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テレポーター  作者: SoLa
第7章 異能力者たちの饗宴編

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第5話 理不尽




「聖夜様っ!? 聖夜様!!」


 もはや身分を偽るべき事すら忘れ、エマはその名を叫んだ。突如として自らと聖夜を分断したシャッターに飛びつき、破壊しようと試みる。

 しかし。


「っ!! 『絶縁体』っ!! 面倒な真似をォォォォ!!!!」


 吸収が専売特許である闇属性の全身強化魔法『混沌の型(ブラック・アルマ)』。それに割いていた魔力がシャッターに触れた所から吸収されていくのを感じ取り、エマは苛立ちの声を上げた。


 エマは素早く周囲へと視線を向ける。

 エマが現在立っているのは、エレベーターの正面にあるフロアだ。当然、エマの後方にはエレベーターシャフトがある。そして、前方には『絶縁体』仕様の強靭なシャッター。

 本来ならば、シャッターが下りたことによってエマ自身も簡易の牢獄に閉じ込められたことになるのだが、幸いにしてエレベーターの扉は細切れであり、シャフト内への出入りは自由になっている。


 エマは親の仇のようにシャッターを睨みつけた。


(……毒属性の魔法なら溶かせる!? いや、『絶縁体』は発現された魔力に作用してそれを吸収する素材!! 毒の効力が及ぶ前に吸収される!! やってみなきゃ分からない!? しかし、時間を無駄に使う余裕は――――)


 エマは聖夜が持つ無系統魔法について最低限の知識は保有しており、それが『絶縁体』ですらも通用しない魔法であることは、実例を目撃したこともあり理解している。しかし、その聖夜が自らの自由を奪うシャッターを破壊してこないことに、明確な焦りを覚えていた。


(落ち着いて!! 私が今何よりも優先すべきは聖夜様との合流!! そのためにはこのシャッターを何としても……、いえ、無駄に魔力を使うことは得策じゃない!? 聖夜様ですら破壊できないシャッター!? それとも故意に破壊していない!? ならばその意図は!?)


 刹那の間に目まぐるしく回転する思考。エマの口元から、淑女のものとは思えない音量で歯ぎしりの音が漏れる。


(答えは『分からない』!! 不確定要素しかないシャッターを相手に無駄な魔力を消費するくらいなら、別ルートでの合流を図るべき!! つまりは――――)


 踵を返す。

 シャッターに背を向ける。

 エマの視線に映るのは、細切れになったエレベーターシャフトへの入り口。


 ここまでの思考に費やした時間は、僅か数秒。


(この階を除いて聖夜様が扉を細切れにしたもっとも近い階!! いや、近いのはあの襲撃者が姿を見せた階!? 扉は勝手に閉まっていた!? 確認していない!! とにかくシャフトを抜けて階段側から上り直し、この階で合流する!! おそらく、それが最短!!)


 直後。

 エマがたった今背にしたシャッターの向こう側から、馬鹿みたいな音量の咆哮が轟いた。次いで、何かが次々と向こう側からシャッターに衝突する音。




 エマの中で、何かが切れた。




「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!! あんのゴミカスが私の王子様になぁにをしたああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」


 それはもはや絶叫に近かった。

 発現していた『混沌の型(ブラック・アルマ)』が呼応し、どす黒い闇を周囲へとまき散らす。エマの顔を覆っていた仮面が、その余波に耐え切れずに砕け散った。


 そして。


「おやおや、随分と荒れているようだね」


 幸か不幸か。

 今まさにシャフト内へ突撃しようとしていたエマを遮るようにして。


 御堂縁がシャフトから顔を出した。







 上階から不定期に生まれる轟音が、扉が細切れにされたことによってエレベーターシャフトから立て続けに鳴り響く。1階のエントランスすらも揺れる地響きに、鈴音は思わず足を止めた。


(戦闘音……、ここまで派手に展開してくるとは。いったい何を考えているんですの)


