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テレポーター  作者: SoLa
第4章 スペードからの挑戦状編〈下〉
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第7話 アギルメスタ02 ②




 俺の無系統魔法“書き換え”のうちの1つ、“神の上書き作業術(オーバーライト)”を発現してエルトクリア大闘技場へと転移する。

 これはリアルタイムで座標演算処理が求められる“神の書き換え作業術(リライト)”と違って、発現時に座標演算をする必要が無い。俺があらかじめ用意した魔法具を媒介とし、その魔法具がある座標へ自分の座標を上書きすることで転移を可能とする魔法だからだ。

 魔法具は、俺が魔力を込めて紋章を刻んだ物なら何でも構わない。登録しておける最大数は5つで、後はどの魔法具の元へ跳ぶかを選ぶだけで転移が可能だ。“神の上書き作業術(オーバーライト)”を使うと紋章を刻んだ魔法具は消えてしまうが、作成にはそう手間も掛からない。必要経費と割り切れるレベルなので問題は無い。

 今回指定したのは、ルーナがエルトクリア大闘技場へと持ち込んでいたぬいぐるみだ。


 シスター・マリアの住居から一転し、俺は一瞬にしてエルトクリア大闘技場の選手控え室へと転移していた。

 エルトクリア大闘技場の選手控え室は、大闘技場19階のスイートルームに勝るとも劣らぬ造りをしている。

 真っ赤な絨毯に革張りのソファー。煌びやかなミニシャンデリアにガラス造りのテーブル。壁にはエルトクリア王家や『七属性の守護者』などを表しているであろう紋章が描かれており、身だしなみを整えるための姿見も複数枚張られている。中央には決戦フィールドや観客席などを映すモニターも設置されていた。


「せーや」


 隣に立っていたルーナから、綺麗に磨かれた銀色のベルを手渡される。


「これは?」


「けいびいんが、なにかようがあれば、ならせって」


 呼び鈴か。

 昨日の第一試合前には貰わなかったような気がするんだが。

 ……あの時はちょろ子やらなんやらでごちゃごちゃしていたからか。


「分かった」


 おそらく鳴らすことは無いだろうが受け取っておく。


「それじゃあ、わたしはもどる」


「ああ。ありがとな」


「ん」


 ルーナの頭をぐしぐしと撫でてやる。

 これからルーナは、シスター・マリアと一緒にホテル・エルトクリアへと向かう。

 この大会が終われば魔法世界にはもう用が無い。むしろ、『トランプ』から一刻も早く距離を取りたい身としてはすぐにでも出ていきたいくらいだ。ホテル・エルトクリアは、魔法世界唯一の出入り口であるアオバの隣町・フェルリアの駅前にあるホテルらしい。だからこそ、大会に参加する俺や何か面倒くさいことをやらかそうとしている師匠以外がそこで待機することで、出国をスムーズにしようとしているというわけだ。

 魔法世界からの飛行機は、普段ならば一日に二便しかない。しかし、今回のアギルメスタ杯のような『七属性の守護者杯』だとかオークションだとかが開催される期間中は臨時便の運航があるとのことだ。師匠のことだから、決勝が終わって空港に向かえばちょうどいい飛行機を抑えているのだろう。


 そういったことは、全て任せておけばいい。

 俺がここでやらないといけないことは、そんなことじゃない。 


「せーや、リナリーにきをつけて。ぜったいに、むちゃなことをする」


 ルーナが真顔でしてくる忠告に、思わず笑ってしまう。


「そう言いたくなる気持ちも分からなくはないが、今の俺が気を付ける相手は師匠じゃないだろう?」


 メイ・ドゥース=キー。

 黒い仮面に黒いローブ。意識しているのかは知らないが、俺と同じようなスタイルでありながら対照的な色合いでこの大会に参戦している魔法使いだ。負傷していたとはいえ、あの天道(てんどう)まりかを圧倒し、やり手だったはずの藤宮誠(ふじみやまこと)浅草唯(あさくさゆい)をまるで寄せ付けない技量の持ち主でもある。


