第2話 アギルメスタ01 ⑨
★
『アギルメスタ杯本戦第二試合、ブルーグループ!! 試合開始まで30分を切りました!! 観客のみなさん!! そろそろご自身の席へお戻りくださいねー!!』
『ギリギリになって急いで転んで怪我しても知らないよ~』
『ははは。お二人のこういった注意喚起は、もう名物みたいになってるよなー』
実況のマリオと解説のカルティが恒例となった注意喚起をし、その間に挟まれる形で席を設けられているマークが茶々を入れた。
エルトクリア大闘技場、選手控え室。
そこに設置されているモニターからは、大闘技場内部の各所の映像が垂れ流しにされていた。
それを呆けた様子で眺めていた天道まりかだったが、近づいてくる足音を聞いて視線を扉へと移す。浅草唯がまりかの隣で立ち上がったのは、ほぼ同時だった。
扉が開かれる。
先導する警備員と共に入室してきたのは、着古した剣道着を身に纏い笠を深く被った藤宮誠だった。
「こちらを」
警備員がベルを藤宮へと手渡す。
「何かご入り用でしたら、お使いください。担当の者が参ります」
「承知したでござる」
「それでは、失礼致します」
一礼して、警備員が退出した。
藤宮はその瞳を細く開き、煌びやかな装飾が施されている控え室を見渡す。
「いやぁ、実に見事な意匠が施された部屋でござるな」
「唯」
白々しいほどに朗らかな声色で口にされた言葉。
それに反応した唯が一歩を踏み出そうとしたが、座ったままのまりかに名前を呼ばれることで制された。
「……まりか様」
「まずは座ったら? 岩舟の従者さん」
「ふむ。では、お言葉に甘えて」
まりかの誘いにそう答え、藤宮はまりかの正面にあるソファへと腰かける。
「唯も」
「いえ」
短い言葉で拒絶を唱えた唯が、まりかの座るソファの後ろへと回り、直立の姿勢を取る。
「これが、従者たる者の正しい位置ですので」
相手を射殺しそうな目つきで、唯が藤宮を睨んだ。対する藤宮は、笠から覗かせる口元に軽薄そうな笑みを浮かべた。
「もちろん、忠誠を誓うべき対象が近くにいるのなら、拙者も倣うでござるが」
「っ」
明らかに相手を嘲る意図のあるその言葉に、唯が怒りで小さく肩を震わせた。
藤宮の言い分は、間違っていない。
藤宮が仕えるべき対象は、日本の五大名家と呼ばれる『五光』の一角、岩舟。元・『五光』である天道ではない。
しかし、元と付くものの、対面に坐すは自らの主とほぼ同格の名家の令嬢。
勧められたとはいえ、それだけの地位を有する相手を前に平然と腰を下ろす藤宮の態度は、明らかに挑発の色合いが込められたものだった。
唯とは違い、その態度にまりかは異を唱えなかった。代わりに口元が歪む。
「よく来たね。正直、尻尾を巻いて逃げ出すかと思ってたよ」
「はて。そうしなければいけない理由が思いつかないでござるが」
とぼけた口調で藤宮は言った。まりかの眉が僅かに上がる。
「岩舟の犬が言うじゃないか」
「おぬしこそ、随分と我が主に固執しているように見受けられる」
「それをお前がっ」
「唯ぃ~」
ソファの後ろから身を乗り出さん勢いで食って掛かった唯を、まりかが緩い口調と手で制した。その様子を興味深そうな視線で見つめていた藤宮は、唯が落ち着いたのを見計らって口を開く。
