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テレポーター  作者: SoLa
第4章 スペードからの挑戦状編〈下〉
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第13話 “爆裂”




 建ち並ぶ高層ビルの合間を滑走する少女は、クリアカードに表示されている通話相手に問う。


「……龍、ねぇ。“瘴気”と一緒に検出されたって言ってたけど、そんな理由だけで捕縛しちゃっていいの? それに、その仕事ってわざわざ『トランプ』である私がしなきゃいけないこと?」


 少女の不満そうな声色に、クローバーは頭を振りながら答えた。


『相手はアギルメスタ杯の本戦出場者です。相応の実力者でなければ失敗する恐れがあります。それに、捕縛に関して言えば正当な理由がありますので』


「どういうこと?」


『その場にいたであろうにも拘わらず、情報提供者として名乗り出ていない。あれだけの戦闘痕です。それなりの戦闘があったのは確実。つまり、情報を握り潰さなければならない理由があった可能性があります』


「けど、それも確実ではないのよね?」


 それだけでは正当な理由にはならない。


『それで十分なのですよ』


 しかし、クローバーはそう断言した。


『これだけ大きな騒ぎを起こしたのです。重要参考人として捕縛するには十分過ぎる理由となります』


「えぇー」


 暴論とも言えるクローバーの考えに、少女は渋い顔をする。


「どうなっても私は責任取らないからね」


『もちろん。君のせいにはしませんよ。それでは』


「はいはい。発見・捕縛したら連絡入れるねー」


 通話を切る。クリアカードをローブの大きなポケットにねじ込んだ少女は、滑走によって生じる強風で飛びそうになるネコミミフードを手で押さえる。


「どうせなら聖夜クンを捕縛したかったなー。お持ち帰りしたーい」


 少女――、クランベリー・ハートは口を尖らせながらそう言った。







「師匠、少しだけ時間を下さい」


『どうしたの?』


 師匠の声はすぐに返ってきた。普段通りの声色で。

 ……今、ナニカを討伐中なんだよな?

 自分からクリアカードで連絡しておいてアレだが、俺が逆の立場だったら絶対に通話できない。この人は本当に規格外だな。一度目が繋がらなかったのはタイミングが悪かったのか。


 ヴェラがちゃんと並走していることを確認しつつ、後方の様子を窺う。まだ追跡されている気配はない。

 しかし、報告はしておくべきだろう。


「こちらはエルトクリア大闘技場を脱出。その際、アル・ミレージュ含む大闘技場の従業員と魔法聖騎士団(ジャッジメント)数名が襲撃してきましたが、ヴェラの加勢もあり無傷で脱出を――」


『ちょっと待ちなさい。貴方、今、ヴェロニカと一緒にいるわけ?』


 この反応で確信した。

 ……やっぱこいつ許可取ってなかったな。

 ジト目で睨んでやるものの、ヴェラは素知らぬ顔でローブを深く被り直すだけだった。


「そうですが――」


『ヴェロニカァァァァ!!!!』


 うっさ!?

 師匠が珍しく激昂している。これ耳に当てて通話するタイプだったら耳がイカれてたぞ。


『な、なんだ!? どうした“旋律”!! 新手か!?』


『うるさい!! 貴方には何も言っていないわ!! さっさと首を撥ね飛ばしなさい!!』


 ……クリアカードの向こう側で何やら揉めている。この声はスペードか。言われている内容が不憫すぎる。というか、もうナニカ討伐は詰めの段階なのか。俺と龍があれだけ苦戦したっていうのに。

