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テレポーター  作者: SoLa
第6章 純白の円卓と痛みの塔編
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【B-5】 一刀両断




 そう。

 足元まで(、、、、)迫ってきて(、、、、、)いたのだ(、、、、)


「っ!?」


 千金はもはや反射で身体をシャフトの側壁へと押し付ける。迫る機体に少しでも接触しないように。問題なのは、玉石同砕の背中にしがみ付いていた奇縁である。流石に人が2人並んで立てるほどの隙間は、このシャフト内には無い。


「ふおおおおおおああああああううううう!?」


 一瞬で決断し、実行したのは死がまさに目前へと迫っていたが故か。

 身体強化魔法無し命綱無し足元にマット無しの極限状態でシャフトのとっかかりへと飛び移るという映画のスタントマンですら真っ青な荒業を披露した奇縁は、謎の奇声を上げながらぷるぷると自力でしがみついた。


 鈍い轟音と共に自らのすぐ後ろを通過していく機体。


「玉石同砕、助けてっ」


 既に限界に達していた奇縁が、脂汗を浮かべながら小声で叫ぶ。差し出された右腕にしがみ付き、なんとか体勢を整える奇縁。それを横で眺めていた千金も、若干緊張を孕んだ息を吐き出した。


「……やるじゃねーか」


「お、同じことは、ににに二度とできないでしょう」


 そう言う奇縁はぷるぷるしている。


「一応、自信もって言えることじゃねーからな。それ」


「い一応いい言っておきますが、背中にしがみつくのも中々きついのです」


「自信もって言えることじゃねーからなそれ!!」


 ねーからなそれ、からなそれ、それ、とシャフト内に千金の声が反響する。千金と奇縁は顔を見合わせた。千金は気まずそうに視線を逸らして言う。


「急ぐぞ」


「誰のせいですかっ」


 千金は言うや否や側壁を蹴り、機体を吊るすワイヤーへと飛びついた。そのまま下へと滑り落ちていく。


「しっ、信じられなっ、うわぁぁ玉石同砕っ」


 言葉足らずのそれもしっかりと理解した玉石同砕が、千金の動きに倣う。ワイヤーへと飛びついた玉石同砕は、奇縁を背中にひっ付けたまま千金同様に下へと滑り落ちていく。


「ひゃああぁぁぁあああぁぁぁあああ」


 一瞬の浮遊感の後に感じる、落ちていくあの感覚。


 恐怖。

 声を抑えなければならないと理解しつつも、どうしても抑えの効かない悲鳴が奇縁の口から漏れる。結果として、謎の奇声を綺麗なビブラートで奏でるという第三者が聞けばなんともまぁ気の抜ける声を口から垂れ流す羽目になった。


 風切り音。

 信じられない速度で下へ下へと降りていく。身体強化魔法を発現していなければ、今頃摩擦で左手は大変なことになっていただろう。ぐんぐんと降りていく。今が何階付近にいるかは分からない。だが、かなりのショートカットだ。


 もしかすると、このまま一階まで行けるのではないだろうか。

 奇縁がそう考えた直後だった。


 当然、そんなに甘くはない。


 轟音がシャフト内に響き渡る。

 それは間違いなく、ワイヤーを伝って下へ下へと降りていく千金たちの足元、遥か下の方から聞こえた。同時に、エレベーターという機体を吊るし、しっかりと張られているはずのワイヤーが揺れる。


「っ!? 千金!!」


「跳べ!! 落ちてくるぞ(、、、、、、)!!」


 千金と奇縁を背負った玉石同砕はほぼ同時に跳躍した。シャフトの側壁へとへばりつく。奇縁は泣き声を上げながらシャフトのとっかかりを掴み、自らも側壁へと身体を押し付けた。


