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テレポーター  作者: SoLa
第7章 異能力者たちの饗宴編
227/432

第3話 正論




 仄かにですが、ガソリンの臭いがします。

 エマがそう言った直後、魔法開発特別実験棟が大きく揺れた。


「……確かに、あまり悩んでいる暇は無さそうだ」


 へたり込んでいる合縁奇縁へと目を向ける。


「一攫千金を連れて1人で脱出は……、無理そうだな」


 涙目でこちらを見上げてくる合縁奇縁を見て、そう判断した。文化祭で捕縛した時も思ったが、こいつの無系統魔法は強力だが、それだけだ。こいつ自身が魔法使いとしての戦闘力を有しているわけではない。


 それに、だ。

 送り主不明のメール内容とアリサからの情報から考えるに、『ユグドラシル』の狙いはこの2人だったのではないだろうか。実験棟の上階には、人体実験のサンプルを保管する場所があるとアリサは言っていた。サンプルと誤魔化していたが、人体実験のサンプルと言えば人間以外に無い。一攫千金と合縁奇縁は、蟒蛇(うわばみ)(すずめ)に回収されたと思っていたが、勘違いだったのか。もしくは、蟒蛇雀が回収した後、俺の知らない間で何かあったのか。あの場には師匠の他に、日本五大名家の一角、姫百合(ひめゆり)美麗(みれい)さんもいた。日本の上層部にはあの件は筒抜けだろう。奪い返して幽閉していたが、それが『ユグドラシル』側に漏れて再び回収しに来たという線もある。


 どうすべきか。

 いや、答えはもう決まっている。


「こいつらを連れて一度ここを出よう」


 そう言った直後だった。


「おやおやおや。何やら珍しい顔ぶれが揃っているじゃないか」


 縁先輩が、底の見えない笑みを浮かべながら姿を現した。後ろには蔵屋敷先輩と、もう1人。


「……その男は?」


 ストレートの黒髪を目元が隠れるほどに伸ばした少年に目を向けて問う。


「うん? 銃器を持った集団を制圧したら、両手を挙げて白旗を振ってきたからね。案内されるがままここへ来たわけだけど」


玉石同砕(ギョクセキドウサイ)っ!?」


 へたり込んでいた合縁奇縁が奇声を上げた。


「知り合いか?」


「え、あの、えっと。私の能力で、その……」


 合縁奇縁が口ごもる。


 なるほど。

 敵だが支配下にあるという状態か。


「ふぅん。で、どうするつもりだい? 俺としては君たちがなぜ俺たちより先にここへ辿り着いているのかも興味あるけど」


 縁先輩は俺の後ろ、細切れになったエレベーターの扉へ目を向けながらそう言う。無駄な問答をする時間も無い。端的に用件を告げることにする。


「蔵屋敷先輩、浅草の権限で門下生の方々を招集できますか」


「……何をなさるおつもりで?」


「一攫千金と合縁奇縁は、上階から脱走してきたそうです。『ユグドラシル』側に狙われている可能性が高い。蔵屋敷先輩はこの2人と一度塔から離脱して頂き、浅草の名で匿うことはできますか」


