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テレポーター  作者: SoLa
第5章 生徒会選挙編
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第5話 3人の側近と4人の最高幹部




 席を外していた美月とエマを呼び戻し、会話は続く。


「2人を青藍に招き入れた意図は理解した。聖夜君の方でうまくコントロールできるのであれば、現段階での対処は必要無いだろう。むしろ、問題なのは白岡と二階堂の方だ」


 胸ポケットに数本刺さっている葉巻の1つを手に取ろうとし、何かを思い出したのか手を放すという動作をした剛さんは言う。


「僅かですが、権議会まで猶予はあります。うまく丸め込む案を練らねばなりませんね」


 美麗さんはまったく気負いがないのか、穏やかな口調のままそう答えた。剛さんが頷く。


「まあ、愚痴の言い合いはその辺りにしておくべきか。さて、鑑華君」


 俺と師匠が座るソファの後ろに控えていた美月が、僅かながら肩を震わせた。


「グループ名『ユグドラシル』。かの組織に在籍していたはずの君に、いくつか質問をしたい。構わないかな?」


「は、はい。もちろんです。あくまで、私の知っている限りの情報となりますが」


「うむ」


 美月からの返答に、剛さんが自らの顎を撫でる。

 剛さんは、先ほど美月の組織内での地位を末端の末端と称していた。正直、あまり期待はしていないというのが本音だろう。


「『ユグドラシル』のトップの名は知っているかな?」


天地神明(テンチシンメイ)というコードネームです。本名は存じません」


「『ユグドラシル』の構成員及びその関係者の総数は?」


「申し訳ございません。分かりかねます」


「予想もつかないかな?」


「『ユグドラシル』は、非合法な組織をいくつか傘下に加えていると聞いたことがあります。それを踏まえますと、想像すらできません」


「正規メンバーのみに限定するならどうだろうか」


「……『ユグドラシル』の実働部隊は、部隊リーダー1人とその他メンバー3人で構成されています。例えば、私が在籍していた部隊では……、失礼ですが確認させて下さい。文化祭での件はご存知でしょうか」


 美月からの質問に、剛さんを始め美麗さんや泰三氏も頷いた。


「私が在籍していた部隊では、一気呵成(イッキカセイ)が部隊リーダーを務め、メンバーに私、一攫千金(イッカクセンキン)、そして合縁奇縁(アイエンキエン)がいました。基本的に、組織から指令が下るときには部隊リーダーが対応します。従って、メンバーの1人でしかない私には、一度も直接の指示が来たことはありません」


「ふむ」


「また、実働部隊はそれぞれが独立しており、繋がりは一切ありません。私が組織内で顔合わせをしたのは、あくまで私が在籍していた実働部隊のメンバーのみです」


「なるほど。鑑華君が直接やり取りができたのは同じ部隊のメンバーと、直属の上司である部隊リーダーのみ。その他、横の繋がりや縦の繋がりは無く、組織構成は全く不明である、と」


「訂正します。組織構成については、部隊リーダーであった一気呵成から聞いたことがあります。トップである天地神明には3人の側近がおり、まずこの3人に指令が下ります。その指令が組織の最高幹部と呼ばれる4人に流れ、そこから各実働部隊へと配分されるようです」


「……3人の側近、……4人の最高幹部」


 剛さんが復唱するかのように小さく呟く。


「よって、天地神明の素性は3人の側近しか知らされておらず、最高幹部と呼ばれる4人も素性を知らない可能性が高いと言えます」


「なるほど。組織構成に関して、その他知っていることは?」


「天地神明の傍に控える3人の側近、それぞれ天上天下(テンジョウテンゲ)唯我独尊(ユイガドクソン)傍若無人(ボウジャクブジン)というコードネームらしいですが、推定でも桁が違う戦闘力を有しているそうです。噂では、かの魔法世界最高戦力『トランプ』すら単騎で撃破できるとか」


