第16話 報酬
結論から言おうと思う。
可憐を連れて行ったのが、速攻でバレました。
なぜか?
後始末を全て放り出して帰ったからです。
昨日の一件。ひとまず誘拐グループをボコボコにした後、俺は舞の携帯から師匠に連絡を取り、現状を伝えた。予想通り直ぐにでも現場に急行できるように魔法警察に根回ししていた師匠は、即座に了承。
俺は舞と可憐を連れて転移魔法を発動させ、いち早く学園へと帰還した。
何となく、バレた原因は分かっただろうか。
そう。
可憐によって一角が氷漬けにされた工場を、そのまま放って帰ったのである。
この目で確認していない為、あくまでも想像の話となるわけだが。
現場に到着した魔法警察官たちは、大層驚かれたことであろう。この話は、泰造氏の書斎にて依頼主ご本人様より直々にお教え頂いた。
嫌な予感はしてた。早朝、セットしてもいない時間から自己主張を始めた俺の携帯電話。泰三氏の呼び出しに応じて姫百合家に急行してみれば、その扉の前には全て終わったみたいな顔をした可憐がポツンと立っていたのだから。
しかし、予想に反して泰造氏からのお叱りは無く、逆に拍子抜けしてしまった。
「まあ、掛けたまえ」
泰造氏に促され、高級そうなソファーに腰掛ける。まず、ここに通されて席を勧められたこと自体が無かったため、余計に謎が増えた気分だ。
「可憐も」
「は、はい」
隣に座ってくる。その距離に泰造氏が若干目を細めた気がしたので、少し距離を空けて座り直した。
「まずは、ご苦労だったな。中条聖夜君。君のお蔭で、今回可憐を狙った輩は一網打尽だ」
「ありがとうございます」
とりあえず、頭を下げておく。
「魔法警察の話によると、一連の魔法使い誘拐事件には何ら関与していない模倣犯だったらしいがね」
「……そうですか」
まあ、そうだろうとは思った。戦闘はてんで素人。技能どころか度胸すらない、口だけの集団だったからな。
「ただ、魔法警察の方は相当の感謝をしていたよ。大事に至る前に、組織を1つ潰せたわけだからね。魔法使いのライセンスを持つ君には、お礼に伺いたいと言っていたが……」
「結構です。もし、それでも形式的に何かする必要があるのなら、恐れ入りますが姫百合宛てにお願いします。私は姫百合家の使者という形で参りましたし、私や師匠の名前が出るのはちょっと」
「なるほど。では、そのようにしておこう」
泰造氏が頷く。しかし、俺の方は気が気ではなかった。『魔法使いのライセンスを持つ君には』という言い回し。
つまり――――。
「……可憐」
「……は、はい」
ライセンスを持たぬ者が同伴していたことは、既にバレているということ。
「ついて行ったらしいな?」
「……はい」
ちらりと、俺の横顔を窺った後。可憐は素直にその事実を肯定した。それでいい。断言されたことから、確かな根拠の元にその発言が為されたのは明白。ならば、下手な言い回しは逆効果だ。
「ふぅ」
泰造氏が向かい側のソファーに、深いため息と共に身を埋めた。沈黙が書斎を包み込む。
「……本来ならば、なぜそのようなことをしたのかと小一時間問い詰めたいところだったのだが……」
「それは、しないお約束でしたよね? あなた」
「……分かっている」
「……お母様」
その声に、息を呑んで振り返る。
書斎の入り口。
開け放たれた扉には。
姫百合家現当主・姫百合美麗が立っていた。
流石は親子と言ったところか。可憐に良く似た美しい顔立ち。おそらく、可憐がもう10年もすればこのような女性になるのだろうと容易に覗わせる容姿だった。
姫百合家の膨大な魔力は、髪質に変化を及ぼさないのだろうか。可憐と同じく、この女性の髪も真っ黒だ。もしかすると、変化を及ぼしたうえでこの黒さなのかもしれない。
姫百合美麗さんは、にこりと微笑むと書斎に足を踏み入れた。ぐるりと俺と可憐が座るソファーを回り込み、俺たちの対面・泰造氏の隣に腰掛けた。
「リナリーの弟子・中条聖夜君ね。彼女から貴方のことはよく聞かせて貰っているわ。話に聞いた通り、素敵な目をしてる」
……いえ、俺の目について褒めて下さったのは貴方が初めてです。
「私の名前は姫百合美麗。姫百合家の現当主を務めているわ」