 俺の言葉に蔵屋敷先輩は怪訝な表情を見せた。縁先輩も目を丸くしている。


「……いいのかい? 君は確か、俺たちに鏡花水月(キョウカスイゲツ)を渡すのを拒んでいた記憶があるんだけど」


 俺の足元でへたり込んでいる合縁奇縁から「鏡花水月……?」という呟きが聞こえたが、無視した。


「あの時と今では状況が違います。それに……」


 縁先輩を見ながら続ける。

 生徒会選挙の前日。

 魔法実習ドームでのやり取りを思い出しながら。


「お互いに隠し事はあるにせよ、貴方の口からは、ある程度の真実が聞けたと俺は判断しています。貴方を信用します」


 縁先輩にしては珍しく、本気で動揺しているようだった。構わずに蔵屋敷先輩へ向き直る。


「そんなわけで、お願いできますか。情報を聞き出したいという貴方がたの目的にも沿うものだと考えますが」


「……いいですわ。その提案を呑みましょう」


 蔵屋敷先輩は、僅かな逡巡の後に頷いた。


「わ、私は……」


「合縁奇縁、無駄な抵抗はやめておけよ。大丈夫、取って食われるようなことはされないさ。そうでしょう?」


「貴方は私を何だとお思いですの」


 鞘に納められた状態の刀で、蔵屋敷先輩が軽く地面を叩く。転がっていた一攫千金の身体が浮かび上がった。浮遊魔法を発現したらしい。


「では、一度離脱いたしますわ」


「うん。その後の動きについては、俺か彼の指示を待ってくれ」


 縁先輩が親指で俺を指さしながら言う。蔵屋敷先輩が頷いた。


「蔵屋敷先輩、護衛としてエマを付けます」


「ちょ、ちょっとお待ちください!!」


 俺の提案に待ったを掛けたのは案の定エマだ。


「私が最優先にお守りすべきはっ」


 それ以上は言わせずに手で制した。


「分かっている。だが、蔵屋敷先輩だけに2人を任せるわけにはいかない」


「ですがっ!!」


「エマ」


 強い口調でその名を呼ぶ。しかし、俺がそれ以上を続けるよりも早く蔵屋敷先輩が割り込んだ。


「私は1人でも平気ですわ」


 そう言うなり、合縁奇縁の身体も浮かび上がった。


「きゃっ!?」


 いきなり身体を襲った浮遊感に、合縁奇縁が可愛らしい声を上げる。


「それでは、私は行きますわ。連絡を待ちます」


「あ、あのっ! 少しだけお待ち頂けますか!?」


 蔵屋敷先輩が踵を返したところで、合縁奇縁が叫ぶようにしてそう言った。


「何ですの?」


「あの、な、中条さん。こ、こちらに……」


 不機嫌そうな蔵屋敷先輩に怯えながら、宙にふわふわと浮いたままの合縁奇縁が手招きしてくる。何やら不穏なオーラを纏い始めたエマを抑えて、言われた通りに合縁奇縁に近づいた。


「何だ?」


「ありがとうございます。この御恩は必ずお返しします」


 そう言って合縁奇縁の手が、俺の肩へと触れる。魔力が身体に流れ込むような感触を覚えた。合縁奇縁の手は直ぐに離れる。


「私の無系統魔法を解除しました。貴方はもう、私の“侵食(イーター)”によって操られることはありません」


「……律儀だな」


 まさかこのタイミングで解除してもらえるとは思っていなかった。


「信じてもらえるのですか?」


「まぁな。それほど話した仲では無いが、こんなことで嘘を吐く奴ではないとは思っている」


 俺の言葉に一瞬だけ目を丸くした合縁奇縁だったが、すぐに柔らかく微笑んだ。


玉石同砕(ギョクセキドウサイ)


 合縁奇縁が、支配下にあるその名を呼ぶ。


「今後、貴方はこの人、中条聖夜の指示を仰ぎなさい」


 目元を黒髪で隠している少年は、合縁奇縁の命令に躊躇いなく頷いた。それを確認した合縁奇縁は言う。


「御恩は必ずお返しさせて下さい。貴方がなぜこの塔に来たのか、その理由は聞きません。ですが……、死なないで帰ってきて下さいね」


「もちろんだ」


 俺の答えに頷いた合縁奇縁が、浮いたまま蔵屋敷先輩に向き直る。


「申し訳ございません。お待たせ致しました」


「縁」


 合縁奇縁の声を無視し、蔵屋敷先輩は硬い声色でその名を呼ぶ。縁先輩は苦笑いしながらもそれに頷いた。


「では、ご武運を。連絡を待ちます」


 そう言い、今度こそ蔵屋敷先輩は地面を蹴った。浮遊させた2人を引き連れたまま、真っ先に階段を駆け下りていく。

 その姿が見えなくなった直後だった。


 縁先輩の手刀が、玉石同砕(ギョクセキドウサイ)の首を()ねた。


 その鮮やかすぎるほどに手慣れた処理は、俺やエマですら反応することができない。

 気がつけば、縁先輩の手が振り抜かれていて。

 気がつけば、玉石同砕(ギョクセキドウサイ)の頭部が宙を舞っていた。


 頭部を失った胴体から鮮血が噴き出した。それで汚れないよう、ご丁寧に障壁魔法まで展開して下さった。ゆっくりと玉石同砕の身体が地面に崩れ落ちる。


「……容赦ないっすね」


「忘れたのかい、中条君。合縁奇縁は文化祭で、自らの駒を用いて俺たちと会話を試みたことがあった。つまり、合縁奇縁は自らが支配下に置いた駒の視界を共有できるということだ。おそらく聴覚もね。俺はあの女の事を信用しているわけじゃない。目は潰しておくに限る。違うかい?」


