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テレポーター  作者: SoLa
第4章 スペードからの挑戦状編〈下〉
166/432

第1話 アギルメスタ01 ⑧

第0話と第1話を同時に公開しています。




「すげーな。ここが美月(みつき)の借りてるスイートルームか」


 エルトクリア大闘技場の19階。スイートルームしか用意されていないその階は、これまでの喧騒が嘘のような静寂に包まれていた。緩いカーブを描く廊下に控えているのは、警備員ではなく従業員。ところどころにあるテラスのような場所には、裕福そうな見物人たちがグラスを片手に談笑していた。明らかに次元の違う客層である。

 しかし、その穏やかな雰囲気もスイートルームに足を踏み入れた瞬間に消えた。


 それは、圧倒的な、熱。


 スイートルームの内装も、これまで通ってきた19階の装飾に劣らぬ素晴らしいものだったが、やはり決戦フィールドやエルトクリア大闘技場の内部ほぼ全てを遥か上から眺められるのは凄い。そして数えられないくらいの人々が発する喧騒。

 ……俺、今までこんな中で試合してきたのかよ。


 すげーな。

 今更ながらに抱いた感想だ。でも仕方がない。今まで一度も観戦できていなかったのだから。

 今日は、試合中に“神の書き換え作業術(リライト)”の連用数が一定値を超えたと師匠が判断したことで、特訓は中止になった。本当なら、明日の決勝を控えて最後の『属性共調』習得に向けた鬼レッスンがあるところだったのだが、これ以上の魔法使用は禁止という師匠からのストップがかかっている。


 ……その際に、あとで色々と話があると言われたのが怖い。


「とりあえずお疲れ様。聖夜君」


「お、ありがとう」


 鑑華(かがみはな)美月(みつき)から差し出されたグラスを受け取る。良く冷えたオレンジジュースだった。


「ただのオレンジジュースでもワイングラスに入って出てくるあたり、流石はスイートと言わざるを得ないな」


「そうだね~」


 ルーナ・ヘルメルの座るソファへと向かう。


「せーや」


「ルーナもありがとな。明日も悪いけどよろしく頼む」


「ん」


 俺の言葉にルーナが頷いた。

 明日の決勝進出の際も、俺は“神の上書き作業術(オーバーライト)”で会場入りする必要がある。あの目立つ仮面にローブ姿で街中を歩くわけにもいかない。会場までは転移魔法でひとっ跳びだ。


「リナリーは?」


「マリーゴールド連れてどこかへ行ったよ。シスター・マリアも一緒にな」


 おそらく、『黄金色の旋律』のメンバーとしての適性を確かめているのだろう。適性もなにも、師匠の破天荒さに耐えられるかどうかが一番であって、人格など二の次だと思うのだが。


「……あぁ。あの、ちょろこ」


 ルーナは相変わらずマリーゴールド・ジーザ・ガルガンテッラのことが嫌いのようだ。


「ちょろ子ちゃん、本当にメンバー入りするのかな」


 美月、お前もそっちの方で呼ぶのか。


「おそらくするだろうな。RankAの天蓋魔法を含む闇属性の契約詠唱に加えて、幻血属性の『毒』が扱え、更にはRankA全身強化魔法で土属性も発現できるらしい」


 かなりの、というか破格の高スペックだ。それが今、フリーときた。とんでもない掘り出し物である。


「ちょろこをいれるの、はんたい」


「そう言うなって」


 ルーナの頭をぐりぐりと撫でてやる。髪が乱れてしまったが、ルーナは少しも嫌がるそぶりを見せなかった。


「せーやは、いいの?」


「何がだ? ちょろ……、マリーゴールドが入ることについてか?」


 ルーナが頷く。


「別にいいんじゃないか。それで俺の負担が減るなら万々歳だ」


 そんなことを考えていたんだが、ルーナはなぜか神妙な表情になって俺へ向き直った。


「せーや、きいて」


「お、おう」


 ルーナのオッドアイが、じっと俺を見つめる。


「ちょろこは、いま、フリー」


「そうだな」


 だからこそ、師匠もさっさと傘下に加えたいのだろう。


「ちょろこは、がくしゅういんもやめてる」


「そうだな」


 魔法学習院をあいつは退学しているらしい。それが俺のせいかどうかは分からないが。怖くて聞けない。

 とにかく、師匠が手駒として扱うにはもってこいだ。


「つまり、ちょろこがのぞめば、せいらんにくる」


「そうだな」


 あいつはもう学生ではないわけだが、学生の年齢ではある。つまり、ルーナが言う通り、あいつが本当に望めば俺が在籍している日本の学園、青藍(せいらん)魔法学園(まほうがくえん)に通うことだってできるだろう。

 つまりだ。

 ……?

