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テレポーター  作者: SoLa
第6章 純白の円卓と痛みの塔編

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【B-2】 玉石同砕

 2話同時公開です。




 千金は、再び自らが囚われていた保管室へと戻って来ていた。

 脱出を諦めたわけでは無い。忘れ物があったからだ。頭蓋骨が陥没し、既に腐臭を放ち始めている死体へと近付く。白衣はもはや白衣とは呼べない色になっていた。


「ったく、未だ使えんだろうなこの生ゴミ」


 足で床に伏す死体を転がす。赤く潰れた男の顔面を見て、千金は僅かに目を細めた。


「駄目か。最悪だな」


 吐き捨てるように口にする。

 千金の忘れ物。それは、この男が持っていた個人情報。指紋や網膜や魔力。セキュリティを掻い潜る為に必要な物だ。


 そう。

 千金が捕えられていた保管室があるこの20階には、階段が設置(、、、、、)されていなかった(、、、、、、、、)

 理由など考えるまでも無い。万が一この部屋から実験体を運び出す人間が失敗し、鍵を盗られて実験体が『絶縁体』から解放されてしまったとしても、逃走を許さないようにするための措置。20階には限られた人間しか通行できないように、ロック付きのエレベーターしか抜け出す場所が無かったのだ。


「まいったね、こりゃ」


 黒髪をガリガリと掻き毟りながら、千金は面倒臭そうに言う。

 この白衣の男が千金を連れ出しに来たという事は、これから千金はここで囚われてからほぼ日課にされていた魔法開発が行われる予定だったはずだ。つまり、呼びに行った男が戻って来ないという事は、実験の参加メンバーには直ぐに伝わってしまう。伝わってしまえば、後は考えてみるまでも無い。こんな研究一色に染まっているだけのヒョロい人間など来ない。


 十中八九、戦闘のプロフェッショナルが来る。

 千金と同じ、日本の闇に捕われた悪魔のような魔法使いが。


 逃げ場など無い。窓も存在しないし、壁も扉も全てが『絶縁体』の素材作り。唯一の突破口であったエレベーターも、利用可能者は判別不能なまでに壊してしまっていた。

 使えないなら用は無い、と。千金は動かぬ死体に1発蹴りをぶち込んでから部屋を出た。


 千金が捕えられていた『被験体保管室』と称されるこの階は、そう複雑な作りでは無い。塔の20階を縦一直線に続く廊下、その先端にロック付のエレベーター。そしてそのメイン通路から枝木の様に左右へ通路が伸びる。その通路の両サイドには規則的に扉が填められており、それぞれにナンバープレートが備え付けられていた。


 1人1室。

 これが千金の捕えられていた牢獄の構造である。

 枝木の通路を歩き、メインの通路へと顔を出す。誰かが彷徨っているはずも無い。普通ならば千金も他の者と同様に、出番が来るまではひたすら部屋の中に閉じ込められているのだから。


(……あの豚がヘマをしたって事がバレなきゃ、食事を運んでくる豚をとっ捕まえてエレベーターを使えるんだが……。んなラッキー、起こるはずもねーか)


 薄暗い通路。最低限の電気しか通されぬ通りで、千金はその()を敏感に察知した。


 エレベーターが、起動している。


 目的地はこの階では無いのかもしれない。エレベーターはB5階から29階までは直通の作りになっていたはずだ。だから、この階は素通りされる可能性も無いわけでは無い。むしろ、音しか聞いていないのだから、もしかすると下がっているだけでこの階を通過すらしないかもしれないのだ。


 しかし。

 そこまで考えた上でなお、千金は直感した。


「来るかぁ……」


 枝木の通路、その1つに身を潜める。エレベーターの扉が開いた瞬間迎撃する事も考えたが、一撃で仕留める確証が無い為、それは却下した。中途半端に手傷を負わせたせいで、エレベーターで逃げられても厄介だ。まずは獲物を引き寄せ、半殺しにしてからエレベーターを使わせる。

