第17話 提案
レビューを下さった方、ありがとうございます!!
★
属性同調と属性共調。
共にRankSに位置する超高等魔法であり、共に強化系魔法の頂点となる魔法だ。しかし、必要とされる技量、そして発現される効果はまったくの別物である。
本来、身体強化魔法自体は、RankBに相当する技術だ。
属性によって難度の差はあるものの、基本的には大学卒業時の魔法技能で扱えると思っていい。その身体強化の全身版が、いわゆる全身強化魔法と呼ばれるものだ。こちらの難易度はRankAに位置する。
そして、その難易度を遥かに越すRankS。
属性同調とは、対象となる属性と同調するということ。すなわち、対象となる属性と一体化することを意味する。対する属性共調とは、異なる属性同士を共調させるということ。すなわち、異なる属性を1つの身体に共存させることを意味する。前者が1つの属性の熟練度(同調率)を限りなく高めることに難度をおくのに対して、後者は2つの属性の同時発現という並列作業の極みに難度をおく。
どちらも強化系魔法の極み。
別々の道を歩みながらも、互いが頂点。
平凡な才しか持たぬ魔法使いでは、足をかけることすら許されぬ領域にある魔法である。
☆
ウリウムから提示された代案には、顔をしかめる他無かった。
「……属性共調って言われてもな」
それは、俺が魔法世界へ来てからひたすらに習得を目指して特訓を重ねてきた技法の名だ。そして結局手にすることができなかった技法の名でもある。
RankSに位置する超高等魔法。
異なる属性の全身強化魔法2つを共調させることで、膨大な効力を発現させる。かの天蓋魔法すら超える難度を誇る魔法だ。
それもそのはず。
属性単体の全身強化魔法ですら天蓋魔法に匹敵するほどの難度、RankAを誇る。それを2つ同時に発現し、かつ同じ身体に纏わせているのだ。並大抵の魔法コントロールでは不可能。右を見ながら左にいる敵の動向を窺えと言っているようなものだ。
正直、ぶっつけ本番で成功させられるような魔法じゃない。
「悪あがきはよせ!! 力量の差を知ったのなら大人しく投降せよ!!」
無常の咆哮と共に魔法球の嵐が殺到した。背中を預けていた車体から離れ、無常の視界に入らないように身を屈めて移動する。
5両あった車両も、もはやそのほとんどが原型を留めていない。これらが完全に使い物にならなくなれば、もはや俺と無常の間に遮蔽物は無くなってしまう。四方を20mの壁で覆われたこの空間には、逃げ場などない。
しかし、だからといって今まで一度も成功したことが無い魔法に全てを委ねるというのは……。
《あたしが協力する》
ウリウムは言う。
「協力? 魔力供給の話か? お前の記憶にあるかは知らないが、俺が属性共調の特訓をしていた時もお前の力は借りて……」
そこまで言いかけて、先ほどウリウムが口にしていた言葉を思い出した。
「そうか。片方の強化魔法をお前が……」
《そういうこと》
足元に魔法球が着弾して吹き飛んだ。無常へと無防備な状態を曝け出す。飛んでくる魔法球の連射を空中で躱し、再び車体の陰へと潜り込んだ。
「往生際の悪い奴だ!! 無駄だと言うのが分からないのか!!」
《あたしが水属性の全身強化魔法『激流の型』をマスターに展開する。魔力はマスターから貰うけど、コントロールはあたしがする》
「……できるのか? いや、聞いた限りじゃいけそうな気はするんだが」
俺がコントロールする全身強化魔法と、ウリウムがコントロールする全身強化魔法。それを合わせることによって属性共調を実現するということだ。
《呼吸を合わせることが必要よ。ぴったり合わないと無理。けど、あたしならできる。正確に言えば、あたしがマスターの呼吸に合わせる》
背中を預けている車体が悲鳴を上げている。もう猶予は残されていない。
《問題は、異なる属性の全身強化魔法がその身に展開されて、マスターが自分で発現した全身強化魔法の制御を崩さないかどうか、ってこと》
なるほど、結局のところは俺次第か。
《マスターの訓練はあたしも見てた。その年であの同調率はなかなかのものよ。初めてウリウムたちに会った時のことを思い出しちゃった》
「は?」