「天道は、もう『五光』の座に未練が無いと思っていたでござるが」
「無いよ? ただ、それとこれとは話が別だ。こんな機会は滅多に無いからね」
唯を抑えていた手を離し、まりかが続ける。
「ケジメはつけさせてもらう。手始めに、キミを叩き潰すことにするよ」
その言葉に、藤宮はゆっくりと首を横に振った。
「それはそれは……。試合前に良いことを聞かせてもらった」
「なに?」
藤宮のその態度に、まりかが怪訝な表情を向ける。
藤宮は、まりかからの視線に臆することなく言った。
「我が主に仇なす存在ならば、拙者が始末しておく必要があるでござる」
その言葉に。
「面白い」
まりかが、獰猛な笑みを浮かべる。
そして。
「そんなことを、……私がさせると思っているか」
様々な感情全てを押し殺し、平坦な声色で以て唯が言う。
「貴様のような賊如き、まりか様に触れることすら赦されはしない。それを私が教えてやる」
藤宮は腰に差した刀の柄をゆっくりと撫でた。
「是非、ご教授願いたいものでござるな。もっとも、それだけの力量がおぬしにあれば、でござるが」
「その言葉、後悔するな。これはアギルメスタ杯だ。不慮の事故が起こったとしても、それは本人の責として片付けられる」
「それはお互い様でござろう?」
まりかを挟み、従者同士が見えない火花を散らせた。
そこで。
「あー、はいはい。ベルね、りょうかーい」
軽い調子で扉を開き、入室してくる黒ずくめの男。
室内を見渡し、不穏な空気を纏う3人からの視線を浴びたその男、メイ・ドゥース=キーは。
「あっ、失礼しました」
部屋間違えちゃいました的なノリで、扉を閉めて逃げ出した。
☆
「藤宮誠、天道まりか、浅草唯、そして……、メイ・ドゥース=キーねぇ」
ブルーグループの出場者を、クリアカードに表示させて確認する。
「これまた随分とキャラの強い奴らが揃ったもんだな」
「キャラが強い?」
「あぁ」
美月の言葉に頷いた。
「メイなんとかは知らないが、他の3人は『五光』の関係者だよ」
よくもまぁ、この大会にこんなにも日本出身者が揃ったものだ。
「え? 天道さんと浅草さんは知ってるけど、藤宮誠って人もそうなの? でも確か今の『五光』って……」
「花園、白岡、岩舟、二階堂、そして姫百合。それが現・『五光』に名を連ねる五つの名家だ。天道が元・『五光』の名家なのは知ってるってことだよな?」
「うん」
「天道に変わって『五光』入りしたのが姫百合だ。ただ、天道を蹴落としたのは姫百合じゃない。岩舟なんだよ」
「け、蹴落としたって……」
不穏な単語に、美月の表情が引きつる。しかし、表現としては間違っていない。
「天道まりかの両親を惨殺し、一夜にして天道家を崩壊させた事件が――」
「聖夜」
「……分かってますよ」
師匠に窘められてしまった。
「ざん、さつ?」
美月が目を白黒とさせる。
「美月、話半分に聞いておきなさい。岩舟がやったって証拠はどこにも無いんだからね」
「……惨殺は本当なんだ。没落したって話は聞いてたんだけど」
頬を痙攣させながら美月が呟く。お前、『ユグドラシル』の元メンバーとは思えないくらい純粋な反応するよな。汚れ仕事は担当していなかったのか?