 つまり。


「えっ」


 無意識に声が漏れる。

 それってまずくない?

 あのマリーゴールドが青藍に来る?

 俺のことを「王子様」と崇拝してしまっているあいつが?


「私はまずいと思うなぁ。花園(はなぞの)さんとか校舎を半壊させたりして」


 美月が遠い目をして言う。「何を馬鹿なことを」と笑い飛ばすことができなかった。校舎を半壊させるというのは流石に言い過ぎだが、俺の幼馴染である花園(はなぞの)(まい)は直情型だから厄介なことになりかねない。


「それは阻止しないといけないな」


 何が何でも全力で。

 俺の平穏な学園生活のためにも。


「そし、できるの?」


「できるさ」


 ルーナの問いに自信たっぷりに答えてやる。


「何せあいつはちょろ子だからな。俺が言えばすぐに――」


 スイートルームの扉が開いた。

 振り返ると、師匠であるリナリー・エヴァンスにシスター・マリア、そして噂のちょろ子ことマリーゴールド・ジーザ・ガルガンテッラがいた。


「お疲れ様です。早かったですね」


 まだ俺がここへ来て5分も経ってない。


「確認したいことは確認できたから」


 師匠は目だけでマリーゴールドを指した。そのマリーゴールドといえば、俺の方を凝視したまま動かない。不安になるほどの硬直ぶりだった。

 立ち上がって近くまで行く。ルーナと美月もついてきた。


「……かっこいい」


 ぽつりと呟くマリーゴールド。


「は?」


 いきなり言い出してんのこいつ。

 マリーゴールドの目の前で手を振ってみる。


「……え、あっ!?」


 そこでようやく再起動した。


「ご、ごめんなさいっ。素顔を見せて頂けたのが初めてだったものでっ」


 がばっと頭を下げる。

 別に謝らなくてもいいのに。


「マリーゴールドと会っていた時はいつも仮面だったからな。そういえばずっと気になっていたんだが、なんで俺があの時と同じ人間だって分かったんだ? この試合に俺が出ることも知っていたのか?」


 特殊な能力、それこそ無系統魔法でも使っているのかと思っていたんだが。幻血属性と無系統魔法って同じ身体で両立できたっけ。

 そんなことを考えながら質問したのだが。


「え、それは簡単です。匂いです」


 けろっと答えるマリーゴールドの答えは、俺の予想の遥か斜め上へと突き抜けていた。


「に、匂い?」


「はい。私が王子様の匂いを嗅ぎ分けられないはずがないではありませんか」


 いや、知らんけども。


「私くらいの愛があれば、数百メートル程度なら匂いだけで王子様を追跡できます」


 こわっ。

 隣の美月もドン引きである。


「……たいかいは」


 マリーゴールドの回答を、不機嫌そうに聞いていたルーナが口を挟んだ。マリーゴールドの視線が初めて俺以外へと向く。


「あら? 貴方は……」


「しつもんしてる。どうしてあのときのメンバーが、たいかいにでるってわかったの」


「分かるはずないでしょう。ただ、『黄金色の旋律』が今回のアギルメスタ杯に出るかもって話を聞いたから、もしやと思って参加しただけよ」


 そっちの回答はまともで良かったよ。もしや、ってだけで命がけの大会に参戦しているあたりを『まとも』としてカウントしていいかは議論が必要だけど。


「それでもっ!! こうして王子様と再会できたのだから、これは運命と言ってもいいと思うのっ!! あぁ、でもこんな言い方をしたら王子様に失礼よねっ。でもでも、私はとっても嬉しかったのですっ!! あぁ!! 生きてて良かったっ!!」


 急に乙女モードになってキラキラし出した。

 だからその光り輝くエフェクトはなんなんだ。光魔法か?

