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テレポーター  作者: SoLa
第5章 生徒会選挙編
194/432

第8話 例外




 生徒会の仕事から解放された頃には、既に日は沈んでいた。会長との待ち合わせの時間までは、あと1時間も無い。手早く夕飯を済ませてしまおうと、1人で寮棟の食堂へと向かう。


「お?」


 食堂の入り口で見知った顔を見つけた。


「聖夜じゃねーか」


 豪徳寺(ごうとくじ)大和(やまと)

 青藍魔法学園、現“4番手(フォース)”の先輩である。


「どうも」


「なんだ、今から夕飯か? 随分と遅いな」


 食堂の壁掛け時計で時間を見ながら大和さんは言う。


「ええ、ちょっと生徒会の用事で」


「あー、そうか。明日は選挙だもんな。これでようやく会長も変わるってわけだ」


 口角を歪めながらそんなことを仰った。本当に嫌いなんだな、会長のことが。俺もあまり好きじゃないけど。


 ……。

 ふと、頭を過ぎることがあった。


「大和さん、ちょっと時間あります?」


「ん? 別に構わねーぜ」


 親指で背にしている食堂を指しながらそう答えてくれる。食べながらで良いってことか。時間も無いし、ありがたい。







 食堂利用者の数はそんなにいなかった。時間が時間だし、そんなものかもしれない。


「時間を取らせてすみません」


 トレーに乗った夕飯をテーブルに置きつつ謝罪する。


「別に。どうせ暇だったし気にすんな。で、何の用だ」


 紙コップに入ったコーヒーを傾けながら、向かいの席に座った大和さんは言った。

 この話題を目の前の先輩に言うのはちょっと躊躇われる。

 だからこそ、単刀直入にいくことにした。


「会長のことです」


 紙コップを傾けていたその手が止まる。大和さんの表情は露骨にしかめられていた。


「あのクソ野郎がなんだって?」


 滅茶苦茶ドスが効いている。

 既に話題の振り方を失敗したことが確信できるんだが。


「あー……」


 どうしようか悩んでみるが、結局そのまま聞くしかないという結論に辿り着く。


「いえ、大和さんから見た会長について聞いておきたいな、と」


 大和さんと会長の仲は致命的なほどに悪い。しかし、会長は大和さんのことを嫌っているようには見えなかった。それが当たっているのだとするのならば、大和さんが一方的に会長を毛嫌いしていることになる。いったい何が気に食わないのか。それとも、大和さんをそこまで苛立たせる何かが過去にあったのか。それが気になったのだ。


 沈黙が訪れる。

 大和さんは何も語らない。手にした紙コップを傾け、ちびちびとコーヒーを口に運んでいる。

 とても気まずい沈黙だった。目の前に湯気を立てる夕飯があるにも拘わらず、箸すら持てないほどの気まずさである。


 紙コップの中身が空になったところで、ようやく大和さんが口を開いた。


「……何を聞いた」


「え?」


「あのクソ野郎から何を聞いた」


 ……。

 この反応は想像してなかった。

 ただ嫌悪するだけ、という反応ではない。目の前に座る先輩からは、下手な嘘は許さないという気迫を感じる。

 だが。


「何も聞いてませんよ」


 むしろ、今から聞きに行くのだ。


「聖夜」


「本当です」


 しばしの間、睨み合う形となる。

 折れたのは大和さんだった。


「はーっ!!」


 苛立ちを混ぜ込んだ声色で、わざとらしく息を吐き出す。片腕をテーブルに投げ出し、紙コップを握っていた手で顔を覆い隠して俯いた。長髪によってその表情が完全に隠れることとなる。


「……聖夜」


「はい」


「今から俺、すげー青臭ぇこと言うぞ」


「は、はぁ」


 なんだこの流れは。この男はいったい何を言おうとしているんだ。


「……俺は、な」


 さらにたっぷりと間を溜めた上で。


 大和さんはこう続けた。


「あの男を友達(ダチ)だと思ってた。けどな。あの男にとって、俺はそうじゃなかった。……あぁ、分かってる。だっせぇ感傷だ、……クソ野郎」


 それ以上は語らず。

 大和さんは、空になった紙コップを握り潰してから食堂を後にした。

 その隠された表情は、最後まで分からなかった。


 ……友達だと思っていた?

 大和さんが、会長を?