「初めまして、中条聖夜です。……貴方のことは、存じております。お噂はかねがね」
「あらあら、恥ずかしいわね」
口元を手で覆いながら、優雅に笑う。一目で育ちの良さが分かる仕草だった。これで戦闘になれば『氷の女王』と畏怖されるほどの実力を発揮するのだから、そのギャップに驚いてしまう。
こちらの反応に満足したのか、姫百合美麗は1つ頷くと、その視線をゆっくりと可憐に向けた。
可憐がびくりと肩を震わせる。
「可憐」
「は、はい」
「こちらを向きなさい?」
目を逸らすように自分の呼びかけに答えた可憐を諌め、姫百合美麗さんが可憐に正面を向かせる。
「……どうだった?」
「……え?」
「今回、初めての実戦に参加してみて。どうだった?」
その問いに、可憐は少し躊躇いながらも口を開いた。
「……最初は、とても怖かったです」
「何が怖かったの?」
「……魔法が、です。実戦というものが何なのか。それを全然考えていなかったことを知りました。中条さんがおっしゃっていた、『実践と実戦』は違うという意味が、そこで初めて分かりました」
「『最初は』って、言ったわね? じゃあ、その恐怖心が薄れたのはなぜ?」
一度、可憐がこちらを見る。思わず目が合ってしまったが、何のことかさっぱりだった俺は直ぐに視線を姫百合美麗さんへと戻した。
「……1人では、無かったからです」
ぽつりと、可憐がその答えを口にした。
「おそらく、1人では戦えなかったと思います。中条さんがいて……舞さんがいて……。いてくれたから、戦えたのだと思います。中条さんは、敵のリーダーの方を抑えてくださって。舞さんは、私から離れず常に気遣うように戦ってくださいました。お二人がいてくださらなければ、私は震えたままずっと戦えなかったと思います」
「……そう」
可憐の言葉に、姫百合美麗さんが頷く。それを見て、驚いた。笑っている。
「やっと、良い縁に巡り合えたみたいね。可憐」
「……え?」
目を見開く可憐に、姫百合美麗さんが優雅に微笑んだ。
「ずっと心配だったの。もう高校に上がって2年。それなのに、貴方には友人らしき方々が1人もいない。咲夜も一緒よ。姉妹で2人きり。ずっとこのままなのかと思っていたわ」
……。
「いい? 可憐」
姫百合美麗さんは身を乗り出し、可憐の顔を覗き込む。
「人はね、1人では生きていけないの。だからこそ、今ある縁を大切になさい。決して離してはダメよ。何があったとしても、絶対に裏切らない、裏切られない。そんな繋がりを貴方自身の手で作り上げ、大切にしなさい」
「……。あ……はいっ」
「ふふっ。それが分かっただけでも、今回の件に参戦した価値は十分にあったわね」
可憐の力強い返事に、姫百合美麗さんがそう言って笑う。そして、改めて俺の方へと向き直った。
「不肖の娘ですが、これからも何卒よろしくお願いしますね」
「……いえ、こちらこそ。慣れない学園生活で、可憐さんにはお世話になっておりますので」
そう言いつつも、何やらヤバいモノを任されてしまったような気がした。横を見てみれば、可憐が頬を若干ながらも赤く染めてこちらの様子を窺っている。対面に座る泰造氏から発せられる無言の圧力は、気のせいだと信じたい。
「あー、ごほん」
泰造氏から、ワザとらしい咳払いが漏れる。いいぞ。早く話題を切り替えてくれ。正直、居た堪れない気持ちでいっぱいだ。
「中条聖夜君。今回の可憐、咲夜の護衛任務については、良くやってくれた。これほどまでに早く決着が着くとは思わなかった。流石はリナリー君のお弟子さんと言ったところだろうか」
無言で頭を下げておく。いったいどんな魔術を使えば、ここまでの信頼を勝ち取ることができるのだろうか。
本当に、師匠は恐ろしい。
「……で、報酬金についてだが……」
そんな不謹慎なことを考えていたところだったが、報酬金という単語が耳に入り、俺の頭は一気に冷めた。
言葉は、反射的に発せられた。
「受け取れません」
「……何だって?」
俺の言葉に、泰造氏だけではなく姫百合美麗さんも可憐も目を丸くした。
「私が可憐さんを巻き込んだ時点で……。護衛対象者に対し、護衛任務にあるまじき行為をした時点で、契約は不成立です。護衛とは、対象者に対して如何に安全な環境を提供できるか。私は、その役目を果たせませんでした」