「天道家は、繁殖能力が弱いことで有名でな」
犯人についての追及はやめて、話を戻す。
「強大過ぎる幻血属性が影響しているのかどうかは知らないが、子どもができにくいらしい。ただでさえ絶対数が少なかったのに、それを岩舟に……、えーと、どこかの反勢力によって壊滅に追いやられてしまった、というわけだ」
師匠からの鋭い視線を浴びて、一部を訂正した。絶対に岩舟だと思うんだけどなぁ。事実、『黄金色の旋律』にいる天道まりももそんなことを言っていたし。
「その話が出てくるってことは、藤宮って人……」
「そう。岩舟の従者だよ」
美月の言葉に頷く。
「天道まりかがどう出てくるかで勝負は決まる。まさか貴重な幻血属性である『天』を見世物にするとは思わなかったが」
最初は『黄金色の旋律』である俺(T・メイカー)狙いかと思っていたが、もしかすると本当の目的はこっちだったのかもしれない。
「天道さんのお姉さんもパーティにいるって言ってたよね?」
「まりもな。あぁ、いるぞ」
すっごくゆる~い奴だけどな。
「アギルメスタ杯に出てる妹の方は引き込めなかったの?」
「引き込めなかったと言うよりは……」
「その必要性を感じなかったからよ」
俺の言葉を遮るように、師匠が会話に割り込んできた。
「えっと、天属性ってかなり強力だと思うんですけど……」
美月が躊躇いがちに質問する。しかし、師匠は素っ気なく首を横に振った。
「私はまりもの能力が欲しかったわけじゃない。あの子はね、一族から迫害されていたのよ」
師匠の隣で大人しくオレンジジュースを飲んでいたルーナが、顔をしかめた。
「なぜ迫害されていたのか、理由は省くわ。ただ、私があの子を一族の中から拾い上げたのはそのため。天道家が没落したのはその後すぐだったかしら。今にして思えば、一緒に妹の方も連れ出してあげれば良かったとも思うわね」
それだと単純にただの人さらいになるけどな。あの段階では、天道家が落ちるなんて誰も分からなかったわけだし。
「……お姉さんの方もそうだけど、それじゃあ妹さんの方も大変な思いをしただろうね」
「そうだな」
美月の言葉に、俺はもう一度頷いた。
天道家の没落後、天道まりかはすぐに魔法世界へと亡命したと聞いている。誰が味方で誰が敵か分からない日本にいるよりは、よっぽど安全だろう。ただ、その一番苦しい思いをした時に、大切な自分の姉は傍にいなかった。その姉をさらったのが『黄金色の旋律』だというのだから、恨まれても文句は言えない。まりもが会うことを拒絶したのが理由だったとしても、それは言い訳にしかならない。
思わずため息が出た。
「お加減がすぐれないのですか? 聖夜様」
俺の隣でずっと聞き役に徹していたちょろ子が気遣ってくれる。
「いや、平気だ。ちょっと憂鬱になっているだけだから」
このまま行くと、俺が決勝で当たるのは高確率で天道まりかだ。
俺はあいつに、なんて言ってやればいいのだろうか。
俺はあいつに、どう接してやればいいのだろうか。
師匠によってほとんど飲まれてしまったオレンジジュースのグラスを手に取る。
その時。
「失礼致します」
スイートルームの扉がノックされた。
「アル・ミレージュさん?」
美月が立ち上がった。
「誰だ?」
「このスイートルームのお手伝いさんだよ」
そんなのいるのか。すげーな。スイートルーム。
「カガミ・ハナ様宛にお電話が入っております」
「電話? 私宛に?」
それもカガミ・ハナ宛か。
魔法世界で美月が使っている偽名に向けて連絡を?
誰だ。
「天道まりか、と申しておりますが」
「ぶっ!?」
思わず残りわずかだったオレンジジュースを吹き出してしまった。
「せ、聖夜様っ!?」
「お、わ、悪いっ」
紙ナプキンを手に飛びつくようにして拭きにきてくれたちょろ子に礼を言う。その間に美月はアルさんからプレートのようなものを受け取り、スイートルームの隅に移動していた。アルさんが一礼してスイートルームから退出する。
「えっと、もしもし?」
