表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
テレポーター  作者: SoLa
第1章 中条聖夜の帰国編
17/432

第15話 “神の書き換え作業術”

※注意※

若干の残酷描写があります。苦手な方はご注意ください。

「証拠品は何も残さぬよう注意して下さいよ。でないと――」


 鉄の扉を横へとスライドさせ、正面玄関を潜る。

 中は開けた広間で煌々と明かりが照らされていた。窓ガラスには黒画用紙のようなものがびっちりと貼られており、どうやらこれで外へ光が漏れないようにしていたようだ。

 全員寝静まっているなんてことはなく、皆大きな荷物やら何やらを持ち、右往左往している。俺が音を立てて扉を開いたことで(無論ワザと立てたわけではなく、古びて軋んでいた扉だった為やむを得ず)、ちょうど中央付近で周りに指示を出していた男が口を止めてこちらに目を向けた。


「……おや? 君たちは何です?」


 長い黒髪を掻き揚げながら、その男が問いかけてくる。


「あの声……」


 舞が隣でぽつりと呟いた。そして、あの口調。間違いないな。


 確信した瞬間には、転移魔法を発現していた。

 何を答えるでも無く。

 問いかけてきた長髪の男も、その周りで作業をしていた男たちも。

 誰よりも先に行動を開始した俺の拳は、長髪の男の顔面を容赦なく捉えていた。


「ぶぼっ!?」


 何の抵抗も無く拳を受け入れた長髪の男は、そのまま後ろへと吹っ飛び、奥にあった扉をぶち破って倒れた。


「ボ、ボスっ!?」


「な、何なんだてめぇっ!?」


 周りの男たちが一瞬で殺気立つ。

 ぐるりと見渡してみて分かった。こいつら、戦闘は完全に素人。魔法使いとしてのレベルも底辺もいいところだ。

 師匠の予想は外れだろう。こんな低レベルの誘拐グループを、あの師匠が危惧するはずも無い。


 俺は構うことなく奥の壊れた扉へ歩き出した。お前らの相手は、俺じゃない。相手のレベルによっては俺が全て片付ける予定だったが、あいつらだけで十分やれそうだ。

 そう考えた直後、立て続けに鈍い音が5,6発鳴り響く。

 同時に男たちの呻き声と悲鳴が上がった。ちらりと後ろに目を向けて見れば、想像通り舞のクマが男たちをタコ殴りにしているところだった。


「余所見してる暇なんて無いわよ!! 貴方たちの相手は私たちなんだから!!」


 舞が得意気にそう叫ぶ。エメラルドグリーンのクマは、非属性無系統“操作”魔法に加えて、その身にも強化魔法がかけられており、もはや並大抵の魔法使いでは手に負えない程の凶暴さを発揮していた。

 物体に強化魔法をかけるのって結構レベル高かったはずなんだけど。舞も随分と腕を上げたものだ。


「ぬいぐるみにボコボコにされる大の男たちってのも、なかなかにシュールな光景だな」


 ……ひとまず、こちらは問題無い。むしろあいつらにとって良い実戦経験になりそうだ。クマを襲う魔法球は、可憐の精密なコントロールを受ける魔法球によって、全て撃ち落とされている。舞もその分空いた手で魔法球をぶっ放し、次々に男たちを仕留めていた。


