第16話 生徒会選挙
☆
『それでは、信任投票に移らせて頂きます。お手持ちの用紙に記入の上、壇上の投票箱に――』
片桐の声が、マイクを通して体育館に響き渡る。副会長は全て出し切ったという清々しい表情で一礼した後、壇上から身を引いた。
俺が学園公認(?)の試合で“青藍の1番手”を手に入れた翌日。
学園は何事も無かったかのように午前中を平常運転で終え、午後の生徒会長選挙へと突入していた。それもそのはずで、昨日の試合は学園生には知らされていないのだ。現会長が“青藍の1番手”から退いたことを知る人間は、現状では昨日魔法実習ドームにいた俺を含む3人と、試合の許可を出した学園の教師陣のみだろう。
俺が魔法実習ドームに行ったことを知っている将人たちには、生徒会の引継ぎだと適当に言って誤魔化してある。エンブレムの継承について、どこまで話していいか分からなかったし、将人なんかに言ってしまった日には、1時間もあれば学園生の半数はその事実を知ってしまうに違いない。
最後まで食い下がってきたエマには、流石にうんざりさせられたが……。
そういえば、エンブレムが変わったってことは、また授与式があるってことなのだろうか。大和さんに唆されたせいで、前回はすっぽかしてしまっている。前回同様、現物は既に手元にあるが、授与式があるなら今回は出ないとまずいだろう。前回の件で色々とお小言を頂戴するかもしれない。やっぱり今回も……、いや、駄目だ。今の俺は“青藍の1番手”と“青藍の2番手”、2つのエンブレムを持っている。“青藍の1番手”になった以上、“青藍の2番手”は学園に返さなければならない。本当なら、朝のホームルームで担任の白石先生に渡すつもりだったのだ。しかし、白石先生は何も知らないような素振りで、不自然なほど自然にホームルームを手早く終えて姿を消してしまった。蔵屋敷先輩が持っていた用紙にはちゃんと白石先生のサインもあったはずだから、知らないはずはないのに。
そんな自分勝手なことを考えながら、目の前の投票箱へ次々と票が投じられていく光景を眺める。記入の終わった学園生から順番に壇上へと上がり、票を投じて元のパイプ椅子へと戻っていく。同じような光景がひたすらにループしていた。
「聖夜」
聞き慣れた声に顔を上げる。
大和さんがちょうど投票箱に用紙を差し込むところだった。ぼんやりしていた思考が急激に引き戻される。咄嗟に頭を下げた。
「あ……、昨日はすみませんでした」
「あん? 何の話だ」
「いえ、その……、気に障る発言をしたと……」
「あー、気にすんな。こっちこそ、勝手に帰っちまって悪かった」
俺の謝罪に対し、大和さんは複雑な表情を浮かべながら頭を掻く。
そこに、横から声が掛かった。
「大和」
その声に、大和さんの表情が露骨に歪む。大和さんが劇的に態度を変える相手など、この学園には1人しかいない。今日で引退となる会長と蔵屋敷先輩は、壇上の隅に置かれたパイプ椅子で静かに着席している。当然、今声を掛けてきたのは会長だ。
「今日で俺は生徒会を引退するんだ」
「だから何だ」
まったく以ってその通りである。
「そんな俺に、一言もくれないのかい?」
おい!?
なんでこの人は自ら火に油を注ぎに行くんだよ!?
生徒会選挙という今日この日に、壇上での大喧嘩はまずい。会長の隣に座る蔵屋敷先輩もそれを理解しているのか、ため息を吐きながら足元に置いていた木刀に手を伸ばしていた。議事進行のため、マイクスタンドの傍に控えていた片桐も頬を引きつらせている。花宮は意味も無くわたわたしていた。壇上に上がる学園生の列を整理していた美月とエマが、何事かとこちらへ振り返る。
そして、演説を終えて一息ついていた副会長が、大量の怒りマークを浮かべて会長へ歩み寄ろうとしたところで。
大和さんは、何も言うことなく踵を返した。
……え?