 正直、俺の力もどこまで通用するのか分かったものじゃない。

 それでも。


「だいじょうぶ」


 ルーナは当然といった表情で。


「せーやは、さいきょうだから」


 そう言った。

 俺が勝つことをまったく疑っていない、といった声色だった。


「そっか」


 ここまで一点の曇りも無い信頼を向けてくれるのはこいつくらいのものだろう。

 これはとてつもないプレッシャーになる信頼。

 それでも、嬉しかった。


「なら、良いところを見せてやらないとな」


 もう一度、今度は強めにルーナの頭を撫でまわす。


「ホテルのテレビで、みてるから」


あいつらにも(、、、、、、)よろしくな(、、、、、)師匠のことだから(、、、、、、、、)どうせもう(、、、、、)呼んでるだろうし(、、、、、、、、)


「わかった」


 小さく手を振ってくるルーナに手を振り返してやると、ルーナは少しだけ微笑んでから選手控え室を後にした。


「さて」


 豪華絢爛といった表現がぴったりな選手控え室だが、ここにいるのは俺1人だけだ。メイ・ドゥース=キーはまだ来ていないらしい。

 革張りのソファに腰かける。

 壁にかけられた時計は、午後5時を少し過ぎたあたりを指していた。


 試合開始まで、あと1時間を切ったか。

 深呼吸をしてみて、自分の呼吸音が少し震えていることに気が付いた。どうやらかなり緊張してきているらしい。これまでこういった表舞台で魔法を使うことは無かったし、仕方がないことなのかもしれない。むしろ、これまでがうまく出来過ぎていたくらいだ。

 無意味に自らの膝の辺りを両手で擦りながら、目を閉じる。


「俺は『魔法使いの証(ライセンス)』を取得してから、どれだけ成長できたのか」


 呪文詠唱ができない俺の実力が、果たしてこの魔法世界でどこまで通用するのか。


 その結果は――――。

 今日、

 ここで、

 証明できる。







 クリアカードを片手にしかめっ面で会議室に入室してきた上司を見て、モニターに向かっていた魔法聖騎士団の団員は怪訝な表情をした。


「スペード様が何か? 部隊を引き揚げますか?」


「いや……」


 低くしゃがれた声で呟きながら、ギリーは問いかけてきた団員の隣の席へ腰を下ろす。


「『思う通りにやっておいてくれ。何かあれば連絡を』だそうだ」


「それはまた……、スペード様にしては珍しいですね」


「お前もそう思うか」


 自分と同じ考えに至った団員を見て、ギリーは1つため息を吐いた。


 エルトクリア王家直属の護衛集団『トランプ』。その団員の1人であるウィリアム・スペードは、決して万能な魔法使いではない。魔法戦闘においては無類の強さを発揮するものの、捜査や策略といった分野においては縁が無い。しかし、だからこそ今回の案件についても『捕縛・討伐は俺の役目』と明言していた。

 ギリーが捜索隊を派遣したのは、魔法世界エルトクリアにおいて“対外的に”もっとも見せたくない場所。魔法世界が繁栄する上で、置き去りにされた場所。危険区域とされるガルダーに隣接する唯一の街。現在は『廃墟街(はいきょがい)』と呼ばれている街だ。

 公式な記録では、もう人は住んでいない。

 ガルダーとの境界線に、魔法聖騎士団の部隊が控えている程度だ。


 魔法世界の王族は、国民には知らせていない事件がある。正確には、魔法世界の国政を担う権力者、宰相ギルマン・ヴィンス・グランフォールドが。


 それは、正体不明の『ナニカ』が昼夜を問わずに人を襲うというもの。魔法聖騎士団だけに限らず、国民にも被害が及んでいる。死者は既に二桁を超えており、目撃情報はほとんどない。