 この分だと、制圧までに5分も掛からないかもしれない。

 頼もしい限りだ。


「あん?」


 そう思いつつ、壊れた扉の先へと踏み入ったところで。

 先ほど殴り飛ばした男が、そこにいないことに気が付いた。


「……何だ。まだ動けたのか」


 舞と可憐によって乱闘騒ぎになっている広間とは違い、扉の先の細い通路は電気が落とされており薄暗い。

 耳を澄ませてみれば、後ろのどんちゃん騒ぎではなく、左前方の鉄階段からカンカンと小気味のいい音が響いていた。


「転移魔法、ねぇ」


 本当に持ってるなら、それ使って逃げろよ。

 俺は苦笑しながらその階段へと足を掛けた。







 聖夜が広間から姿を消した頃には、既に(、、)戦闘は終局へと向かっていた。


「可憐、そっちに2発いったわ!」


「平気です!」


 可憐が飛んでくる魔法球へと掌をかざす。

 瞬間。

 可憐の正面には無詠唱で障壁が展開され、迫りくる魔法球2発は音を立てて砕け散った。


「ルー・ルーブラ・ライカ・ラインマック」


「呪文詠唱なんざ、させるがぶっ!?」


 舞が呪文詠唱により無防備になったところを襲おうとした男。しかし行動に移すより先に、エメラルドグリーンのクマに殴り潰された。


「ヴィルリア・ルーガ・『業火の貫通弾(グリル・アーツ)』!!」


 舞の掲げた手の先。

 頭上には強大な魔力を纏った5本の炎の矢。問答無用で放たれたそれは、前方で構える男たちを容赦無く吹き飛ばした。


「ぎゃあああああああっ!?」


「ぐわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 それは、男たちに残る微かな戦意すら消失させるには十分すぎる威力を持っており。


「ひっ!? 何なんだ、こいつら!!」


「ただのガキじゃねぇっ」


 そう叫んでいる間にも、仲間はどんどん減っていく。

 50人近く居た男たちは、突如現れた2人の魔法使いによって成す術無く蹂躙されていた。圧倒的な実力差を見せつけられ、勝敗は結果を見るまでも無く明らかに。


 だからこそ――――。


「逃げろ!! 俺たちじゃ、こいつらに敵わねぇ!!」


 そういった思考に流れるのは、致し方のないことであると言える。


「逃がさないわよ!!」


 四方八方へと散らばる男たちを、舞の魔法球とクマが襲う。しかし、手数が足りない。無論広間にも窓は付いており、そこからの出入りも自由。男たちはそれぞれが分散することで、1人でも多くの人間が逃げられるよう賭けに出た。


 そして、結果から言えばそれは失敗に終わった。


「スィー・サイレン・ウィー・クライアーク」


「な、何だ? このキラキラ光ってるやつは……」


 逃亡を図っていた男が呟く。


 広間を覆うように散らばる光は、照明に照らされ幻想的な風景を作り出していた。


「……氷?」


 誰かが、そう呟いた瞬間だった。


「『白銀の世界(フリージア)』」


 その言葉と同時。広間に点在する全ての窓に、氷の花が咲いた。


「な、何だっ!?」


「あ、くそっ!! 開かねぇ!!」


 窓全体を包み込むように咲いた無数の氷の花たちは、男たちの脱出経路を容易に塞いでいた。


「……可憐?」


 この現象を作り出した人間に逸早く気付いた舞が、その人物の名を呼ぶ。可憐はそれに頷きで以って応え、普段の彼女からは想像できぬ怪しげな笑みを浮かべた。


「この空間は今を以って私の支配下となりました。皆さん、抵抗は止して下さいね」


 日本有数の名家・姫百合家の血縁のみが発現できるとされている、氷属性。

 それは、現代魔法では解明できぬメカニズムによって発現される属性魔法。この魔法によって姫百合家現当主・姫百合美麗(ひめゆりみれい)は、世界中から『氷の女王』と称されるようになった。

 その神秘のベールに包まれし属性魔法が今。


 ――――姫百合可憐に発現していた。







「……廃工場に、こんなものを作っているとは」


 階段を上りきった先、目の前に広がる光景に思わず感心してしまった。長髪の男が逃げ込んだと思われる、硬い鉄の扉。その扉から広がり、その部屋を囲う壁全てに施される精密な防御魔法陣。ちょっとした簡易シェルターのようだ。


「情けない」


 思わずそう呟く。


 部下たちは下で必死に抗ったというのに。そのボスは一撃で戦意を失い、仲間を見捨てて籠城か。

 こんな男が転移魔法を操る? 冗談だろう?