 千金の指が乾いた音を鳴らす。

 エレベーターの扉の奥から聞こえる音が、徐々に強まってきた。


「さぁて、出張ってきやがったのはどこのどいつだぁ?」


 気配を殺し、身を潜める。程なくして、エレベーターの扉から聞こえる音が止んだ。

 電子音。

 エレベーターの到着を知らせる軽い音が響く。


 そして。

 その扉が開く。


 薄暗い20階の廊下から見れば不自然なほど明るい空間から、1人の少年が足を踏み出した。


(……誰だあいつは)


 千金は元々友好的な人間ではない。そもそも、千金が所属していた組織は、自らのグループ以外のメンバーと顔を合わせることもない。従って同じ組織間にあってもほとんどの人間との繋がりが無いのだ。彼の数少ない相関図には、該当しない人物だった。


(まぁ、その方が気兼ねせずに殺れるってモンだが)


 貧弱な体格をした少年だった。千金と同じ黒髪。但し、少年の方は目元が隠れる程に伸ばしており、くせっ毛の千金と違いストレートだった。


(……随分とまぁ陰気そうな奴が来たモンだ)


 千金にそんな事を思われているとは露知らず。

 陰気そうな少年は千金の潜む通路をスルーし、先へ進む。そして、元々千金が捕えられていた部屋のある通路へと曲がって行く。


 ほぼ間違いなく、千金の元へとやってきた男の生存確認だろう。

 千金は忍び足で少年の後へと着いて行く。指先を動かし、手のひらで何かを弄ぶような仕草。


 千金の無系統魔法“賭博(ギャンブル)”は、赤と青のサイコロを振り出た目によって自らの能力を増減させるものだ。赤は『発現量』で青は『属性』。赤には『2』から『6』までの数字と『髑髏マーク』が彫られており、出た目の数で発現量が3分間増大するが、逆に『髑髏マーク』を出すと3分間発現量が元の半分になる。青に数字は彫られていない。彫られているのは基本五大属性である『火』『水』『雷』『土』『風』、そして『髑髏マーク』であり、各属性の文字を出すと該当する属性の発現濃度が3分間2倍となるが、逆に『髑髏マーク』を出すと3分間属性付加ができなくなる。また赤と青、同時に『髑髏マーク』を出した場合、3分間魔法がまったく使えなくなる。


 千金の無系統魔法を発現させるには、いくつかの条件がある。 


 1.赤と青を同時に振ること。

   タイミングをずらす、もしくは片方では発現しない。

 2.前回の賭博契約が満了されていること。

   効力の上書きはできない。

 3.賭博契約は自分に行うこと。

   他人に譲渡する魔法が使用された場合、契約は破棄される。


 千金の手には、赤と青のサイコロが握られていた。

 勝負は一瞬。ただ、過剰攻撃で跡形もなく消し飛ばすのもまずい。それでは先ほどの二の舞になってしまうからだ。欲しいのはエレベーターを起動させるための個人情報。両足だけ吹き飛ばすか、と。千金がそう考えた直後だった。


 眼前に拳。


「っ!?」


 間一髪。

 逸らした顔ぎりぎりを少年の拳が走り抜けた。

 完全に戦闘態勢となっている少年を目にして、千金は思わず舌打ちする。なぜ気付かれたのか。答えは1つ。


(“賭博(ギャンブル)”発現を察知しやがったのか!! くそっ、気付かれないようにやるなら直接行くべきだった!!)


 千金の無系統魔法“賭博(ギャンブル)”に必要なサイコロは、千金の魔力によって作られている。つまり、サイコロを振る前に魔力を使用して発現しているのだ。当然、それも1つの魔法。微量な魔力しか使われていないものの、それなりの使い手ならば魔法発現の察知はできてしまう。


 少年の体術はかなりの練度だった。

 防戦一方となった千金はひたすらに少年から繰り出される拳や蹴りを躱していく。一歩一歩後退を余儀なくされている自分へ苛立ちを感じながらも、千金は少年の隙を窺う。


(ここだ!!)


