【A-6】 ブラックアウト
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異変は、各出席者の前で展開されていたモニターに起こった。古宮と大森が映るその画面が、突如ブラックアウトしたのだ。
「通信が切れたな」
特に慌てるでもなく、龍朗がそう呟く。
「故障かな?」
巡は顎を撫でながら、背もたれに身体を深く預けた。
「珍しいな。全てのモニターが消えたということは、元の故障か」
「それじゃあ結構な時間が掛かりそうですこと」
剛の言葉に相槌を打ったのは華。退屈そうに扇子を両手で弄ぶ。
「しばらくは待ち、でしょうか」
美麗も落ち着いた声色で同意した。
しばらくの沈黙。
しかし。
「……妙だな」
龍朗は言う。
「ここまで協議会側が無反応なのはおかしい」
龍朗の呟きに反応したのは剛。無言で席を立つと、部屋の出口へと速足で歩を進める。ドアノブへと手を伸ばして。
「開かないな」
「閉じ込められたか」
剛に対し、龍朗は簡潔に結論を提示した。
「まさか。冗談だろう」
その場にいる全員の気持ちを代弁したかのようなセリフを、火車が唸るように言う。龍朗がゆっくりと席を立った。剛のいる扉ではなく、正反対の側壁へと寄る。
「『絶縁体』だな」
壁を指でなぞり、龍朗は「当たり前だが」と言った。壁際で大人しく控えているだけだった護衛たちが、自らの主の下へと移動する。
「剛様」
「うむ。こちらより、舞のことが気がかりだな」
ドアノブから手を放し、席へ戻りながら剛は苦笑する。鷹津は曖昧な笑みで応えた。
直後だった。
ブラックアウトしていたモニターが切り替わる。
文字が浮かび上がった。
『Sound Only』
当主達は互いが互いの顔を見合わせた。
画面が切り替わってから数秒経ち、若い女性の声がモニターから発せられる。
『初めまして。「五光」と「七属星」の皆様。音声のみでの接触をお許し下さい』
流暢な日本語で女性は言う。
『私は沙羅双樹。「ユグドラシル」というグループに所属しております』
円卓に坐す一部の者たちが動揺を露わにした。自らの席に戻った龍朗は、感情を読ませない平坦な声で呟く。
「お前が魔法協議会中枢のここへ介入出来ているということは、魔法協議会内には裏切者がいるようだな」
『厳密には、我々のコントロール下にいる者ですが。まあ、我々の手に落ちたことは事実なわけですし、処理方法はそちらに任せます。本題に入っても?』
「聞こう」
モニターに向かって巡が答える。
『我々から要求するのは、以下の2点』
沙羅双樹と名乗った女性の声が続ける。
『1つめ、現在青藍魔法学園にて匿われている鏡花水月の引き渡し』
その言葉に、美麗が眉を吊り上げる。
『2つめ、「黄金色の旋律」所属、中条聖夜の引き渡し』
その言葉に、剛の表情がより険しくなる。
『以上です』
そんな様子を余所に、沙羅双樹はそう締めくくった。
「なるほど。で、そちらは対価として何を支払う」
反応したのは龍朗。腕を組み、沙羅双樹へと問いかける。何の拒絶反応を示すこともなく、淡々と交渉を進めようとするこの男に不信感を抱いたのか、沙羅双樹側からの回答が一瞬遅れた。
『……我々の要求に応える気があるので?』
「いや、無いな。鏡花水月と中条聖夜にどれだけ関心を示しているのかが知りたいだけだ」
龍朗は何の悪びれも無くそう答えた。一拍置いた後、沙羅双樹から回答が来る。
『……今後、貴方の発言を禁じます』
龍朗は肩を竦めることで応えた。もっとも、沙羅双樹側がそれを視認できているかは不明であるが。そんな様子に笑いを噛み殺しながら巡が口を開く。
「いやいや。沙羅双樹とやら。誰が回答しても答えは一緒だろうよ。お前たちと取引をする者はこの場にいない」
『……そうですか。残念です。では、実力行使をさせて頂きます。貴方がたは自らが用意した檻の中で大人しくしていて下さい』
直後に、画面が再びブラックアウトした。
「随分と簡単に引き下がったな」
再び沈黙したモニターを見つめながら龍朗は言う。
「祥吾。青藍魔法学園周辺には、特別警備体制を敷いていたな?」
「はい。抜かりありません」
剛からの質問に、鷹津は淀みなく答えた。携帯電話を起動したが案の定通信は妨害されている。前以って対策をしていたのは正解だったということだ。
「姫百合側も内部の協力者に警備を要請しているわ。直ぐに何かをされる、といったことは無いでしょうね」
美麗はそう言い、「もっとも、あまり時間を掛けるのも愚策だけれど」と付け加えた。
「それにしても……。奴らは焦っているのかな? まさか『ユグドラシル』側がここまで安直な手段を用いてくるとは思っていなかったのだが……。いや、違うか」
巡は鋭い視線をある方角へと向ける。
「陽動の可能性は高いだろうな。本当に鏡花水月と中条聖夜が狙いなら、わざわざここで宣戦布告する必要は無かっただろう」
龍朗はそう言いながら立ち上がった。
「どちらへ?」
五十嵐の問いに龍朗は答えなかった。代わりに剛が答える。
「部屋全体を『絶縁体』で囲う以上、閉じ込められるというリスクは付き物だ。だからこそ、こういった非常事態に備えて抜け道を用意してある」
「成程。確かに道理だ」
間城が頷いた。風見が手を挙げる。
「『ユグドラシル』側に漏れている可能性は?」
「ゼロとは言い切れんな」
風見の質問に答えたのは巡だ。
「ただ、「七属星」の諸君すら知らなかったことからお分かりの通り、極々一部の人間しかこの存在は知らん。具体的には『五光』と魔法協議会の会長のみだな。ゼロとは言い切れないが、限りなくゼロに近いのは間違いない」
「逆にこれで漏れているようなら大問題ね」
巡の言葉に続くように、美麗は言った。その間にも龍朗は無詠唱で浮遊魔法を発現し、天井の一角を爪で引っ掻く。何度かしているうちに、張り付けられていたテープが剥がれる。
「『絶縁体』仕様でない部分を、『絶縁体』加工されたテープで隠していたのですか」
その様子を見ていた風見が呟いた。大きめの正方形であるそれを剥がし切った龍朗は、視線を剛へと向ける。
「花園、来い」
剛が立ち上がるのとほぼ同時、「七属星」の面々も席から立つ。しかし、それを巡が止めた。
「お前たちは残れ。というより、出て行くのはなるべく少人数の方が良いだろう」
「また何かしらのアクションがあるかもしれませんしねぇ」
扇子で円卓を軽く叩きながら華が言う。龍朗が鼻を鳴らした。
「そもそも全員で出向く必要が無い。『五光』の名が安くはないことを教えてやる」
「やる気じゃないか、岩舟」
「五月蠅いぞ」
軋んだ音が鳴った瞬間。
龍朗の頭上にあった天井の一部が、正方形の形にくり抜かれる。
岩舟龍朗と花園剛。
日本における最大戦力の一端が、今動き出そうとしていた。