《うぅん、こっちの話よ。悪いけど、あたしが発現できるのは水だけ。そしてマスターの同調率が高いのは火と風。火と水じゃあ属性優劣の関係で初心者には難しいだろうから、属性共調するなら風と水ね。『疾風激流の型』よ》
風と水か。
無常が発現している土属性との相性を考えると、雷属性が使えないのはもったいないところだが、それは俺の力量不足から来るわがままだな。
ひときわ大きな轟音が鳴り響き、背にしていた車体が弾け飛んだ。
「うおっ!?」
それは連結部分がちぎれ飛び、俺の頭上を横回転しながら通過する。そして、無常が生み出していた側壁へと激突してから動きを止めた。
魔法球の雨が止む。
「……本当に無茶苦茶だな」
電車一両分が激突したにも拘わらず、無常が発現した囲いはヒビ1つ入ったようには見えなかった。
「ここまでだ、中条聖夜」
原型すら留めていない別の車両を足場にした無常が、こちらを見下ろしながらそう言った。右拳は自らの歯によってずたずたになり、左腕は俺の“書き換え”によって切断されている。その状況下でも、無常の魔法に狂いはない。背中から生えている4本の剛腕は健在だし、魔法球の数も一向に衰える気配が無い。魔法使いとして、かなりの高みにいる人物であることは間違いないだろう。
普通に戦うだけでは、生き残れない。
そして無系統魔法すら制限が掛かっているというのならば。
「……やるしか、ねーよな」
自分にかけていた雷属性の全身強化魔法『迅雷の型』を解除する。それを見た無常が怪訝な表情をした。
「……なぜ、全身強化魔法を解除する。投降する気になったか」
未だ土属性の全身強化魔法『堅牢の型』を纏う無常からの問いかけに、俺は嘲りを含んだ笑みで応える。
「んなわけねーだろう」
《さっき言ったように、あたしがマスターに合わせる。マスターが『疾風の型』の発現をした後に、あたしが『激流の型』をかけるわ。驚いて魔法を暴走させちゃ駄目だからね》
ウリウムの声を聞き、風属性の全身強化魔法『疾風の型』を発現させる。無常の表情が一層険しいものへと変化した。属性優位の全身強化魔法を捨て、優劣の無い属性の全身強化魔法を発現させたのだから、当然の反応だろう。
「行くぞっ!!」
その咆哮は、相対する無常ではなく、ウリウムへ。
《『万物を包む原初の水よ』『司る精霊よ』》
ウリウムが詠唱を始める。
流石に全身強化魔法を直接詠唱は無理か。そこまで求めるのは酷というものだ。
「そうか。ならば絶望の中で意識を手放すがいい!!」
無常が一歩で距離を詰めてくる。足場となった車両は勢いに負けて後方へと吹き飛んでいた。背中に控える剛腕全てが硬く握りしめられる。
《『追従、泡沫、我を導け』》
1本目、2本目の拳を風の力を借りて最小限の動きで躱していく。受け止めようとすれば勢いに負けてそのままもっていかれるだろう。半身を反らすことで3本目を回避する。
そして。
《『激流の型』》
ウリウムの詠唱が、終わる。
魔法が発現した。
水属性の全身強化魔法、RankAに位置する『激流の型』が。
同じ難度を誇る風属性の全身強化魔法、『疾風の型』が纏われている俺の身体へ。
荒れ狂う風の奔流に、激流の如き水が流れ込む。
俺の身体を拠り所として。
共に天蓋魔法に匹敵するだけの難度を誇る2つの魔法が、共存する。
その状態で。
「あれ?」
最後。
眼前に迫った4本目の剛腕。
その拳に手を添えて受け流そうと試みただけだった。
隆起したその腕に手を添えた瞬間。
和太鼓を打ち鳴らしたかのような音が鳴り響き、あれほど脅威に感じていた豪腕は、呆気なく見当違いの方向へと弾かれた。吹き荒れる風の衝撃波と飛散する水飛沫だけが手のひらに残る。
「な、にっ!?」
無常の表情が驚愕一色に染まる。熟練の魔法使いらしからぬ、あまりにも大きな隙。
チャンスとばかりに一歩を踏み出そうとして。
《マスター、駄目っ!!》
再び鳴り響く、和太鼓を打ち鳴らしたかのような音。踏み込んだ足の裏から風の衝撃波と激流の如き水の噴射。為す術もなく俺の身体は空高くへと吹き飛んだ。四方の包囲壁を遥かに越す高さまで一気に打ち上がる。
こんな……。
「こんなに変わるものなのかよ!?」
思わず叫ぶ。
冗談のように長い滞空時間を経て、ようやく重力に引っ張られる感覚を覚えた。無常の待つ包囲壁の中へと落下していく。
