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テレポーター  作者: SoLa
第4章 スペードからの挑戦状編〈中〉
161/432

第19話 アギルメスタ01 ⑦

☆テレポーターの簡単復習講座☆

〇完全詠唱:詠唱を省略することなく唱えきること。

〇詠唱破棄(直接詠唱):部分的に詠唱を破棄し、短くする技術。最後の一音のみで発現したものを直接詠唱という。

〇無詠唱:全ての詠唱を破棄した上で魔法を発現させる高等技術。

〇魔力容量:自らの身体に宿す魔力の絶対容量のこと。自分が持ちうる魔力の量、その器の大きさ。

〇発現量:一度の魔法発現の際に、開放できる魔力の放出量のこと。

〇発現濃度:発現された魔法に宿る魔力の密度のこと。

〇Rank:魔法の難易度をRank〇と表現する。Rankは下から順に『F』『E』『D』『C』『B』『A』『S』『M』となる。


☆強弱関係早見表☆

 【無】と【非】、【幻血】に強弱無し。※強弱は無いが相性はある。

 【火】→【風】→【雷】→【土】→【水】(→【火】~)

 【光】⇔【闇】




 RankAに位置する高等技術、天蓋魔法。


 片や攻撃に特化した性能を持つ火属性の『業火の天蓋(イクスギャルティア)』。

 片や敵の魔力を喰らい尽くす性能を持つ闇属性の『混沌の天蓋(ヴェノメーター)』。


 眩い紅蓮の炎。

 深い漆黒の闇。


 流星の如く降り注ぐそれらが、俺たちの頭上で最初の衝突音を鳴らした時。

 まず、アリサ・フェミルナーが動いた。


 雷属性の全身強化魔法『迅雷の型(イエロー・アルマ)』。

 迸る稲妻と共に響き渡るはずの雷鳴。


 しかし。

 その音が耳を穿つよりも早く――――。


 マリーゴールドを標的としたアリサ・フェミルナーが、俺の横をすり抜けてようとして。

 その進行方向へと広げた俺の左腕が、カウンターとして機能して。

 アリサ・フェミルナーを地面に打ち倒した。


 遅れて雷鳴が轟く。


「かっ、っ、っ、っ!?」


 喉を打たれ、堪らず空気を吐き出すアリサ・フェミルナー。そこへ放とうとした追撃の拳は、仰向けに倒れるアリサ・フェミルナーの脚によって払いのけられる。


 視線を上げると、火属性の全身強化魔法『業火の型(レッド・アルマ)』を身に纏った龍が、空中でヌンチャクを振りかぶっていた。そこに闇属性の全身強化魔法『混沌の型(ブラック・アルマ)』を発現しているマリーゴールドが割り込む。振るわれた拳を、龍はヌンチャクで迎え打った。


「こんにゃろうっ!!」


 マリーゴールドから放たれる二手、三手を器用に空中で躱して、着地する龍。


 闇属性の付加能力は、吸収。

 触れるだけで魔力を吸われるその属性に対しての一番の対処法は、当然だが触れないこと。一瞬にして防戦一方の立場を強いられた龍が、歯を食いしばる。


 その光景を視界の端に捉えつつ、俺は足元で転がるアリサ・フェミルナーに向けて“不可視の弾丸インビジブル・バレット”を放った。しかし、それはアリサ・フェミルナーの残像を穿ち、足場を砕くだけに終わる。


「『雷の球(ボルティ)』!!」


 直接詠唱で発現された、50の『雷の球(ボルティ)』。それら全てを“弾丸の雨(バレット・レイン)”で撃ち落とした。


「『業火の天蓋(イクスギャルティア)』!!」


「『混沌の天蓋(ヴェノメーター)』!!」


 龍とマリーゴールドが叫ぶようにしてその魔法名を口にする。天より降り注ぐ弾丸の雨が、お互いを標的として認識した。


「エル・ライクネルティ・コーク・ウェルスラー!!」


 残像を残すほどのスピードで後退していたアリサ・フェミルナーが、呪文詠唱のために自らの「始動キー」を口にする。その真後ろへ、“神の書き換え作業術(リライト)”を用いて転移した。


