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テレポーター  作者: SoLa
第4章 スペードからの挑戦状編〈下〉
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第14話 油断か無能か




「……あぁ、問題無い」


 心配そうなヴェラから『だいじょうぶ?』と書かれたクロッキー帳を突き出され、そう答えた。


 ぶっちゃけ、全然大丈夫じゃない。

 人通りの全くない路地裏で、人様の家の塀に背を預ける。


 雪は降りやまない。吐く息は白く、周囲は明らかに寒いはずなのに、俺の身体は脂汗が滲み出るほどに熱かった。俺の身体が耐えられる許容範囲を完全に超えてしまっている。あれか。大会で“神の書き換え作業術(リライト)”を連発する前に、そもそも会場入りで“神の上書き作業術(オーバーライト)”を使ったのもまずかったのか。

 完全に後の祭りだ。


 背負っていたナップサックを下ろし、震える手で中に入っていた白色のローブを取り出す。大会で使用していた『黄金色の旋律』御用達のローブだ。正体を悟られぬように学園で使用していた黒色のローブを着用し行動していたが、ホテル『エルトクリア』に到着するまでの間に、あの『ユグドラシル』からの刺客ともう一戦交える可能性は非常に高い。ひっそりと行動できないのなら、いっそのこと『黄金色の旋律』として大胆に行動してしまった方が良いだろう。ヴェラもいるしな。


 黒から白へと素早く着替えた。

 忌々しい『T・メイカー』の復活である。

 まあ、世間一般ではもう師匠が『T・メイカー』ということになったようだし、問題は無いだろう。たぶん。


 脱いだ黒色のローブをナップサックに詰め込み、背負い直す。


「待たせたな。さあ、行くか」


 頷くヴェラを促し、俺たちは再び雪の降り積もる地面を蹴った。

 せめて、ちょろ子と合流するまでは追いつかれないようにしなくては。







「……やったのか?」


「さあ?」


 スペードからの問いに、リナリーは軽く肩を竦めながら答えた。聖夜の“不可視の弾圧(クラック・ダウン)”よりも遥かに巨大なクレーターを生み出したリナリーの魔法。その脅威を一身に受けたナニカは、超巨大クレーターの中心部で身動き1つせずに転がっている。


「相変わらずめちゃくちゃな威力だよな、あんたの魔法」


「別に。貴方だってやろうとすればこの程度の威力は余裕でしょ?」


 暗に「なんでさっさとお前がやらねーんだよ」と告げるリナリー。


「俺の無系統で同じような威力を出そうとすると、周囲への被害がやべーんだよなぁ」


 リナリーからのジト目での指摘に、スペードは苦笑いをしながら言う。予想と寸分違わぬ答えに、リナリーは鼻を鳴らしながら視線をクレーターへと向けた。


「流石にこれ以上は必要ない、と信じたいところだけれど」


「それには同感」


 実況解説のマリオとカルティが『と、討伐完了でしょうか?』『うーん、どうなんだろうね? ひとまず、あの2人さえいればみんな安全ってことは分かったけど……』と話しているのを聞き流しながら、スペードは首を縦に振った。


「さて、ちゃーんと戦闘不能になったのかを確認しなきゃな」


「それはいいけど、さっきみたいに油断して馬鹿なことをしないでよね」


「あんた本当に鬼だよな……」


 がっくりと肩を落としながら、スペードはナニカの倒れ伏すクレーターへと足を向けた。伏したまま動かないナニカの身体には、既に新たな雪が積もり始めている。クレーター付近まで足を進めたところで、その身体に積もった雪が小さく上下しているのをスペードは確認した。


「マジかよ。まだ息があんのか。こんなに痛めつけられて、まだ死ねないってのは可哀想だよな。流石に同情するぜ」


 その声に反応したのか。これまで身動き1つしていなかったナニカが突如として顔を上げ、どす黒い液体で濡れた口を大きく開く。口内でオレンジ色の炎が輝きだした。


業火の弾丸(ギャルンライト)』。人間が使うRankBに位置する高等魔法だ。


 その発現を目で捉えながら、スペードは表情をしかめた。


「……魔法を使う知性を持ちながらも、対話するだけの知性は持てずか。哀れなもんだ」


 未だ戦闘意欲の消えないナニカへ応えようと、スペードが拳を握る。


 しかし、両者よりも先に動く影があった。

 瞬く間にナニカへと肉薄したその影は、躊躇いなく足を振りかぶり、ナニカの頭部を吹き飛ばす。『業火の弾丸(ギャルンライト)』発射間近だったナニカの頭部が宙を舞う。それを見たスペードが目を見開いた。