 正直なところ、ここまで大胆な戦闘に発展するとは鈴音は思っていなかった。敵は十中八九『ユグドラシル』の面々。彼らは国際的に指名手配されている犯罪者たち。不法侵入によって姿を見られたくないのは、向こうも同じだと考えていたからだ。

 しかし実際には、隠密行動など欠片も意識していないかのような態度。それは実験棟に足を踏み入れる前から分かっていたことだ。


(……加勢に行くべきか、否か)


 鈴音の視界の先に浮いているのは、意識を失ったままの一攫千金と小刻みに震える合縁奇縁のみ。聖夜と縁には了承の意を示したものの、彼女の中でこの2人を保護する優先順位は限りなく低かった。なぜなら、御堂縁より情報を持っているとは考えられなかったからである。

 鈴音がそこまで思考を巡らせたところで。


(――――っ!?)


 鈴音の躊躇いが、魔法開発特別実験棟から2人をスムーズに運び出す最後のタイミングを逃す要因となった。


 実験棟の正面口から複数の人影。

 血で汚れた床を蹴り、エントランスから死角となる塔の階段へと身を隠す。浮遊魔法によって運搬している2名も無事に移動できたことに安堵するよりも、最悪の展開を迎えてしまった苛立ちの方が大きかった。


 向こう側がこちらを認識したかどうか、鈴音は分からない。だが、鈴音自身は相手方に心当たりがあった。


「……よりにもよって、このタイミングでっ」


 この緊急事態に姿を見せたのは。

 ――――日本の最高戦力『五光』。







 鈴音がエントランスで身を隠したのとほぼ同時刻。

 実験棟のとある階層フロアにて、どす黒いオーラをまき散らしながらエマが吠えた。


「そこォォォォ!! どけえええええええええええええええええええ!!!!」


 脚に魔力を込め跳躍しようとしたところで、縁が無言で右手を向ける。無系統魔法はすぐに効力を及ぼした。エマが身に纏っていた『混沌の型(ブラック・アルマ)』が一瞬にして掻き消える。突如として全身強化魔法の恩恵を失ったエマは、自らが砕いた仮面の残骸へとつんのめるようにして倒れ込んだ。


「いったい全体どういう状況なのかな? 君に攻撃される理由がこれっぽっちも思い浮かばないんだけど」


 怪訝な表情を浮かべながら正論を述べる縁が、シャフト内からエマが倒れ込んだフロアへと出る。


「くっ……、無系統魔法ね。まさか私の全身強化魔法を前触れなく一瞬で消失させるなんて。厄介だわ!」


「現状、もっとも厄介なのは君だよ。エマ・ホワイト君、状況を説明してくれないか」


「分断された。私は聖夜様のところへ行く」


「なるほど」


 エマの短い説明と彼女が背にしているシャッターを見て、縁はほぼ正確に状況を理解した。

 その上で。


「それじゃあ、ここは彼に任せるとして俺たちは上へ行こうか?」


 縁はにっこりと笑顔でそう提案する。

 対して。


「……、あ?」


 エマの顔からは完全に表情が抜け落ちた。もともとが端正な顔立ちをしているだけに、表情が無いとホラー映画に出てくる人形のような独特の怖さがある。常人なら尻込みしてしまうほどのプレッシャーを浴びても、縁は動揺しない。


「おや? 頭の回転の速い君なら、すぐにでもそう判断するだろうと思っていたんだけど。君に対する評価は下方修正する必要があるかな?」


「ぶち殺すわよ結論を言え」


 能面のような表情で、口元のみを動かしエマが言う。縁は軽く肩を竦めて見せた。


「君の後ろ、聞こえるだろう?」


 縁に促され、エマと聖夜を分断したシャッターへと目を向ける。当然、その向こう側が見えるわけではない。しかし、熾烈な戦闘が繰り広げられているであろうことを容易に想像できるだけの轟音が、断続的に響き渡っていた。フロアを揺るがすような振動も一度や二度ではない。