「っ、アナタ、その移動術はいったいっ!?」


 振るった拳を仰け反るようにして回避したアリサ・フェミルナーがバク転し、再び雷鳴を残して俺から距離を取る。


「なんだと思う、“雷帝”」


「その名を口にするなっ!!」


 顔を真っ赤にして距離を詰めてきた。その拳や蹴りを受け流しながら思う。

 流石はアメリカ合衆国が誇る、魔法戦闘部隊の隊長格。俺の魔法にもうついてきている。今のも不意打ちで使った“神の書き換え作業術(リライト)”からの攻撃を、見事に回避していた。


 青藍魔法文化祭が終わった夜、蟒蛇(うわばみ)(すずめ)から言われた言葉が脳裏に浮かぶ。


『自分の能力が最強だと思ってた? 回避不能の神の御業だと?』


『それが魔法である以上、事象を改変するには魔力が必要』


『なら、その魔力のたわみを感じ取ることができれば、避けることだって可能なわけ』


 おそらく、アリサ・フェミルナーには、蟒蛇雀ほどの感知能力は無い。手刀をアリサ・フェミルナーの体内に突き込む形で“神の書き換え作業術(リライト)”を発現すれば、容易に殺傷することはできるだろう。アリサ・フェミルナーは、あくまで“神の書き換え作業術(リライト)”を用いた転移からの攻撃を回避できているだけだ。


 だが、そんな形で勝利したところで意味は無い。

 俺がこの大会に参加することにした理由は、ただ単純に『トランプ』から脅されただけじゃない。


 初めはそうだったとしても、今はもうそうじゃない!!

 息を大きく吸い込む。

 そして。


「勝負だっ!! アリサ・フェミルナー!!」


「だからその名前でってそれでいいのよ!! ええいいわ!! かかってらっしゃい!!」


 俺の咆哮と共に暴風が。

 アリサ・フェミルナーの咆哮と共に稲妻が。

 目を覆いたくなるほどの猛威で以て発現した。


 直後に、激突。







「さぁてこっちもギア上げていこうかね!! ガルガンテッラさんよぉ!!」


「もとよりっ、そのつもりよっ!!」


 両者、同時に地面を蹴る。


「『火の球(ファイン)』!!」


 先に仕掛けたのは龍。2人が激突するよりも先に、30もの『火の球(ファイン)』が、マリーゴールドを襲う。

 しかし。


「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 気合い一閃。

 マリーゴールドの身体から吹き出したどす黒い闇が、眩い光を放つ『火の球(ファイン)』の群れを瞬く間に一蹴した。


「せやぁっ!!」


 マリーゴールドの回し蹴りを、龍の右腕が弾く。ずるり、と音がしそうな勢いで、龍のその腕から魔力が吸い取られた。更に追撃を仕掛けようとするマリーゴールドを、龍は蹴りを入れて後退させた。