「馬鹿やろ――っ」


 一歩を踏み出そうとするスペード。

 しかし、それよりも早く。


「『遅延術式解放(オープン)』『業火の檻(イクスガロン)』」


 凄まじい熱量を帯びた炎の檻が、宙を舞うナニカの頭部を包囲した。

 直後に、暴発。

 地を揺るがさんばかりの衝撃波に、観客席から悲鳴が上がる。天蓋魔法と肩を並べる高等技術、RankAの結界魔法『業火の檻(イクスガロン)』をも揺らす暴風に、スペードも両腕で自らの顔を覆った。

 そんなスペードを凍てついた視線で見据えながら、吐き捨てるように呟かれる声。


「馬鹿はお前だ。衆人環視の戦闘で手をこまねいているかのような姿勢を見せるんじゃない。『トランプ』の……、エルトクリア王家の信用を地に落としたいのか。この戦闘狂が」


「……アル」


 アルティア・エース。

 たった今、ナニカの頭部を一撃で吹き飛ばしたのは、『エース』の名を冠する王族護衛『トランプ』の一角。


 気まずそうな表情で自らの愛称を口にする同僚に、エースはその表情を更に歪めさせた。


「お前の処罰は後ほど下されるだろう。騒ぎに乗じて不文律を破ったお前の罪が消えると思うな」


「い、いやぁ、お、俺が決戦フィールドにいたおかげで騒ぎも最小限で済んだし、そこはよくやったと言われてもいいんじゃねーかなぁ」


「……ほぉう?」


 地獄の底から響くような声色がスペードの耳に届いた。壊れたロボットのように、ぎこちない動きでスペードの首が回る。

 そこにいたのは、般若の如き形相を浮かべる妙齢の女性。


「現世に残す遺言はそれで構わないのじゃな、スペーェェドォォ」


 クィーン・ガルルガ。

 遅延魔法を用いることによって最適なタイミングで結界魔法を発現した、『クィーン』の名を冠する王族護衛『トランプ』の一角。


「ひぃっ!?」


 仲間に向けるものとは思えぬその怒気に、魔法世界最高戦力の一角たるスペードも思わず肩を震わせた。


「遅い」


 そして、そんなことなど知ったことじゃないと言わんばかりに投げかけられる声。その声の主に対して、クィーンは吐き出したくなるため息を堪えるかのような表情を向けた。


「勘弁して欲しいものじゃの。ごった返す会場内を、これでも最短経路で駆けてきたつもりじゃ。まさか防護結界を解いてあそこから飛び降りるわけにもいかんじゃろうて」


 先ほどまで自分たちがいた20階にあるVIPルームを指さしながらクィーンは言う。リナリーは鼻を鳴らしながら視線を頭部の無いナニカへと向けた。


「で、アレはどうするの」


「貴重なサンプルとして王城の研究室送りじゃろうな。複数いるとは考えたくないが、対策は練っておかねばならん」


「ギルマンのところなのね」


「……そう、じゃな。卿の管轄がベストじゃろう。一番成果を上げている場所じゃからな」


「そう」


 リナリーの素っ気ない返答に、クィーンも僅かに表情をしかめた。それが意味するところは誰が見ても明らかだったが、立場上それを口にできるものはリナリーを除いて他にはいない。スペードもエースも何も言わなかった。

 あからさま過ぎたその態度を恥じたクィーンは、顔を赤らめながら口にする。


「さ、さて。事態の終息宣言を出さねばな。どう言い繕えばよいか頭が痛い。いっそのこと、『黄金色の旋律』の召喚魔法が暴走したということにして――」


「そんなことしたら本気で戦争仕掛けるわよ」







「……行ったか?」


 俺からの問いに、ヴェラは音も無く頷いた。物陰に隠れていた俺たちはゆっくりと移動を再開する。ヴェラが目にしたのは、索敵用の精霊魔法。ほぼ間違いなく『ユグドラシル』のメンバーで無常と呼ばれていた男の発現した魔法だろう。


