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テレポーター  作者: SoLa
第6章 純白の円卓と痛みの塔編
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【B-3】 奸智術策

「……なんで鍵持ってんだよ」


 さらっと自らを閉じ込めていた牢から出てくる奇縁に、千金は驚きを隠せない。


「私の無系統はご存知でしょう?」


 既に手駒と化している玉石同砕へ視線を向けながら奇縁は言う。


「あ? つーことは、やろうと思えばいつでも出れたってことか?」


 返答は笑顔だった。千金はオーバーリアクションで肩を落とす。


「マジかよ。信じられねーな。ならさっさと……、あー、なるほど」


 自分で言いながら自分で納得したらしい。そんな千金の様子を見て奇縁は頷いた。


「そういうことです。ここから出られたと言っても、私1人では逃げられないですから」


 奇縁の無系統魔法“侵食(イーター)”は、対象者を操ることができる。対象者がコントロール下にある間は、対象者の五感とのリンクも可能だ。おまけに自らの魔力消費量に応じて若干の記憶改ざんもできる。発現条件は、術者本人が対象者に触れること。一度触れてしまえば、いつでも対象者をコントロール下に置くことができる。時間制限は無い。おまけに対象者と術者の距離に制限も無い。


 但し、当然ながら条件はある。


 1.対象者には必ず術者本人が触れること。

   どのような条件下であったとしても、他者を利用した間接的な接触は無効となる。

 2.契約対象者の登録は10以下であること。

   10を超えて登録を行った場合、これまでの全ての契約が破棄される。

 3.契約履行中は、術者本人は魔法を使わないこと。

   術者本人が魔法を使用した場合、これまでの全ての契約が破棄される。

   尚、一時的に操作を解いている状態であっても、契約は履行中である。

 4.一時的に操作を解く際は、必ず術者の意志によって行うこと。

   それ以外の理由で解けた場合、契約は破棄される。


「完全にお荷物じゃねーかよ」


 千金は奇縁の発現条件を完全に知っているわけではない。コントロール中は奇縁本人の魔法が使えない、といった程度だ。ただ、この状況下で自分で自分の身を守れないのは痛手だ。それだけで千金からしてみれば十分に足手纏いである。


「私は彼に守ってもらいますから。もっとも、貴方のせいで片腕が使い物にならなくなっているようですが」


 支配下にある玉石同砕を見ながら奇縁は言う。


「あん?」


 奇縁の言葉に引っ掛かりを覚えた千金が、玉石同砕の右手を見た。千金と同じく完全に砕けている。


「こいつぁ……」


「玉石同砕ですよ? 詳細な発現条件は不明ですが、自らを犠牲にして相手にダメージを与える能力のようですね」


 完全に痛み分けの能力である。


「自己犠牲ってやつか。反吐が出るな」


 吐き捨てるように千金は言う。


「まるでお前を見ているようだぜ」


「……私は、もう以前の私ではありません」


 千金の追及を避けるように、奇縁は目を逸らした。


「どーだか。まあ、どうでもいいけどな。ついてくるならついて来いよ。足手纏いになるなら置いてくけどな」


 手をひらひらさせながら千金は歩き出す。


「どこへ行くのです?」


 千金に奇縁と玉石同砕も続く。


「エレベーターだよ、エレベーター。早速役に立つじゃねーかそいつ」







 暗証番号、指紋認証、網膜認証、そして魔力認証。

 その全てをクリアして、エレベーターは動き出す。


「ほら見ろ」


「なぜ貴方が胸を張るのかは分かりませんが……。どうせすぐに気付かれて」


 そしてエレベーターは止まった。


 目的の階に到着したわけではない。千金はあろうことか堂々と出口のある1階のボタンを押していた。千金たちが閉じ込められていたのは20階。動き出して間も無く停止しているので、進んでいても18階前後だろう。

 千金と奇縁は目を見合わせる。


「だから言ったのです」


「なんも言ってなかっただろーが!!」


 千金が玉石同砕を睨みつけながら言う。


「こいつの権限で動かせねーのか?」


 千金からの問いには答えない。奇縁が改めて質問すると、否と返ってきた。代わりにエレベーターの天井を指さす。

 そこにあるのは。


「救出用のハッチか? ありゃ内側からじゃ開けられねーだろ」


 エレベーターには、非常時に中の人間を助けるためのハッチがある。しかし、それはあくまで『救出用』だ。それも当然、機体の外に出たところでどうすればいいのかという話である。魔法が使える者ならばどうにでもなるだろう。つまり、千金ならばシャフトに出てしまえば身体強化魔法でどうにかなるかもしれない。

 しかし、生憎とここは全てが『絶縁体』仕様である。触れた人物から発せられる魔力を吸い出す優れもの。発せられる魔力が大きければ大きいほどその吸収量は上がり、専門家からは魔法を使った破壊は見込めないとまで言われている一品だ。

 真意を奇縁が問うと、玉石同砕からはこんな答えが返ってきた。


「……ハッチに、……絶縁体は使用されていない」


「……何だと?」


 感情の一切が籠っていないその玉石同砕からの言葉に、千金は一瞬何を言われたのかが分からなかった。ただ、その意味が徐々に脳へと浸透して表情に笑みが浮かぶ。


「はは……、ははは。そりゃどういうマヌケだ?」


「この塔は全てが『絶縁体』仕様であると聞いていましたが」


「……抜け道が用意されている。確かに……、エレベーターは閉じ込めてしまえば簡易の牢獄となる。けど、万が一の時、それで自分に被害が及ぶことは避けたい、と考えた者もいる」