 ……。

 正論だ。恐らくという前置きをせずとも、俺が甘いのだろう。


 視覚の共有ができるのなら、合縁奇縁は今の光景もきっと見ていたはずだ。

 俺の為を思って残してくれたであろうこの男の視界を。

 俺がこのフロアに辿り着いた時、合縁奇縁は泣いていた。血だらけになって転がった一攫千金の傍で。あいつに目立った外傷は無かったし、やろうと思えば1人で逃げられたはずなのに。


 仲が良いわけじゃない。

 むしろ、敵同士だったはずだ。


 だけど。

 今のあいつの心情を思うと、やるせない思いになってしまう。


 それでも。


「……ええ、そうですね。正論だと思います」


 そう答える他無い。

 正しいのは、目の前にいるこの男だ。

 この男もまた、命を懸けてこの場に立っている。自らの立場を危ぶめる因子があるのなら、即座に排除しておくべきだ。


「君のそういうところ、嫌いじゃないけどね」


 そんな俺の葛藤を見てとったのか、縁先輩は少しだけ寂しそうな笑みを浮かべた。







 幸いにして蔵屋敷鈴音は、実験棟1階エントランスまで誰とも遭遇せずに降りてきた。

 だが、誰とも遭遇せずに済んだのはそこまでだった。


刀光剣影(トウコウケンエイ)


 正面玄関を背にした男はそう言った。深い藍色のローブをゆっくりと脱ぎ、足元へと放る。全身を黒一色で固めた魔法服は、機能性よりも動きやすさを重視しているように窺えた。遠目からならスェットスーツのように見える。


 そして。

 腰の辺りに下げられた、長剣。


「ここや外の惨状は貴方が?」


「いや、それは俺ではない。仲間に何でもかんでもぶった斬るのが得意な奴がいてな。まぁ、両断しか能が無く、剣の腕は中の下といったところなのが玉に瑕だったが」


 先ほどから、浮遊魔法によって浮かせている少女の息が荒い。しかし、鈴音には振り返る余裕は無かった。右手を腰に下げた剣の柄へと添える。


「蔵屋敷鈴音ですわ」


 そう名乗り、剣を抜き放った。その剣の名を『楊貴妃(ヨウキヒ)』と言う。浅草家が所持する名刀、3本のうちの一振りだ。その良さは、剣を持つ者にはすぐ分かる。刀光剣影の視線が鋭くなった。


「その剣に見合うだけの実力が、貴様にあるのかな?」


「それを貴方の身を持って教えて差し上げますわ」


「……なるほど、そりゃあいい」


 上半身を揺らして一歩を踏み出したかと思えば、刀光剣影の姿は鈴音の目と鼻の先にあった。


「っ!?」


 咄嗟に後方へ飛ぶ。身体を仰け反らせることで凶刃を回避した。振り上げた足が、刀光剣影の顎を打ち抜く。


「ぐっ」


 カウンターを貰い、後ろへ下がろうとする刀光剣影だが、それを鈴音は許さない。着地と同時に地面を蹴り、距離を詰め直す。


 一閃。

 それを刀光剣影は屈むことで回避した。逆袈裟に斬り返す凶刃は、鈴音の楊貴妃によって防がれた。刀同士がぶつかり合う、甲高い音がエントランスに響き渡る。両者が肉薄した状態で睨み合った。