 本当に規格外の人たちだな。

 師匠が仕切り直しのためかわざとらしい咳払いをした。


『……聖夜。ちょっとヴェロニカに代わりなさい』


「すみません、師匠。本題はそこじゃないんで後にしてください」


『……どうしたってわけ』


 早口で本題へと戻そうとする俺を怪訝に思ったのか、師匠の声色が落ち着いたものへと戻る。


「現在、俺とヴェラは『ユグドラシル』からの襲撃を受けています」


『……何ですって? いったい誰が――』


 通話越しに、凄まじい爆音が響き渡った。


『っ、なに撥ね損ねてんのよスペード!! やる気無いならくたばりなさい!!』


『ぐっ!? ぺっ、ぺっ!! あんたさっきから酷過ぎる!! 少しくらい俺のこと心配してくれよ!!』


『甘ったれんじゃないわよ!! ほらもうこっちにっ!! えぇいまどろっこしい!!』


「し、師匠!?」


 何かを切り刻む生々しい音が断続して聞こえてくる。ナニカの挽肉でも拵えてるんじゃないだろうな。しかも、この音から察するに師匠は無系統魔法を……。


『羽で庇ったのね。小賢しい真似を!!』


 やはり、と言うべきか。詠唱をしていないにも拘わらず、断続的に聞こえてくる衝撃音。つまりは……。


「師匠!! 過度な能力の行使は厳禁ですよ!!」


 ただでさえ解析カメラに中継カメラの破壊、スペードの迎撃で使用しているのだ。乱用し過ぎると師匠の身体が耐えられない。


『貴方は貴方自身の心配をしなさい!!』


「分かってますよ!!」


 思わず怒鳴り返す。

 分かった。理解した。『ユグドラシル』は俺たちの力で何とかするしかない。ナニカに対して無系統魔法を乱用しているのなら、師匠をこちらへ巻き込むわけにはいかない。


『すぐにこちらは片付ける!! 栞の能力でホテル「エルトクリア」へ跳ぶから、貴方は何としてもそこまで逃げ切っ――』


「いえ、師匠はこちらが片付くまでは『トランプ』といてください」


 こうなってしまえば、そっちの方が安全だ。


『はぁ!?』


「こっちはこっちで片付けます」


『馬鹿言ってんじゃないわよ!! スペードと一戦交えた後の貴方に何が――』


「大丈夫です。分は弁えています」


『そんな発言をしている時点で弁えてないでしょうが――、いい加減目障りなのよ!!』


 何かを叩き潰す音が耳を突き抜ける。鼓膜が破れるかと思ったぞ……。


「俺1人でやるわけじゃありませんから」


『ちょっと待ちなさ――』


 それだけ告げて通話を切った。

 視線を感じたので並走するヴェラへと目を合わせる。不敵な笑みを浮かべられた。既にこちらへ向けられたクロッキー帳には文字が書いてある。


『殺っちゃうってことでいいのよね?』


「せめて平仮名で書け」


 殺伐とし過ぎだ。

 まあ、対象を捕縛できるだけの余裕は無いし、こちらの手札を晒す以上、本当に殺すことになるだろうが。


 さて、次だ。


「ヴェラ、栞に繋いでくれるか」


 俺の偽造クリアカードに栞の登録は無い。

 ヴェラは無言で頷き、操作したクリアカードを手渡してくれた。

 懐かしい姿がホログラムに映し出される。


「……ヴェラさん? あ、ぅえ? お、お兄様!?」


「久しぶりだな、栞」


 驚いている。こいつのここまで驚いた表情も珍しい。そりゃあヴェラのクリアカードに応答したと思ったら、映し出されるホログラムは俺なのだ。驚くのも当然だろうが。

 クリアカードに応答したこと、そして、身に纏っているのがヴェラと同じ『黄金色の旋律』御用達の白のローブであることから、ホテル『エルトクリア』で待機しているのは確実だ。

 ならば、真っ先に指示すべきことは。


「師匠は、こちらが許可を出すまで転移させるな」


 栞の能力でホテル『エルトクリア』に戻った師匠なら、真っ先にこちらの加勢に来ようとするだろう。それなら、大闘技場で『トランプ』の面々に捕まって事情聴取でもされていた方がマシだ。