「面倒くせぇ!!」


 龍が叫ぶ。その右脚も、当然のように魔力を吸い取られている。

 魔力の補充をさせたくないマリーゴールドは、すぐさま距離を詰めようとした。しかし、両者の天蓋魔法から運悪く弾幕が降り注ぎ、進路を邪魔される。


 それを確認した龍が、口角を吊り上げた。

 吸い取られた箇所へ魔力を補充しようとして。


 突如。

 自らの身体が、引っ張られるような感覚。


「っ!? こいつぁ!?」


 龍は即座に気付く。

 闇属性の付加能力は、吸収。

 それを引力の代わりに利用したマリーゴールドの手のひら。

 そこへ吸い寄せられるようにして、龍の身体は動く。


「う、うおおおおおおおおおおおおお!?」


 地面から龍の脚が離れた。踏ん張りが利かなくなってからの速度は速い。宙に浮いた龍の身体は、瞬く間にしてマリーゴールドの元へと到達する。


「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 龍を引き寄せるのは、マリーゴールドの左手。

 龍を打ち倒すのは、マリーゴールドの右手。


 闇を宿したマリーゴールドの右拳が、自らへと飛んでくる龍を穿つべく放たれる。


「うっ、らああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 それを。

 龍は。

 踏ん張りの利かない空中で。

 身を捩り、紙一重で回避した。


「っ!?」


 マリーゴールドの大きな瞳が、信じられないと言わんばかりに、更に大きく開く。振り抜かれた拳はむなしく空を切り、そこに龍はいない。

 そこから先の光景は、あたかもスローモーションのようにして観客の視界に流れ込んだ。


 空中で回避した龍の身体から、マリーゴールドの引力が消える。

 拳を突き出し、硬直状態に陥っているマリーゴールド。

 そのすぐ傍を、慣性の法則に従いすり抜ける龍。


 しかし。


 マリーゴールドのすぐ真横を通り抜ける前に、龍に動きがあった。

 拳を避けるために、強引に捩じられた龍の身体。

 龍は、その状態から更に横向きに一回転した。

 鞭のように振るわれる龍の腕。


 その手には、ヌンチャク。


 下から上へと突き上げるようにして振るわれたそれは。

 マリーゴールドの顎を正確に打ち抜き。

 脳震盪を起こしたマリーゴールドは、その瞳の焦点を狂わせてから。


 ゆっくりと膝をついた。





『きっ、きまっ――』


 その光景を目にし、その情報を脳が理解した瞬間。

 マリオはマイクを握りしめ、叫びながら立ち上がり――――。







 龍が地面を削りながら着地する。


「っしゃあ!! あとはメイカーのクソ野郎とフェミルナーを……」


 そこまで口にしたところで、龍の脚から急激に力が抜けた。突然の事態に龍が膝を折る。


「なんっ――」


 なんだ、と。

 言い切るより先に、龍の思考は結論に辿り着いた。


 膝立ちになっていたはずのマリーゴールドは、いつの間にか直立していた。

 その身体からは、どす黒い魔力が噴き出していた。

 それは、地面を伝って龍の元まで到達していた。


「吸収……、だとっ!?」


 急激な脱力感に襲われた龍が、地面に手をつく。マリーゴールドの吸収は、龍が発現している全身強化魔法『業火の型(レッド・アルマ)』の魔力だけでは飽き足らず、龍が保有している魔力容量そのものにまで干渉を始めていた。


「残念だわ……」


 マリーゴールドの呟きが、聞こえる。


「こんなに手のかかる虫だと分かっていたら、私もちゃんとMCを用意してきたのに……」


 マリーゴールドは、何かを手で弄ぶ仕草をしながらそう言った。


「な、に……?」


 その言葉と仕草が意味する真実とは――――。


「大丈夫。命は取らないわ」


 気付いた時には。

 マリーゴールドは既に龍の身体にしな垂れかかっていた。


「だって、死んじゃったら味わえないでしょう?」


 耳元で囁かれるその言葉。

 お互いの身体に、全身強化魔法は無い。


「しまっ――」


 龍が、残りカスのような魔力で魔法を発現しようとするも。


「王子様があの御身に受けた苦痛。貴方もじっくり味わって」


 それよりも先に。

 マリーゴールドの指先から発現された、小さな小さな紫色の針が、龍の両腕をそれぞれ貫いた。







 天空で猛威を振るい続けていた天蓋魔法が、2枚とも砕け散った。

 視界の端で、龍が倒れるのを確認する。


「向こうはっ、終わったようだなっ」


 マリーゴールドは勝ったか。良かった。


「アナタたちはっ、いったいっ、どういうカンケイなわけっ!? いきなりっ、手を組んじゃってっ、いやらしいっ!!」


 シスター・マリアとの組手でも経験できないほどの超高速バトルの中で、アリサが問うてくる。


「お前らも似たようなものだっただろうっ」


 何が同盟はここまでだ!! きっちり最後まで共闘しやがって!!

