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テレポーター  作者: SoLa
第6章 純白の円卓と痛みの塔編
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【B-4】 戦戦兢兢




「うっ……、ぷ」


 込み上げてくる酸っぱい物を懸命に堪えながら、奇縁は蹲る。その様子を呆れた視線で見守るのは千金だ。


「あの程度でダウンしてんじゃねーよ」


「……うるさい、……です」


 凄惨な光景だった。スプリンクラーから放射されたのかと思うほどに飛び散った血。赤黒い池に浮かぶぬめぬめとした臓物。ひしゃげた胴体。虚ろな眼球。相手方の迎撃部隊第一陣は、悲惨な結末を辿っていた。


 ここは18階。

 惨劇の舞台となったエレベーター前から移動し、少々奥まった廊下に身を隠している。このフロアは小部屋として仕切られた研究室が多く存在する。迎撃部隊がエレベーター前に展開されるに辺あたり、研究者たちは一度避難しているのか、人の気配は感じられなかった。


「ったく。それより、お前治癒魔法使えねーんだっけ? 俺の右手を治療して欲しいんだがよ」


 千金の右拳は、玉石同砕の痛み分けとも取れる能力によって複雑骨折している。これからどのように行動するにせよ、戦闘だけは避けられないだろう。それは先ほどのエレベーターの一件ではっきりしている。奇縁の存在に相手方が気付いているのかは知らないが、少なくとも千金は捕縛対象ではなく抹殺対象になっているようだった。


「……私の侵食魔法は、契約期間中に他の魔法を使うと効力が消えます。ご存じのはずでしょう」


「こいつを潰してからやれば問題ないだろ?」


 千金は親指で玉石同砕を指しながら言う。奇縁の支配下にある玉石同砕は、自らの処遇について言われているにも拘わらず、虚ろな目をして沈黙を保ったままだ。


「駄目です。私を運ぶ足が無くなりますし……」


 そもそも、奇縁からするとそう簡単に割り切れないのだ。

 人を殺す、ということは。


「てめぇの偽善もそこまでくれば大したものだな。今まさに自分の命が危ういってのによ」


 言外に言わんとすることも悟ったのだろう。千金が嘲る。


「なら、そいつを俺たちから遠く離したところで解除すればいいんじゃねーか?」


「貴方には説明していませんでしたが……」


 よろよろと立ち上がりながら奇縁は口を開いた。


「私が侵食魔法以外の魔法を使うということは、これまで契約を結んできた対象者との契約全てを一度破棄するということです。この塔にはあと2人、私の契約に従う人間がいます」


「そいつら2人は強いのか?」


「いえ、2人とも研究者ですので戦闘能力は皆無でしょう」


「じゃあ必要ねーだろ……、いや、待てよ」


 千金は顎を撫でながら問う。


「そいつら操って情報収集しろよ。簡単だろ?」


「無理です。まったく痕跡を残さずに操ることはできませんから」


「記憶を弄れよ。できたよな」


「そういう意味ではありません。侵食すると、対象者の魔力の波長に影響を及ぼすのです。対象者本人ならば、記憶を弄ればどうとでもなりますが、対象者と一緒にいる人間が異変に気付くと厄介なことになります」