思わず呆気にとられてしまう。
俺だけじゃない。皆がそうだった。生徒会メンバーやその他学園生はおろか、教師陣まで駆けだそうとした姿勢のままで固まっていた。誰もが大和さんと会長の取っ組み合いになると幻視しておきながら、その光景は実現しなかったのだ。
会場に走る緊張など気にすることなく、壇上を降りていく。
そして。
「まぁ、お前にしては頑張ったんじゃねーの」
そう言って、体育館を後にした。
小さく放たれたその言葉でも、緊張で静まり返っていた体育館には良く響く。誰もが、あの大和さんがあの会長に向けて放った言葉とは思えなかった。だからこそ、皆が信じられないと言った表情で硬直している。
「ちょっと!? なに勝手に抜け出そうとしてるんですか~!? まだ選挙は終わってませんよ~!?」
最初に硬直から抜け出した白石先生が、いつも通りのぽわぽわした口調で大和さんを追いかけていった。
体育館が再び静まり返る。
その中で。
「うん」
会長が、小さく呟いた。
「そうかもね……」
その顔は、なぜか今にも泣き出しそうに見えた。
☆
結局、白石先生では大和さんを捕らえることができなかったようで、追加で3人の教師が体育館から出動していったが、生徒会選挙は通常通り進行していく。投票が終了したので、これから俺、花宮、美月、そしてエマの4人で開票作業に入る。片桐は議事進行、副会長は立候補者なのでパスだ。
開票中に、引退となる会長と蔵屋敷先輩の演説がある。
蔵屋敷先輩の声をBGMに、畳まれた紙を広げては2つある籠へと振り分けていく。これも中々に面倒くさい。単調な作業のわりにミスが許されないから神経を結構使う。隣で黙々と振り分ける美月に倣い、負けじと振り分けていく。エマと花宮は俺と美月が間違っていないかのダブルチェック係だ。
こちらの作業が終盤に差し掛かったあたりで、蔵屋敷先輩の演説が終わった。一礼してから、会長の隣の席へと戻っていく。蔵屋敷先輩が着席したのを確認し、片桐が会長の名を呼んだ。
『続きまして、現生徒会長・御堂縁。お願いします』
会長が立ち上がる。
静まり返った体育館で、会長の足音だけが反響する。
壇上のマイクに向かう瞬間、少しだけ会長と目が合った。俺に向かってウインクなんて飛ばしてくるんじゃねえ。
「聖夜君?」
「あ、あぁ、悪い」
美月にそう答え、止まっていた手を再開させる。
しかし。
『初めに言っておこう』
放たれたその第一声に、俺の手は再び止まった。
なんだろう。
猛烈に嫌な予感がするんだが。
そんな俺を余所に、会長は言う。
『俺は昨日で“青藍の1番手”から降りた。つまり、俺は今日で生徒会長の任期を終えるが、昨日の時点で「番号持ち」からも除外されている。これは教師陣にも既に承認されていることだ」
体育館がざわつき始めた。
『口頭だけとなるが、新たな“青藍の1番手”を紹介しよう』
それでも、会長は淡々と事実を口にする。
『現2年クラス=A在籍、中条聖夜だ』
ざわめきが一気に大きくなった。その反応に、会長が露骨に口角を歪める。
『さて、敢えてこの蔑称を用いて問おうか。今、何人が“出来損ないの魔法使い”という単語を思い浮かべた?』
一瞬にして体育館が静まり返った。
『思い浮かべた者に重ねて問おう。なぜ、俺が“青藍の1番手”を中条聖夜に継承した、という話題を出しただけでその単語を思い浮かべた? まさかとは思うが……』
一拍置いて。
『呪文詠唱できる自分の方が偉いと思ったのか?』
そう口にした。
誰も、何も答えない。
物音1つすることはない。
会長はその沈黙をたっぷりと味わった後、再び口を開く。
『そう気まずそうな顔をするな。その考えを完全に否定する気はないよ。現に、日本の魔法制度はそういった思想を後押しする仕組みになっているんだ。繰り返すが、その考えを完全に否定する気は、俺にはない。但し……』
もう一度、会長はたっぷりと間を溜めてから続ける。
『魔法使いの価値とは、その場その場で変わるということを覚えておいてくれたまえ。君たちの夢は、この青藍魔法学園に入学して、それで終わりというわけではないはずだ。自分が将来何を目指すのか、それによって必要なスキルも変わってくる。時には柔軟な思考というのも大切だよ』
そこまで言い切って、会長は壇上から見える光景をぐるりと見渡した。
なるほど、と頷く者。
悔しそうに俯く者。
顔を赤らめて視線を逸らす者。
無表情で聞く体裁だけは保っている者。
反応は様々のようだった。
しかし、会長は満足そうに笑みを浮かべて1つ頷いた。
そして。
『ただ、1つだけこの場ではっきりさせておくべきことがある』
会長が人差し指を立てる。
そこへ、全学園生の視線が集中する。
一瞬だけ、会長の視線が舞台外にいる俺に向いた。
……。
ちょっと待て。
この流れで何を言うつもりだ。
こういう時の嫌な予感って奴は大概当たる。
思わず手にしていた投票用紙を放り出して立ち上がった。
『中条聖夜は、この場にいる諸君の誰よりも強い』
……。
びっくりするくらいの沈黙が訪れた。
お。
おいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?