 本当に操れるのなら、こんな逃げ腰になんてならないと思う。


 足を動かしながら、座標を固定した。

 わざと、魔法陣が描かれている扉に重なるように。

 転移魔法を発現した瞬間、重なるように転移された手のひらを中心に、鉄の扉が真ん中から左右へと割れる。重い音を響かせながら、2枚になった鉄の板は地面へと転がった。


「ほう……」


 その光景を内側から見ていた長髪の男が、驚いた声でそう漏らす。

 こちらとしても安堵の息を吐きたいところだ。逃走されていなくて本当によかった。名高い姫百合家に雇われている魔法使いとして、これ以上の失態は御免だ。


 気合い、入れなおさないとな。


「結構厳重な魔法陣を組んでいたつもりだったのですがね」


「そうか? まるで手ごたえがなかったが」


「ふふふ。口だけは達者のようだ」


 男が笑う。思ったより余裕があるように見える男に、違和感を覚える。


「鬼ごっこはここまででいいのか?」


「そうですねえ。ここなら、部下の目には入らないですし」


 俺の問いに対して、曖昧な答えを返してきた。


「何か見られたくないことでもあるのか」


「まあ、そんなところです」


 俺に殴られた鼻を拭いながら、長髪の男が答える。手の甲がじっとりと血に塗れていた。


「貴方も馬鹿な少年だ。下の連中で満足して、帰っておけば良かったものを」


「馬鹿なのはあんたの方だろう?」


「……何ですって?」


 俺の発言に、長髪の男の表情から笑みが消えた。


「こんなところに籠城せず、逃げてしまえば良かったものを。これであんたは俺から逃げる術を完全に失ってしまったわけだ」


「……逃げる術? なぜ私が貴方から逃げないといけないのです?」


 ゆらり、と。長髪の男の身体が揺れる。


「一発私に与えたくらいで……」


 男の手が、膝に装着しているMCへと伸びる。


「いい気になるなよクソ餓鬼がァァァァ!!」


 俺たちの間合いを一歩で詰めた長髪の男が、躊躇いなく拳を突き出した。それを首の動きだけで躱し、無防備な腹に膝蹴りをくれてやる。


「がうっ!?」


「二発目だ。いい気になっても構わないか?」


「舐めないで、……頂きたい!!」


「おっと」


 真横へと跳躍する。俺の膝へ肘打ちを与えようとしていた長髪の男は、目標を見失って前のめりに倒れた。


「なるほど、ボスなだけあって1発や2発じゃ沈まないか」


「同列に並べられるのは心外ですねぇ!!」


 体勢を整え、長髪の男が突進してくる。真正面から、堂々と右拳を握りしめている。


「おいおい。そんな見え見えの拳じゃあ――」


 放たれた拳に大した速度は無い。身体強化魔法を纏っている為、常人よりは速いがそれだけ。同じく身体強化魔法を纏っている俺にとっては、目を瞑ってでも避けられるスピード。


 ――――だった。


「うおっ!?」


 俺に届くぎりぎりのところまできて異変が起こった。


 男の拳の(、、、、)位置が(、、、)変わったのだ(、、、、、、)