 魔法世界の成長は、危険区域ガルダーとは切っても切り離すことができない。魔力濃度が濃すぎるその区域は、生態系から天候に至るまで全てが常識では測れない危険さが付きまとう反面、そこから得られる資源も大きい。いわゆるハイリスク・ハイリターン。腕の利く魔法使いが命を賭してでも挑むだけの価値が、その場所にはある。


 だから、魔法世界にとって、死とは思いの外身近なところにある。

 だから、魔法世界にとって、人がいなくなったり死んだりしても大した動揺は走らない。

 だから、誰かが意図的に1つや2つ事件を隠したところで、露見する可能性はそう多くない。その隠そうとしている人物が権力者であればあるほど、なおさらのこと。

 だから、ギルマンが死亡履歴に細工し、事件の存在自体を隠したところで、露見する可能性はそう多くない。ギルマン以外に国政に関する情報を得ることができない王女が相手なら、なおさらのこと。

 しかし、国民とて生死に無頓着というわけではない。「誰かが死んだ。またガルダーか」と安直に結論付けるわけではない。

 だからこそ、まりかが先に口にした『神隠し』や『連続猟奇殺人事件』という言葉が出てくるわけだ。ギルマンによる情報統制も完全ではない。街中で襲われることもあるのだ。現場を見ていなくても、死体を目撃する人物くらいはいるだろう。そして、人の口に戸は立てられない。噂は噂を呼び、ふわふわとした空想の物語が出来上がる。


 ギルマンによって情報統制を徹底されている魔法聖騎士団にも、複雑な心境はある。

 なぜ、ここまで徹底した情報統制が必要なのか。国民の混乱を避けるといった目的は、理解できないこともない。しかし、ここは魔法使いの住まう国だ。中には魔法聖騎士団よりも遥かに腕の利く魔法使いもいる。治安維持を担うのは魔法聖騎士団なのだから、彼らが全てを解決しなければいけないのは当たり前だ。しかし、今回の件に限って言えば完全なる無差別であり、少数精鋭の魔法聖騎士団では、魔法世界全域に隙無く布陣を敷くことができない。腕の利く者たちにクエストを依頼して正規の仕事にすることだってできるのに、協力を求めない理由とは何なのか。

 そして、この事件についての一切をエルトクリア王家に伝えていないのはなぜなのか。


 王族護衛『トランプ』は、この件について口を挟まない。いや、正確には挟めない。

 彼らの存在意義とは、あくまで王族護衛。王族に危険が生じた場合はこの限りではないが、国政に絡むことは不文律で禁じられている。力で魔法世界が振り回されないようにするための措置だ。逆に、国政を担うギルマンは、王族護衛に関する一切について口を挟むことができない。それはエキスパートである『トランプ』の役目だからだ。


 こうした複雑な力関係が絡み合い、現状がある。


「廃墟街はガルダーの真ん前だ。境界線を固めている団員からの目撃情報と、ノアの監視カメラ網に引っかからない以上、そこにいる可能性は極めて高い。スペード様ならノリノリでついていかれると思っていたんだが……。当てが外れてしまったか」