「『土の球』!!」
《『水の球』!!》
地上からは無常の放つ土属性の魔法球が。
空中からはウリウムの放つ水属性の魔法球が。
両者の中間地点でぶつかり合い、弾け飛ぶ。
《マスター!!》
「分かってる!!」
自由落下の速度に頼っているだけではただの的だ。風の力を借りて加速する。ウリウムが打ち漏らした魔法球の合間を縫うように動きながら着地した。衝撃で足元の積雪が爆発したかのように吹き飛んでいく。
「今度は――、うおっ!?」
着地と同時に跳躍しようとして失敗した。
力を込めた瞬間に、風と水の力が俺の足場で暴発する。正面の無常との距離を詰めようとしたのに、実際にはなぜか真横に弾き飛ばされ、横倒しになっていたもはやガラクタにしか見えない車両へと激突した。
「ぐっ!?」
身体を襲う激痛。
かと思いきや、横倒しになっていた車両が俺の激突によって吹き飛んだ。無常の作り出した包囲壁へと派手な音を立てて打ち付けられ、そのまま地面へと滑り落ちる。莫大な質量を持った鋼の塊の落下に、地面が大きく揺れた。
「……マジかよ」
信じられない程の威力だ。電車の車両4両が宙に浮くとか馬鹿じゃないのか。しかも投げ飛ばしたりしたわけじゃない。ただ俺がぶつかっただけなのに。
頭を抱えようと片手を振り上げた瞬間、それが何らかのスイッチとなったのか、振り上げた手から風の衝撃波と水の塊が噴射され、周囲の積雪を吹き飛ばす。しかも降り積もっていた雪だけでなく下の地面まで抉っていたようで、俺の足元の近くから一直線上に亀裂が入ってしまった。
おいおいおい。
下手に身動きもとれませんってか?
《マスター!! もう少し魔力の出力を抑えて!! マスターの発現量と発現濃度はただでさえ化け物じみているんだから!! 周囲一帯を更地にしたいわけ!?》
「したくはねーよ!?」
何を寝ぼけたことを、と言いたいところだが、本当に更地にしてしまいそうな予感がする。
「やはり……、属性、……共調、……だと」
剛腕の1つを潰され、残り3本となった剛腕を構えさせながらも、無常は呆然と呟いた。
「馬鹿な。中条聖夜、貴様……、情報では……」
いつの情報の話をしているのかは分からないが、そりゃあびっくりするだろう。何より一番びっくりしているのは俺だ。文化祭で蟒蛇雀と遣り合った時の情報どころか、つい先ほどまで行われていたアギルメスタ杯決勝戦での俺の情報すらもう古いと言える。
馬鹿みたいな成長ぶりである。外付けの装備のおかげで。
《マスター!! 呆けてる時間は無いわよ!! ただでさえ、あたしがマスターの肩代わりとして発現する魔法は、通常よりも消費魔力が多いんだからね!!》
「分かっ――、うおおおおおおおおおっ!?」
全然学習してなかった。
いつもの全身強化魔法と同じ調子で地面を蹴ってしまったせいで、想像を絶する速度でその場から射出された。
無論、俺が。
「くっ!?」
回避は不可能と悟ったのか、無常が歯を喰いしばり、残る剛腕3本を自身の巨体の前で交差させて防御を図ったのが見て取れる。ただ、俺という弾丸が無常へと着弾するまでの刹那の間に見えた光景はそれだけだった。
そして着弾。
そこからの光景は、あたかもスローモーションで流れているかのように俺の脳裏は捉えていた。
無数のかまいたちにも似た小さな風の刃。
それが交差する3本の剛腕をバターのように細切れにした。
激流を思わせる水の波動。
それが細切れにされた剛腕を跡形もなく吹き飛ばした。
そして。
無常の驚愕に彩られた表情が――――。
★
ぶつり、と。
中条聖夜の意識は、そこで途絶えた。
★
20m近い高さの包囲壁の一角が、下からの衝撃で大きく砕けて、ゆっくりと崩壊していく。それを遠目から確認していたスペードとエースは、思わず顔を見合わせた。
「おいおいおいおいおい……」
スペードが顔を青ざめさせながら呟く。並走するエースが大きく舌打ちした。
「今の一撃が止めでなかったことを願うほかないだろうな」
そう呟くエースのサングラスには、崩れ落ちる瓦礫によって噴水のように高く吹き上がる積雪が映っていた。
「エルトクリア高速鉄道には当然連絡をつけているんだろうな」