 精霊魔法は、現在の魔法使いの大多数が使用している現代式呪文詠唱では発現できない魔法の1つだ。

 そもそも現代式呪文詠唱とは、『始まりの魔法使い』メイジと『七属性の守護者』と称される7人の弟子が生み出した古代式契約詠唱を、聖杯と巻物を用いずに発現できるよう“音”へ翻訳したものに過ぎない。

 従って、翻訳されていない呪文、つまり音へと翻訳できなかった契約詠唱は、呪文詠唱では発現できないということだ。契約詠唱では発現できるが呪文詠唱では発現できない、といった魔法は数多く存在する。

 今回の精霊魔法もその1つというわけだ。


 呪文詠唱が普及して以降開発された新魔法もあるため、呪文詠唱では発現できるが契約詠唱では発現できない、といった魔法も存在するのは事実だが、その数は少ない。

 魔法を万能に使いこなしたければ現代式と古代式、呪文詠唱と契約詠唱の両方に手を伸ばすのがベストだろうが、そんな器用なことができる魔法使いは暇と金を無限に持て余している奴だけだろう。


 そもそも呪文詠唱と契約詠唱を両立させて魔法を運用できたかどうかが分からない。前に師匠から聞いたことがあるような無いような……。


「いてっ!?」


 物思いに耽っていたら顔を何かで叩かれた。仮面をしているので痛くはないが、反射的に声が出る。俺を叩いたのは当然ヴェラであり、その手にはクロッキー帳が握られていた。


『平気? 今は考え事よくない』


「あ、あぁ。そうだな。すまん」


 無意識のうちに仮面を撫でていた手を止めて、素直に謝罪する。確かに集中を途切れさせるのは危険だ。特に今のような状況下においては。

 痛む思考に気合いを入れ直す。

 そこに。


「……ん?」


 俺のMC『虹色の唄』から放たれている雑音(ノイズ)に混じって聞こえてくる音。

 これは。


「エルトクリア高速鉄道か」


 金属が金属を打つ音が断続的に響いてくる。音量からしてまだそこまで近くは無いが、この電車が出す特有の音は間違いないだろう。

 ……電車か。

 既に極力魔法を使いたくない身としては魅力的な移動手段だ。


 ふむ。

 懐からクリアカードを取り出す。直ぐにお目当ての相手へと回線を繋いだ。


「ちょろ子か。すまない。ルートを変更してほしいんだ」







 終息宣言によって沈静化しつつある観客席をしり目に、リナリーはクリアカードを操作した。お目当ての人物へは1コーラスで繋がる。


『栞です』


「中継カメラを破壊したから映像はいっていないはずだけど、こっちの状況は把握しているわよね?」


『正体不明の侵入者の件ですね。承知しています』


 まりもならこうはいかないだろうと思いながら、リナリーは1つ頷く。


「結構。討伐は完了したわ。後処理は『トランプ』に任せる」


 頭部を失ったナニカの死体へと恐る恐る近づき、回収作業を開始した魔法聖騎士団(ジャッジメント)、『トランプ』のエースとスペードを確認し、リナリーはそう結論付けた。そして、通話相手である栞からも異論はない。ホログラムに映る小柄な女の子が頷いた。


『お疲れ様でした。無系統魔法をお使いになられたようですが、調子は大丈夫ですか?』


 リナリー自身の魔法によって中継カメラは破壊されている。つまり、ここで行われたナニカ討伐の戦闘風景を栞は知らないはずだ。それでもこのような質問が来たということは、何かしらの情報が栞の元に届いているということ。

 若干嫌な予感を覚えながらリナリーは口にする。


「ええ、問題無いわ。それじゃあそっちに送ってくれる?」


『お断り致します』


「……どうしてかしら?」


『お兄様より、許可を出すまで転移はさせるなと言われております』


 嫌な予感は的中した。どうやら栞の情報源は聖夜だったらしい。そして、その際にされたいらぬ命令も。


「栞ィ。貴方、……私に逆らうの?」


『……この際ですから、はっきりさせておきましょうか』


 小柄な女の子に似合わぬ硬い声が言う。


『私が「黄金色の旋律」に所属しているのも、貴方をパーティのリーダーとして仰ぎ、その指示にある程度従っているのも、全てはお兄様ご自身がそうすべきと判断しているからです』