ここからでは見えないが、プレートの券面にホログラムとして表示されているであろうまりかへ、美月が答える。
『やっほー、ハナちゃん。ちゃんと見に来てくれてる?』
明るい声がスイートルームに響き渡った。
その声に、ほっとしている自分がいる。師匠の隣に座っていたルーナも立ち上がり、通話している美月の方へと歩いていく。
「もちろん見に来てるよ。今は、……スイートルームでルーナとリラックス中」
『あはは、良いご身分だねぇ~』
カラカラと気持ちの良い笑い声が聞こえた。
「それで、どうしたの? わざわざ連絡なんて」
『ん? え、えーと……』
通話相手の天道まりかは、少しだけ口籠ってから。
『ちょっと、ハナちゃんの声を聞きたくなって、かな』
そんなことを言った。
『ご、ごめん。い、いきなり迷惑だよね。ハナちゃん名義で貸し出されてるスイートルームの番号勝手に調べて連絡とか……、ま、まるでストーカーのようだ!! あはは!!』
それは。
まるで、自分の弱さを隠そうとするかのような口調で。
美月もそれに気づいたのだろう。
だからこそ。
「そんなことないよ」
美月は、落ち着いた口調でそう答えた。
「そんなこと、ない」
『ハ、ハナちゃん?』
「私も、天道さんの声が聞けて嬉しいから。試合前に連絡してくれてありがとう」
『あ……』
一瞬の沈黙。
そして。
『え、えへへ。そう言ってもらえると、嬉しいなぁ』
本当に嬉しそうな、照れていそうな声色でそんなことを言った。
『ボク、友達いないからさ。その、ハナちゃんみたいに普通に話してくれる人って全然いないから』
「え? 浅草さんは?」
『あ~、あの子とボクとの関係は、ちょっと違うというか……』
友達じゃなく、従者だからな。
どんなに仲が良くても、そこから上下関係だけは消えないだろう。
『ともかく元気出たよ。応援に来てくれてありがとう。ハナちゃんの声、聞けて嬉しかった』
「がんばって。おうえん、してるから」
『お~? ルーナちゃん! もう調子は大丈夫なの?』
「もちろん」
『そりゃ良かった!!』
女の子3人の会話を、右から左へと聞き流す。今更だが、あんまり盗み聞きって良くないよね。意識していなくても聞こえちゃうんだけどさ。
『ハナちゃん、ルーナちゃん』
けれど、急に声のトーンが変わったそこからの言葉は。
『ボクは、絶対に勝つよ』
どれだけ意識しないようにしていても、俺の耳へと流れ込んできて。
『ボクはブルーグループで、最後まで決戦フィールドに立ち続ける』
明日は本気でやりなさい、と。
『そして、明日』
先ほど言われた師匠の言葉が脳裏をよぎる。
『ボクは、T・メイカーを倒す』
俺は。
あいつになにをしてやれるのだろうか。
★
午後5時50分。
ブルーグループ試合開始まで後10分。
辺りはすっかりと暗くなり、雪が舞うエルトクリア大闘技場は綺麗にライトアップされていた。スポットライトが動いて一点を照らす。
スポットライトが向けられたのは、1階にあるテーブル席。
3人の男性が立ち上がった。
『紳士淑女の皆様!! お待たせ致しました!! 魔法世界「七属性の守護者杯」!! そのアギルメスタ杯!! いよいよ本戦第二試合の始まりであります!!』
マリオの宣言に、大闘技場中が沸く。
『実況は私マリオ!!』
『解説はカルティ』
『そして特別ゲストとしてお招き頂きました、私マーク』
『以上!! その他一切の説明が必要無い3人組でお送りして参ります!!』
舞い落ちる雪を吹き飛ばす勢いで、歓声と拍手が巻き起こった。それがある程度静まったところを見計らって、再びマリオが叫ぶ。
『さあ!! それでは始めましょう!! アギルメスタ杯本戦第二試合ブルーグループ!!!!』
決戦フィールドに、青を背景色とした映像が円柱状に次々と投影された。『ブルーグループ』という文字の下に『藤宮誠』『浅草唯』『天道まりか』『メイ・ドゥース=キー』と続いている。