「……中条さん」
可憐が俺の名を呟く。
泰造氏は無言で押し黙っていた。
この反応を見て、確信する。
姫百合美麗さんは良い経験だったとポジティブに捉えているようだが、やはり泰造氏は納得してはいないのだと。それはそうだ。そもそも今回の依頼とは、自分の娘を危険から守るためのものであったはず。
いくらそれが良い実戦経験になったとはいえ――――。
「ですが、中条聖夜さん。今回の件に関しては、こちらの落ち度もあります。何を隠そう可憐本人が、貴方について行きたいと言ったのですから」
「そ、そうですよ、中条さん。それに今回ので良い経験にも――」
「それは、あくまで結果論でしょう」
申し訳ないが、姫百合美麗さんに続くようにして言う可憐の言葉に被せるように口を開いた。
「今回の件に関して言えば、確かに敵のレベルはお粗末極まりないものであり、実戦経験の無い可憐さんにとっては、初参戦にこの上ない良い条件であったことは間違いありません。現に無事、かすり傷すらも負わずに帰ってきています。ですが、それはあくまで結果論なのです。もし、相手が私よりも強い魔法使いを有していた場合、どうなっていたのかは分かりません。敵の戦力の程度に確信を持てぬまま、可憐の同伴を許可した私の行動は、やはりどう見ても間違っています」
軽率でした、と頭を下げる。
自分の行動が、このような結果をもたらすとは思っていなかったのか、可憐は俺の隣でおろおろしていた。
だが、今の俺はそれを気にするなと言える立場ではない。
「姫百合美麗さん、そして可憐さん。私の行為に対し、こうして利点のみを掲げ正当化して下さっていることに関しては、感謝致します。実は私。今朝、こちらへの呼び出しを受けた際、今回の行動に対して何かしらのご意見を頂くものと思っておりました。だからこそ、そのようなお言葉を頂戴できるだけで、私としては十分ですし、救われました。ありがとうございます。そして、ご期待に添えず、申し訳ございません」
捲し立てるような言い方になってしまったが、仕方が無い。感情に任せて謝罪等、自分の恥を上塗りするようなものだと思ったが、口が、頭が、うまく動いてはくれなかった。
流れるままに思ったことをそのまま喋り、立ち上がって頭を下げる。
ちょっとだけ、自分の不器用さに泣きたくなった。
少しの間、沈黙が生まれる。俺は立ち上がり、頭を下げたまま。
相手は責めてもいないのに、自分から勝手に謝罪しているのだ。そりゃ、向こうだってリアクションに困るのだろう。こちらから、この場を締める言葉を掛けるべきかと考えていると、姫百合美麗さんから声が掛かった。
「美麗」
「……はい?」
「まずは私のこと、美麗って呼んでもらいましょうか」
「……、……は?」
雇い主の関係者に対する返答では無いのは重々承知しているが、これは仕方が無い。
……何だって?
「フルネームで呼ばれるのは、嫌なの。そちらも面倒でしょう?」
「……え、えっと」
ちらりと泰造氏の顔を覗ってみると、深くため息を吐いたところだった。その表情には「始まったか」みたいな色がありありと浮かんでいる。
……とりあえず、呼べということなのだろうか。
「……美麗さん?」
「何でしたら、お義母様でも構いませんのよ?」
……謹んで遠慮させて頂きます。
「お母様っ!!」
と、言う前に可憐が横で吠えた。
「ふふふ。冗談よ。美麗さんで結構です。でも、呼びたくなったらいつでも呼んで頂戴ね? 私はいつでも構わないですから」
「……お母様」
今度は泣きそうな声で呟いていた。美麗さんは、思いの外お茶目な方だった。
「はいはい。さて、聖夜君」
いつの間にか下の名前で呼ばれているが、それも気にしてはいけないことなのだろう。
「貴方が、本当にリナリーの元で修業を積んだ子なのか、不思議に思えるくらい誠実な性格をしていることは良く分かりました」
……泰造氏よりも、あの師匠をよっぽど分かっていそうな発言だ。
「貴方が今回の件に抱く反省点を覆す気は毛頭無いわ。貴方の言うことも事実。一般に言う護衛任務からは、確かに考えられない行動だったのかもしれないわね」