無意識のうちに一歩を踏み出して――。
集計中の投票箱の中身を思いっ切りぶちまけた。
「ちょっ!? 聖夜君!?」
「あわわわわっ!?」
「せ、聖夜様、足にお怪我はっ!?」
「うわっ!? すまん!! お、おいエマ!! どさくさに紛れて足にしがみつくのはやめろ!!」
やってしまった!!
仕分けしたものとそうでないもの。それらが足元で無茶苦茶になっている。
もっかいやり直し!?
もっかいやり直しじゃん!!
『……あー、中条君が自らの実力で“青藍の1番手”を手に入れたこと。それは立会人としてその場にいた鈴音も証言してくれるだろう』
俺が引き起こした大惨事に憐みの目を向けながらも、会長が演説を続行する。
『この継承は、決して俺個人が持つ同情の類ではないことを理解して欲しい。俺が自らの持つ権力を私的に流用する人間ではないということを理解してもらえる程度には、皆の期待に応えてきたと自負しているのだが、いかがだろうか』
涙目で散らばった投票用紙をかき集める。
くそう。
俺はなんてことを。
『まあ、それでも納得がいかない者は、正規手続きを経た上で彼に挑戦してみるといい。くれぐれも、どこかの元転校生と元“青藍の2番手”のような私闘は謹んでくれたまえ。俺はちゃーんと教員から許可をもらって魔法実習ドームでやったからね。そうですよね、武藤先生」
名指しされた教員が苦笑しながら頷いている。
『そんなわけだ』
どんなわけだよこの野郎。
この男、俺が“青藍の1番手”になったことを大袈裟にこの場で公表したいがために、教師陣に口止めしていやがったな。だから朝のホームルームが終わるなり白石先生は急ぎ足で逃げるように立ち去ったんだ!!
全部この男のせいじゃねーか!!
『さて……。というわけで、だ。昨日と今日で“青藍の1番手”に生徒会長職と、大層な肩書きを根こそぎ奪われてしまった男の謝辞を聞いてくれるかな?』
会長はわざとらしくおどけたようにそう言う。
その言葉で、俺は体育館の空気が和らいだのを肌で感じ取った。
……本当に、こういう感情の操作がうまい男だな。
『俺が生徒会に就任してから1年、中々に激動の1年だったわけだが。この場を借りて敢えて言おう』
大きく息を吸う音をマイクが拾う。
そして。
『最高であった、と』
会長はそう言った。
一緒になって投票用紙をかき集めてくれていた花宮の手が、一瞬だけ動きを止める。
『無理難題を次から次へと教師陣へ放り投げ、皆でバカ騒ぎをし、汗水垂らして学園中を走り回る日々。生徒会の気心知れた仲間たちに、悪知恵を働かせ合った同志諸君、2年まで燻っていた自分が嘘のように、この1年は輝いていた』
見れば、会長はどこか遠くの風景を見ているような、何かを懐かしむような表情をしていた。しかし、それも僅かな時間だけ。会長はすぐに視線を前へと戻す。
『この場で拝聴してくれた君たちと、我々の無理難題に対して苦笑いを浮かべながらも快く話し合いに応じてくださった教師の皆様、そして……、残念ながらこの場にはいないが……、俺の人生観を根底から覆してくださった前生徒会長へ、心からのお礼を』
もう一度。
会長は大きく息を吸って。
『ありがとうございました』
一歩下がり、深々と一礼した。
体育館に、万雷の拍手が鳴り響いた。
☆
反対0票。
脅威の満場一致で、副会長は見事会長へと当選を果たした。
『新生徒会長、御堂紫です』
副会長……、いや新生徒会長が壇上で一礼する。祝福の拍手が鳴り響いた。
『前生徒会長・御堂縁の働きに恥じぬよう、私も全力を尽くします。まずここで、新しく生まれ変わった生徒会の構成と、新メンバーの紹介をしたいと思います』
以前、会長……、いや前生徒会長は言っていた。この学園の生徒会役員の任免権は、全て会長が握っている。だから、学園生が知らないうちに新しい役員が増えていることも珍しくは無い。クリーンな組織に見せるためにも、役員を増やすならここだ、と。