 余裕をもって回避できるはずだったのに、紙一重での回避になってしまうほどに。

 頬を拳速によって生じた風が打つ。

 追撃として放たれた膝蹴りも後退することで躱し、距離を空けた。


 なんだ、今のは。

 俺の心境が表情に出ていたのか、長髪の男は満足そうな笑みを浮かべる。


「ははは、素晴らしい反応速度ですね。まさか初見で私の攻撃を見切るとは。なんとも忌々しい餓鬼です」


 それだけ告げ、再び長髪の男が距離を詰めてきた。

 俺と肉薄したところで、長髪の男の姿が消える。


「っ」


 また、だ。

 今までいたはずの場所から、いきなり消える。

 漫画で見る戦闘シーンを、数コマ飛ばしで見ているような感覚。


 長髪の男は、いつの間にか俺の後ろへと回り込んでいた。

 後頭部を狙った一撃をしゃがみ込むことで回避。放たれた回し蹴りも紙一重で回避し、距離をとった。


 尋問したリーダー格の男から聞き出した情報が頭を過ぎる。


『ボスは、神の如き能力をお持ちだ。お前が強いのは十分に知っているが、それでも……殺される』


 無言の対峙は僅かな時間のみ。

 長髪の男が再度距離を詰める。数コマ飛ばしの動きが非常に読みにくい。


『驚くのも無理はない。だが、魔法という言葉に不可能という文字を当てはめるのはナンセンスだろう。魔法とは、奇跡の力なんだからな』


 長髪の男から放たれる連撃。

 その全てをぎりぎりのところで回避していく。


『あの能力にかかれば、どれ程手練れの魔法使いであろうと、一瞬で無に帰することになるだろう』


 俺が距離を空け、少しだけ無言で対峙する間があり、また長髪の男が距離を詰める。

 そのパターンが何度となく繰り返された。


 ……転移魔法。

 この男、……まさか本当に?


 思考が、動揺を生む。

 一瞬にして目と鼻の先へと現れた拳を、強引に首を逸らすことで回避する。不意打ちに近い攻撃を無理に回避したせいで、身体のバランスが崩れた。


 目の前にいる長髪の男が、口角を歪ませる。

 しかし、この程度でやられるほど、俺もヤワじゃない。


 師匠から命じられる鬼のような命令を日々黙々とこなしてきた俺をなめんなよ!!


 放たれた回し蹴りを、同じく身体強化魔法で強化した脚で蹴り飛ばした。


「っ、つっ!?」


 直後、身体を駆け巡る痺れるような感覚。


 ……そうか。

 ネタが分かったぞ!!


 動きが鈍ったことを確認した長髪の男が放つ連撃を、俺は『無系統魔法』で回避した。

 座標を書き換え、文字通り一瞬にしてその場から姿を消す。


「おっ!? ……と!!」


 殴る対象が突然消えたことで、長髪の男がバランスを崩してたたらを踏んだ。その隙を突くような真似はせず、離れた場所から長髪の男が体勢を整えるのを待つ。


「……まったく、ちょこまかと素早い餓鬼ですね。ここまで私の攻撃が当たらないのは初めての経験ですよ」


 長髪の男は、鬱陶しそうに自らの長髪をかき上げながら言う。

 俺の最後の回避手段をその目で見ても、何の反応も無い。

 これで確信した。


 この男は、転移魔法の使い手ではない。


「雷属性の付加能力、か」


「……ほう?」


 俺の出した回答に、長髪の男が眉を吊り上げた。


「常時展開しているのは、無属性の身体強化魔法のみ。ただ、攻撃の瞬間だけ、雷属性を付加しているな」


 雷属性は、操作系の魔法に秀でている。


「数手交えた後、俺は毎回あんたから距離をとっていた。しかし、あんたは直ぐに追撃を仕掛けられるにも拘わらず、必ず少しだけ間を空けていた」


 つまり、毎回そのタイミングで次の戦闘のシュミレーションを行い、雷属性の魔法を準備した上で、俺との距離を詰め直していたわけだ。後は、雷属性の魔法によって操作された身体の一部が勝手に俺を襲う。

 予備動作も無く、事前にプログラムされた通りに身体が動き出すのだ。

 急に動きが速くなるのも当然。


 動きの緩急によって、目が錯覚を起こしていただけだ。

 まるで、消えているかのように。


「事前に俺との戦闘パターンを構成して、無詠唱の遅延魔法で無属性の身体強化魔法に組み込む。それを、毎度あの短い時間で成し遂げていたのか。それが、あんたの部下たちの言う転移魔法の正体。凄い才能だな、正直、驚いた」


 その才能は、もっと別のところで有意義に活用して欲しかった。

 魔法を発現しつつ、その効果が発揮されるタイミングを遅らせる高等技術、遅延魔法まで無詠唱で投入しているとはびっくりだ。芸が細かすぎるだろう。


「そこまで読まれるとは思っていませんでしたよ。先ほど私の回し蹴りを貴方が迎撃したので、雷属性の魔法が使われている、というところまではバレると思っていましたがね。素晴らしい」