スペードとエースが向かっている場所のすぐ近くには、エルトクリア高速鉄道が走る高架線がある。巻き込んでしまえばどうなるかなど、想像もしたくない。
エースの言葉にスペードは頷いた。
「もちろん。ただ、もともと運転は見合わせてたみたいだぜ。何でも回送電車の1つが急にモニター上から消えたらしくてな。線路の短絡……、で信号が……、えーと、どうのこうのって」
「そういったシステム上の詳しいことは分からないが、とにかく止まっているということだな」
「そういうこと。回送電車も無人だったみたいだし、現状では人的被害はゼロだ」
「なによりだ。後はその人的被害に中条聖夜が含まれないことを祈るばかりだが」
そんなやり取りをしつつ、エースとスペードは最後の一蹴りで宙へと飛び上がり、高架線の上を通り過ぎてから、残り3面となった包囲壁へと着地した。
眼下に広がる光景は凄惨なもの。
降り積もる積雪は至る所で弾け飛んだ後があり、そのさらに下の地面すら抉れ、隆起している。何よりも目を疑ったのは、横倒しになっているエルトクリア高速鉄道の車両、と思われる物。思われる物と表現したのは、完全にその原型が無くなっているからだ。5両編成だったであろうそれは、連結部分から千切りとられ、放り投げられ、蜂の巣にされ、挙句切り刻まれていた。そして包囲壁の一面が崩れたことによって起きた瓦礫の山。
「……モニター上から消えたっていう回送電車じゃね? あれ」
「否定できる要素は無いが、肯定したいとも思わないな。ひとまずは中条聖夜だ。戦闘音がしなくなったということは、両者とも生き埋めになっているのか?」
「うっは、そりゃやべぇ。生きててくれよ!?」
エースが呼び止める前に、スペードが飛び降りる。エースが立つ包囲壁から見下ろせば遥か下に見える地面で着地するや否や、スペードは瓦礫の山へと駆け出した。豪雪によって自らの肩へと次々に降り積もっていく白い山を手で払いながら、エースはため息を吐く。
「あの戦闘能力程度で、この惨状が作り出せるとは思えないが……」
足元の包囲壁を小突きながら頭を捻る。
「何をどうすればこれだけの被害を出せるのか……。『ユグドラシル』側がRankSの魔法でも発現したのか?」
★
ずるり、と。
影が動いた。
★
サクサクと瓦礫を放り棄て、場合によっては“爆裂”で吹き飛ばし、瓦礫の山を攻略していたスペードだったが、ものの数分という驚異的な時間でお目当てのものを発掘した。
「良かった。死んじゃいねーみたいだ」
「一安心だな」
「ただ、一緒にすげーものも発見した」
「……何だ」
「ん」
発掘した中条聖夜を肩で担ぎながら、スペードが顎でしゃくる。エースはそちらへと視線を向けサングラスの内にある目を大きく見開いた。
「この男は……」
「見覚えあるよな、この面。結構な額の懸賞金がかかってたはずだ。大金星じゃねーかよ、セイヤナカジョー」
その男は半身を瓦礫に埋められた状態で、口から血を垂れ流し、白目を剥いていた。右拳は白い骨がちらほらと覗いて見えるほどに肉が抉れ、左に至っては腕から下が綺麗に切り落とされている。纏っている魔法服は大きく破れ、腹部も血まみれになっていた。
「まさか本当に中条聖夜がやったのか? 力量としては雲泥の差があるはずだが」
「それ以外に誰がいるってんだ? んだよ、セイヤナカジョーの奴。決勝戦でも本気出してなかったのか」
「黙れ戦闘狂。とにかく――」
「おっと。諸行無常の死体はこっちで回収したいから、触んないでくれるかな~」
無常の身体へと伸びていたエースの手が止まる。
闇夜に紛れて、それはいた。
激しい戦闘によって断線していたのか、明かりの消えた路地の一角。
闇夜に溶け込むようにしてそこへ立つ、1人の影。
「蟒蛇、……雀か」
聖夜を担いだままのスペードが、その人物の名を口にする。
黒髪を腰あたりまで伸ばし、身体にぴったりと張り付くような革製の黒い魔法服に身を包んだ女。
蟒蛇雀。
大きなクマのある目が、スペードとエースを嘗め回すようにぎょろりと動く。そして、その足元で瓦礫に埋もれるようにして天を仰いでいる無常へと視線が移った。
「ちっ、裏切者の後釜とやらで据えられたって聞いちゃいたけど、ここまで使えないオトコだとは思わなかったなぁ。だからこそ、私もそそられなかったんだけど」