 ギリーは冷めたコーヒーを口にしながら、もう一度ため息を吐いた。


「何にせよ、捜索部隊も含めて、俺たちも今一度気を引き締めねばな。『トランプ』とは王族を護衛する立場。本来ならば別件でそのお手を煩わせるわけにはいかないのだ」


「了解致しました」


 モニターの前で敬礼する団員に頷き、ギリーはコーヒーの水面に浮かぶ自らの表情を見て、更に眉間にしわを寄せた。







 試合開始を20分前に控えたところで、ようやく俺の対戦相手が姿を現した。俺と同じデザインのベルを警備員から手渡され、そのままこちらへと歩いてくる。

 それに応えるために、俺もソファから腰を上げた。


「お前がT・メイカーか」


 開口一番。

 メイ・ドゥース=キーが言う。 


「そうだ」


 黒い仮面に黒いローブ。白い仮面に白いローブで固めている俺からすれば、見てくれは完全に挑発からくるそれだ。


「俺は、メイドスキだ」


「ん?」


 何だ? 微妙にイントネーションが……。


「あぁ、間違えた。メイ・ドゥース=キーだ」


 自分の名前間違えんなよ。ふざけた名前だし、こいつも俺と同じで偽名なんだろう。


 ……いや、待て。

 アギルメスタ杯に参加するためには、証明書となるクリアカードが必要ある。俺の場合は、スペードが非公式に作成させたであろう偽造のクリアカードを使用したので問題はなかった。しかし、目の前の男にそんなコネがあるとは思えない。

 だとすると本名なのか?

 それとも……。


「どうかしたか?」


 黙り込んだ俺を見たメイ・ドゥース=キーが尋ねてくる。


「……いや。それにしても、随分とゆっくりな登場だな。道にでも迷ったか?」


「それお前が言うのか? 確かお前予選で開始ギリギリに来ただろ。運営の受付を通さずに決戦フィールドに直接割り込んでくる奴なんて初めて見たんだが」


 ……。

 そういえばそんなことをしていた時期がわたくしにもありました。


「くくっ、まあいいや」


 肩を震わせながら面白そうに笑うメイ・ドゥース=キー。


「もう知ってるとは思うが、俺はお前とケンカするためにここへ来た」


「そうか」


 知らねーよ。どこで俺が知る要素があるっていうんだ。

 そんな俺の心情を他所に、メイ・ドゥース=キーが手を差し出してきた。


「ようやく舞台は整った、ってわけだ。今日は楽しませてもらうぜ。T・メイカーとやら」


「こちらこそ。どうぞよろしく」


 差し出された手を握る。

 白い仮面の男と黒い仮面の男が、豪華絢爛な部屋で握手を交わす。とてもシュールな光景だ。


 ……ん?