 少年から繰り出された拳をいなしてカウンターを決める。そこまでイメージした千金が、少年の拳を受け流そうと手を添えて――――。


 添えた千金の右手が、ひどい音を立てて使い物にならなくなった。


「がああああああああああああああああああ!?」


 次いで襲い来る、激痛。

 痛みに脂汗を滲ませる千金を冷徹な視線で追いながら、少年は一度千金から距離を置いた。

 そして一言。


「結構持ったね」


「あぁっ!?」


 少年から放たれた言葉に、千金が顔を歪めながら怒鳴り返す。


「想像以上に躱すから驚いたけど、ここまでだ。はじめまして一攫千金。僕は玉石同砕(ギョクセキドウサイ)。君とは別の『ユグドラシル』実働部隊で……、あぁ。そう言えば、君はモルモットに降格したんだっけ?」


「舐めんな!!」


 咆哮し、跳躍。

 千金の右手は複雑骨折していた。しかし、先ほどのやりとりでここまでの打撃を受けた記憶が千金には無い。


(つまり!! 触れたものにダメージを与える魔法!!)


 自らを『玉石同砕』と称した少年に肉薄したものの、直接触れることはできない。千金は無詠唱で魔法球を5つ発現。ほぼゼロ距離でそれを放とうとして。


「うん。まあ、そう来るしかないよね」


 玉石同砕も負けじと無詠唱で魔法障壁を展開した。一拍遅れて千金の魔法球が放たれ、障壁に弾かれていく。激しい衝撃音と振動。一瞬の隙を突いて千金は玉石同砕の後ろへと回り込む。


(一手無駄にするのは惜しいが必要な犠牲かっ)


 繰り出した拳は、先ほど破壊された右だった。複雑骨折して使い物にならなくなっているそれに威力は無い。事実、玉石同砕の背中を捉えた拳だったが、突き抜けるような痛みに呻いたのは千金の方だった。


「があああああっ!!」


「……右利きの癖が出たのかい? 壊れた拳で殴りかかるなんて正気の沙汰じゃない」


 玉石同砕の回し蹴りをくらった千金が吹き飛ぶ。『絶縁体』を惜しむことなく使用した魔力の一切を通さない床を滑るように転がっていく。しかし、千金は痛みに呻きながらも笑っていた。


(今の一撃、魔法を使わなかったな。いや、使えなかったんだ!! 奴の魔法は常時発動型じゃねえ!! 奴の隙さえ突ければ問題なく――)


 千金がそこまで思考を巡らせた時だった。

 牢から伸びた白い手が、玉石同砕の脚を掴んだ。


「な、……に」


 驚愕は一瞬。

 玉石同砕の表情から感情の色が消える。四肢から力が抜け、ただただ直立しているだけの人形に成り下がる。

 この能力を、千金は知っている。


「まったく……。もう少し穏便に物事を進められないのですか?」


 そして、その声も。


「……合縁奇縁(アイエンキエン)か」


 ここへ閉じ込められることになったあの文化祭での一件が頭を過ぎり、千金が苦々しい表情で吐き捨てる。


「取引しませんか」


 そんな千金の感情などお構いなしに、牢に閉じ込められたままの少女は言う。


「“侵食”魔法。私の無系統があれば、余計な争いを生むことなく行動できるはず。塔から抜け出すのなら、私も連れていってくださいな」

 次回の更新予定日は、3月4日(金)です。

 この章は、毎週AとBのセットで公開していく予定です。

 たぶん。きっと。おそらく。


 前回書き忘れましたが、活動報告等でバレンタインssを公開しています。まだ読んでいない、という方はぜひに。


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