 本心なのだろう。

 長髪の男は、驚きの表情を隠そうともせずに肯定した。


「それに、ふふふ……。雇ったのは皆、魔法使いの中で愚図も良いところのレベルでしたが。私の魔法をそう誤認するのも、仕方の無いことだと言えますか」


 嘲りを含んだ笑いを漏らしながら、長髪の男は続ける。


「発現はほんの一瞬。もちろん、持続的な発現もお手の物ですが、低レベルの馬鹿にはこちらの方が良いのですよ。急激に速度が上がる。消えたように見えませんでしたか?」


「見えた」


 正直に答えた。


「俺も、あんたの回し蹴りを触れる形で迎撃してなかったら、転移魔法だと勘違いしたかもしれない」


「それでも貴方はそれに気付いた。私からの攻撃を一度も受けることなく。見事です」


 先ほどまでの、俺を敵視するような雰囲気が無い。


「どうです? 私と手を組みませんか? 貴方がどこの手先かは知りませんが、私とここで潰し合うよりも、よほど有意義なことができそうですが」


 なるほど。俺を勧誘する気になったのか。

 だが、その期待には応えてやれない。


「悪いな。俺はここに命令で来てるんだ。『徹底的に根絶やしにしなさい』ってな」


「なるほど……。それは残念です。貴方のような才能豊かな少年を殺さなければならないとは……。心が痛みますね」


 心にも無いことを言ってくれる。


「計画を丸潰しにされたうえ、私の魔法の秘密まで知られてしまっては、……生きて帰すわけにはいきませんから」


 長髪の男の声色が変わった。完全に臨戦態勢となりつつも続ける。


「何か言い残しておきたいことはありますか?」


 言い残しておきたいこと、か。

 なら、こっちからも言いたいことを言っておくかね。


「今のうちに投降すれば、それ以上のケガはしないで済むぞ」


 遺言ではなく、こちらからも最後通牒を突き付ける。


「しないのなら……、腕の1本や2本は覚悟しておけよ」


「上等ですねっ!!」


 咆哮と共に、長髪の男の足と腕から青白い雷が迸る。


 雷属性を付加させた身体強化魔法。

 先ほどまでのように、隠しながら使用する手法ではない。高い技術力を必要としながらも子供だましのような技法ではなく、ここから先は本気で潰しにくるということだろう。


 そして、跳躍。

 一瞬でゼロになる俺と男との距離。

 そして、眼前に迫る拳。


「おしまいですっ!!」


 俺はその光景を冷静に捉えながら、人差し指を男の肩へと突き出した。

 そして、一言。


「お前がな」


「うっ!?」


 何の音も衝撃も無い。


 それでも。

 自らの肩に違和感を覚えたであろう長髪の男から、一瞬で雷属性を纏った身体強化が消え去った。長髪の男の拳は、俺の顔を捉えるギリギリで止まっている。拳を止めた長髪の男は、自らの肩へとゆっくり目を向けた。


 そこには。

 男の肩に根元まで埋まった、俺の指があった。


「……、……」


 長髪の男は、口を開いて、また閉じた。

 現状が理解できていないのかもしれない。俺は早々に結果を知らせてやろうと思い、何のアクションも示さない長髪の男の肩から指を引き抜いた。

 遅れて、空いた穴からどろりと鮮血が顔を出す。


「ひっ!? ひぎゃあああああああああっ!?」


 長髪の男はよろめいて倒れ、自らの肩を抱きながら痛みに転げまわっている。


「……おいおい、たかが指一本だろ? 一般人や素人でもあるまいし、何をそんな大げさに騒いでるんだよ」


 長髪の男は血走った眼を寄越しながら叫ぶ。


「お、お前っ……何をしたっ!?」


「何をしたと思う?」


 真っ赤に染まった人差し指をクイクイと動かしながら、問い返してやる。


「し、身体強化か!? いや、それにしたって、突き刺さる衝撃が無かった!! 私と同じ雷属性!? いや、違うっ!? ぐっ……くそっ!! まるで急に指が私の体に入ってきたみたいにっ!!」