 何の脈略もない、俺の端的な命令。


 対する栞の逡巡は一瞬だった。


『……加勢に向かいます。現在地を教えてください』


 頭の回転が早いのも考え物だな。

 まさかこちらが厄介ごとに巻き込まれているところまで辿り着かれるとは思わなかった。


「栞、正直に答えろ」


 そうなると、こちらも確認する必要がある。


「『Condition(コンディション)』『Place(プレイス)』『Memory(メモリー)』で、お前の手元に残っているのは何だ?」


『……M、「Memory」のみです』


 渋々といった声色で栞が答える。

 なるほど、Cも師匠に挟んでいたのか。それじゃあ師匠が多少の無茶をしても巻き戻せるな。

 代わりに……。


「なら、お前の加勢は役に立たない。同様にルーナもだ。あいつは無系統魔法を使うと寝込むからな」


 ルーナは師匠以上に自分の身体と無系統魔法の相性が悪い。栞の無系統魔法で調子を戻せないのなら、前線に立たせるべきではない。


『……しかし』


「新入り2人とはもう顔合わせはしたか? そこにいるのか?」


 平行線になることは目に見えている。さっさと話題を変えてしまおう。


『鑑華美月さんと、マリーゴー……、え、ほんとにそちらで呼ぶんですか? しかし、……で、ですが、……は、はぁ。……わ、分かりました。え、えと、……ちょろ子さんの2名ですね。挨拶は既に済ませています』


 ちょろ子お前こちらに聞こえない音量で何を言った。


「ちょろ子に代わってくれ」


『あ、はい。分かりま――』


『ご用命を!! 王子様!!』


 はっや。


「一仕事頼みたい。荒事だ」


 あと、また王子様って呼ぶんじゃねぇ。


『対象を殺しても?』


 ……なんでヴェラといい、ちょろ子といい、こう極端なんだよ。今回はそのくらいの意気込みで来てほしいのは確かだが。


「……そうだな」


『かしこまりました。MCを持参します。それで、どちらへ』


 そういえばちょろ子のやつ。本戦でMC使ってたっけ?


「頭の中で魔法世界の地図を思い浮かべられるか? 今いるホテルとホルンにある大闘技場、その2つを直線で結んで、その線上を文字通り直進して来い」


『平気です。すぐに向かいます』


「あぁ、それと、お前1人で来い。間違っても鑑華美月は連れてくるな。厄介な事になる」


『かしこまりました』


「それから、――――っ!?」


 背後からの刺すような殺気。

 並走するヴェラの頭を押さえ、咄嗟に体勢を屈める。直後に、頭上を何かが通り過ぎる感覚。同時に真横の民家に数十にも及ぶ魔法球が殺到した。


「おいおいおい!? 無茶苦茶だなやってることが!!」


『お、王子様っ!? い、今の音はいったい!?』


「説明は後だ!! 頼む!! さっさと来てくれ!!」


 それだけ告げて通話を切る。ヴェラの名を呼び、クリアカードを押し付けた。飛んでくる瓦礫を躱しながら、後方からの追跡者を視界に捉える。


「『地底(ちてい)()(いの)りの(おう)よ』『(われ)(いにしえ)契約(けいやく)を』」


「……契約詠唱ですって?」


 ヴェラがローブを深く被った陰で、端正な眉を吊り上げたのが分かった。しかし、驚いたのは俺も一緒だ。契約詠唱の使い手は珍しい。なぜなら実戦使用するには莫大なる金が必要となるからだ。ちょろ子に龍、そしてこいつで3人目。

 もう一生分の出会いを果たしたような気がする。


 最後の1人に限って言えば会いたくも無かったが。


「『万物(ばんぶつ)(ささ)える原初(げんしょ)(つち)よ』『(つかさど)る128の精霊(せいれい)よ』」


 男の背後に膨大な魔力が収束していくのが分かる。


「ヴェラ!! 障壁だ!!」


「『飛翔(ひしょう)怒涛(どとう)(てき)(つらぬ)け』『土の球(サンディ)』」


 俺の指示と男の呪文が完成したのは、ほぼ同時だった。既に詠唱を始めていたヴェラだったが、男から射出された魔法球の量がおかしい。100発は軽く超えている。


「くそっ!!」


 ヴェラを抱えて“神の書き換え作業術(リライト)”を発現した。


「いってぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 頭を貫くような激痛に思わず叫び声をあげる。物理的な攻撃を受けたわけではない。限界を超えた無系統魔法の使用のツケだ。