『私、御堂紫、書記の花宮愛、そして庶務の片桐沙耶と中条聖夜の4人に加えまして、今回新たに2年クラス=Aより、鑑華美月とエマ・ホワイトを役員として任命します。よって、現在の生徒会役員は6名です。続けまして、役職を発表させて頂きます』
副会長はカンペを見ずにスラスラと決定事項を口にしていく。
『副会長を中条聖夜、会計を片桐沙耶、そして書記は現行のまま花宮愛とし、新役員である鑑華美月とエマ・ホワイトを庶務に任命します』
この構成については聞かされていなかった。いや、おそらくこれは誰にも言っていなかったのだろう。現に、議事進行のために舞台外のマイクスタンドで起立している片桐は口をあんぐりと開けているし、近くにいる花宮も目に見えてプルプルしている。パイプ椅子に座っている蔵屋敷先輩も口元に手を当てて驚いているし、前生徒会長だって必死に笑いを堪えている様子だ。
だが、副会長は思いつきでこういったことを口にする人じゃないから、きっと色々と考えた結果――、
「せ、聖夜君」
隣で新生徒会長の演説を聞いていた美月が袖を引っ張ってきた。
「どうした?」
「ど、どうしたって……」
滅茶苦茶どもっている。
なぜ美月が情緒不安定になっているのか分からぬまま、反対側から腕を引かれた。
「おめでとうございます!! 聖夜様!! じゃなかった!! 副会長様!!」
「あ?」
いったい何がおめでとうだと言うのか。おめでとうと言ってやるべきは、新しく生徒会長に就任した副会長の方だ。そう、副会長はもう会長であって副会長ではない。だからここで副会長様なんて言葉が出てくるのは間違いなのだ。それなのになぜ、俺におめでとうとエマは言ってくるのか。なぜ、副会長様と俺が呼ばれないといけないのか。まったくもって意味が分からな……、ん?
副会長様?
気が付けば、副会長様、じゃなかった新生徒会長様が喋るたびに拍手で反応していた学園生達からのリアクションが消えている。体育館は再び沈黙に包まれていた。
あれ?
ちょっと待って。
これっていったい?
思考がまとまる前に、ギャラリーの一部がいきなり騒ぎ始めた。
「すげー!! 大躍進じゃねーか聖夜!!」
「中条君おめでとー!!」
「なっかっじょう!! なっかっじょう!!」
「お前一晩のうちに力で学園最強の座と権力で学園2番目の座を手に入れるとかどんだけだ!!」
「なっかっじょう!! なっかっじょう!!」
「メイド!!」
「なっかっじょう!! なっかっじょう!!」
「リア充くたばれー!!」
「おめでとー!!」
何を隠そう、元2年A組、クラスメイトの面々である。
その騒ぎっぷりでようやく事態を把握した。
「はあああああああああああああああ!? 俺が副会長!?」
なぜ!?
どうして!?
ホワイ!?
『それでは、新副会長となった中条聖夜にも一言頂戴したいと思います』
副会長、いや、し、新生徒会長は副会長を呼んでいる。誰だ副会長は。お、俺だ。え? 本当に俺なの? 嘘だろ!? 冗談じゃない!!
壇上でにこやかに手招きしている新生徒会長に全速力で詰め寄った。
「聞いてない!!」
「言ってない」
ペロッと舌を出される。かわいい。違うそうじゃねーよ!!
「ふざけんなよ絶対やだよなんでこんなことになってんの落ち着けよ落ち着いてもう一度よく考えなお――ぶべっ!?」
いってええええええええええええええええええ!?
ごいんっ、という大きな音が体育館中に鳴り響いていた。頭を押さえながら振り返れば、マイクスタンドを振り抜いた姿勢の片桐がいる。
こいつ!? マイクスタンドでフルスイングかましやがったな!?
「てめえなんてことを――」
「ふくかいちょ、じゃない!! 新生徒会長から副会長に任命されておきながら壇上で拒絶とか何を考えているんですかこのあんぽんたん!!」
「あぁ!? ふざけんな俺は何も聞いちゃいね――」
「新生徒会長の顔に泥を塗る気なのですかこのおバカ!!」
「塗る気はねえよ!?」
「嘘仰い!!」
胸倉を掴まれる。片桐の顔が超至近距離に迫った。
「お、おい!?」
「新生徒会長に恥をかかせるようなことは……、この私が許しません」
「目が血走ってる目が血走ってる!!」
こえーよお前!!