「あーっ!! ここにいた聖夜君!!」


 大和さんと入れ替わるようにして美月が現れた。


「ん? 探してたのか?」


「探してたのか、じゃないよー。一緒に夕食を食べようと思ってたのに!!」


 そうか。

 会長との約束があるから早めに飯を食べようと急いだのがまずかったらしい。


「すまん」


 そりゃ申し訳ないことをした。


「せ、聖夜様!! ご無事でしたか!!」


 美月に遅れてエマが駆けてくる。そして箸を持ったままの俺の身体をべたべたと触り始めた。


「……何の真似だ」


 ひとまず箸を置いてから聞いてみる。


「お、お加減は……、身体のお加減はようございますか!? あいたっ!?」


 軽めの拳骨をお見舞いした。


「どさくさに紛れてボディタッチとかどれだけ変態だお前は」


「だから言ったじゃん。最初から食堂に行けばいいって。男子寮まで突撃する必要無かったんだもがもがっ!?」


「ちょ、美月!! しーっ!!」


 不満を垂れ流す美月を慌ててエマが制止した。

 ……男子寮に突撃?


「おい、エマ。お前、俺の部屋まで行ったのか?」


 俺の質問を聞き、美月の口を物理的に塞いでいたエマが肩を強張らせる。

 ……。


「おい、エマ」


「え、えぇっとですね」


 エマの視線が縦横無尽に駆け巡っていた。

 怪しい。


「ぷっはぁっ!!」


 動揺したエマの一瞬の隙を突いた美月が、エマの拘束から逃れる。


「聞いてよ聖夜君!! エマちゃんったら部屋の前で聖夜君がいないことを確認してからピッキングを」


「美月!! それ以上は言っちゃダメ!!」


「そこまで聞ければ十分だよ!!」


 なんてことしようとしてくれてんだお前!!

 美月を取り押さえようとしていたエマを俺が取り押さえる。


「あんっ」


「色っぽい声を出すんじゃねー!!」


「も、申し訳ありません!! で、ですが聞いてください聖夜様!! ピッキングなんてできなかったんです!! ここは学生証を用いたカードキー式なんですから!! 私としたことがうっかりしておりました!!」


「未遂の時点でアウトなんだよ!!」


「そうだよ!! エマちゃん針金まで準備してたんだから!!」


「美月ぃぃぃぃ!!」


「悪いのは美月じゃねーよお前だ!!」


「なにしてんの? お前ら」


 三つ巴でごちゃごちゃやっていたら、横からそんな声が聞こえた。見れば将人、修平、とおるが遠巻きに呆れた視線を寄越している。いや、呆れた表情をしているのは修平ととおるであって、将人は一味違った。


