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テレポーター  作者: SoLa
第5章 生徒会選挙編
201/432

第15話 権利

 めりーくりすます。




 蔵屋敷先輩が駆け寄ってくる。

 会長に治癒魔法を発現しようとしたようだが、会長は手でそれを制した。


「いいよ、鈴音。治療は後でいい。すまないが、ここからは男同士腹を割って話したいんだ。先に帰ってもらえるかな」


「縁、私は」


「鈴音。君がいると、中条君が委縮してしまうよ。何でも質問を受け付けると言った手前、君がいるのはフェアじゃない」


 会長からの明確なる拒絶に、蔵屋敷先輩が端正な顔を歪める。こちらを一睨みしてから、重苦しいため息を吐いた。


「……好きになさい」


「うん。どうもありがとう」


 冷淡な視線に皮肉交じりの言葉にも、会長は爽やかな笑みで返している。こいつの心臓には毛がもっさり生えているとしか思えない。


「中条さん、“青藍の一番手(ファースト)”昇格おめでとうございます。今回の試合結果は、私が責任を以って報告致しますので。それでは、お先に失礼させて頂きますわ」


「あ、はい。お疲れ様でした」


 最後に思いっ切り会長を睨みつけた後、蔵屋敷先輩はさっさと魔法実習ドームから出て行ってしまう。蔵屋敷先輩からも色々と話を聞けると思ったのだが、残念なような安心したような微妙な気分だ。


「さて……、と。中条君、座って話しても構わないかな」


「え? ええ、もちろん」


 俺が首肯するなり、会長は倒れこむような勢いで尻もちをついた。


「ははは、いやぁ、君がここまで強いとは思っていなかったよ。まさか本当に俺からエンブレムを盗るとはね」


「……それはこっちの台詞ですよ」


 会長と対面するように腰を下ろしながら答える。

 前々から学生離れしている人だとは思っていたが、この人は本当に学生離れしていた。もはや自分でも何を考えているのかよく分からない。


「『属性変更(カラーチェンジ)』のスピードも、アギルメスタ杯の映像である程度は分かったつもりでいたんだが……、実際に相対すると勝手が違うものだね」


 やれやれ、と会長が肩を竦めるジェスチャーをした。


「俺はてっきり強引な力技で押してくるものだとばかり思っていたからさ」


「『属性変更(カラーチェンジ)』は確認のためでしたから」


「確認?」


 眉を吊り上げる会長へ答える。


「会長の無系統魔法のことですよ。対象の指定とは漠然としたものでいいのか、それとも詳細に指定する必要があるのか」


「あぁ、なるほどね」


「最後のやり取りで、会長の無系統魔法は何度か不発に終わっていたように思えます。従って後者、少なくとも『属性の指定が必要』ということは理解しました」


 魔法ではない“不可視の弾丸インビジブル・バレット”は、『無属性の魔力』として処理したのだろう。そうなると、無系統魔法をどう処理するのかが気になるところだが。


「ふむふむ。それじゃあ、俺への質問は俺の持つ無系統魔法についてにするかい?」


「いえ」


 首を横に振る。


「会長には、別の質問をしたいと思っています」


「そうか。俺もそれが良いと思うよ」


 会長は笑顔で頷きながら、こう続ける。


「それじゃあ、まずは俺の方から話そうかな。俺から君に話があると言ってここへ呼んだわけだしね。君に質問する権利をあげたのはその後だ。だから、まずは俺が一通り話した後で、最後に君が俺に質問すると言い」


「はぁ」


「あぁ、それと最初に忠告しておこうかな」


 会長は喋りながら人差し指を立てた。


俺がこれから君に(、、、、、、、、)話す内容だけど(、、、、、、、)その全てが(、、、、、)真実だとは限らない(、、、、、、、、、)俺が話している(、、、、、、、)最中でも通常の質問は(、、、、、、、、、、)受け付けるけど(、、、、、、、)本当のことを言う(、、、、、、、、)かは分からない(、、、、、、、)そこは君が(、、、、、)判断してくれ(、、、、、、)嘘偽りの無い答えが(、、、、、、、、、)欲しいなら(、、、、、)、『権利を行使する(、、、、、、、)と述べた上で(、、、、、、)質問してくれたまえ(、、、、、、、、、)