 振り抜かれた腕を掴み、そのまま一本背負いに持ち込む。


「うらあああああ!!」


「かっ、……はっ、っ、っ!?」


 アリサ・フェミルナーの身体が地面に打ち付けられ、フィールドが割れる。鬱陶しい石つぶてを払い、アリサ・フェミルナーへと踵落としをお見舞いしようとしたが、砕いたのは地面だけだった。既にアリサ・フェミルナーの姿は無く、そこには青白い火花が弾けるのみ。

 くそ、また見失っ――、


「がっ!?」


 視界がブレる。こめかみに痛みを感じた時には、アリサ・フェミルナーの掌底が眼前に迫っていた。


「――、っ、くそっ!!」


 咄嗟に“神の書き換え作業術(リライト)”を発現し、回避する。十分な距離を取ったはずだったのに、アリサ・フェミルナーは俺の居場所を感知するとすぐにその距離を詰めてくる。


「速いっ」


 いくらなんでも速すぎる。

 拳を躱し、蹴りを躱す。『雷の球(ボルティ)』を弾き、手刀を受け流す。


「っ、――っ」


 そして、躱しきれない攻撃には“神の書き換え作業術(リライト)”を。

 そう。もはや、“神の書き換え作業術(リライト)”を回避に利用しなければならないほど、俺は劣勢に立たされていた。それでも、アリサ・フェミルナーは空いた距離を瞬く間に詰める。息を吐く暇がまるでない。


 完全にアリサ・フェミルナーのペースだった。

 まずいぞ。これ以上の“神の書き換え作業術(リライト)”の連用は――、


「不思議かしらっ!? この速度での戦闘が成り立っていることがっ!?」


 今の回し蹴りはヤバかった。喰らっていたら卒倒していたかもしれない。


「せやぁぁぁぁ!!」


 振り抜かれた脚を掴み、強引に投げ飛ばす。


「“不可視の(インビジブル)――”」


「遅いっ!!」


 投げ飛ばしたはずのアリサ・フェミルナーは、いつの間にか俺の懐まで潜り込んでいた。かざした手のひらが跳ね除けられる。

 意味のない空中で俺の魔力が弾けた。

 肉薄していたアリサ・フェミルナーのひじ打ちが、俺の腹をまともに捉える。


「があああああああああああっ!?」


 属性優劣で考えるならば、確かに風属性を纏っている俺の方が有利。

 魔力容量も、発現量も、俺の方が圧倒的に上のはず。

 それ、……なのに。


 吹っ飛ぶ。

 隆起したフィールドを削るようにして転がる。

 アリサ・フェミルナーは、追ってこなかった。


「王子様っ」


「手を、ごほっ!! 出すなっ!!」


 魔力を込めたマリーゴールドを制止する。

 今のアリサ・フェミルナーは完全に本気だ。何も魔法を発現していないマリーゴールドだと、瞬殺されるかもしれない。いや、仮にマリーゴールドが戦力としてカウントできるとしても、ここで甘えちゃいけない。


『あ、い、今がチャンスじゃないですか!? 治療班さん!?』


『治療班!! この隙に龍選手回収して!! 早く!!』


『さっきの超高速バトルが再開したら、君たち潜り込めるの!? このチャンス無駄にしないで!!』


 実況解説特別ゲストが騒ぎ立てていた。これまでも黙っていたわけではないのだろうが、何を喋っていたのかまるで分からない。

 そこまで集中しないと、今の俺じゃあアリサ・フェミルナーの相手は務まらないということかよ。

 腹を押さえながら立ち上がる俺を見て、アリサ・フェミルナーは不敵な笑みを浮かべた。そしてその視線をマリーゴールドへと移す。


「向かってこないの? ならそこで大人しく見てるといいわ。それなら私は貴方に手を出さない」


「なっ、なんですって!?」


 見下すようなアリサ・フェミルナーの物言いに、マリーゴールドが憤慨した。

 アリサ・フェミルナーの身体に、全身強化魔法以外の更なる魔力が込められる。攻撃魔法を発現するのかと思ったが違った。俺とアリサ・フェミルナー、そしてマリーゴールドの3人を覆うようにして防音の魔法が展開される。


「そもそも私の目的は、この大会で優勝することじゃない。どこの国にも属さない、そのクセ影響力だけはどのチームよりも上。そんな不安分子である『黄金色の旋律』の実力とやらを確認しに来ただけだから」