「浅草の師範がこのような場所に何用だ」


「それを犯罪者である貴方に説明する義理がございまして?」


 刀光剣影は鼻を鳴らして、強引に刀を押し返した。無理に力比べには突入せず、鈴音が一度距離を置く。刀光剣影は、刃を半円状に回しながら言う。


「貴様の後ろで浮いている2匹は、こちらの持ち物だ。渡せ」


「お望みなら、力づくで奪いなさいな」


 鈴音がその挑発を口にし終える頃には、既に刀光剣影が肉薄していた。地面を滑るように迫っていた刃が、逆袈裟に振り上げられる。

 その軌道に合わせて煌く刃、その刃の煌きが。


 消えた。


「っ!?」


 まるで風景に溶け込むかのように、鈴音の視界から刀身が消えた。その変化に鈴音の回避行動が僅かに狂う。鈴音の右の肩口から、鮮血が舞った。振り上げられた刀の柄を両手で握り、刀光剣影が咆哮と共に振り下ろす。それを必要以上の動作で回避した鈴音が、素早く後方へ目を走らせた。指先1つで浮遊魔法を掛けている2人の位置を移動する。


 戦闘の余波が及ばないよう、少しでも安全な場所へ。

 そう考えたのが、致命的な隙となった。

 刀光剣影の回し蹴りが、鈴音の脇腹へと抉りこんだ。


「かっ……、あっ!?」


 吹き飛ばされる。

 反射で身体強化魔法を発現して庇ったが、全ての威力を殺すことはできなかった。エントランスの床を2回、3回とバウンドし、なぜか(、、、)扉が(、、)細切れになって(、、、、、、、)風穴が(、、、)あいている(、、、、、)エレベーターシャフトの内部へと突っ込んだ。シャフト内の側壁に激突し、吹き飛ばされた勢いが止まる。


 否。


「げほっ」


 激突した衝撃で咽る鈴音の身体が、今度は重力に従って落下を始めた。落下の勢いを殺そうにも、なぜか(、、、)エレベーターの(、、、、、、、)機体を(、、、)固定すべき(、、、、、)はずの(、、、)ワイヤーが(、、、、、)このシャフト内(、、、、、、、)には無い(、、、、)

 鈴音は仕方が無いと言わんばかりに顔をしかめ、強化魔法に割いている魔力を足へと移し、側壁から側壁へと移動しながら落下の勢いを殺すことで、なぜか(、、、)シャフトの(、、、、、)最下層に(、、、、)墜落(、、)していた(、、、、)機体(、、)の上へ衝撃無く着地した。


 そこで気付く、異臭。


「……これは」


 薄暗いシャフト内で、鈴音は驚愕に目を見開いた。ぬめりとした足元。そのぬめりの正体に気付いたのだ。鈴音の視線の先にあるのは、上半身と下半身が真っ二つになった男の死体。鈴音は預かり知らぬことではあるが、一攫千金が撃破した一刀両断の末路である。しかし、これ以上鈴音が他の事に気を取られている余裕は無かった。


 自らに向けられた明確なる殺気。目を向ければ、刀光剣影が刃を鈴音に向けて、シャフト内に飛び降りたところだった。どうやら、刀光剣影は「こちらの持ち物」とやらよりも、鈴音の撃破を優先したらしい。

 そして、それは鈴音にとっても望むところだった。

 切っ先を落下してくる刀光剣影に向けて、鈴音は言う。


「『蒼空(そうくう)(つらぬ)一筋(ひとすじ)(ひかり)』」


 かつて、合縁奇縁に洗脳された中条聖夜を吹き飛ばした浅草の奥義。


 それが今回は。

 遠慮不要の本気の一撃となって発現される。


 薄暗いシャフト内で、眩い光線が射出された。







 かつり、と。

 靴が床を鳴らした。

 そちらへ目を向ける。


 そこには。


「粛清対象である御堂縁を発見した」


 深い藍色をしたローブを身に纏う魔法使いが2人。どこかへ連絡を入れているようだ。

 向けられた殺気に苛立ちを覚えたエマが一歩を踏み出すが、それを手で制する。

 そして、分かり切った問いを敢えて問う。


「あんたらは?」


 対する答えは明確だった。


「『ユグドラシル』、破鏡重円(ハキョウジュウエン)


「『ユグドラシル』、因果応報(インガオウホウ)