 だからこそ、エマは焦っているのだ。聖夜が劣勢に立たされる前に、自分は何としてでも辿り着かなければいけないと考えている。

 そして、そうエマが考えていることを縁は悟っていた。

 だから言う。


「戦闘音が続いているということは、まだどちらも死んでいないということだ」


「だからなに!? 結論を言えと何度言えば――」


「落ち着きたまえ。彼の無系統魔法を君は知っているだろう? 彼なら隙を突いてシャッターを破壊できる」


「聖夜様がこのシャッターを破壊できる証拠が無い!!」


「証拠? おかしなところに根拠を求めるね、君は。これまで彼が破壊してきた施設内の設備と、そのシャッターの素材が違う可能性を考えているのかい? ならば断言しよう、答えは否だ」


 その断言にエマが反論しようと口を開くが、縁は手のひらをエマに向けてそれを制止した。


「現状、魔法使いの天敵となる素材は『絶縁体』をおいて他にない。そして彼は無系統魔法でエレベーターの扉を破壊できているね。つまり、彼は自らの意思でその中に閉じこもっているということだ」


「――っ!!」


 言い返そうと口を開いたエマだったが、言葉が出てこずに口をぱくぱくとさせる。理解はしている。しかし、感情が納得していない。その葛藤が手に取るように縁には分かった。


 だから告げる。

 最後のひと押しを。


「現状が彼の望むべくして用意された展開なのだとしたら……、君はどうする? 君は彼の邪魔をしにきたのかい?」


「っっっっ!!!!!!!!!」


 声にならない悲鳴を上げたエマが、天を見上げて頭を掻き毟る。


 そして。

 がっくりと肩を落とし、フードを深く被り直したエマは言った。


「もし聖夜様の身に何かあったら……、私は貴方を殺すわ」


「ははは、怖い怖い」







 眼前に迫ってた剛腕を、片手で受け止めた。

 両者間に凄まじい衝撃波と轟音が生じたが、俺の身体は僅かな後退すらもしない。1発で即死級の威力を誇っていたはずの剛腕を受け止めたはずなのに、手のひらからは何の衝撃も感じなかった。