「聖夜てめぇなに食堂で乳繰り合ってんだこの野郎この俺がこの学園の全男子生徒に代わって成敗して」


「はいはい、将人はちょっと黙ろうね」


「はうっ!?」


 とおるに脇腹を突かれた将人が気持ち悪い声を上げて蹲った。


「何しに来たんだ? お前らもこれから夕飯か?」


「とっくに食べたさ。ただ、小腹が空いたから寄っただけだ。こんな面白い見世物をしているとは思わなかったが」


「見世物じゃねーよ」


 修平にそう返しながらどさくさに紛れて俺にひっついていたエマを引き剥がす。その様子を見ていたとおるが呟いた。


「……いつの間にそんな転校生と仲良くなっていたんだい?」


 いつの間に、って言われてもな。


「転校初日に決まってるでしょう?」


 エマが立派な胸を張りながら言う。別に決まってはいない。


「もういいから飯注文してこいよ」


 うっかり失言とかされたら堪らない。


「せっかくだし、一緒にいいか」


 エマと美月が食券を買い求めに行くのをしり目に、修平がテーブルを指して言う。


「最近、ゆっくり話せてないしな」


「ああ、構わないよ」


 時間を確認しながらそう答えた。

 あと少しなら大丈夫だろう。







「会長に会うだって? これからか?」


 食堂のテーブルを俺、エマ、美月、将人、修平、そしてとおるで囲む。そこで口にした俺の言葉に、驚いた表情で将人が聞き返してきた。


「それも魔法実習ドームでか」


 修平も怪訝な表情のまま腕を組んで言う。


「あぁ。もう届け出も受理されているらしい。寮棟の玄関は堂々と通っていいんだってさ。はは、流石は会長だよなー」


 俺ではこんな要求は通らないだろう。


「笑い事なのかなぁ? 待ち合わせ場所は実習ドームなんでしょ?」


「私もお供させてください」


 とおるに続くようにして口を開くエマを制止する。


「いや、俺1人で行く。そんな顔をしても駄目だ。別に危険なんてありはしないさ。美月、悪いがエマが変なことをしないように見張っててくれ」


「う、うぅ~ん」


 美月まで難しい顔をしていた。


「なんだよ、美月。お前もまさか俺1人で行くことに反対って言うんじゃないだろうな」


「あれじゃね? 会長直々に『次期会長は君だ』とか言われるパターンじゃね?」


 美月が何か言うよりも先に、将人が口を挟んできた。


「んなわけあるか」


「じゃあ何なんだよ」


「さあ」


「さあ、かよ」


 将人はがっくりと肩を落とす仕草をする。


「そうか。そうだよな。明日は会長選挙だ。会長が変わるんだよな」


 修平はポテトをつまみながらそんなことを言った。


「残念だよね。あ、別に御堂紫さんが悪いってわけじゃないからね?」


「ああ、分かってる」


 後半の言葉を慌てて口にしたとおるへ答える。残念……、か。やっぱりこの学園の生徒としては、あの会長がその籍から退くことは残念なことなのか。


「お前たちから見て、あの人はやっぱり良い会長だったか?」


「そりゃもちろん」


 即答したのは将人だった。


「生徒会に入っているんだ。大体のことは聞いているんだろう? あの人の武勇伝はさ」


 修平の言葉に頷く。屋上の憩いの場やら談話スペースの設置やらだな。他にも文化祭の最終下校時刻引き延ばしや各クラス各部活の予算増額と、あの人の武勇伝は本当に後を尽きない。


「好き勝手やっているように見えて、あの人の行動は全て俺たちのためだった」


 修平は言う。


「この人にならついていける、って思ったもんね」


 とおるが続き、


「まさにカリスマってやつだよな」


 将人がそう断言した。


 まさにべた褒めである。


「あぁ、そういえば……」


 そこで、ふと思い出したかのようにとおるは言った。


「1つだけあったよね。会長の我が儘」 


「あ? そんなのあったか?」


 とおるの言葉に将人が首を傾げる。


「あったじゃないか。ほら、泉の名前」


「あー、そういえばそんなこともあったな」


 将人ではなく、答えたのは修平だった。将人はまだ頭を捻っている。ただ、分からないのはこちらも同じだ。


「何の話だ。泉の名前?」


「そう。『約束の泉』だよ。聖夜も知ってるよね」


「あ、ああ。あれか」


 何を隠そう大和さんと盛大にやらかした場所である。


「実はあの泉ね、名前を全学園生から募集して投票で決めようって運動があったんだ。もっとあの場所を活性化させようって。せっかくのスポットなのに、立地が悪いでしょ? 旧校舎に行くことなんて普通じゃなかったし、あの場所は誰も近づこうとはしなかったからね」


 まあ、山の中だからな。


「前生徒会長の呼びかけだったな」


「そうそう」


 修平からの捕捉に頷きつつ、とおるが続ける。


「けど、その運動の最中だったんだけど、前生徒会長が転校しちゃってね。家の事情らしかったんだけど」


 なんともまぁ、タイミングの悪いことで。


「それで、そのまま生徒会が主導で続けるかと思っていたんだけど、一度取りやめになったんだよ」


「あー!! あったなー!! そんなこと!!」


 ここでようやく将人も思い出したらしい。


「発案者がいなくなっても続けられたはずなんだがな。あの打ち切り方は不自然だった。当時副会長だった蔵屋敷さんが、校内放送で謝罪していたのが印象的だったな」


 修平はどこか遠い目をしながらそう言った。


「そのまま泉の名前は白紙のままだったんだけど、御堂会長が会長に就任した時に、さらっと決めちゃったんだよ。『約束の泉』って」


「へー」


 あの人らしいというか、らしくないというか。


「今、考えてみれば……」


 修平が呟くようにしてとおるの後に続く。


「あの人の行動には……、全てに意味があった。奇行に走ることがあっても、結局は何かしらの形で俺たち学園生の元へと還元されていた。だから誰も文句を言う奴はいない。だけど……、あれだけはよく分からなかったな」