 共に名乗りを上げた男たちは、続けて言う。


天地神明(テンチシンメイ)の名の下に、御堂縁、貴様を抹消する」


「まいったね」


 殺害対象に指定された縁先輩は、他人事のように苦笑いを浮かべた。


「実験棟は想像以上に汚染されていたようだ。まさかこうも簡単に『ユグドラシル』側の侵食を許しているとは」


 確かに。

 正面突破を許してしまったのかどうかは知らないが、国家機密に指定されているはずのこの場所に国際的な犯罪集団が潜り込んでいる。この状況は異常としか言いようがない。


「加えて……、俺も随分と舐められたものだな」


 嘲りを含んだその言葉に、因果応報と名乗った男が鼻を鳴らした。


「貴様相手に2人も割り当てられたこの状況下で、何をほざく」


「違うだろう?」


 縁先輩は、底冷えするほどに凍てついた声で言う。


この俺相手に(、、、、、、)2人しか(、、、、)用意して(、、、、)いない(、、、)この状況が(、、、、、)舐めている(、、、、、)()言ったんだよ(、、、、、、)


 縁先輩から滲み出る殺意に、『ユグドラシル』側の2人が身構えた。その様子から視線を外すことなく、縁先輩は言う。


「先に行きたまえ。ここは俺が受け持とう。君ならシャフトを使って移動できるんだろう?」


「しかし」


「証拠が欲しいんだろう? 『ユグドラシル』の狙いがあの2人だったという。なら、先に行け。誰の心配をしているんだ? この俺が誰なのか、君は知っているだろうに」


 俺の言葉に被せて、縁先輩はそう言い切った。


 ……。

 逡巡は一瞬。


「では、お任せします。2人相手ですが平気ですか」


「誰の心配をしているのかな」


 エマを置いていくべきかと考えたが、縁先輩に一蹴されてしまった。勝算の無い戦いに進んで身を投じるような人ではないし、ここまで言うからには問題無いのだろう。


「いくぞ」


「畏まりました」


 俺の声に、エマが恭しく一礼する。相手の視線を振り切り、踵を返した。


「……この状況で逃がすと思うかっ!」


 2人のうちの1人。そのどちらかから射出された魔法球は、俺たちの下へ届く前に掻き消える。俺やエマを庇う位置に立った縁先輩が嘲笑うかのように言う。


「わざわざ粛清対象とやらに指定したんだ。俺から狙いなよ」







 無系統魔法“解除(キャンセル)”を惜しみなく使用した縁は、相対する2人を見て目を細めた。


「さて。さて、さて……」


 苛立ちを隠そうともせずに縁は言う。


「俺も確認したいことがあるんだ。君たちはさっさと処理させて貰うよ」


 学園では決して見せない、獰猛な笑みを浮かべて。







 10階で遭遇した『ユグドラシル』2名の処理を縁先輩に任せ、再びエレベーターシャフト内へと身を投じる。向かう先は、差出人不明のメールで記されていた通り、実験棟の最上階だ。そこが合縁奇縁の言う被検体保管室ならば、『ユグドラシル』の目的は合縁奇縁と一攫千金で確定ということで良いだろう。


 側壁から側壁へと飛び移りながら、上を目指す。

 異変に気付いたのは、エマが先だった。


「聖夜様、私の後ろへ」


 エマは、そう言いながら無詠唱で闇属性を付加した魔法球を発現した。その数、僅か1発。真下から迫る膨大な魔力に、それで平気かと一瞬思ったが、その疑問はすぐに氷解した。


「なるほど。光属性か」


 俺の独り言に頷いたエマが、闇属性の魔法球を真下へと射出する。


 衝撃は直後に来た。

 薄暗いエレベーターシャフト内を、目を覆いたくなるほどの閃光が包み込む。しかし、遥か下から射出されたであろう魔法攻撃は、俺たちまで到達することなくエマの魔法球を喰らって消滅した。


 相殺。

 どれだけ威力の差があろうとも、闇属性と光属性がぶつかり合えば、双方が消滅する。


「新手でしょうか」


 側壁に着地したエマが唸る。


「追撃が来ないな。流れ弾だった可能性もある。放置だ」


「……承知しました」


 エマの返答を確認し、再び上へと移動を開始する。

 エマの言っていたガソリンの臭いに加えて、徐々に焼け焦げた臭いがしてきた。


 何らかの証拠の隠滅作業でもしているのか。

 既に目的地は火の海になっていた、とかいう結末だけは勘弁してくれよ。


 オレンジ色の輝きを放つ頭上を見上げながら、俺は僅かなため息を吐いた。

次回の更新予定日は、5月20日(金)です。


5月13日

鈴音が放った魔法をエマが迎撃する描写を修正。

情報提供感謝です。

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