 若干不揃えであるショートカットの髪を払いながら、アリサ・フェミルナーは言う。

 そして。


「脅威ね」


 言った。


「無詠唱で全身強化魔法を発現できるだけでも驚きなのに、さっきの『属性変更(カラーチェンジ)』の速度はなに? あんなの信じられないわ。おまけにリュウの捕縛魔法は素手で引き千切るし、あげく私とリュウのRankAの魔法も耐え切るし、本当に人間なのか疑わしい」


 酷い評価である。


「けど」


 アリサ・フェミルナーは、その瞳を細めながら続ける。


「その魔法の技量に、アナタ自身の実力が追いついていない。決して体術が悪いわけじゃない。それでも、不可思議な攻撃魔法や防御魔法、移動術、そして無詠唱による全身強化魔法。それだけの魔法を操れる技量がありながら、この私相手に手こずっているのが良い証明ね」


「……この私相手に、って。お前は『断罪者(エクスキューショナー)』の隊長だろう」


その隊長相手に(、、、、、、、)苦戦するのが(、、、、、、)おかしいと(、、、、、)言っているのよ(、、、、、、、)


 ……。


「危険だわ、アナタ。野放しにしておくには危険すぎる。アナタがその技量に相応しい実力を手にしてしまうことが恐ろしい。スカウトできるならそれに越したことはないけれど……、よりにもよって根なし草の“旋律(メロディア)”の下にいるなんて」


 そこまで言い切ったところで。


「――っ」


 無意識に息を呑んでしまうほど。

 アリサ・フェミルナーの表情から温度が消えた。


「ここで摘んでおきましょうか」


 冷淡な声色で、アリサ・フェミルナーは言う。


「アナタを他国で遊ばせておくことは、私の祖国のためにならない」


「そりゃあ随分と自分勝手な物言いだな……」


 俺の口から漏れ出たその言葉は、自分でも驚くほど乾いた声色で発せられた。


「人や国なんて、しょせんはそんなものでしょう?」


 そりゃあ、そうかもしれないが。


「……そんなこと、私がさせると思ってるの?」


 横から、アリサ・フェミルナー以上に冷淡な声が届いた。


「……マリーゴールド」


 その瞳からは、既に輝きが失われていた。

 その表情からは、既に温度が消えていた。

 その虚空を見つめているかのような彼女は、敵を血祭りにあげるまで止まらなさそうな、異常なほどの雰囲気を身に纏っていた。


 例え、決して自分が敵わない相手が敵だったとしても。

 だから。


「お前は、手を出すな」


 止める。


「お、王子様?」


「お前は下がってろ。これは、俺の戦いだ」


「で、ですがっ」 


「それでいいの? T・メイカー」


 マリーゴールドが抗議してくる横で、アリサ・フェミルナーが会話に割り込んできた。


「2人同時にかかってくれば、何とかなるかもしれないわよ?」


「2人同時にかかって倒したんじゃあ、意味がない」


「へぇ?」


 俺の答えに、アリサ・フェミルナーは口角を吊り上げながら先を促してくる。


「俺も、この大会に求めていたのは、富や名声なんかじゃない」


 その言葉に、アリサ・フェミルナーは少しだけ眉を動かした。


「じゃあなに?」


「力試しだよ」


 最初は脅されて強制参加だったが、結局そんな感じになってるしこれでいいだろう。


「力試し、ねぇ。まあ、オトコノコが考えそうなことではあるかな」


 ……あれ、俺仮面にローブで完全装備なんですけど。

 ……あぁ、声か。確かに声までは変えていないからそれで判断したんだな。


「それで?」


「あんたには、1人で勝ちたい」


 これだけの全身強化魔法の使い手には、そうそうお目にかかれない。ここでの経験はきっと、今後の俺の人生の糧となる。

 俺の宣言が意外なものだったのか、アリサ・フェミルナーは軽く鼻で嗤った。


「ねぇ、分かってる?」


「なにが」


「名が通っているチームとはいえ、その単なる一員でしかないアナタが、魔法大国アメリカ合衆国の誇る『断罪者(エクスキューショナー)』の隊長を破る。それが、どういうことなのか」


