【A-1】 5つの光と7つの星
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これは、選ばれし血族によって紡がれる物語。
純白の円卓に集うは、5つの光と7つの星。
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龍脈という言葉がある。
大地の気が流れるルートを意味する言葉だが、魔法用語で解釈してもほぼ同じ意味だと理解してもらって構わない。この地球という惑星も、人間やその他特定の生物と同じように魔力を生成している。その中でも、特に生成量が多い、すなわち魔力が濃い場所のことを龍脈と言う。空想上ではあるが最強の魔法生物の名が付けられたというわけだ。
日本には、魔法用語で言う龍脈は全部で7つある。宮城・千葉・東京・静岡・愛知・京都・広島がそれであり、現在は、宮城を木下家が、千葉を火車家が、東京を黒堂家が、静岡を風見家が、愛知を汐留家が、京都を五十嵐家が、そして広島を間城家が統治している。
以上の七家を総称して『七属星』と言う。
彼らは、それぞれが統治する地に魔法を学ばせる教育機関を建てた。今後の日本魔法社会を発展させていくため、というのが表向きの理由。実際は、抵抗勢力が誕生しないようにするため。目の届く位置に設置してあった方が、早いうちから芽を摘めるからである。
ただ、あくまでもそれらは補佐的な役割を担っているに過ぎない。と言うのも、これは日本だけに限らず世界規模で言えることだが、魔法が扱える人間の絶対数は非常に少ない。つまり、魔法使いの卵のみを対象にしていては、人数不足で学校を運営していけないのだ。だからこそ、彼らは魔法科、普通科というように、魔法使いでない学園生も生徒として受け入れることで、学校運営に必要となる人数を補っている。あくまで本命から零れ落ちた卵を掬いあげる受け皿としては、これで十分なのである。
ならば、本命とは何か。
魔法を専門的に扱い。
魔法科と普通科で分けるようなことはせず。
魔法科1つで統一して運営している学園。
青藍、紅赤、そして黄黄。
日本の魔法教育機関を語る上では、避けては通れない3つこそが、その本命である。
そしてこれは、日本47都道府県のうちの1つである神奈川県を3分割にした地域の名称でもある。それぞれに魔法を専門に扱う教育機関が存在し、それを『七属星』のさらに上を行く権力者たちが治める。
青藍は、花園家と姫百合家。
紅赤は、白岡家。
黄黄は、岩舟家と二階堂家。
そのいずれもが、日本五大名家と称される『五光』に属する面々である。
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日本魔法協議会。
それは、日本という国において魔法関係の事案を扱う組織を指す名称だ。各都道府県に支部があり、本部は東京都新宿区にある。年に一度、『権議会』を開催し、魔法に関する事案の精査、各地方におけるパワーバランスの調整、新たなる七属星の決定などを行っている。
本日は、12月23日。
今年も残り僅かとなったこの日は、日本の魔法社会において極めて重要な案件が採択される日だった。
「……今年は荒れるかもしれんな」
車窓から覗く景色をぼんやりと視界に収めながら、日本五大名家『五光』が一角、花園家現当である花園剛はそう呟いた。ハンドルを握る鷹津祥吾が眉を僅かに動かす。
「荒れるのはいつものことなのでは」
「例年の比ではないということだよ」
遺伝の赤い髪を掻き揚げながら、剛は草臥れたため息を吐いた。普段の言動からは似合わぬその主の仕草に、鷹津が音も無く苦笑する。
「まあ、聖夜君が青藍に持ち帰った案件については驚きの一言でしたが」
「その件は既に姫百合と話がついたことでしょう。権議会に爆弾が持ち込まれるのはいつものことじゃない。今年はそれがうちだったってだけよ」