『4日間に渡って行われて参りましたアギルメスタ杯予選!! 激戦の数々を潜り抜け!! ブルーグループに選ばれたのはこの4名!! 一足先に明日の決勝への進出を決めたT・メイカー選手!! そして3,4位決定戦への進出を決めたマリーゴールド・ジーザ・ガルガンテッラ様への挑戦権を手にするのは果たして誰だーっ!?』
マリオの煽りに、エルトクリア大闘技場のボルテージが限界突破せん勢いで上がっていく。
『選手入場だー!! まずは予選Aグループから勝ち上がった無名の魔法剣士!! と、思いきや実は日本の名家の従者だった!? 由緒正しきサムライの一族!! 藤宮誠ォォォォ!!!!』
点滅していた映像のうち半分が切り替えられ、『藤宮誠』の文字と彼の顔写真が映し出された。
大歓声の中、決戦フィールドの出入り口から1人の男が姿を現す。
着古した剣道着。
そして自らの表情を隠すように深く被られた笠。
藤宮誠。
藤宮は、笠を更に深く被りなおしながら一歩を踏み出した。薄く積もり始めた雪の上を、草履で一歩ずつ進んでいく。
『藤宮選手と言えば、乱戦となった予選Aグループを見事に勝ち上がった選手ですけれども!!』
『そうだねぇ。奇術師Mr.Mに、サメハ・ゲルンハーゲン、牙王、そしてアリサ・フェミルナー。誰が勝ちあがってもおかしくはない試合だったね』
マリオの言葉に、カルティが何度も頷いた。
『あれは手に汗握る白熱した試合だったよな。最後はアリサ選手との共闘とはいえ、牙王を倒すなんて思ってもみなかったよ』
『まさにダークホースとも言うべき存在でしたね!!』
マークの言葉から繋げるようにしてマリオが言う。
『あとは、休養期間が他のグループよりも多かったという優位性を、試合にどう生かしていけるかどうかだ』
カルティが目を細めながら言った。
エルトクリア大闘技場の決戦フィールドは、直径約400mもある。午前中に行われたレッドグループにて大破という言葉では表現しきれない程に破壊されていたそれは、ものの見事に修繕されていた。
あらかじめマーキングされている箇所で、藤宮が立ち止まる。
藤宮が立っている所を含めて、マーキングされている箇所は4つ。入場してきた4人はそれぞれ四角形の頂点に立ち、向かい合う構図となる。
『続いて入場するのは!! 予選BグループにてT・メイカーの猛攻を見事に潜り抜けたこの人だ!! 王立エルトクリア魔法学習院からの特例での参戦!! 日本の秘伝剣術“アサクサ”を操る魔法剣士!! 浅草唯ィィィィ!!!!』
藤宮誠の紹介映像が、浅草唯のものへと切り替わった。映像に映し出されている写真は、学習院の生徒手帳の写真から流用したのか、学生服を着ている。その姿からか、観客席からは幾分か温かい拍手が送られた。
しかし、決戦フィールドの出入り口に現れたその少女は。
王立エルトクリア魔法学習院指定の学生服。
スカートのベルトに差された一振りの刀。
浅草唯。
まだその少女が学生の身である、と。
事前の情報が無ければ、いったいどれほどの観客が見抜けただろうか。
そう思ってしまうほどに、唯は洗練された雰囲気を身に纏っていた。学生服を身に着けておきながら、唯の放つ存在感は、学生のそれを遥かに超えていた。
冷徹な瞳。
触れれば斬られてしまいそうな、そのオーラ。
腰に差した剣の柄を軽く叩き、唯が一歩を踏み出す。
一瞬だけ静まり返ったエルトクリア大闘技場だったが、静寂はすぐに音を取り戻した。それはこれほどのコンディションで試合に臨んできた唯への、惜しみのない賞賛だった。
『あ、浅草選手といえば、その流派と学習院からの特例参加ということで注目を集めていた選手だったわけですけれども』
職務を忘れてマイクを取り落しそうになっていたマリオが、慌てて口を動かす。それにカルティとマークが続く。
『予選Bグループは、ほぼメイカー選手の一人舞台だったからね。その中で生き残れた実力は、大したものだと思うよ』
『まだそれで学生だって言うんだから、末恐ろしいものがあるよな』
唯が定位置についたのを確認し、マリオがマイクを握り直す。
『どんどん行くぞ3人目だー!! 予選Cグループで一人無双!! 浅草選手と同じく学習院からの特例参加!! 日本が誇る最強の幻血属性保持者か!? “天属性の使い手”天道まりかァァァァ!!!!』
