第0話 1ヶ月前!!
「そろそろ皆さんも意識し始めているかもしれませんが、1ヶ月後には魔法選抜試験が行われます」
朝。うららかな日差しの差し込む中、担任・白石はるか先生の挨拶は、いつもとは違う言葉から始まった。
「――1ヶ月は長いように見えて実はとても短いもので――」
「……魔法選抜試験?」
ぼーっと窓の外を眺めていた俺の思考が、突如現実に引き戻される。あまり平和的では無い単語が聞こえた気がしたからだ。
「そう言えば、中条さんはご存じ無いんですよね?」
「ああ。どっかで聞いたような気もするが……、気のせいかな。定期試験のようなものか?」
「うーん、定期的な試験と言うとそうなのですが……」
俺の問いに首を捻っているのは、日本で五指に入る名家の出・姫百合可憐。黒を黒で染めたのではと思える真っ黒な髪を腰辺りまで伸ばしている。同年代の女の子よりも、少しだけ成長が早いと思われる大きめの胸。きゅっと引き締まった腰。程よく膨らんだお尻。容姿端麗、文武両道。非の打ちどころの無いお嬢様だ。
「――ので、チームとしての適性も――」
「そもそも、魔法選抜試験とは1年の時には無かったものでして。中条さんには言うまでも無い事かもしれませんが、魔法とはその扱えるレベルや成長速度等、どれも個人差の激しいものですから。同年代とは言っても、全員が同じレベルの授業を受けるのは限度があるのです」
「だろうな」
可憐の説明に頷く。
魔法は、個人差が激しい。
俺のように先天的な特殊魔法を授かっている者がいれば、可憐のように一族特有の属性魔法を持つ者もいる。中学生の頃から爆発的に能力が開花する者がいれば、年老いてゆっくりと開花する者もいる。もちろんここで言う開花とは、1から使えるようになるという意味では無く、ポテンシャルが飛躍的に上がるという意味だ。
通常、魔法が使えずに生まれてきた者は、生涯にわたって使えない。
「――には! 言えません! ですから! ただ仲が良いから! 強いから! という理由で! 選ぶのではなく!」
「……じゃあ、選抜っていうのは?」
「お察しの通りかと。青藍魔法学園では、2年の2学期後半から、魔法使いとしてのランクによってクラスの編成が変わるのです。ここで言うランクというのは、青藍魔法学園独自の採点方式によって振り分けられるのですが……」
「……成程、それで“選抜”ってわけか」
納得した。
ようはお互いの蹴落とし合いってわけだ。日本有数のエリート校と言われる青藍魔法学園にも、存外実力主義の要素はあったらしい。
まあ、平和ボケしている学園では、エリートは名乗れないか。
「――したバランスを!! 考えて!! その上で!! 息の合った!! メンバー編成で!!」
「今現在のクラスはAからDまでの4クラス。1クラス30名前後。これは実力に関係無く、ランダムで割り振られています。総勢120人……いえ、中条さんが編入されて来ましたので、正確には121人ですか。ここから、2年の2学期後半にて6クラスに配分されます」
「1クラス20人の計算か」
随分と少数精鋭のクラスになるもんだ。
「いいえ、違いますよ中条さん。言ったはずです。魔法使いとしてのランクによってクラスの編成が変わると」
……は?
「おいおい。じゃあ、クラスに1人しかいないって展開もあり得るわけか?」
「その通りです。流石に1人とまでは行きませんでしたが、現3年のトップクラス・クラス=Aの在籍者数はたったの3人です」
「……マジかよ」
3人で教室1つ? 机は横に並べるのか?
「そのクラス選抜を行う試験を総称して、魔法選抜試験と呼ぶわけです。これが行われるのが今からちょうど――」
「1ヶ月後ってわけなのですよっ!!!!」
「うぉわっ!?」
「きゃっ!?」
凄まじい音を立てて、何かが俺と可憐の間を横切る。直ぐ後ろの壁で、その何かが砕け散った。パラパラと、白い粉末が上がっている。
「……チョ、チョーク?」
今、ジャイロ回転してなかったか?
恐る恐る前を振り返る。
そこには俺の机の前まで迫り教科書を丸めて仁王立ちする、白石先生の姿があった。
「……えーと」
「分かってますよー。分かってますともー。中条君はまだ転校してきて間もないのです。青藍魔法学園の仕組みだって、分からない事が多いでしょー?」
「は、はい」
「……なら」
ゆらり、と。THE・ぽわぽわの異名を持つ白石先生の腕がぶれた。
「姫百合さんじゃなくて、私の説明を聞きなさーいっ!!!!」
「すんませっ!?」
丸めた教科書で思いっきり引っ叩かれる。すぱこーんっ、と小気味のいい音が鳴り響く。威力は大した事ないのだが、そのビジュアルと何より音が凄い。
教室が笑いに包まれる。
「……ばーか」
赤毛の幼馴染が呟いたその一言が、嫌に耳に残った。