分岐=AとB
「次に、先月生徒会に寄せられた目安箱についての議題です」
12月。
いよいよ年末に差し掛かったこの時期。
青藍魔法学園における学園生の自治組織、生徒会役員の面々は、姫百合咲夜を除いたその全てが生徒会館へと集合していた。
会長、御堂紫。
副会長である俺、中条聖夜。
会計、片桐沙耶。
書記、花宮愛。
庶務、鑑華美月、そしてエマ・ホワイト。
会議室に設置されている長机で顔を合わせ、いつの間にか議事進行役に収まっていた片桐が書面を片手に口を開く。
「先々月を大きく上回る数が投函されています。約4倍ですね。問い合わせが53件、意見要望が11件、叱咤激励に関するものが7件、そして苦情が3件。内訳として、その約8割が中条聖夜個人に関するものです」
なんとも言えない空気が会議室に漂った。俺の隣で口を開きかけたエマは、神速が如きスピードで美月から口を塞がれている。ファインプレイだ、美月。ここまで予想通りの展開だと、もはやエマの呪詛すら止める気になれない。
「ちなみに、苦情の内訳は3件全てが中条聖夜に関することです」
ちなみにとかいらねーから。
ティーパックの紅茶を傾けていた紫会長がため息を吐く。
「それは副会長に対して? それとも“青藍の1番手”に対してかしら」
「苦情に関しては両方ですが……」
片桐が書面を何枚か捲りながら続ける。
「問い合わせも含めると、“青藍の1番手”に対する内容がやや多い傾向にあります。『本当に前会長に勝ったのか』や『なぜ第三者を生徒会外の人間から選ばなかったのか』、『中条聖夜が強いと証明できる根拠の提示を求める』といったものですね」
まあ、前会長にして前“青藍の1番手”である御堂縁とエンブレムを賭けて試合をしたのは人目のつかない夜、それも魔法実習ドームだ。試合の立会人も前会計である蔵屋敷鈴音ただ1人。生徒会内での八百長疑惑が立つのは不思議ではない。
「副会長については、比較的好意的な意見も多く見られます。文化祭での活躍が後押しになっているかと」
「……なるほどね」
ティーカップに映った自分の顔を見つめながら、紫会長が呟いた。
文化祭か。
裏で起こった事件の方へ意識が向いてばかりだったが、準備期間や1日目の途中まではそれなりに顔を出すようにはしていたからな。好意的に考えてくれる人がいるのは素直に嬉しい。
「副会長の件について納得してくれている人が多いのは嬉しいことだけど……。やっぱりネックなのは“青藍の1番手”なのね」
ティーカップの縁を指で撫でながら紫会長がしかめっ面をした。俺の隣では不穏なオーラを漂わせ始めたエマがそわそわとしていた。頼むから余計なことは言わないでくれよ。花宮が縮こまりながらぷるぷるしているのはいつものことだ。きっとエマが怖いんだろう。
「もういっそのこと受けちゃえばいいんじゃない?」
過激な発言はエマではなく美月が口にした。
「受けるってのは、文句がある奴はかかってこいって意味か?」
「うん」
俺の質問に美月が頷く。
「聖夜君の強さに納得がいかないのなら、叩き潰しちゃえばいいんだよ。規則では、条件さえ整えることができればエンブレムを賭けた決闘ができるんでしょ?」
「その通りです」
美月から視線を向けられた片桐が首肯した。
「エンブレムを賭けた決闘を成立させる手段は2つあります。1つめは、青藍魔法学園が定める『番号持ち』のうち“青藍の1番手”を含む3名以上の推薦及び、教員2分の1以上の賛成、生徒会役員2分の1以上の賛成、そして全校生徒のうち3分の1以上の立ち会いがあること。そして……」
「もう1つが、この間うちの兄さんが達成した条件ね。生徒会会長と“青藍の1番手”が連名での推薦の下、教員3分の2以上の賛成を得た場合。もっとも、兄さんは鈴音さんを立会人にするっていう別条件を加えることで、先生方の賛成を得たみたいだけど」
片桐の説明に続いた紫会長が人差し指を立てる。
「やるならやっぱり後者、生徒会会長と“青藍の1番手”が連名での推薦の下、教員3分の2以上の賛成を得た場合、って方かしらね。会長は私だし、“青藍の1番手”は中条君だから問題無し。後は先生方の賛成についてだけど、現状は向こうも把握していて結構頭を悩ませているみたいだから、3分の2くらいならすぐに集まると思うわ」
「余裕じゃん。今度は堂々と日時も場所も決めて観覧自由にしちゃえば向こうも言い訳できないんだし、その場でけちょんけちょんにしてやればいいんだよ」
けちょんけちょんて。
美月の鼻息が荒い。そんな様子の美月に苦笑しつつ、紫会長が俺を見る。
「どうする? 中条君。貴方がその気なら、協力しても構わないけど」
「いや、俺は受けないよ」
全員の視線が俺に集中したのが分かった。
「どうして? 聖夜君、完全に侮られてるんだよ? ずっとこのままでいいってこと?」
「そういう意味じゃないさ」
美月の質問に首を振る。
御堂縁。
あの前会長が、俺にわざわざ奪う機会を用意してまで、“青藍の1番手”を継承してくれた理由。受け取ったこのエンブレムの重み。胸ポケットにしまわれたそれを、ポケットの上から撫でる。
「こっちから舞台を整えてやる必要は無いってことだ。売られた喧嘩をいちいち買ってやるほど、“青藍の1番手”の腰は軽くねーよ」
青藍魔法学園、最強の存在。
それが“青藍の1番手”だ。
かつて、前会長がそうであったように。
「難しいとはいえ、片桐が言った条件だって成立させるのは不可能じゃない。納得がいかない奴がいるなら、そいつが舞台を整えるべきだ。その時は正面から叩き潰すさ。それが頂点を任された人間の責務だ」
俺の味方でいてくれる生徒会の面々に告げる。
「“青藍の1番手”って存在は、そんなに安いものじゃないってことだよ」
☆
ポケットに入れていた携帯電話が震えた。
「どこへ行くのですか」
無言で立ち上がった俺を見た片桐が聞いてくる。
「小休止なんだろ? ちょっとトイレに行くだけだ」
「な、なら私も」
「お前は来るな」
慌てて立ち上がりかけたエマを席へ押し戻してから会議室を出た。ポケットから携帯電話を取り出す。メールが一通届いていた。
しかし。
「……宛先人不明?」
宛先人のところには、知らないメールアドレスが表示されている。末尾に表記されている単語を見るに、フリーアドレスだ。
怪しい。そもそも、俺の携帯電話のアドレスを知っている人間なんて限られている。そして、知っている人間は全てこの携帯電話に登録されているはずだ。もっとも、フリーアドレスで送られてきたわけだから、その中の誰かだとしても不自然ではないのだが。
ウイルスを警戒し、念の為に機内モードにして電波を遮断した上でメールを開く。
そこには。
要点のみ簡潔にこう書かれていた。
『鼠の狙いは実験棟の最上階』