 真っ暗な空間を転がる。何かにぶつかり破壊する音も聞こえてきた。隣にヴェラが駆け寄ってくる。


「せっ、っ!!」


 能力の暴走を恐れてヴェラが口を押えたのが、暗闇の中でも手に取るように分かった。


「へ、平気だ。すまん。行くぞ」


 急いで立ち上がり、周囲を見渡す。

 どうやら民家の中へ転移したようだ。完全に座標が狂っている。足元には破壊されたテーブルや花瓶、食器などが散乱していた。留守にしていたようで助かった。可能性としてはアギルメスタ杯の観戦が高いか。追跡者の魔法での騒ぎが最小限なことから、やはりここら一帯の住民ほとんどがホルンの大闘技場に集中していたのだろう。


 ある意味、それで救われたとも言える。

 しかし。


「くそっ、下手に軌道から逸れるとちょろ子と合流できねぇぞ」


 幸いにして連絡手段としてのクリアカードはあるのだから、距離が近くなったら目印を言い合うという手もあるにはある。ただ、あまり横道に逸れたくないのも事実だ。

 様子を窺い、監視の目が無いことを確認してから外へ出る。


「ヴェラ、すまない。フェルリアまでの最短ルートで頼む」


 どこに転移したか分からない以上、俺の脳内地図でのナビはもう無理だ。無言で頷くヴェラが地面を蹴る。俺もそれに続いた。右へ左へと若干逸れるのは、目印となる建物が無いか探しているためだろう。

 追跡者の男の影は無い。加えて、先ほどの魔法による破壊痕も今のところ発見できない。そう距離は離れていないはずなのだが。どれだけ座標が狂ったというのか。


「くそっ」


 先行するヴェラを追いながら、痛む頭を抱える。

 これ以上は本当にまずい。身体強化魔法すら使えなくなったらチェックメイトだぞ。







 エルトクリア大闘技場の決戦フィールド、その中央付近から、耳を(つんざ)くような咆哮が響き渡る。音は衝撃波となり、決戦フィールドと観客席を分かつ防護結界を大きく揺らした。


「タフな野郎だな!! 面倒くせぇ!!」


 音源であるナニカを挟み、リナリーと反対側へと回り込むようにしてスペードは駆ける。スペードの持つ無系統魔法“爆裂(エクスプロージョン)”を以てしても行動不能へ持ち込めない。もちろん、スペードは全力を出しているわけではない。それは一般客も大勢詰めかけているエルトクリア大闘技場への被害を考慮しているからだ。しかし、それでもまさかという思いはあった。まさか、自分の能力でここまで苦戦するとは、と。


 討伐に時間をかけるのは得策ではない。観客席は、辛うじて落ち着いている状態だ。これは実況解説のマリオとカルティ、大闘技場の従業員や警備員、そして魔法聖騎士団(ジャッジメント)の面々が尽力した結果であり、決戦フィールド内で正体不明のナニカの討伐をしているのが、『トランプ』のスペードと『黄金色の旋律』のリナリーであるが故だ。

 苦戦していることが伝わってしまえばどうなるかなど、目に見えている。


「おらァ!!」


 スペードの回し蹴りが飛来したナニカを吹き飛ばした。接触の直前に無系統魔法を発現させ、爆裂によるダメージを追加することも忘れない。

 ナニカが吹き飛んだ先にいるのは、リナリー。


「“旋律”!!」


 スペードの咆哮がリナリーの耳に届くよりも先に、リナリーの無系統魔法が発現していた。眩い光の剣の群れが飛来するナニカの身体を容赦なく蹂躙する。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 一回、二回と決戦フィールドを転がり、リナリーの猛攻を受けてなお、ナニカの動きは止まらない。背中に生えた堕天使を思わせる翼をはためかせ、ナニカは飛ぶ。