 ……。

 こいつ、最初から嘘話する気満々だったのかよ。1つの質問に嘘偽りなく答えると言ってしまったがための忠告だろう。人を食ったかのような笑みを浮かべながら忠告してくる反面、ちゃんと忠告をしてくるその律義さに、思わず脱力してしまう。


「……分かりました」


「ん、それじゃあ話そうか。俺が君をここに呼んだもう1つの理由。君に紫を頼む、と言った件についてだね」


 俺からしてみれば、ようやく本題といったところだ。早朝、生徒会館前で会長が口にしたその言葉が気になったからこそ、こんな場所までホイホイとやってきたのだから。


「俺たちはね、『ユグドラシル』から追われる身なんだよ」


「……は?」


 思考が麻痺しかけた。

 関わりがあるとは思っていたが、向こうからこうも単調直入にその単語を出してくるとは思っていなかったからだ。

 会長は俺の反応を意図的に無視して続ける。


「立場で言うと、現在君が匿っている鏡花水月(キョウカスイゲツ)に近いかな。組織の方向性と俺の考えが一致しなくてね。離反した」


「……離反した、って」


 なんでそんなケロッとした口調でそんなこと言えるんだよ。


「鈴音が浅草道場の人間だってことは知っているよね?」


「まあ、風の噂程度ですけど」


 正確には、浅草流の使い手だということを知っているだけだが。


「浅草道場は、魔法社会ではそれなりの地位がある。だから、鈴音は姫百合家とも繋がりがあってね。離反した後の学園生活は、浅草道場と姫百合家に支えられていると言っても過言ではない」


「その蔵屋敷先輩とはどこで知り合ったんですか?」


「それが権利を行使した上での質問なら、答えよう」


 ……つまり、権利を行使しなければはぐらかすということだ。下手な嘘を吐かずにそう切り返してくる辺り、ここには会長の地雷が埋まっているのかもしれない。……権利を行使、ねぇ。

 俺が現段階では権利を行使しないと判断したのか、会長が再び言葉を続けるべく口を開く。


「だから、内心では結構焦ったんだよね、文化祭の時は。まさか青藍の学園内に乗り込んでくるとは思わなかったからさ。標的は違ったみたいだけど」


 あの時の標的はずばり俺だ。


「俺が追っ手だとは思わなかったんですか? 転校生っていう異分子だったと思うんですけど」


「前情報なく、いきなり来ていたらひと悶着起こしていた可能性はある。現に他校には一攫千金(イッカクセンキン)合縁奇縁(アイエンキエン)が紛れ込んでいたわけだし」


「前情報?」


「君が転校してくる前日に、姫百合美麗(ひめゆりみれい)から連絡を貰っていた。『転校生は白』ってね」


 ……ここであの人が出てくるのか。

 俺が日本に帰国した理由は、姫百合可憐と咲夜の護衛を頼まれたからだ。美麗さんが俺の情報を持っているのは当然のこと。そういった情報を流す程度には、会長と美麗さんの繋がりは強いのか。情報漏えいと思わなくもないが、これまでの会長の話が本当ならば、転校してきた事情を知らない会長が、いきなり襲い掛かってくる展開もあり得たわけだ。なにせ俺は普通の転校生では無かった。怪しいか怪しくないかで聞かれたら、とびきり怪しい奴である。


「転校前日、君が学園に来た時のことは今でも覚えているよ」


「は? 会いましたっけ?」


「いんや? こっそり覗き見ていただけだけど」


 ……。

 あの時感じた視線はお前だったのかよ。


「それで、結局俺は疑いを持ったわけだ。普通の転校生が黒か白かなんて言ってくるだけでも疑問だったのに、その転校生が普通の学生とは思えない身のこなしだったからね。君、普段の挙動にも気を配った方が良いよ。分かる奴が見ればはっきり分かるほど、隙が無いからね」