 そろそろ約束の時間が近いと断りを入れ、解散となった。修平たちに別れを告げ、俺、エマ、そして美月の3人になる。トレーを返却口に返してから食堂を出たところで、美月に呼び止められた。


「私たち、どうしても行っちゃ駄目かな」


「駄目だ」


 即答する。

 何を話すつもりかは知らないが、おそらく会長は俺1人じゃないと切り出してくれないだろう。向こうは蔵屋敷先輩同伴で来る気がしてならないが、そこは仕方が無い。この機会を逃せば、もう聞けないかもしれないのだ。会長が心変わりする前に、聞けることは聞き出しておきたい。

 なにより、会長は『鏡花水月(キョウカスイゲツ)』としての美月に興味を抱いていた。無いとは思うが、必要の無いリスクを背負いたくはない。


「聖夜君、ちょっと……」


 美月に袖を引かれ、談話スペースの一角へ連れていかれる。待ち合わせ時間まで、あまり時間は無い。魔法服に着替えていく余裕はないな。今着ている生徒会御用達の制服にも、若干性能は劣るものの魔法服と同じ魔法回路が組み込まれているから問題は無い……か。

 時間が時間だからか、タイミングが良かっただけなのか、談話スペースには人気が無かった。美月は繰り返し人がいないことを確認してからようやく口を開く。


「これは私が組織内にいた時に聞いた話。けど、何の確証も無い話」


「勿体ぶるなぁ。何なんだ?」




「御堂縁が、『ユグドラシル』の元メンバーで裏切者だって」




 ……。


「何だと?」


 意図せずして、美月へ聞き返した声色は低いものとなった。


「あ、えっと、証拠なんて何もないよ」


 俺の心情を察してか、美月はぱたぱたと手を振りながら言う。


「あの人、学生とは思えないくらい魔法も凄いから、学園内の脅威として組織が認識していて、いざという時に私が躊躇いなく潰せるように、一気呵成が情報操作していた可能性もある。実際にこの話をしてきたのも一気呵成だったし」


 学園内での組織の行動に不都合が生じた際、裏切者というレッテルを利用して殺してしまおうってことか?


「なんでそれをもっと早く言わないの!!」


 激高したのはエマだ。


「それを早くから知っていれば生徒会館で会った瞬間に八つ裂きに」


「エマちゃんなら絶対にそう来ると思ったから言いにくかったんだよ!!」


 美月が怒鳴り返した。


「だが、美月。もう少し早く教えて欲しかったのは間違いないな」


「ご、ごめん」


「ほら見なさい」


「エマ、お前はちょっと黙れ」


 大きな胸をこれでもかとばかりに張ったエマが、そのままの態勢で口を尖らせる。


「い、言うタイミングというか、どう切り出せばいいか分からなかったというか」


「姫百合の屋敷であれだけ話したのに、か?」


 剛さんや美麗さんだって、これは有力な情報として捉えただろう。


「えっと……、ちょっと自分勝手なことを言っていい?」


「……ああ」


 少し間を置いて、美月は再び口を開く。


「私、『ユグドラシル』を抜けたでしょ?」


「ああ」


「私、『ユグドラシル』の裏切者でしょ?」


「まあ、向こうはそう思っているだろうな」


「一緒だから」


「は?」


「……御堂縁が、本当に『ユグドラシル』の裏切者だったとしたら。私と一緒でしょ? 立場的には」


 ……そういう意味か。


「そうなるな」


「だから、躊躇っちゃったというか。聖夜君は懇意にしているのかもしれないけど、私はまだあの人たちのことを信じたわけじゃない。御堂縁が組織をどんな気持ちで裏切ったのかは知らない。本当に裏切ったのかも分からない。そもそも関係なんてないかもしれない。けど、仮にあの人が今を束の間の幸せとして楽しんでいるのなら……、その可能性が少しでもあるのなら……。できれば……、邪魔したくないかなって」