 メイ・ドゥース=キーから手を離し、距離が離れる。


「いや~、いつ見てもこの部屋は金かけすぎだよな~」


 メイ・ドゥース=キーが控え室の中を勝手に物色し始める。しかし、俺はその軽口へ気の利いた返答をしてやることができなかった。

 思わず、自らの手のひらを見つめる。


 この男の魔力、どこかで……。







 午後5時50分。

 アギルメスタ杯決勝を10分前に控えたところで、会場のスポットライトが一点へと向けられる。スポットライトを向けられた1階テーブル席から、2人の男性が立ち上がった。


『紳士淑女の皆様!! ようこそお集まりくださいました!! 魔法世界「七属性の守護者杯」!! そのアギルメスタ杯!! ついに決勝戦であります!!』


 マリオの咆哮に、大闘技場中が沸いた。


『総勢400名!! 数多の腕利き共を叩き潰し!! ここに集うは2人の猛者!! ついに頂点が決定致します!!』


 怒号のような歓声と拍手がマリオを後押しする。


『実況は私マリオ!!』


『解説はカルティ』


『その歴史的瞬間を!! 私たち2人が実況解説させて頂きます!!』


 地鳴りのような拍手が鳴り響いた。マリオとカルティが会釈で返し、それぞれの席に着く。


『エルトクリア王家代理、王族護衛「トランプ」所属クィーン・ガルルガ様より、お言葉を賜ります』


 マリオのその言葉を聞いて、歓声が一瞬にして止む。

 エルトクリア大闘技場の最上階。

 20階の一室。


 エルトクリア王家。

 始まりの魔法使い、メイジ。

 七属性の守護者、アギルメスタ。


 それぞれの紋章が刺繍されている3枚の垂れ幕を下げた一室から、真紅のドレスを身に纏った妙齢の女性が姿を現した。


『皆の者、よくぞ集まってくれた。王に代わり、心より御礼を申し上げる』


 会場中の視線を浴びながらも、クィーン・ガルルガは動じない。優雅に一礼し、その顔に不敵な笑みを覗かせる。


『火属性の始祖、アギルメスタは言った。「どのような劣悪な条件下であったとしても、その全てを力で屈服させてみせよ」と』


 そう告げてから、一瞬の間。

 そして。


『決勝であるッッッッ!!!!』


 咆哮。

 そして同時に熱を取り戻す大闘技場。

 それに負けない声量で、マイクに向かいクィーンは言う。


『T・メイカー!! メイ・ドゥース=キー!! 類い稀なるその力で!! よくぞここまで上り詰めた!! 賞賛しようぞ!! 貴様らは強いッ!!』


 まだ決戦フィールドに姿を現していない2人へ向かって、観客席から賞賛の嵐が巻き起こった。


『その力を存分に発揮し!! 目の前の敵を叩き潰し!! 今日という日を勝利で飾り!! ここまでやってくるがいい!! 挑戦を待つアルティア・エースまではあと一歩じゃ!!』


 上がる。

 上がる。

 上がる。

 エルトクリア大闘技場の熱が、目に見えるほどに上がっていく。


『そなたらの価値は力で示せ!! アギルメスタ杯決勝っ!!」


 クィーンは、両の腕を広げて天を仰ぐ。

 そして謳う。


『開戦じゃっっ!!!!』







『決ッッッッ!! 勝ォォォォ!!!!』


 クィーンからスポットライトが外れた瞬間、今度はマリオが咆哮した。

 エルトクリア大闘技場のボルテージはもう下がらない。


 直径約400mの決戦フィールド。

 その中央付近に、円柱状に2種類の映像が次々に映し出される。それぞれに『T・メイカー』『メイ・ドゥース=キー』と大きく書かれ、共に顔写真は無く『No Image』と表示されていた。



『選手入場だーっ!! 予選では数々の猛者を赤子のようにねじ伏せ!! 本戦第一試合レッドグループではアリサ・フェミルナーを文字通りに叩き潰したぞ!! 詳細は本日の一面記事を参照!! 未だに使用する魔法の原理が解析できていないという異例の事態!! 消えて見える移動術の正体は!? そしてマリーゴールド様との謎の関係性は!? その仮面の裏側に隠された素顔とは!? 「黄金色の旋律」メンバーという前評判を完全に上回る圧倒的人気!! 専門家の予想では本日の決勝戦は9割方こちらが勝利するだろうといううなぎ上りの期待値!! 応えられるか!? T・メイカーッッッッ!!』