「……それについては聞いたことがあるな。事実だとするならば、最低でも3人リナリー・エヴァンス級がいることになる」


 剛さんの声色にうめき声に似たそれが混じっていたのは、誰にも非難できまい。比べられた本人である師匠は、軽く鼻を鳴らすだけだった。


「そして、4人の最高幹部、それぞれコードネームを祇園精舎(ギオンショウジャ)諸行無常(ショギョウムジョウ)沙羅双樹(サラソウジュ)、そして盛者必衰(ジョウシャヒッスイ)と言い、この中で唯一私が情報として把握しているのは、盛者必衰のみ。この者の正体は、蟒蛇雀(うわばみすずめ)です」


 ここで出てくるのか。蟒蛇雀は。


「“闇の権化(ダークネス)”の異名を持つ殺人鬼か。『ユグドラシル』傘下に加わったという噂は耳にしていたが、事実だったとはな」


「鑑華さん、その情報はどうやって知り得たのですか?」


 今まで沈黙を貫いてきた美麗さんが口を開く。


「私たちの部隊リーダーだった一気呵成から聞きました。組織は、蟒蛇雀についての情報を隠す気が無かったようです。恐らく、周囲への牽制の意味合いが強かったのではないかと」


 美月の推察に、泰三氏が小さく唸った。


「蟒蛇雀、か。確か学園祭にも潜り込んでいた者の名だったな」


「その通りです。対峙すれば、苦戦は免れないでしょう。こちらが負ける可能性も考慮しなければなりません」


 泰三氏の言葉に美麗さんが頷く。そこで師匠が口を挟んだ。


「美月の話で一点訂正をすると、盛者必衰、つまり蟒蛇雀は、少なくとも天地神明と連絡を取り合う程度の繋がりがあるはずよ。美麗と共に撃退した際、天地神明と直接電話でやり取りしていたから」


「なるほど。だとすれば、やはり突破口はそこか」


 剛さんは言う。

 犯罪結社『ユグドラシル』のトップたる天地神明、そしてその側近の3人は、余程のことが無い限り表に出てこないだろう。それは美月の話の内容から考えればほぼ確実だ。今後、『ユグドラシル』の構成員の中で、もっとも相対する可能性が高いのは、やはり実働部隊の面々。その部隊リーダーを抑え、そこからうまく幹部の人間を引き摺り出していくしかない。


「さて、質問に戻ろうか。では、鑑華美月君。君が『ユグドラシル』に入った動機は? また、どのような手段で組織に入ったのかな?」


「……『ユグドラシル』には、先ほどお話しした他に、スカウティングを専門とする人間がいます。その人に声を掛けられました。動機は……、その。これは『ユグドラシル』という組織そのものの目標に繋がるのですが……」