「……それは自分の立場を理解した上での発言かしら」


『もちろん。私が自立できるまで養ってくれた貴方には感謝しております。このご恩はいつか必ずお返しします』


「それなら」


『それでも、あの時私を救ってくれたのは、私に生きる価値を見出してくれたのはお兄様です』


 栞の断言にリナリーが言葉を詰まらせた。その態度を見て、結論は出たと言わんばかりに栞は続ける。


『私にとって、“お兄様の命はその他全てを凌駕する”。そういうことです。転移の許可が下りましたら、改めてこちらからご連絡致します。それでは、一度失礼させて頂きます』


 一方的に切断される回線。

 リナリーはしばし呆然と立ち尽くした。それからため息。


「……調教に失敗したのは私の方か」







 失敗した。

 馬鹿みたいな数と威力の魔法球を、建物の陰に隠れてやり過ごす。乱射によって近隣住民の家が次々と破壊されていた。対魔法攻撃の対策をしている家もあるらしく、対抗魔法回路が働き魔法球の雨を耐え抜いているところもあるが、それをしていない家は残念なことになっている。


「くそっ」


 無常と名乗る『ユグドラシル』からの追手は、エルトクリア高速鉄道の高架線付近にいた。偶然であるはずがない。アギルメスタ杯決勝で既に一戦をこなしている俺が疲弊していることを見抜き、楽な移動手段に流れると踏んでいたのだろう。

 大正解だよクソ野郎が。


「聖夜!!」


 小さな通りを挟み、反対側の家の陰へと転がり込んでいたヴェラが俺の名を叫ぶ。こちらに向けられたクロッキー帳には端的に『使う』と書かれていた。何を使うかなど問うまでもない。ヴェラの無系統魔法だ。

 いい加減、覚悟を決める時が来たか。


「俺が援護する!! 一度で確実に決めろ!!」


 ちょろ子の到着を待ってはいられない。これ以上周囲に被害が拡散するのも後味が悪い。ここまで大々的な破壊をしているのだから、そろそろ第三者が駆けつけてくれてもいいのに。やはりアギルメスタ杯でこの付近の住民も出払っているのか。だったらいっそのこと大闘技場周辺を戦いの場所にすればよかった。あそこなら大量に人がいたし、警備中の魔法聖騎士団(ジャッジメント)だって……。

 そこまで考えて、思い至った。


 そうか。人払いの魔法まで使用されていたのか!!


 あまりに簡単な事実にまったく気付けなかった自分を恥じる。

 そうだよ。いくらアギルメスタ杯で大多数の住民が出払っているからって、警備の目まで無くなるはずがない。そうしたら大会期間中は泥棒が暗躍し放題だ。警備の人間までこの騒ぎを聞きつけられないのは1つしかない。


 失敗した。

 というか、ここまで俺は失敗続きだこんちくしょう!!


「ヴェラ!! 聞け!!」


 無常から放たれる無数の魔法球が着弾し、凄まじい破壊音を響かせる。その音に負けないよう声を張り上げた。


「俺の無系統はもう使えない!! 俺は『業火の型(レッド・アルマ)』で奴の注意をひきつける!! お前は隙を突いて無系統魔法を行使しろ!! いいか!! 確実に一発で仕留めろ!!」


 ヴェラがオーバーリアクションで頷くのを確認し、一息で身を翻した。土属性が付加された魔法球の弾幕。それを浴びる通りへと躍り出る。


「いくぞっ!!」


 その宣言は、俺自身を鼓舞するために。

 その宣言は、ヴェラへとタイミングを告げるために。

 その宣言は、相対する敵へと挑戦状を叩き付けるために。


 全身強化魔法『業火の型(レッド・アルマ)』を発現させ、迫る死線へと真っ向から突っ込む。エルトクリア高速鉄道の高架橋の下、柱付近でこちらへと魔法球の弾幕を浴びせていた無常の顔に、僅かな動揺が走った。ここまで直線的な手で反撃に出るとは思わなかったのだろう。俺自身もどうかと思う。

 しかし、ヴェラの無系統魔法を切り札とするのなら、俺が極力注意を引き付けておく必要がある。


 ヴェラの無系統魔法“神の強制命令術(オーダー)”は、相手方が“命令(オーダー)”された内容を正しく聞き取り理解できなければ効果は発動しない。他の音でよく聞き取れなかった、聞き取れはしたがよく理解できなかった、などといった場合は失敗に終わる。