 師匠とシスター・マリアは問答を聞くのに飽きたのか、既にソファでくつろいでいた。


「……さすがは、ちょろこ。むだに、ポジティブ」


 なぜかルーナが戦慄している。その言葉を聞いてマリーゴールドの動きが止まった。


「ちょろ子ってなに?」


 当然の疑問だろうな。ルーナも本人を前に言うんじゃあない。


「えっとそれはだな……」


 口をすべらせた、と表情を強張らせるルーナに代わり、俺が答えようとする。

 しかし。


「もしかして、私のあだ名なのかしら」


 言い訳をする前に、マリーゴールドは結論にたどり着いてしまった。

 まずい。初対面でルーナを殺しにかかるような奴だ。こんなあだ名がつけられていたと知ったら……。


「も、もしかして、お、王子様が私に、わた、私につけてくれたのかしら?」


 ん?

 顔を真っ赤にしてどもりながらマリーゴールドが聞いてくる。


「え? えーっと」


 つけたのはルーナであって俺ではない。だが、なぜかそれがすごく言いにくい雰囲気になっている。マリーゴールドは、自分の人差し指と人差し指をちょんちょんしながら回答を待っていたが、俺が答えを出すよりも先に勝手に歓喜に包まれた。


「私っ、あだ名つけてもらったの初めてなんですっ!! それをまさか王子様につけて頂けるなんてっ!! 嬉しいっ!! 光栄です!! 一生大切にしますねっ!!」


 ……えええええええぇぇぇぇぇぇぇ。

 ちょろっ。

 なんというちょろさ。

 嘘でしょ? 一生大切にするの? 「ちょろ子」ってあだ名を?


 そんな眩しすぎるマリーゴールドの反応を見ていたルーナも、嫌悪感剥き出しだった態度を捨て去り申し訳無さ満点の表情に変わっている。美月はそのドン引き具合を更に悪化させ、物理的に一歩引いていた。


「あ、あのな。マリーゴールド」


「……ちょろ子」


「えっ」


「私のことは、ちょろ子と呼んでください」


 ……。

 ル、ルーナさん?

 ルーナを見ると、ルーナはルーナで涙目だった。


「ごめん」


 それ、俺じゃなくマリーゴールドに言おうな。


「そうだわ。私も謝らなければいけないと思っていたの」


 ルーナが謝罪するよりも先に、マリーゴールドがルーナに向かって頭を下げた。


「初対面で急に襲ってしまってごめんなさい。言い訳はしないわ。私は私の都合で、勝手に貴方を襲った。だから、本当にごめんなさい」


「えっと……」


 ルーナが動揺している。そりゃするよな。嫌悪感を剥き出しにしていた相手に、思わぬところで仕返しをしてしまった上で、誠実に謝られているんだから。……まぁ、ルーナはルーナで殺されかけたわけだし、この程度でおあいこ、とはいかないか。

 けれどもルーナは非常に困った表情をしていた。


「べつに、もうおこってないから。むしろ、わたしのほうこそ、その、マリーゴールドに――」


「ちょろ子」


「え」


「私のことはちょろ子と呼んで」


 ……。

 ルーナが泣きそうな表情で俺を見てきた。そんな目で見ないでくれよ。正直、もうどうしようもないだろう。


「ちょ、ちょろ、こ」


 マリーゴールドからの圧力に負けたルーナが、なんとかその名を紡ぐ。


「うんっ。これからよろしくねっ」


 ぷるぷるしているルーナの手を強引にとり、キラキラした満面の笑みでマリーゴールドは握手をした。そしてその目を美月へと向ける。


「先輩さんかしら。この度、『黄金色の旋律』に名を連ねることになりましたマリーゴールド・ジーザ・ガルガンテッラことちょろ子と申します。気軽にちょろ子とお呼び捨てください」


「えっと、鑑華美月、です。私もまだ入って一か月経ってないので、そんな畏まらなくても」


「あら、それじゃあ同期ってことになるわねっ!! よろしくっ!!」


「う、うん。よろしく」


 ドン引きの美月の手をとってブンブン振るマリーゴールド。

 そして、改めて俺へと向き直り、




 なぜか、いきなり跪いた。




「なんでっ!?」


 そこは普通に俺にも握手を求めろよ!!