 美月は、震える声で口にする。


「死者の蘇生、です」


 その言葉を聞いて。

 俺の隣に座る師匠の顔が。


 一瞬だけ悲しそうな色を帯びた。







 言葉数が少なくなった美月にいくつかの質問が飛んだ後、解散となった。早々に姫百合家の屋敷から退散しようとする師匠を廊下で呼び止める。


「師匠!!」


「……何かしら。私、貴方と違って忙しいんだけど」


 不機嫌さを隠そうともしない声色に、少しだけ怯みそうになるが持ち堪えた。


「少しで良いです。時間をください。どうしても直接話しておきたいことが」


「なに」


「……できれば、内密に話したいことなのですが」


 殊更大きなため息を吐かれる。


「美月!! ちょろ子!!」


 優雅に一礼して書斎を後にするエマと何度も頭を下げる美月を師匠が呼んだ。2人とも慌てた様子でこちらへと駆けてくる。


「それじゃあ私の屋敷に移動で。そこなら問題ないでしょう?」


「はい」


「ちょっと聖夜!!」


 エマと美月の後ろから、舞がやってきた。


「この後、可憐が昼食を一緒にどうですかって言ってるけど」


「悪い。またの機会で頼む」


「はぁ?」


 まさか断られるとは思ってなかったのだろう。舞が目を丸くした。


「『黄金色の旋律』関連で立て込んでいるんだ。詫びは後日必ず」


「聖夜ぁー。早くしなさいよー」


 その声が耳に届いた頃には、師匠は既に廊下の角を曲がるところだった。


「な、中条さん? 何か問題でも?」


 可憐までやってきてしまった。


「すまない。今日はちょっと駄目なんだ。今度学園で埋め合わせするから」


 両手を合わせて謝罪する。


「いくぞ。美月、エマ。それじゃあな、舞、可憐。剛さんや美麗さん、泰三さんにもよろしく伝えておいてくれ」


 当主2人に囲まれる前に退散するに限る。

 呆気にとられる舞や可憐を残し、俺たちは姫百合家を後にした。「白岡から急かされてるんだけどなぁ……」という呟きが聞こえたが、何の話か分からなかったのでスルーした。







 師匠の屋敷は、花園家や姫百合家が屋敷を構える青藍市の隣町にある。

 一面にツタが生い茂る側壁を辿り、古びた鉄柵を押し開けて中へ。手入れなどまったくしていない庭は草木が無秩序に伸びまくっており、その背後にそびえ立つ洋館を添えてみれば、完全にお化け屋敷のような外見になっていた。


「美月、エマ」


 俺の後ろからついてくる2人の名を呼ぶ。


「そのまま俺の後ろからついてこい。何があっても、師匠より先を歩くな。場所によっては致死性の罠もあるからな」


 美月が小さく息を呑む音が聞こえた。俺が2人に注意したのを確認し、師匠は懐から1本の杖を取り出す。粗く削られたその杖からは、何とも言えぬ不思議な魔力が漂っている。

 青藍魔法学園の生徒会館にも負けないほどの豪勢な扉は、師匠が杖を一振りすることで勝手に開きだした。


「応接間でいいわね」


「はい」


 短いやり取りの後、師匠が一歩を踏み出す。俺、エマ、美月の順でそれに続く。最後尾を歩く美月が屋敷に入ったところで、扉は勝手に閉められた。「ひうっ」という声を出し、恥ずかしさのあまり真っ赤になっている美月を意図的に無視しつつ、俺たちは進む。


 年単位で踏み入っていなかった屋敷は、やけに埃っぽい。

 師匠は歩きながらも、あちらこちらに向かって杖を振り回している。昔、師匠から聞いた話では、この動作全てに意味があり、1つでも失敗すると人生が詰むらしい。なんでこんな屋敷を作った。


 進むたびに蝋燭に火が灯り、窓の無い廊下を照らしていく。下に敷かれた真っ赤な絨毯は、掃除されていないせいでやたらと煤けて見えた。

 いくつかの扉を素通りしたのち、応接間へと辿り着く。上から吊るされたシャンデリアに、白い壁に嵌め込まれたいくつもの燭台、立派な暖炉、木造りのテーブル。どれもこれもが懐かしい。もう2年近くも戻ってなかったんだよな。