 一直線に、リナリーの元へ。


「……知性があるとはいえ、しょせんは獣の類ね」


 温度を感じさせない冷徹な目で見据えながらリナリーは呟く。


「一番の死地に自ら乗り込んでくるとは、哀れなこと」


 右腕を横に一振り。

 その動きに沿うようにして横から飛来する光の剣。


 それはナニカの横腹を易々と貫いた。


「グルアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?!?」


 墜落するナニカ。そこへ二本の剣が回転しながら追い打ちをかける。ナニカの背中に生えた翼、その片翼が切断された。

 身体中からどす黒い液体をまき散らしながら、ナニカは咆哮する。自らの腹部に刺さったままだった光の剣を握り潰した。ガラスが砕けた時と同じような音が鳴る。その光景を目にしながら、リナリーは影の宿った深い笑みを浮かべた。


「そんな適当な手段で壊してしまっていいのかしら。貴方が今、砕いた剣。その破片はどうなると思う?」


「グルアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 返答は咆哮。そして跳躍。

 決戦フィールドの地面をめくり返らせ、ナニカは地面を蹴る。

 咆哮によって生じた衝撃波を、リナリーは片手を振ることで対処した。即座に展開された眩い光の障壁が、複数枚重なるようにして前方へと展開される。

 1枚目が衝撃波によって砕かれるのとほぼ同時、リナリーが指を鳴らす。


 直後。

 ナニカの口と風穴が空いていた両側の脇腹から、どす黒い液体が噴き出した。


「体内に直接私の無系統を生成できないのなら、外部から挿入してあげればいい。流石にこれは痛いでしょう? なにせさっきの剣の破片が、貴方の体内で暴れまわっているんだから」


 致命傷を負ったナニカに、リナリーの元へと駆ける力は残っていない。最初に地面を蹴った勢いだけがその身体に残り、決戦フィールドに降り積もる雪の上を滑るようにしてナニカは転がる。

 それでもリナリーは油断しない。次なる無系統魔法が発現された。震える身体で立ち上がろうとするナニカの周囲、八個所から眩い光を放つ鎖が伸び、四肢、首、胴、翼と、次々に巻き付いていく。


 呻くナニカをリナリーは凍てついた視線で捉えながら、手のひらを振り下ろした。

 次いで発現されたのは、眩い光を放つ巨大な球体。巨大な鉄球を思わせるそれは、躊躇いなく決戦フィールドを滑るナニカの身体へと落下する。凄まじい轟音が響き渡り、ナニカは突如出現した超巨大クレーターの中央に眩い球体によって圧し潰されながら沈んだ。

 リナリーの指から、再び乾いた音が鳴る。呼応するようにして球体が弾け飛んだ。大闘技場のスポットライトに照らされて、キラキラと輝く破片。それら全てが無慈悲の豪雨となる。


 巨大クレーターの中央で、捕縛された状態で潰れるナニカの身体を情け容赦無く蹂躙した。







 結論から言うと、強襲しようとした部屋は既にもぬけの殻だった。

 不機嫌そうな表情を隠そうともせずフロントに戻ってきたハートを見て、受付の人間が顔を強張らせる。


「ハ、ハート様、わ、我々に何か落ち度でも……」


「ん? んーん。今のところは。それより、ちょっと話を聞かせてくれる?」


「わ、わたくしめでよろしければなんなりと。お、おい。私は少々席を外す。ここは任せたぞ」


 顔を真っ青にしながら言う支配人の指示に、部下たちは機械のようにカクカクと首を振った。ここは近代都市アズサの中でも他の追随を許さない程の高級ホテルである。しかし、ハートの対応をする人間にこの場に相応しい落ち着いた雰囲気などは皆無だった。しかし、それも致し方ないことである。


 魔法世界エルトクリアの中では、王家に次いで絶対的な存在となる『トランプ』。その一角がいきなりホテルに出向き、しかもその理由が宿泊などではなく特定人物が宿泊する部屋の強襲であるときた。魔法聖騎士団(ジャッジメント)ではなく、魔法世界最高戦力が直々に手を下さなければならないほどの人物。厄介事でないはずがない。