 ……。

 なるほど。

 そう考えたのか。

 美月のその気持ちを責める気にはなれなかった。己も同じような立場にいるからこそ生まれた同情、か。


「まあ、済んだことは仕方が無いとして、だ」


 ここで美月を責めたところで事態は好転しない。それに、これは積極的に美月から情報を聞き出そうとしてこなかった俺のミスでもある。


「美月が言っている内容が事実だとすると……、ちょっと杜撰な情報操作じゃないか?」


 脅威として排除する可能性があったとはいえ、もう少しうまい言い回しがあると思う。


「私もそう思うよ。だからこそ……、信憑性が高まるとも言えるよね」


 会長が元メンバーだということが、か。


「一攫千金も過剰に意識していたところがあるんだよ。今にしてみれば、って話になるんだけど」


 なるほど。

 確かに会長は、一攫千金や合縁奇縁について何か知っている様子だったし、鏡花水月にも興味を抱いていた。メンバーだったかどうかは別としても、『ユグドラシル』について何か知っているのはほぼ間違いないだろう。


「仮にそうだとするならば、やはり聖夜様を1人で向かわせるわけには参りません」


 律儀に黙っていたエマが溜まらんとばかりに口を挟んできた。


「いや、俺は1人で行くよ」


「聖夜様!!」


「まあ、聞け」


 詰め寄ってくるエマを手で止める。


「美月の話が事実だとして、だ。『ユグドラシル』の裏切り者だとするならば、俺と敵対する意味はないはずだ」


「ですが、それすらも情報操作の一環だとしたら」


「実は『ユグドラシル』のメンバーのままだったら、って意味か?」


 俺の問いかけに、エマが頷く。


「だとすれば、美月には情報が入るだろう。同じ学園に潜入している者同士の衝突は避けないといけないからな」


「美月は部隊チーム以外の接触は無かったと言っていました。末端であるが故に、知らされていなかった可能性は消えません」


「まあ、可能性の1つとしては捨てきれないよな」


 それは間違いない。


「ならばっ」


「けど、俺は1人で行くよ」


「聖夜様!!」


 エマの一際高い声が談話スペースに響き渡る。

 何を言われようが、俺の考えは変わっていなかった。

 いつかの言葉を思い出す。


『俺の人生のゴールは、地獄だともう決まっているのさ』


 会長が『ユグドラシル』に在籍していたかどうかは分からない。

 でも、今はもう違うということは分かる。


『だからね。俺はそこへ行き着くまでの間に、何人かを巻き添えにしてやることに決めたんだ』


 会長と2人で話していた時に聞いた、あの憎悪に塗れた言葉。

 あれが『ユグドラシル』に属する者たちへ向けられた者だとするならば……。


 会長が何を話す気になったのかは知らないが、こちらとしても色々と聞いておくべきことができた。会長との話し合いへ臨む前に美月と話せたのはラッキーだったな。話すのが遅かったとはいえ、欲しいタイミングにはギリギリ間に合ったってところだ。


「埒が空きません……」


 ゆらり、と。

 目の前に立つエマから不穏な空気が漏れ出した。


「私は、聖夜様を1人で行かせるつもりはありません。例え実力を行使してでも、お傍に控えさせて頂きます」


 その気持ちは素直に嬉しい。


「そうか。ありがとう」


 エマが動くよりも早く、俺が動いた。

 エマの首筋に手刀を振り下ろす。

 一瞬で回避に転じようとしたその反射神経は賞賛に値するが、近接戦闘、それも瞬発力だけで見るなら俺の方が一枚も二枚も上手だ。

 エマは呆気なく意識を手放した。


「せ、聖夜君っ!!」


「美月、お前はエマを部屋に連れて行ってやってくれ。介抱を頼んだ」


 介抱という名の監視だがな。

 崩れ落ちるエマを美月に押し付ける。


「わ、私だって聖夜君の心配もしてるんだよ!?」


「美月。お前たちの気持ちは嬉しく思うが、心変わりは無い。頼むからお前まで実力行使はやめてくれよ? 気絶したお前たちを部屋に運ぶ奴がいなくなるからな」


 言外に、やっても無駄だと伝えてやる。

 ただ、この言葉は俺の本心でもあるのだ。気絶した女子2人を背負って女子棟に潜入したくはない。

 エマを支えつつ押し黙る美月に告げる。


「大丈夫。悪いようにはされないよ。それに、何かあったとしても俺には“アレ”がある。美月だって知っているだろう? 逃走しなければいけないような事態になれば、俺1人の方がやりやすい」