 杖を振りながら応接間を一回りした師匠が、ようやく杖を懐にしまった。


「座って」


 師匠の指示に従い、ソファへと腰を落ち着ける。なぜか流れで俺が真ん中になり、左右に美月とエマが座った。テーブルを挟んだ反対側のソファへ師匠が座る。


「それじゃあ聞かせてくれる?」


「はい」


 何から話すべきか。

 ……やっぱり、あれからか。


「まずは、先ほど美月が話していた、『ユグドラシル』の幹部についてです」


「蟒蛇雀のこと?」


「いえ。諸行無常の方です」


 俺が口にしたその言葉に、師匠が眉を吊り上げた。


「そいつがどうかしたの? 貴方と接点は無いはずだけど……、いや、待ちなさい。魔法世界で襲撃を受けたわよね。まさか、貴方」


 勝手に結論にたどり着く辺りが流石は師匠である。


「そうです。襲撃してきたその男は、自らの事を『無常』と名乗っていました」


 師匠の視線がエマへと向く。


「私とヴェロニカ・アルヴェーンが駆け付けた時には、既に火車氏から花園家のお嬢様が聖夜様の御身体を引き継がれていたところでしたので。詳細は分かりかねます」


「俺が相手にしたのは諸行無常です。それは『トランプ』のウィリアム・スペードとアルティア・エースが、諸行無常の死体を回収しに来た蟒蛇雀から直接聞いたそうなので、間違いはないかと」


「ちょっと待ちなさい。死体? 蟒蛇雀が回収?」


 珍しく、師匠が目を見開いている。


「はい。とどめを刺したのは蟒蛇雀だったそうですが、どうやら俺が諸行無常を倒していたようで」


「えぇっ!?」


 隣に座っていた美月が大声を上げた。


「今日はエイプリルフールじゃなかったはずなんだけど……」


 そう呟きながら急に携帯電話を弄り出した師匠が何をしているのかと手元を覗き込んでみれば、カレンダーを表示させていやがった。


「聖夜、貴方は意味の無い嘘を吐くような性格はしていない。けれど、信じられるはずもない」


 師匠の言葉に頷き、続きを促す。


「1つ、仮にその情報が『トランプ』から貴方へもたらされたとして、それが私の耳に入らないことが不自然。『トランプ』から直接情報の開示が無かったとしても、貴方ならいつでも私へ報告できたはず。そして2つめ、そもそも貴方の実力程度で『ユグドラシル』の幹部クラスの実力者を撃破できるとは思えない」


「俺にその情報をくれたのはスペードです。その際に、『極力、他言無用』と言われていました。自分たちの失態を公にしたくないという理由が大半を占めているとも」


 そこら辺を馬鹿正直に打ち明けてくれるところがスペードらしい。やろうと思えばいくらでも後付けの理由を作れただろうに。苦笑しながら話すスペードへ、逆に好感を持ってしまったくらいだ。

 ……そう思わせるよう演技をしていたのなら、相当な策士だと言えるが。


「ただ、向こうも俺が師匠へ話すことは止められないと考えていたようです。だからこそ『極力』という言葉を使ったのだと思われますが」


「なら、なんでメールなり電話なりをした時に話してくれなかったのかしら」


「こんな内容を文面で送り付けられたとして、信じてくれるんですか?」


「まさか。精神科の予約を取りに行かせるところよ」


 ほら見ろ。おまけに予約取りに行くの俺かよ。取ってきてくれねーのかよ。

 一応、盗聴等も考慮していたんだが、それは別に話さなくてもいいか。スペードからこの事実を知らされた時の手段が電話だったこともあり、深く考えるのを放棄したというのもある。もしかしたら、『トランプ』専用の回線で盗聴対策ばっちりだったのかもしれないけど。