 除雪作業が行われてもなお、開会のあいさつから選手入場までの短い間に着々と降り積もる雪。その純白のカーペットへ踏み入るべく、1人の選手が姿を現す。


 世界最強と謳われる大魔法使いが率いる『黄金色の旋律』の一員。

 雪のように白い仮面と同色のローブ。

 試合毎に用いられる解析不能な魔法の数々。


 T・メイカー。


「T・メイカー!! T・メイカー!! T・メイカー!! T・メイカー!!」


「T・メイカー!! T・メイカー!! T・メイカー!! T・メイカー!!」


『さあ始まったぞメイカーコールだーっ!!』


 ノリノリの観客に続いてマリオが叫ぶ。カルティも苦笑を浮かべながら頷いた。


『予選ではいきなり数多くの選手を吹き飛ばすわ、由緒正しきブリュンハート家の御曹司を叩き潰すわでもともとあった注目度を更に上げた選手だからね~』


『そして本戦では、なんとアメリカ合衆国の魔法戦闘部隊である「断罪者(エクスキューショナー)」の隊長をうっかり倒してしまった人物でもあります!!』


『大会が終わった後は、各方面からの暗殺に十分気を付けて頂きたい選手だね』


『カルティさん!! それ笑い事じゃ済まされないんですが!!』


 大闘技場が笑いに包まれる。

 かなり物騒な冗談だが、実際のところ集まっている人々はそこまで深刻に考えていなかった。


 理由は2つ。『力が全て』とされるアギルメスタ杯で、あくまでその試合に則って行われた勝負であったことが1つ。その試合で何が起ころうとも、それは参戦を決めた本人に責があるからだ。正式な勝負にケチをつけることは、それ自体が恥晒しな行為となる。そしてもう1つの理由は、普通の方法で襲ったところでT・メイカーは討ちとれないだろうということだ。そう考えられてしまう程度には、T・メイカーの強大さは観客たちにも伝わっていた。


 もっとも、周囲がそうやって納得したところで、本人も気にしていないかと問われるとそれは別問題なのである。







 ……実況解説の会話を聞いて、今の俺の状況を再確認しました。


 やべぇぇぇぇぇぇぇ!!

 絶対やばいって!!

 ただでさえ王族護衛だかなんだかの『トランプ』に目を付けられて面倒だっていうのに、それに加えて魔法世界の貴族様にアメリカからも刺客を送り込まれたら間違いなく即死だよ!! もう死亡確定じゃねーか!! なんでこんな1つの選択肢が生死直結型の波乱万丈な状態に突入しちゃってんの!? 数日前までは日本の青藍魔法学園でのんびり学園ライフを満喫していた、の、に……。


 いや、正直のんびりでは無かったような……。

 衆人観衆の模擬実戦で舞に吹き飛ばされるわ、変態シスコン会長からいちゃもんつけられて生徒会グループと選抜試験で派手にやらかすわ、面倒くさい幽霊騒動に巻き込まれたと思ったら幽霊以上に面倒くさい組織を釣り上げるわ、その組織のせいで文化祭も殺伐とするわ、それどころか本気で殺しにかかってくるわ、むっちゃくちゃだったな。


 ……。

 あれ?

 俺の癒しの場って……。


 い、いや!!

 それでも今回のはちょっとスケールがおかしい!!

 グローバルすぎるだろマジで本当にこの大会が終わった瞬間に『T・メイカー』という名前は未来永劫捨てる!! 何があっても『中条聖夜(イコール)T・メイカー』の図式だけは知られてはいけない!!


 そんな悲痛な決意で以て、俺は決戦フィールドへと一歩を踏み出した。







『なんかメイカー選手の一歩を踏み出すまでの間が気になるんだけど』


『武者震いってやつじゃないですか!?』


『なるほど。彼ほどの強者でも、やはりプレッシャーは感じるんだね~』


『グループの看板も背負ってますからね!! かのリナリー・エヴァンスが率いる「黄金色の旋律」の一員なんです!! そりゃあとてつもないプレッシャーがあるでしょう!! さあ!! このアギルメスタ杯決勝戦という舞台で!! そんなT・メイカーと争うのはこの男だーっっっっ!!!!』


 マリオの咆哮と共に観客が沸く。

 決戦フィールドの出入り口にスポットライトが向けられるのとほぼ同時に、決勝戦出場のもう1人が姿を現した。


 その所属、素性が一切不明の魔法使い。

 漆黒の闇を具現化したかのような黒い仮面に同色のローブ。

 手の内を晒すことなくアギルメスタ杯決勝まで上り詰めた男。


 メイ・ドゥース=キー。


『T・メイカー選手も凄いがこの選手も凄いぞ!! 何を隠そうメイ・ドゥース=キー選手!! これまで一切の手の内を晒しておりません!!』


『身体強化魔法と全身強化魔法、それから浮遊魔法は使えるんだね、ってことくらいしか分かってないからね~。天道選手を退場に追いやったのも踵落とし一発だったし』


『予選ではマリーゴールド様の猛攻をどこ吹く風で潜り抜け!! 本戦第二試合ブルーグループでも天道選手に浅草選手!! そして藤宮選手を相手にして!! 赤子の手を捻る程度のノリで撃破してしまった選手です!!』