鷹津の言葉を遮るようにして、後部座席から声が飛んだ。助手席に座る剛と同じく目を見張るような赤い髪をした少女、花園舞は、不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「もっとも、爆弾を持ち込むのは大抵白岡と岩舟だったんだけどね」
まだ正式に指名されてはいないものの花園家次期当主としてほぼ確定している少女は、とってつけたようにそう付け加えた。
剛は首を横に振る。
「俺が言っているのは、聖夜君の件ではない」
車窓に流れる景色に焦点を合わせたまま。
「どうにも白岡が領分を侵しているようでな」
そう言った。
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花園家の現当主と次期当主候補を乗せた車は、予定通りの時間に目的地へと到着した。東京都新宿区内の一角にある、横長の建物と高層ビル。そのうちの横長の建物が、目的地の日本魔法協議会である。
入り口の警備員に鷹津がパスを見せる。警備員が敬礼し、正面のゲートを開いた。黒塗りのリムジンが滑るようにしてゲートを潜る。それをしっかりと確認した後、リムジンの後を追従していた3台の車が日本魔法協議会前から姿を消した。
「何も無かったな」
「例年通りですけどね」
主の言葉にそう答えながらも、鷹津はこっそりと腕に装着していたMCの電源を切った。
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「ご足労頂き、誠にありがとうございます」
スーツ姿で一礼する協議員に手で応えた剛は、先導に従って歩き出す。舞と鷹津もその後に続いた。
「他の方々は?」
「白岡様と二階堂様が到着されております」
「『七属星』は」
「黒堂様を除き、六家の方々は既にお席に」
「了解した」
「こちらです」
協議員が自らの社員証を通すことで、電子ロックの外れた扉が開く。
室内はそれほど広いわけではない。無駄な装飾の無い部屋。窓も無い。中央には純白の円卓、そしてその円卓を囲うようにして一回り大きな円卓が設置されている。中央の円卓には『五光』の現当主が、そして外側の円卓には『七属星』の現当主が着席する。『五光』の面々が中央の円卓へ進めるように、外側の円卓は一部分だけ削り取られ三日月のような形をしていた。中央の円卓には席が5つ、外側の円卓には席が7つ用意してある。
剛や舞の入室に、既に到着していた『七属星』の面々が起立し頭を下げる。それに目礼で返した剛は、中央の円卓へと歩を進めた。『五光』には、護衛を1人のみ同行させる権利がある。その慣例に従って入室を許された鷹津は、一言剛や舞に告げた後、自らと同じく入室を許された他家の護衛が控える壁際へと寄った。
「話は聞いているぞ、白岡」
挨拶などは無い。
剛は自らに与えられた席に着きながら、視線を隣で着席している1人の男へ向けた。
白岡巡。
剛と同じく『五光』に名を連ねる白岡家現当主だ。剛よりも一回り年のいった相手に対して向ける言葉遣いではないが、この場ではそれが強制されていた。
日本五大名家『五光』の現当主は、皆平等。
1つの家が力を持つことは、日本全体のパワーバランスが崩れてしまうことに繋がる。言葉遣いや態度によって無意識下でも不平等になることは避けるべき、と敬語どころか敬称すらこの場では使用されることが許されていなかった。もっとも、『五光』と『七属星』の間には明確な上下関係があるため、この慣習は適用されていない。
「はて、何に対して言っているのやら。思い当たる節が有り過ぎて、逆に見当がつかんな。花園の坊主」
一族遺伝である灰色をした髪を撫でながら巡は言う。その後ろに控えるようにして立つ長女・白岡優樹菜は、お淑やかな一礼だけに留まった。
巡のあからさまな挑発に、剛はニヤリと口角を歪める。
「そちらさん、そんなことを言える立場にいるんですの?」
まだ到着していない姫百合家の空席を挟んだ先、妙齢の女性から声が飛んだ。