 師匠は納得したのかしていないのか分からない表情のまま鼻を鳴らした。


「それで、師匠のもう1つの疑問。俺の実力では撃破できない、という点ですが」


 せっかくだ。この流れで話してしまおう。

 腕に装着していた木製のMCを外し、テーブルの上に置く。

 師匠は視線だけをそのMCに落とした。


「……『虹色の唄』がどうかしたの」


「名を、ウリウムと言うそうです」


「……は?」


 師匠が硬直する。事情を知らない美月は頭に「(ハテナ)」マークを浮かべるだけであり、エマはこのMCの異端さに気付いたのか眉を吊り上げた。


「……聖夜様、以前からお聞きしたかったのですが……、これは妖精樹(ようせいじゅ)によって作り出された物では?」


「よく分かったな」


 分かる奴は見ただけで分かるのか。凄いな。


「なに、貴方。自分で名前を付け直すくらい、このMCが気に入ったの? それも『七属性の守護者』から名前を持ってくるほど」


「いやいやいや。俺、言いましたよね。『ウリウムと言うそうです』って。こいつから聞きました」


 静まり返ってしまった。

 話の持っていき方を間違えたか。

 一番最初に口を開いたのはエマだった。


「……聖夜様が仰っている内容が事実だとするならば、この魔法具が“自我持ち”ということになりますが」


「まさか」


 師匠が小さく頭を振る。


「あり得ない。そんなはず……、けど……、雑音(ノイズ)……、聖夜にしか聞こえない……、それにじじ様も……」


 口元を手で隠しながらぶつぶつ言い出す師匠。そろそろ声を掛けるべきかと思い始めたところで、急に師匠が顔を上げた。


「で、今もそのMCと会話できるということ?」


「いえ、それが……」


 日本に戻ってきた時には、既に沈黙していたことを説明する。


「どうすべきでしょう」


 修理に出すわけにもいくまい。MCよりも君の頭の修理が必要だねとか言われたら立ち直れないぞ。


「どうすべき……って。貴方、こっちに戻ってから魔法は使った?」


「使ってませんけど?」


 トラブルさえなければ、学園で魔法を使う機会なんて魔法実習くらいしかない。魔法実習の授業はまだ無かった。

 師匠は少し考える素振りを見せてから言う。


「……なら、ちょっとここでMCに魔力を循環させてみなさい」


「ウリウムにですか?」


「そう」


「はぁ……」


 言われた通りに魔力を込める。意図が分からないのでゆっくりと少しずつでいいだろう。


「お?」


 最初は何も感じなかったが、しばらくすると魔力の循環が格段に上がっていくのを感じ取った。妖精樹自体から漏れる魔力も少しずつ増えてくる。


 あれ。

 これってまさか。

 そう思った直後だった。


《っっっっはぁっ!!!!》


 俺の手元から、懐かしい声。


《し、死ぬかと思った……。死ぬかと思ったわよ!! なになになんなのあたしに何か恨みでもあるわけ!? 何日あたしの食事を抜いたら気が済むのよ!! お手入れどころか食事まで抜かれるとは思わなかったわよ!! 絶食? 絶食プレイなの!? 幼気なあたしの絶食プレイで興奮するような変態だったのね!?》


「待て待て待て待て!!」


 おかしいおかしいおかしい!!

 その評価はどう考えてもおかしい!!


《待たないわよ!! 誰が待ちますか!! そんな餌を前に『待て』で躾けられる犬と一緒にしないでよね!!》


「そういう『待て』じゃねーよ!!」


「……ねえ、聖夜」


《うるさい!! というかまだ物足りないわけ!? まだ貴方の歪んだ性癖は満たされていないの!? これ以上お預けされたら本当に魔力が枯渇して死んじゃうわよ!! 中身が種とひょろっひょろの根だけだからって何しても許されると思わないでよね!!》


「そんなこと思ってない!?」


「ねえ、聖夜」


《えぇい問答無用よ!! 魔法世界からこっち!! 抜かれた分の魔力は頂戴するわ!! 今!! ここでね!! いただきます!!》


「うおっ!? 吸われてる!? これ吸われてるよな!? めっちゃ吸われてる!! 何だこれ!! ま、魔力がどんどん吸われてる!!」


 ストローぶっ刺されてちゅーちゅー吸われてるみたいになってる!?


「聖夜」


「つーか『いただきます』じゃねーよ!! 勝手に人の魔力食ってんじゃねーよ!! どんだけ吸ってんだよいい加減やめろ!!」


 手にしていたウリウムを慌ててテーブルの上に戻す。

 が。


「あれ!? 吸引が衰えない!?」


 吸われてる感覚が一向に消えないんですけど!?