「私は王子様の奴隷ですので」


「師匠っ!! マリーゴールドに何を言ったんですか!?」


「んー?」


 俺のグラスでオレンジジュースを飲んでいた師匠が、気怠そうに顔を向ける。


「変なことは言ってないわよ。『貴方、T・メイカーのために死ぬ覚悟はある?』って聞いただけ」


 おっも!?


「なんてこと聞いてるんですか!?」


「それで元気よく『もちろんですっ』って答えたから入れた」


 かっる!?

 適性確認が一問一答かよ!?


「お前もよくそんな質問に即答したな!?」


「お言葉ですが!!」


 がばっとマリーゴールドが立ち上がる。その鬼気迫る態度に圧され、思わず口ごもってしまった。


「私は口先だけで答えたわけではありませんっ!! 本心ですからっ!!」


「なお悪いわ!!」


 重い重い重い重い重い重い重い!!

 俺にこの子は重すぎる!!


「私、今回の件で悟ったんです」


「……何をだ」


 これ以上どんな悟りの境地を開いたって言うんだ。


「私は、T・メイカー様に仕えるために生まれてきたんだな、って」


 ……聞いて損した。


「もういいや……。いや、よくない。とりあえず、俺の奴隷ってのは無しで」


「そ、そんなっ」


 この世の終わりを目撃したかのような表情をするマリーゴールドと、


「えぇー」


「師匠は黙っててもらえます!?」


 後ろから気怠そうにブーイングを寄越す師匠。


「いいか、マリーゴールド。俺は」


「ちょろ子」


「えぇっと」


「ちょろ子でお願いします」


 ……。

 もういいや。


「オーケー、ちょろ子な。いいか、ちょろ子。俺は……、なんでそんな頬を赤らめてんのお前」


 こっちは真剣な話をしようとしているのに、何でそんな蕩けた顔してんだよ。


「い、いえ、大丈夫です。その、嬉しくて……」


 何から何まで全部ちょろいな、お前。


「オーケー、オーケー。いいか、ちょろ子。俺はこの大会じゃあ師匠であるリナリー・エヴァ、だから真剣な話をしている時にもじもじすんのはやめろ!!」


「も、申し訳ありません。で、でも、王子様にこんなあだ名で呼んでもらえるなんて思ってなくて……」


 ……。


「オーケー、オーケー、オーケー、オーケー!! いいか、ちょろ子!! 俺はこの大会じゃあ師匠であるリナリー・エヴァンスと所属するパーティである『黄金色の旋律』の名前のせいでもてはやされているが!! 実際のところは魔法使いのライセンスだってClassBをちょっと前に取ったばかりだし!! 今じゃあ日本の魔法学園に通っている程度の実力者だ!! 決して――」


「王子様、日本の魔法学園に通われてらっしゃるのですね」


 やべっ。藪蛇だった。やべぇ!?


「あぁ、そうそう」


 思い出したかのように師匠が口を挟む。


「この大会が終わったら、マリーゴールドも青藍に通わせるから。貴方のボディーガード役よ」


「リナリーさん。私のことはちょろ子でお願いします」


「はいはい、ちょろ子ちょろ子」


「ちょっと待ってもらえます!?」


 おざなりにマリーゴールドことちょろ子をあしらう師匠に待ったをかける。


「師匠!! マリーゴールドを青藍に――」


「ちょろ子……」


 そのぽつりと呟く感じが面倒くせぇ!!


「えぇい!! 師匠!! ちょろ子を青藍に通わせるつもりなんですか!?」


「貴方を1人で野放しにしておくよりよっぽど安全でしょ」


「安全じゃねーよ!!」


 舞と大戦争を起こす未来しか浮かんでこねーわ!!