「波長……ねぇ。そんなのに気付く奴いるのか?」


「少なくとも、元“青藍の2番手(セカンド)”の豪徳寺(ごうとくじ)大和(やまと)は気付いていたと思います」


 千金は苦虫を噛み潰したかのような顔をした。


「万能に思えていたが、意外と使えねーな。お前の魔法」


「『大失敗(ファンブル)』状態の貴方よりはましです」


「言ってくれんじゃねーか。あ?」


「なんです? ……うっぷ」


 至近距離で睨み合った2人だったが、沈黙は長く続かなかった。真っ青な顔をした奇縁が口元を押さえて蹲る。その様子を見て、千金は張り詰めていた空気を弛緩させた。


「はぁー、なんか白けちまった」


 頭を掻きながら、周囲を見渡す。驚くほど静かだ。不気味に感じてしまうくらいに。次の討伐部隊が直ぐに攻め込んでくると予想していた千金は拍子抜けしてしまう。


「次々攻めてくると思ってたんだがな」


「……おそらく、貴方が魔法を使える状態だと相手側も気付いたのでしょう。下手な人間を向かわせても迎撃されるだけだと」


「……つまり?」 


 虚ろな視線を千金に向けながら、奇縁は告げる。


「次に来るのは強者ということです。貴方が片手間で粉砕できないような、ね」







 一先ずはここから離れることにした2人、とそれに付き従う1人。しかし、問題はどこに向かうかだ。当然、下に降りたいところではあるが。


「階段は無理だよなぁ……」


「それこそ、最優先で固められているでしょうね」


「強引に突破するってのはどうだ?」


「リスクが高過ぎます。最高戦力が仮にそこへ配置されていた場合、一瞬でチェックメイトかもしれませんよ」


 そう会話する2人の足取りに迷いはない。そう、迷いなく惨劇の現場となったエレベーター前まで戻ってきていた。瞬く間に奇縁が蹲る。


「もうそのネタには飽きたんだが」


「ネタなんかじゃ……、うぷ」


 あれから、エレベーターは起動していないらしい。18階の扉は開きっぱなしのまま沈黙を保っている。千金が内側から手動で扉を開けたため、機体が動かないように安全装置が起動しているのかもしれない。


「エレベーターシャフトと機体の隙間を縫って下に降りる。異論はあるか?」


「正気の沙汰じゃない、とだけ。うぅ……」


「お前マジでそのままくたばっちまえ」


 未だ青い顔をしたままの奇縁にそう吐き捨てて、千金は身体強化魔法を発現した。なんだかんだ言いつつも、奇縁は奇縁で玉石同砕に身体強化発現を命じつつ、その背中にしがみついている。

 半開きとなっている扉からエレベーターシャフトの内部を覗き込みつつ、千金は言う。


「こういうのなんて言うんだっけ? ボルタリンダ?」


「無駄口はいいからさっさと言ってくださいな。相手側がいつまで突入を躊躇ってくれるかは不明なのですから」


 何もしていなくせにぜーぜー言いながらも皮肉をぶつけてくる奇縁に肩を竦めることで応えた千金は、ゆっくりとその身をエレベータシャフト内へと投じる。それに奇縁を背負ったままの玉石同砕も続いた。千金と玉石同砕は、先の戦いで共に右手を潰しており使い物にならない。そんな状態でエレベーターシャフト内のとっかかりを辿りつつ下へと降りていく様はまさしく命知らずの行動である。玉石同砕に至っては背中に重り付きだ。それを可能にしているのが、まさに今2人が発現している身体強化魔法だ。

 とはいえ。


「……こりゃあ想像以上にキツいな」


 反響防止のため、極力下げた音量で千金は呟く。まさに繊細な動作を必要とする作業である。踏み外したら一巻の終わりだ。今はまだ下に機体があるから平気だが、シャフトと機体の隙間を潜り抜けてしまえば、後は下まで一直線なのだ。


「ハッチから誰かが出てきた痕跡は無いようですね」


「……お前、良くこの状況で下なんか眺められるよな」


「頑張るのはこの方ですし。もっとも、しがみ付くのも意外と体力を……」


「下までまっ逆さまに落ちてくたばるのは勝手だが、今あの機体を刺激するのだけはやめてくれよな」


 おそらく相手側は、18階に展開していた部隊が全滅したことは承知しているだろう。つまり、千金たちは18階のフロアにいると誤解しているからこそ、このシャフト内が安全なのだ。この段階で機体に刺激を与えてこちらの居場所を伝えてしまえば、ハッチから突き出された銃口で瞬く間にハチの巣になるであろうことは目に見えている。


 相手側に気付かれる前に、機体より下に行けるかどうか。

 この塔から脱出できるかどうかの第一段階はここだ。機体を抜ける前に見つかってしまえば、いよいよ千金たちは18階より下には行けなくなってしまう。そうなれば、後はじりじりと上へ上へと追い詰められておしまいだ。

 それが分かっているからこそ、千金と奇縁の呼吸は荒くなる。


 ゆっくり。

 ゆっくり、と。

 シャフト内を下っていく。


 問題となる機体は、2人の足元まで迫っていた。

 次回の更新予定日は、3月18日(金)です。

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