【A-3】 多数決
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無駄になってしまったかな。
日本魔法協議会会長である古宮から与えられた冷却時間の中で、龍朗はそう考える。その視線を少しだけ自らが連れてきた護衛へと向けた。
藤宮誠。
優秀な剣の使い手である藤宮だが、岩舟家の有する戦力の中で言えば決して頂点に立つ男ではない。それでも第一護衛として今回の権議会に同行させたのは、藤宮が前回魔法世界で行われたアギルメスタ杯の出場者だったからだ。
花園と姫百合、その両家共に、この場にリナリー・エヴァンスもしくはその代理として中条聖夜を連れてこないのは、龍朗の想定外だった。いや、だからこそ美麗が口にした言葉の意図を龍朗は瞬時に察することができたのだが。
(ガルガンテッラの末裔と『ユグドラシル』の元構成員。それを引き込むことで『黄金色の旋律』に貸しを作る。今回護衛を連れてこなかったことを踏まえると、護衛として打診するのは姫百合側か)
世界でもその功績を賞賛される『黄金色の旋律』と繋がりを持てるのであれば、協議会側も一考の余地ありと判断するだろう。根無し草で有名な“旋律”だ。不安定な世界情勢の中、一歩我が国がリードすることになる。場合によっては、アメリカ合衆国よりも有利に立てる可能性すら秘めている。
藤宮を投じたアギルメスタ杯に、アメリカ合衆国は魔法戦闘部隊『断罪者』を参戦させていた。それも名も知られていない雑兵などではなく、隊長の1人である“雷帝”アリサ・フェミルナーを。これはアメリカ合衆国という大国が一グループに過ぎない『黄金色の旋律』をどれだけ注視しているかを如実に表していると言えた。
龍朗は考える。
どの選択が、もっともこの国を保護することになるのかを。
花園家と姫百合家は、『黄金色の旋律』と同盟を結ぶことで自ら含めこの国の基盤を強化する気でいる。権力争いにあまり興味を示さない両家のスタイルから、『黄金色の旋律』を引き込もうとする意志も、この場での交渉カードとして使用する目的から来るものではないだろう。
二階堂家は、保身第一で考えているが故に他家が力をつけることを良しとしない。よって『黄金色の旋律』を必要以上に花園家と姫百合家に近づけたくないと考えている。
問題となるのは、白岡家。
花園家と姫百合家がガルガンテッラの末裔と『ユグドラシル』の元構成員を引き込んだ際、連名ではないが二階堂家と同様に抗議文を送りつけたことは聞いている。しかし、様子を見る限り『黄金色の旋律』と花園家、姫百合家が結託することに否定的であるようにも見えない。他にも各方面で暗躍しているとの情報も入手しており、龍朗としてはいまいち白岡家のスタンスを測りかねていた。
さて、どうするか。
日本の国力を上げるという観点で言うならば、『黄金色の旋律』との同盟は賛成だ。しかし、『黄金色の旋律』と手を組むことは、世界から孤立する恐れもある。国によっては核爆弾を抱えるよりも問題視するだろう。また、国内で見ても問題はある。権議会の場において、『五光』の面々はお互いが敬語や敬称を使用することを暗黙の了解で禁じている。これは『五光』の席に座る者は皆平等であるという考えからだ。その一角が『黄金色の旋律』と手を組む。それは、パワーバランスを崩壊させることになるのではないか。無論、手を組んだ『黄金色の旋律』との付き合い方によってなんとでもなるのかもしれないが。
龍朗がそこまで考えたところで。
『では、そろそろ再開しようかの』
古宮の一声で、権議会は再開される。
★
『先ほどの火車の件じゃが、花園と姫百合も関係してくるんじゃろ? ほれ、この国に引き込んだ2人……』
『マリーゴールド・ジーザ・ガルガンテッラと、「鏡花水月」なる異名を持つ女性です。会長』
『そうそうそれじゃ』
大森からのフォローに古宮が頷いた。