「ふぅん。つまり、貴方は何かが起こっても1人でどうにかできると?」


「えっ」


 それは、相手によるというか。


「『ユグドラシル』が攻めてくるかもしれないのに?」


「う」


 脳裏に蟒蛇(うわばみ)(すずめ)の姿がよぎる。


「美月を守りながら迎撃できると?」


「……無理、です」


「そうね。無理ね」


 まじかよ。

 え、なにこれ。ボディーガード付くの? 俺に? もともとは姫百合(ひめゆり)可憐(かれん)のボディーガードとして雇われたはずの俺に? ボディーガードのボディーガードってこと? 一応、可憐のボディーガード期間は終了してるけど、これはそういう問題じゃないよね?

 正面に立つマリーゴー……、ちょろ子の顔を見る。

 とってもいい笑顔でにっこりと笑われた。


「……中条、聖夜って言います。……どうぞよろしく」


 まじかよぉぉぉぉ。


「中条、聖夜……。やはり、T・メイカーは偽名だったのですね。良いお名前です!! 王子様っ!!」


「……とりあえず、王子様も禁止で」


「そ、そんなっ」


 そんなじゃねーよ。

 そんなって叫びたいのは俺の方だよ!!







 雪が降り始めた。

 魔法世界エルトクリアが世界に誇る、エルトクリア大闘技場。

 その大闘技場があるホルン付近の本日の天候は、春のち冬で晴れ時々雪。天気予報では「夕方頃から傾く」と言われていたが、若干早まったようだ。


 現在の時刻は、午後3時。

 アギルメスタ杯本戦第二試合ブルーグループの試合開始は、午後6時。


 試合開始まで、後3時間。







「うわぁ……」


「午後から冬で雪になるってのはマジだったんだな……」


 やっぱり天気予報がバグってたわけじゃなかったのか。

 隣で感嘆の声をあげる美月と一緒に、ふわふわと雪が舞い降りるエルトクリア大闘技場を見下ろす。豆粒のように見える観客たちは、勝手知ったる何とやらなのか、手慣れた手つきで厚手のコートやローブを身に纏い始めている。

 なんかホワイトクリスマスみたいになってるんだけど。積もるのかな、これ。


 俺たちがいるスイートルームは特別な魔法が施されているらしく、室温が一定に保たれているので寒くない。決戦フィールドが見下ろせる場所は、大きな長方形に壁がくり抜かれているような形で、窓ガラスが張られているわけでもないのに、大した技術だ。


「ただいま戻りましたっ。聖夜様っ」


「……ただいま」


 マリーゴールドとルーナが戻ってきた。


「おう、お疲れさん」


「で、どうだった?」


 俺がねぎらいの言葉を掛けたところで、師匠が2人へと問う。


「わだいにはでてる。でも、はんしんはんぎ」


「ルーナの言う通りですね。聖夜様の魔法についての話題が大半です。中には転移魔法の話もチラチラと出ているようでしたが、核心には至っていない様子でした」


 マリーゴールドとルーナには、エルトクリア大闘技場の中を軽く徘徊してもらい、観客たちが俺の魔法についてどのような見解を持ったのかの調査に行ってもらっていた。その答えがこれだ。


「現段階での明日の一面記事有力候補は、やはり『断罪者(エクスキューショナー)』の隊長が『黄金色の旋律』に敗れる、かと」


 随分とセンセーショナルな記事になりそうだ。

 大変だなぁ、T・メイカーは。中条聖夜(おれ)には関係ないけど。ははは。


「T・メイカーのちゅうもくどは、いじょう」


 ルーナが不安そうな色を混ぜた瞳で俺を見てくる。

 そりゃあ異常なほどの注目を集めるだろうよ。師匠が作った『黄金色の旋律』のパーティメンバーである、というだけでも十分過ぎるほどの理由になるのに、加えて解析難航中の“不可視の弾丸インビジブル・バレット”などの連発に、無詠唱での全身強化魔法及びその『属性変更(カラーチェンジ)』のスピード、そして消えたように見えている移動術。極めつけにガルガンテッラの末裔であるマリーゴールドとの謎の協力関係までこられてしまえば、正直どれが一番の特大ネタなのか特定するのも大変だろう。


