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テレポーター  作者: SoLa
第6章 純白の円卓と痛みの塔編

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【B-6】 危機一髪




「貴方と……、言う人は……」


 奇縁は震える手で抜き取った日本刀を、脇へと放り捨てる。真っ赤に染まった自らの手に、奇縁は視界が滲んでいくのを止められなかった。


 10階まで降りてきていた。

 エレベーターシャフト内が静まり返った事に気付いた奇縁が、どちらが勝ったにせよ勝敗は決したと判断し、玉石同砕と共に様子を見に来たのが正解だった。一刀両断を撃破してから、千金は思うように身体を動かすことができずにその場で立ち往生していたのだ。

 リスクの事など思考の外。奇縁は手頃なレバーを引いてエレベーターシャフトの内側から扉を開け、玉石同砕を利用して千金ごとシャフト内から抜け出した。幸いにしてなのか、それとも相手側の策によるものなのかは不明だが、10階ももぬけの殻となっている。


 白を基調とした開けたフロアだった。来客用に使われている可能性もある。観賞用の植物や、大学のキャンパス等で見かけるような丸テーブルにカラフルな椅子。奥には何かの部屋に繋がるであろういくつかの扉がある。

 エレベーターの扉は手動ですぐに閉めた。これが時間稼ぎになると断言はできないが、見つかる要素は少しでも減らしておきたい。

 今では白い床は血だらけだ。誰の血か。言うまでも無く千金のものである。奇縁はこういった事についてはまったくの素人だ。というよりも、敢えて関わろうとしてこなかった、と言った方が正確かもしれない。それでも奇縁には分かっていた。

 このままでは、千金は死んでしまうと。


 だから。


「……やめとけ」


 奇縁が最後の一歩を踏み出そうとした瞬間、仰向けに寝かされた千金から弱々しい声が届いた。


「……何をです」


「今……、無系統解こうとしただろ」


「当たり前です。そうしないと貴方がっ」


 千金の視線は奇縁に向いていなかった。千金が見ていたのは玉石同砕。その意味に、奇縁は即座に気付く。奇縁が無系統魔法を解除するということは、玉石同砕の侵食魔法も解けるということ。当然、正気に戻った玉石同砕は、すぐにでも千金たちを襲うだろう。

 そうなる前に。

 無系統魔法を解除する前に。


 玉石同砕を始末できるのか、ということだ。


「……やりますよ。やるしかないのですから」


 震える声で奇縁は言った。

 玉石同砕を始末した後に、無系統魔法を解除する。そうすれば奇縁は自らの魔法が使える。千金に治癒魔法を掛ければいい。完治は無理だが、奇縁にも動ける程度には回復させられるだろう。


 しかし、千金は少しの沈黙の後、小さく首を振った。


「……ちげーよ。もう、それだけじゃねぇ」


 虚ろな視線を天井に向けながら千金は言う。


「俺はもう……、戦えねーよ。なら……、他に戦闘用の駒がいる。お前戦闘はカスだろ」


「ならっ、どうすればっ」


「置いてけ」


 千金のその一言に、奇縁は息を呑んだ。


「今……、何と……」


「置いてけって、言ってんだよ」


 千金は吐き捨てるように繰り返す。


「みっともなく未練を垂れ流す気はねぇ。これ以上俺と行動しても……、俺はお前の足を引っ張るだけだ」


「足を引っ張るって……。そもそも貴方が私を庇う為に一刀両断と」


「勘違いすんなっ」


 その言葉だけは、強い口調で千金から放たれた。


「あの場での最善策がそうだったってだけだ。てめぇを捨て駒にしたって時間は稼げねぇ。なら、俺が出向いた方が勝率は高い。それだけだ。事実、俺が勝ったわけだしな」


 ざまーみろ、と千金は嘯く。


「なんですか、それ」


 千金にも負けないくらいに震えた声だった。


 肩を震わせて。

 歯を喰いしばり。

 双眸に涙を溜めて。


 奇縁は呻く。


「勝ってなんか、ないじゃないですか。敵は貴方を殺すことじゃない。止めることが目的だったんです。このままじゃあ、貴方はここで止まってしまうじゃないですか」


「かもな。とんだ貧乏くじを引いちまった。ごほっ、賭博者(ギャンブラー)の名が泣くぜぇ」


 千金は笑った。その笑顔を奇縁は直視できなかった。


「行け」


 千金は言う。


「このままじゃ……、共倒れだ」


「……嫌です」


 拒絶の声に、千金の虚ろな目が奇縁へと向く。


「何だと?」


「嫌ですって言いました。私だけ逃げるなんて、絶対に御免です」


「お前……、現状を理解して言ってんのか?」


「しています」


「嘘つけ」


「嘘なんかじゃ」


 そこまで言いかけた時だった。

 聞こえてくる。


 徐々に。

 徐々に。

 慌ただしい足音が。


 奇縁は咄嗟に天井を見上げた。そこにあるのは、隅の方に控えめに取り付けられた監視カメラ。


 そう。

 このフロアには、上階では見ることが無かった観賞用の植物や、大学のキャンパス等で見かけるようなテーブルや椅子が用意されている。来客を意識して作られているということは、見られても構わないということ。