 それを、何の疑いもなく招き入れてしまった施設。知らぬ存ぜぬという理論がどこまで通用するかも不明。万が一、ハートがこの施設の者を内通者とみなしてしまった場合、その瞬間ここが更地にされてしまう可能性だってあるのだ。


「それではお部屋にご案内を……」


「いや、そこまでしなくていいから」


 ハートの素気の無い返事に、支配人は顔面を青から白へと変える。まさかもう弁明の余地すら無いのか、と。

 絶体絶命の窮地に追い込まれていると考えている支配人の心情などは露知らず、ハートは気軽な調子で進める。


「『龍』って奴の対応をしたのは誰?」


「は、はい……。私です」


 支配人の隣で断頭台に向かう囚人のような雰囲気を漂わせている女性が答えた。


「何か不審な点とかは無かった?」


「そ、そんな点は、み、見受けられませんでしたっ!! 本当です!! た、確かにその挙動全てを監視していたわけではございません!! で、ですが、私としましてもできる限りのことはしていたんです!! 信じてください!!」


「え、あー、うん。そこまで必死に答えなくてもいいから」


 若干引き気味にハートが頷く。それを見た女性の表情は、全て終わったという絶望一色に塗りたくられた。ハートの受け答えを見て、必死の弁明など無意味だと知ったからだ。それを知ってなお、それでも女性は目の前の人物が必要とする何かを答えなければ、と頭をフル回転させる。


「ぐ、具合が悪そうな方だとは、お、思いました。血行が悪そうなお顔をされていましたし、目にクマも……。相手も女性でしたので、し、失礼かとは思いましたが、救急の手配も申し出たのですが」


「お、お前っ、ハート様はそんな情報を求めているわけでは――」


「ちょっと待って!」


 一周回ってわけの分からなくなった女性が意味の無い話を始め、支配人が一喝しようとしたが、それをハートが更に制する。


「……女性(、、)?」


「は、はい。金髪で褐色のローブをお召しになっておりましたが……」


「こちらがその人物の写真でございます」


 支配人が絶妙なタイミングで監視カメラから抽出していた写真をハートに手渡す。ハートがフロントに断りを入れた上でホテルの一室に強襲をかけている間に、支配人たちが慌てて用意したものだ。

 その手腕に感謝しつつ、ハートはそこに写った人物を見て目を細める。


 画質はそれなりに荒いが、それでも分かる。

 間違いなく女性だった。

 アギルメスタ杯に出場していた『龍』なる人物とは違う。


「ふむぅ?」


 ハートの頭にハテナマークが浮かんだ。ハートはクローバーの指示に従ってここまで来た。話では、このホテルの一室を借りる際に使われたクリアカードが、アギルメスタ杯エントリーに用いられた『龍』のクリアカード情報と一致したらしい。

 同僚であるクローバーがこの手のミスをするとは思えない。

 だとすると、これはどういうことなのか。


 答えは1つしかない。

 問題視されている『龍』の名義で借りた一室に、別の誰かがいたということだ。

 そしてほぼ間違いなく、その人物は『龍』と繋がりがある。

 

「他には何か言ってなかった? 不審なことじゃなくても、何か憶えていることはない?」


「そ、そう、ですね……」


 女性はチワワのようにぷるぷる震えながら思考を巡らせる。

 そして。


「ハ、ハート様の求めておられるものかは存じませんが、……ク、クルリアへの道を聞かれたことがございます」


「なるほど」


 そう言うや否や、ハートは軽くお礼の言葉を告げて踵を返す。そのまま振り返ることなく立派な正面口を潜った。ホテルから出て行ってしまったハートの後ろ姿が完全に見えなくなり、それから更にしばらくの時間が経過した後、支配人とその隣にいた女性は膝から崩れ落ちる。


 その表情には、明らかな安堵の色があった。

次回の、更新、予定、日、は、7月……、17日、……です。

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[良い点] 面白すぎなので2週目回ってます。 [気になる点] 前の話の「第12話 影、蠢く。」ではスペードの持つ無系統魔法は、“爆裂”でしたが、この話ではスペードの持つ無系統魔法は“爆撃”となっていま…
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