「難しいことはどうでもいいさ」


 困るのは『T・メイカー』であって『中条聖夜』ではない。

 この大会が終わったら、その最悪の危険分子はこの世から消える。


「ただ……、俺は今、あんたを倒したい。それだけだ」


 この戦い。

 序盤で優勢に立てたのは、俺の使う未知の技術に相手側が手をこまねいていたのと、マリーゴールドの力添えがあったから。

 それが無くなっただけで、俺はこんなにも弱い。


 現に、アリサ・フェミルナーとの一対一では終始押されっぱなしだった。

 アリサ・フェミルナーの言うとおりだ。まだまだ、俺には実力が足りない。


「ふぅん。ま、嫌いじゃないけど。そういうの」


 心臓を鷲掴みにされているかのような感覚が消える。見れば、アリサ・フェミルナーが身に纏っていたあの冷酷な雰囲気は霧散していた。

 ……どうやら、俺は提示された質問に対して、アリサ・フェミルナーのお気に召した回答をすることができたらしい。


「……あぁ、そうそう。そういえば、さっきの質問を投げっぱなしだったわ」


 つま先でフィールドを小突きながら、アリサ・フェミルナーはふと思い出したかのようにそう言った。


「さっきの速度での戦闘を、私がどう成り立たせているか」


「あぁ……」


 そういえば、そんなことも言っていた。


「答えはね、勘よ」


 ……勘?


「次に相手はどこへ動くか。次に自分はどう動くべきか。次に相手はどこを狙ってくるか。自分はどう対処すべきか。迎撃? 回避? 接近戦? 遠距離戦? 一度立て直す? ここで畳みかける? そういう駆け引きよ。全身強化魔法は、自らの身体機能を極限まで高めてくれる素晴らしい魔法よ。でも、人間の思考回路では、せっかく手に入れたスピードを持て余してしまう」


 アリサ・フェミルナーは、自分の目を指さした。


「だから、視るのよ。自分の次の行動を。相手の次の行動を。一手、二手、三手先を。相手よりも、常に先を視る。アナタの移動術は確かに脅威だわ。なにせ、この私ですら一瞬消えて見えるもの」


 本当に消えてるんだけどな。

 おそらく、近距離から見ているせいで高速で視界から外れていると錯覚しているのだろう。かなり乱用しているし、そろそろ観客が不審に思っても不思議ではない。モニター解析とかもしているようだしそっちで先にバレるかと思っていたが、そちらは俺の“不可視の弾丸インビジブル・バレット”の解析で手一杯のようだ。


「これで分かった? 私がアナタにつけた評価の根拠」


「……ああ」


 よく分かった。

 確かに、俺とアリサ・フェミルナーとでは潜ってきた修羅場の数は圧倒的に違うのだろう。

 そこで培われてきた戦闘勘。

 それは、決して俺では勝てない領域だ。そして、この試合では絶対に覆せない部分でもある。

 ならば、何で勝るか。


 魔力容量と発現量。


 単純だが、力技で制するしかない。

 俺の無系統魔法“神の書き換え作業術(リライト)”は、もういざという時にしか使えない。この短い間で相当数の乱用をした。まだ副作用は生じてないが、連続して座標演算処理をし過ぎると頭に負荷が掛かり魔法自体も満足に発現できなくなる。

 アリサ・フェミルナーほどの手練れを前にして、豪徳寺(ごうとくじ)大和(やまと)と遣り合った時のような状態になってしまえば、それこそ瞬殺されてしまうだろう。こうしてみると、その状態になるまで俺と遣り合ってた大和先輩はやっぱり異常だったな。手も抜いていたし、合わないMCを利用していたことを差し引いても、学生のできる動きじゃなかった。


 アリサ・フェミルナーは、おそらく魔力に余裕は無いだろう。今も全身強化魔法を纏ったままだし、すぐに決着をつけようとするはずだ。だが、アリサ・フェミルナーが得意としているのはヒット・アンド・アウェイ。俺からの一撃を貰わないように注意深く攻めてくる傾向がある。