「聖夜ー」


《ふははははー!! いつから触れていなければ魔力が吸えないと錯覚していた!? もうマスターとあたしの間には運命の赤い糸を構築済みなのだー!!》


「嫌な糸だなそれ早く切断しろ!!」


「聖夜ー、聖夜ー」


《離れようがハサミで手あたり次第ちょきちょきしようが無駄無駄無駄!! 魔法世界とこっちの魔力濃度の差を失念していたせいでうっかり休眠(スリープ)モードに入ってしまったあたしだが!! もうそんな失態は犯さーん!! これからはいつでもどこでも吸い尽くしてやるわー!!》


「そんなうっかりした理由だったのかよ!! 半分くらいお前のせいじゃんこの現状!! なのに腹いせで今度は俺を枯渇させる気か!!」


「これで最後ね。聖夜ー」


《あたしが3回満足するだけの魔力吸ったってマスターは枯渇しないわよ!! 魔力お化けじゃない!! それに「いくらお腹空いたからって勝手に吸うのはやめておこう」というせっかくのあたしの配慮を『うっかり』で済ませようとするマスターをあたしは許さない!!》


「その配慮をもう一度思い出せ!! 勝手に人の魔力を食い荒らしてんじゃねーよ!!」


「忠告はしたから」


《美味しい美味しい!! マスターの魔力はとっても美味しー!!》


「美味しい!? 美味しいってなん――べぶびっ!?」


 視界が白で染まったかと思ったら、一瞬で周囲が一回転した。


 否。

 一回転したのは俺だった。

 痛む顎を抑えつつ、ようやくソファごとカーペットの上にひっくり返っている現状に気付く。


「……あれ?」


 俺は、いったい。


「聖夜君!! 大丈夫!?」


「聖夜様!! お気を確かに!!」


 美月とエマが引き起こしてくれる。


「あ、ありがとう」


 手を貸してくれた2人に礼を言うが、なぜか2人とも気まずそうに目を逸らしてしまった。

 え?

 なんで?


「ど、どうかしたか、美月」


「えっ!? え、えーと。いや、べ、別に……」


 なんだこの余所余所しい感じは。


「エマ?」


「……わ、私は聖夜様がどのような電波を受信されていてもお慕いしておりますので!!」


 悲痛な覚悟を決めた女の顔でそんなことを言ってきた。でも、目はこちらを向いていない。


「し、師匠?」


 最後の1人。俺に一撃をくれたであろう、目の前に坐す師匠へと目を向けてみる。

 師匠はこう言った。


「これが自作自演なら大した電波を受信したものね、と褒めてあげるところだけど。どうやらMCと会話できるというのは本当のようね」


 ……。

 そこでようやく理解した。

 俺以外には聞こえない声で喋るウリウムといきなり会話し出した俺が周囲からどのような評価をされるのかを。


 つーか。


《美味しい!! 美味しい!!》


「お前はいい加減空気を読め!!」


 いつまで吸ってんだよてめーは!!







「つまり、貴方の話を要約すると、『魔法世界で強襲してきたのは諸行無常で、追い詰められるもそのMCが覚醒。なんとそのMCは“自我持ち”であるどころか“独自詠唱(どくじえいしょう)”も行え、諸行無常相手に善戦する。最後はMCの力も借りて“属性共調”を発現。見事に諸行無常の撃退に成功したが、気絶してしまい後のことを知るのはスペードとエースだけである』と」


「そうです」


「なるほど。直ぐに病院に行きなさい」


 そう言われると思ったよ。


「でも……」


 師匠は深いため息を吐きながら視線を俺が持つMCへと向ける。


「“自我持ち”を事実として認めるなら、他もあり得なくはない……か」


 自我持ち。

 意思を持った魔法具、インテリジェンス・アイテム。そういった名称で呼ばれる物だ。


 そして、独自詠唱。

 所持する魔法使いの意思ではなく、“自我持ち”の魔法具が、独自に魔法を発現させる技術を指す。デメリットとして、魔法使いが自分で発現するよりも消費魔力が多いらしい。


「……あー、なんだか頭が痛くなってきたわ」


 現実逃避でもしているかのように、師匠の目が虚ろなものになる。


「で、大々的なニュースになっていないのは、『トランプ』が情報統制を敷いているから……、ということね」


「はい。そのようです」


 その一角であるスペード本人が言っているのだから本当だろう。


「聖夜様がその御手を煩わせてまで撃破した諸行無常の個体を……、あろうことか同組織の構成員である盛者必衰に奪われて回収に失敗。そして失態を公に晒したくはないが為に、聖夜様の功績を口止めですって……? 本当に……」