「ははははははっ!!」


 千金は思わず声を上げて笑った。

 この塔の管理者、そして設計者の未熟さに。いったい自分たちがどれだけ危ない道を歩んでいるのか、という自覚がないのだろうか。それとも、危機管理ができていない更に『上』の者からの強制で、口出しができなかったのか。


「ならやることは1つしかねーよなぁ!! 面白ぇ!!」


 千金は無系統魔法を発現した。

 赤と青の2つのサイコロが宙を舞い、地面に落ちる。


 結果は、『火』と『4』。


「うっしゃあ!! こりゃ勝ったぜ!! 喰らいやがれぇ!!」


「ちょ」


 奇縁が止める間も無かった。跳躍するや否や全力の蹴りをハッチへとぶち込む。激しい音と共にエレベーターが揺れた。


「きゃあああああああ!?」


 攻撃特化の火属性、それも発現量4倍のおまけつきのキックである。本来であれば、全ての素材に『絶縁体』が使われているこの塔で、その行為は無駄である。


 だが。

 エレベーターの天井にある救出用のハッチは、玉石同砕の言う通りに別だった。

 危機管理の無さ、上の者からの強制。考えられる理由はいくらでも思いつく。エレベーターの扉を開く段階で魔力認識等のセキュリティがあるため、不審者がエレベーター内に侵入することはないだろう、という施設管理者の驕りもあったかもしれない。


 ただ、理由なんてどうでもよかった。

 エレベーターの天井の一角に風穴が空いた。

 それが全てである。


 但し。


「あっつい!? あついです!! 密室で火炎放射とか馬鹿じゃないですか!?」


 奇縁が叫んだ。


「うっせぇよ、さっさと行くぞ!!」


「わ、私、今魔法使えないんですよ!?」


「そいつにおんぶでもしてもらえや!!」


 そう吐き捨ててから、千金は軽やかな動作でハッチを抜け出る。少し遅れて玉石同砕が続いた。その背中にはしっかりと奇縁が抱き着いている。


「もうお嫁にいけません」


「頭の中お花畑かてめぇ」


 救出用ハッチの奥で燃え盛る炎をしり目に、奇縁はゆっくりと玉石同砕の背中から降りた。


「それで、どうするのです」


「んー」


 天井が見えないエレベーターシャフトを見上げながら、千金は唸る。そうしている間にも、エレベーター内の炎は鎮火したようだ。なにせハッチ以外は『絶縁体』仕様である。エレベーター自体が燃えていたわけではない。


「まさか救出用のハッチを内側から開けるなんて……。意外とここのセキュリティはずさんなんですね」


「はっ、いざという時の抜け道が欲しかったんだろ? 己の身の可愛さに作った抜け道が利用されるとは思ってなかったんだろーけどよ」


 仮にそれが真実だとするならば、お粗末な話である。


「『絶縁体』仕様つっても構造自体に違いはねーし、ワイヤー伝ってどこかの階の扉を開くしかねーな。内側からでも開けられるだろ?」


「ワイヤーを伝ってと言う時点で既に反対したいのですが」


「じゃあ来んなよ。俺1人で行く」


 早速ワイヤーに手を伸ばす千金。


「……そんなことをするまでもなく、エレベーター自体が緊急時の動作をするのでは? 別に故障したわけではないので――」


 軋んだ機械音と共に、3人の足場となっているエレベーターがゆっくりと動き出した。


「ほら」


「……そーだな」


 エレベーターは通常よりも明らかに遅い速度で下に降りている。


「このまま1階まで行ってくれると思うか?」


「それ、本気で聞いてます? どう考えても、迎撃準備が整っている階で扉が開く未来しか想像できないのですが」


「……だよな」


「こうなることくらい予想できたでしょうに」


「すみませんねぇ!! だったら先に言えや!!」


 言い合っているうちにエレベーターの動作が止まった。足元で扉が開く音がする。


 瞬間。

 銃声の嵐がエレベーター内に殺到した。


 思わず千金と奇縁が顔を見合わせる。

 音を聞いただけで分かった。

 既に自分たちは捕縛対象ではない。


 抹殺対象だと。


 いや。


「ひ、被検体保管室の階へ行くには、エレベーターを使用しなければなりません。つつつまりまだ保管室の現状は知られていないはず。あそこは本来存在しないことになっている施設なので、映像に残すわけにはいいいいいいきませんからカメラも無い。私が逃走中であることはバレてはいないのでは?」


「白いのは外見だけか真っ黒だなてめぇは!!」


 千金は吠えながら跳躍する。まだ“賭博(ギャンブル)”の契約は切れていない。一番近くにあった扉に飛びつき、内側のレバーを引いた。


「お、おバカっ!?」


 奇縁がそう言い終える前に扉が開く。そして銃声が殺到した。自分たちを始末しようと動いている人間だって馬鹿ではない。不測の事態に備え、少なくとも対象となる階の上下にも駒は配置する。千金は見事に“当たり”を引き当てたらしい。

 しかし。


「舐めんなよ!!」


 運良く銃弾の嵐を扉の陰で回避していた千金が、嬉々としてシャフトから抜け出た。その勢いのまま次々と敵対者を薙ぎ払っていく音が、シャフト内まで断続して響き渡る。何かを叩き割る音。狂人のような笑い声。悲鳴。怒号。銃声。そして、時折聞こえてくる湿った音。


「……私、グロ耐性ないんですけど」


 そうしている間にも、奇縁の足元も騒がしくなってきた。このままでは、ハッチから銃口を向けられて狙撃されかねない。奇縁は急いで玉石同砕の背中に飛びつくと叫ぶように命令する。


「千金の後を!!」


 無詠唱で身体強化魔法を発現した玉石同砕が跳躍した。


「きゃああああああああ!?」

 次回の更新予定日は、3月11日(金)です。

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