 数々の場面を思い返した観客が、惜しみの無い賞賛を拍手に変えて送る。時折混ざるブーイングなど掻き消さんばかりの勢いで。

 メイが一歩を踏み出す。

 既に配置についているメイカーの待つ場所へ。


 収容人数は約15万人。

 観客席最上階は、20階のビルに相当する高さを持つ。

 そして、中央の決戦フィールド、そのアリーナの直径は約400m。

 まさに世界最大規模の闘技場である、エルトクリア大闘技場。


 その中央に。

 アギルメスタ杯。

 総勢400名による激戦から勝ち上がった強者が2人。


 T・メイカー。

 メイ・ドゥース=キー。


 純白に身を包む魔法使いと、漆黒に身を包む魔法使いが向かい合う。







 1つ。

 大きく息を吐き出す。

 それは仮面の隙間から漏れ出て白い気体となって宙に消えた。

 約30mほどの距離をおいた正面に立つのは、メイ・ドゥース=キー。


 師匠は言った。

 本気でやれ、と。


 無意識のうちにセーブしてきた自分の力。それを意識的に解放する。先手必勝の戦法。

 つまりは、試合開始と同時に“神の書き換え作業術(リライト)”。

 初手で確実に沈める一撃を。


 強く、強く。

 拳を握りしめる。


 相手が何者かなんて関係ない。

 仮に一撃で倒せないなら二撃目で。

 二撃目で倒せないなら三撃目で。

 とにかく、最短時間で沈める。


 師匠の言う通りだ。

 呪文詠唱ができない俺が、そのハンデを克服するためには。


 ――――相手に呪文詠唱する暇を与える前に潰すしかないのだ。







 エルトクリア大闘技場に、雪が降り注ぐ。

 徐々に増す積雪も、対峙する2人には何ら悪影響を及ぼさない。

 2人は足に魔力を宿し、『水面歩法』と同じ要領でその雪の上に直立している。本来ならば試合開始前の魔法発現は反則だが、悪天候への対応という理由での発現は例外として認められているのだ。そのため、その発現を確認している解析班も実況解説も、そして観客も指摘しない。この技法が繊細な魔力コントロールの上に成り立っている難度の高いものであっても、動揺の1つも感じられない。それも当たり前だ。この程度すらできない魔法使いなど、この場に立つに相応しくなどないのだから。


 歓声の波が退いていく。

 徐々に、徐々に。

 決戦フィールド中央に対峙する2人の魔法使いから放たれるのは、刺すような重圧。大音量でこのエルトクリア大闘技場を揺らしていた声は、もう1つとして残っていない。


 それでも。

 発せられる熱量だけは、着実に上がり続ける。

 誰かが、ごくりと唾を呑み込んだ。

 隣に座る者にとっては、その音すら耳障りに感じてしまうほどの沈黙。


 実況のマリオが、音も無く立ち上がった。

 降り注ぐ雪の足は、目に見えてその速度を増してきている。

 十万を遥かに超える視線が集まるその中央で。




 T・メイカーが、ゆっくりと腰を落とし片腕を前に突き出し構えを取る。


 メイ・ドゥース=キーが、それを迎え入れるように両腕を広げる。




 マリオがマイクへと口を寄せた。

 これから先は、一瞬たりとも見逃せないと言わんばかりの緊張が全ての者に走る。

 大きく息を吸い込む音。

 そして。


『力を示せ!!』


 沈黙を貫く、約15万の咆哮。


『アギルメスタ杯、開戦だーっっっっ!!!!』







 アギルメスタ02。

 午後6時。

 アギルメスタ杯決勝。

 試合開始。

次回の更新予定日は、6月5日(金)です。

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[良い点] メイドスキwww凄いヒントぶち込んできたなwなのに気がつかないセイヤ、うん鈍感+警戒心弱い
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