百戦錬磨。そういった世界を経験している者としての意見。ぐさりと胸元を抉られた気分だった。
そんな俺の心情を知ってか知らずか。美麗さんは「けれども」と話を続ける。
「可憐の『友人』としては、この上ない行動をしてくれたわ。誘拐されそうになっていた現場に駆けつけ、相手を一掃。そしてその組織が可憐に害を為す前に沈静化してくれた。それもまた、事実。そうでしょう?」
「……はい」
「貴方が護衛任務を全うできなかったからと言って、私たちはその事実まで消し去る気は無いわ。この報酬金は感謝の気持ちよ。可憐のことを、可憐の意志を。何よりも優先してくれた、聖夜君。貴方に対するね」
……。
そういう言い方は、ズルいと思う。
これでは、それでもなお受け取れないと言い張ることは、ただの自己満足でしかなくなる。分かってて言っているのだろう。美麗さんは断られるつもりはさらさらない、といった笑顔で俺の返答を待っている。
「……ありがとうございます」
そう言う他、俺には無かった。
☆
結局。
登校時間を大幅にオーバーした俺たちは、同じ時間に行くと怪しまれるという理由から、少し時間をずらした上で登校した。「お家の事情」の一言で片付けられる可憐に先を譲られ、先陣を切って教室に突入した俺に待っていたのは、恐ろしいまでのお説教。
それもある意味で当たり前で、今回の一件は内々に処理されたが故に、俺は一切の事情を説明することができない。口にできる言葉は「寝坊しました。すみません」のみであり、何も知らない教師からすれば俺は絵に描いたような問題児なわけだ。当然こうなる。
要約すれば「高校生としての自覚を」「当校の風紀が」「時間はきちんと」「自身の体調管理」「生活リズムとスケジュール」等々。よくもまぁ寝坊と言う理由に対して、そこまで小言が思い付くなと感心してしまうほどの長い長いお説教を頂戴した上で、その授業は廊下に立たされる羽目になった。その光景に笑い声を噛み殺しながら聞き入っていた将人は、後で殴る。
予定通り遅れてきた可憐は、廊下に立たされている俺を見て目を丸くしたが、俺が苦笑しながら入室を促すと目で謝りながら教室の扉を開けた。
閉じられた扉の奥、二言三言くぐもった声でで会話が聞こえたのち、授業が再開した模様。
ちくしょう。
分かってはいたが、生まれが違うだけでここまで待遇が変わるのかと少し泣きたくなった。
授業中の廊下はとても静かだ。各教室から聞こえてくるのは、眠気を催すために発せられているのではないかと疑いたくなる教師の声のみであり、窓から聞こえるのは木々のざわめき、鳥のさえずり。そして遠くグラウンドから届く生徒の掛け声だけだった。
至って平穏。魔法同士のドンパチ騒ぎなど、ほど遠いと言える平和な日常。
……何となく。何となくだが。魔法をまだ知らなかった、あの頃。
日々の生活を無為に過ごすだけで良かった、温かいあの頃に戻った気がした。
☆
「むー」
そう日付は経っていないはずだが、嫌に久しぶりに感じてしまう咲夜の顔は、最後に見たときよりも丸くなっていた。
この表現は女性に対して失礼か。
端的に言えば頬を膨らまして唸ってらっしゃる。本人は遺憾の意を示しているつもりだろうが、正直こちらは全然怖くない。
寧ろ、癒される。
「中条せんぱいっ」
「……おう」
「私、怒ってるんですよっ」
……そうでしょうね。可愛いですけど。
授業終了後、教室に入るなり絡んできた将人を殴り飛ばし、いつものメンバーでぎゃーぎゃーやっていると、2-Aの教室に突然の来訪者がやってきた。
「あ、あの……。中条せんぱい、いますか?」
「えっ? 姫百合可憐さんじゃなくて?」
「は、はい」
「えーっと、分かりました。中条くーん。姫百合さんの妹さんがお呼びよー」
「ぶっ!?」
その呼び声に、飲みかけのペットボトルを取り落としそうになる。
「……これは、また珍しいお客様だね。それに、呼び出しの相手が……」
「聖夜ぁっ!! てめぇっ!!」
「いちいちうるせーんだよ!! そんな期待される関係じゃねーっ!!」
過剰に反応する将人をあしらい、咲夜の元へ。途中、「やっぱりな」と意味深に頷いていた修平の見解は、後で正しておく必要がありそうだった。