「貴様のお仲間か。つまりはお前もこの男も『ユグドラシル』関係者、という認識でいいんだな」
エースからの問いに、蟒蛇は口角を歪めた。
「そうそう。そいつは諸行無常、んで私は盛者必衰。組織ではそう呼ばれているよ。あぁ、もうそいつはそう呼ばれてた、か」
嘲るようなその口調に、スペードが眉を吊り上げる。
「まだ死んじゃいないぜ、こいつ。もっともお前らにこいつを渡す気はさらさらねぇわけだけど」
「あ?」
狂気を含んだ笑みから一転、憎悪一色に染まった蟒蛇が人差し指を手招くようにして折る。
「下がれ、スペード!!」
エースが吼える。同時に両者がその場から後退した。
瞬間。
無常の腹を漆黒の槍が突き破った。
そして槍の勢いはその程度では止まらず、無常の身体を突き破ったまま空へと伸びる。瓦礫から強引に掘り起こされた無常の身体はぐんぐんと高度を上げ、10mほどでその槍の動きが止まる。無常の身体は本人の意思とは無関係に足を跳ね上げ、腕を揺らしていたが、その痙攣はすぐに収まった。
それの意味するところはたったひとつ。
「てめぇ、仲間を何だと思ってやがる」
唸るスペードに、蟒蛇は嘲笑を浮かべる。
「仲間ぁ? あはは、何言ってんのよ。そもそも私は今の組織の連中を仲間だなんて思ってないっつーの」
「それではなぜ『ユグドラシル』に籍を置いた。気ままに人を殺して回っていたはずのお前が」
「殺しが正当化されるからじゃない?」
「ふざけているのか?」
適当な受け答えをしているとしか思えない回答に、エースの表情が歪む。それを見た蟒蛇は裂けたような笑みを浮かべた。
「本当なら“白影”も連れて行きたいところだったんだけど、2人抱えて逃げるのも面倒臭いし、今日はいいか。ねぇ、ここはお互い見なかったことにして、そっちは“白影”、こっちは諸行無常を持って立ち去らない?」
「……馬鹿が」
吐き捨てるようにそう口にした直後、エースの身体が原型を失くす。けたたましい羽音に蟒蛇が大きなクマのできた目を細めた。
「蝙蝠か」
自らの頭上で、群れを成して旋回するそれらからは視線を外さず、蟒蛇が懐に差し込んでいた得物を抜き取ろうとして――、
それよりも早く、蟒蛇の脇腹がぱっくりと割れた。
「っ、――――な」
驚愕で目を見開いた蟒蛇が、自らの腹部を確認し、そこから生える少年の手を見る。そして、視線は自らの後方へ。そこには腕を突き出し冷徹な視線を向けるエースの姿。
「な、な、な」
蟒蛇は自らの現状を認識し、
「なぁんちゃってねっ」
ペロリと真っ赤な舌を出した。割れた腹部からは血ではなく漆黒の槍が噴き出す。至近距離にいたエースは、回避行動を取る暇もなくそれに貫かれた。
しかし。
「実験体の強化人間、いや、合成、だったっけ? 今のは仕留めたと思ったんだけどなぁ」
気化したかのようにずるりと原型を失くす蟒蛇は、その光景を見て呟く。串刺しにされたエースの傷口から溢れ出したのは、鮮血ではなく蝙蝠。その傷口は瞬く間に広がり、エースもまた原型を失くす。
「私たちが戦っても時間の無駄だと思わない?」
そう質問した蟒蛇は、無常の身体を貫いた槍の上。右手を切っ先に添え、傾斜に足をかけてバランスを取っていた。
「貴様の首が取れるなら、その程度の時間の浪費は許容できるだろうな」
そう答えたエースは、スペードの隣でしかめっ面をしている。蟒蛇の周囲を旋回している蝙蝠は、あくまで牽制としてのようで、一定の距離を保ったまま近づこうとはしない。
蟒蛇はにんまりと笑みを浮かべながら、わざとらしく周囲へと目を走らせた。
「別にそっちが死ぬまで付き合ってあげてもいいけどさぁ。その間に人って何人死ぬんだろうねぇ」
言葉に詰まったかのように黙るスペード。犬歯を剥き出しにして唸るエース。
「ご理解頂けたようでなにより。それじゃあ、その“白影”が起きたら伝えておいてくれる?」
2人の結論は聞かず、蟒蛇は一方的に続ける。
「お前がもう少し美味しく実れたら、私が直々に食べてあげてもいいよ、ってね。はははっ!!」
笑い声が響く。
その笑い声は残したまま、10m近く伸びていた槍ごと気化した蟒蛇と無常は、魔法世界の闇へと溶けて消えた。
今回は2話同時公開をしています。