 ……そうっすか。


「まあ、精神攻撃に対しては隙だらけみたいだけど」


「ほっとけ!!」







 魔法実習ドームの外にある自動販売機でそれぞれジュースを買い、再びドーム内に戻ってきた。プルタブを空けながら先を促す。


「姫百合美麗が俺を欺く理由は無い。ただ、無条件で信じるほど幼稚な思考回路をしているつもりもない。俺は、君の身辺調査を始めた」


 ……身辺調査とか。


「だが、一向に成果が上がらない。浅草道場のコネをフル活用しても君の情報が出てこない。これには中々に焦らされたよ。まさか本当に『ユグドラシル』の人間かとも思った」


 スポーツ飲料の入った缶をちびちびと傾けながら、会長は言う。


「なら、なんで俺が違うと思ったんですか?」


「君が『黄金色の旋律』に所属している可能性があったからだ」


 ……。


「それは今回のアギルメスタ杯で気付いた、というわけではなく?」


「逆だね。むしろ君が『黄金色の旋律』に所属しているという疑惑が無ければ、『中条聖夜(イコール)T・メイカー』という図式にはとてもじゃないけど辿り着けないよ」


 会長は軽い調子で否定した。


「君がリナリー・エヴァンスと繋がっているという疑惑は初期からあったんだよ? 言ったじゃないか、身辺調査を開始したって。転校当初、毎日のように君へ郵便物が届いていただろう?」


 ……郵便物? 毎日? そんなもの……、あ。

 俺の表情で思い至ったことを悟ったのだろう。会長が苦笑した。


「『リナリー・エヴァンス』の名が入った茶封筒が、連日君のレターケースに投函されているんだ。むしろこちらが驚いたよ。隠す気がさらさらないんだからね」


 お、おう。


「ただ、もちろん同姓同名という可能性もある。万が一、『ユグドラシル』と関係していた場合に備えて痕跡を残すことができないから、迂闊に中身を調べることもできない。あからさま過ぎて罠とも思った。俺が茶封筒に書かれていた『リナリー・エヴァンス』が“旋律(メロディア)”本人であることに確信を抱いたのはね、その茶封筒を投函しているのが姫百合美麗本人だったからだ」


 ……師匠の息がかかった人間がやっているのだろう、とは当たりをつけていたが。まさか美麗さんがやっていたなんて。そんなこと律儀にこなさなくても良かっただろうに。

 なんでだろう。ちょっと泣きそう。


「まあ、君が姫百合家と何らかの契約を結んでいたのだとすれば、守秘義務も発生して然るべきだからね。リナリー・エヴァンスと姫百合美麗が、間接的に俺へ伝えようとしてくれたのだろうと勝手に解釈させてもらった」


 そうだよね。きっとそうに違いない。

 美麗さんなら楽しそうに投函していそうだなんて考えちゃいけない。


「で、これは本題とは関係ない、単なる俺の好奇心なんだけど。毎日届いていたあの茶封筒、中身はいったい何だったんだい?」


 まさか500円玉1枚が入っていたとは言えない空気である。

 俺は笑って誤魔化した。


「ああ、これだけは断言しておかないとまずいかな。中条君。俺はね、君がリナリー・エヴァンスと繋がりがあって、かつ『黄金色の旋律』の構成員であることについて、姫百合美麗から何ら説明は受けていないよ。実際に会って質問したこともあったけど、彼女はこの件については何も口にしなかった。そこは信じて欲しい」


 分かりました、と答える前に会長が付け足した。


「もっとも、メリーはさらっと君がリナリー・エヴァンスと繋がっていることは肯定してたけどね」


 あんのクソシスターがあああああああああああああああああああ!!!!