 個人的には、龍やマリーゴールドの契約詠唱による天蓋魔法に食い付いて欲しかった。


「リナリー」


「なにかしら」


 ルーナの問いに、ソファに座ったままの師匠が気怠そうに応答する。


「せーやのまほうは、おくのてだとおもってた」


「またその話なのね」


「新参者の身ですが、私も興味はあります」


 マリーゴールドがルーナの横で口を挟んだ。


「にわかには信じがたい話でしたが、私もこの身を以て体験していますので、もはや疑う余地はありません。しかし、聖夜様の転移魔法は、有象無象に与えるには過ぎた情報かと。なぜ、このような場で見せびらかすような行為を?」


「ふむ……」


 師匠は2人から視線を外し、雪の舞う決戦フィールドへ向けた。


「聖夜は日本でミスを犯した。エルトクリア王家の護衛団員の1人、アルティア・エースに“神の書き換え作業術(リライト)”の発現を目撃されている。ただ、護衛集団『トランプ』は、まだ聖夜の無系統魔法がどのようなものなのか、その特定には至っていない」


「『転移』の効力が得られる能力という認識、ってことですよね」


 美月の言葉に師匠が頷く。


「単純に『転移』と同じような効力を得られる能力、というだけなら他にも種類はある。条件は違うけど(、、、、、、、)うちにも(、、、、)あと2人いる(、、、、、、)でしょう(、、、、)?」


「そうですね」


 師匠から目で問いかけられたので頷いた。求める結果が『転移』だとすると、あの2人の無系統魔法は、随分と使い勝手が悪いけどな。あの無系統魔法の価値はもう少し別のところにある。


「2人?」


 ここにいる以外のメンバーを知らないマリーゴールドと美月が首を傾げる。


「メンバーはいずれ紹介するわ。貴方たちが『黄金色の旋律』としてやっていく気があるのなら、だけれど」


「もちろんです。そこに聖夜様がいるのなら、地獄の果てまでお供致します」


「えぇっと……、も、もちろん私もついていきます」


 マリーゴールドのくそ重たい即答に引きつつ、美月も続けて答えた。


「……マリーゴールド、その聖夜様っていうのもちょっと」


「……ちょろ子」


 ……。


「私のことは、その、……ちょろ子で」


 ……。

 いいんだな。

 本当にもう知らんぞ。


「じゃあ、俺はお前のことをちょろ子って呼ぶ。だからお前も俺のことを聖夜様って呼ぶのは」


「それでは、王子様と呼ばせて頂きます」


「……もう聖夜様でいいや」


 どーにでもなればいいんじゃないかなもう。舞の反応とかしーらないっと。


 俺の回答に、マリーゴー……、ちょろ子は満面の笑みを浮かべた。


「話、戻すわよ」


 貴方たちが疑問に思ってるんでしょ、とでも言いたそうな表情で師匠が続きを口にする。


「私は、『トランプ』の面々に聖夜の無系統が“書き換え”であることを知られたくない」


「汎用性の高さを見抜かれたくないということですか?」


「今のところはその認識で構わないわ」


 俺の質問に、師匠はこのような回答をした。含みのある言い方だが、間違っているというわけでもなさそうだ。俺が持つ無系統魔法であるにも拘わらず、俺は師匠以上にこの能力について何も知らない。この状況は正直かなり歯痒いものだが、師匠に語る気が無い以上どうしようもない。

 そもそも、師匠はどうやって俺の無系統魔法について知ったのだろうか。説明書などあるはずもないのに。


「それでも、このような公の場で披露しなくても……」


 俺の思考を他所に、ちょろ子が食い下がる。師匠はため息を吐きながらも頷いた。


「そうね。正直、今回の本戦第一試合は別として、予選程度なら無系統魔法を使わなくても楽勝だったわね。無いと苦戦するかと思っていたのだけど……。まさか聖夜が“不可視の弾丸インビジブル・バレット”をあそこまで魔改造してくるとは思わなくて……」


 魔改造とか失礼な。

 男のロマンだぞ。

 そのせいで『属性共調』の習得は絶望的だけどな。


「まあ、そちらの方の対策は大丈夫。T・メイカーの(、、、、、、、)名を借りた(、、、、、)この騒動(、、、、)最終的には(、、、、、)全部私が回収する(、、、、、、、、)予定だから(、、、、、)