《風と水の共調を確認。『属性共調・疾風激流の型』の発現に成功。推定持続可能時間は約30秒》


 ウリウムの言葉が、どこか遠くから聞こえているように感じる。


 いや、逆だ。

 本当は近いんだ。

 全ての感覚が研ぎ澄まされている。


 俺の周囲に展開する疾風が、激流が、俺の命令を待ちわびているかのように唸りを上げていた。


 そして。

 こうして触れ合うことでようやく気付いた。

 目の前の男の身体に流れる、異質な魔力の奔流に。


「諸行無常。お前、意識はあるのか」


 返答は無い。それが答えだった。

 分かっていた。この男は、死んでいる。


 魔法世界の最高戦力『トランプ』が言っていた内容は正しかった。諸行無常はあの時に死んだ。しかし、死体を強引に再利用された。

 これが『ユグドラシル』が死体を持ち帰る理由。最高幹部とされる蟒蛇(うわばみ)(すずめ)がわざわざ出張ってまで、死体を持ち帰る理由。


 傀儡。

 諸行無常は、哀れな人形に成り果てていた。


 いる。『ユグドラシル』内に。

 死者を強引に現世に繋ぎ止め、有無を言わさずに支配する。

 死者を冒涜するような無系統魔法の持ち主が。


「かつて殺されかけた敵とはいえ、気持ちの良いものじゃないな」


 無意識のうちに力が入っていた。俺の指先が拳にめり込み、おかしな音を立て始めている。


「う……、うがあああああああああああああああああああああああ!!!!」


 咆哮。

 諸行無常が背負う4本の剛腕。その残り3本が、至近距離にいる俺を仕留めようと振り上げられた。


「……白けた。あんた自身のリベンジマッチって言うなら、全力で相手をしたんだがな」


 水と風の本流が、俺の意思を合図に吹き荒れる。振り下ろされるより早く、剛腕の全てが輪切りになって吹き飛んだ。

 その衝撃に負け、諸行無常が俺の下から吹き飛ばされる。


「があああああああっ!?」


 床を何度かバウンドし、シャッターへと激突して動きを止めた。

 いや。


「……そうか。恐怖心すら感じられないのか」


 体勢を立て直すや否や、諸行無常が床を蹴る。『属性共調』を発現した俺の下へと、弾丸のような速度で迫ってくる。何の対策も施さずに、迫ってくる。


 この男のことを深く知っているわけではない。

 だけど、断言できる。

 生前の諸行無常なら。

 魔法世界であれほど苦戦させられた、諸行無常なら。


 こんな、無謀な突撃はしてこなかっただろう。


 受け止めはせず、跳躍で躱した。

 全身強化魔法とは比にならない機動力。


 若干、足をばたつかせながらも距離を空ける。諸行無常は突如として標的を失い、勝手に設備の残骸へと頭を突っ込んでいた。

 そこへ手のひらを向ける。


「無念だろうな。自分の魔法なのに、自分の意思で発現できない。自分の身体なのに、自分の意思で行動できない。こんな理不尽なことは無い」


 発現に成功した『属性共調』の性能実験をしたかったんだが、この状態の諸行無常を相手にしてその気が失せた。というより、目の前の男を使ってそれをすると、俺も同じような人間になった気がして嫌だったのだ。

 死者を冒涜する、顔も知らないクソ野郎と同じような人間になったような気がして。


「あんたを理不尽な魔法から解放してやる」


 生成、圧縮、放出。

 そして。


「解放。“不可視の弾圧(クラック・ダウン)”」


 諸行無常の身体を覆う濃密な魔力。

 そして、それに紛れ込む異質な魔力。


 それら全てを吹き飛ばし、諸行無常を容赦なく叩き潰した。







「想像以上に酷いな」


 実験棟エントランスの惨状を目にして、一歩足を踏み入れた岩舟(いわふね)龍朗(たつろう)はそう呟いた。日本五大名家『五光(ごこう)』が一、岩舟家現当主の身を護衛する立ち位置を守るのは、岩舟家第一護衛の藤宮(ふじみや)(まこと)

 対して、龍朗と同じ『五光』という身分でありながらも護衛を連れてこなかったのは、花園家現当主の花園(はなぞの)(ごう)。彼が連れていた第一護衛は、自らの愛娘の方へと向かわせていた。

 そして、それは間違いなかったと剛は判断した。剛の連れていた第一護衛が向かった先には、自らの娘の他にも『五光』次期当主候補の面々が顔を揃えている。そこを狙われるのは、色々な意味でよろしくない。もっとも、その場には国外でも絶賛される魔法力の持ち主、姫百合(ひめゆり)美麗(みれい)もいるはずなので、過剰戦力になってしまうかもしれないが。


 剛は言う。


「協議会側も事態を掌握するのに時間がかかるだろう。払える火の粉は率先して払っておくべきだろうな」


 頭上から断続的に響く轟音を聞き、龍朗は肩を竦めた。


「舐められたものだ。ここまで鼠に堂々とされると、苛立ちを通り越して呆れてしまう」


 嘆息しつつも、鋭い視線をとある一点に向ける。彼は淡々と告げた。


「誠、仕留めろ」


「御意」


 返答した時には、既に藤宮の姿は龍朗の傍に無かった。床を蹴り、目にも留まらぬ速度で距離を詰めた藤宮が、腰に下げた剣を抜き放とうとして。


「……、ふむ」


 視界の先。

 上階へと続く階段を見上げて、藤宮は柄から手を放した。その向こうからは、塔全体を揺るがす轟音が今も鳴り響いている。


 先ほどまで確かに知覚していたはずの気配は、微塵も残らずに霧散していた。

 次回の更新予定日は、6月3日(金)です。

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