 今回のような魔法戦闘下でヴェラの無系統魔法を行使する場合、戦闘音によってヴェラの“命令(オーダー)”が掻き消されてしまう可能性がある。そうなると、相手に“命令(オーダー)”を行使させることができない。ヴェラも身体強化魔法は使えるから近接戦闘ができないわけではないが、無常のようなクラスの魔法使いだと時間稼ぎも危ういだろう。


 一度目で決めなければまずい。

 本来なら、俺の“神の書き換え作業術(リライト)”で転移して不意打ちがベスト。しかし、今の俺が発現しても、座標は狂うわその後はおそらく戦闘不能になるわで良い事は無い。ならば、せめてちょろ子の魔法で足止めしてから、とも思ったがこれ以上の時間稼ぎはおそらく無理だろう。

 こうなってしまうと、まだ戦える状態である俺がここで動くしかない。


 数多の魔法球の隙間を掻い潜り、無常との距離を詰める。

 握りしめた拳から炎が吹き上がった。


 対する無常も構えを取る。

 想定外の動きをしてきたとはいえ、それで迎撃が疎かになるような魔法使いではないか。その身体には、既に土属性の全身強化魔法『堅牢の型(ブラウン・アルマ)』が発現していた。準備万端の状態で仕掛けてきたわけだな。


 耳へと届く音に『虹色の唄』からの雑音(ノイズ)が混じる。

 くっそ。本当にうるせぇ。さっきよりも音量上がってるよな!?


 最後の一歩を跳躍で詰め、回し蹴りをぶち込む。

 直前に。


「なにっ!?」


 その光景を見た無常が目を見開いた。

 付加されている火属性を雷属性に変える。つまりは『属性変更(カラー・チェンジ)』。無常の身体へと回し蹴りが直撃する瞬間に、俺の全身強化魔法が『業火の型(レッド・アルマ)』から『迅雷の型(イエロー・アルマ)』へと切り替わる。

 土属性は、雷属性に弱い。

 鳴り響く雷鳴と共に、俺の回し蹴りが無常の脇腹を穿った。


「があああああああああ!?」


 流石の無常と言えども、属性優劣によって劣勢に立たされた属性では威力を殺しきれなかったようだ。魔法球の弾幕が止む。しかし、時間稼ぎはここからだ。ヴェラの身体強化魔法だけでは、先ほどの弾幕を躱してこちらとの距離を詰めて来れたとは思えない。ヴェラが移動を開始するのはこれからのはずだ。


 ヴェラがここへ来るまで。

 ヴェラの声がこいつに届くまで。


 俺がこいつの相手をしなければいけないのだ。


「むうううううううううう!?」


 雷属性の付加能力は麻痺。

 全身を痺れが襲っているであろうにも拘わらず、無常が動く。回し蹴りとして突き込まれた俺の脚を左腕で抱き込み、右拳を握りしめた。瞬く間に集中していく魔力。


 これを喰らうとかなりまずい。

 脚を抱き込まれた状態で上半身を捻る。遠心力によって力を増大させた肘を無常の頬へと叩き込んだ。


「がぶっ!?」


 無常の拳よりも俺の肘の方が速かった。無常の拳は空を切り、その身体は衝撃でよろめく。緩くなった拘束に乗じて自由な足で無常の腹部を蹴りあげ、拘束から逃れる。頭から地面に落ちる形となったので、体勢を整えるついでにそのまま足を振り上げて無常の顎を打ち抜いた。


「ぐぅうぅ!!」


 歯を喰いしばり、若干の後退で体勢を整える無常。こちらを射殺さんばかりの形相を向けてくる。


「ガキだと思って油断したか? それとも『ユグドラシル』からの前情報で取るに足らないガキと記載でもされていたか? どちらにせよ、今の攻防で決められなかった自分の無能さを恨め」


 チェックメイトだ。

 俺との攻防へ完全に気を取られていたのだろう。出来る限り気配を消して近づいていたヴェラが、無常の背後を取っている。

 温度を感じさせない冷徹な表情で、彼女はこう言った。


「ムジョウだっけ? 貴方、『舌を噛んで自害して』」


 無常の瞳が大きく見開かれ、背後へと振り返ろうとする。しかし、それよりも早く“命令(オーダー)”が遂行された。

 無常は大きく口を開け、そして――――。


 鮮血が、純白のカーペットへと滴り落ちた。

次回の更新予定日は、7月24日(金)です。

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