 ほう、いい線だ。


 これは、俺だけが持つ『無系統魔法』の能力。

 あるモノをある場所からある場所へと移すために、座標を書き換え、事象を改変させる魔法。


 しかし。

 ここでもし。

 その送り先へと転移させる際。


 その場にある障害物の座標に、一点でも重なるように転移させたとしたら。


 魔法警察に捕えられていた男の手錠に重なるように。

 廃工場の広間で放たれた火球に重なるように。

 強力な防御魔法陣が敷かれている扉に重なるように。


 そして。

 長髪の男の肩に重なるように。


 世間一般で言う空想上の転移魔法では、転移に失敗すると論ぜられるものが多い。しかし、実際にはそうはならない。

 俺の無系統魔法、正しくは『事象の書き換え』だ。


 そう。

 俺が書き換えた事象の方が正しくなる。


 つまり。

 捕えられていた男の手錠より、俺の手が優先された。

 放たれた火球より、俺の手が優先された。

 扉に働く防御魔法陣より、俺の手が優先された。


 つまり

 長髪の男の肩より、俺の指が優先された。


 長髪の男の肩へと転移した俺の指は、そこにあったのが当然だったと事象は書き換えられ、容易に男の肩を貫いた状態に書き換えられる。表現としては「埋まっている状態で」とした方が正しいかもしれないな。

 しかし、指のあるべき座標を書き換えたとはいえ、俺の身体の一部を分裂させることはできない。そのため、必然的に俺の指に付随して、掌も、腕も、体も、それに合わせて動く形になる。

 俺は別に男の肩に向かって指を突き出さなくても、この魔法さえ発現させてしまえば、勝手に指を突き出した体勢になってしまうということだ。


 防御不能。

 発現さえしてしまえば、相手が回避する前に心臓を突き破ることだって可能な、俺の絶対的な能力。


「俺の師匠はこれを、『神の書き換え作業術(リライト)』と呼んでいる」


 神なんて大それた名前、俺は好きじゃないんだけどな、と付け加える。

 ただ、傍から見ていると転移魔法という魔法には到底結びつかない上、恐怖心を煽りまくる効果を発揮してくれる為、非常に重宝している。

 必殺技と言っても過言ではない。


「……リ、リライト?」


 自らの肩を抱きながら。脂汗を垂らしつつ、長髪の男はオウム返しのように技名だけを呟いた。能力の詳細を説明していないのだ。名前が分かったところで疑問が解消されるはずもない。


「さて」


 終わらせるか。

 一歩を踏み出そうとした瞬間。


「う、動くなぁ!!」

 長髪の男がそう叫んだ。

 懐から何かを取り出す。


「こ、これは、この工場の起爆スイッチです!! 貴方がそこから一歩でも動けば、こいつを起動させますよ!?」


「……おいおい」


 自爆するってことかよ。狂ってるな。


「貴方だってまだ死にたくないでしょう!? 私が消えるまで貴方が手出ししなければ、これは押しませんっ!!」


 ずいっと、俺の方へと向けてくる。


 少しはやれる人間かと思えば……。

 その仕草・発言に、がっかりした。『お前だって』という言い方は、自分自身が一番生に未練があるということ。『私が消えるまで貴方が手出ししなければ』という言い方は、つまりは自分さえ助かれば部下の命などどうでもいいということ。