『議題が前後するが、先にそちらに移ろうかの。花園と姫百合の言い分が正しいなら、火車の素行の件も問題ないと判断できると思うが』
「ふむ。良いのではないか?」
「その方がいいかもしれないわね」
古宮からの提案に、巡と華が首肯する。
「こちらは問題は無い」
「それで構わないわ」
それに剛と美麗が続いた。
「ちょっといいか」
軽く手を挙げた龍朗に、古宮は視線で先を促す。
「その件を先に回すなら、予め岩舟の立場を明言させてもらおうと思う。当家は二階堂や白岡と違い、抗議文を出していなかったからな」
龍朗の言い分に、その他の『五光』の当主達とモニターに映る協議会のツートップは頷いた。
「花園と姫百合の案件について、岩舟はそれを支持するものとする」
部屋の空気が、一瞬だけ揺れた。
『ほぉ……?』
モニターに映る古宮が、顎髭を撫でながら目を細める。
「そちらさん。その言い分はつまり、『黄金色の旋律』を利用して花園と姫百合が無秩序に勢力を伸ばすことについて肯定する、と?」
「論点をずらすなよ、二階堂」
胡散臭さを感じさせる視線を隠そうともせずにそう投げかける華へ、龍朗は前髪を弄りながら切り返す。
「俺は、花園と姫百合が『黄金色の旋律』と良好な関係を築こうとしている件について支持する、と言っただけだ」
「ずれているようには思えないけど」
「そうか? 見解の相違だな」
淡々とそう口にする龍朗に、華は扇子で口元を隠して小さく舌打ちした。その光景を面白そうに眺めていた巡が、ようやく口を開く。
「して、その理由を聞かせてくれるのかな」
「ええ。『ユグドラシル』の元構成員を配下に加えたのは、むしろ英断だったと思う。『ユグドラシル』の内部構成については謎が多かった。3人の側近、4人の最高幹部、そして実働部隊の面々。なかなかに興味深い内容だった」
龍朗は手元の資料を捲りながら言う。
「それが真実を指しているとは限らないのではなくて?」
「かもな」
口を挟んできた華に、龍朗は呆気なく首を縦に振った。
「だが、鏡花水月とやらが意図的に嘘を吐いている可能性はほぼゼロと見ていいだろう」
「なぜ」
苛立ちを含んだ華のその質問に、龍朗は凍てついた視線を向けた。
「その質問はどういう意図があってのものだ? 理解した上で私を挑発する為に敢えてしているのなら付き合ってやらなくもないが、仮に私の発言の意味を本当に理解できておらず、1から全てを並べて懇切丁寧に説明する必要があるのなら、お前はこの場で『五光』を降りろ。時間の無駄だ」
華はもう一度、今度は大きな舌打ちをした。挑発を完全に受け流され、むしろペースを握られてしまっているこの現状に。
『岩舟や。過激な発言は抑えとくれい』
「これは失礼」
古宮からの言葉に、龍朗はまったく感情の籠っていない謝罪を述べる。
「ともあれ私は、いや、岩舟は花園と姫百合を支持する。同じく、火車の件も問題視しない」
「なるほど。なるほど」
結論を出した龍朗を見て、楽しそうな表情を隠そうともせずに巡は頷いた。
「何か?」
「いや、なんでもないさ。なんでもないとも。さて、それでは白岡の立場も表明しておこうか。とはいえ、岩舟に言いたいことは言われてしまっているわけだが」
笑いをかみ殺すような仕草で口にされたその言葉に、華は端正な眉を吊り上げる。
言いたいことは言われてしまっている。
つまり。
「白岡も岩舟と同じく、花園と姫百合を支持する」
『白岡は抗議文を送っていたはずじゃがの』
「人が悪いですな、会長殿。我々が抗議文を送ったのは、花園と姫百合からの連名で鏡花水月に関する資料が送られてくる前でしたぞ」
『白岡様の発言は事実です』
大森が差し出す資料には目も向けず、古宮は手の動きでそれを払った。
『さて。そうなると大局は決まったようなものかの? 「五光」の中で反対の立場にいるのは二階堂だけのようじゃが』
この場において、決定権を持つのはあくまで『五光』。『七属星』は発言権があるに過ぎない。
華は深いため息を吐いて視線を外した。