「咲夜、呼んだ相手は俺か?」
ちらりと可憐の様子を窺いながらも、咲夜へと声を掛ける。
「……そ、そうです」
可憐は、ジェスチャーで「よろしくお願いします」とやってきた。
どうやら用件は知っているらしい。表情が苦笑いという点が、何とも不安を誘う。
「……とりあえず、場所を移すか。ここだと人目が嫌だ」
「分かりました」
行き先は、お決まりのように屋上にした。
そして、咲夜の膨れ顔に戻る。
「お姉さまばかり、ずるいです」
「いや、ずるいとかじゃなくてだな」
どうやら、今回の事の顛末は可憐から聞いていたらしい。
屋上にて、まずは護衛任務について黙っていて悪かったと謝罪したら、「それはもういいんですっ」と昨晩の話を持ち出された。まあ、普段から登下校も一緒にしているのだから、秘密にしておくには無理がある。それに、咲夜の話を聞いていると、戦いに参戦したかったというよりは、除け者にされたことに傷付いたようだった。
……とは言ってもね。個人的には、是非今後とも争いの無い世界で穢れなく生きて行って欲しいと思う。切に願う。
「……今回の件については、お前に話さなかったのは悪かったよ」
今後も連れて行く気は毛頭ないが(そもそもあんな事件が頻繁に起こってもらっては困る)、次回からはそれなりには対応してやらないと、後で痛い目を見そうだ。
「ちゃんと反省してますか?」
「……おう」
「なら、いいです!」
結論は、驚くほどに素早く下された。
咲夜は話は済んだとばかりに、拍子抜けしている俺の横を通り過ぎ、屋上の扉の元へと駆け出した。
その手でノブを捻りながら、一言。
「……中条せんぱい。中条せんぱいは、中条せんぱいですよね?」
第三者が聞けば、首を傾げるような疑問。だが、俺はその質問の意図を正確に掴んでいた。
「お前が、それを望んでくれるのならな。咲夜『後輩』」
「えへへ、もちろんですっ!」
咲夜は満面の笑みを浮かべながら、屋上から姿を消した。
「……ふぅ」
思わずため息を吐く。
情けない話だ。あれだけ酷い応対をしてしまった、可憐と咲夜。その2人から許してもらえただけで、これほど心が落ち着くとは。
……思春期かよ。
……。
……今、思春期か?
現実離れした生活を送っていたせいで、自分の年代の基準がよく分からない。まあ、俺からしてみれば、そのせいでこの学園生活の方が現実離れした感じが強いんだけどな。
「まぁ、いっか」
考えるのも、馬鹿らしい。そう考えて、教室に戻ろうと足を向ける。
屋上の扉を跨ぐ前に、それは鳴った。
マナーモードに設定されていた携帯電話が唸りを上げる。
画面を開けば、そこには『登録されていない電話番号』の表示。つまり、掛けてきた人物は1人しか思い浮かばない。
「どうして急に番号を教える気になったんですか、師匠」
『あら、よく私だって分かったわね』
驚いた声が電話越しに伝わる。その演技めいた言葉に、うんざりするように口を開いた。
「俺の電話番号を一方通行で知っているのは、貴方だけでしょう」
『まぁね』
自分で言ったくせに、事も無げにそう答えてくる。くっ。いちいち癪に障る。
『お疲れ様。任務は無事完遂したようね。正直、ここまで早く片付くとは思ってなかったのだけど』
「でしょうね。で? こちらの質問に答えて下さいよ」
『そんな悩むことでもないでしょう? 私のこなして欲しかった依頼は片付けてくれたんだし。今後は私への連絡先も持っていたほうがいいんじゃないかって思ったから』
「……今後は?」
その妙な言い回しに、引っ掛かりを覚える。だが、あちらはこちらの疑問など気にする様子も無く、事も何気に次の質問を放ってきた。
『それで? 聖夜、貴方これからどうするの?』
「……は?」
これから? 何の話だ?
疑問が更に上乗せされた気分だ。どういう意味かと問う前に、向こうから答えを提示してきた。
「言ったでしょう? しばらく休暇をあげるってね」
師匠は「貴方本当に分かってないの?」とでも言いたそうな口調で話す。
「その休暇分を使って、このまま青藍魔法学園に残るか。それとも退学して思いのままに過ごすか。貴方の好きになさいって言ってるのよ」