唯と同じ学習院の制服を身に纏い。
MCも得物も何も持たずに手ぶらで入場するのは。
天道まりか。
降臨、と。
そう表現するのが相応しいかもしれない。
まりかが出入り口に姿を現したのとほぼ同時に、エルトクリア大闘技場が静まり返った。唯の時とは違い、一瞬ではない。完全なる静寂。
まりかのその瞳からは、何の感情も読み取ることはできない。
まりかのその表情からは、彼女の心の内を読み取ることはできない。
ゆっくりと目を閉じて。
ゆっくりと目を開いて。
まりかは、一歩を踏み出した。
鈍い音が、エルトクリア大闘技場に鳴り響く。
マリオがマイクを今度こそ取り落した音だった。横にいるカルティに脇腹を小突かれ、マリオはようやくマイクを取り落したことに気が付く。慌てて拾い上げて口を動かした。
『し、失礼致しましたっ!! え、えー、そ、そう!! 天道選手です!! 貴重な幻血属性の中でも極レアと称される「天属性」の使い手!! 予選Cグループではまさに無双という表現が相応しいほどの戦闘力を見せてくれましたね!!』
『そうだね。前にも言ったけど、天道まりか選手は前から注目していた魔法使いなんだ。この大会でその名をどこまで上げることができるのか、期待したいところだね』
『浅草選手と同じく特例扱いでの院生のアギルメスタ杯参加。どれだけの覚悟を持ってこの場に立っているかは分からないが、ぜひ実りのある経験になってくれることを願うよ』
まりかが定位置につくのと同時に、再びマリオが口を開く。
『そして最後に登場するのは!! 4つの予選の中で断トツに戦闘時間が短かったDグループからの勝ち残り!! 対照的な色合いの服装はT・メイカーを意識してか!? 未だその能力が分からない「無所属」メイ・ドゥース=キーィィィィ!!!!』
黒の仮面に黒のローブ。
その素性も、魔法技能も一切が謎に包まれた魔法使い。
メイ・ドゥース=キー。
同じ予選グループだったマリーゴールドとの一騎打ちを避けるようにして勝ち抜いたが故か、迎え入れる拍手の中には、時折ブーイングの類も混じっている。
しかし、メイはそんなことではめげなかった。
自分に降り注ぐ歓声も拍手もブーイングもどこ吹く風、といった風情で一歩を踏み出す。
『メイ選手は本戦へと勝ち進んだ8名の選手の中で、唯一自らの手の内を晒さなかった選手です!!』
『マリーゴールド様と同じグループにいたにも拘わらず、うまく立ち回っていたよね』
『そういった意味で言えば、現段階で一番有利なのはメイ選手で間違いないな。問題なのは、その秘密主義がどこまで貫き通せるのか。それとも、その秘密主義はこの第二試合を速攻で片付けるための布石だったのか』
『なかなかに想像が膨らむね~。これはレッドグループ以上に期待できる試合展開になりそうだ』
3人がそれぞれ意見を述べた後、最後にカルティがそう言って締めくくった。
決戦フィールド中央に出揃うは、本戦2日目のチケットを争う4人の選手。
藤宮誠。
天道まりか。
浅草唯。
メイ・ドゥース=キー。
直径400mの決戦フィールド、その中央。
4人がそれぞれの配置につき、視線を巡らせる。
誰が。
誰を蹴落とすか。
沈黙が生まれる。
緊張感を孕んだ、刺すような沈黙だ。
一切の音が消えたエルトクリア大闘技場。
数十万の視線が集中する中心部。
藤宮が、力を抜いた自然体の構えで右手を柄へと添える。
唯が、腰を落として居合い斬りのような構えを取る。
まりかが、その右腕を天へと掲げるようにして挙げる。
メイが、右手を前に差し出し関節を鳴らす。
マリオが、緊迫した空気の中でマイクへと口を寄せる。
大きく息を吸い込み。
そして。
『力を示せ!!』
続く言葉は、大闘技場全体で。
『アギルメスタ杯、開戦だーっっっっ!!!!』
★
アギルメスタ01。
午後6時。
アギルメスタ杯本戦第二試合、ブルーグループ。
試合開始。
次回の更新予定日は、5月1日(金)です。