 美月は複雑な表情を浮かべながら、凝視していなければ分からないほど僅かに頷いた。


「……気を付けてね」


「もちろん」


 絞り出すようにしてそう口にする美月へ、努めて明るい声色で答えた。







 念の為に寮監がいる管理室を訪ねてみたが、会長の言っていた通りに許可は出ているらしく、「縁が一緒なら問題は無いだろうが、あまり遅くなるんじゃないぞ」と言われるだけで呆気なく正面玄関を通って寮の外に出れた。


 人望の格差に愕然としながらも魔法実習ドームへの道を急ぐ。

 結局、着替える時間が無かったので生徒会御用達の制服で来てしまった。問題は無いと思いたいが、実際のところ会長が何のために俺を呼び出しているのかも分からないので、もはや考えても無駄だろう。

 魔法実習ドームの入り口で待っていたのは会長ではなかった。


「……来ましたのね」


「どうも」


 蔵屋敷鈴音。

 黒髪をポニーテールにした1つ年上の先輩は、腰に添えた木刀の柄を軽く指で撫でながら言う。


「縁は中にいますわ」


「分かりました」


 何か言いたそうにしていたが、こちらから促す必要性も感じない。この人もこの人で色々と知っていそうだが、現在の優先順位は会長の方が上だ。

 蔵屋敷先輩の横をすり抜けるようにして、魔法実習ドームへと足を踏み入れる。薄暗い通路を進めば、すぐにドーム状の演習場だ。後ろから入り口の閉まる音が聞こえる。蔵屋敷先輩だろう。俺以外の足音が1組。やはりついてきている。無いとは思うが、最悪2対1か。

 通路を抜け、演習場に出た。夜道、そして薄暗い通路を歩いてきたせいでやたらと眩しい。


「やあ、中条君。よく来てくれたね」


 会長は演習場のど真ん中で立っていた。周囲に目を走らせてみるが、他に人気は無い。後ろからついてきていた蔵屋敷先輩だけだ。


「ははは、用心深いのはいいことだけど平気だよ。ここにいるのは俺、鈴音、そして君の3人だけだ」


 片手を制服のポケットに突っ込み、もう片方の手で前髪を弄りながら会長は言う。


「会長と蔵屋敷先輩相手に俺が1人だけって時点で、安心はできないんですけど」


「ん、そうかな。……そうかもしれないね」 


 含み笑いを漏らしながら、会長は視線を俺の背中越しに投げた。蔵屋敷先輩が俺の横をすり抜け、会長の隣に立つ。


「さて、何から話そうか」


 そう口にした会長は、前髪を弄っていた人差し指で、胸元のポケットから金色のチェーンを弾く。そして、俺が身に纏っている制服を見た。


「魔法服で来て欲しいって伝えたつもりなんだけど?」


「会長や蔵屋敷先輩だって制服じゃないですか。それに、言うまでもないですが、ちゃんと生徒会御用達のやつですよ、これ」


「そうかい? 君がそれでいいなら構わないんだけどね」


 含みのある言い方だな。


「……それで、話とは何でしょうか。こんな時間に、わざわざ魔法実習ドームの使用許可まで取って。いったいどんな理由で申請したんです?」


 いくら人望が厚い会長とはいえ、ただ借りたいというだけでは却下されると思うのだが。

 後学のために、ぜひ教えてほしい。


「使用許可を取る上で話した用途は、『“1番手(ファースト)”の継承について必要だから』かな」


「なんですって?」


「『“1番手(ファースト)”の継承について必要だから』だよ。教員に話したのはそれだけだ。この程度の信頼関係は構築しているよ。それに用途自体、嘘は吐いていないからね」


 予想外の展開だった。

 将人の言っていた『次期会長は君だ』のノリとあまり変わっていない。

 まじかよ。


「もはや君には説明するまでもないと思うけど、青藍魔法学園では、学園が認めた上位5人の学園生にエンブレムが授与される。知っての通り、ここにいる3人はその対象者だ。俺が“1番手(ファースト)”、君が“2番手(セカンド)”、そして鈴音が“3番手(サード)”だ」


「はい」


「俺は、青藍魔法学園の学園生で一番強い魔法使いである。学園からは、そう判断されているということだ」


 そういうことになる。


「じゃあ、中条君。俺や鈴音は、君たちよりも早くこの学園を卒業することになるわけだけど。俺たちが卒業するまでの間に、俺たちが持つ番号を奪える実力者が現れなかった場合、エンブレムはどうなると思う?」