「えっ」


 ちょろ子と美月の声が重なる。疑問符満載の2人の表情を窺いつつも、先ほど出ていた2人の能力を知っている俺とルーナは、1つの結論にたどり着いていた。


「……師匠、まさか」


 自分の声が震えているのが分かる。俺の心境を理解しているであろうにも拘わらず、師匠の表情は冷めたそれだった。


「私は、『トランプ』の面々に貴方が使えるのが転移魔法であることを知らせたい。その他大勢がどのようなリアクションを起こそうが関係無いわね」


「……大会をめちゃくちゃにするつもりですか」


「それは、むちゃ」


 ルーナも俺と同じ感想を抱いているようだ。


「貴方たちがどんな結論に至ったのかは聞かないわ。どちらにせよ、ここでは肯定も否定もする気はない。あぁ、そうだ。伝え忘れてたわ。美月、明日の決勝戦はこの大闘技場に来ちゃ駄目よ。マリア名義でホテルを抑えてある。アオバまで一駅で行ける場所を抑えてあるから、指示するまではそこで待機。ルーナも聖夜が“上書き”で会場に到着次第、そのホテルへ向かうこと。護衛代わりにマリアを付けるから」


「えっ」


「……リナリー」


 いきなりの命令に目を白黒させる美月と、ジト目を師匠へと向けるルーナの態度が実に対照的だ。


「それからちょろ子」


「はいっ」


「もし、本当についてくる気があるのなら、今日中に荷造りを済ませなさい。明日は美月と行動を共にしておくこと」


「分かりましたっ」


 詳細を聞かずに返事をするちょろ子。

 ちょろすぎる。

 お前、分かってるのか? 国を出るんだぞ。


 それに美月と行動を共にということは、ちょろ子はアギルメスタ杯から降りるということか。わざわざ手の内をこれ以上周囲へ晒す必要もないし、そもそもこの大会の参戦は俺の都合によるものだ。そういった意味では間違いではない選択だろう。


「聖夜」


「何でしょう……」


 俺も決勝が終わり次第、すぐに行動に移らなければならない。

 明日は慌ただしい帰国になりそうだな。ただでさえちょろ子が棄権することによって大荒れになりそうなアギルメスタ杯なのに、決勝が終わった後すぐに雲隠れして大丈夫なのか。師匠も何やら企んでいるようだし……。

 そんなことを考えながら、うわの空で返事をしたが故か。




「明日は、最初から本気でやりなさい」




 その言葉を聞いて、一瞬だけ思考が停止する。


「……どういうことですか?」


 今日だって、手を抜いているつもりは無かったんだが。


「今日、“神の書き換え作業術(リライト)”を連用したわね」


「ええ」


 許可をもらってましたから。


「そのうち、攻撃手段として“神の書き換え作業術(リライト)”を用いたのは何回?」


「なんですって?」


 攻撃手段として?

 どういう意味だ?


「貴方は、自分より格上だと思った相手に対して、無意識のうちに能力をセーブする癖がある。様子見をしようとしてね」


 ……咄嗟に否定しようとしたが、することができなかった。

 そうなのだろうか?

 いや、でも……。


「なるほど。蟒蛇雀の時は使ったのね。それで対処されたか……。やるわね、あの狂犬も」


 俺の表情から読んだらしい師匠が、的確な指摘をしてきた。

 確かに師匠が言った通り、俺は蟒蛇雀相手に最初から“神の書き換え作業術(リライト)”を使用した。


「あの狂犬は文字通りイカれているからね。貴方の生存欲求が働いて最善の手を打てたのかもしれないわ。まあ……、つまりは貴方の深層心理は理解している、ということよ」


「何をですか」


「追い込まれた時、自分には無系統魔法“書き換え”しかないってね」


 ……。


「それなのに、貴方はこの大会において、第一手でそれを使用してないわよね。制限は解除してあげたのに。どうして?」


 ……どうして、と言われても。


「答えを教えてあげる。貴方はね、相手が自分より強いなと考えたとき、まず出方を窺うからよ。相手がどれほどの力量を持っているのか。どんな魔法を使うのか。そして、自分が相手を(、、、、、、)倒すには(、、、、)自分の無系統魔法(、、、、、、、、)をどのくらい(、、、、、、)使わなければ(、、、、、、)ならないか(、、、、、)