 つまり。

 記録に残しても構わないということだ。


「玉石同砕っ!! 迎撃しなさい!! 敵をこちらに寄せ付けないで!!」


 人形は従う。

 それがどれだけ無理難題であろうとも。

 玉石同砕が床を蹴った。その姿はすぐに見えなくなる。奇縁達からは死角で見えないが、フロアの奥まった所に階段があるのだろう。


「おいっ!」


 血を吐きながら千金が叫ぶ。


 違う。

 そうではない。

 奇縁がすべきことはそうではないのだ。


 助かりたいのなら。

 奇縁が真っ先にすべきは、千金を見捨て、玉石同砕を乗り物にして一目散に逃げることなのだ。


 それでも奇縁はできない。

 できっこない。


「私は貴方を見捨てないっ!!」


 直後、その宣言を嘲笑うかのような銃撃音の嵐。

 しかし、奇縁が絶望を覚えたのはそれが直接的な原因ではない。


 その銃撃音は、すぐに途絶えたのだ。

 慌ただしい足音はそのままなのに。


「助けて……」


 奇縁は震える声で呟く。


 誰に届くはずもない、その言葉を。

 頬を伝う涙が、ゆっくりと床に滴り落ちる。


 玉石同砕は死んだ。

 自分の、自分勝手な命令によって。


「助けて」


 足音は近付いてくる。


 駄目だ。

 どう考えたって助かりはしない。


 千金は血だらけで転がり、今にも止まりそうな弱々しい呼吸を繰り返すだけ。

 奇縁を守る者は、もういない。


 玉石同砕への罪悪感から、奇縁は死にたくなった。

 それでも、生物が持つ根源的な欲求には抗えない。


「助けて……っ」


 それがまた、奇縁を自己嫌悪へと陥れる。

 奇縁だって分かっている。

 もうどうしようもないことくらい。


 完全に打つ手はない。

 チェックメイトだった。


「助けてっ」


 それでも口にする。

 祈るように口にする。

 どれだけみっともなくたって、口にする。

 無駄だと分かっていても、口にする。


「助けてっ!」


 あの時、千金には話さなかった最後の1人。

 奇縁が侵食魔法によって契約しているのは、玉石同砕を除き全部で3人。

 その3人のうち。


 塔内に存在しないはずの最後の1人。


 きっと、その最後の1人は自分が未だ契約状態にあることを知らないだろう。なぜなら、その者との契約は一度御堂縁(みどうえにし)の無系統魔法によって途切れてしまっているから。


「助けてくださいっっっっ!!!!」


 奇縁の悲痛な叫び声が反響した。

 それはこの場だけではなく、侵食魔法の効力によって最後の契約者にも届く。


 塔内に存在しないはずの。

 呼びかけたところで決して意味の無い。

 とある学園に在籍するイレギュラーな学園生に。




 ――――そして、奇跡は起こる。




 奇縁のすぐ後ろ。

 魔法による破壊は不可能と言わしめる『絶縁体』仕様のエレベーターの扉。

 その扉が、細切れになって弾け飛ぶ。


「えっ?」


 奇縁のように、シャフト内からレバーを引いて手動で開けたわけではない。『絶縁体』仕様のはずの扉は、文字通り細切れにされていた。


 呆然と。

 奇縁は『絶縁体』を切り刻むという理解不能な荒業を成し遂げた人物へと目を向けた。


 純白のローブに、同色の仮面。

 共闘していた千金と背丈はそう変わらないだろう。

 そんな魔法使いが、細切れになった扉の残骸を踏みしめるようにしてフロアに現れた。


「うそ……、どうして」


 呟く。

 ローブに仮面と、外見からはまったく判別できなかったが、奇縁はその魔法使いの魔力の波長を知っていた。いや、その魔力の波長を仮に知らなくても、自らの無系統魔法が告げていた。


 自分が助けを求めた魔法使いと同じものである、と。


 奇縁の双眸から、新たな涙が溢れ出る。込み上げてくる嗚咽を堪えることができず、奇縁は口元を手で覆った。滲む視界から脳へと流れ込んでくる光景を見て、それが夢ではないことを奇縁に教えてくれる。


 届くとは思っていなかった。


 いや。

 届くとは思っていた。


 ただ。

 その願いが聞き届けられるとは思っていなかった。


 しかし。


「どうして、ってのは心外だな。聞いたことのある声がしたから駆け付けたんだが」


 仮面のせいでくぐもった声が、奇縁の耳に届く。その声は当然、奇縁にとって聞いたことがあるものだった。仮面をずらして、その素顔を少しだけ奇縁に見せながら少年は言う。


「久しぶりだな、合縁奇縁。まさかこんなところで会うとは思わなかったが」


 中条聖夜は、そう言って笑った。




 ――――事態は、加速する。

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