 会長は俺が口を開くよりも早く、正解を口にした。


「3年が『番号持ち』のまま卒業を迎えた場合、卒業の際に在学中の次点の学園生に譲渡されることになる」


 つまり、その番号に相応しい人物が卒業するから、代わりを務めるということだ。

 会長が口角を歪める。


「屈辱的だろう?」


「まあ、そうですね」


 そう答える他無い。

 会長は胸ポケットから覗く金色のチェーンを摘み、隠されていたエンブレムを引っ張り上げた。


「これは俺個人の考えなんだけどね。せめて“1番手(こいつ)”くらいはそうあってほしくないわけだ。“青藍の1番手”。この学園最強の証明。それが実力で手に入れたものじゃなく、お古で回ってきただけだなんて、示しがつかないと思わないかい? 同じ制度を用いている、他の2校に対してさ」


 振り子のようにエンブレムは揺れる。

 そこに刻まれている文字はもちろん、『First』。

 青藍魔法学園、最強の証だ。


「……それで、俺に実力で奪うチャンスをくれると?」


「敢えて暴力的な言葉で表現するのなら、そういうことになる」


 会長は否定しなかった。

 しかし、それでは引っかかる部分がある。


「学園側はどういう心変わりなんですか? 俺は大和さんと私的にエンブレムのやり取りをしていますが、その手法は本来認められるべきものではなかったと聞いています。あらかじめ学園側に申請をしていれば、生徒間でのエンブレムのやり取りは可能だと?」


 会長は笑う。


「『学園に選ばれし5名の魔法使いは、如何なる場合においてもこれを所持し続けなければならない。故に、無断での貸与・譲渡を固く禁ずる』」


 どこかに記載してある文章を丸暗記していたのか、会長はスラスラとそう口にした。


「『無断での貸与・譲渡』は禁じられている。つまり、例外はある」


 やっぱりそうなのか。


「青藍魔法学園が定める『番号持ち(ナンバー)』のうち“1番手(ファースト)”を含む3名以上の推薦及び、教員2分の1以上の賛成、生徒会役員2分の1以上の賛成、そして全校生徒のうち3分の1以上の立ち会いの下、エンブレムを賭けた決闘を行うことができる」


「……条件を満たしていないように思われますが」


 閑散としている魔法実習ドームを見渡しながら言う。

 前3つはどうか知らないが、少なくとも最後の1つ、全校生徒のうち3分の1以上の立ち会いができているとは思えない。


「うん。全校生徒のうち、3分の1以上の立ち会いなんて普通はできないよね」


「おい」


「だから、例外はもう1つある。鈴音君」


 会長からの呼びかけに、今まで沈黙を守ってきた蔵屋敷先輩が、懐から丸められた用紙を取り出した。真っ赤な紐を解き上質そうな和紙を広げていく。

 そこに書かれていたのは。


「もう1つの条件。それは、生徒会会長と“1番手(ファースト)”が連名での推薦の下、教員3分の2以上の賛成を得た場合だ」


 知っている名前からそうでない名前まで。

 横一列の筆書きでずらっと書き連ねてある様は、中々に威圧感がある。

 ……それにしても。


「3分の2でこの人数ですか。思っていたよりも教員の人数って多かったんですね」


「ん? あぁ……、ここにあるのは全教員の名前だよ。当然、理事長を含む、ね」


「は?」


「いやぁ、今回の件について賛同を得ようと思って熱弁を振るっていたら、思いのほか賛同してくれる教員が多くてねぇ。ははは」


 ……軽く言っているがそんな簡単なことじゃない。流石はハイスペックな会長である。


 青藍魔法学園の理事長である『姫百合泰三』を始めとした、この学園に所属する全ての教員のサイン。担任である『白石はるか』のサインももちろんあった。憎らしいことに、生徒会長の欄と“1番手(ファースト)”の欄には、『御堂縁』のサインが綴ってある。

 どれだけ絶対王政なんだ、今のこの学園は。


「……よく、教員全員から許可が貰えましたね」


 辛うじて絞り出せたのはそんな言葉だった。

 それすらも不敵な笑みで受け流し、会長は言う。


「その程度の信頼関係は、既に構築しているつもりだよ」

 次回の更新予定日は、11月13日(金)です。

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