「お前、……つまらねぇよ」


 構わず一歩を踏み出した。


「なっ!? 貴方、狂ってるんですか!? 私にはこれがあるんですよ!?」


「押したければ押せ」


「なっ!?」


 俺の発言に驚いた男が問い返してくる。


「押したければ押せ、と言った。お前にその覚悟があるならな」


 そう言っている間にも、ずんずんと男との距離を詰める。


「く、来るなっ!!」


「知ってるか?」


 ヤケクソ気味に雷の属性付加をした長髪の男に対して、身体強化魔法に風の属性付加をさせる。


「来るなって言ってるだろォォォォおうぐっ!?」


「雷は風に弱い。移動系の魔法を得意とする風が相手じゃ、お前は逃げ切れねーよ」


 顎を蹴り上げられ、白目を剥いて崩れ落ちる長髪の男に向けて、そう告げておいた。







 気絶した男を引き摺りながら階下に降りてきた。


「……へぇ」


 俺はその光景を見て、思わず感心してしまった。


 既に広間での騒動は沈静化されており、男たちは全員地面に這いつくばっていた。ピクリとも動かない。


 そして何より目を(みは)ったのは、この空間を彩る氷の世界だった。

 ぶっちゃけ、寒い。

 吐く息も白かった。


「中条さんっ!?」


「聖夜!?」


 広間に立っているのは2人だけ。俺が壊れた扉を跨ぐようにして広間に踏み入ったのと同時。こちらに気付いた2人が、驚いた顔をして駆け寄ってくる。


「ちょっと、どうしちゃったのよ貴方!!」


「だ、大丈夫なのですかっ!?」


「……すまん、何の話だ?」


 必死の形相で言い寄られるが、意味が分からない。


「こ、こんなに血を出しといてよくそんなケロリとしてられるわねっ!!」


「ま、待って下さい。今、ハンカチを――」


「待て待て待て!! これは俺の血じゃねーよ!!」


 やっと分かった。どうやら俺の姿を見て、相当な深手を負ったものだと勘違いをしているらしい。

 自分の身体を見渡し、顔を拭って見て分かった。

 うん。相当汚い。


「貴方の血じゃないって……」


「ああ。あまり見ない方がいいぞ。返り血だからな」


「ひっ!?」


 舞の質問に答えたところで、もう遅かった。

 可憐が覗き込むように俺の手で引き摺られてきた男の有り様を見て、悲鳴を上げる。やっぱりお嬢様にはショッキングな映像か。

 俺からして見れば目立った外傷は肩傷だけだし、大したことないんだけどな(それでも肩からは相当量の出血をしているが)。


 そのまま固まって動かなくなった可憐を不憫に思い、ひとまず話題を変えることにした。


「やるじゃないか。まさか本当に2人だけで殲滅してしまうとはな」


 ぐるりと見渡して、そう評価する。脱出経路として危惧されていた窓は1つ残らず氷漬けにされており、聞くまでも無く1人も逃がさず処理し終えたのだと分かる。

 良かった。このまま残党探しに行く必要は無さそうだな。


「この魔法は可憐か?」


 ……。


「ちょっと、可憐」


 未だ放心状態の可憐を、舞が小突く。


「……あ、はい。そうです。って……中条さん。私が氷属性を使えること、知ってらしたのですか?」


「おかしなこと聞くな?」


 含み笑いをしながら、可憐の質問に答えてやる。


「姫百合家の氷属性といえば、日本国内に限らず有名だろう。『氷の女王』姫百合美麗の名は、アメリカでも良く耳にしていた」


「……そうでしたか」


 可憐が納得する。


「舞。師匠の電話番号、知ってるか?」


「え? 知ってるけど……」


 舞が携帯電話を操作する。


「繋いでくれ」


「は? 構わないけど……。貴方、電話代すら払えなくなってるの?」


「事情は後で話すから」


 電話番号教えて貰ってねーんだよ。なんて師弟関係だ。

 その愚痴は帰ってからゆっくりと聞いてもらおう。


「はぁ」


 舞がどこか納得できないという表情をしながらも、俺に言われた通り通話ボタンをプッシュする。


「はい」


「さんきゅ」


 舞から携帯電話を受け取り、耳に押し当てる。


 用件は言うまでもない。事後処理だ。

 男たちをこのまま放置しておくわけにもいかないだろう。場所は特定できていなくても、師匠なら既に警察には根回しをしてあるはずだ。組織のアジトの場所を伝えさえすれば、後は全てやってくれるだろう。


 そう考えて、後始末の全てを放っておいたわけだが。

 そのせいで、俺は大切なことを見落とした。

【※27年9月21日に大幅改稿※】

 聖夜と長髪の男との戦闘シーンが大幅に書き換えられました。

 改稿前の戦闘シーンは、改稿した同日の活動報告にて掲載してあります。

 気になる方はどうぞ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 根絶やしにしろって言われてて、完全な奇襲に成功したのにパンチなのがひっかかった。護衛対象と一緒に敵アジト凸るし仕事舐めすぎててモヤモヤする。
[一言] 面白くて好きです あとがきの27年は西暦にするか平成を付けた方が良いと思います
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