 ぶつぶつと小声で呟いていたエマがもたらした、一時の間。思わずエマが座る隣へと視線を向ける。

 そして、とっても後悔した。


「虫唾が走る……。最高戦力とは名ばかりのゴミめ。私の王子様の労力全てを水泡に帰した愚か者ども。どう報いを与えてやりましょう。まずは四肢を引き千切ってはらわたを引き摺り出し、目玉を1つずつ丁寧にすり潰して鼓膜を突き破り、この世に生を受けたこと自体を存分に後悔させた上で喉元を掻っ切って」


「落ち着け落ち着け。本当に落ち着け」


 やばいやばいやばい。

 女の子がする発言じゃないよそれ。いや、男だって一般人ならそんな発言はしねーよ。


「……え、エマちゃんはとりあえず置いておいて。それ、本当なの? 聖夜君。えっと、聖夜君を疑いたいわけじゃないんだけど、その……」


 俺を挟みエマと反対側に座る美月が口ごもる。気持ちは分かるぞ。俺も今回の話を聞いている側だったら、そんな感じで質問していただろう。


「おそらくは、な。言った通り、恥ずかしながら俺は気を失ったせいで結末を見ていないからな。ただ、スペードから話を聞く限りでは事実のようだ」


 俺が諸行無常を撃破したことへの礼。

 諸行無常を蟒蛇雀に奪われてしまったことへの謝罪。

 そして謝礼金の支払いについてだ。


「……それはなに」


 俺が懐から取り出した物を見て、師匠が目を細める。


「今朝、学園の寮棟にある俺のポストに入っていました。封筒に書かれた送り先の住所に見覚えが無かったので何かと思いましたが、どうやら『トランプ』の関係者から送られてきたものです」


 中身は魔法世界での身分証明書兼携帯電話兼電子マネーカード。つまりは新品のクリアカードである。ご丁寧にも個人情報は『中条聖夜』のもので、顔写真まで添付されている有様だった。


「それで?」


「魔法世界の通貨、エールが馬鹿みたいな金額で振り込まれています」


 1の後に、ゼロが7個ついていた。

 10000000Eである。

 魔法世界で買い物をした時の金銭感覚で言えば、魔法世界の1Eは日本の100円くらいだ。

 つまりは1000000000円である。

 じゅうおくえんってどういうことだろう。


 魔力を流してクリアカードを起動させた師匠は、その金額を確認してからテーブルへと戻した。


「滅多なことでは尻尾を掴ませない『ユグドラシル』、しかもその幹部級の撃破。謝礼と口止め料を含めるなら……、まあ妥当な金額かしらね。私なら増額を要求するけど。国絡みの失態とか足元見るチャンスだし。その倍はいけるわね」


「鬼かあんた」


 ともあれ大金持ちだ。

 日本円に代えてもいいが、これは今後魔法世界に行った時のためにとっておこう。オークションもあると聞いたし、面白い魔法具があれば競り落としてみるのもいいかもしれない。


「とりあえず了解したわ」


 師匠はそう言ってソファから立ち上がった。


「事実として受け止めておく。『ユグドラシル』側から何かあるかもしれないわね。正攻法でそうやすやすと破られるような結界ではないはずだけど……、学園でも注意は払っておきなさい」


「分かりました」


 その後、いくつかやり取りをして解散となった。

 次回の更新予定日は、10月23日(金)です。

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