「ならこれから私の言う通りにマイクの前で復唱しなさい!!」
「ぶべっ!?」
新生徒会長が演説で使っていたマイクの目の前に叩きつけられた。
「僕が!!」
『ぼ、僕がぁ!!』
言われた通りに復唱する。
「ただいまご紹介に預かりました!!」
『たらいまご紹介に預かりやした!!』
とりあえず復唱する。
「新副会長の中条聖夜です!!」
『ひん副会長の中条聖夜れす!!』
とにかく復唱する。
「皆様のご期待に沿えるよう!!」
『ひな様のご期待に沿えるよー!!』
痛くても復唱する。
「全力を尽くします!!」
『全ろくを尽くひまふ!!』
意味が分からなくても復唱する。
「よし!! 下がって良し!!」
『よ――、ぐえっ!?』
次の言葉を復唱する前に、マイクが遠ざかった。
いや、離れているのはマイクじゃない。
俺だ。
復唱は? 復唱はもうしなくていいのだろうか。
襟首を掴まれたずるずると壇上から引き剥がされていく。
いったい何が起こっているのか全然分からん。
とりあえず痛いしとりあえず苦しい。そして復唱はどうなったのだろうか。痛みのせいで思考が……。くそ、片桐のやろう。マイクスタンドでフルスイングかました後に顔面をマイクに叩き付けるとか鬼畜の所業だろう。
『えぇっと……。み、皆さま、新たな生徒会をよろしくお願いします』
新生徒会長がその場を取り成すようにして頭を下げる。なぜかギャラリーから聞こえるのは拍手ではなく爆笑の声である。
解せない。
俺はいったい何をしているのだろうか。
☆
『それから最後になりますが……』
ある程度静まったのを見計らって、新生徒会長が改めて口を開く。
ようやく痛みが治まってきた。隣では、片桐がマイクスタンドを壇上でフルスイングした件について教育指導の教師からこっぴどく叱られている。かく言う俺も、壇上で副会長の座を大声で拒絶しようとした件について白石先生からこっぴどく叱られていた。2人仲良く正座である。
俺が悪いの?
ねえ、俺が悪いの?
『この場で、新たな生徒会役員を募りたいと思います。私たちと共に、この学園を――』
新生徒会長はそんなことを言っていた。
新たな生徒会役員、か。
声を掛けたが駄目だったと言っていた。俺も、役員は損な役回りと言って拒絶された。正直、美月やエマが特殊なだけで、俺も他の新役員については諦めていたのだが、どうやら新生徒会長はまだ諦めていなかったらしい。
「聞いているんですか!? 中条君!!」
「はい!! 聞いてます!!」
「まったく中条君は自覚ってやつが足りないのです!! 中条君はもう“青藍の1番手”なんですよ!? この学園の顔と言っても過言ではないんです!! なのにこの体たらくはいったいどういうことですか!! 副会長くらい一発オッケーしてください!!」
「そこはちょっと話が違うんじゃないですかねえ!?」
「くっちごたえですかなっかじょうくぅん!!」
「入ってる!? もう完全に入ってますよね白石先生!?」
舞台外から聞こえてくるこのような会話に、学園生達からクスクスと笑い声が漏れている。ちっくしょう。
その間にも、新生徒会長は懸命に新たな役員の立候補を募っていた。「きっかけはどんな些細なことでも構わない」「少しでも力に」「一緒にこの学園を」と、アピールし続けている。
ただ、あまりに食い下がってしまうと印象を悪くしてしまう。
こっそりと視線を新生徒会長に向ける。
そのさらに向こう側。
元生徒会長もそう考えたのか、パイプ椅子から腰を上げかけたところで――。
「は、はいっ! や、やってみたいです!!」
1つの声が上がった。
その声は、緊張のためか凄く震えたものだった。
体育館が再び沈黙に包まれる(お説教をする1名の教師を除く)。
パイプ椅子から誰かが立ち上がる音が響いた。
立候補した学園生が起立したのだろう。
その声は、ひどく馴染み深い声だった。
思わず、身を乗り出して声の主を確かめる。
白石先生のお説教を無視してでも確認したかった。
まさか、と思ったからだ。
しかし、俺の予想は当たっていた。
副会長の懸命な呼びかけに答えたのは。
震える声で自ら生徒会役員へと名乗りを上げたのは。
俺の良く知っている人物。
――――姫百合咲夜だった。
「聞いているんですか!! 中条君!!」
「聞いてますって!!」
台無しだよこんちくしょう!!
今回は2話同時更新です。