 奇縁は身体強化魔法を発現していない。してしまえば、契約は破棄されて玉石同砕が正気に戻ってしまうためだ。他にも研究者ではあるものの2人ほど駒がある。そして、塔外にもうひとつ。いつどこで役に立つかもしれないそれを破棄するわけにはいかない。常人の思考回路ならば尻込みしてしまうほどの荒業を、奇縁は半泣きになりながらもしっかりこなした。やはりそれは、しなければ終わってしまうという死の恐怖からくるものなのか。ともかく、奇縁はまたしてもその火事場の馬鹿力を如何なく発揮し、安全圏へと滑り込んだ。


 ほんの一瞬の静寂。そして頭上から響き渡る不吉な轟音。奇縁はその音源に目を向ける勇気が無く、身体を側壁に押し付けながら目を瞑った。直後、自らのすぐ後ろを“何か”が凄まじい勢いで通り過ぎる。奇縁がここで漏らさなかったのはある意味で奇跡であった。それほどまでに、背後を通過する“何か”の速度は、先ほどとは段違いだった。それも当然。先ほどは機械に制御された動作、そして今回はただの自由落下だ。安全性など語るまでも無いだろう。無論、機体の外であるシャフト内でへばりついている現状で安全性など鼻で嗤うしかないのだが。

 轟音は徐々に小さくなる。反響するシャフト内に訪れる、一瞬の静寂。


 そして。

 耳がイカれる程の大音量が遥か下から噴き出した。耳を塞ごうにも両手は自らの身体を支えるので精いっぱいであり叶わない。シャフト内が揺れる。喉元まで迫る悲鳴を、奇縁は懸命に押し殺す。


 しばらくして、シャフト内に静寂が戻ってきた。

 奇縁は再び玉石同砕にへばりつく。千金や玉石同砕と違い、奇縁は自らを身体強化魔法によって強化していない。手を滑らせれば、本当に一巻のおわりなのだ。息も絶え絶えである。


 そんな奇縁の耳に届く、乾いた音。カン、カン、と。遥か下から断続的に聞こえてくるその音は、徐々にその音量を上げている。その音に嫌な予感を覚えながら、奇縁は震える声で玉石同砕に問う。


「貴方、最初に言ってましたね。千金とは別の実働部隊だって。貴方と同じ部隊の人間も、この塔内にいるのですか」


「います」


 これまでそこに考えが至らなかったことがそもそもの間違いだ。現実離れしている自らの現状に思考が麻痺し、無意識のうちにその事実から目を背けていたのかもしれなかった。

 千金がぎょっとした視線でこちらを見る。なぜ、このタイミングでそれを聞くのか。質問の意図を悟ってしまったがためだ。

 断続的に聞こえてくる乾いた音は、徐々に近く大きくなってくる。


 仮に、これが何者かが発している足音だとするならば。

 奇縁は聞きたくないという表情を隠そうともせずに、続けて聞いた。


「さ、先ほどのようなことができる者に心当たりは?」


 先ほどのこと。つまりは、『絶縁体』仕様であるはずのワイヤーを破壊し、機体を上から下へと落下させる荒業のことだ。

 玉石同砕は、少しだけ黙り込んだ後にこう告げる。


「おそらくは、一刀両断(イットウリョウダン)


 奇縁は涙目で千金を見た。

 千金は半眼で奇縁を見る。

 お互い、理解していた。


 次の戦いの舞台は、足場すら満足に確保できないこのシャフト内だと。


 近付いている。

 音は。

 徐々に。

 確実に。

 

「奇縁、てめぇはなるべく目立たねー場所で息を潜めてろ」


「……千金、私は」


「今、てめぇが死んだら玉石同砕はどうなるっ。挟撃で斬殺なんざ御免だっ」


 千金は小声でそう叫ぶと、躊躇いなく落下の道を選ぶ。これから始まる戦いに、奇縁を巻き込まない為の措置だ。奇縁が殺されて侵食魔法が解けた場合、玉石同砕と襲撃者の両者を同時に相手取る必要がある。この状況下では、それだけは避けたい展開だった。