「さらに付け足すなら、君が『黄金色の旋律』の構成員だと確信を得たのは、君が今回肯定したからだ」


 あっ、そうっすか……。なんとなくシスター・メリッサに怒りを向けにくくなった。


「俺が君を『ユグドラシル』側の人間じゃないと判断した理由については、こんなところで構わないかな?」


「……そうですね」


 実際に違うわけだし、会長が俺を白だと判断した理由については聞かない方が良かったかもしれない。なんだか力が抜けてしまった。


「と、言うわけで。少々横道に逸れてしまったけれど、君に紫を任せたいと言ったのはそういうことだよ。俺たちは『ユグドラシル』から追われている身なのでね。1人でも戦力が多いに越したことは無いし、俺は明日で生徒会は卒業だ。生徒会の活動中に狙われる可能性だってゼロじゃない」


「会長、1つ確認したいんですが」


「なんだい?」


「副会長も『ユグドラシル』の元メンバーなんですか?」


 会長は僅かに目を細めた。


「……いや、紫は違うよ」


 少しだけ間を空けた後、会長はそう答える。


「そうですか」


「うん」


 僅かな感情の揺らぎはもはや微塵も感じられない。


 あくまで俺個人の感想だが、副会長はそういった行為に手を染める人間には見えない。“出来損ないの魔法使い”として不貞腐れていた俺を、打算無しで助けてくれるような人間だ。そういった人間とは正反対の善良の塊のような人だし、そうであって欲しいと考えてしまっている俺もいる。


 会長にしては分かりやすい感情の揺らぎは、果たして素か演技か。こちらの質問する権利を見当違いの場面で行使させようとしている可能性だってある。


「さて」


 思考の海に沈みかけていたところで、会長が手を叩いた。


「沙耶ちゃんでもなく、愛ちゃんでもない。敢えて君に紫を頼みたいと言った俺の意図はきちんと伝わっただろうか。現状、生徒会役員の中で一番強いのは……、いや、この(、、)青藍魔法学園で(、、、、、、、)一番強い学生は(、、、、、、、)君だからね(、、、、、)


 口角を歪め、殊更に後半部分を強調しながら会長は言う。

 俺は頭を掻きながら答えた。


「……善処しますよ」


「おや?」


 俺の回答に会長が眉を吊り上げる。


「まだ俺に対して質問を行使していないんだけど。不明瞭な点が多いこの段階で、そんな安請け合いをしてしまっていいのかな?」


「何を言い出すかと思えば……」


 そんな質問は今更だ。


「俺がこの青藍魔法学園で不自由なく学園生活が送れているのは、副会長のおかげです。“出来損ないの魔法使い”として行き場を失いかけていた俺を助けてくれたのは、副会長なんです。それこそ、会長からこんな形で依頼されなくたって、目の前で副会長が襲われそうになったら助けますよ。全力でね」


 当たり前のことを当たり前のように言っただけなのに、なぜか会長は目を丸くして硬直した。

 束の間の沈黙。


 そして。


「ぷっ」


 会長が吹き出した。


「あははははは! あははははははは!!」


 おかしいことを言ったつもりはないのだが。

 会長がここまで声を上げて笑うのも珍しい。


「ははは!! ははははは!! いや……、申し訳ない」


 とりあえず落ち着くまで待っていると、目じりに滲んだ涙を指で拭いながら会長が謝罪してきた。


「うん。そうかそうか。いや、嬉しいことを言ってくれる。紫は良い友人を持ったようだ」


 友人とは言うまでも無く俺と副会長のことを指すのだろう。その友人の兄からそうやって言われると、何だかとても気恥ずかしいんですけど。

 最後に咳ばらいをしてから、会長が居住まいを正した。


「失礼した。すまないがよろしく頼むよ。もちろん、頼むとは言ったが中条君に任せっきりにするつもりは毛頭無い。紫も狙われる可能性がある、という認識は持っていて欲しいということだ」


「分かりました」


「ん。君には迷惑を掛ける」


 会長らしくない殊勝な言葉が出た。俺がそう感じたことを悟ったわけではないだろうが、会長が笑みを浮かべる。


「俺が君を呼び出してしたかったことは全て終わった。エンブレムは無事に継承できたし、紫の件も君に納得してもらえた」


 足元の空き缶を手にしながら、会長がゆっくりと立ち上がる。

 そして。


「さあ、この俺に何が聞きたいのかな。君の質問に対して、俺は嘘偽りなく答えよう」

 次回の更新予定日は、1月1日(金)です。次回は2話連続で更新します。それで第5章『生徒会選挙編』はおしまいです。

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