二階堂華。
こちらも剛と同じく日本五大名家『五光』が一角、二階堂家の現当主だ。その後ろには、二階堂家の次期当主候補1位である二階堂菫が控えている。会話相手である剛には視線を向けず、自らの指先に焦点を合わせたまま華は言う。
「『始まりの魔法使い』の弟子が一、それも事もあろうにガルガンテッラの末裔を自らの陣営に引き込んだという妄言を耳にしているのだけれど」
「自らの陣営、という表現は不適切だ」
剛は答えた。
「手綱が握れていないならより問題ね」
「握っているさ。『黄金色の旋律』がな」
剛のその発言には、会話相手の華だけでなくこの場にいるほぼ全員が凍り付いた。ようやく華の視線が剛へと向く。
「発言の意味、理解していらして?」
「しているさ。もっとも、君と私とでは理解している内容が食い違ってるようだがな」
「本当に食い違っていればいいのだがな」
その部屋唯一の出入り口である扉へと皆の視線が向く。そこに発言者はいた。日本五大名家『五光』が一角、岩舟家現当主である岩舟龍朗。前に垂れた黒髪を指先で弄りながら入室する。『七属星』の一礼には見向きもせずに歩を進め、二階堂と白岡の間にある席に着く。後ろから音も無くついてきていた岩舟家次期当主の岩舟禊は、龍朗の後ろで直立する。岩舟家の第一護衛に選ばれていた藤宮誠は、既に到着していた花園家の第一護衛である鷹津、二階堂家の第一護衛である大曲萌、そして白岡家の第一護衛である白亜と同じように隅へと寄る。
続けて『七属星』の黒堂家現当主が到着した。『五光』の面々とは違い、まず一礼した後に自らの席へと向かう。『七属星』は、次期当主やその候補、護衛の入室は許可されていない。
その様を視界の端に捉えながら、龍朗は冷徹な瞳で剛を見た。
「話が事実なら、日本の最高戦力と謳われる我らの中から、どこの馬の骨とも知れぬグループの配下につく家が出たということになる」
「口を慎めよ、岩舟」
背後に控える愛娘が纏う空気に明確な変化があったことを察した剛は、過激な挑発が含まれる龍朗の言葉に対してむしろ脱力感を覚えてしまう。
「上辺の情報に踊らされて見当違いな発言を繰り返すことは、お前の家の為にならないぞ」
剛からの切り返しに、龍朗は肩を竦めただけだった。
「上辺? 上辺ですって?」
反応したのは華。
「『闇属性の始祖』と呼ばれるガルガンテッラ家の末裔を引き込んだ挙句、あろうことか国際指名手配犯が多く在籍すると言われている『ユグドラシル』の構成員をリナリー・エヴァンスの配下に収めることまで了承した!! この事実がまだ上辺ですって!?」
「……だから言っているんだ。理解している内容が食い違っているとな」
「あらあら。まだ会議は始まってもいないのに、随分と白熱しているようで」
招集されていた名家のうち、最後の当主が到着した。日本五大名家『五光』が一、姫百合家現当主の姫百合美麗だ。自らに一礼する『七属星』の当主たちへ優雅に微笑んだ後、次期当主候補第一位である姫百合可憐を引き連れて席へ向かう。
「国外でもその力を絶賛される貴女へ向けるべき言葉ではないかもしれないが……」
「あら、何かしら」
着席した美麗が、声の主である巡へと向く。
「護衛は連れてくるべきだ。貴女1人ならどうにでもなるかもしれないが、今回は娘もいるだろう。なにより、護衛を連れていることは我々『五光』の権力を誇示する意味合いもある」
「ご忠言痛み入ります」
一言だけ、敢えて敬語を用いて美麗は一礼した。
「実は、お恥ずかしい話ですが調整が間に合わなくて。その方の他に我が家の第一護衛を任せるわけには」
聞き役に徹していた龍朗の眉が僅かに動いた。
そして。
「花園、姫百合……。まさか」
『お待たせして申し訳ない』
龍朗の話をぶった切るようにして、円卓に設置されていた複数の機械から着席するそれぞれの当主に向けて映像が映し出される。
そこにはスーツを身に纏った2人の男性がいた。
片方の男性が言う。
『それでは、「権議会」を執り行います』