のようにふらふらと進む。


 1つの檻が視界に入った。燃え盛る炎の煌きが、その内部をオレンジ色に照らし出す。当然のようにプライバシーなどが確保されている空間ではない。ほぼ全焼した安っぽいベッド、敷居など何もない便所、そして。


 焼け爛れ、縮こまった体勢で転がっている名も知らぬ人物の遺体。


 視界が、歪んだ。

 咽返るような熱気とは関係なく、嗚咽が漏れる。


 実験棟の内情を大まかに伝え聞いた時から、ある程度の覚悟はしているつもりだった。しかし、その程度の覚悟など一笑に伏されるレベルのものであると聖夜は知った。


 世界からも絶賛される日本の魔法技術。

 その輝かしい功績の裏側にある、悪夢のような狂気を聖夜は知ってしまったのだ。


《……マスター、治癒魔法をかけるから。だからもう、その手を放して》


 そんな聖夜の心情を悟ってか、ウリウムはゆっくりと諭すようにそう言う。

 炎の海の中で、聖夜は泣いていた。

 人知れず死んでいった名も知らぬ遺体を前にして。

 炎によって高温となった檻を、無意識のうちに握りしめて。


「……治癒魔法なんて、必要無い」


《お願い、マスター。貴方の気持ちは痛いほどわかる、なんて安っぽい言葉を掛けるつもりはない。でも、自暴自棄にならないで。マスターは、生きてこの塔から脱出しなければいけないわ。貴方がここで死んだら、先に逃がしたあの2人はどうなるの?》


 ウリウムが発現した水が、高温に熱された柵に降り注ぐ。一気に冷却されたことで湯気が上がった。その光景を、聖夜は他人事のように眺めている。握りしめた手は、高温によって皮膚が完全に柵へとへばりついてしまっていた。

 本来なら、脊髄反射で手を引こうとするほどの激痛が襲っているはず。それすらも今の聖夜は感じなくなってしまっていた。いや、分かっていてなお無理やり檻を握りしめているのか。


 ウリウムがゆっくり、ゆっくりと水を発現し、冷やし、そして治癒魔法を掛ける。


《手を放して。ゆっくり、ゆっくりでいいから。ちゃんと剥がれ切るまで、治癒魔法は途切れないわ》


 ほぼ言われるがままに、聖夜はようやくその檻から手を放した。


「……一攫千金や合縁奇縁は、紙一重だったんだな」


 ぽつり、と呟かれたその言葉に、ウリウムはすぐに先ほど自分が引き合いに出した2人の名前だと思い至った。


《そうね》


「あいつらも、一歩遅ければ、この中で死んでたんだな」


《……そうね》


 何と言っていいか分からなかったウリウムは、そう答えることしかできなかった。


 聖夜はそれっきり無言になった。両手をその檻の前で合わせたと思ったら、更に施設の奥へと進んでいく。ここが人間を実験道具として保管し、実験を行っている施設であることは判明した。つまり、聖夜が確認したかった事実は判明したことになる。

 それでも、「戻らないの?」とウリウムは言えなかった。聖夜の心中に渦巻く感情を、ウリウムは否定しない。むしろ、それが聖夜の美点だとすらウリウムは思っていた。先程の諸行無常戦だって、無系統魔法を用いていれば『属性共調』など不要だったはずだ。それを我が儘と称して聖夜は避けた。玉石同砕の時だって、そもそもこの塔に進入する時だって、聖夜は名も知らぬ他者の死にショックを受けていた。


 向いていない。

 今の立場から身を引かせたい、とウリウムは思った。

 ただ、それを口にする勇気がなかった。

 自らの存在意義を失ってしまうような気がして。

 だから、ただ、沈黙することしかできなかった。


 そして。

 聖夜の心中は、それどころではなかった。

 この施設、魔法開発特別実験棟は『五光』の息が掛かった場所。なら、この実験を『五光』の面々は知っていることになる。いや、むしろこの実験をするように指導している立場の可能性が高い。


 そうなると。

 花園剛は。

 姫百合美麗は。

 この実情を知っていたのだろうか。

 知っていて、黙認していたのだろうか。

 むしろ、率先して指導する立場にいたのだろうか。

 鼠が侵入したことを知って、慌てて証拠隠滅を指示したのだろうか。


 あの、聖夜の知っている笑顔の裏で。

 こんな悪魔のような所業を平気でしていたのだろうか。


 聖夜には分からない。

 分かりようがない。


 (まい)や、可憐(かれん)や、咲夜(さくや)は、このことを知っていたのだろうか。

 知っていて、平穏な学園生活を何食わぬ顔で享受していたのだろうか。


 聖夜には分からない。

 分かりようがない。


 動転していた。

 自分の知っている人たちが。

 自分の尊敬している人たちが。

 自分の親しい友人たちが。


 自分の。

 まったく知らないところで。

 受け入れ難い側面を持っているかもしれないと予感して。


 だから。

 見逃した。


 この階以外で一攫千金や合縁奇縁が捕らえられていた可能性もあることを。

 あの送り主不明のメールの文面が指していた、真実を。

 

 施設の最奥には、大人が余裕で入れそうなほど大きな試験管のようなものが存在した。ただ、それはこの炎によって原型を失くし、半分以上が砕けた状態で残っていた。ほぼ壊滅状態になっているものの、それは様々な機械によって繋がれている。これも実験設備の1つということだろう、と聖夜はぼんやりした頭で当たりを付けた。


 ふと聖夜は足を止める。

 自らの足元に転がっていた、ひしゃげたプレートを拾い上げた。

 そこには、こう書かれていた。


『A※※R※・※H※R※UM※』


 ひしゃげて黒く焼け焦げたそのプレートに刻まれた文字は、その半数以上が識別不能になっていた。そして当然、その意味を聖夜は理解できなかった。

 次回の更新予定日は、6月10日(金)です。

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