 この2つは両立できない。

 そこに勝機がある。

 アリサ・フェミルナーほどの手練れなら、そう簡単に曝け出してはくれないだろう。それでもそこを狙うしかない。

 どれだけ僅かな隙であったとしても、決して逃してはならない。


「考えは纏まった?」


 投げかけられた問いに、無言で頷く。

 こっちを待っていてくれたのか。これだけ譲歩してもらっている状態で、負けてしまっては示しがつかないな。共闘してくれたマリーゴールドにも、応援してくれているであろう師匠たちにも。


 そして。

 摘む、と言っておきながら、ここまで俺にしてくれたアリサ・フェミルナーのためにも。


「最後に、こちらから提案なんだけど」


 アリサ・フェミルナーが軽く手を挙げた。


「なんだ」


「マリーゴールドが手出しをしないというのなら、フィールドの端に下がらせておいてもらえないかしら。アナタと一騎打ちなら望むところなんだけど、あまり他のことに気を取られたくないの」


「そんなことっ」


「マリーゴールド、頼む」


「王子様っ!?」


 どうして、と言わんばかりの表情を向けられた。


「俺を信じてくれるのなら、下がっていてくれ」


「っ、……そ、そういう言い方は、……ず、ずるいと思います」


 顔を真っ赤にさせながら頬を膨らませるマリーゴールドを見て、場違いだが少しだけ和んでしまった。


「それから、せっかく仕切り直すんだし、私たちもこの試合最初のスタート位置に戻りましょう」


「構わないが、どこだか分かるのか?」


 アリサ・フェミルナーの提案を受けて、フィールドを見渡してみる。

 引いてあったラインなんて絶対に見つけられないくらいの荒れっぷりなんだが。


「あくまで気持ちの問題よ。大体で良いわ」


「……それならいいが」


「それじゃ、防音の魔法を解くから。そろそろ観客も焦れてきたみたいだし」


 結構長い間話し込んだからな。おまけに防音の魔法のせいで、フィールドにマイクを向けても会話は聞こえてこない。傍から見れば、戦闘を放棄してただ突っ立っている3人でしかない。よくもまぁ、ここまで耐え忍んでくれたものだ。


「お、王子様……」


「大丈夫だ。何とかなるさ」


「し、信じてますからね」


「おう」


 そしてそろそろ王子様はやめてくれ。

 そんな俺たちのやり取りを見てため息を吐いたアリサ・フェミルナーが、防音の魔法を解いた。自らのスタート位置を目指し、躊躇いなくこちらへ背を向けて歩き出す。

 それを見たマリーゴールドも、渋々とフィールドの端っこを目指して歩き出した。


 さて。

 それじゃあ、俺もスタート位置だった場所へ移動しますか。







『おぉっ!? ようやく選手3人に動きが!? ぼ、防音の魔法も解除されたようですが……』


『いったい何を話していたんだろうね~。こっちはいきなり試合をボイコットされたのかと思ってヒヤヒヤしたよ』


『俺は堂々と八百長話をしていなかったことを願うね、切に。見てくれ。3人とも戦わずに見当違いの方向に歩き始めたぞ』


 マリオ、カルティ、マークの言葉に同調するかのように、観客席にもざわめきが広がる。







「ど、どういうことなのかな。これは」


 その光景を、遥か上空である19階から見下ろしている美月が呟く。


「なるほど。最後はアリサ・フェミルナーとの一騎打ちというわけ」


 リナリーは、3人の会話の内容など当然知らない。しかし、聖夜とアリサがフィールドの中央付近に留まっているのに対して、マリーゴールドが明らかに離れていく現状を見て、そう結論付けた。