 俺の、“神の書き換え作業術(リライト)”をどのくらい、か。

 それは、……あるかもしれない。


「一度の戦闘でそう数が使えるわけじゃないからね。座標演算処理によって脳に負荷がかかるから、途中でガス欠になることを恐れる気持ちは分からないでもない。けどね」


 師匠は目つきを鋭くして言う。


「貴方が出方を窺っている間に、相手も貴方の戦闘スタイルを理解する。理解したら対応される。格上の相手に対応されたらどうなると思う?」


 ……手も足も出なくなり、“神の書き換え作業術(リライト)”を防御のために使わざるを得なくなる、か。

 まるで、先ほどのアリサ・フェミルナーとの試合のことを言われているようだ。


 序盤は“不可視の弾丸インビジブル・バレット”とそのシリーズの活用、そしてマリーゴールドとの共闘で優位に立てた。しかし、徐々に相手がそのスタイルに対応してきて、試合の流れが変わった。アリサ・フェミルナーが俺の戦闘スタイルに完全に対応してからは、“神の書き換え作業術(リライト)”はほとんど回避のためにしか使っていない。

 一騎打ちの提案が無ければ、間違いなく負けていたのは俺だっただろう。


 そういうことか。

 無言で俺を見ていた師匠が頷いた。


「格下の敵が相手の時は、乱用という言葉がぴったりなほど使用するのに、格上が相手の時には臆病なくらい慎重になる。いい? 相手の出方を窺うっていうのはね、自分と相手が少なくとも対等な立場の時じゃないと意味を成さないのよ」


「そうですね……」


「無詠唱での全身強化魔法発現に、『属性変更(カラーチェンジ)』のスピード、兆候の感知が困難な“不可視の弾丸インビジブル・バレット”に、“神の書き換え作業術(リライト)”。これだけトリッキーな戦闘手段が揃っているにも拘わらず、貴方が敵の優位に立てないのはそういう理由よ。もちろん、まだまだ実力も足りていないけどね」


『それだけの魔法を操れる技量がありながら、この私相手に手こずっているのが良い証明ね』


 ……試合中、アリサ・フェミルナーが下した俺の評価は、実に的を射ていたというわけだ。

 相手の意表を突けるレパートリーを揃えておきながら、それを徐々に徐々に開示して戦うスタイルをとるのは、「俺の技を攻略してみてください」と言っているようなものだ。


「理解したようね」


 師匠は再び視線を決戦フィールドに戻しながら続ける。


「貴方がこれから習得すべきスタイルは、『いかに敵を先制攻撃で仕留めるか』ということと、『敵に迎撃された場合、そこから相手の戦闘スタイルを瞬時に判断し、いかに最速で敵を仕留めるか』の2つ。もともと貴方に長期戦は向いていないのよ。呪文詠唱による大魔法が使えないんだから」


 ……その通りだ。

 今回の試合も、龍の天蓋魔法は結構面倒くさかった。

 やっぱり詠唱できるっていうのは大きいよなぁ。


「契約詠唱に手を出す、っていうなら話は変わるけど、今のままでいくのならこのスタイルね。貴方は前衛、それも特攻型よ」


 なにその一番最初に死にそうな役職。

 表情に出ていたのだろう。師匠は鼻を鳴らしながらこう続けた。


「……貴方がどうしても敵の前に立ちたくないっていうチキン野郎なら、後ろの隅っこで“不可視の弾丸インビジブル・バレット”をちまちま打ったり、味方を“書き換え”でこそこそ逃がしたりっていうポジションでも構わないわ。せいぜいちょろ子の後ろでチワワみたいに震えていなさ――」


「いいよもう特攻型で!!」


 実際のところそれしか選択肢用意してねーだろ!!

次回の公開予定日は、4月24日(金)です。

週一更新を目標に頑張ります。


これからも『テレポーター』をよろしくお願いします。

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