 自由落下に身を任せる千金は、小さく舌打ちする。

 状況はこの上なく悪い。右手は先の戦いで使い物にならない上に、痛みで思考に靄がかかる。足場もほぼ無い状態だ。

 もう一度大きな舌打ちをした千金は、直後に感じた悪寒に反応して身体を大きく翻した。自分のすぐ近くを何かが奔り抜ける感覚。


 瞬間。

 斬撃音。


「っ!?」


 シャフトの側壁を蹴り、反対側の側壁に着地する。斬撃を受けた場所を確認すると、斜めに切れ込みが入っており、内側から何かが覗いているのが窺えた。取り落とした物には目もくれず、千金は呟く。


「……なるほどなぁ」


 身体強化魔法に割いていた魔力が、なぜ『絶縁体』によって吸い出されていないのか疑問に感じていたが、これで氷解した。『絶縁体』の上に特殊なコーティングを施していたのだ。確かに考えて見れば納得できる。本当に全てが剝き出しの『絶縁体』で構成されていたのだとすれば、この塔内では一切の魔法が使えないということになってしまうからだ。


 そこまで考えたところで、千金は意識を下へと向けた。凄まじい殺気を感じる。そして、その発生源を千金はようやく視認した。


「ご挨拶なんじゃないですかぁ? いきなり斬りかかってくるなんざ神経を疑うぜ」


「機体を使わず、シャフト内を素手で降りる常識知らずの愚か者から神経を疑われるとはな」


 藍色のローブを目元まで深く被った男は言う。その手には日本刀が握られていた。


一刀両断(イットウリョウダン)だ」


「そりゃ自己紹介してるんですかぁ? それとも」


 千金は嘲るように口角を吊り上げて言う。


「あんたに訪れる未来の話をしてんのか?」


 返答は無かった。

 目にも留まらぬ速度で一刀両断が千金へと肉薄する。一拍遅れて反応した千金が、右足を振りかぶった。しかし、そのタイミングではもう遅い。


 刹那の煌きを以って、その日本刀が振り抜かれ――――。

 直後、一刀両断の腹から下が千切れ飛んだ。


「なっ……、にっ!?」


 呆然と。

 一刀両断が自らの胴を見下ろす。


 そこに下半身は無い。

 その事実を脳が認識した瞬間、一刀両断の思考は途絶えた。ぐらり、と一刀両断の上半身が傾く。千金の脇腹を抉っていた日本刀だけを残して、一刀両断はエレベーターシャフトの闇へと落ちて消えた。


「『6』が……、出ていやがったか……。運が良かった……、ぜ」


 振り抜いていた右足を戻し、千金は笑う。

 滴り落ちる自らの血を塞き止めるように、千金は砕けた右腕を傷口へ添えた。抉りこんだ日本刀は、引き抜こうにも引き抜けない。無傷の左手は自らの身体を支えることで精一杯だ。

 千金は朦朧とする思考を振り切るようにして数度頭を振り、付加していた風を解いた。エレベーターシャフトの最下層にて、どのような目が出たのかを千金は知らない。5つある属性の選択肢の中から風を選んだのは、切断という殺傷能力を期待してだった。だが、今の一撃の威力を見るに、風は当たりだったのかもしれない。


「一か八か……、ってやつだったが……。くくっ。俺もまだ……、神様にゃ見放されてなかったのかもなぁ」


 ただでさえ右拳を損傷し、激痛で思考に靄がかかっている状態だったのだ。その状態で新手と互角に張り合えるはずなんてない。だからこそ超短期決戦に賭けていたのだ。

 ただ、問題があるとすれば。


「この状態で……、俺はわざわざ奇縁の所まで登っていかなきゃなんねーのか」


 奇縁はこの戦いが終わった事に気付いてくれるのだろうか。そうでなければ、千金は奇縁の所まで結果報告に行かなければならなくなる。下へ下へと向かうべきはずなのに、道を逆走して、だ。


「……畜生」


 気を抜けば意識が飛びそうになる。

 自分がもう持たないであろうことを、千金は冷静に自覚した。

 次回の更新予定日は、3月25日(金)です。

 次回の更新で第6章はおしまいです。

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