「アリサ、つよい」


「流石は隊長ということでございますね。中条様の実力では、荷が重いかもしれませんが」


「そうね」


 ルーナとシスター・マリアの評価を聞き、リナリーは薄ら笑いを浮かべながら頷く。


「さぁ、見せて頂戴。貴方にしかない、貴方だけの魔法で。その経験差を乗り越えて御覧なさい。最後くらいは失望させないで欲しいものね」







「まりか様」


「うん。間違いなく一対一になるね」


 唯の言葉に、まりかは躊躇いなく頷いた。


「バトルロイヤルが聞いて呆れるほどの自由っぷりだよね。正直、笑っちゃうよ」


 まったく表情が笑っていない状態で、まりかは言う。


「見たところ、T・メイカーの奇抜な魔法に翻弄されていたというだけで、アリサ・フェミルナーに軍配が上がりそうな気がするのですが」


「着眼点は悪くない」


 視線は決戦フィールドにロックオンされたまま、唯の言葉へまりかが答えた。


「でも、もう確信に変わった。勝つのはT・メイカーだ」


「え?」


 唯が驚いたような声をあげる。


「まさか、幻とも言われたあの無系統魔法をこの目で見ることができるなんて……。それだけでこの試合を生で見た価値はあったかな」


「やはり、T・メイカーの用いているあの移動術は……」


「そういうこと」


 唯が最後の一言を口にする前に、まりかは肯定した。

 そして。


「もっとも」


 頬杖をつきながら不敵に笑う。


「ボクなら負けないけどね」







 好き勝手に喚く実況解説や、観客の声をシャットアウトする。

 視界にあるのは、やや距離がありながらも、正面から対峙するアリサ・フェミルナー。そして、移動中のマリーゴールド。

 言葉にはされなかったが、この最後の一騎打ちのスタート合図は、マリーゴールドの移動が終了した直後だろう。それが分かっていて、わざとマリーゴールドもゆっくりと歩いているに違いない。


 ひとつ、大きく息を吐く。

 結局、本戦第一試合では、周囲の様々な力や影響に助けられてここまで来てしまった。こうして最後にアリサ・フェミルナーと対峙できるのも、決して俺だけの力によるものではない。

 だけど、色々と良い経験もできた。


 マリーゴールドとの共闘。

 契約詠唱の使い手、龍との駆け引き。

 そして、アリサ・フェミルナーとの近接戦闘。


『全身強化魔法は、自らの身体機能を極限まで高めてくれる素晴らしい魔法よ』


『でも、人間の思考回路では、せっかく手に入れたスピードを持て余してしまう』


 そう。

 だから。


『だから、視るのよ』


 そうだ。

 相手の、一手先を。二手先を。三手先を。


 アリサ・フェミルナーは言った。

 相手の次の行動を視る、と。

 今まで培ってきた戦闘勘が可能とした、超高速戦闘術。


 大した修羅場も潜っていない俺の動きは、さぞかし予測しやすかっただろう。道理で“神の書き換え作業術(リライト)”を使っているにも拘わらず、こちらの動きについてこれるはずだ。アリサ・フェミルナーにとっては、単に速度の速い移動術程度でしかなかったのだろう。

 現にこの試合中、俺が龍を狙った時に一度カウンターまで決めてみせたからな。

 敵ながら天晴だ。


 そうだ。

 だから。

 ――――今度は、一番予測できないところへ跳ぶ。


『聖夜、貴方の戦い方はね。教科書通りなのよ』


 マリーゴールドが、進む足を鈍らせる。

 そろそろか。


『貴方は呪文詠唱ができないながらも良くやっていると思うわ』


 それを確認して、ゆっくりと目を閉じた。

 視界が真っ暗になる。


『その特異体質とうまく付き合いながらここまで成長してくれたのは、私としても本当に嬉しい。これは本心よ』


 視界から得られる情報が消え、聴覚が敏感になる。

 MC『虹色の唄』からの雑音も、いつの間にか止んでいた。


『けどね』


 エルトクリア大闘技場は完全に静まり返っている。

 実況解説も、一言も発していない。


『貴方は教えた魔法や技術を教えた通りにしか使用しない』


 もう一度、さっきよりも大きく息を吐く。

 なぜか、MCがそれに呼応した気がした。


『はっきり言ってつまらない』


 目を、開く。

 直後に舞い込んでくる視覚からの圧倒的な情報を、脳に送り込みながら。




『貴方、“書き換え”で跳ぶ時、絶対に避けている場所があるの気付いてる?』




 マリーゴールドが足を止めたのを確認して。

 ――――“神の書き換え作業術(リライト)”、発現。

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